2018年11月15日 (木)

№3986 カンクンの街をぶらり歩く

 カンクンの街は、メキシコ最大のリゾート地だ。客は国内だけではなく、海外からも押し寄せる。目的は、カリブ海に面する海の白砂青松である。私も、この街で存分にリゾート気分を味わうことにした。

 ホテルのフロントで、ラグーン(岩礁)にどうやって行くか聞いた。そしたら、「タクシーで250ぺソ(約1600円)くらいかかるのでもったいないですよ。すぐ近くの角から頻繁にバスが出ています。R1番線かR2番線のバスなら行きます」というので、バスに乗ることにした。

 本当にバスは頻繁に来た。しかも1回の乗車が、どこまで行っても12ペソ(約80円)だった。これはいいね。どこまで行くのか、試しに乗ってみた。折り返し地点に来て、運転手が降りないのかという顔をしていた。慌てて降りた。このラグーンは、全長22㎞あった。とてもじゃないが、歩ける距離ではない。

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 しばらく歩いていたのだが、暑くてまたバスに乗った。便利なことに、このラグーンでは手を上げるとどこでも止まってくれる。道沿いは、巨大なリゾートホテルが建ち並んでいた。ガイドブックによるとホテルは230棟ほどあるとあったが、どんどん建ち続けているようだ。

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Img_7443  ある砂浜でバスを降りた。カリブ海の海の色は、アクアブルーそのものだった。砂浜に降りてみたら、砂粒は白くて細かい。多分、サンゴの砂ではないかな。

 海で泳いでいた人もいたが、ウィンドサーフィンや落下傘のようなもので空に浮かぶ遊びをしている人もいた。11月でこれだけ暑いのだから、一年中遊べるのじゃなかしらね。

 スピードボートでジャングル探検という冒険ツアーもあるようだ。2時間で90ドルだと言っていた。旅も終わりに近づき、財布も心許なくなりつつある。ここは諦めよう。

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 海に面したレストランで、お昼はホッとドックとビールで済ませた。目の前では、水遊びをする子供がいた。延々と続く砂浜は、リゾートホテルのプライベートビーチなのかしらね。ハワイでもそうだったが、ホテルは海が目の前でもプールがある。

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 昼食を済ませ、さて、街に出てみよう。また例のR1のバスに乗った。中心街に出てみたが、雑然としてみるべきところがなかった。さらにバスに乗り、ラグーンに帰ってきた。おや、アウトレットという看板がある。お土産を買うとするか。

 さて、ホテルに帰るとするか。またバスに乗った。さあ、どこで降りるんだろうか。よく注意して外を見ていたが、わからなかった。あるところで、エイヤッと降りてみた。タクシーの運転手にホテルはどこか聞いてみたら、なんと目の前だった。

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2018年11月14日 (水)

№3985 チチェン・イツァ遺跡見学

 カンクン訪問の最大の目的は、チチェン・イツァ遺跡を見学することだ。今まで、メキシコシティでテオティワカン遺跡を見学し、メリダでウシュマル遺跡の見学をした。この日のチチェン・イツァ遺跡で、メキシコの三代遺跡を見学することになる。

 朝7時ホテル発のツアーに乗ることにした。ホテルチェックイン時に予約したつもりが、7時に玄関に出てみたら、すでにバスは出発していた。ホテルのフロントに聞いてみたら、正式な予約は受けていないという。予約した時点で、お金約9,000円を払うべきだったのだ。

 さてどうしようか考えていたら、ある方が「バスステーションからチチェン・イツァ行きのバスが出ているよ」と教えてくれた。別にツアーに乗るのが目的でないので、バスステーションで往復チケットを買った。結果大成功で、半額以下で目的地に行くことができた。

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Img_7396  チチェン・イツァまでは、行きが2時間半かかった。驚いたことに、平日にもかかわらずチチェン・イツァはものすごく混んでいた。観光バスが何台も停まり、遺跡にもものすごい人だ。どうも、ここはカンクン最大の観光地らしい。

 ツアーに乗っても、英語の解説は半分も理解できていない。行き帰りのチケットだけでよかったのだ。ここはガイドブックに従って、忠実にこの遺跡を歩くことにしよう。ガイドブックによると、8つのポイントがあるらしい。そこをなぞって歩いてみることにした。

