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2016年5月

2016年5月31日 (火)

№3080 二日目は名門【能登カントリークラブ】

Dsc00916  昨年は【朱鷺の台カントリークラブ】でゴルフをしたのだが、「来年はぜひ名門【能登カントリークラブ】でゴルフをしたいね」と話し合っていた。幸い、まっきぃが知り合いから優待券をいただいて、待望の【能登カントリークラブ】でゴルフができるようになった。

 ただ、この日は月例コンペが入っていたようで、ものすごく混んでいた。優待券をお願いしているので、無理はいえない。さて、名門とはどういうゴルフ場だろうか、プレー前から楽しみである。

 到着が早かったので、パター練習場とアプローチ練習場で入念にスウィングチェックをした。練習グリーンは、昨日のゴルフ場とは違い、ものすごく速かった。さらに、微妙なアンジュレーションがあり、練習ボールはほとんどホールに入らない。さて、どういうことになるのだろうか。

 能登カントリークラブは、日本海コースとはまなすコース、それに宝達コースの27ホールであった。われわれは、日本海コースからのスタートだった。今日は、私のゴルフを中心にお話ししたい。

 スタート・ロングホールでアプローチが決まりボギー、2番ミドル、3番ミドルホールでいずれもパー、4番ショートホールもパーと、4ホールまで1オーバーで来ていた。同伴者は真っ青な顔をして、「シンさん、いったいどうなったの」と心配していた。5番ホールはダボで、まあ、それでも許せる。

 6番ホールからめちゃくちゃになった。6~8番ホールはダブルパー、9番ショートでダボと、結局はいつものシンさんに逆戻りだ。このゴルフ場はスループレーが原則のようで、お昼休みなしで後半のハーフをスタートした。OUTの後半からスイングが乱れてどうなるか心配だったが、結果は乱れたままだった。ダボの連続で、その中にダブルパーも出た。

 ただ、最終529ヤードのロングホール、アプローチがピタッと寄り、パーを取ることができた。この日の私のゴルフは、最初の4ホールと最後の1ホールだけがみるべきものがあった。あとは全然ダメだ。何がいけなかったのか、終わってから真剣に考えてみた。どうも、加齢とともに集中力がなくなってきているのではないか。

Dsc00919  相変わらずパターもイップス病で、自信が持てない。特にロングパットがいけない。練習グリーンでは何でもないのだが、いざ本番になるとうまく当てることができない。

 今回のツアーで最年長のEimeiさんが、相変わらず良いゴルフをしていた。何より負けたのは、オリンピックゲームで彼は22個の丸を取った。ニアピン3個にノーズロ、金と量産だ。私が7個しか取れなかった。結局は4人の中で大敗だった。

Dsc00920  まっきぃも良いゴルフだったが、彼の問題はショートパットだ。この日も、50㎝のパットが、ホールにかすりもしないで外れていた。他のショット、ドライバーの切れが良かっただけに、もったいなかったね。

 普通、名門コースはプレーフィーも高い。ただ、優待券のおかげとスループレーで昼食を食べなかったせいか、驚くほど安かった。来年もここでプレーしたいね。さすが、ゴルフが終わったらお腹が空いた。近くの道の駅でおそばを食べた。

この日の成績

OUT54(15) IN57(22) TOTAL111(37)

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 Eimeiさんが今年初参加というので、ゴルフ終了後に、金沢市内をちょっと見物した。金沢城に併設されている【玉泉院】という回遊庭園を見て歩いた。さらに、金沢城の周辺を散策した。昨年も思ったのだが、このお城の石垣は一見の価値があるね。石積が本当に素晴らしい。

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Dsc00934  さらに、近くの尾山神社に参拝した。この神社の山門にステンドグラスが使われていて、極めて珍しいとのことだ。私は、この尾山神社は初めてだった。前田家ゆかりの神社とかで、境内には前田利家公の騎馬像があった。この神社の庭園も含めて、印象深かった。

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2016年5月30日 (月)

№3079 永平寺拝観

 今回の金沢旅行で、私が楽しみにしていたのが【永平寺拝観】である。以前から一度は訪ねたいと思っていたが、いままでその機会がなかった。そこで、この旅行を機会にまっきぃに拝観の希望を述べていた。

 永平寺は、【ジャパンセントラルゴルフ倶楽部】から車で40分ほどだった。こういう時は、車があると足の便がいいので助かる。さらに、カーナビがあると全国どこにでも行けてしまう。遠征して思うのは、本当に日本の道路事情が良くなったことだ。高速道はもちろん、一般道も走りやすくなった。あまりに金沢の道路がいいことで、「石川県は、モリヨシロウ道路ではないの」とまっきぃを冷かした。

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 さて、永平寺に着いて駐車場を探した。山門の前にあるお土産屋さんが、無料で停めてもいいといってくれたのは有難かった。Masaoちゃんは永平寺を何度も訪ねているので、お土産屋さんで待っているとのことだ。3人で永平寺に入館した。私は、この2月に高野山を訪ねているので、今年二度目の古刹訪問だ。
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 山門を入ったのだが、木造の建物の壮観さに驚かされた。冬は雪深いであろうのに、この瓦の建物は、雪の重さに耐えられるのあろうか。階段状になっている廊下は、ピカピカに掃除されていて、チリ一つ落ちていない。事情を知っているまっきぃは、「永平寺は、何といっても冬が良い」のだそうだ。

 拝観中、通りがかりの修行僧に聞いてみたら、「毎朝3時半に起きて、掃除も含めて、この寺を磨き上げている」のだそうだ。さらに聞いたら、寺には指導僧が20人に、修行僧が現在170名ほどいるのだそうだ。朝3時半から夜寝る10時半まで修行の連続だ、と言っていた。5時間の睡眠時間しか確保されていなくて、眠くないのだろうか。「正直言って、眠いです」と率直に答えてくれた。
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 この永平寺は、ご存知のように道元禅師が開創した寺だ。私はこのお寺を見て思い出したのだが、10年ほど前に中国・寧波という街を訪ねた。この街に凄いお寺があった。再度ネット検索してみたら、【天童寺】という名前だそうだ。800年ほど前に道元も修行した寺だ。修行僧が3000人もいるという大寺だったが、永平寺とそっくりだったことを思い出す。

