2019年9月21日 (土)

№4189 ラグビーW杯、初戦で日本快勝

 昨日、いよいよ「ラグビーワールドカップ2019日本大会」が開幕した。全世界から予選を勝ち抜いた強豪20ケ国が集まり、4グループに分かれて決勝リーグに勝ち抜く戦いの始まりだ。1グループからは、上位2チームが決勝トーナメントに進む。

Photo_20190921111501  日本はAグループに属しているが、どのグループもそうなのだろが強豪国ぞろいだ。何より世界ランク1位のアイルランド、同7位のスコットランド、16位のサモアに20位のロシアが同組のAグループに属している。因みに、日本の世界ランクは10位だ。いずれ、この日の初戦のロシアに勝たなければ決勝リーグ進出は絶望的だろう。

 私は、時々ラグビー見学に秩父宮ラグビー場に通ってきた。秩父宮ラグビー場は観客席がグランドに近く、間近でラグビーの迫力を楽しめるのが良い。いろいろなスポーツ観戦が好きだが、何といってもラグビーだね。秩父宮の観客席で見ていても、フォワードが頭と頭でガツンとぶつかる音が聞こえてくる。ラグビーは、球技スポーツというよりむしろ格闘技だとつくづく感じた。スポーツ観戦というと、何よりラグビーが第一だ。ただ、観戦はするが、自分であんなに格闘技のような激しいプレーはできないだろうね。

 昨晩7時47分に、日本対ロシア戦のキックオフで始まった。試合開始直後、ロシアにキックになんと日本選手が落球してしまった。本当に何でもないボールだったのに、日本選手は触れもしなかった。勢い込んできたロシア選手がそのボールを奪い、あっという間にトライを挙げてしまった。試合開始2~3分でなかったか。

 この日に備え、それこそ日本選手は猛練習に耐えてきた。しかも、ホーム日本で行われる開幕戦だ。日本の硬さだけが目についた。ノックオン(ボールを前に落とすファール)やパスミスが目立った。特に、あんなにノックオンを犯すものなのか、簡単にボールを前に落としていた。ただ、安心して観ていられたのは、スクラムを組んでも日本はロシアに互角だった。スクラムが押されない、というよりむしろ押し気味だった。

Photo_20190921111701  日本の選手で目だったのが、WTB松島幸太朗だ。彼の突破力には目を見張った。先制点を取られたものの、その直後松島のトライで5点取り返した。さらに、前半戦終了間際の38分、またも松島のトライ成功でロシアに勝ち越した。ただ、前半の戦いを見ていると、日本の硬さだけばかりが目についた。

 ようやく硬さが取れたのが、後半に入ってからだ。相変わらず松島の活躍が目についたが、日本のブロックの硬さも素晴らしかった。ロシアに日本ゴールまで何度も迫られたが、ロシアの攻勢を跳ね返した。結果は、30対10で日本の完勝だった。その上、4トライで与えられるボーナスポイント1点も得られ、結果は5点を獲得した。

 一時、日本のラグビーは後進国に数えられていた。ただ昨日の試合を見るかぎり、結構やるじゃないの。ただ他国がどのくらい強いのかはわからない。そういう意味でも、2連覇しているニュージーランドを含め他の国の試合も楽しみたい。いずれこれから6週間、ラグビーのシャワーを浴びたいと思う。

 ところで、私もネットで熊谷ラグビー場のチケットを取ったつもりでいた。近くのコンビニで支払うべく待っていたが、結局は音なしだった。手続きがうまくいかんかったのだろうね。ザンネン!!!

