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2015年12月29日 (火)

№2926 そうだ、高野山に行こう

 いま読んでいる小説は、高野山が舞台になっている。そういえば、高野山には行ったことがないな。カーナビで調べてみると、女房の実家から300㎞余りとある。明日は高野山に行ってみようと提案すると、女房も妹も一緒に行くという。それなら、決まりだ。

 多分、4時間余りで行くな。朝7時に自宅を出よう。そう言ったら、朝6時には朝食の支度が出来ていた。朝ご飯を食べて出発だ。車のフロントグラスは、霜で真っ白だった。薬缶にお湯を入れてもらい、フロントグラスに振りかけて融かした。

Dsc07346_2  出発したのは、ちょうど朝の7時だった。カーナビがあるから、それに頼る。関西はほとんど車で走る機会はない。それにしても道は複雑で、関西の高速道はどうなっているのか、よくわからない。昔は名神高速道しかなかったのだが。

 カーナビ頼りで高野山金剛峰寺に無事着いたのは、午前11時20分だった。相当な山道を通ったような気がしたのだが、標高は700m弱と意外に低い。ただ、身を切るように寒かった。まず腹ごしらえと、食堂に入った。ほとんど事前調査をしてきていなかったので、この食堂の女将さんに、最低高野山で見ておくべきスポットを教えていただいた。

 まあ、観光する時間は3時間だねと言うと、食堂の女将さんは呆れていた。少なくとも、2~3日はじっくり見て欲しいようだ。感銘を受けたら再度訪れることにして、今回は下見のつもりだ。

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 まずは【金剛峯寺】に行った。寺域は荘厳な気を漂わせている。平日のせいか暮のせいか、観光客は少ない。ただ、ここでも外国人の姿が目につく。気に入ったのは、高野山全域がそうなのだが、駐車場に停めるのに駐車料金はいらないし、お寺の拝観料も無料だ。あくまでも、お客さんは信仰のためと割り切っているようだ。

Dsc07304Dsc07306  金剛峰寺は、真言宗の総本山だ。末寺は全国で3000ヶ寺だという。本堂の襖絵は室町の絵師が描いたというものだし、有名な狩野探幽の襖絵も拝観できた。本堂の隣には、豊臣秀次が自決したという部屋もあった。まるで、歴史小説が、そのまま残っているようなものだ。

Dsc07316  次に行ったのが【奥の院】だ。開山した弘法大師の御廟があるという。ここは、鬱蒼とした杉林に囲まれていた。数百年も経つ杉が3000本も植えられているという。苔むしたたくさんのお墓があった。戦国武将や有名人のお墓がたくさんあった。これを訪ね歩くだけでも楽しいだろうね。

Dsc07324_2Dsc07322_2Dsc07330  織田信長の墓があった。意外と小さいものだった。それに比して豊臣秀吉の墓は広大だった。秀吉は、この高野山を庇護したのだ。浅野内匠頭の墓も収められていた。天皇陵もあったし、徳川に連なる武将の墓も多かった。

Dsc07332Dsc07334Dsc07333  企業の墓碑も多い。福助の墓、ヤクルトの墓碑、ロケットは新明和産業のものだという。シロアリの碑があったが、これは何だろうか。

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Dsc07337  食堂の女将に指定されたもう一ヶ所は、【壇上伽藍】のエリアだ。キンキラキンの根本大塔がすぐ目についた。壇上伽藍は、弘法大師空海が真言密教の根本道場として、最初に開創した場所だという。根本大塔のほか、金堂や御影堂、西塔など由緒のあるお寺がたくさん見られた。

 高野山は、予想以上に素晴らしかった。予定の午後2時になり、岐阜へと帰途に着いた。

 この日は650㎞、約9時間の運転だった。ただ、ほとんど疲れていない。

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