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Img_7401  まず、第一のポイントが球戯場である。両面の長さ168m、幅70mの壁が建っていて、その間が球戯場になっている。球技は、ゴムボールを壁の穴に通すものだったらしい。石の穴のゴールは非常に高いところにあり、この穴にボールを通すのはなかなか難しかったようだ。

 この球技は宗教的な意味もあり、敗者は首を刎ねられたという。壁のレリーフには、生贄の神官が首を刎ねられているシーンもあった。

 それにしても、直射日光は厳しい。カンクンは亜熱帯を通りこして、熱帯に近い。一刻も早く、木陰に逃げ込んだ。

Img_7417 Img_7412  このチチェン・イツァ遺跡の最大の目玉は、カステージョ(城あるいは砦)と呼ばれている9層からなるピラミッドだ。遺跡に詳しくない私でも、このカステージョは何度も目にしたことがある。

 春分の日と秋分の日の年2回、階段に羽根のような影が出来、階段下にある蛇頭につながる不思議な現象だ。設計時に計算されたものだろうね。

 チチェン・イツァ遺跡で3か所目になる遺跡訪問だが、メキシコの遺跡は、どこも石がふんだんに使われている。よくぞこれだけ石を積んだものと、すごい迫力を感じた。

Img_7421_2Img_7434  この遺跡はマヤ文明の遺跡だが、2度の興亡があり、紀元700~900年が一つのピークで、もう一つは紀元1000年だそうだ。ここには旧チチェン・イツァと新チチェン・イツァの遺跡があった。

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 もう一つ、この遺跡の目玉は、セノーテといわれる聖なる泉だ。大地に丸い穴が開き、水がたまっている。どこからも水が流入した形跡はないという。この地は石灰岩台地であり、大地が丸く陥没して、地下水が現れたものらしい。このセノーテは、この遺跡のあちこちで見られるとのことだ。

Img_7430  炎天下を3時間も見て歩いたら、ほとほと疲れてしまった。近くのレストランで昼食を食べた。寄ってきたのが地元のカラスだ。日本のカラスとは違い、3分の一くらいと小ぶりで、足が長い。カ~~とは鳴かず、ギャッと甲高い声で鳴いていた。
 帰りのバスは、午後4時半出発だ。遺跡見学を終えて、ずいぶん時間を持て余してしまった。この遺跡に来るのに2時間半ほどだったが、帰りは4時間半もかかって着いたのが9時だ。別に渋滞したわけでもなかった。

 なぞは時差にある。メキシコは日本の5倍ほどの面積があり、人口も日本より若干多い。メキシコの一つの国に3つの時差がある。今回の遺跡訪問は、時差をまたがって起きたものだった。面白いね。日本では経験できないことだ。

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2018年11月13日 (火)

№3984 最終目的地カンクン到着

 メリダからバスで最終目的地カンクンに到着した。意外とすんなりとはいえ、様々なトラブルもあった。

 メリダのホテル受付カウンターで、カンクンに行きたいがどうすればいいのか聞いた。スーパーマーケットの隣を教えてくれたので、タクシーで行った。カンクン行きのチケットは、3,000円で無事に取れたのだが、どうもバスが発着している様子はない。

 聞いてみたら、バスステーションは別にあるらしい。タクシーの運転手が待ってくれていた。彼も、この場所がバスの発着所ではないと知っていたらしい。どうやら、私はホテルでバスチケットをどこで買えばいいのか聞いたので、チケット販売所を教えてくれたようだ。

 またタクシーに乗り、バスステーションまで行った。チケット売り場はホテルから近かったのだが、バスステーションは結構遠かった。とても歩いて行ける距離ではない。

 ステーションに着いたのは午前10時10分頃だ。午前11時発のチケットを買った。チケット売り場のお姉ちゃんが、午後5時半ころに着くと言っていた。6時間半のバス旅行を覚悟した。このステーションで、昨日のイシュマル旅行で一緒だった女性とばったり出会った。彼女は、ノーチェ(?)に行くと言っていた。

 バスは、リクライニング付きのシートで快適なものだった。ただ、バスに乗っているのはほとんど現地人だ。そして、午後4時半ころ大きなステーションに停まった。全員が降りるので、運転手にここはどこかと聞いてみた。ここがカンクンだったのだ。