 

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2019年9月20日 (金)

№4188 映画「人間失格」

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 映画「人間失格-太宰治と3人の女たち」を見てきた。太宰治は、今年の6月に生家の「斜陽館」を訪ねてきて印象に深い。主要作品は読んでいるつもりだが、そんなに関心を持って読んでいたわけではない。さらに、東京シニア自然大学の講座で玉川上水を訪れ、この上水で太宰治の入水の自殺に感慨を持っていた。ただ、今は玉川上水はチョロチョロ流れる小川だ。

 この映画は、監督の蜷川実花の大胆演出でも話題の映画だ。入場券購入でわかったが、この映画はR15で、15歳以下の入場制限だった。そんなにきわどい映画なのだろうか、そういう意味でも期待を持った。

 主演の太宰治は、小栗旬だ。結構な熱演だった。そして3人の女とは、正妻津島美知子(宮沢りえ)と第一愛人太田静子(沼尻エリカ)、第二愛人山崎富江(二階堂ふみえ)だった。相当実像に沿った映画を作ったという話を聞くと、太宰治という男は相当いい加減な奴だったのではないか。毎晩お酒を飲み歩き、タバコは欠かさない。それと、女とみると所かまわず手を付けていったようだ。

 映画で見ると、太宰は何度も入水自殺を図り、「今度はどの女と入水自殺を図るつもりか」などと仲間に揶揄われていた。戦後間もなくの1946年、無頼派を粋がる太宰のスタイルだったのか。

 そういう太宰を蝕んでいたのは、肺結核だった。酒を飲み、タバコを吸っては血を吐いていた。医者には、どうしてここまで放っておいたのかと呆れられていた。医者にどんなことを言われても、太宰は生活態度を変えなかった。彼の周りには、死の予感が漂っていた。

 一方で、子ども3人を抱えた正妻のところには、家一軒建つほどの飲み代の請求書が突き付けられた。ただ、太宰の作品は飛ぶように売れていた。その当時「斜陽」、「ヴィヨンの妻」などが売れに売れて、売れっ子だった。編集者や取り巻きが、太宰の周りにはいつも黒山だった。ただ、ある時その飲み屋に現れたのが三島由紀夫だ。「私はあなたのような文学作品は、認めません」と宣言した。

 正妻美知子は、いつか太宰がとんでもない傑作を書いてくれるのを期待して、その生活態度に耐え忍んでいた。美知子は地味な女に描かれており、宮沢りえはミスキャストではなかったのか。

 山崎富江(二階堂ふみえ)は、女房がいようが第二婦人がいようが、とにもかくにも太宰が好きだった。富江から「一緒に死のう」と持ち掛けた。太宰は「そうだね」と気のない返事を繰り返したが、無理に玉川上水に引っ張って行って入水自殺を成し遂げた。

 蜷川実花監督の4作品目とのことだが、何しろ映像がきれいだったね。R15指定作品という割には、大人しいような気もした。

 

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2019年9月19日 (木)

№4187 作文「十五夜お月見吟行」

 今日も俳句の話題で恐縮だが、先日埼玉県民活動総合センターで一泊の「十五夜お月見吟行」をした報告をした。その場で先生に、「会報に載せるので、原稿用紙2枚から3枚の感想文を書いてよ」とお願いされた。毎日このようにブログを書いている私にとって、原稿書きは苦手ではない。その場で即OKした。

 そして、新しい会報を印刷している間に原稿用紙3枚、1200字の依頼作文ができた。一度目を通したうえで先生に添付メールを送ったら、「この文章で結構です」と返信があった。先生のOKをいただいた文章をここに添付したい。

 十五夜お月見吟行                    佐々木秦山

 

 「十五夜お月見吟行」があり、参加してきた。例年様々な会場でこの会は開かれているのだが、今年は埼玉県民活動総合センターで行われた。この会場はわが「伊奈桟雲の会」の句会で使っているのだが、宿泊するのは初めてのことだった。

 

 第一日目の宿泊句会に参加したのは五名だった。さて、今晩の句会のために吟行しようと、出かけたのは伊奈薔薇園だ。薔薇園では、秋の薔薇祭に備えて、園丁が薔薇の剪定に余念がなかった。取材を兼ねて、その作業員に話を伺った。この時期の薔薇の剪定は大事で、一ヶ月後には切った枝先から花が咲くのだそうだ。しかも秋の薔薇の花は小振りで、芳香が強いと話していた。その取材をしながら、俳句の構想を練った。今晩の句会には三句から五句の提出だそうだ。

 

