2019年11月20日 (水)

№4249 十一月の句会

 毎月第三火曜日は、定例句会の日である。今月も、埼玉県民活動総合センターの会議室で行われた。このところ会員は安定していて、先生を含めて10名である。このくらいが句会にはちょうどいい人数と思っていたら、冒頭先生が「絶えず人数を増やす努力をしなければ、いずれ減っていく。私が今持っている句会にも、危機的な会がいくつかある」と話していた。

 12月1日から一週間、埼玉県民活動総合センターの展示会場で、5句会合同の俳句展が開かれる。その展示会でも、新人を増やす努力が必要と確認した。句会の冒頭は、その展示会のあれこれについて世話人から説明があった。

 そしていよいよ句会である。雑詠5句と兼題1句が課題である。私が提出した雑詠は、城ケ島への仲間との一泊旅行で作った3句と、先日の新宿御苑での菊花壇展での2句、さらに兼題は「水澄む」だった。いつも感じているのだが、机に座っているだけでは俳句はできない。出かけたときに俳句ノートを片手に詩作に耽るのが常である。

 私の悩みであるが、私が提出した俳句は会員にはほとんど評価点が低い。唯一、先生に救って貰うのが常である。今月もやはり会員の評価点を得られない句があった。「水澄む」の兼題である。

水澄むや葭の合間に鯉の影 秦山

 評価点は0点だったが、先生からは「破綻のない句だからとりましょう。」といって貰えた。全体的評価としては「大人しい」と言っていた。もっとこれはという発見がないと、なかなか評価してもらえないと実感した。

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2019年11月19日 (火)

№4248 来年度の東京シニア自然大学の 講座希望科目

 11月も下旬になり、そろそろ来年のことを考えなければならない時期に来ている。『東京シニア自然大学NEXT』も、その手続きが始まった。先日、運営委員会から「来年度何をするのか、希望を最低3件出すように」との依頼が来ていた。その要望に基づいて、私も3件の希望講座を送った。その結果がまとまったようだ。

 会員が70名もいると、いろいろな企画が出てきて面白い。今回は81件の「日帰り企画」と、11件の「宿泊企画」が提案された。この中から希望を日帰りで5件、宿泊で1件、11月29日までに応募するようにとのことだ。

 一覧表を見ると、それぞれ甲乙つけがたい項目が並んでいる。さてどの項目に応募しようかな。内容を見ると、結構ハイキングという項目が多かった。天覧山、三浦富士、東秩父、奥武蔵、真鶴半島、鎌倉天園、日光杉並木、筑波山等である。筑波山については私が希望したものだが、他にも希望者がいたようだ。

 さらに、宿泊企画でも私は尾瀬を希望したが、尾瀬という人は他に二人もいた。日光戦場ヶ原という人もいたが、戦場ヶ原には過去二度も行っている。白神山地という希望もあったし、隠岐の島という話も出ていた。東北海道エコツアーというのは、Kuniちゃんの企画かな。私はこの企画一覧表を見て、次の項目に〇をつけて出すつもりだ。

日帰り企画

①鎌倉切通しを歩く

②本郷 文学・文化散歩コース

③座学:どこまでわかったのか宇宙と生命の起源

④わたらせ渓谷鉄道

⑤横田基地界隈のアメリカンテイストショップ歩き

宿泊企画

①隠岐の島

 以上は私の希望講座だが、これを運営委員会が集計して、希望上位20講座程度に絞るのだろう。さてどういう講座になるのか楽しみだ。来年3月の総会では、その講座の主担当者と3~4名の担当者、それに講座実施日が決まっていく。

 こうやって、来年も東京シニア自然大学講座が続く。3月には新しい会員も加わって来るし、ますます充実するのではなかろうか。

 

 

 

 

 

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2019年11月18日 (月)

№4247 プレミアム12、日本優勝

 この1か月にわたって戦われた《プレミアム12 決勝戦》で、日本が韓国に勝ち10年振りに優勝を果たした。いまやラグビーやサッカーにさらわれて、野球はマイナーなスポーツになった感じがある。私も特にこの大会に思い入れはなかった。