 このステーションでタクシーに乗り、ホテルに向かった。ホテルバウチャーでタクシーにホテルの場所を教えたのだが、どうやら違うホテルのようだ。指定するホテルは歩いて15分だが、タクシーで行ったほうがいいよと言っていた。

 そして、ようやく目指すホテルに着いたのが午後5時半ころだ。やれやれホッとした。このホテルに3泊する予定でいる。

 さらに大きなトラブルが起きた。カンクンからメキシコシティ行きの航空券をネット予約をした。SASAKIと入力しなければならないのに、MISAKIと入れてしまった。予約情報を貰って、はじめてそのことに気がついた。

 この航空券は6,000円ほどだったが、名前の訂正には12,000円かかるというのだ。それならばと、この航空券をキャンセルして別の航空券を買うことにした。新たな航空券は10,000円ほどで買えたが、前の航空券はキャンセルできないというのだ。まあ、自分が間違えたのだからしようがないか。

 一人旅にトラブルはつきものだ。これも旅行だね。

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2018年11月12日 (月)

№3983 マヤ文明の遺跡巡りツアー

 メリダで泊まったホテルは、郊外にある大きなショッピングセンターの一郭にあった。本当は旧市街に泊まりたかったのだが、これもネットで宿をとる悲哀で、やむを得ない。「完全休養日」の昨日は、実によく眠った。おかげで疲労はとれたが、風邪からくるダルさは残った。

 さて、メリダに泊まった最大の理由は、マヤ遺跡観光のゲートシティだからだ。例のように、ホテルのツアーデスクで、マヤ遺跡ツアーを申し込んだ。1日観光・昼食付で650ペソ(約4300円)だった。朝9時にホテルに迎えに来るという。

 この日は2か所の遺跡を回るらしい。最初に行ったのは、カバーの遺跡だった。メリダから車で1時間半ほどだ。とはいえ、距離では170㎞もあり、ガイドの車は100㎞以上で飛ばしていた。こういうことができるのも、高速道路網が完備していて、しかも高速を走っている車が少ないからだ。どうやら、高速道はいくら走っても無料のようだ。

 マヤ文明は、ここユカタン半島からグアテマラ・ホンジュラスにかけて栄えた高度な都市文明で、巨大なピラミッドや神殿を中心に、すぐれた暦法、数学、絵文字、石彫などを特徴としている。紀元200~900年ころが最盛期だったという。

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Img_7370Img_7369  カバーの遺跡も、高い石彫の神殿が残っていた。よくみてみると、石に精巧な模様が刻まれている。象の鼻のような模様も、この文明の特徴とガイドは話していた。

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Img_7388  若干崩れているとはいえ、それにしても2千年前の建物がよく残っていたものだ。遺跡を残すには、多大な力が必要だ。放っておくと木や草が生え、崩れていくものだ。アンコールワットは、巨木に切り崩された遺跡修復に甚大な力を注いでいた。

 遺跡を棲み家とする住民もたくさんいた。イグアナである。体長20㎝から大きくても40㎝くらいだった。人に慣れているせいか、観光客を見ても逃げるようなことはなかった。

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Img_7378  もう一か所訪ねた遺跡が、ウシュマルの遺跡である。カバーの遺跡から22㎞のところにある。この日訪ねたのは2か所だけだったが、この周辺には、サイル、シュラバック、ラバナなどたくさんの遺跡があるという。けど、ハイライトはウシュマルの遺跡だ。マヤ文明の代表的な遺跡の一つだ。

 この石彫の建物は「魔法使いのピラミッド」といわれ、中に4つの神殿が入っているという。高さ38mの巨大な石積は、これを積み上げた人々の苦労の結晶がしのばれる。中には入れないという。

Img_7387Img_7386  この「魔法使いのピラミッド」を嚆矢として、イシュマルにはたくさんの石造建築物が残っていた。尼僧院や総督の宮殿などだ。

 これだけの遺跡を造る動機は何だったのだろうか。決して時の権力者の力だけではなかったのではない。むしろ、神的な動機によるものが大きかったのだと思う。

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 さらに、総督の宮殿の裏にあった巨大なピラミッドが【グラン・ピラミッド】というのだそうだ。頂上まで登ると360度のパノラマが楽しめるというが、私は階段に怖気づいて、ついに登らなかった。

