2019年5月24日 (金)

№4170 予定より早く那須へ

 お知らせしたように、週末に秋田で同級会が開かれるというので、車で行くつもりでいる。那須に一泊して、翌日秋田に帰郷するつもりでいたが、自宅での仕事が一段落したので予定より一日早く那須に行くことにした。那須からは、前日に女房が帰ってきたばかりだ。友だちと2泊3日の滞在だった。「八幡のつつじがきれいだったよ」という話を聞き、私も見たくなった。一日、那須のつつじ園に遊びたい。帰りに温泉にも入って来よう。

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 連休以来の那須ではあるが、緑が一段と濃くなっていた。向かいのOhnoさんの家も緑に覆われている。冬の間は、その隣の家の緑の屋根も見えるのだが、木々の緑に沈んで見えなかった。お父さんが一人で滞在しているというので、ご挨拶に伺った。何でも一週間ほど前から滞在しているらしい。最近、那須は奥さんと一緒のことが多かった。体の調子が良くなったのかな。

 さて、那須を起点として明日から東北旅行に旅立つ。25日(土)は秋田で同級会。Shouちゃんに電話をして、何人参加するのか聞いてみた。何でも49名の参加らしい。さて、どういう面々と会えるのか。翌日の26日(日)は、秋田市内で親戚に集まってもらうことにした。誰が来るのかは甥に任せきりだ。

 27日(月)から、津軽を中心に青森旅行をするつもりだ。一日目は鰺ヶ沢温泉、二日目は豪雪で有名な酸ヶ湯温泉を予約した。三日目は、これが最大の目的だが、日本縦断旅行中の竹ちゃんに会うつもりだ。ちょうど青森に滞在しているという。彼のブログにコメントを付けたが、ナマコとホタテで歓迎してくれるという。旅の苦労の話を聞いてみたい。

 翌日は三陸海岸を南下するつもりだが、種差海岸のウニ丼は欠かせない。その日のうちに那須に帰れるのか、あるいはどこかで一泊する必要があるのか、行ってみないと分からない。自宅を出るときに車の走行距離を0にしてきた。さて、今回の旅行で何㎞走るだろうか。最近、老人の交通事故が話題になっている。まあ、ゆっくり走ることだね。

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2019年5月23日 (木)

№4169  映画『ニューヨーク公共図書館』

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 先日、新聞の映画評に『ニューヨーク公共図書館』が載っていた。上映されている映画館は、神保町の岩波ホールだった。上京を機会に、この映画の鑑賞をしてみよう。久し振りの岩波ホールであった。以前はちょくちょくここで映画を観ていたのだが、芸術性の高い映画というか、あまりにもつまらない映画の上映が多かったので、最近ではめったに行っていない。なんといっても、映画は楽しめなくちゃね。

 岩波ホールは、最近にない客の入りだった。午後2時15分の開演だったが、入口に多くの人が並んでいた。こんなことってめったにないことだ。とはいっても満員には程遠く、平日のホールは結構空席が目立った。私はこのホールでは後ろから二番目の真ん中で見ることにしているが、前の列は人がいなくゆっくり鑑賞できた。0

 最近にないことだが、この映画は3時間40分の映画だった。こんな長い映画を観るのは久しぶりだが、中間には映画が中断し、トイレタイムを設けていた。これも珍しいことだ。どうしてもメッセージ映画だと、最初眠ってしまう。どうだろうか20分も寝ていただろうか。ようやく目を覚ましたのは、午後3時ころだ。それからは熱心に観た。

 あまりよく知らなかったが、「ニューヨーク公共図書館」は観光の名所らしい。この図書館は、〈世界最大級の「知の殿堂」〉として知られているようだ。「知の殿堂」図書館は、大英博物館(British Musuem)だけかと思っていた。この映画で初めて知ったのだが、この図書館は4つの研究図書館、88の分館を合わせ92の施設からなる巨大なものだった。