 夕食は、埼玉県民活動総合センター一階のコバトン食堂で摂った。結構ボリュームがあり美味しかった。部屋に帰って酒飲みをした。すっかりリラックスして、まさかこの晩は句会が開かれるとは思ってもみなかった。入浴も済んで、さて、これからプチ句会だという。もう、すでに午後十時に近かった。

 

そこから延々十二時近くまで句会は続いた。時々外を眺めるのだが、雲が厚く垂れこめて主題の月は見えなかった。さて寝ようとしたときに、煌々と満月が照らし始めた。しばらく月を見ては、句作を練った。

 

 秋薔薇小振りなりしも香り濃し                秦山

 

 翌日は、やはり同じ会場のセミナールームで「お月見句会」が開かれた。参加者は、先生と前日の宿泊者を含めて十三名だった。この日は月の句を中心に、三句から五句の提出だそうだ。私は、朝起きた時点では一句も用意できていなかった。さて、午前九時の句会まで何句作れるのだろうか。私は、毎月の定例句会に提出する六句をを作るのにも、四苦八苦している。そこは集中力だ。昨日も五句提出したし、この日も五句を作るべく、頭を捻った。そして、提出ギリギリの締切時間に五句目ができた。この日の句会に参加したのは、わが伊奈桟雲の会のメンバーのほかにも、他句会の顔見知りが多かった。句会は粛々と進んだ。

 

 清記された俳句の選句が始まった。しかし、私の俄作りの俳句が、参加者の選句対象になるとは思えなかった。それが、意外にも提出した五句のうち、三句を選句して貰えた。正直言って嬉しかった。しかも、ぎりぎりにえいやっと出した俳句に二票も入った。

 

 昨晩の酒のつまみの残りがテーブルに並べられ、和気藹々のうちに句会は終わった。私のこの宿泊吟行で何より自信になったのは、集中力を注ぐと、俳句はできるものだといううことだ。普段からこの集中力を維持できればいいのだが、なかなかそうはいかない。

 

 雲塊を押しやり今日の月天心                山彦

 

 発句の会跳ねて寝際に望の月                秦山

 

 

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2019年9月18日 (水)

№4186 「伊奈桟雲の会」定例句会

 このところ俳句の話題ばかりで恐縮だが、第三火曜日は「伊奈桟雲の会」の定例句会の日である。いつもの埼玉県民活動総合センター会議室で開かれた。参加者は、先生を含めて10名であった。句会を開くのには、丁度良い人数だ。いつもそうなのだが、句会の前には、この日自分が持参した俳句がどういう評価をえるのか、そわそわドキドキしている。

Photo_20190918122201  

 この日も雑詠5句に兼題1句を提出した。今月の兼題は「蜻蛉」であった。前にも申し上げたが、私はこの句会の会報を作っている。すでに第91号になるが、この8年弱の間一号も欠かしたことがない。先日の十五夜吟行の宿泊の席で、高校の先輩のSenshuさんに褒められたばかりである。会報の表紙には、その月の兼題画像を載せている。この日の句会でも、Yokoさんに「まあきれいな蜻蛉ですね」と褒められた。

Photo_20190918131201  この画像は、ネットの無料素材の中からとっている。きれいな画像が、ネット上にはそれこそ山のようにあるのは便利だ。目指すどういう画像でも拾えるのは驚きだ。ちなみに来月の兼題「稲雀」の画像も、このネットから拾った。象徴的で良い画像ではないか。

 ところで、今月の句会の私の俳句への評価はどうだったのだろうか。今月提出した俳句は、先日の富士下山に思いを馳せた句が3句だった。富士登山の句は高校句会にも提出したが、誰からも評価点はもらえなかった。それに懲りず、若干の手直しはしたもののまた提出した。案の定、この伊奈桟雲の会でも評価点はゼロだった。

 しかし、やさしい先生はお情けだったろうか、かろうじて丸がついたのが次の2句だ。

(原句)五合目を下るばかりの富士登山

(原句)廃屋の連なり吉田登山道

(添削句)廃屋のまた廃屋や富士登山

 さらに、今月の兼題「蜻蛉」についても次の句を提出した。残念ながら、この句への評価もゼロだった。ただ、先生からは添削が入って、辛うじて滑り込めた。

(原句)秋茜群舞のありしいま昔

(添削句)秋茜群舞のありし夕田かな

 皆の共感を得るのにはどうしたものだろうか、考えどころだ。

 