 この日のツアーに参加したのは8人だった。昼食の時にお互い自己紹介したが、いろいろと違った国の参加者だった。ロンドン、オランダ、デンマークの夫婦、中国人などだ。30歳くらいの中国人は、流暢な英語で仲間に溶け合っていたが、私には出来なかった。何しろ中学程度の語彙で、英作文で話すことを考える程度ではコミュニケーションは無理、とつくづく感じた。

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2018年11月11日 (日)

№3982 今日は完全休養日

 今朝5時30分の飛行機に乗り、ユカタン半島のメリダという街にやってきた。メリダに着いたのは、朝の7時半ころだ。昨晩、夕食を抜いたので、お腹が空いてしまった。空港のハンバーガーショップで、ハンバーガーとジュースで朝食を摂った。

 よく考えてみたら、日本を経って今日で16日目になる。相当疲れている。疲労のせいか、体はだるいし、どうも風邪気味でもある。風邪も疲労から来ているのだろう。そうだ、今日は「完全休養日」にしよう。

 朝5時半の飛行機に乗るために3時半に起き、ホテルを4時に出た。3時40分にスマホのアラームをセットしていたのだが、アラームが鳴る前に目が覚めた。昨晩は8時半にベッドに入り、寝たのは9時半だ。夜中に何度か目を覚ましたが、まあ、それでも6時間近い睡眠をとっている。

 それでも、体の奥には「寝足りない」という警鐘がなっていた。メキシコの空港でも、目指す飛行機に乗るのに四苦八苦した。第1ターミナルという指定だったが、そのターミナルも広い。誰に聞いてもまともな返事が返ってこなかった。

 空港に早く着いたはずだったが、間に合うかどうか焦った。ようやくVolaris航空の飛行機の乗り場に着いたが、物凄くたくさんの人が待っていた。搭乗手続きが間に合うか心配したが、幸いなことにインターネット予約は別枠で、すぐに搭乗券が取れた。朝5時に飛行機に乗った時には、もうくたくただった。

 空港で朝食を終え、まずはホテルに行ってみよう。タクシーで20分ほどだった。普通、ホテルのチェックインタイムは午後3時頃だ。午後3時まで待つように言われたらどうしようか。ところが、幸いにも午前9時半ころに支払いが終わったら、入室可能だった。味もそっけもない部屋だったが。

 入室と同時にシャワーを浴び、ベッドに横になった。3時間ほど寝て、少しは疲れがとれたかもしれない。しかし、疲労を抜くには今日は「完全休養日」としたい。出かけるのはよそう。

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2018年11月10日 (土)

№3981 メキシコシティ一日ツアー

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 目的もなく街を歩くには、ホテルが用意しているツアーに乗るのが一番手っ取り早い。ホテルでパンフレットを貰い、テオティワカンの遺跡巡りを含む一日ツアーに乗ることにした。行き先の解説はスペイン語で書いていたので、果たしてどこに連れていってくれるだろうか。

Img_7331  9時前にツアーの車がホテルに迎えに来た。このホテルからの参加は私一人だったが、徐々に増えていって結局15名になった。私の隣に座ったのは、ブラジルのサンパウロから来たというかわいい女性だった。おや、背中を見ると刺青がある。【愛】という彫り物だ。もちろん、彼女の了解をえて撮らしてもらった。

 今回の旅行で気がついたのだが、一体に男も女も刺青をしている人が多いね。悪戯みたいな刺青を見ていると、一生消えないのにどうするんだろう、と余計な心配をしてしまう。

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 バスのガイドは、ほとんどスペイン語で解説していた。私には何を言っているのか、ほとんど分からなかった。それでも、あるキーワードをもとにガイドブックで後追いをしていく。どうやら、三つの文化の遺跡が見られる【三文化広場】というのだそうだ。アステカ帝国の遺跡に16世紀のサンティアゴ教会、それに現代の団地が一堂に会している。

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Img_7324  次に行ったのが、【グアダルーベ寺院】を含む教会群がある場所だ。おや変だね、建物が何か傾いた教会だ。1709年に建てられた教会だが、地盤沈下のために傾いてしまったらしい。