 ところが、始まるとやはり違った。私は台湾で行われた予選を、バンコクのホテルでYahooニュースを見ながら注目していた。最初の頃は、日本チームは固かったせいか、ギクシャクしていた。むしろ瀬戸際にまで追い詰められたギリギリの試合もあった。イライラしながらYahooニュースを見続けた。まあ、ぎりぎり予選を通過して決勝リーグに進出できた。

 ラグビーもそうだったが、日本で行われる決勝リーグに日本が出れなければ、しらけるというかこれほどの盛り上がりはなかったのではないか。決勝リーグの第一戦は、千葉のゾゾタウン・マリンスタジアムで行われた。対アメリカ戦の大一番だったが、球場には空き席が目立ち、この大会への日本人の関心の低さが伺われた。

 野球ファンにとっても、この《プレミアム12》に対する関心は薄かったのではないか。第二回大会とはいうが、この大会に対する位置づけはいまひとつはっきりしない。4年に一度《WBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)》が別にあり、この《プレミアム12》はその中間年に行われる大会だそうだ。参加資格は、プロの選手だという。

 その割には、アメリカのMLBの主要選手は参加していなかったし、盛り上がりにも欠けていたのではないか。唯一盛り上がっていたのは、第一回大会で優勝した韓国のみではなかったのか。前回大会では、日本は韓国に負けて第三位だった。それでも、台湾で行われた最終戦で、満員の球場では完全ウェーであったにもかかわらず、台湾に完勝した。

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 この大会を通して、日本のバッターは唯一鈴木誠也を別にして打てなかったね。山田哲人、坂本勇人、丸佳浩など散々だった。まあ、丸は緊急参戦で無理もなかったが。そういうバッターがダメな中、投手陣は頑張っていた。特に若いピッチャーの頑張りが凄かった。

 決勝戦の日本の先発は、巨人の山口俊だった。これまでも山口は打たれ続けている。危惧は現実のものになった。立ち上がり2ホームランを打たれ、3点を献上してしまった。コントロールも悪かったし、球威もなかったね。早く替われ、と思った。

Photo_20191118124101  3点のビハインドは、1回裏鈴木誠也のタイムリーと、2回裏の山田哲人の3ランホームランで追いついた。何より素晴らしかったのが、稲葉監督の投手リレーだった。山口がダメと思ったら、2回から投手はサブマリーン高橋礼に代わった。その後、田口、中川、甲斐野、山本由伸、山崎と完璧な完封リレーで、強打の韓国バッターをよせつけなかった。

 あれだけ盛り上がらなかった大会だったが、さすが決勝戦は盛り上がった。東京ドーム球場はこの日と前日は満員だった。日本は優勝して世界一になったが、まあ、ラグビーやサッカーとはその価値が違うね。

Photo_20191118124301  さらに付け加えるならば、周東佑京の走塁は見ていて楽しかった。彼の走塁は、金を払っても見たいね。残念ながら韓国戦での出番はなかったが…。

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2019年11月17日 (日)

№4246 温水洗浄便座

 尾籠な話題だが、海外旅行して一番不便に感じるのが、海外には温水洗浄便座がないことである。私は痔疾を持っているので、紙で拭いただけでは便をきれいに拭い去ることができない。どうしても洗浄する必要がある。 温水洗浄便座がない海外では、終わった後にシャワーで洗い流すのを常としている。

 日本人の知恵というか、洗浄便座はよく開発されたものといつも感心している。この日の新聞で特集されていたので話題にしたのだが、洗浄便座を必需品としている人は74%に上るらしい。さらに、自宅で温水洗浄便座を備えている人は86%に上るという。こんな便利な洗浄便座が、なぜか海外では普及しないのか、いつも不思議に思っている。

 時々聞くのは、日本に旅行に来た観光客が、あまりの便利さにこの便座を買っていく人もいるらしいことだ。なぜ日本で普及し、海外で普及しないのか。ちらっと聞くところによると、便の質にあるらしい。日本人の便は粘着質で、欧米の人の便は硬質というが本当だろうか。

 メーカーもこの便座を売るために、様々な機能を付け加えている。例えば蓋の自動開閉、擬音、立ち上がると自動的に水が流れる、乾燥、ビデなどである。私はほかの機能は不要と思うのだが、このアンケートで見ても、特に自動開閉や擬音は不要と考えているようだ。