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2019年9月17日 (火)

№4185 急速に進む老人社会

 昨日は「敬老の日」だった。昔は65歳になると敬老会招待の案内状が来た。今は何歳で招待状が来るのかは知らないが、たとえ来たとしても出席するつもりはない。私も今年の誕生日で73歳になる。普段は意識することもないのだが、すでに十分に老人だ。

 それにしても急速に「老人社会」が進んでいる。日本の65歳以上の人口が28%とのことだ。第二位の国とは5ポイント以上の差があるのだそうだ。それに、驚くことに100歳以上の老人が7万人にもなるという。いまや100歳だからといって、驚かなくなった。

 このような老人でもあまり苦しまずに生活ができるのは、年金があるおかげだ。本当に年金は有難い。ただ、日本の財政に占める社会保障費は35%を占める。この社会保障費の内実は、医療費と年金だ。この%は年々上がっていくのだろう。このまま高齢化が進むとどうなってしまうのか、心配しないわけでもない。

 寿命が伸びたからといって、寝たきりの老人生活では意味がない。健康寿命というか、寝たきりにならず、入院生活のない生活を送りたいものだ。私の周りには、Wakiさんという88歳の仲間がいる。彼はむしろ我々より元気だ。先日も富士登山を一緒にこなした。ただ、彼の奥さんは昨年亡くなった。奥さんは80歳を超えて認知症を患い、目が離せない状態だったようだ。そういう奥さんでも、亡くなってみると生活に張りがなくなったと話していた。不眠症に悩み、眠れない日が続いているらしい。

 健康寿命を維持するには、相方の女房の存在が大事と常々思っている。普段は空気のような存在だ。何がということはないが、いなければWakiさんじゃないけれど、生きる張りがなくなってしまうだろう。お互い、いつ何があるのかわからない。今年の春も、女房が生命の危機に瀕したことがあった。最悪の時はどうするのか、覚悟を決めたこともあった。

 願わくは、女房に一日も私より長く生きてほしいと思う。

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2019年9月16日 (月)

№4184 MGCを楽しむ

 昨日、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)があった。今までオリンピック参加のマラソン選手の選考が不透明というので、それなら一発勝負で決めようと行われたレースである。このレースで上位二人は問題いなくオリンピック出場が決まる。もう一人は今後のレースいかんということだ。この大会は時間ではなく、順番が大事な大会だった。男子は30人、女子は10人が出場した。男子の放映はTBS、女子の放映はNHKとこれも異例の放映だ。

 私は女房に怒られながらも、TBSとNHKのチャンネルをカチャカチャ変えながら男女のマラソンを楽しんだ。しかし、結局は男子のマラソンを中心に観戦することになった。

Photo_20190916092301  男子マラソンは、スタート時に設楽悠太が飛び出した。あれよあれよという間に引き離し、一時後続と2分もの差ができた。レース前に設楽は、「最初から飛び出して、行けるところまで行きたい」とレース構想を話していたらしい。設楽の走りっぷりを見ると、このままゴールまで行ってしまうのではないかと思わせた。

 テレビ解説で高橋尚子が、不気味なことを言っていた。「私もこのコースで、調子がいいままにどんどん飛ばしたことがある。ところが最後5㎞の坂まで来た時に、坂を登る足がなかった。最後の坂は恐るべきだ」というのだ。ところが高橋の予感は当たった。最後の5㎞付近まで来たら、設楽はフラフラだった。

 この日の朝のモーニングショーで、瀬古俊彦はこう言っていた。「昨日はあまりにも暑かった。気温は28度ほどだった。もし今日のように雨が降っていたら、設楽は最後まで行けたのではないか」とのことだ.「本当に設楽は強い選手だ」と話していた。設楽は、しかし結局は14位に終わった。