 由緒ある教会なので解体するわけにもいかないらしい。この教会の目の前に、2万人収容できるという新しい教会が建っていた。中に入ってみると、大司教のミサが行われており、大勢の信者がそのミサに聞き入っていた。

Img_7330Img_7333  それにしても何なんだろうね、この近くに建つ教会は皆傾いていた。わざと傾けて建てたということもないだろうから、やはり地盤が悪いんだろうね。

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Img_7339  このツアーは銀細工のお土産屋などにも寄ったが、それは省略する。そして、ついに今日の目的テオティワカンの遺跡に着いた。私が想像していたよりもズーット大規模な遺跡だった。テオティワカンの遺跡は、紀元前2世紀に建造されたメキシコ最大の遺跡だそうだ。

 大きなピラミッドだけで二つあり、私の後ろにあるのは【月のピラミッド】、さらにここから500mくらい離れたところに【太陽のピラミッド】が建っていた。

 【月のピラミッド】は高さ42m、【太陽のピラミッド】は高さ65mあるらしい。こわごわと月のピラミッドの階段を登ってみたが、くらくらしてきた。私は高所恐怖症なのだと、はじめて知った。月のピラミッドは途中までしか登れないが、太陽のピラミッドは頂上まで登れた。


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Img_7349  しかし、太陽のピラミッドの階段を前にして、急階段で段差の狭いその怖さに、登るのをあきらめてしまった。月のピラミッドから太陽のピラミッドに向かって広々とした道が広がっている。【死者の道】というのだそうだ。

 紀元前の遺跡なのに、太陽の昇る位置、春分・秋分の日の太陽の位置など、相当綿密に計算されていたという。時の権力者の権力行使というよりも、宗教的な意味があったのだろう。

 この遺跡で、日本からの一人旅の男性に会った。彼は新婚なのにもかかわらず、嫁さんを置いて2週間の旅をしていると言っていた。なぜか聞いたら、「面倒だ」そうだ。

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Img_7359  昼食を終えたのは、午後4時過ぎだった。そこからテキーラ工場を巡った。テキーラは何でできているのか知らなかったが、意外とリュウゼツランの絞り汁だそうだ。このリュウゼツランからは紙も取れるし、繊維も採れるのだそうだ。テキーラの試飲をさせてもらったが、意外と値段の高いものだね。

 お土産に、リュウゼツランの繊維で作ったというアカスリを二個買ってきた。まあまあ、良い一日ツアーだったのではないかな。昼食が遅かったので、今晩の夕食は抜きにしよう。

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2018年11月 9日 (金)

№3980 メキシコの街を手探りで歩いてみよう

 今日は、メキシコシティを手探りで歩いてみよう。朝食を終え、9時過ぎに宿を出た。キューバは渋滞とは無縁の国だったが、メキシコシティは街の隅から隅まで車が湧いてくる。物凄い渋滞だ。どこからこんなにと思うぐらいだ。

 そして、どうしても気になるのが日本車である。キューバではほとんど走っていなかった日本車が、メキシコでは一番目につく。しかも、多くは日産の車である。メキシコには、日産の工場でもあるのかしらね。

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 とりあえず、メキシコシティの中心部に向かった。私が泊まったホテルは、中心からちょっと離れているようだ。朝の通勤ラッシュ時だったが、目指したソカロ地区の大広場はガランとしていた。ガイドブックによると、モスクワの赤の広場、北京の天安門広場に次ぐ広さだという。

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 この広場を囲むように、古びた建築物が建っている。国立宮殿、カテドラル・メトロポリターナ、サン・イルデフォンソ学院、テンプロ・マヨールなどである。一つ一つ見学して回ろうか。

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Img_7275  最初に入場したカテドラルは、荘厳という言葉しか見つからなかった。織田信長の時代、1573年に着工したこのカテドラルが完成したのは、240年後というから江戸時代末期だ。何よりすごかったのは、パイプオルガンだ。ちょうど演奏していたが、オルガンの音が堂内を圧倒して鳴り響いていた。

 このカテドラルは様々な災害に会い、最近でも火災に見舞われたらしい。オルガンのパイプが少し煤けているようにみえた。さらにこの重さで、カテドラル自身が地盤沈下しているという。