 この記事によると、洗浄しすぎは注意という。人体に必要な「常在菌」を流してしまう恐れがあるからという。さらに「習慣的に便意を促すために使わない」とか「洗浄しながら排便しない」という注意事項もある。ただ、私にはどうしても必需品だ。

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2019年11月16日 (土)

№4245 白アリがいっぱいいるよ

 自宅にいると、様々な販売業者が玄関チャイムを鳴らす。ほとんど出ることはないのだが、たまたま気が向いたので出てみた。農協の白アリ調査の係員だった。「今なら白アリ調査を無料で行います」というのだ。そういえば、もう20年以上も前に、一度白アリの駆除をしたことがある。それ以来、床下にもぐったことなどない。係員は、「理想は5年に一度、最低でも10年に一度はやった方がいい」と言っていた。無料なら、調査をしてもらうか。

Sdscf1383  前回白アリ調査をした時の穴が、床下にある。日時を決めて調査をしてもらうことにした。やがて、専門業者がやってきて、床下にもぐった。床下はものすごい湿気のようだ。この近辺は、宅地開発の前は田圃だったらしい。湿気は、カビや白アリの温床だ。潜った方は、膝や肘が泥んこになっていた。床下の土はびちゃびちゃのようだ。

Sdscf1398 Sdscf1388  デジカメを持って潜った方が、「ものすごい白アリですよ、今でも動いている」と声をかけてきた。特に、角々には白アリが這って歩いた形跡がはっきり出ていた。それも一ヵ所だけではなく無数にあるのだ。

Sdscf1395  さらに、地下の土が湿気っているので床材がカビだらけと言っていた。これはひどいね。

Sdscf1416  居間の土台は白アリにやられて、木材がボロボロに崩れていた。これだけ見せられると、白アリ駆除をやらざるを得ない。坪当たり駆除料が7800円だといっていた。さらに湿気対策に防湿材を敷き、扇風機を取り付けるとなるともっと費用がかかりそうだ。その業者が言うには、「今ならまだ間に合いますよ」とのことだ。

 いずれ見積もりを出してもらい、料金と相談で考えよう。それにしても、白アリ駆除は必要になりそうだ。

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2019年11月15日 (金)

№4244 新宿御苑 薔薇作り

 昨日の記事の続きになる。

Sdscn1421  お昼ご飯を食べて、午後は薔薇作りの話を聞いた。その前に、管理事務所の会議室で講義があった。まずは、新宿御苑の歴史についてだ。講師は、以前所長を務めていたKuniちゃんだ。この日は、奥さんも同伴していた。彼は古地図を見せながら、この御苑の変遷を語っていた。一時は、この地に赤坂離宮のような宮殿を建てる計画もあったようだ。

 Kuniちゃんの説明に続き、東京農業大学グリーンアカデミーの菊班、薔薇班の話も伺った。このグリーンアカデミーというのは東京シニア自然大学のようなもので、東京農業大学が主宰するシニアのための開講講座だ。ちなみに、最近このグリーンアカデミーから東京シニア自然大学に入学する人が増えている。言ってみれば姉妹関係にある団体だ。

 ただ、歴史も規模も大違いなのは、例えば薔薇班の会員は80名もいるということだ。薔薇班の年間スケジュールも見せていただいたが、これまたすさまじい。年間60数回の作業日程が組まれていた。その大半が除草と薬剤散布であった。新宿御苑の薔薇の管理は、この人たち抜きでは考えられない。実際、御苑側も丸投げしているような実態のようだ。

Sdscn1422  講義の後、実際の薔薇園を見ながら説明を伺った。埼玉県民活動総合センターの近くに薔薇園があり、よく見学に出かける。あの薔薇園を管理しているのは町の職員や職人のようだが、ここの薔薇の管理は、ほとんどがボランティアで行っているようだ。しかも御苑側からは、大きな制約をつけられているので大変、とこぼしていた。

Sdscn1423  それでも薔薇が満開に咲いているのを見ると、そんな不満も吹っ飛ぶようだ。今は薔薇の最盛期も過ぎている。「ぜひ、来年の5月に見に来てください。見事な花が咲いていますよ」としきりに言っていた。「来年5月には、東京シニア自然大学のための特別席もご用意します」というのだ。