 この大会でもう一人注目したのが大迫傑だ。設楽と大迫は、この大会の二大選手だった。大迫が飛び出した設楽を追うのではないかと見ていた。ところがそういう迫力もなかったし、第二グループの中でも中盤に位置し、グループを引っ張ることはなかった。大迫の走りにはガッカリした。ただ、瀬古の解説では、やはり設楽の飛び出しで大迫は途中で足を使ってしまい、最後に追う力がなかったらしい。

Photo_20190916092701  最後に飛び出したのが中村匠吾だった。それにしてもラストスパートの中村匠吾の走りはすごかったね。最後の2㎞を走り切った。下馬評では無名だったが、最後に勝ったのは中村だ。そして2位に入ったのが服部勇馬だ。中村と服部は、問題なく来年のオリンピック出場が内定した。

 中村の何よりの強みは、暑さに平気だということだ。昨日の暑いマラソンでも、体重がほとんど減らなかったらしい。来年の東京オリンピックのマラソンも、相当の暑さを覚悟しなければならない。中村にはうってつけかもしれない。

Photo_20190916093401  女子マラソンは、前田穂南が優勝した。今朝のネット情報を見ていると、前田は”あまりにも美人過ぎるアスリート”として話題のようだ。女子オリンピック出場選手は、前田と鈴木亜由子に決まった。

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2019年9月15日 (日)

№4183 お月見句会

 さて、前日の「お月見吟行」に続いて、今日は「お月見句会」だ。会場は、昨晩泊まった埼玉県民活動総合センターの別室のセミナールームだった。宿泊室は8畳間だったった。朝起きて私は前日遅かったのでぐっすり眠ったが、Senshuさんは「暑苦しくて眠れなかった」とブツブツ言っていた。

 この日のお月見句会は、「月」に関する俳句を3句以上5句の提出が義務づけられた。私は、朝食が終わった午前8時時点で1句もできていなかった。句会は午前9時からだ。さて、30~40分で5句作れるのか。そしてセミナールームに入った9時にようやく4句揃えた。さてもう1句だ。提出ギリギリに、えいやっと1句作って出した。

 「お月見句会」は、参加者は昨日宿泊した5人に加え、さらに8人増えて13人だった。今日は、昨日作った「お月見吟行」と、この日作った「お月見句会」で先生から評価点を得られた私の俳句を紹介したい。

「お月見吟行」

職人の園庭仕舞ひ秋の暮

(評)職人と園庭の語が近い。園丁で言い尽くせるのではないか。

伊奈薔薇園犬引き連れ散歩の子

(評)「伊奈」はいらない。「散歩の子」もゆるい。

秋薔薇(そうび)強い香放ち花小ぶり

(評)原句に対し例句「秋薔薇小振りなりしも香り濃し

雨催ひ剪定急ぐ薔薇職人

(評)「剪定」も季語、「薔薇」も季語。詩になっていない。

「お月見句会」

発句(ほく)の会跳ねて寝際に今日の月

(評)「寝際」が気になる。「今日の月」は「望の月」にした方がいい。

厚雲の切れて夜半に望の月

(評)破綻はない。まずここからかな。

兎跳ねロマンが満つる良夜かな

(評)「ロマン」が気になる。他の語に。

軒際の狭間に覗く小望月

(評)「軒際」と「狭間」がうるさい。「覗く」もいらない。例句 屈み見る軒の狭間に小望月

Dscn0946  間に合わせに作った俳句の割には、参加者から点数が入った。参加者から「発句の会」は3点が入り、「兎跳ね」と「軒際に」はそれぞれ2点が入った。とくに「兎跳ね」は、締め切り間際にエイヤッと出した俳句で、まさか参加者に評価点を得られるとは思わなかった。昨晩の酒のつまみの残りもテーブルに並べられ、和気藹々の「お月見句会」だった。

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2019年9月14日 (土)

№4182 一泊でお月見吟行

 埼玉県民活動総合センターの宿泊施設に一泊して、「お月見吟行」をしてきた。いつも利用している埼玉県民活動総合センターは宿泊施設もあるが、泊ったという話は聞いたことがない。私も一度生きがい大学の宿泊学習で泊まったことがあるだけだ。