Img_0813  拝観後、永平寺を紹介するビデオを見たのだが、北陸は宗教の信仰深い地だと分かった。そういえば、一向一揆もこの地が中心だった。信仰に育まれた永平寺で、この地の宗教心について考えられさせられた。

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2016年5月29日 (日)

№3078 ジャパンセントラルゴルフ倶楽部

Dsc00905_2  金沢ゴルフ旅行の第一日目は、福井県あわら市にある【ジャパンセントラルゴルフ倶楽部】でプレーすることになった。「金沢に来て、なんで福井までゴルフに行くんだい」とEimeiさんの質問だ。理由を説明したが、この質問がたびたび出た。皆が「あれ、ボケたんじゃないの」と悪口を言っていた。

 実は私のリクウェストで、金沢訪問を機会に、永平寺を拝観したいとお願いしていた。まっきぃはそれを配慮して、永平寺の近くのゴルフ場を予約してくれたのだ。Eimeiさんに何度もその説明をしたはずなのだが、彼は理解していなかったようだ。

 金沢から車で一時間ほどのゴルフ場だ。朝6時半に家を出発した。途中、SAで朝食を摂り、ゴルフ場には7時30分頃に到着した。さて、この日と明日、どういうゴルフになるだろうか。

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 出発前に4人で写真を撮った。皆さん、晴れがましい顔をしている。それが、スタートホールから大荒れだった。ルールは、オリンピックにニアピン、バーディ賞・イーグル賞まであるが、最近とんとバーディなど取っていない。

 それが、スタートホール408ヤードで、私が5mくらいのパットを沈め、金メダルを獲得した。そしたら、銀メダルのまっきぃ、銅メダルのEimeiさん、鉄メダルのMasaoちゃんと4人すべてがメダルに絡んだ。こんなことってめったにないね。

 久し振りにEimeiさんと一緒に回ったが、これが絶好調だ。パー・パー・ボギーと頭一つリードだ。彼は他の3人の先輩だが、ドライバーは一番飛ぶし、ショットも安定している。脇から見ていても、とっても良いゴルフなのだ。これはいけない。

Dsc00912Dsc00910  まっきぃもMasaoちゃんも毎月の定例メンバーなので、様子は熟知している。金沢に来ても、同じようはゴルフをしているよね。

 私のゴルフもいつもと同じようなのだ。まっきぃが期せずして言っていたが、「シンさんのドライバー・ショットはいいが、パットが全然ダメだね」本当に言う通りだった。やはり、イップスが治っていないのだね。3パット、4パットに空振りとダメの連続だ。

Dsc00911  それでも4人で握って、それぞれ1打差の勝負だった。私が一番負けたが、メダルでは一番だった。特に、4つのショートホールでは2つのニアピンを取り、もう一つは10㎝をはずした。まっきぃがまたも言っていたが、「ショットはいいがパットが全然ダメだね」。まさにその通りの一日だった。

 この日のコースは距離はあったが、メンテナンスが行き届いていなくて、あまりいいコースとはいえなかったかもしれない。さて、明日の名門コースでは汚名を挽回したい。

この日の成績

OUT52(22) IN51(22) TOTAL103(44)

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2016年5月28日 (土)

№3077 金沢旅行に出発

 前から何度か記事にしているが、4泊5日の金沢旅行に出発する。旅の同行者は、まっきぃとMasaoちゃん、それにEImeiさんの4人だ。

 この企画は、昨年始まった。金沢新幹線開業を機会に、金沢でゴルフをしようという話からだ。幸い、わがまっきぃの実家が金沢にあり、今は誰も棲んでいない空き家だという。そこを拠点に、ゴルフ兼旅行という企画だ。

 昨年は、Ikedaさんという方がこの旅行に加わったが、今年はEimeiさんが同行することになった。Eimeiさんは、私の運転に若干の不安を感じているらしく、「私が運転して行こうか」と申し出てくれた。そんな心配ご無用。私は、もう何十年も車の事故は起こしていない。さらに、警察のご厄介になったことも10年くらいはない。まあ、安全運転とはいかないが…。

 私の車プリウスは、極めて燃費効率がいい。ガソリンを満タンにすると、900kmほど走る。優に金沢までは到達する。行きも帰りも高速道なので、運転の負担はほとんどないし、そもそも、那須往復で私は長距離運転に慣れている。さらに、任意保険は運転者限定なので、ほかの人が事故を起こしても保険が下りない恐れがある。

 さらに、メリットがあるのは、車で行くと安い。新幹線だと、金沢まで一人片道14000円ほどかかる。それが車だと、高速代込でも15000円ほどだ。もう一つ有り難いのが、現地で自由が確保できることだ。ゴルフ場までは結構遠い。タクシーを使ったら5000~6000円もかかるだろう。車で行くと、その負担もない。

 今回の旅行は、ゴルフだけではなく観光もしようという計画のようだ。永平寺への参観や能登半島旅行、富山県の氷見訪問なども含まれている。計画は、すべてまっきぃに一任している。

 さて、どういう珍道中になるのだろうか。一抹の不安は、毎日ブログアップができるかどうかだ。そういえば、昨年の【金沢旅行】の記事を読んでみると、同じ不安が書かれていた。昨年の出発日は、今年と同じ5月27日だった。まあ、できるだけアップしたいと思うので、応援よろしく。

 そして最新情報だが、最寄りの駅を午後1時に出発し、金沢に着いたのは、私の予告通り午後5時半だった。カーナビでは450㎞余りあった。たしか、昨年到着したのは午後7時20分頃だったから、2時間近く速く着いた。それだけ、夕食の時間もたっぷり取れた。

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2016年5月27日 (金)

№3076 ハイビスカスの大輪

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Dsc00902  このブログでも何度か記事にしているが、わが家のウッドデッキにはハイビスカスの大輪が、今を盛りに咲いている。朝起きてこれを見た女房が、「みてみて、何ときれいなハイビスカスでしょう」と言っていた。

