2019年5月19日 (日)

№4165 W杯ラグビーのチケット

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 5月18日(土)の18:00に再度売り出されるという「W杯ラグビー」のチケットを買おうと、パソコンの前に座った。売り出されるチケットは60万枚以上だという。ちょうど午後6時にチケットサイトに予約をするつもりでログインした。解禁直後のログインだったにもかかわらず、「待機している人」が8万人ほどいた。どうやったら直後にログインできたのだろうか。

 ただ、この画面から退出すると再度並び直す必要があるという。パソコンを立ち上げ、ログインしたままにしておいた。ただ、待ち人数は遅々として進まない。パソコンをそのままにベッドに入った午後11時には、まだ62000人が待っていた。このままだと20時間もかかりそうだね。パソコンにログインしたまま寝た。

 朝6時前に起き状態を確認したら、予約無効になっていた。有効順番が来て30分以内にアクセスしないと、無効になるとのことだ。順番待ちが無効になってしまったのだ。予約した方は、寝ないで順番待ちをしていたのだろうか。仕方がない、再度順番待ちの列に並んだ。その時点で12万人以上の人が列に並んでいた。

 ただ、朝の順番は急速に進んだ。1時間に3万人も前に出た。そしてようやくログインできたのが、午前10時ころだ。私は熊谷ラグビー場と釜石ラグビー場の試合を見に行くつもりだった。まあ、それでも空いているならどこでもいいと思った。目的の試合は満員で、チケットを買えなかった。こうなったらどの試合でも空いているなら申し込もう。

 空き状況を見てみると、札幌と大分の試合は空いていそうだ。まさか、わざわざ札幌や大分には行かないよね。空いていそうな試合を次々クリックしてみたが、画面で空いていても実際は満員の試合が多い。10月9日(水)の熊谷ラグビー場のアルゼンチンvsアメリカの試合には満員の印が付いていない。上位から二番目のカテゴリーAの席に申し込みの印を入れた。唯一申し込みが受理された。入場料は15000円だ。カード決済の手続きをした。

 さらに他の試合が取れないか試みたが、全部断られてしまった。まあ、一枚だけでも取れたので良しとするか。

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2019年5月18日 (土)

№4164 足尾銅山観光

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 気にはなっているが訪れていない場所が結構ある。今回もそんな場所だが、足尾銅山を訪問してみた。自宅から車で2時間半ほどの場所だ。以前、渡良瀬遊水地を訪ねて鉱毒の現地を見て歩いた。遊水地内にあった谷中村が廃村を余儀なくされた。また、田中正造の活躍も、この事件で知った。さて、どんなところだろうか。

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 足尾の街に行く途中、草木ダムがあった。首都圏の水ガメだ。以前から一度訪れたいと思っていたが、こんな場所にあったとは知らなかった。渡良瀬川の水を満々と溜めていた。このダムからさらに30分ほど行ったところに、目的の足尾銅山がある。今は鉱山は閉鎖になっていたが、坑道は観光地として開放されている。入場料820円を払って坑道に入った。

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 坑道が開放されているのは、わずか400mほどだ。坑道にはトロッコで入ったが、ものの5分程の乗車で目的地に着いた。坑道の中はヒンヤリしていた。あちこちから湧水が湧き出ている。

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 開放されているのはわずかな場所だが、坑道は延々1200kmにわたって続いているとのことだ。その距離は、東京から博多までにあたるものすごい長いものらしい。おもに銅を掘っていたが、もう掘りつくしてしまい、今は閉山になっている。

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 当時の工夫の姿が人形で展示されていた。坑道内を1時間も観て歩いた。ビデオで当時の様子も再現されていた。さて、鉱山の周りはどうなっているのだろうか。車でその遺跡を訪ね歩いた。

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 この坑道跡地から車で10分ほど走ったところにあったのが、本山の精錬所跡と大煙突だ。精錬所跡は、国の指定史跡だとのことだ。さらに、大煙突は1919年に建てられ、高さ50mに下部直径が6mもある巨大なものらしい。

