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2014年11月19日 (水)

№2520 講座の下見で谷根千へ

 来年一月に行われる【東京シニア自然大学】の講座の下見で、谷中・根津・千駄木を回ってきた。この講座の担当は、昨日まで清里で一緒だったくにちゃん、それにReikoさんと私だ。前にも言ったと思うが、自主講座は、担当者が現地を下見して『シラバス』を作成して、会員に知らせる必要がある。

 今回の下見は、【Bセンスさんぽ】が実施したコースが下敷きになっている。以前、くにちゃんが参加して、このコースを歩いたらしい。くにちゃんが用意してくれたのは、同コースの明治20年・明治40年・昭和12年・平成10年の4枚の地図である。

 与えられたコースを歩きながら、そこでの【いきもの】、【くらし】、【まち】を、12のアイテムで観察して、点数をつけて歩こうという試みである。歩いた感想を、【Cool】【Good】【Match】と点数をつけてゆき、最後にチャートを作る。私は昨年の1月に、高崎で行われた【Bセンスさんぽ】に参加して、非常に楽しかったことを覚えている。

 今回の下見は、18地点をそれぞれチェックし、昼食の場所、最後の会合、交流会場を捜すなどの目的があった。私は、サラリーマン時代、良くこの付近を徘徊して酒を飲んでいたことを思い出す。

Dsc03320 今回のスタート地点は、根津にある【はん亭】という串焼き屋である。木造三階建ての古い建物が残っている。ここは、チャート対象は「歴史的建造物」でセンス抜群!の5点だろうね、などと判定する。

 この周辺は、空襲で焼けずに古い建物があちこちに残っている。それだけに、江戸や明治の古い町並みを見学するのには、絶好のポイントだ。いろいろな発見があった。

Dsc03334 玉林寺も、お寺さんに承諾をいただいて、裏庭を見学させていただいた。素晴らしい裏庭だった。庭園の池からは、水が噴き出していた。まさか、自噴しているのではないだろうね。

 この庭には防空壕の跡もあったし、大きなスタジィの木も茂っていた。それに何より驚いたのが、本堂の前に千代の富士の立像があることだ。

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 どうしてここに千代の富士の像があるのだろうか、お寺さんに聞いてみた。千代の富士は、何とこのお寺さんの檀家だという。娘さんを亡くし、ここにお墓を作ったのだそうだ。檀家のファンが、この立像を寄付したらしい。

Dsc03339 玉林寺の裏の細い道を歩いていると、今でも使われているポンプ式の井戸があった。00家専用の立て札が立っていた。ちょっと口に含んでみたが、カナ臭くて飲料には向きそうにない。ただ、東京とは思えない、鄙びた雰囲気だ。

Dsc03343 みかど屋のヒマラヤスギも、谷中の名物風景だ。この大樹木の由来を読んでみると、戦前、このパン屋さんがバケツに入れて、庭木として育てたものだったらしい。それが、今では幹回り4~5mにもなっている。ヒマラヤスギの成長の速さには驚いた。

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 観音寺の築地塀もこの谷中の名物だ。何でも江戸時代のものらしい。さらに進むと、お寺さんの門が戊辰戦争の鉄砲玉で穴があいている風景もあった。歴史的にも、見どころがいっぱいあるコースだ。

Dsc03361 谷中銀座でお昼を食べる計画だ。私が大好きな商店街だが、下町の様子が今に残る。三人で、130円のところ天を食べた。こりこりして美味しかったね。

 お昼ご飯は、定食屋でナポリタンを食べたのだが、その量の多さにはびっくりした。Reikoさんは早々にお手上げしていた。

 お昼を食べ、へび道を辿り、千駄木ふれあいの森へまっしぐらだ。へび道とはよく言ったもので、くねくねした道が続いていた。昔、ここは川が流れていたようだが、今は暗渠だ。

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 そして最後の目的地は。根津神社である。ここの黄葉は、今が盛りだった。全コースを踏破したが、さて、その打上会をどこでしようか。1月の外は寒いので、何か公共施設はないか探したら、近くに【根津交流センター】があった。抽選は、12月らしい。誰かが行かなければならないね。

 さらに、早々に飲み会場も確保して、下見を終えた。スタート地点の【はん亭】に飲み代の値段を聞いてみたら、目の玉が飛び出るほど高かった。もちろんその店はやめた。

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コメント

Shinさん
谷根千散策、大いに満喫されますたようでお慶び申し上げます。
記事中の玉林寺の井戸記述を拝読、思わず書き込みした次第です。
井戸の右奥に、鬱蒼と草が生えていた空き地がありましたと存じます。平成10年の元日まで、父方の叔母が住んでいた場所です。
井戸の○○家専用の方が元日に電話を頂き、家内と二人で駆け付け、救急車を要請し病院到着前に心配停止した為、監察医の診断を余儀なくされました。
三越に就職、退職し女子美の日本画に通い、東京博物館に勤務した彼女、老年は悠々自適の生活を送ってました。
生まれは大正二年の早生まれ、義姉の母が明治45年生の同学年なので微妙な関係でした。
平成五年に亡くなった母の入院中には、私は頭を下げ「色々あるのは解りますが、残された姉妹二人、仲良くしてね!」のお願いに素直な対応をしてくれましたのは感謝です。
母の納骨式で、参列された母の師範時代の親友を前に、「小学校の時、彼女に虐められた。」と叔母から耳打ちされた時はビックリしました。
話は戻り、その井戸の右上にある寺が我が家の菩提寺です。墓参に行く折、三回に一回は叔母の旧家を通り、井戸脇の階段を登り向かいます。
懐かしさ一杯のブログでした。

投稿: アスペル山ちゃん | 2014年11月20日 (木) 午後 08時55分

アスペル山ちゃん
コメントありがとうございます。
そうですか、親戚の家でしたか。
奇遇ですね。
あのあたりを歩いて感じたのですが、
鄙びた東京の真ん中とは思われえない場所でした。
こんなところに住んでみたいな、と思ったものです。
それにしても、山ちゃんはいろいろと顔が広いですね。
一度じっくりお話を伺いたい

投稿: シンさん | 2014年11月21日 (金) 午後 03時35分

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