 映画は図書館を支えるスタッフに焦点が当たっていたが、図書館は本を貸すだけではない。どう運営していくのか、熱心な討議は連日続いていた。講演会、研究会、読書会などは当然として、この図書館では音楽会、映画鑑賞、パソコンの講座など、知にまつわるあらゆることが行われていた。「情報の孤児」にならないために、初心者用に無料講座などもやっているようだ。

 「Picture Library」では、無駄な写真も有益な写真も収集し、開示していた。黒人専用の研究図書館なども、この映画で知った。今でもアメリカのマグロウヒルの教科書には、「多くの黒人は、アフリカから仕事を求めてやってきた」と書かれているようだ。そんな馬鹿なことはなく、奴隷船で強制的に連れてこられたのが実相なのだ。そういう啓蒙活動も、図書館の重要な役割である。

 いずれ3時間40分にわたって、図書館はどういう役割を果たすべきか、この映画では滔々と語られていた。この映画を観ながら、わが日本の図書館はどうなのかいやでも考えてしまった。私は図書館のヘビィユーザーだと思っている。ただ、この映画を観る限り、私は市の図書館で本を借りているのに過ぎないのだ。

 面白いシーンもあった。ニューヨーク公共図書館の頭の痛い問題に、ホームレスにどう対処するべきかの議論をしていた。図書館は、冷暖房完備で、極めてホームレスには居心地のいい場所なのだ。これは日本でも同じことだろうね。この映画で、図書館の抱える様々な問題についても考えるきっかけになった。

 映画が終わったら、午後6時を回っていた。

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2019年5月22日 (水)

№4168 貴重な読書空間

 最近はそれほどでもなくなったが、私はよく埼玉県民活動総合センターを利用する。自宅から車で7~8㎞のところにある。車で14~5分といったところか。この日も、午後から「桟雲の会」の定例句会が開かれる。午前中は土砂降りだった。好機とばかり、埼玉県民活動総合センターに出かけた。

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 目的は、二階にある「情報センター」である。雨のせいか、さすがの埼玉県民活動総合センターも閑散としていた。特に、目的の読書室は人っ子一人いなかった。

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 誰に邪魔されることもなく、読書三昧である。今月は読書の読了が若干遅れ気味である。さらに、今週末から北東北の旅行が待っている。一ページでも前に進めておきたい。午前10時半に読み始めて12時半まで2時間をびっしり読んだ。

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 お昼ご飯は、この施設の食堂で食べる。この食堂ではいつもワンパターンであるが、肉汁うどんを頼んだ。食堂には、句会仲間のYukoさんとTaeさんが食事を摂っていた。いい機会である、3人で「桟雲の会」の世話人体制の話をした。会の当初から私が世話人を務めているが、そろそろ交代の時期じゃないかしらと諮った。彼女たちも交代の時期ではあると認めたが、さりとて自分からとは言いだせていない。

 問題は、会報の発行である。これは誰にでもできることではない。会報発行は、引き続き私が担うことにした。それ以外の仕事を分け持ってもらいたい。渋々ではあったが、Yukoさんが引き受けてくれることになった。句会もでもその報告をした。やれやれ、ひとつづつ役を降りていけると喜んでいる。

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 句会は午後4時45分に終わった。私は引き続き埼玉県民活動総合センターに居続け、読書ルームで引き続き読書をした。お陰で、朝から200頁の本を読了した。続きは自宅のベッドで、今晩さらに100頁は読みたいと思っている。

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2019年5月21日 (火)

№4167 たまには飲み会をしよう

 先日の定例ゴルフ会で、まっきぃに飲み会の提案をした。以前、那須合宿が開かれていた時にはしょっちゅう飲み会をしていたが、合宿が終わってからその会がしばらく途絶えていた。まっきぃに異存はなかった。常連のHozumiさんがOKなら決まりだね。彼に電話をしたらもちろんOKだった。ただ、日にちが6月下旬である。「なんでそんなに遅いの」と聞かれた。