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 そういえば、街のあちこちでオルガンのような音が聞こえてきた。手風琴のようだ。これを鳴らしながら、寄付を募っている人が何人もいた。手風琴など、最近は見たこともなかったね。

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Img_7280  次に訪ねたのが国立宮殿だ。カテドラルもこの国立宮殿も、入場無料だった。この国立宮殿は、いってみればガラクタを集めたのではないかと思われた。【Japon】という部屋があったが、何ら思想性のない飾りが並べられていたね。

 お雛様が飾ってあったかと思うと、槍や鎧が飾ってあった。焼物もあれば書もあるし、源氏物語絵巻までと雑多だったね。古代の埴輪まであった。この飾りを見て、日本を理解などできないと思ったね。

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 さらに、別の部屋には1964年の東京オリンピックの部屋があった。そこには、東京オリンピックで活躍した遠藤幸雄選手のほかチャフラスカ選手の写真も多数あった。展示物の一貫性がないと思って、この館を出た。

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Img_7289  すごかったのは、このすぐ近くの【テンプロ・マヨール】の神殿跡だ。1450~1500年にかけて、ここにはアステカ時代の7層の中央神殿があったらしい。スペインにすべて壊されてしたまったが、最近発掘されたようだ。そういえば、中央広場にも大きな建物があったようだが、スペインがすべて壊してしまったという。街の真ん中で、こんな大きな遺跡の発掘は珍しいことだ。

 しばらく眺めながら、過去の偉大な文明に思いを馳せた。この大きな遺跡は、完全修復などできるのかしらね。このほかにも、サン・イルデフォンソ学院やベジャス・アルテス宮殿も訪ねたが、観光ガイドでもないのでここでは省略しよう。

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 お昼が過ぎたので、昼食を摂った。そのすぐそばの建物で、木の大きく立派な扉を見ていたら、かわいい子供が二人何やら語り合っていたね。

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Img_7308_2  昼食後は、市場を覗いてみよう。幸い、近くに大きな市場が二つある。最初に行ったのがサン・ファン市場という生鮮食料品を売っているところだった。海外旅行に出ると、必ず市場に立ち寄ることにしている。そこには、その土地に住んでいる人の顔があるからだ。

 肉屋さんの通り、魚屋さんの通り、八百屋さんの通り、果物店の通りと整然と分けられていた。果物屋で西瓜の味見をしている外国人がいたので、私もお願いした。お金を払おうとしたら、いらないと言っていた。

 これはという珍しい食材はなかった。
 
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   この市場で見つけたのが、日本の調味料だ。キューピーマヨネーズ、みつかん酢、照り焼きソース、ポン酢、キッコーマン醤油、カレー粉などが並んでいた。その棚の上には、日本酒も大関をはじめ何本か並んでいた。日本人用のコーナーかしらね。

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 もう一軒立ち寄った市場が、シウダデラ民芸品市場だ。そうだ、ここでお土産を買って帰ろう。買ったのは、メキシコ風柄のテーブルクロスとエプロン2枚だ。

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 ガイドブックには、この市場の隣に大きな図書館があって、世界一の棚ぞろえという。【メキシコ図書館】だ。覗いてみたら、図書館員が親切に案内してくれた。蔵書は、天井まで届くほどだった。すごいと思って見入った。

 まあ、今日はこのくらいにしよう。

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2018年11月 8日 (木)

№3979 無事メキシコのホテルに到着

 足掛け11日間のキューバ旅行も終わり、無事にメキシコのホテルに到着した。キューバの一人だけ宿泊のホテルと違って、メキシコのホテルは近代ホテルだった。キューバではいちいちwi-fiカードを買ってはインターネットに繋げていたのだが、このホテルはwi-fiの電波がある。安心してブログが書ける。

 今回の旅行のメーンはキューバだったので、メキシコのことはほとんど調べていない。キューバからメキシコへの飛行機の中で、おもむろにメキシコのガイドブックを引っ張り出して、計画を練る始末だ。

 キューバでは、特にサンチャゴ・デ・クーバ訪問が日程的にきつかった。件のガイドが、「夜行バスで行くなんて若者のすることで、年配の人にはさぞきつかったことでしょう」と同情された。そうだ、忘れていたが私も年配なのだ。