 何度も申し上げて恐縮なのだが、このハイビスカスは、那須のスーパーで一昨年280円で買ってきた鉢だ。何度も土を変えては植え替え、立派な木に育っている。ハイビスカスの花の色も橙で、とっても鮮やかだね。

Dsc00903  よく見ると、この木にはたくさんの蕾がついている。ざっと数えてみたら、50個ほどもあっただろうか。いずれ、3月下旬に咲いた花は、11月下旬くらいまでは咲き続ける。8ヶ月以上も咲き続けているので、いつもわが家の庭は賑やかである。

 さて、庭を話題にしたので、檸檬はどうなっているのだろうか。女房が「花が落ちて、ほとんど檸檬の実は見つからない。今年は5~6個しか収穫できないかしら」と嘆いていた。

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Dsc00847  よく見ると、そんなことはない。赤ちゃんの檸檬の実がついている。小さすぎて確認はできないが、少なくとも20~30個は実をつけているのではないか。まあ、ただこれから夏にかけてどんどん落ちていくのだが。

 さて、今年はいくつの収穫が見込めるのだろうか。いずれ、収穫は12月か1月だ。

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2016年5月26日 (木)

№3075 江の島で磯の観察会

 この日の東京シニア自然大学の講座は、江の島で【磯の観察会】を行った。講師は、これも頼もしい仲間くにちゃんである。彼は、自然のことは何んでもよく知っているが、海のことは滅法詳しい。この日江の島を選んだ理由は、この日は大潮で潮の干満の差が大きいとのことでだ。

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 私が江の島に来たのは、それこそ若い時で、何十年ぶりだったのだろうか。しかも、その頃は車だったので、電車で来たのは初めてのことだ。自宅からは、藤沢駅経由で2時間ほどだった。

 私はずいぶん早く着いたと思ったら、もう大半の参加者がすでに到着していた。年を取ると皆さん早いよね、と思わず苦笑した。この日の参加者は15名だったが、いつもは到着が早い級長が、まだ到着しない。電話がかかってきて、電車を乗り間違えたらしい。

Dsc00860  駅前での朝礼の後、くにちゃんが地図を取り出し、さっそくこの日の行程を説明してくれた。この日の大潮で、海の潮が一番引く時間は、午後12時45分頃だという。その時間を目指して、ゆっくり海岸に出ようとのことだ。

 世話人が、『江の島を歩いてみよう』と『海のフィールド ビンゴ』の2種類の資料を用意してくれた。特に『海のフィールド ビンゴ』は25種類の生物が載っていて、この日は、この生物をできるだけたくさん見つけようという試みだった。

 

Dsc00897Dsc00900  片瀬江ノ島駅から江の島までは、歩いて10分ほどだ。面白かったのは、島に渡る橋の干満の差だ。一番潮が引いている時間は砂の上を歩いて渡れる島が、満潮になると深さが1メートル30センチにもなるという。干満の差がこんなにも大きいのに、まず驚いた。

Dsc00882  さて、海に出た。空には大きなトビが悠々と舞っていた。このトビが獰猛で危険だという。空から食べ物をかっさらっていくらしい。それに比べて、イソヒヨドリはかわいいものだ。高い鳴き声でわれわれを楽しませてくれた。

 崖の高いところに留まっているのだが、私のデジカメで手ぶれなしで撮れる限界だ。ところが、仲間が持っているデジカメでは、大きくはっきりと撮れていた。私も、もっといいデジカメがほしくなった。何しろ、毎日こうやってブログ用の写真を撮っているのだからね。

Dsc00888  さて、潮だまりの観察だ。準備のいい仲間がいて、半ズボンに海用の靴を履いて、さっそく海に入り生物探しをしていた。そして、カジカかハゼのような魚を網ですくいあげていた。

 潮だまりには、カニや様々な貝が生息している。この日の世話人くにちゃんが図鑑を取り出し、名前を確認してくれた。「ただ、自然観察で大事なのは名前を知ることではなく、生態がどうなっているのかを観察することだ」と強調していた。

Dsc00872Dsc00874Dsc00875Dsc00890Dsc00892Dsc00893  潮だまりで見つけた生物の一例だ。左上からヒザラガイ、ヨロイイソギインチャク、ウミウシ、カメノテ、バフンウニ、ウメボシイソギンチャクだ。カメノテは、貝ではなく節足動物とのことだ。

 このほとんどの仲間が、6月には利尻・礼文の旅で一緒だ。この旅行では、死ぬほどウニを食べてこようねと誓い合った。

Dsc00886  カニの死骸も見つかった。くにちゃんは、そのカニの雄雌の見分け方も教えてくれた。カニの後ろを見るとわかるのだそうだ。

 この日は、渡された資料『海のフィールド ビンゴ』25種類のうち19種類を探し出すことができた。

 しばらく海岸の潮だまりにいたのだが、お腹すいたね。時間を見ると、もう午後1時に近かった。そろそろ引き上げようよ。

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 江の島の入り口には、たくさんのレストランがあった。やはり、ここに来たら生シラス丼だね。もちろん、反省会を兼ねていたので、お酒もたっぷり飲んだ。良い観察会だった。

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2016年5月25日 (水)

№3074 「知らないうちにパソコンが立ち上がったの」

 私は自宅にいても、玄関チャイムでドアを開けるということはない。大概がセールスだからである。ところが、この日はしつこくチャイムが鳴った。どうも女房が出かけてしまったらしい。ドアを開けてみると、隣の奥さんだった。「知らないうちにパソコンのスウィッチが点いたの、どうしたらいいのでしょうか」というものだ。

 まあ、そんな難しい話じゃないので、見てあげましょう。隣家の御主人は、3年ほど前にお亡くなりになり、今は奥さんの一人暮らしだ。私は近所付き合いが良いほうじゃないので、いつも挨拶程度で終わっていた。

 それが、パソコンがひとりでに立ち上がったので、よほどビックリしたのであろう。そのパソコンを見てみた。亡くなった御主人が使っていたもののようで、今は誰も手を付けていないのだそうだ。奥さんもパソコンはやらないとのことだ。