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 この上流に、亜硫酸ガスの公害や山林の乱伐、大火により廃村になった旧松木村跡があるという。その旧村を目指したが、途中で車での立ち入りは禁止だという。歩いたら1時間もかかるというので、あきらめた。この周囲は裸山だ。公害でほとんどの木が立ち枯れたものだ。最近、テレビでよく報道されているが、この山への植樹が盛んに行われている。先日見たテレビでは、年間1万本の植樹を続けている団体があった。数年前に亡くなった立松和平も、この運動に積極的に加わっていたらしい。

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2019年5月17日 (金)

№4163 北東北への旅行計画

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 田舎の仲間から同期会の案内が届いた。「喜寿を待てない会」を開催するのだそうだ。4年前、矢張り田舎で「古希を祝う会」があり、参加してきた。4年前のことである。そして次の祝いは「喜寿」だが、それを待てない人の集まりだという。参加するかどうか悩んでいたが、スケジュール表は空白である。東北旅行を兼ねて参加してみるか。

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 参加すると決めたからには、いろいろと北東北を旅行してみよう。まずは、2年ぶりの墓参りをする。さらには、田舎には甥たちや従弟も住んでいる。ついでに彼らとも会ってこよう。2年前に帰郷した時には、彼らを集めて大宴会をやった。もう一度集まってくれるかな。甥のIkuoに電話をしてみたら、「伝えておこう」とのことだ。その晩は秋田市内のホテルを予約した。

 さて、それで帰ってしまうのはもったいない。車で行くつもりだから、そのついでに津軽まで足を延ばしてみよう。五能線の海岸沿いに北上して、最初の目的地は鰺ヶ沢温泉だ。ネットで温泉宿を探したら、評価9.2という宿が見つかった。そこに泊まろう。一泊13500円だという。いや、安いプランがあるはずと探してみたら、Agodaの予約サイトで8300円というプランが見つかった。決めた。

 翌日は十三湖や竜飛岬に回ってみよう。そうだ、この頃になると「日本縦断―徒歩と野宿旅」を敢行している竹ちゃんが青森にいるはずだ。彼のブログにコメントを入れて、「時間があれば会いたい」旨を告げた。どうやら、私が青森を訪ねるころには丁度青森付近にいるらしいというので、会う算段をした。宿はいくらでもあるので、彼と会う日を決めた段階で宿泊地を決めたい。

 サラリーマン時代、青森出張の際、八戸のお得意先と種差海岸で食べた「うに丼」の大盛が忘れられない。そのうに丼を、この旅の終りとしよう。約一週間のドライブ旅行だが、果たしてどうなるのか楽しみだ。

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2019年5月16日 (木)

№4162 叔父の見舞い

 先日一族で那須に行った際、機会があったら叔父の見舞いをしようと話した。叔父は私の母の弟で、もう97歳になる。認知症を患い、ある施設に入院しているという。母方の兄弟姉妹は7人だったが、いま生きているのはこの叔父一人だ。元気なうちに一度お見舞いをしようと、この日実現した。

 病院に行く前に、叔父の自宅に立ち寄った。叔母さんはまた接待が好きな方で、昼食にテーブル一杯の料理を用意して待ってくれていた。叔母は秋田の能代の方で、実家からたくさんの秋田の食材を送ってきたらしい。蕗やワラビ、ジュンサイに筋子、鮭などだ。ほとんどご飯のお代わりなどしたことのない川﨑の姉も、おもわず茶碗二杯のお代わりをしていた。ご飯を食べない私も、秋田の米に同じくお代わりをした。

 叔父さんの様子をうかがうと、認知症以外どこも悪いところがなく、心臓なども丈夫だとのことだ。ただすっかりボケてしまい、自分の娘のこともわからない始末らしい。しかし、最近は自分の生まれた秋田の田舎の話は盛んにするという。ボケる前には好奇心が旺盛で、上野の美術館などにも通っていたというし、油絵や水彩などにも興味を持ち、絵筆を握っていたらしい。銅版画や篆刻とあくまでも趣味の広い方だった。

 この日は午後3時から入浴とのことで、3時過ぎに自宅を出て病院に向かった。叔母の心配事は、いま入院している病院から退院を迫られていることらしい。認知症を患っている方の病院は狭き門で、なかなか空きがないという。たとえ空きがっても、矢張り四六時中滞在するので、雰囲気のいい病院にしたいらしい。

