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2014年10月10日 (金)

№2480 9月に読んだ本

 何かしら、このところ前にもまして忙しくなっている。スケジュール表をみると、空いている日を捜すのが困難だ。お陰で、那須にも行けていない。特に、宿泊で旅行すると、読書時間が取れないのが悩みだ。9月もゴルフ遠征に松島旅行があった。

 最低、月に5000頁は読みたいものと、心に決めている。だが、9月は月末に頑張って読んだが、目標に到達できなかった。12冊4843頁の読書量では、不満だ。ある人に「ただ読むだけで、内容は頭に残っていないんでしょう」と揶揄されたが、目標をもって読むことは大事だ。さて、それでは何を読んだのかを披露しよう。

池井戸潤『BT'63』 朝日新聞社 2003年6月刊

堀田善衛『路上の人』 徳間書店ジブリ 2004年4月刊

山本兼一『花鳥の夢』 文藝春秋 2013年4月刊

夢枕獏『陰陽師 生成り姫』 朝日新聞社 2000年4月刊

楡周平『虚空の冠(上)(下)』 新潮社 2011年10月刊

野口武彦『巨人伝説』 講談社 2010年2月刊

楡周平『羅針』 文藝春秋 2012年1月刊

夢枕獏『東天の獅子(一)(二)』 双葉社 2008年10月刊

大澤在昌『語り続けろ、届くまで』 講談社 2012年4月刊

遠藤周作『深い河ディープ・リバー』 講談社 1993年6月刊

 それでは、印象に残った三冊を紹介したい。

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 この本は、出版されたばかりの1993年に読んでいる。インドに個人旅行で行ったときに携えて行った本だ。インド旅行は、今でも強烈な思い出として残る。中でも、この本の舞台にもなっているヴァラナシィには深い思いを抱いている。20年以上前のインド旅行を思い出し、再度手に取ってみた。

 ヴァラナシィは、ヒンディー教の三大聖地のひとつだ。街の真ん中を聖なる河ガンジス(ガンガー)が流れていた。街の人たちは水に浸かり身を清めているが、その川の水は濁っていて、決してきれいな水ではなかった。

 さらには、上流からいろいろなものが流れてくる。さまざまなゴミ、動物の死体、時には人間の死体まで流れてくるようなのだ。そのすぐ脇で、大勢の方が沐浴をしていた。ちょっと下流を見ると、死体焼き場があり、亡くなった方を川岸で焼いていた。焼けた死体は、聖なるガンジス川に流していた。焼け残りを狙っている野犬の群れも含め、強烈な印象が残った。20年たった今でも忘れない。

 その思い出をかみ締めて、本書を読んだ。インド旅行は強烈だったが、再度、行きたいとは思わないな。インドに行くには、若くて元気でないととても耐えられなかったと今でも思う。

 
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 私が選んで読むのは、大好きな作家の本だ。ある作家を好きになったら、その方の本はすべて読みたいと思っている。試みに、どういう作家が好きなのか、その名前を思いつくままに、順不同であげてみたい。司馬遼太郎、吉村昭、宮城谷昌光、隆慶一郎、柳田邦男、佐野真一、沢木耕太郎、村上春樹、船戸与一、大澤在昌、逢坂剛、佐々木譲、宮本輝、藤沢周平、帚木蓬生、西木正明、宮尾登美子、梁石日、池澤夏樹、辻原登、高村薫、白川道、楡周平、藤田宜永、小池真理子、高橋克彦、伊集院静、植松三十里、高杉良、村山由佳、白石一文、熊谷達也、馳星周、等が挙げられようか。そして、最近熱心に読んでいるのが、夢枕獏、池井戸潤、山本兼一だ。

 今月は、楡周平の本を二点読んだ。中でも本書は、深く印象に残った。以前私が所属していた出版に関わる題材だったからである。いま、出版のビジネスモデルが崩壊の危機に瀕している、と長くいわれ続けている。様々な要素があるのだろうが、電子機器の発達も大きな要因の一つだ。

 今回の小説の主題は、電子機器端末が紙ベースの活字にとって代わることが出来るのか、という話だった。私の友だちも、新たなタブレット端末で本が読める仕事を立ち上げようともがいているが、なかなか成功しているとは言い難い。少なくとも、私はタブレットで本を読む気にはなれない。読書はブック形式の活字を追うのが一番、と思っている。

 はたたして世代が変わり、ゲーム機世代の若い連中が読者の主流になる時に、タブレットで本を読む時代が来るのであろうか。今後も、時代はいかようにも変わる。この小説で、タブレットを無料で100万台配るという話が出ていたが、今の時代では荒唐無稽ともいっていられないかもしれない。

 先日の報道で、ソフトバンクの孫正義が中国の会社の上場で8兆円を手にした、というとてつもない話があったからだ。次世代がどうなるかは、まったく想像もできない時代になった。

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 上記の好きな作家として、私の新しいリストに加わったのが山本兼一だ。このコーナーで何度か取り上げているが、私は山本兼一の遅れた読者の一人である。山本は、今年の2月肺癌で57歳の生涯を閉じた。歴史小説作家としては、これから花開く時だったろうに、残念でならない。

 私は、山本が死んだから読み始めたわけではない。たまたま山本の本を読んで感銘を受け、一体山本はどういう人物かと検索したら、この2月死んだことを知った。歴史作家で、花開き始めたと思ったら亡くなった隆慶一郎に、その足取りは似ている。山本兼一は、隆慶一郎を深く尊敬していたそうだ。そして彼の取上げる時代は、日本歴史の中で最も面白い時代の一つ『安土桃山から江戸初期』の話が主である。

 今回の小説の主人公は、狩野永徳である。代々絵師の家に生まれた永徳は、子どものころから絵筆を持たせると、天才であった。この小説を読む限りは、ものすごい量の襖絵、「洛中洛外図」等の屏風絵を描いた。

 「洛中洛外」の屏風絵は、足利義輝の依頼で描かれたが、絵が出来上がった時には義輝は殺されていた。その手元にあった屏風絵に目をつけたのが、織田信長だ。その屏風絵を買い取った信長は、それを上杉謙信に差し上げたという。

 それ以来、狩野永徳は、織田信長の絵師として活躍した。渾身の作として描いたのが安土城の襖絵だったが、本能寺の変で安土城炎上とともに消えてしまった。一体、どういう絵が描かれたのであろうか。

 信長暗殺とともに、秀吉の寵愛を受けた。大阪城や聚楽第の襖絵も永徳のものだという。狩野永楽の絵は、今どのくらい残っているのだろうか。この小説のもう一つの主題は、長谷川等伯との確執だった。それも含めて、歴史小説としての楽しさを堪能した。

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