 パソコンのOSは、windowsMeで2000年のミレニアムに発売されたもので、相当古いものだ。シャットダウンするのはわけはないが、ほとんど使っていないとのことで、マウスの電池が切れていた。さて、マウスなしでシャットダウンするにはどうしたらいいのだろうか。表示では、Escを押すかF1でシャットダウンできるとある。

 Escを押すと一度はシャットダウンできたが、再度立ち上がったしまう。F1ボタンでも同じ現象だ。だましだましマウスを使って、何とかシャットダウンに成功した。まあ、一件落着である。

 なぜ立ち上がったのでしょうかと聞かれたが、たぶん誤ってパソコンのスウィッチを入れたんでしょうね、と答えておいた。普段パソコンを使っていないようなら、電源コードを抜いておいたらいかがでしょうか、とも話した。

 そうだよね、パソコンをいじったことがない人が、突然パソコンが立ち上がったらパニックになってしまうよね。同情した。恐縮してしまったが、お礼にとビールの差し入れがあった。まさか、隣の主人がブログでこんなことを書いているなんて、パソコンをやらない人には知る由もないことだ。

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2016年5月24日 (火)

№3073 三つの作文

 今日も俳句の話題である。【桟雲の会】の会報に、会員が順番に『俳人レポート』を書いている。今月は、私にその番が回ってきた。それまで、会員は誰を書いてきたのだろうか、調べてみた。鈴木眞砂女、細見綾子、片山由美子、種田山頭火(これは私の作文)、福田甲子雄、大原雪山、金子兜太、水原秋櫻子、高田正子、夏目漱石等多士済々である。

 さて今回は誰をレポートしようか、しばらく考えてみた。さらに、Yamahiko先生から与えられた作文の課題は、もう二つあった。ひとつは、俳句雑誌【桟雲】に定期で寄稿している【秦山の独り言】の6回目だ。また、新たな作文の要請があった。『エッセィ 私の8月』と題して、何でも八月に関することをエッセィにまとめるように、との要請だ。

 私は、このように毎日長文のブログ文章を書いているので、作文をすることの抵抗はほとんどない。問題は上手か下手かだが、Yamahiko先生に言わせると、「秦山さんの文章はけっして上手とは言えない」と辛らつだ。そういう指摘にもめげづ、毎日だらだらと長文を書いている。

 しばらく暇だったので、課題の三作文に挑戦した。いずれも800字内外で書くようにとのことだ。作文をするときの要諦は、テーマを見つけることだ。テーマが決まると、800字程度ならすらすら書ける。

Dsc00787  『俳人レポート』では【与謝蕪村】を、『秦山の独り言』では【不易流行】を、『私の8月』では【那須で暮らす日々のこと】を書くことに決めた。決めたらすぐに書けるというわけでもない。資料を調べたり読んだりした。特に、与謝蕪村のことはあまり知らない。すでにお知らせしたように、本を買って読んだ。

 【那須で暮らす日々】では、私が今まで作ってきた俳句の一覧表を作成してみた。自分が作った俳句は、すべてパソコン内に収められている。ただ、年ごと・月ごとに分類されているので、一覧で見ることはできない。

 ちょっと時間を要してが、2011年6月から始めた俳句を一覧表にしてみた。そして分かったのだが、トータルで469句の俳句を作っている。2011年に108句、2012年に69句、2013年に82句、2014年に73句、2015年に91句、2016年は46句である。

 この一覧表を眺めながら思ったのは、初期に作った俳句はまるで俳句じゃないなということだ。恥を忍んで、初めての俳句を紹介したい。2011年6月に作った句である。

繭の里山法師の白鮮やかに

梅干を漬けつつ浮かぶ孫の顔

梅雨寒や緑に煙る山の影

早朝に郭公の声啼き響く

鶯の啼く音に目覚め春深し

 ある目途がついたので、書き始めた。今日は3つの作文のうちで、『与謝蕪村と菜の花』を紹介したい。先生も言うように、けっして上手とはいえないが、恥はかき捨てである。

 菜の花や月は東に日は西に

 掲句は、誰もが知っている蕪村の代表句である。この句に詠まれている「月は東に日は西に」というフレーズは、大変印象的である。ただこの句には、中国の詩人陶淵明や李白の下敷があったということを知る人は少ないかもしれない。

陶淵明には、『白日西阿に淪み、素月東嶺より出ず。遙遙万里の輝き、蕩蕩たる空中の景』(雑詩)という詩がある。さらには、李白に『日は西に月は復東』(古風)という詩がある。また、当時『月は東に昴は西に、いとし殿御は真中に』(山家虫鳥歌)という俗謡あった。当時の俳人は漢詩の知識が豊富で、さらには世の中の動きに敏感だったことがわかる。

 それでは、なぜ菜の花だったのか。時代性の検証も必要である。菜の花は、本来桜や菊のように、人が見て楽しむための花ではなかった。種から油を搾り、燈油として利用された。季節的には、稲刈りの後の裏作として田んぼに栽培されていたようだ。その栽培面積たるや野一面が黄色に染まり、今では信じられないほどだったという。

従来は、菜の花は詩歌の対象としては詠まれていなかったらしい。蕪村のこの句が手始めで、盛んに菜の花が詠われるようになったという。蕪村にさらに《菜の花》をめぐる多くの句が詠まれている。

  菜の花や和泉河内へ小商い

  菜の花や壬生の隠家誰誰に

 蕪村の生きていた江戸中期、江戸で消費される九割の菜種油が、蕪村の住む畿内で生産され、樽詰めされ江戸に回送された。このような時代背景があり、この名句が生まれた。芭蕉亡き後、江戸時代の俳諧は、京を中心に蕪村で回っていたといっても過言ではない。

 さらに明治以降、子規・与謝野晶子をはじめ明治の俳人も蕪村を競って読んだらしい。昭和十一年、萩原朔太郎が『郷愁の詩人 与謝蕪村』を著し、爆発的に再評価されるきっかけになった。

