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2015年9月11日 (金)

№2817 この国とこの星と私たち

 昨日の記事の続きになる。

 午前中に宇宙センターを見学し、午後はJAXA名誉教授的川泰宜先生の講義を受けた。講座題は、「この国とこの星と私たち―宇宙活動と未来」だ。

 皆さん、ご記憶にあるだろうか。2年ほど前にも的川泰宜先生の講義を受け、ブログに書いている。2013年11月7日の記事だ。ご興味のある方は、リンクをクリックして読んでみて下さい。

 先生の講義の前に、JAXAの職員から【筑波宇宙センター】の役割の説明があった。それによると、相模原にあるJAXAは宇宙航空研究所、筑波のJAXAは人工衛星の研究・開発、ロケットの研究・開発、宇宙飛行士を含む有人開発と、はっきり分かれているのだそうだ。

Dsc06127 そして、待望の的川泰宜先生の講義が始まった。先生の講義で驚かされるのは、午後2時前に始まった話が、4時になっても終わらない、滔々とした名講義だった。何をみるでもなく話しているのを聴くと、全てが頭に入っているのだ。

 それでは、先生の講義をかいつまんで書いてみよう。

 第1章は、『人類史のなかの宇宙の役割』というものだ。人類史に最初に出てくるロケットは何か。それは、中国で開発された火箭(かせん)という武器ではないかという。この火箭が、モンゴルの世界征服を通して全世界に広がったという。

Dsc06131 近代で最も優れたロケットが、ドイツのナチのもとでフォン・ブラウンが開発したV2ロケットだという。近代のロケット技術の基礎となっているらしい。

 その後は、われわれも知っているソ連のガガーリンやテレシコワの宇宙旅行、アメリカのアポロ計画などだ。

 先生は面白いエピソードも紹介していた。「宇宙に行くと、どんなヘビースモーカーでもたばこを吸いたくなくなるし、宇宙では酒も美味しくない」のだそうだ。ソ連のあるヘビースモーカーの宇宙飛行士が、宇宙ではぴったりタバコをやめたそうだ。ただ、帰還したら今まで以上のヘビースモーカーになったと苦笑していた。

 第2章は『日本のロケット開発』の話だった。最初に日本がロケット攻撃に見舞われたのは、元寇の火箭だ。秀吉の朝鮮出兵の文禄慶長の役でも、この火箭に悩まされたという。なぜ、日本がのこ武器を開発できなかったのか。日本には黒色火薬がなかったせいらしい。

Dsc06136 戦前、軍が盛んにロケット開発の研究をやっていたらしい。一部では成功したものもあったようだが、何といってもロケット開発技術が盛んになったのが戦後だ。『日本のロケットの父』ともいわれる糸川英夫さんが、ロケット開発に情熱を燃やした。

 的川先生が強調していたのは、「世界がロケット技術開発に精を出すのは軍事目的だが、日本でのロケット開発は大学からの出発で、あくまでも平和目的だった」という。

 的川先生は、糸川英夫(1999年没)の最後のお弟子さんだった。「糸川先生は特異な人だったね。やりたいことは最後までやり抜く、誰にどんなに迷惑をかけてでも」と、懐かしそうに話していた。的川先生が糸川さんを愛していたのは、言葉の端々から伺えた。

 現代の日本でのロケット開発は、きわめて実用的になっている。実用面でいくと、気象衛星ひまわり8号の高感度で、精度の高い気象予報が出来るようになった。また、災害監視を地球規模でやることによって、危機対策が迅速にできる。

 最近では、軍事目的=安全保障対策でもロケットが注目されている。北朝鮮の監視には、大いに役に立っているのだ。

 実用面にも役に立つロケットだが、やはり何といっても科学技術の進歩に寄与するのが一番といっていた。X線天文学の隆盛、太陽観測における日本のリード、あらゆる波長の天文衛星の開発、ハレーによる地球観測などわれわれの生活に無くてはならない技術が次々と生み出されている。この面で注目されたのが【はやぶさ】である。

 また、先生は面白いエピソードを紹介していた。「ある方が、先生これほど天気予報が当たるなら気象衛星などいりませんね」と言っていたし、「GPSがこれだけ精度が高くなったなら、人工衛星などいりませんね」という人もいた。これらの技術は、いずれも人工衛星があったればこそのものだ。

 最後に嘆いていたのは、「これだけ世界で最先端技術を開発していても、日本の予算は、アメリカの20分の一しかないんですよ」とのことだ。特に、財務省が有人衛星に金をかけるのに消極的らしい。

Dsc06139 的川先生の講義は、いつまでも聴いていたい話だった。面白いことに、ミュージアムショップで仲間が共通して買ったお土産が、JAXAのロゴ入り帽子だ。級長が「私は似合うが、シンさんは似合わないね」といつまでもくどくどと言っていた。

 それとつくづく残念だったのが、ユキンコゆきちゃんがここでJAXAのツナギを買いそびれたことだ。オレンジと青のツナギを売っていたが、私が強力に進めたのがオレンジ色のツナギだった。

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