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 病院は車で20分ほどのところだった。入浴直後だっただけに、すっきりした顔で待合室に現れた。もちろん、私達一行のことは覚えていない。姉の子供達だよというと、かすかに私の母でもある姉のことは覚えていた。なぜか知らないが、天皇に抱かれたのだと盛んに言っていた。さらに、昨日車で秋田に行ってきたのだという。18歳で実家を出たはずなのに、実家のことだけは鮮明なようだ。

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 せっかくの訪問なので、全員で記念写真を撮りましょう。近いうちに秋田に行くので、従兄妹にこの写真を上げよう。あまり長くいても叔父さんが疲れるだろうと、病院は30分ほどで退去した。その足で、川崎の姉の家を訪ねた。時計が故障しているとのことで、義兄のFumioさんが見てくれるとのことだ。先日も那須の帰りに立ち寄ったらしいが、その時には直らなかったようだ。

 自宅に帰り、義兄はどうやったら直るか一生懸命考えてきたらしい。早速時計の分解を始めていた。横浜の姉が言っていたのだが、義兄は糖尿病を患っているのだが、那須から帰ったら普段200以上もある血糖値がっずいぶん下がったらしい。彼は、那須で作業着に着替え、いろいろと不具合なところを修理していた。物置の整理や網戸の直し、水道管の修理など、彼が来たら那須の家は見違えるほどだ。その上で血糖値が下がるなら、那須に永住したらどうなのだろうか。

 あれだけ那須で一緒だったのに、帰りはまた夕食を一緒にしようということになった。姉が大好きなのは肉だ。近くのステーキ屋でサーロインステーキを食べて帰ってきた。

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2019年5月15日 (水)

№4161 一国会議員による心無い発言

 すでに報じられていて知っている方も多いかと思うが、日本維新の会の丸山穂高衆議院議員が、「北方4島を取り返すには戦争を」と発言したという。北方領土へのビザなし訪問に「顧問」として参加し、元島民で団長に対した発言のようだ。

 ビデオを見る限り、「今のままでは4島は帰りませんよ。戦争をしてまで返そうとは思いませんか。戦争で取られた島は、戦争で取り返そうとは思いませんか」と何度も繰り返し発言していた。その発言に迷惑そうな顔をしていた団長は、「戦争すべきではない」と即座に対応していた。その後本人は、酒の上での出来事と釈明していたが、これは確信的な発言だった。

 それにしても驚いたことに、彼の発言は戦後民主主義のすべてを否定する発言だった。現憲法では、前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意 」を表明し、憲法9条では「国際紛争を解決する手段としては、戦争を放棄する」と明確に定められている。われわれ現憲法下で生きてきたものには、信じられない発言だ。さらに、日本が太平洋戦争に深く反省したところから始まった戦後の価値観を、すべて粉砕するとんでもない発言だと憤りを禁じ得ない。

 丸山穂高という人物は、東大経済学部を卒業し、経産省の役人を経て日本維新の会の国会議員になった35歳の人物という。すでに衆議院議員を3期務めているらしい。以前にも酒に絡む事件を起こし、次に酒に絡む事件が起きたら議員を辞めると表明していた。その表明も2017年には解除したらしいが、どうも今回の件は酒のせいとばかりは言えないような気がする。

 そもそも国会議員の職は、憲法によって保障されているものではないだろうか。現憲法に賛成する人も反対する人もいるのだろうが、憲法を真っ向から否定する人が国会議員になっていていいのだろうか。しかも、相当危険な発言だ。当然、日本維新の会は、丸山議員を除名処分にした。しかし、本人は無所属で衆議院に居続けるらしい。

 いくら表現の自由が保障されているといっても、言って良いことと悪いことの班別のつかない人間に、国会議員として税金を払い続けることには反対だ。しかもまだ35歳と若い。東大出身というが、この程度の人間が東大に在籍していたということにも驚く。もう一度、戦後の日本を勉強し、出直したらどうか。

 国会も、この議員に籍を与えておくと、その品位が問われる。どう対処するのだろうか。それにしても、最近の出来事の中で怒りの禁じ得ない一件だった。

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2019年5月14日 (火)