 私は月に一回、会議で上京している。6月のその日が上京日なのだ。両名がOKだったので、ゴルフ仲間に一斉メールを送った。さて、何人の参加が見込めるだろう。

 そういえば、しばらくこの仲間にも会っていないな。Hozumiさんとは2年も会っていないだろうか。彼とは何度か飲み会の企画をしたが、都合が悪かったり参加者が少ないというので流れてしまった。昨年キューバ・メキシコを旅行した時に買ってきたお土産のテキーラがまだある。持ち込んでいいものやら迷ってしまう。

 相変わらずまっきぃはゴルフに熱心だ。ただ、メールを読む限りHozumiさんは今年ゴルフは3回だけだという。彼は持病の腰痛を抱えている。その腰痛が悪化しているのだろうか。

 TaiちゃんやEimeiさんにもしばらく会っていないな。Taiちゃんで思い出すのは、プロゴルファーの渡邉彩香である。Taiちゃんは、彼女と家族ぐるみの付き合いだと聞いている。その渡邉綾香だが、ツアー成績を見るとこのところパッとしないね。一体どうしたのか、Taiちゃんに聞いてみたい。Eimeiさんもどうしているのだろうか、会いたいものだ。

 この仲間にみっちゃんがいる。彼はドクターストップがかかって酒をやめたとか。酒の切れ目が縁の切れ目じゃないが、彼とも会っていないね。飲み会のお誘いだから、出てこないかもしれない。ただ、企画は中断になったが、飲み会のお誘いをかけた。その時には出席するつもりだったようだ。今回はどうなるのか。

 まあ、いずれ2年以上もこの飲み会は途絶えている。さて、誰が参加してくれるのか楽しみだ。

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2019年5月20日 (月)

№4166 二つの俳句会報を作る

 すでにお知らせしたように、二つの俳句会の事務局の仕事を担うようになった。主な仕事は、俳句会報の作成である。「桟雲の会」の会報作成は8年の実績もあり慣れているが、高校同窓の「東雄句会」の会報は手を染めたばかりで、戸惑うことが多い。特に、「東雄句会」は11人のうちFAXでの投句が7人、ハガキによる人が一人、Mailの投句が2人である。

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 特にFAXは使い慣れていないので、戸惑うことが多い。果たしてFAXを入れてくれたのかどうかの通知がないのが困る。今月の15日前後に準備が出来たのだが、どうしても一人の方から返事がない。4日ほど待ったが、あまりにも遅いので電話で催促をした。そしたら、もう一週間も前にFAX済みとのことだ。それならもっと早く発行ができたのに、残念だ。

 FAXだとなかなか伝わらないことも多い。今回の投句で、ある方が誤字をしていた。俳句の場合、誤字脱字は作者の責任で、事務局が勝手に直してはいけない。本人からも訂正の連絡があったが、他の方からも誤字の指摘があった。「黙祷」と書くところを「目祷」と原稿にあった。私はそのまま「目祷」と印刷して送ったが、間違いではないかとの指摘だ。

 さらに、その方から「もっと字詰めをしたらどうか」とも言われた。前任者は、この会報を「一太郎」で作っていたようだ。私は「Word」で作っているので、前任者と同じようにはいかない。最後にコメントを入れて、①投句の文字は正確に、②字詰めはこれでギリギリの旨を会員にお知らせした。長老が多いので、慣れるまで大変だ。最後の方から選句の確認ができたので、さっそく会員に会報を郵送した。なかなか手間暇のかかる仕事である。

Photo_7  ホッとする間もなく、次に「桟雲の会」の会報作りだ。この会報はあらかじめ作ってあり、先生の校正も済んでいる。明日定例句会があるので、印刷すれば済むことだ。ただ、毎回「編集後記」を書いている。これも30~40字ほどなのですぐだ。印刷に1時間ほどかかるかな。毎月20日前後は会報作りの仕事があるので、自宅を空けるわけにはいかない。これもなかなかシンドイことである。

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2019年5月19日 (日)

№4165 W杯ラグビーのチケット

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 5月18日(土)の18:00に再度売り出されるという「W杯ラグビー」のチケットを買おうと、パソコンの前に座った。売り出されるチケットは60万枚以上だという。ちょうど午後6時にチケットサイトに予約をするつもりでログインした。解禁直後のログインだったにもかかわらず、「待機している人」が8万人ほどいた。どうやったら直後にログインできたのだろうか。