 メキシコのホテルに着いたら、くたくただった。メキシコでは欲張らずに、ゆっくり見て歩こうよ。とりあえずはメキシコのホテル3泊と、カンクンのホテル3泊は取ってある。私の計画では、ユカタン半島のメリダにさらに2泊、帰りのメキシコのホテルに1泊するつもりだ。さらに、メリダまでの飛行機と、帰りのカンクンからの飛行機も予約する必要がある。

 このホテルで航空券のネット予約をしたのだが、正常運賃と格安チケットの値段の違いには驚いた。正常運賃が32,537円に対し、格安チケットは12,897円と安い。ただ、時間は朝5時半出発しかない。2万円安いなら、早起きも辞さないぞ。

 メキシコシティの最後の日は、このホテルを見て決めようと思ったが、着いてみたら良さそうなのでチェックイン時に予約を入れておいた。さて、メキシコではどういう物語が始まるのだろうか。

 やはりメキシコは油断ならないと思ったのは、空港で街に入るタクシーに乗ろうと思った。運転手が寄ってきて約3600円だという。念のためにタクシー予約のデスクに行ったら、予約券は1400円くらいだった。危なく騙されるところだった。キューバではそんなことはなかったのにね。

 タクシーからメキシコの街を眺めていたのだが、未開地から文明国に戻ってきたとつくづく感じた。街全体が明るいし、スーパーなどのお店が格段に多い。ハバナでは市場を除く楽しみはなかったが、メキシコには物が豊富な市場がたくさんありそうだ。

 それと驚いたのは、メキシコは寒い。半袖半ズボンで夕食に出かけたが、凍えるほどだった。街行く人を見ていたら、防寒対策を施していた。マフラーを撒いている人もいたので、半袖半ズボンは論外だったのだ。メキシコシティは、標高2200mあまりのところにある。

 明日からは、メキシコでの旅行報告をする。

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2018年11月 7日 (水)

№3978 ハバナは毎日が祝祭日

 ヘミングウェーの晩年の作品に『移動祝祭日』という小説がある。自宅のどこかにはあるはずだが、残念ながら読んでいない。なぜこの作品かというと、キューバを旅していて、しきりにこの『移動祝祭日』を思い浮かべる。

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 そう、ハバナは毎日が祝祭日のようである。ヘミングウェーがハバナを書いたのかどうかは知らないが、ハバナにはこじんまりとはしているが花がある。

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 街のあちこちを歩いていて、必ず生の音楽が聞こえる。何度か話しているが、レストランが音楽家を抱えているのである。昼となく夜となく演奏している音楽が、街に流れている。ジャズであったり、キューバ音楽だったりする。音楽の演奏に合わせて、踊り出す人もいる。

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 その踊りを見ていると、男も女もしなやかに腰を振り、エロスを感じる。実に音楽によくあった踊りである。音楽のテンポも良く、こちらも踊りだしたくなる。演奏しているのは若者だけではなく、結構年配の人もマイクの前に立っている。

 東京で『ビエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ アディオス』という映画を見た。演奏している男女は、みな80歳代、90歳代だった。ちなみに、彼らの出身地サンチャゴ・デ・クーバで、お土産に彼らのCDを買い求めてきた。

 そういえば、最近世界中どこを歩いても「KARAOKE」の看板が目につく。ただ、ハバナでは一度も目にしていない。これだけ生音楽があれば、カラオケなど必要がないのも道理である。レストランでの演奏は、道行く人にも楽しめるように、オープンになっている。

 ある晩、こういうことがあった。夕方激しいスコールがあり、オープンエアーのレストランに客は私一人だけだった。黙々と夕食を食べていたら、5人組のバンドが私一人だけのために演奏を始めた。コーラスを受け持っていたのは、二人の若い女性であった。しばしば食事の手を休め、拍手を送った。ただ、客が私のみで申し訳ないような気持ちもした。

 海外旅行をしていると、外国人とみると物の押し売りをしたり、いかがわしいところに連れ込もうとされることが良くある。あるいは金をせびりに寄ってくるものもいる。それがとても煩わしいのだが、キューバではそういう目には合っていない。何よりうれしいのが、タクシーに乗っていて、法外なふっかけがないことである。安心して街歩きを楽しめる。キューバは安全な国なのだ。

