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2016年5月24日 (火)

№3073 三つの作文

 今日も俳句の話題である。【桟雲の会】の会報に、会員が順番に『俳人レポート』を書いている。今月は、私にその番が回ってきた。それまで、会員は誰を書いてきたのだろうか、調べてみた。鈴木眞砂女、細見綾子、片山由美子、種田山頭火(これは私の作文)、福田甲子雄、大原雪山、金子兜太、水原秋櫻子、高田正子、夏目漱石等多士済々である。

 さて今回は誰をレポートしようか、しばらく考えてみた。さらに、Yamahiko先生から与えられた作文の課題は、もう二つあった。ひとつは、俳句雑誌【桟雲】に定期で寄稿している【秦山の独り言】の6回目だ。また、新たな作文の要請があった。『エッセィ 私の8月』と題して、何でも八月に関することをエッセィにまとめるように、との要請だ。

 私は、このように毎日長文のブログ文章を書いているので、作文をすることの抵抗はほとんどない。問題は上手か下手かだが、Yamahiko先生に言わせると、「秦山さんの文章はけっして上手とは言えない」と辛らつだ。そういう指摘にもめげづ、毎日だらだらと長文を書いている。

 しばらく暇だったので、課題の三作文に挑戦した。いずれも800字内外で書くようにとのことだ。作文をするときの要諦は、テーマを見つけることだ。テーマが決まると、800字程度ならすらすら書ける。

Dsc00787  『俳人レポート』では【与謝蕪村】を、『秦山の独り言』では【不易流行】を、『私の8月』では【那須で暮らす日々のこと】を書くことに決めた。決めたらすぐに書けるというわけでもない。資料を調べたり読んだりした。特に、与謝蕪村のことはあまり知らない。すでにお知らせしたように、本を買って読んだ。

 【那須で暮らす日々】では、私が今まで作ってきた俳句の一覧表を作成してみた。自分が作った俳句は、すべてパソコン内に収められている。ただ、年ごと・月ごとに分類されているので、一覧で見ることはできない。

 ちょっと時間を要してが、2011年6月から始めた俳句を一覧表にしてみた。そして分かったのだが、トータルで469句の俳句を作っている。2011年に108句、2012年に69句、2013年に82句、2014年に73句、2015年に91句、2016年は46句である。

 この一覧表を眺めながら思ったのは、初期に作った俳句はまるで俳句じゃないなということだ。恥を忍んで、初めての俳句を紹介したい。2011年6月に作った句である。

繭の里山法師の白鮮やかに

梅干を漬けつつ浮かぶ孫の顔

梅雨寒や緑に煙る山の影

早朝に郭公の声啼き響く

鶯の啼く音に目覚め春深し

 ある目途がついたので、書き始めた。今日は3つの作文のうちで、『与謝蕪村と菜の花』を紹介したい。先生も言うように、けっして上手とはいえないが、恥はかき捨てである。

 菜の花や月は東に日は西に

 掲句は、誰もが知っている蕪村の代表句である。この句に詠まれている「月は東に日は西に」というフレーズは、大変印象的である。ただこの句には、中国の詩人陶淵明や李白の下敷があったということを知る人は少ないかもしれない。

陶淵明には、『白日西阿に淪み、素月東嶺より出ず。遙遙万里の輝き、蕩蕩たる空中の景』(雑詩)という詩がある。さらには、李白に『日は西に月は復東』(古風)という詩がある。また、当時『月は東に昴は西に、いとし殿御は真中に』(山家虫鳥歌)という俗謡あった。当時の俳人は漢詩の知識が豊富で、さらには世の中の動きに敏感だったことがわかる。

 それでは、なぜ菜の花だったのか。時代性の検証も必要である。菜の花は、本来桜や菊のように、人が見て楽しむための花ではなかった。種から油を搾り、燈油として利用された。季節的には、稲刈りの後の裏作として田んぼに栽培されていたようだ。その栽培面積たるや野一面が黄色に染まり、今では信じられないほどだったという。

従来は、菜の花は詩歌の対象としては詠まれていなかったらしい。蕪村のこの句が手始めで、盛んに菜の花が詠われるようになったという。蕪村にさらに《菜の花》をめぐる多くの句が詠まれている。

  菜の花や和泉河内へ小商い

  菜の花や壬生の隠家誰誰に

 蕪村の生きていた江戸中期、江戸で消費される九割の菜種油が、蕪村の住む畿内で生産され、樽詰めされ江戸に回送された。このような時代背景があり、この名句が生まれた。芭蕉亡き後、江戸時代の俳諧は、京を中心に蕪村で回っていたといっても過言ではない。

 さらに明治以降、子規・与謝野晶子をはじめ明治の俳人も蕪村を競って読んだらしい。昭和十一年、萩原朔太郎が『郷愁の詩人 与謝蕪村』を著し、爆発的に再評価されるきっかけになった。

 生涯三千句を発句した蕪村は、また俳画でも人気を博した。私も、徐々に俳句の歴史を勉強しようと思っている。

 

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