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2016年4月10日 (日)

№3029 3月に読んだ本

 毎月の定例記事である。前月に読んだ本の報告をし、その中で印象に残った数冊にコメントを入れている。毎月そうなのだが、本を読むペースは安定しているようで、安定していない。少しペースを落とすと、どんどん落ちて行ってしまう。

 3月上旬は、記録を更新する勢いで本を読んでいた。それに慢心したせいか、中旬以降はガクンと落ちてしまった。毎日200頁をコンスタントに読みたいと思っているのだが、なかなかそうはいかない。

 それにハワイ旅行があった。往復の飛行機で大いに読んでやろうと張り切っていたが、結局は2冊読んだだけで終わってしまった。3月の読了結果は、11冊・5246頁でかろうじて目標達成というところだ。具体的に何を読んだのか列記したい。

安部龍太郎『天馬、翔ける(上)(下)』 新潮社 2004年12月刊

伊東潤『武士の碑』 PHP研究所 2015年7月刊

篠田節子『ブラックボックス』 朝日新聞出版 2013年1月刊

半藤一利『B面昭和史 1926⇒1945』 平凡社 2016年2月刊

渡辺容子『魔性』 双葉社 2006年11月刊

楡周平『砂の王宮』 集英社 2015年7月刊

大澤在昌『雨の狩人』 幻冬舎 2014年7月刊

火坂雅志『黒衣の宰相』 幻冬舎 2001年10月刊

今野敏『ペトロ』 中央公論新社 2012年4月刊

森村誠一『戦場の聖歌カンタータ』 光文社 2015年5月刊

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 私は海外旅行に行くときは、たくさんの本を抱えていく。往復の飛行機の中や、疲れて宿に帰ってきたときには、何より読書が慰めになる。今回のハワイ旅行にも4冊の本を持って行った。その一冊が、半藤一利『B面 昭和史1926➤1945』という本だ。約600頁もある大冊だった。

 しかし、この大冊でしかも難解な本は、すんなり読むというわけにはいかなかった。宿でも大半の時間を使い、何とか読み終えた。本書はハワイ旅行の思い出とともに、ハワイで読了したという思い出の本にもなった。

 私は、同著者の『昭和史1926-1945』、『昭和史 戦後篇』を愛読している。いってみれば、この2冊をA面として、今回の本は国民の目線から綴ったもう一つの昭和史という側面があった。著者は「民衆がどんなふうに政府にだまされ、あるいは同調して戦争に向かったのか。これだけは書き残しておきたかった」のだそうだ。

 こういう昭和史物を読むといつも思うのだが、厳しい情報管制の元、国民をだます悪辣な方法をこれでもかこれでもかと編み出していた。それに乗っかったのが、大新聞や放送を中心にしたマスコミだ。【大本営発表】でいかに騙され続けたか、知らないのは国民だけであった。

 軍の思い上がりの最たるものは、「一億国民の総玉砕」ととなえ、アメリカの無差別大空襲や原爆投下でも、なお戦い続けようとしたことだ。著者の『日本の一番長い日』にも、そのことが描かれている。いずれ、情報統制のもと、権力の餌食になるのは一般国民だ。現下、北朝鮮もそういう状態に陥っているのではないだろうか。

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 森村誠一の本に『悪魔の飽食』がある。1982年に発売になり、大きな反響を読んだ本である。私も読んだ記憶はあるが、何しろ30数年前であまり詳しくは覚えていない。ただ、満州での731部隊で責任者の石井四郎が、細菌実験のために多数の中国人・朝鮮人を実験材料として殺戮したという衝撃的な事件だけは、記憶に新しい。

 森村にとっては、満州の石井部隊が行った実験は彼のライフワークとして、様々な作品で登場する。本書もその派生からできた作品であった。

 『悪魔の飽食』は、様々な歴史をたどった。本に採用された写真がねつ造と断罪され、市場から消え去った時期もある。この部隊の実験があまりにもむごたらしかったので、これを抹殺しようと動いた人がいたのではないか。しかし歴史は消えない。ナチのホロコーストにも比べられる悪魔の実験であった。この事実に目をそらしてはいけない、とあらためて思った。まさに「本に歴史あり」である。

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 歴史小説を読むとホッとする。読書に疲れたときには、歴史ものを読むに限る。黒衣の宰相とは、wikipediaに以下の説明がある。「法体にありながら俗世間で政治に参与して大きな影響力をもつに至った日本の権力者の側近のことを、同時代の者または後代の史家が比喩的に表現した異名」。 そして、日本史上に名前が挙げられているのは、信西入道・満済准后・太原雪斎・安国寺恵瓊・金地院崇伝・南光坊天海などだ。

 そして、この小説は金地院崇伝が主人公だ。豊臣家滅亡の口実に知恵を貸した「大仏鐘銘問題」(家康を呪ったと言う国家安康)、これに加担したのが崇伝 であった。この小説を読む限りでは、徳川家康の命で、豊臣を滅ぼすための口実づくりを考えさせられ、思いついたのが大仏鐘銘事件だ。

 金地院崇伝は、歴史上悪者役を演じさせられている。この小説を読む限り、当時も評判の悪い悪僧だったようだ。ただ、悪役に徹しなければ家康に評価してもらえない、という苦しい役割を負わされていたらしい。 同じ時期に、家康がうまく使ったのが天海である。この二人を競わせながら、徳川時代の安定化を計ったところに、家康の天才があった。

 崇伝を読みながら、家康の戦略に思いを寄せる格好の小説だったと思う。

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