№4160 定例のゴルフ会

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 毎月一回定例で開かれているゴルフ会が、今月もあった。会場は、ホームコースである「オリムピックカントリークラブ レイクつぶらだコース」である。ゴルフ場に到着したら、駐車場は車でいっぱいであった。何か大きな大会でも開かれているのかな。いずれ、この日は雲一つない良い天気で、汗ばむほどだ。それでも朝ちょっと寒かったが、メンバーのAkiyamaさんは半そでシャツで登場していた。

 ゴルフは、発見の連続である。そして今日また一つ新たな発見をした。私の最近のゴルフは、ショットはそこそこいいのだが、パットが全然だめなのが悩みの種だ。この日も午前中は、3パットが6回に1パット2回だった。当然スコアにならないよね。そこで、午後は「3パットを打たない」と決意した。

 どうしたことだろう、午後は3パットが一回のみだった。そうなのだ、決意をすることが大事なのだ。午前中は一回だけだった2パットが、午後は7回にも上った。パターは心理的な様相が強く、入らないと思って打つとだめなのだ。これからも、前向きにパターに取り組もう。この姿勢が功を奏したのか、7番グリーンでは10mの下りのパットを入れてしまった。こんなことは近年なかったね。グリーンの外からのパットだったので、ノーズロのオリンピック5枚も手に入った。

 次の8番でも160ヤードのショートホールでニアピンを取った.オリンピック3枚のチップだ。いいことがあると、回転がいい方向に回り始める。本当にそんな日だったな。

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 私はこのゴルフ場にはもう15年も通っているが、初めてのことだが小動物に出会った。野兎である。思わずシャッターを切ったが、見えるだろうか。この日は別々に、野兎に三度も出くわした。ゴルフも楽しかったが、こういう動物に出会えるのも楽しみだね。

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2019年5月13日 (月)

№4159 「母の日」のプレゼント

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 昨日の5月12日(日)は「母の日」であった。この日は、毎年のように娘一家からプレゼントが届く。今年も、小薔薇の花籠を届けてくれた。選んだのは、孫のRukaのようだ。Rukaは、娘やお父さんの母にもこの日届けたらしい。女の子の心配りには感心する。彼女は大学に通いながらも、アルバイトにも精を出しているようだ。娘の言うには、「積極的におさんどんのお手伝いもして、女の子は本当にありがたい」と言っていた。

 この日は、一家でわが家を訪れた。女房は夕食作りに頭を悩ましていた。「何を食べさせようか?」。いつもは焼き肉をしたりお好み焼きをしたりするのだが、この日は私が前日に買っておいたひき肉を材料に、ハンバーグづくりをするようだ。何より、4人の一家が加わり、6人の晩餐会は大賑わいだ。私はいつもはテレビ相手に一人酒なのだが、酒の友が来るのが嬉しい。そういえばわが家には三人の子供がいるのだが、三人とも下戸で酒の相手は務まらない。私には、旦那が酒の相手になってくれるのが嬉しい。

 ひとしきりの晩餐が終わり、これも手土産のケーキを食べた。酒の後のケーキは苦手なのだが、それでもお付き合いでモンブランをいただいた。以前は2ヶ月に一度くらいはこの夕食会をやっていたのだが、子どもたちが忙しくなってきて、この会もめったに開かれることがなくなった。それだけに、この日の訪問に女房も大張り切りだった。

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 毎年「母の日」に頂くお花だが、女房はもらった年度順に丁寧に庭に植えているようだ。庭に植えるのだから、花束のカーネーションはお断りそうだ。例年薔薇の鉢をいただいているが、今までもらった薔薇はまだ咲いてはいない。わが家には女房の友だちの来客が多い。何しろ庭自慢で、積極的に呼んでいるようだ。

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 そういえば、庭の真ん中に鮮やかなまっ黄色い花が咲いている。野菜であるが、春菊の花だという。春菊の花など見た事がないね。娘一家にも、例のごとく自慢していた。庭で採れたサニーレタスも食卓に並んだが、嬉しいことにRukaが、美味しい美味しいと盛んに食べていた。これも、女房にとっても自慢のことだ。

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2019年5月12日 (日)