Sdscn1427  薔薇園を見て歩きながら、薔薇の説明もしてくれた。知らなかったのだが、品種改良が進み今では四季咲きの薔薇が大半だという。一年中通して薔薇を楽しめるようだ。薔薇は花の鑑賞のほか、匂いも楽しめる。香水の原料となっている薔薇も多い。午前中の菊は日本で大いに発展したが、どうやら薔薇の栽培が盛んなのはヨーロッパだ。菊の名前は古今集からとられたというが、薔薇の名前は何でもありだ。それでも、王室や皇室がらみが多いのかな。

Sdscn1430  延々と薔薇の説明を伺っていたが、少し寒くなってきた。今日はこれぐらいでいいのじゃないか。

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2019年11月14日 (木)

№4243 新宿御苑探索 菊の鑑賞会

Sdscn1371  『東京シニア自然大学NEXT』の講座で、新宿御苑探索をしてきた。ご存知のように、新宿御苑は「桜を見る会」のニュースで今や話題の中心である。われわれの講座は今年の3月に決まったもので、まさかこんな騒ぎになるとは思っても見なかった。

Sdscn1383  新宿御苑には、前にもこの講座で2~3度訪れている。もう15~6年も前になるというが、この日も参加していたKuniちゃんがこの新宿御苑の所長をやっていたという。その絡みもあって、新宿御苑は何かと縁がある庭園になっている。この日は、午前中は今やっている菊花壇展を見学しながらガイドの説明を伺い、午後は薔薇の鑑賞をしながらさらに別のボランティアガイドの説明を受けるという、盛りだくさんの企画だった。参加者18人は3班に分かれ、それぞれガイドをつけてくれた。

Sdscn1385  元所長の顔もあったのか、極めて詳しいお話を伺うことができた。11月1日から15日まで行われている「菊花壇展」について、この展示会が行われるまでの涙ぐましい係員の努力の話がなされた。2~3000本の苗を育て、その中から展示に耐えうるわずか数本を選び出すのだそうだ。ほとんどの仕事は苗の破棄作業で、なんと93.4%の苗は破棄されてしまうらしい。「懸崖作り」の花壇は、一年かけてこの形にするのだそうだ。

Sdscn1396  さらにすごいのは、「大作り花壇」だ。 一本の苗から500~600本の花を咲かせる技術の裏舞台を話しておられたが、この花を咲かせるには15ヶ月かかるという。一本一本仕立て育て、この会場への移動もまた大変らしい。

Sdscn1398  本来は黄色の花と白の花は別々のようだが、中には黄色に白の混じった花もあった。これは突然変異で、苗を育てているときには予測のできないものらしい。「菊の年間作業内容」が配られていたが、この二週間の展示会のために一年間のスケジュールがぎっしり組まれていた。

Sdscn1392  お話を伺っていて面白かったのは、菊は万葉集には一首も詠われていないらしい。菊の詩が出てくるのは古今和歌集以降という。ということは、菊が日本に入ってきたのは平安時代からではないかという。ただ、今のような鑑賞菊ではなく、野菊のようなものだったらしい。そして、鑑賞に堪えられるように菊を仕立てる技術が発達したのは、江戸時代以降らしい。

Sdscn1414  ご存知のように、皇室に菊の文様が採用されている。これも意外と新しく、明治政府が採用したようだ。菊の鑑賞をしながら、このような話を伺うのは貴重な体験だった。そういえば、私の知り合いでも菊を育てている人がいる。一年中目が離せなくて、どこにも出かけられないようだ。

Sdscn1412  さらに、菊づくりの苦労はこういうところにもあった。「懸崖作り花壇」には松葉が敷き詰められていた。この松葉も丁寧に集め、一つ一つ洗うのだそうだ。さらに展示会場を覆っている土は「化粧土」と言われ、わざわざこのために買ってくるのだといっていた。さらに、苔を敷き詰めていた花壇もあった。この「菊花壇展」会期は15日までなので、興味のある方は見てきてみたらいかがだろうか。

Sdscn1410  長くなったので、薔薇の話は明日の記事としたい。

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2019年11月13日 (水)