 生涯三千句を発句した蕪村は、また俳画でも人気を博した。私も、徐々に俳句の歴史を勉強しようと思っている。

 

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2016年5月23日 (月)

№3072 田植えが最盛期

Dsc00842_2  自宅から埼玉県民活動総合センターに行く【いなほ街道】の脇に、広大な田んぼが広がっている。畦道には、たくさんの車が停まっているので、なんだろうと覗いてみたら、田植えの最盛期だった。何軒もの農家が、家族総出で田植え作業をやっているようだ。

 私も思わず車を停めて、その作業に見入った。それにしても、田植え機はよくできた機械だ。後ろに苗床を乗せて、一本一本植えていく。細い苗だが、その一本を引き出す技はすごい。

Dsc00840_2  さらに、新しい機種なのだろうか、苗を植えると同時に肥料も撒く機能を持っていた。しかも、肥料を前と後ろの二か所の入れ物に入れ、苗を植えると同時に前と後ろから散布しているようだ。

 よく見ると、前と後ろでは違う肥料のようだった。聞いてみたら、「一方は肥やしで、一方は化学肥料だ」と言っていた。よくできているね。しばらく、その田植え機の動きを見ていたが、結構スピードを上げて植え付けている。そうだね、一反歩を植え付けるのにものの30分ほどだったろうか。

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Dsc00843  私はいつも思うのだが、この田植え機は相当高価なものだろうね。しかも、田植えにしか使えない。年間の使用時間は、ものの一週間ぐらいだろう。それなら共同で買ったらどうかと思うのだが。

 ただ、田植えの時期は、どこの農家もほぼ同じだ。どこが先で、どこが後に植えるか問題になるかな。私もわずか畑をやっていてわかるのだが、植え付けの最適な時期がある。お互いに共同で持ち合うなんて無理なものかしらね。

Dsc00829  田植え機で植え付けても、必ず隙間が出るし、植え漏らしも多いようだ。この農家の息子か孫たちだろうか、苗をもって一生懸命捕植している姿が微笑ましかった。

 ある奥さんに話を聞いてみた。「そうよ、田植え機は大変高価なのよね。ウチでは新しい機械は買わないで、農業機械は中古に頼っているのよ。それでも、買って10年もするとダメになってしまうので、農業は割に合わない」と嘆いていた。

 その方は2反歩ほどの田んぼを持っているようだが、年間25俵ほどの取れ高だそうだ。自宅で食べて、友だちに分けてあげると、それでおしまいと言っていた。

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 のどかな風景のなかにも、厳しい現実が陰にはあるんだね。のどかといえば、田植えの終わった田んぼに白鷺が飛び、カエルかドジョウだろうか、啄んでいた。一年で一番良い季節である。

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2016年5月22日 (日)

№3071 5月の句会

 昨日の記事の続きである。吟行の後、定例の句会が同じ《寧》の別宅で行われた。私は気まぐれなもので、自分の作った俳句が高得点の時はこの記事を書き、評価が低いときには俳句記事は書いていない。この2~3か月、私の作った句は低調だった。この日は、珍しく私の作った句が多く取り上げられた。

Dsc00822  《寧》の別宅の会議室は、狭くて暗く、この日の参加者11名には窮屈だった。いつもは、埼玉県民活動総合センターの会議室で行われているのだが、「たまにはこういう場所もいいよね」と先生の弁である。

 うれしいことに、この日は2人の新規参加者が来ていた。いずれも女性である。俳句の会というと、女性の参加者が多いのが相場である。ところがこの【桟雲の会】は男性会員が多い。それだけに、女性参加者は大歓迎だ。新加入者で、この会は12名の会員になった。これぐらいが、句会を開くのにはちょうどいい。

 それでは、私の俳句を中心に、どんな評価だったのかを紹介したい。私は自宅から5句持参し、この日の吟行で4句作句した。5月15日の№3062号で【5月に詠う】という記事を書いている(赤字をクリックすると、その記事が読める)。今月は、例月に比べて少し自信を持って句会に臨んだ。その評価である。

奥甲子(かし)や出湯の庭に花李    秦山

 先生の評価はこうである。「若干、観光俳句的である。手を入れるとしたら、

(添削)奥甲子や湯宿の庭の花李

かな」とのことだ。さらに、同日作った俳句も評価の対象になった。

葱坊主大内宿の暮れなづみ      秦山

 「暮れなづみは、季語の【暮れかぬる】に通底したところがあり、季語が重なっている感が免れない。直すとしたら、以下のようになるかな」と訂正句が示された。

(添削)葱坊主大内宿の暮色かな

牡丹寺平家落人古刹かな       秦山

 も評価の対象になった。会員からは高得点を博した。ただ先生の評価は厳しく、「まあせいぜい60点の点数だね。【平家落人】がこの句を平凡にしている。まあ、それでも以前に比べたら、格段に腕をあげていることは認める」と話していた。

 この日、私の句で最高点をとった句があった。皆さんが共通のテーマ【野豌豆】で作ってきた兼題である。なんと4人の方が評価してくれたのが以下の句だ。

山の辺の破(や)れ寺藪に野豌豆   秦山

 この句にも先生の評価は厳しく、「みんなは騙されている。第一、【山の辺】は漠然としていて、評価できない。もっとはっきり詠うべきだ。さらに、野豌豆は藪に咲いているので、ことさら【藪に野豌豆】と言わなくてもいい。せいぜい訂正して以下の句かな」と示されたのが、以下の句だ。

(添削)山道の尽きて破れ寺野豌豆

 この日の吟行で作った句も、評価の対象になった。

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薫風や祠に祀る狐像      秦山

 この句も及第点を取れた。しかし、だれにも評価点はいただけなかった。ただ、先生の評価は「この句は直すところがない」と、かろうじての及第点である。

 まあ、それでも私のような初心者としては、評価の対象になった句が多かったのはうれしい限りである。参加者の中で、残念ながら一句も取り上げられない方もいたのだからね。

 

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2016年5月21日 (土)