 ただ、この画面から退出すると再度並び直す必要があるという。パソコンを立ち上げ、ログインしたままにしておいた。ただ、待ち人数は遅々として進まない。パソコンをそのままにベッドに入った午後11時には、まだ62000人が待っていた。このままだと20時間もかかりそうだね。パソコンにログインしたまま寝た。

 朝6時前に起き状態を確認したら、予約無効になっていた。有効順番が来て30分以内にアクセスしないと、無効になるとのことだ。順番待ちが無効になってしまったのだ。予約した方は、寝ないで順番待ちをしていたのだろうか。仕方がない、再度順番待ちの列に並んだ。その時点で12万人以上の人が列に並んでいた。

 ただ、朝の順番は急速に進んだ。1時間に3万人も前に出た。そしてようやくログインできたのが、午前10時ころだ。私は熊谷ラグビー場と釜石ラグビー場の試合を見に行くつもりだった。まあ、それでも空いているならどこでもいいと思った。目的の試合は満員で、チケットを買えなかった。こうなったらどの試合でも空いているなら申し込もう。

 空き状況を見てみると、札幌と大分の試合は空いていそうだ。まさか、わざわざ札幌や大分には行かないよね。空いていそうな試合を次々クリックしてみたが、画面で空いていても実際は満員の試合が多い。10月9日(水)の熊谷ラグビー場のアルゼンチンvsアメリカの試合には満員の印が付いていない。上位から二番目のカテゴリーAの席に申し込みの印を入れた。唯一申し込みが受理された。入場料は15000円だ。カード決済の手続きをした。

 さらに他の試合が取れないか試みたが、全部断られてしまった。まあ、一枚だけでも取れたので良しとするか。

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2019年5月18日 (土)

№4164 足尾銅山観光

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 気にはなっているが訪れていない場所が結構ある。今回もそんな場所だが、足尾銅山を訪問してみた。自宅から車で2時間半ほどの場所だ。以前、渡良瀬遊水地を訪ねて鉱毒の現地を見て歩いた。遊水地内にあった谷中村が廃村を余儀なくされた。また、田中正造の活躍も、この事件で知った。さて、どんなところだろうか。

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 足尾の街に行く途中、草木ダムがあった。首都圏の水ガメだ。以前から一度訪れたいと思っていたが、こんな場所にあったとは知らなかった。渡良瀬川の水を満々と溜めていた。このダムからさらに30分ほど行ったところに、目的の足尾銅山がある。今は鉱山は閉鎖になっていたが、坑道は観光地として開放されている。入場料820円を払って坑道に入った。

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 坑道が開放されているのは、わずか400mほどだ。坑道にはトロッコで入ったが、ものの5分程の乗車で目的地に着いた。坑道の中はヒンヤリしていた。あちこちから湧水が湧き出ている。

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 開放されているのはわずかな場所だが、坑道は延々1200kmにわたって続いているとのことだ。その距離は、東京から博多までにあたるものすごい長いものらしい。おもに銅を掘っていたが、もう掘りつくしてしまい、今は閉山になっている。

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 当時の工夫の姿が人形で展示されていた。坑道内を1時間も観て歩いた。ビデオで当時の様子も再現されていた。さて、鉱山の周りはどうなっているのだろうか。車でその遺跡を訪ね歩いた。

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 この坑道跡地から車で10分ほど走ったところにあったのが、本山の精錬所跡と大煙突だ。精錬所跡は、国の指定史跡だとのことだ。さらに、大煙突は1919年に建てられ、高さ50mに下部直径が6mもある巨大なものらしい。

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 この上流に、亜硫酸ガスの公害や山林の乱伐、大火により廃村になった旧松木村跡があるという。その旧村を目指したが、途中で車での立ち入りは禁止だという。歩いたら1時間もかかるというので、あきらめた。この周囲は裸山だ。公害でほとんどの木が立ち枯れたものだ。最近、テレビでよく報道されているが、この山への植樹が盛んに行われている。先日見たテレビでは、年間1万本の植樹を続けている団体があった。数年前に亡くなった立松和平も、この運動に積極的に加わっていたらしい。