№4242 10月に読んだ本

 さて、海外旅行の話を終わり、また通常の記事に戻ろう。ちょっと遅くなったが、10月に何の本を読んだのか報告したい。

 しかし歳をとるというのは恐ろしいもので、物忘れが激しい。本も読んだそばから忘れてしまうので厄介だ。だから、私はまめに「読書ノート」をつけている。読書ノートをつけたからといって、忘れるのを取り返せるわけではない。ただ呆れてしまうのは、半年前に読んだ本を再読しても、読んだ記憶を最後まで思い出せないことだ。最近頻繁である。

 私は主に小説ばかりを読んでいるのだが、図書館の本棚を見る限り興味のある本はほとんど読み、選択の余地が少なくなりつつある。そこで、最近では小説だけではなく評論集やエセーにも手を伸ばしている。ただ、エセーの寿命は短いものだね。たまたま10数年前に書かれたエセーを読んでいたら、今から見たらずいぶん頓珍漢である。小説には決してそういうことはないのだが。

 さて、10月はどれだけ読んだのか。13冊・5221頁だった。昨年までは月に6000頁も読む月もあったが、少し読書ペースが鈍っている。それでは何を読んだのかの報告をし、2~3点にコメントをしたい。

井上ひさし『一分ノ一』(上)445頁(下)444頁 講談社 2011年10月刊

内田康夫『還らざる道』347頁 祥伝社 2006年11月刊

岡田秀文『風の轍』580頁 光文社 2008年9月刊

久間十義『聖ジェームス病院』494頁 光文社 2005年12月刊

森村誠一『深海の人魚』364頁 幻冬舎 2014年11月刊

笹本稜平『指揮権発動』477頁 角川書店 2019年1月刊

久間十義『限界病院』386頁 新潮社 2019年5月刊

辺見庸『いま、抗暴のとき』232頁 毎日新聞社 2003年5月刊

熊谷達也『山背の里から 杜の都のひとり言』269頁 小学館 2004年11月刊

津本陽『忍者月輪』412頁 中央公論新社 2014年4月刊

藤田宜永『彼女の恐喝』362頁 実業の日本社 2018年7月刊

馳星周『神カムイの涙』409頁 実業之日本社 2017年9月刊

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 これまで馳星周の本はずいぶん読んできた。試みに【読書ノート】を検索してみたら、48冊の本を読んできている。そして驚くことに、随分二度読んだ本が多いことである。馳星周は、以前は冒険小説・ノワール文学の旗手といわれていたが、最近書くものに若干の変化も見られる。私は処女作『不夜城』からのファンで、とんでもない殺し合いが行われるものを読んできた。

 ところが、最近は作風が変化して純文学風になった。これはこれで、またたまらない。ふんわりした暖かさが、作品からにじみ出ているのだ。まさにこの作品もそういうものだった。部隊は北海道のアイヌ一家の話だった。中学生の娘悠は、屈斜路湖の山小屋で祖父と一緒に住んでいた。彼女は学校でいわれなき差別に会い、卒業したらアイヌ差別のない東京に出ようと固く思っていた。両親は、車の事故で突然死をしてしまった。

 祖父の敬藏は木彫り職人である。その作品を慕って、若い男雅比古が弟子入り志願をしてきた。木彫り職人といって生計は難しく、敬藏は断った。雅比古は東日本大震災で、祖母と母を喪った。さらに、北海道に流れてくる深いわけがあった。これが物語の佳境であった。

 私はこの小説を去年の11月に読んでいたが、そのことを全く思い出さなかったのが悲しい。

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 津本陽さんは、昨年の5月に亡くなった。歴史小説の作家として、たくさんの小説を書いてきている。私が津本さんの小説を読んだのは、織田信長を書いた『下天は夢か』(1989年)や、豊臣秀吉を書いた『夢のまた夢』(1993年)、『小説渋沢栄一』(2004年)くらいのもので、あまり津本の良い読者とは言えない。どうも津本の作品には、手に取るのを控えさせる何かがある。今回手に取った小説は、2014年「読売新聞」に連載されていた著者晩年の作である。

 今回の『忍者月輪(がつりん)』には思わず引き込まれた。今や忍者ブームで、外国の観光客も忍者を目指して来日しているという。とはいうものの、歴史的には「忍者」の実態はほとんど分かっていないようだ。信長や秀吉、徳川家康が忍者を重宝に使っていたようだ。現に家康は、服部半蔵を絶えず側用人として使っていた。