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 それが日曜日だったからなのかどうかは知らないが、パーフォマンスをしている一団があった。それもテンポの良い音楽に乗ってである。それを取り巻く沢山の観客がいた。ああ、祝祭日だなと感じた。

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 店舗の前で店番をしている老女、それがとても美味しそうに葉巻を吸っていた。これもキューバならではの街角風景であると思った。

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 キューバの気候は、もしかしたら沖縄と似ているだろうか。亜熱帯気候で、直射日光はとても強い。ところが日陰に入るとヒンヤリする。湿度が低いのだろう。街角に咲いている花は、ブーゲンビリアやハイビスカスである。一面の広大な畑には、サトウキビやバナナを植えてあり、野のあちこちにはパームツリー
(大王ヤシ)やココナツが群生している。

 キューバの休日もあっという間であった。この記事がアップするころにも、もうメキシコのホテルである。旅はいよいよ後半に入る。

 

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2018年11月 6日 (火)

№3977 ハバナ近郊のエクスカーション

 先日、ピースボートに付き添っていた日本人ガイドに、ハバナ近郊で行くとしたらどこがいいか聞いた。「世界遺産にも指定されている【ビニャーレス渓谷】がとってもいいわよ」と教えられたので、早速、ホテルのツアーデスクに参加の申し込みをした。

 朝730分にホテルの入口に来るようにとの指示で、ちょっと早めだったが710分にホテルに着いた。やがて、ツアーバスが迎えに来た。何軒かのホテルを回って、客をピックアップしていくようだ。しまいには50人のバス定員がほぼ満員になった。このツアーは人気があるのだ。

Img_7239_2  行先のビニャーレス渓谷は、ガイドブックによればハバナから122㎞あるという。途中高速道路を通って、10時半ころにビニャーレス渓谷を眺めることのできる丘に到着した。小高い山が連なっていたが、白い岩肌が光っていて石灰岩の山らしい。

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 その展望台には売店があったが、飲み物だけで食べ物は売っていなかった。朝ご飯抜きだったので、お腹が空いていた。このツアーは昼食付というので、ここは水だけで我慢した。キューバはどこでもそうだが、人が集まるところには音楽がある。この展望台でも、6人ほどがキューバ音楽の演奏をしていた。寄付を募っているようだが、結局自分たちのCD販売が目的のようだ。

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Img_7249  次に訪ねたのが葉巻タバコ職人の実演小屋だった。キューバは葉巻タバコが有名だが、今はタバコの葉の栽培時期ではないようだ。観光用に実演して見せていた。そして見本用の葉巻を客に吸ってみるようにと渡してくれた。タバコを吸わない私も吸ってみたが、いがらっぽかった。とはいえ、キューバ土産にとここで葉巻タバコを10本買った。

 タバコの本場らしく、キューバの人たちは男も女も、実によくタバコを吸っているね。まるで、世界の流れに逆行しているようなものだ。吸い終わったタバコは、どこにもポイ捨てしていた。これもマナー違反と思うのだが、そんなこと構っていないようだ。

Img_7252Img_7255Img_7253Img_7256  さて、ようやく昼食の会場に到着した。売りものは「キューバの食事」のようだ。とはいっても、出てきたのはマンゴーとミカンのフルーツ、何かの葉っぱ、赤飯のようなご飯、焼き肉だった。デザートはチョコレートだった。さらに、ココナツミルクジュースも出たが、これは有料だった。とにもかくにもお腹が空いていたので、がつがつ食べた。

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 アレッ、隣の席の団体が日本語で話している。声をかけてみたら、
6泊のキューバツアー旅行で、トロント経由で昨晩キューバに着いた日本人観光客だった。9人のツアー旅行だと言っていた。意外とキューバで日本人に会うね。個人旅行をしていると、ツアー客との接点はほとんどない。私もこの日のツアーに乗ったので、たまたま会ったのだ。「良い旅を!」と言って別れた。

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Img_7262  昼食後のツアーは、ビニャーレス渓谷の鍾乳洞探検だった。鍾乳洞の中は空洞になっていて、大きな川にボートが浮かんでいた。そのボートもツアーに含まれていた。ただ、洞窟のボートは
200mほどであっけなく終わった。

 これだけのツアーで7700円は高かったな~。世界遺産とはいうものの、この程度の名所は日本にはいくらでもありそうだ。

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