 お月見吟行は、毎年9月か10月の満月の夜に一泊して、俳句シャワーに浸かろうという企画だ。主催はYamahiko先生で、参加者は先生の指示通りに動くだけだ。私も過去、3度ほど参加している。その一回は、那須に泊っての吟行だった。もちろんわが「あるるのいえ」に泊ってだ。

 当日何人参加するのか、当日埼玉県民活動総合センターに行ってみないと分からなかった。午後4時に埼玉県民活動総合センターロビー集合というので行ってみたら、宿泊は先生を含めて5人だった。宿泊は5人だが、翌日のお月見句会には十数人の参加になるのではないかという。午後4時に集合したが、これから一体どうしようというのだろうか。まずは近くの公園で吟行だ、という。

Dscn0940  行った公園は、埼玉県民活動総合センターから車で5分ほどのところにある「伊奈薔薇園」だ。この薔薇園は5月と10月の年二回、「薔薇祭」が開かれている。そのお祭り以外、公園はどうなっているのだろうか。剪定職人とボランティアで、薔薇の枝を伐っていた。ボランティアのおばさんに話を聞いてみると、「10月20日頃に秋の薔薇祭が開かれる。そのお祭りに備えて薔薇の枝を伐っている」のだそうだ。

Dscn0942  この時期の薔薇の剪定は大切で、9月は深く伐るのだそうだ。その切った枝から、一か月後に花が咲くという。秋に咲く薔薇の花は、小ぶりだが芳香が強いらしい。薔薇を持っている人は、いま枝を伐っておくべきだ、と強調していた。ボランティアの人の話しを聞きながら、俳句の作句に取り掛かった。私が俳句を作るときは、まずはキーワードを「俳句手帳」に書いておく。そのキーワードをもとに肉付けをしていく。仕上げは宿に帰ってからと、10句ほどの肉付けを終えた。

Dscn0945  帰りは、近くのスーパーで酒とつまみを買って帰った。埼玉県民活動総合センターでの食事は、一階の「コバトン食堂」でだ。食堂に降りてみたらガランとしていて、食事を摂っていたのはわが一行5人だけだった。夕食は結構ボリュームがあり、お腹いっぱいになった。ただ、この食堂ではお酒は飲まなかった。酒は、帰って部屋で飲むことにした。

 肝心の月は見えるのか。部屋で外を覗いてみたら、空は厚い雲で覆われていた。月が見えないのにどうやって「お月見吟行」をするのだろうか。そこは俳句の便利なところで、「無月」という季語がある。月が見えなくても俳句は作れるのだ。ただ、先生とSenshuさんは、それでも月見に外へ出ていた。帰ってきた話を聞くと、雲間に月がちらっと見えたのだそうだ。私は、部屋の中で薔薇園での俳句に磨きをかけた。

 部屋に皆が揃って飲み会をした。俳句の話しというよりも世間話に終始した。そのうち、風呂に入ろうということになった。同じフロアーに大きな風呂場があった。入浴しているのはわがチームのみだった。風呂から上がってリラックスしていたら、これからプチ句会を始めようという。もう午後10時に近かった。お酒も入ったし、本当に句会をやるの。せっかく宿泊したので、やはりやるらしい。

 一人3句から5句の提出だという。私は薔薇園で思いを練った5句を提出した。参加者が少ないということは、普段にはないことだが一句一句先生に丁寧に見てもらえるということだ。その句会は、延々12時近くまで続いた。私は薔薇園の俳句を提出したが、ほかの人は「無月」の俳句が多かった。結局、今晩は月が見えないのか、がっかりしながら私は布団に入った。

 そしたら隣部屋のMasakoさんが、わが部屋に飛び込んできた。「満月の月が見えるわよ」というのだ。すぐにベランダに出てみた。なんと満天の月が煌々と輝いていた。私は、翌日のお月見句会の俳句は全然考えていなかった。

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2019年9月13日 (金)

№4181 今日は何のブログ記事を書こうかな

 いろいろと関係の断捨離をしたら、ほぼスケジュール帖は真っ白になってしまった。毎日、家から一歩も出ない『老人生活』を続けている。その生活はそれでいいのだが、困っているのは何のブログ記事を書こうかということだ。やはり何らかの行動があって、ブログ記事になる。家に閉じこもっていては記事にならない。