№4158 何より楽しみなナイター観戦

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 5月に入り、ナイター観戦の好期である。自宅の居間で夕食を摂っている。食卓の目の前にはテレビがあり、ナイター観戦には絶好の「テレビ桟敷」だ。ビールを飲みながら、じっくり観戦する。まして、私のファンチームが勝っているときのビールは美味しい。

 ビールは、いつもロング缶一本と決めている。試合の興に乗ると、日本酒の冷を飲む。氷を入れた日本酒は美味しいね。目の前に山の神がいるから、たいがいは一杯でやめておく。ただ、試合が有利に進行しているときには、一杯じゃすまない。横目で睨まれながら、さらにもう一杯注ぐ。

 この日は、スーパーでマグロのぶつ切りを買ってきた。お刺身を食べながらの観戦に幸せを感じた。

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2019年5月11日 (土)

№4157 4月に読んだ本

 毎月前月読んだの報告をし、印象に残った本にコメントを寄せている。このブログを始めてからの定期記事だから、もう140~150回目の記事になるだろうか。一歩一歩のことながら、ずいぶん遠くまで来たような感慨を覚える。

 先日古い手帳をめくっていたら、「毎月3000頁の本を読みたいものだ」とのメモ書きを見つけた。一日100頁の本を読むのが目標だった。サラリーマン時代、帰りは必ず酒を飲んで帰ってきていたので、帰りの電車での読書はあてにならなかった。それが、今ではコンスタントに月5000頁の本を読んでいる。ひと口に5000頁というが、これが意外と大変だ。2~3日本を読むのを怠ったら、クリアできない。ぜひ、皆さんも試みてください。

 4月は大作を読んでいたので、なかなか前には進めなかった。一日を「電車読書」にあててページを前に進める努力もした。そして、月末にはどうやらこうやら辻褄を合わせた。結果はいつもの通り、14冊・5362頁の本を読むことができた。これだけ続けられているのも、「ブログの報告に恥ずかしい記事は載せられない」という思いが強いからである。ブログの効用でもある。

 さて、それでは何を読んだのか報告をし、3点の本についてコメントを付けたい。

中村彰彦『落花は枝に還らずとも(上)(下)』(上)342頁(下)336頁 中央公論新社 2004年12月刊

諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』357頁 集英社 2017年3月

鳥越碧『波枕、おりょう』339頁 講談社 2010年2月刊

服部真澄『エクサバイト』381頁 角川書店 2008年1月刊

下村敦史『サハラの薔薇』344頁 角川書店 2017年12月刊

柴田哲孝『早春の化石』342頁 祥伝社 2010年4月刊

楡周平『異端の大義(上)(下)』(上)414頁(下)382頁 毎日新聞社 2006年3月刊

鳥越碧『建礼門院徳子』講談社 265頁 2011年10月刊

村山由佳『風は西から』407頁 幻冬舎 2018年3月刊

内田康夫『風の盆幻想』348頁 幻冬舎 2005年9月刊

飯島和一『星夜航行(上)(下)』(上)533頁(下)572頁 新潮社 2018年6月刊

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 私は飯島和一の本はほぼ読んでいると思っていた。ところが「読書ノート」で検索してみたら、本書しか出てこなかった。彼の『始祖鳥記』、『出星前夜』、『狗賓童子の島』、『雷電本記』、『神無き十番目の夜』、『黄金旅風』などは読んでいるはずだ。もっとも「読書ノート」を正確につけ始めたのは1996年ころからである。飯島の本はそれ以前に読んだものらしい。

 今回のテーマは、豊臣秀吉の朝鮮出兵の実情を描いた歴史小説だった。秀吉の朝鮮出兵を描いた小説はたくさん読んでいるが、これほど実情を明らかにしたものを読んだのは初めてのことだ。改めて読んでみて、秀吉の朝鮮出兵がいかに無謀のものであったのか、考えさせられた。並みいる武将、商人、農民、誰からも反対されていたこの出兵、しかし面と向って止める人は誰もいなかった。

 何よりひどいと思ったのは、兵站の食料などは現地調達というので、日本から持ち込まなかった。勢い、派遣された兵隊は、現地で略奪、強奪するしかなかった。それだけにとどまらず、強姦、殺人、火付けなどが横行した。もともと派遣兵にモラルがなかったのだ。こんな戦争に勝てるわけはないよね。それでも派遣当初は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。何の準備もない朝鮮に襲い掛かったから、当然といえば当然だ。

