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2015年7月 7日 (火)

№2751 6月に読んだ本

 毎月の月初に、前月読んだ本を紹介し、その中で印象に残った数冊を紹介している。この記事は定期記事で、まさか読んでいる人は沢山はいないだろうと思っていた。そしてら、先日ゴルフに行く途中、Katsuちゃんがこの記事を愛読し、影響を受けていると話していた。有難い話しである。

 いまの生活に、私は読書が欠かせない。暇をみては本を読んでいる。昨晩は、夜九時に読み始めた本が面白く、結局は夜中の1時半まで読んだ。さらに、朝4時半に目が覚めまた読みはじめ、朝7時には読み終わった。一晩で350ページほど読んだ計算になる。なかなかそういう本には巡り合えないが…。

 さて、6月には13冊・5074頁の本を読了した。毎月最低5000頁は読もうと思っているのだが、カスカス合格だ。6月末で半年過ぎたが、前半に読んだ本は82冊・32,304頁だった。私の【読書記録】では、半年の新記録だ。さて、それでは、6月は何を読んだのかを紹介したい。

安部龍太郎『等伯(上)(下)』 日本経済新聞出版社 2012年9月刊

高嶋哲夫『M8』 集英社 2004年8月刊

堂場瞬一『逸脱』 角川書店 2010年8月刊

植松三十里『大正の后』 PHP研究所 2014年9月刊

村山由佳『ありふれた愛じゃない』 文藝春秋 2014年2月刊

笹本稜平『分水嶺』 祥伝社 2014年10月刊

船戸与一『残夢の骸 満州国演義9』 新潮社

高嶋哲夫『ジェミニの方舟 東京大洪水』 集英社 2008年7月刊

堂場瞬一『蒼の悔恨』 PHP研究所 2007年6月刊

楡周平『ミッション建国』 産経新聞出版

石橋毅史『口笛を吹きながら本を売る』 晶文社 2015年4月刊

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 私は船戸与一が好きで、ほとんどの本を読んだのではないか。最初に読んだ彼の本は、忘れもしない『砂のクロニクル』だった。そして、彼の本を何冊読んだか検索してみたら、複数回読んだものを含めて42冊だった。

 私は作家の作品には興味を持つが、作家自身のことは何も知らない。そして、今年の4月の新聞記事で、彼が亡くなったのを知った。享年71歳だった。彼の死を知って愕然とした。もう船戸与一の新刊は読めないんだね。

 船戸は、長編小説を書くことで有名だった。しかし、私にはちょうどいい長さだ。彼の小説『満州国演義』は果たして完結するのだろうか、心配だった。ところが、今年の2月にすでに完結していた。全9冊・3,230ページ余りだった。そして、今回読んだ『残夢の骸』が、最後の本た。

 この小説は、官吏として、馬賊として、無政府主義者として活躍する敷島四兄弟に焦点をあてながら、満州国建国前史から崩壊にいたるまでの1928年から1946年にわたる満州史を、壮大なスケールで描いた小説だ。

 この最終巻は、終戦で式島兄弟4人の運命が様々に分かれて行く物語だった。長男はシベリア抑留で殺され、次男はビルマ攻略のインパール作戦の検証の中で亡くなり、三男は憲兵として敗戦に抗して戦い、殺された。残ったのは4男の四郎だけだった。

 満州の中で、家族がバラバラに分断されていく姿が何とも悲しかった。この小説が、船戸の絶筆本となった。この物語で、満州のことをたくさん知った。時間をみて、またこの小説を第一巻から再読してみたい。

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 先日テレビニュースを見ていたら、『大正天皇実録』が発売になったのを知った。近代日本で、明治天皇と昭和天皇はたえず話題になるが、大正天皇が話題になることはほとんどない。私が知っているもの、「虚弱体質」だったということぐらいだ。

 この小説は、大正天皇の后貞明皇后にスポットを当てながら、大正天皇がいかに戦争を避けるべく努力したのか、詳しく書いていた。大正天皇が皇位について間もなく、第一次世界大戦がはじまった。天皇は、参戦には断固反対だった。ただ、軍部が天皇への脅迫や慫慂で、参戦せざるを得なくなったことが書かれていた。

 この事は昭和天皇についてもいえた。彼は戦争に断固反対だったが、軍部の強制でずるずる参戦せざるを得なくなった。

 いま【集団的自衛権】が話題になっている。今後は、戦前のように天皇を御神輿に乗せることはないだろうが、政治家や軍部が最後の砦として、天皇を利用することが決してあってはいけない、と思いながらこの本を読んだ。

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 最近、月に1~2冊は安部龍太郎を読んでいる。彼の歴史小説は骨太で、読後の満足感が高い。上に述べた夜も寝ないで読んだ小説も、安部龍太郎『冬を待つ城』だった。

 『等伯』を知ったのは、山本兼一の小説を通してだ。是非『等伯』は何者か知りたいと思っていた。そういえば、山本兼一も船戸より一年前に亡くなっている。

 等伯が生きていたのは、戦国の狩野派全盛のころだ。狩野永徳が城の襖絵をたくさん描いた。とくに、安土城の絵は見事だったという。ご存知のように、安土城は明智光秀の乱で炎上した。

 長谷川等伯は能登から京に上ったが、狩野永徳には歯牙にも掛けられなかった。ただ、彼の絵の素晴らしさを、一部の人は大きく評価していた。千利休を師と仰ぐ等伯は、当時の政治権力石田三成からは弾圧されていた。

 当時の政治権力や絵を巡る環境に、読み応えがあった。この小説は、第148回直木賞を受賞したとのことだ。

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