№3070 カフェ《寧》で吟行

 例年秋に行われる【桟雲の会】の吟行だが、今年は時期を早めようということで、5月に行われることになった。会場は、世話人のTsukushiさんが探してきてくれて、伊奈町の《寧》に決まった。

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 《寧》は、私も経営者のご夫婦をよく知っていて、このカフェのギャラリーで女房の作品展を何度か開かせていただいているなじみの店だ。なぜこの場所で吟行をと疑問に思う方もいるかもしれないが、このカフェは敷地が約1000坪もあり、庭には様々な植物がみられる。

 ちなみに、【吟行】とは何かを辞書で引いてみると、「作句・作歌などのため、同好者が野外や名所旧跡に出かけていくこと」(広辞苑)とあった。今回は名所旧跡ではないが、野外で植物を鑑賞し、その情景を俳句に詠おうという試みだ。

 午後1時からの句会であったが、午前11時にはほとんどの方が集合し、草花を観察しがら頭をひねっていた。植物に詳しいYamahiko先生を囲み、それぞれの植物の名前を確認しあった。ここでその植物のいくつかを紹介してみたい。

Dsc00819  葉の上に二本の細い花を咲かせているのは【二人静】だという。季語は春であるが、今は初夏の詩を詠うのが良いが、季節としてはかろうじて合格だ。この花とは別に【一人静】という植物もあるが、まるで別物だという。

 さらに、名前のわからない花があったので、わざわざこのカフェの方を呼んで、名前を確かめあったりした。

 どこにでも咲いているのが【姫女苑】だ。これも俳句の対象になるが、ハルジオンとの違いがはっきりしない。誰も正確な説明はできなかった。

Dsc00815  カフェの裏に沿って大きく盛り上がっている蔓性の花がある。あれは何だろうか。結構強い芳香があった。「ジャスミンだよ」という人もいたが、世話人のTsukushiさんが、「私の家にも咲いているが【定家葛】だよ」と話してくれた。

 『歳時記』で調べてみたら、【定家葛】は秋の季語とあった。「今これだけ満開に咲いているのだから、この花をいま詠んでも間違いではない」とYamahiko先生の解説が付いた。

Dsc00816  さらに、【鴨足草(ゆきのした)】、【蛇苺】、【燕子花(かきつばた)】、【空木の花】、【柿の花】等、この庭で俳材はいくらでも探し当てることができた。

 さて、みなさんこの草花を見て、どのような俳句を作るのだろうか、楽しみである。このカフェでお昼ご飯を食べて、裏手にある本宅で午後は句会をやることになった。

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 句会の模様は、明日の記事で報告したい。

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2016年5月20日 (金)

№3069 復調してきたゴルフ

 昨年から今年の春にかけて散々だったわがゴルフだが、徐々に復調の兆しが見えてきたのはうれしい限りである。

 この日も、いつもの定例ゴルフ会がわがメンバーコース【オリムピック・カントリークラブ レイクつぶらだコース】で行われた。メンバーは、これもいつもの4人である。復調してきたとはいっても、ゴルフクラブを握るのは、先月の定例ゴルフ会以来である。まったく練習はしていない。

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 この日はいい天気で、ほとんど風もない絶好のコンデションだった。スタート前に、たまには4人で写真を撮ろう。スタート前の晴れがましい顔である。さて、この日の結果はどうなったのか。ルール変更があり、4人でチャラで握ろうということになった。Masazoさんが若干遅れ気味だったが、最近では実力もほぼ同じになっているからだ。

 それにしても、練習しないにもかかわらず、私のドライバーは絶好調だ。一時は、あまりにも飛ばないので落ち込んでいたが、飛距離も徐々に回復しつつある。この日は、最高で230ヤードも飛び、同行者を羨ましがらせた。

Dsc00811  ライバルまっきぃも、飛距離では私に負けていない。非力な彼がこれだけ飛ばすのも、練習のたまものであろう。それに、ゴルフをやる回数は私の3~4倍である。ただ、彼には大きな問題があった。どんなにドライバーが飛んでも、2打目3打目がだふってしまうのだ。ああもったいない。その都度「アーッ」と大声を出すので、失敗したことがわかる。

 彼にはそれ以外にも問題を抱えていた。ショートパットが決まらないのだ。この日も1m内外のパットを何度失敗したことか。彼が言うには、「アプローチの失敗も問題だが、パットの失敗のダメージが大きい」とのことだ。

Dsc00810  Masazoさんのゴルフが良くなってきたね。もともと体の大きな彼は、普通に打っても飛距離が稼げる。彼のドライバーが飛んだときは、私の比ではない。

 問題は、時々大きなミスを重ねることだ。これがなくなると良いスコアで上がれるんだけどね。どういうわけかわからないが、彼はことごとくロングホールで失敗している。この日もロングホール4個のうち3ホールで大叩きをした。あれだけの飛距離があるのに、ああもったいない。

Dsc00809  Masaoちゃんはゴルフをやるような体調じゃないにもかかわらず、回数だけは多い。神経に異常をきたし、左手が痺れて痛く、握力もほとんどないという。ゴルフは右手一本でやっているようだ。ドライバーの飛距離も150ヤードくらいか。それでもそこそこのスコアで上がれるのは、まあ、それだけの技術があるということか。

 あれだけの豪打の持ち主だったが、今では見る影もないね。それでもゴルフが好きなようで、誘われたら断らないらしい。今は4人の中で最悪のスコアだけど、これはやむを得ないね。

 さて、4人の握りの結末だけど、最終ホールまでもつれた。18番ロングホールに来た時、私はまっきぃに1打負け、Masazoさんに1打勝ちだった。どう転ぶかわからない。実は、私はこのホールを得意としている。私のドライバーは、この日最高の230ヤードほど飛んだ。これを見ていたまっきぃは力が入ったのか、右に大きく曲げて1ペナだった。例の【アーッ】という声が出た。シメシメ。

 黄杭から3打目をドライバーで放ったが、いい当たりだ。私の2打目はこれもいい当たりで、グリーン60ヤードくらいに迫っていた。まっきぃはこれを見てまた力が入ったのだろう、右に大きく曲げて池ポチャだ。これで私の勝ちが決まった。