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2019年5月17日 (金)

№4163 北東北への旅行計画

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 田舎の仲間から同期会の案内が届いた。「喜寿を待てない会」を開催するのだそうだ。4年前、矢張り田舎で「古希を祝う会」があり、参加してきた。4年前のことである。そして次の祝いは「喜寿」だが、それを待てない人の集まりだという。参加するかどうか悩んでいたが、スケジュール表は空白である。東北旅行を兼ねて参加してみるか。

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 参加すると決めたからには、いろいろと北東北を旅行してみよう。まずは、2年ぶりの墓参りをする。さらには、田舎には甥たちや従弟も住んでいる。ついでに彼らとも会ってこよう。2年前に帰郷した時には、彼らを集めて大宴会をやった。もう一度集まってくれるかな。甥のIkuoに電話をしてみたら、「伝えておこう」とのことだ。その晩は秋田市内のホテルを予約した。

 さて、それで帰ってしまうのはもったいない。車で行くつもりだから、そのついでに津軽まで足を延ばしてみよう。五能線の海岸沿いに北上して、最初の目的地は鰺ヶ沢温泉だ。ネットで温泉宿を探したら、評価9.2という宿が見つかった。そこに泊まろう。一泊13500円だという。いや、安いプランがあるはずと探してみたら、Agodaの予約サイトで8300円というプランが見つかった。決めた。

 翌日は十三湖や竜飛岬に回ってみよう。そうだ、この頃になると「日本縦断―徒歩と野宿旅」を敢行している竹ちゃんが青森にいるはずだ。彼のブログにコメントを入れて、「時間があれば会いたい」旨を告げた。どうやら、私が青森を訪ねるころには丁度青森付近にいるらしいというので、会う算段をした。宿はいくらでもあるので、彼と会う日を決めた段階で宿泊地を決めたい。

 サラリーマン時代、青森出張の際、八戸のお得意先と種差海岸で食べた「うに丼」の大盛が忘れられない。そのうに丼を、この旅の終りとしよう。約一週間のドライブ旅行だが、果たしてどうなるのか楽しみだ。

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2019年5月16日 (木)

№4162 叔父の見舞い

 先日一族で那須に行った際、機会があったら叔父の見舞いをしようと話した。叔父は私の母の弟で、もう97歳になる。認知症を患い、ある施設に入院しているという。母方の兄弟姉妹は7人だったが、いま生きているのはこの叔父一人だ。元気なうちに一度お見舞いをしようと、この日実現した。

 病院に行く前に、叔父の自宅に立ち寄った。叔母さんはまた接待が好きな方で、昼食にテーブル一杯の料理を用意して待ってくれていた。叔母は秋田の能代の方で、実家からたくさんの秋田の食材を送ってきたらしい。蕗やワラビ、ジュンサイに筋子、鮭などだ。ほとんどご飯のお代わりなどしたことのない川﨑の姉も、おもわず茶碗二杯のお代わりをしていた。ご飯を食べない私も、秋田の米に同じくお代わりをした。

 叔父さんの様子をうかがうと、認知症以外どこも悪いところがなく、心臓なども丈夫だとのことだ。ただすっかりボケてしまい、自分の娘のこともわからない始末らしい。しかし、最近は自分の生まれた秋田の田舎の話は盛んにするという。ボケる前には好奇心が旺盛で、上野の美術館などにも通っていたというし、油絵や水彩などにも興味を持ち、絵筆を握っていたらしい。銅版画や篆刻とあくまでも趣味の広い方だった。

 この日は午後3時から入浴とのことで、3時過ぎに自宅を出て病院に向かった。叔母の心配事は、いま入院している病院から退院を迫られていることらしい。認知症を患っている方の病院は狭き門で、なかなか空きがないという。たとえ空きがっても、矢張り四六時中滞在するので、雰囲気のいい病院にしたいらしい。

