« №3040 飯山白山ハイキング | トップページ | №3042 潮干狩 »

2016年4月22日 (金)

№3041 木更津漫遊

 今年の一月にあった中学時代の新年会の席で、木更津に住むMakoto君に「一度潮干狩りに行きたいな」とふっと漏らした。真に受けた彼は、詳細な一泊の案内状を送ってよこした。この招待状をいただいたからには、行かずばなるまい。

 同級生たちに声をかけた。残念ながら、この話に乗る人は少なかった。唯一、ShigeruとTeruだけが参加意向を表明した。女性たちは、なかなか家を空けての一泊というわけにはいかないようだった。出発数日前に、Teruから腰痛で行けないと返事があった。まあ、二人でしようがないか。

 木更津には東京駅前からバスが出ていて、東京湾アクアライン経由でわずか40分ほどで着くらしい。その近さに改めて驚いた。木更津には私は初めてだったかな。

Dsc00559  木更津の高速バス停にMakotoが待っていた。予定はすべて彼に任せてある。この日は、木更津とその周辺を観光しようという計画のようだ。それにしても驚いたのは、木更津の町は風が強かった。

 最初に訪問した木更津のシンボル、【きみさらずタワー】に登ったのだが、約30mの高いタワーが、風に揺れているようで怖かった。私は、いつから高所恐怖症になったのかしら。

Dsc00564  さらに、木更津の名所を何か所か訪れたのだが、いずれも高所の階段を上る必要があった。右の写真は、【明治百年記念展望塔】というのだそうだが、海に面して風が強いのに加え、寒さに身も縮こまった。

 お昼ご飯は、木更津名物の穴子丼らしい。木更津の名物は穴子とのことだ。まあ、東京湾に面しているので、江戸前の穴子が食べられるのは当然だ。

Dsc00567  この穴子丼は【はかりめ丼】と地元で呼ばれていた。穴子の点々と等間隔に並ぶ測線の形状が、昔使っていた棒はかりに似ているからその名がつけられたという。このはかりめの旬は4月から7月だ。脂ののった穴子は、あっさりしていて美味しかった。

 ご飯を食べながら、小学校時代の話に花が咲いた。期せずして、この日参加した3人は小学6年間同じクラスで学んだ。担任の先生はKiyomeさんで、われわれは【きよめっこ】と呼んでいた。何より思い出すのが、「おめだ、おどなしぐ授業を聞いたら、次の時間は話しっこきがせてあげる」の一声に、それを楽しみに教室がシ~~ンとなったことだ。私が今でも思い出すのは『三銃士』の話だったが、Shigeruが何より覚えているのが『みみなしほう一』の話だという。私はその話の記憶はないな。

Dsc00568

Dsc00571  さて昼食を済ませて、次に行ったのが鋸山だ。頂上からは、東京湾が一望のもとに眺められた。天気が良いと富士山も見られるというが、残念ながらこの日は曇っていて見ることはできなかった。

 真下には、金谷に向けての東京湾フェリーが出発していた。35分ほどで到着するらしい。この海峡は東京湾でも一番狭く、約11㎞強だという。橋かトンネルで結ぶ計画もあるらしいが、さて、いつになることやら。

Dsc00573

 鋸山を降りて、次に向かったのがマザー牧場経由の神野寺だ。このお寺は、飼っていた虎二匹が逃げて大騒動を起こしたことで知られる。いつのことかと調べてみたら、昭和54年(1979年)だそうだ。拝観させていただいたが、なかなかの名刹だった。

Dsc00574_2  神社本殿裏にはさらに小さな神社があり、天狗や烏天狗にまつわる伝説があるのだそうだ。大きな下駄と天狗のお面が飾ってあった。

 さて、この日の宿泊地は昔の厚生年金会館で、いまは【大江戸温泉物語】という安宿に変わっていた。晩御飯を食べながら、さらに昔話に花が咲いた。

 そうだ、この近くにやはり同級生のMiyokoが住んでいるはずだ。友だちに彼女の電話番号を調べてもらい、久し振りに電話した。彼女も『みみなしほう一』の話は覚えていた。もう60年も前の話である。

 

| |

« №3040 飯山白山ハイキング | トップページ | №3042 潮干狩 »

国内旅行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« №3040 飯山白山ハイキング | トップページ | №3042 潮干狩 »