 今回の忍者伝兵衛の話は、本当かどうかはわからない。そこに小説として取り上げられる余地があった。伝兵衛は伊賀忍者だったが、彼が悩んでいたのは女房との位置である。主人に忠実に仕える伝兵衛と、家庭人としての伝兵衛の乖離が面白かった。

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 このところ、医療小説として久間十義の小説を読むことが多い。今月も2作品を読んだ。基本的に、私は医療現場の話を好んで読んでいる。加賀乙彦、帚木蓬生、久坂部羊などがそれにあたる。最近、帚木蓬生の小説『閉鎖病棟』が映画化された。近く見に行ってきたいと思う。

 『限界病院』は地域医療の在り方を問う小説だったし、『聖ジェームス病院』は総合病院の中の人間模様を描いた小説だった。医療小説を書くには、ある知識がないといけない。久間十義は医療関係者じゃないが、よく勉強していたと思う。いずれも面白く読めた。

 

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2019年11月12日 (火)

№4241 タイ旅行での初の試みは

 今回の旅でいろいろな試みをした。一つは格安航空機に乗ったことだし、ドンムアン空港でSIMカードを買ったのも初の試みだった。

 いま海外に行くのに飛行機に乗ると、様々なサービスがある。座席の前の画面で映画を見みられるし、飛行機が現在飛んでいる位置も見ることができる。食事や飲料のサービスもついている。ところが、格安航空機にはそんなサービスは一切なかった。必要な人は、有料で買い求めていた。私は何もないのが気に入った。出発前にパンを買っただけだ。海外旅行での飛行機の中は、絶好の読書空間だ。今回はバンコク片道6時間半だったが、読書に集中できたのが良かった。

 SIMカードも初体験だ。日本国内にいるとあまり意識しないのだが、海外旅行にもスマホは必需品だ。以前はWi-Fi電波を使っていたのだが、Wi-Fiは電波が使える場所とそうでない場所があった。さらに、気ままにWi-Fiを使っていたら、高額料金を請求された。SIMカードは一度挿入するとそんな心配がなかった。しかも17バーツ(460円)で一週間使い放題だった。ただし、スマホにSIMカードを二枚入れる機種にする必要がある。

 空港には、SIMカードを売っている店がたくさんあった。ということは、海外旅行をする人には今や必需品ということだろうね。何より安いのがいい。今回の旅行でもYahooニュースや野球を頻繁に見ていたのだが、一切料金がかからなかった。ただ、今回は試みなかったのだが、テザリングしても大丈夫だったのだろうか。

 というのも、ホテルでのパソコンはWi-Fi電波を利用していた。このWi-Fi電波は出力が不安定なのだろうか、時々断線することがある。何が不自由かといって、書いていたブログ記事が、断線で白紙になってしまうことだ。記事が出来上がって「保存する」のボタンを押すと、ブログにアップできるのだ。それが、保存する段階で断線してしまったことがあった。それ以来、記事は一度「メモ帳」に書いて保存し、保存したメモ用紙をコピー&ペーストで貼り付けていた。

 それ以外でも今回の旅行で気がついたことを二、三書いてみる。もっとも夜遊びをしなかったっせいもあるが、危険を感じたことは一度もなかった。これをもって言えるかどうかはわからないが、バンコクは極めて安全な街なのではないだろうか。

 それと、私がイメージしていたとバンコクとは全く違って、きわめてよく道路が整備されていて、片側8車線の道路はほとんど渋滞することもなかった。それがパタヤまでの170㎞も続いていたのだから、全国的に相当道路は良くなっているのだろう。

 走っている車もほとんどが日本車だ。なかでもトヨタ車が圧倒的に多かった。日本ではほとんど見かけないが、意外とイスズの車も多く走っていた。タクシーの運転手に聞いたら、タイにはトヨタの大きな自動車工場があるのだそうだ。タイにとってのトヨタ車は、国民車といっていいのかもしれない。