 寝床にいては、さて明日の記事はどうしようか、明後日はどうしようと悩んでいる。まあ、そう悩んでいる時間も悪いわけではないが、実際書くことがないのには困る。この日の記事も、どうしようもないと思って書く与太記事だ。もう14年目に入るブログだ、もうそろそろやめてもいいのかな。

 こういう日常生活の中で書く記事なので、中身は薄いと書いている本人は一番よく分かっている。読者もこの事情を理解しているのか、最近読者が訪れる状況を反映する「アクセス数」も低調だ。ひところ一日平均200に近かったアクセス数も、このところ100前後を行ったり来たりだ。アクセス数は正直だ。

 良い記事が書けたと思ったときは、次の日と翌々日にはっきり出る。アクセス数がはっきり上がる。つまらない記事を書いた時には、この反対現象が現れるのが面白い。

 どうなんだろうか、毎日ではなく、何か記事を書くような行動があった時に書くというスタイルだ。Naoko先生のブログを見るとそうなっている。ただ、中途半端な気持ちでブログを続けるのも嫌だ。どうしたものだろうかな。

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2019年9月12日 (木)

№4180 ガイドと巡るさきたま古墳群

 先日下見したさきたま古墳群で、この日は東京シニア自然大学NEXTの「さきたま古墳公園で古代の歴史を学ぶ」講座があった。午前中は「県立さきたま史跡の博物館」の学芸員のお話を伺い、午後はボランティアガイドと一緒に古墳群を巡った。下見と違い、きちんと学芸員の話を伺うと理解が一層深まった。この日の参加者は29名だった。

Sdscn0916  まずは、博物館で学芸員から概要と、収蔵されている展示品の説明を聞いた。聞いて初めて知ったこともあった。ここになぜ9基もの古墳があるのかそれは謎とのことだが、ただ確実に大和朝廷の影響はあったらしい。前方後円墳を作るには、朝廷の許可が必要とのことのようだ。ただ、関東にはこのような古墳はこのさきたま古墳だけではなく、特に群馬県に多くあるとのことだ。

Sdscn0918  博物館の展示品の中で、圧倒的な異彩を放つのが国宝「金錯銘鉄剣」である。1968年稲荷山古墳で出土し、話題になった。レントゲンで撮影し、初めて金文字が浮きあがったのだそうだ。5世紀後半のもので、ワカタケルの名前が彫られていたらしい。そのほかに、一緒に出土した剣や馬具なども一緒に国宝に指定されたという。

 たまたま稲荷山古墳は崩壊していたので発掘が可能になったが、他の古墳は文化庁の許可がなく、いまだ未発掘だという。果たして、ほかの古墳にはどういう宝が眠っているのだろうか。この日の参加者は研究熱心で、お昼間際まで学芸員に質問を浴びせていた。

Sdscn0929  午後は、地元のボランティアガイドと一緒に古墳巡りをした。この日は天気が良く、汗が止まらない。丸墓山古墳は、中でも日本最大の円墳で、100段の階段を上った。墓の頂上からは、行田の街や忍城が望めた。

Sdscn0930  忍城は、石田三成が水攻めをした「のぼうの城」で有名だ。石田三成は、この丸墓山古墳で陣頭指揮を執ったらしい。この下には、水攻めで有名な石田堤が残されていた。

Sdscn0934  さらに、稲荷山古墳にも登った。古墳の頂上には、発掘跡のレプリカが残されていた。

Sdscn0937  また、稲荷山古墳から歩いて10分ほどのところにあるのが将軍塚古墳だ。ここには発掘跡のレプリカが公開されている。炎天の中を歩いてきて、この冷房の効いた石室に入場してほっとした。

 埼玉に住んでいる人はこの古墳群は知っていたが、この日の参加者はこんな大規模な古墳があるのにチョットした驚きを持ったようだ。この古墳は5世紀から6世紀の150年ほどのもののようだが、その後は古墳は作られなかった。なぜかというに、仏教が入り、お寺ができたせいとガイドは説明していた。

 それにしても、古代の話には夢があるね。

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