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 病院は車で20分ほどのところだった。入浴直後だっただけに、すっきりした顔で待合室に現れた。もちろん、私達一行のことは覚えていない。姉の子供達だよというと、かすかに私の母でもある姉のことは覚えていた。なぜか知らないが、天皇に抱かれたのだと盛んに言っていた。さらに、昨日車で秋田に行ってきたのだという。18歳で実家を出たはずなのに、実家のことだけは鮮明なようだ。

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 せっかくの訪問なので、全員で記念写真を撮りましょう。近いうちに秋田に行くので、従兄妹にこの写真を上げよう。あまり長くいても叔父さんが疲れるだろうと、病院は30分ほどで退去した。その足で、川崎の姉の家を訪ねた。時計が故障しているとのことで、義兄のFumioさんが見てくれるとのことだ。先日も那須の帰りに立ち寄ったらしいが、その時には直らなかったようだ。

 自宅に帰り、義兄はどうやったら直るか一生懸命考えてきたらしい。早速時計の分解を始めていた。横浜の姉が言っていたのだが、義兄は糖尿病を患っているのだが、那須から帰ったら普段200以上もある血糖値がっずいぶん下がったらしい。彼は、那須で作業着に着替え、いろいろと不具合なところを修理していた。物置の整理や網戸の直し、水道管の修理など、彼が来たら那須の家は見違えるほどだ。その上で血糖値が下がるなら、那須に永住したらどうなのだろうか。

 あれだけ那須で一緒だったのに、帰りはまた夕食を一緒にしようということになった。姉が大好きなのは肉だ。近くのステーキ屋でサーロインステーキを食べて帰ってきた。

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2019年5月15日 (水)

№4161 一国会議員による心無い発言

 すでに報じられていて知っている方も多いかと思うが、日本維新の会の丸山穂高衆議院議員が、「北方4島を取り返すには戦争を」と発言したという。北方領土へのビザなし訪問に「顧問」として参加し、元島民で団長に対した発言のようだ。

 ビデオを見る限り、「今のままでは4島は帰りませんよ。戦争をしてまで返そうとは思いませんか。戦争で取られた島は、戦争で取り返そうとは思いませんか」と何度も繰り返し発言していた。その発言に迷惑そうな顔をしていた団長は、「戦争すべきではない」と即座に対応していた。その後本人は、酒の上での出来事と釈明していたが、これは確信的な発言だった。

 それにしても驚いたことに、彼の発言は戦後民主主義のすべてを否定する発言だった。現憲法では、前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意 」を表明し、憲法9条では「国際紛争を解決する手段としては、戦争を放棄する」と明確に定められている。われわれ現憲法下で生きてきたものには、信じられない発言だ。さらに、日本が太平洋戦争に深く反省したところから始まった戦後の価値観を、すべて粉砕するとんでもない発言だと憤りを禁じ得ない。

 丸山穂高という人物は、東大経済学部を卒業し、経産省の役人を経て日本維新の会の国会議員になった35歳の人物という。すでに衆議院議員を3期務めているらしい。以前にも酒に絡む事件を起こし、次に酒に絡む事件が起きたら議員を辞めると表明していた。その表明も2017年には解除したらしいが、どうも今回の件は酒のせいとばかりは言えないような気がする。

 そもそも国会議員の職は、憲法によって保障されているものではないだろうか。現憲法に賛成する人も反対する人もいるのだろうが、憲法を真っ向から否定する人が国会議員になっていていいのだろうか。しかも、相当危険な発言だ。当然、日本維新の会は、丸山議員を除名処分にした。しかし、本人は無所属で衆議院に居続けるらしい。

 いくら表現の自由が保障されているといっても、言って良いことと悪いことの班別のつかない人間に、国会議員として税金を払い続けることには反対だ。しかもまだ35歳と若い。東大出身というが、この程度の人間が東大に在籍していたということにも驚く。もう一度、戦後の日本を勉強し、出直したらどうか。

 国会も、この議員に籍を与えておくと、その品位が問われる。どう対処するのだろうか。それにしても、最近の出来事の中で怒りの禁じ得ない一件だった。

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