« №2415 佐野ラーメンを食べ歩き | トップページ | №2417 墓参り後那須へ »

2014年8月 7日 (木)

№2416 7月に読んだ本

 私には、有難いいくつかの習慣がある。【本を読む】ことも、その一つであろう。

 思い出すことがある。昔の同僚が、せっせと本を買っては貯めていた。そんなに本を買ってどうするのか聞いてみた。「定年になったら、いくらでも時間がある。その時に読むのだ」といっていた。果たしてどうなったのだろうか。

 常々、【読書】という行為は、【習慣】と【忍耐】だと考えている。本を読む習慣のない人間には、結局は読書は身につかないし、じっと耐えて読む忍耐力のない人にも読書を続けるのは無理だと思う。古い同僚も、普段は酒浸りだったので、果たして定年後その習慣を獲得できただろうか、と時々その情景を思い出す。

 幸い、いまや私にとって読書は最大の友である。時間があると、いくらでも活字を追い続けることが出来る。昨晩も、本を読んでいて、時計を見たら深夜2時半だった。思わず電気を消した。先日、一週間那須に滞在していたのだが、女房が「一体、那須で何をやっていたの」と聞くから、本を読んでいたのだと平然と答えた。お陰で、7日間で5冊を消化した。

 いつも言っているのだが、私が読むのはほとんどが小説である。一切小説など読まないという人もいるようだが、小説には様々な人生を追体験する楽しみがある。決して飽きない由縁である。7月は那須の読書三昧もあり、14冊・5,640頁が読了できた。さて、一体何を読んだのかを紹介したい。

高杉良『挑戦巨大外資(上)(下)』 小学館 2007年8月刊

真保裕一『最愛』 新潮社 2007年1月刊

田中慎弥『燃える家』 講談社 2013年10月刊

山崎洋子『炎精 かげろう』 毎日新聞社 2002年8月刊

宮本昌孝『乱丸(上)(下)』 徳間書店 2014年1月刊

篠田節子『薄暮』 日本経済新聞出版社 2009年7月刊

葉室麟『冬姫』 集英社 2011年12月刊

高杉良『虚像(上)(下)』 新潮社 2011年9月刊

藤田宜永『潜入調査 探偵・竹花』 光文社 2013年10月刊

山本兼一『いっしん虎徹』 文藝春秋 2007年4月刊

大澤在昌『新宿鮫短篇集 鮫島の顔』 光文社 2012年1月刊

Photo

 それでは、7月に読んだ本から3冊を紹介したい。一つは宮本昌孝『乱丸』である。読んでみて分かったのだが、乱丸=森蘭丸(織田信長の近習)の話だった。私が知っている森蘭丸は、本能寺の変で織田信長に従って殉職した小姓、という程度でしかない。

 宮本昌孝は、長編歴史小説の第一人者で、特に戦国時代の話を得意としている。読書日誌を紐解くと、20年ほど前に『剣豪将軍義輝』を読んでいるし、最近では『風魔』、『藩校早春賦』なども読んでいる。読み始めると、どっぷり漬かることのできる話が多い。

 本書は、乱丸を通して織田信長の生き方を描いている。「天下布武」を唱える信長に共鳴し、信長を支える乱丸は、実に優秀な近習だった。信長も乱丸を信用し、彼に様々な相談を持ちかけていた。それに的確に答える乱丸は、実に頼もしい。出世の途上で本能寺の変に会った。

 いつも信長に関する小説を読むと思うのだが、本能寺の変がなくて信長が長生きをしていたら、一体どうなっていたのだろうか。歴史に【IF】はないのかもしれないが。 

Photo_2

 私は、結構篠田節子を読んでいる。ただ、彼女の小説は地味で、読了に苦労した思いだけが残る。ちなみに、苦労した小説の中にどういうものがあったのか振り返ってみると、『廃院のミカエル』など、その代表的なものじゃないかな。一字一字の活字を追う苦労を今でも思い出す。それでも、矢張り篠田節子の本をとる。

 『薄暮』も地味な話だった。新潟に住んでいてすでに亡くなった、忘れられた画家を追う編集者の物語だ。編集者橘は、芸術雑誌を担当していたが、その雑誌が廃刊となる。他の雑誌編集部に異動して腐っていた橘を、同じ部に所属する編集者は「お公家さん」と呼んでいた。ほとんど仕事をしていなかったのだ。

 雑誌のある号でタレント兼エッセイストが、新潟に埋れたある画家の作品『薄暮』について取り上げた。意外と読者から反応が大きかった。一体どういう画家なのか、橘は追った。画家が亡くなっていただけではなく、作品の『薄暮』も火事で焼失していた。ただ、地元にはその画家を支える一定のファンがいたし、その画家を大切に思っている未亡人もいた。

 画集を出そうと試みたのだが、そこに立ちはだかるのが未亡人である。本当にそういう画家がいたのかどうかは知らないが、まるでミステリィ仕立ての小説だった。

Photo_3 

 私は、山本兼一の遅れてきた読者の一人だ。山本は今年2月に肺がんで亡くなったが、彼の本をはじめて読んだのが、この4月の『銀の島』だった。すっかり山本に取りつかれ、その後、立て続けに読んでいる。この日も新聞広告を見ると、山本の新刊が発売されたようだ。まだまだ出版されていない作品が多いということか。

 彼も、もっぱらの歴史小説家だ。そういえば、同じような作家で隆慶一郎がいた。彼の作品『影武者徳川家康』を読み夢中になった時に、彼はやはり若くして亡くなっていた。たしか、60歳前だったと思う。その後、隆の作品はほとんど読んだ。山本も、言ってみれば同じような作家か。

 この小説は、伝説の刀鍛冶虎徹を描くものだった。虎徹は、越前の兜作りの鍛冶だった。長曾弥興里という名で兜作りをしていたが、江戸時代に入り戦闘が終結し、兜の需要が極端に減った。彼には、「自分の作った兜を、一刀のもとで割る刀を作りたい」という野望があった。それには、鉄からの研究が必要だった。病身の女房を越前に残し、出雲に鉄の研究で旅立った。

 その成果を持って、病身の女房を伴って江戸に出て刀鍛冶をはじめた。刀鍛冶をはじめるのに35歳と年齢が適齢を過ぎていたのだが、努力、研究を重ねて当代一の刀鍛冶になるという話だった。この小説を読んで、刀というのはどういうものなのか、勉強になったような気がする。

山本兼一ワールドを、また、堪能したような気もする。

 

|

« №2415 佐野ラーメンを食べ歩き | トップページ | №2417 墓参り後那須へ »

読書日誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« №2415 佐野ラーメンを食べ歩き | トップページ | №2417 墓参り後那須へ »