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2015年8月10日 (月)

№2785 7月に読んだ本

 読書に言い訳は無用と思うのだが、矢張り13日間の八重山列島旅行で、読了の頁数は極端に少なかった。ブログ記事にも載せたが、前半3日間は台風で竹富島に閉じ込められた。何もない離れ島は、読書環境には最良だったが、その後の西表島エコツアーではほとんど本は読めていない。

 さらに、沖縄本島でも読めなかったし、那須のゴルフ合宿でも本を読む環境にはなかった。結果として、この2~3年では最低の10冊・4673頁の読了数で終わった。疲れながら読んだせいか、あまり印象に残る本も少なかった。

 それでも、何を読み、印象に残った本は何か、報告をしたい。

山本兼一『修羅走る 関ヶ原』 集英社 2014年7月刊

安部龍太郎『冬を待つ城』 新潮社 2014年10月刊

火坂雅志『青き海狼』 小学館 2001年10月刊

堂場瞬一『約束の河』 中公文庫 2009年11月刊

馳星周『長恨歌 不夜城完結編』 角川文庫 2008年7月刊

高村薫『李欧』 講談社文庫 1999年2月刊

宮本輝『月光の東』 新潮文庫 2003年3月刊

逢坂剛『大迷走』 集英社 2013年3月刊

江國香織『間宮兄弟』 小学館 2004年10月刊

佐々木譲『代官山コールドケース』 文藝春秋 2013年8月刊

Dsc05914

 私が高村薫を読み始めたのは、忘れもしない『マークスの山』からだった。発表されたのが1992年である。 衝撃的な高村のデビューだった。これぞミステリィと、高村の作品を次々に読んでいった。『リヴィエラを撃て』『地を這う虫』『神の火』等々である。高村の新刊が出るのを首を長くして待った。

 ところが、『照柿』あたりから物語が高村の頭で複雑化し、抽象的な話が多くなった。『晴子情話』『レディジョーカー』などは、面白くもなんともなかった。高村の作品から離れて、もう10年にもなるだろうか。

 あまり期待もせずに『李欧』を手に取った。そして、これぞ高村薫と、夢中になってこの小説を読んだ。私のような小説ファンは、あまり設定を複雑にすると、何が何だか分からなくなってしまうのだ。

 主人公吉田一彰は、大阪の小さな工場で李欧に出会った。イヤ、その前にスナックでけん銃を発射し、3人を殺した李欧にある情報を渡していたのだ。警察に追われながら、吉田はその事実を明かさなかった。そして、李欧は海外に逃亡した。彼らの合言葉は、「いつか一緒に暮らそう」だった。

 一緒に暮らす場所を李欧が用意した。旧満州の広大な場所だ。ただ、その夢はかなわなかった。高村のこういう小説を、私は望んでいたのだ。

Dsc05913 私は、山本兼一の遅れてきた読者だ。彼の小説のファンになった頃は、すでにこの世にいない。彼は昨年の2月、享年57歳で亡くなった。私よりも10歳ほど若かった。どんなに読み始めが遅かろうが、彼の小説を楽しむのに遅いということはない。

 私は沢山の小説を読むが、読むそばからどんどん忘れて行ってしまう。まあ、それで良いと思いながら読んでいるのだが。ただ、山本兼一の小説だけは、それぞれの作品が思い浮かぶ。

 最初に読んだ本が『銀の島』だった。彼の歴史小説の骨太さに魅了された。その後、『利休にたずねよ』「命もいらず名もいらず』『ジパング島発見記』等夢中になって読んだ。このブログでも随分紹介した記憶がある。

 私の山本兼一紹介を読んで、わが友Katsuちゃんも読破したらしい。「イヤ~~、山本兼一は面白かった」と感謝される始末だった。こういう方がいるのは、本当に嬉しいものだ。

 ただ、この『修羅走る 関ヶ原』は成功した作品だったのだろうか。彼は、この作品を書き上げて亡くなった。ただ、読んでみて分かるのだが、どうしても未完の小説、という感をぬぐえない。はっきりいって、退屈な小説だった。

 しかし、この小説を含めて、私はやはり山本兼一のファンをやめない。そういえば、隆慶一郎のことを思い出す。彼も小説を書き始めて10年ほどで亡くなった。彼の『影武者徳川家康』など絶品だ。隆の少ない作品も、ほとんど読んだ記憶がある。彼は亡くなって、すでに27~8年になる。

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