 ただ、次第に朝鮮人の抵抗が始まった。さらに、日本から派遣された兵隊も抵抗勢力として勢いをつけてきた。主人公沢瀬甚五郎の生い立ちも詳しく記されていた。徳川家康の長男信康の家来だったが、信康が切腹を命じられ、遁走した。九州で商人をやっていたが、親しい武将に従い、朝鮮に渡った。現地のあまりのひどさに、反秀吉に転じた。いずれ1100頁の大作で、十分読みでがあった。

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 楡周平の本もたくさん読んでいる。それこそ毎月一冊は読んでいるのではないか。読んでも読んでも彼の小説は尽きない、というのがいい。彼のテーマは多岐にわたる。スリラーあり、ハードボイルドあり、アクションありの多彩な作家だ。しかし、今回は珍しくサラリーマン小説だった。

 シャープ電気を思わせる「東洋電機」に勤務する主人公高見は、業績不振で岩手工場の閉鎖の作業に当たる。彼は会社の窓口になり、解雇交渉にあたったが、そこには東北特有の問題があった。再雇用先がない、勤めるのは農家の長男で農業では飯を食っていけない、日本市場の競争力の低下などだ。

 本書のテーマ「大義」は、企業にとって都合のいい大義ではあるが、人員削減、非正規雇用に苦しむ労働者にとっては、生活苦以外の何物でもないという現実を突きつける小説であった。
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 鳥越碧の本は、読むたびにここで取り上げている。それほど彼女の小説は、インパクトが強い。この小説のサブタイトル「おりょう秘抄」は、坂本龍馬の女房おりょうが龍馬暗殺後どのような生活を送ったのかを追った小説だった。そういえば、龍馬存命中は颯爽と登場したおりょうは、その後どうしたのか誰も追っていなかった。

 どうやら、ひたすら龍馬の妻であったことを隠し、小商人の妻として片隅に生きていたようだ。ただおりょうの後半生は、ひたすら龍馬の思い出に生きたようだ。龍馬とおりょうの関係はわずか3年だったが、それを胸に抱いて生きるにはその期間で十分だった。純愛小説だった。

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2019年5月10日 (金)

№4156 オリンピックチケットのネット販売

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 5月9日(木)から、来年開かれる東京オリンピックのチケットが、ネットのみで販売予約ができるという。いずれ、これに申し込むにはIDが必要だという。メールアドレス・パスワード・名前・男女別・電話番号等を記入してIDの取得をした。この日はID取得が大変だあったらしいが、私は朝9時半ころに申し込んだので、それほどでもなかった。申し込んだだけではだめで、相手から承認の折り返しメールが来て、それにOKを出して初めて認証される。

 ID取得の手続きも簡単ではなかった。私が引っ掛かったのはパスワードで、「簡単なパスワードではだめで、もっと複雑なものにしろ」という警告が出て入れなかった。何度かパスワードを変更して、取得するのに時間がかかった。こんな面倒な手続きだと、相当パソコンに習熟していないとできないかもしれない。

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 ここまではすんなりでき、認証のメールも届いた。ただこれからが問題で、いざチケットを予約するとなると膨大な時間がかかりそうだ。上の図にあるように、待ち順番が614760番だという。昨日のテレビでやっていたが、根気良く待った人で4時間近くもかかったらしい。

 基本的に、私は会場で競技を楽しむというよりも、テレビ観戦で楽しみたいと思っている。従って、何の入場券を買おうかという案は持っていなかった。ただ、矢張り開会式は見たいなと思う。しかし開会式の入場券は、最大30万円だという。そこまでしなくても、2~3万円の件でいいかな。

 チケットの予約販売は、5月26日までだという。まだ時間があるので、そのうち再チャレンジをしてみよう。

 ところで、この秋のW杯ラグビーのチケットも買おうと思った。埼玉は熊谷で行われるが、どうせなら釜石まで行ってみようかと予約サイトを見た。当然のことながら売り切れだった。ただ別のサイトがあり、正規値段の5~6倍の値段がしていた。ダフ屋行為だ。これを防ぐために、東京オリンピックのチケットは、わざわざ面倒にしたらしい。

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