 ただ、いけないのは、残り60ヤードを52度ウェッジで打って、後ろの池に入れてしまったことだ。クラブの選択ミスだ。この日も、私のクラブの選択ミスが何度かあった。9番ホールで9番アイアンで打てばよかったものを、8番アイアンで調整して打った。これが最悪のバンカーに入り、大叩きをしてしまったのだ。

 うれしいこともあった。イップスで打てなかったパターが、このところ打てるようになったことだ。まだ頭叩きが2~3度あったが、以前に比べてだいぶ良くなった。結果として、久し振りにまっきぃにも勝てたし、握りは3勝した。グリーンでのオリンピックゲームでも私が一番だった。これだから、ゴルフはやめられないね。ただ、100の壁は切れていない。

 さて、来週はこのメンバーとEimeiさんで、昨年も行われた金沢遠征ゴルフが待っている。

この日の成績

OUT47(19) IN54(17) TOTAL101(36)

 

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2016年5月19日 (木)

№3068 小網代の森散策

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 久し振りの【東京シニア自然大学NEXT】の自主講座が、京浜急行三崎口駅から歩いて20分ほどのところにある【小網代の森】で行われた。今年になって、東京シニア自然大学の講座は月に2度ほど開催されているが、仲間から「開催のないほかの日は、暇を持て余している」と悲鳴が上がっている。

  従来、毎週水曜日には何らかの講座があったが、今年は飛び飛びになっている。それだけに、講座開催日を皆さん首を長くして待っている。ある仲間が言っていたが、「昨晩は夜中3時半に目が覚め、それから眠れなかった」そうだ。大なり小なり、皆同じ気持ちなのだろう。私も4時半には、目が覚めた。

Dsc00789  京浜急行三崎口駅に、朝10時15分集合だった。この日の参加者は24名と、今までNEXT講座を開催して最大の参加人数だった。この講座の参加者は律儀で、集合時間に遅れる人はいない。

 駅前の朝礼で、世話人からこの日の行動予定の報告があった。とりあえずは、小網代の森に出発しよう。前日は雨だったが、この日は朝から絶好のハイキングコンデションだ。普段から、参加者の行いが良いせいだよね、と参加者一同納得した。

Dsc00791  さて、小網代の森に到着して、案内役を買って出たのは、今年初参加のMaayaさんだ。彼女は、2年ほど前からこの森を守るボランティア団体に所属しているのだそうだ。

 最初に、「小網代の森とは何か」、地図をバックに説明してくれた。この森は70haほどあり、以前は農家が田んぼを作っていたのだそうだ。離農が始まり、ほとんどが藪と笹だらけの荒れた地になっていたそうだ。大学の先生を中心に、この地を再生しようと運動を始めた。

 京急電鉄がこの地にゴルフ場を作ろうとの計画もあったようだが、すでにゴルフブームは去っていた。この森の地主は京急電鉄だが、今ではNPO団体に無料で開放しているのだそうだ。なるほどそういう経緯だったのか。

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 小網代の森には、700種の植物が生育しているとのことだ。もう一方の世話人Arakawaさんが、詳細な植物リストを用意してくれた。さて、森の分け入ってみよう。森の真ん中には川が流れ、川沿いには多くのシダ植物が繁茂していた。【アスカイデ】と【リョウメンシダ】が大半を占めていた。

Dsc00798  この日のガイドのキャーッという声が時々伝わってくる。一体、何事が起きたのだろうか。どうやら、毛虫を見つけるたびの奇声だった。よく見ると、あちこちに毛虫の大群だ。これだけ毛虫が多いということは、蝶が多いということだろうか。そしたら、「この毛虫は毛が多いから、蛾ではないの」という珍説を吐く人がいた。本当かね。

 この日は、われらが昆虫学者のやまちゃんが不参加だったので、正確なことは誰にも分からない。看板を読むと、キアゲハ、アオスジアゲハ、ジャコウアゲハなどが見られるという。

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Dsc00797_2  もう一つ、この森にすむ珍しい動物として、アカテガニというカニが棲んでいるようだ。あちこちに、このアカテガニの巣らしい穴が見つかった。

 アカテガニは、陸地を好む不思議なカニで、満月の夜など産卵に海に出る姿が観察できるという。産卵した卵は、ボラなどの魚の格好の餌で、産卵日には魚の大群を観察するのも楽しいらしい。

 また、自然再生したおかげで、5月の末ころには蛍が乱舞する姿も観察できる、と話していた。種には源氏ボタルのようだが、平家ボタルも見ることができるらしい。

Dsc00803  この森を抜けると、小網代湾の海に出る。この干潟ではチゴガニのダンスが見られた。あまり小さいので写真はぼやけていたが、【カニダンス】の看板が出ていた。

 こういう比較的小さな森でも、再生ボランティアがいないと、すぐに藪だらけになってしまう。大変だろうが、Maaya頑張ってよね。ただし、あまり毛虫でキャーキャー言うと見苦しいよ。

 天気も良し、自然にどっぷりひたれて、なかなか素敵な小ハイキングだった。

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 恒例の反省会は、隣の駅の三浦海岸駅前の飲み屋で行われた。この反省会にも参加者13名と、近来にない多さだった。もちろん、マグロとカツオ、タコの刺身は注文した。いずれもおいしかったね。おかげで、ずいぶんお酒も進んだ。

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2016年5月18日 (水)

№3067 那須から帰ると、また忙しい

 結局、那須には3泊4日の滞在で帰ってきた。記事にはしていないが、那須で一番時間を使ったのは本を読むことにである。夜9時に布団に入り、夜中12時過ぎまで本を読んでいた。眠くなると電気を消し、目が覚めたらまた読み始めた。おかげで、目標の読書はできた。今回は、図書館から借りた10冊はすべて読み終えた。

 問題は次である。火曜日は図書館が休みなので、月曜日中に次の本10冊を借りる必要がある。急いで埼玉に帰り、図書館に行った。おかげで、次の読む本10冊も手に入れてきた。