 タイは、気ままに旅する自信がますますついた。まあ、これから何度タイに行くかはわからないが、何かあったらまた訪問したい。「タイフリーク」というほどでもないが、やはりタイを含め、ベトナム、カンボジア、ミャンマーなど東南アジアは、私の体質に合っている。

 今回の旅の記録に、皆さまも楽しんでいただけただろうか。

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2019年11月11日 (月)

№4240 バンコクの旅も終わる

 長いようで短かったバンコク訪問の旅であったが、もう終わった。今回は一ヵ所のホテルに滞在し、そのホテルを起点に行動した。移動のないこういう旅も、負担が少なく、なかなかいいものだった。

 前にも申し上げたが、ホテルがある場所はバンコクの安宿街で「カオサンロード」に近かった。最初、ホテルを出るにしても、再度ホテルに帰れるのかどうか心配だったが、場所がカオサンロードと分かってから、どこに行っても分ったので安心だった。かといって、バンコク市内の主要な場所には行かなかった。いたのは、主にカオサンロードの周辺だ。住み心地がいいのだ。

Dscn1370  一体ホテルはどうなっているのか、探検してみた。泊まったホテルは「ランブトリヴィレッジプラザ」といい、A棟からE棟まであった。各棟がそれぞれ100部屋ぐらいだったから、全部で500部屋もあったのかしらね。ホテルの部屋のカギをもらったら、出入りは自由だ。ただ、チェックインの時にデポジットとして1000バーツ預ける必要があった。まあ、チェックアウトのときに返ってくるから良いか。

Dscn1368  私はE棟の4階に泊まったのだが、その上の5階にはプールがあった。私はほとんど泳がないのだが、様子だけは見てみた。バンコクの気温は30度前後で、動くには暑かったが、かといって汗を流すほどではなかった。

Dscn1369  それと気になったのがイスラム寺院だ。朝5時と夕方4時にはアザーンが流れる。屋上から見たら、ホテルの真後ろにあった。どうりで大きな声がするはずだ。それでも、最初の内は驚いて飛び起きたが、だんだんそれにも慣れてきた。終いには、目も覚めなくなってしまった。この寺院がどこにあるのか訪ねてみたが、入口がわからなかった。

 毎号報告したが、今回の旅は何のスケジュールもなく、気の向くままの思いつき旅行だ。朝起きて、さて今日はどうしようか悩む始末だった。そして一ヵ所に泊まって何よりよかったのが、疲れたら部屋に戻って横になることができたことだ。

 また、バンコク市内の移動は決してトゥクトゥクは使わなかった。メータータクシーは正確に料金を表示するのだが、トゥクトゥクは交渉次第でどんな料金になるのかわからない。運転手に料金交渉をしても、結局はタクシーの方が安かった。ただ、タクシーも気を付けなければいけない。運転手はメーターを倒したがらない。交渉で値段を決めたいようなのだ。ある場所に移動するのに、タクシー運転手は250バーツといったが、実際のメーターでは150バーツだった。

 食事も、一晩エビやカニを食べて大枚をはたいたが、あとは質素なものだった。何よりホテルの朝食が付いているので、これを十分食べるとそれで済んだ。アルコールもほとんどビールのみだ。お土産も買うことがなかったので、持って行ったお金の半分しか使わなかった。それも、空港に着いたらずいぶん残っていた。その残金でお土産を買った。

 それと心配だったのが、飛行機に乗るときの荷物の追加料金だ。成田では6000円も払い、何のために格安飛行機に乗るのかわからなかった。帰りの荷物は極力軽くしようと、洗濯物以外は入れなかった。読んだ本やガイドブックは、ホテルの部屋に置いてきた。ほとんど使わなかった一眼レフカメラだが、これが結構重い。このカメラは首にかけ、荷物の重量計算に入らない工夫をした。帰りの飛行機のチェックインで重量を計ったら、ザックを計らなかったせいもあったが、7㎏で済み追加料金はなかった。やはり6000円は大きいよね。

 それと驚いたのが、成田空港から自宅までの帰り道だ。カーナビだと、東関東自動車道経由で2時間かかると出ていたが、なんと1時間で帰ってきた。京葉道路から外環を通るとえらい近道になることが分かった。夜9時に成田を出て10時前に自宅に帰ったのだが、あまりに速い帰宅に女房はびっくりしていた。

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