 今週は、今日水曜日の東京シニア自然大学NEXTの自主講座、木曜日のゴルフ、金曜日の俳句吟行等があり忙しい。

 特に、金曜日の吟行の日には【桟雲の会会報】を用意しなければならない。今回新たに2名が加わるとのこと、会報13部の印刷が必要だ。火曜日をその時間に充てることにした。幸い、火曜日は朝から雨で外は出歩けない。

 自宅に帰ったら、【東雄句会】の選句表が届いていた。まず最初にしたのが、この選句表から7句を選び、投句することだった。もしかしたら、遅くなって事務局長に迷惑をかけたかな。

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 さらに、今月は当番の『俳人レポート』を書く必要がある。私の考えたテーマは与謝蕪村である。この関連の資料も至急読む必要があった。本屋に行く時間がなかったので、Amazonで取り寄せた。新書『蕪村』は版元品切れだったが、Amazonで1円で買えた。那須から帰ってきたら、届いていた。

 会報も、そのまま印刷すればいいというものではない。必ず、会報には【編集後記】を書いている。まあ、これは思いつくままにさっと書いてしまう。Yamahiko先生から、「エッセイ 私の8月」という題で、800字の原稿を書くようにとの要請があった。前の号の記事は、この準備として【那須滞在の芭蕉】を取材したものだ。

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2016年5月17日 (火)

№3066 那須に芭蕉の足跡を追う

 書き物をしようと、那須で「芭蕉の足跡」を追った。ご存知のように、元禄2年(1689)の春江戸を立った芭蕉は【奥の細道】行脚をした。その際、那須にも立ち寄ったようで、那須には石碑や記録がある。

 【奥の細道】の那須の項を採録してみると、「是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、短冊得させよと乞。やさしき事を望侍るものかなと。

野を横に馬牽むけよとほとゝぎす

 殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず。蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す」という文を残している。

Photo

 那須塩原市のホームページを見ると、この俳句の碑文が那須塩原市のどこかにあるらしい。

Dsc00770  ただ、今回訪れた那須温泉には、別の俳句が残されていた。それによると、「松尾芭蕉(46歳)が河合曾良を伴い「奥の細道」の途中、元禄2年(1689年)6月4日高久の里より湯元へ向かい、湯元の五左衛門方に2泊ほどしましたが、この地が宿泊地跡です。

湯を結ぶ誓いも同じ石清水  芭蕉

とあった。

Dsc00772  さらに、すぐ近くに【史跡 殺生石】がある。この看板に、「おくのほそ道風景地」という看板が脇にあった。これは、平成26年国の名勝として指定されたものらしい。

Dsc00776  奥に進むと【殺生石】がある。この付近は、今でも硫化ガスの臭いがする。ガスが濃いときには、人の命をも奪うという。

 【奥の細道】にも書かれているが、当時からこのガスは蜂や蝶を殺すほど濃かったものらしい。いつも観光客であふれている場所でもある。このすぐ下には名湯【鹿の湯】がある。

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 この殺生石の地のすぐ脇に、やはり芭蕉の句碑がある。

石の香や夏草赤く露あつし

 という句である。【奥の細道】には「野を横に馬牽むけよほとゝぎす」という句があるのに、湯元にある句と、この殺生石にある句はどこから引いてきたのだろうか。疑問に思い、那須塩原市の生涯学習課に問い合わせてみた。

 丁寧な返事があり、「『湯を結ぶ~』の句と『石の香や~』の句は、【奥の細道】には書かれていないが、『曾良の随行日記』に芭蕉の句として紹介されている」という。因みに、『曾良の随行日記』のその項をネットから検索してみた。以下のような原文だった。

一九日 快晴。予、鉢ニ出ル。朝飯後、図書家来角左衛門ヲ黒羽ヘ戻ス。午ノ上尅、温泉ヘ参詣。神主越中出合、宝物ヲ拝。与一扇ノ的躬()残ノカブラ壱本・征矢十本・蟇目ノカブラ壱本・檜扇子壱本、金ノ絵也。正一位ノ宣旨・縁起等拝ム。夫ヨリ殺生石ヲ見ル。宿五左衛門案内。以上湯数六ヶ所。上ハ出ル事不定、次ハ冷、ソノ次ハ温冷兼、御橋ノ下也。ソノ次ハ不出。ソノ次温湯アツシ。ソノ次、湯也ノ由、所ノ云也。温泉大明神ノ相殿ニ八幡宮ヲ移シ奉テ、両神一方ニ拝レサセ玉フヲ、
 湯をむすぶ誓も同じ石清水  翁
     殺生石
 石の香や夏草赤く露あつし
正一位ノ神位被加ノ事、貞享四年黒羽ノ館主信濃守増栄被寄進之由。祭礼九月廿九日。」

 なかなか勉強になった。これをもとに文章が書けるかな。

 

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2016年5月16日 (月)

№3065 八幡のつつじ園

 例年、5月15~20日に満開になる【八幡のつつじ園】を見物に行こう。幸い、この日は雲一つなく、しかも風もなくぽかぽか陽気だ。途中、コンビニでお弁当と飲み物を買った。

 【つつじ園】は車で15分ほどのところにある。もちろん、入場は無料だ。この日は日曜日だったせいか、駐車場は車で一杯だった。かろうじて空きスペースを見つけて駐車した。つつじ園は、ここから坂道を降りて10分ほどだ。

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 坂道の途中に咲いているのが【ムラサキヤシオ】だろうか。つつじ園のつつじが咲く前の早咲きつつじだ。このつつじが満開ということは、つつじ園はちょっと早いかな。

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Dsc00739  このつつじ園にあるヤマツツジは、何万本あるんだろうか。この地は、昔は馬や牛の放牧場だったらしい。今は牧場をやめたが、根に毒があり食べられなかったつつじだけが、この地に残ったという。

 満開に咲いているつつじもあったが、まだちょっと早い。三分咲きといったところか。多分、来週の週末ぐらいが満開になるかな。

 このつつじ園に咲くつつじの種類は、ヤマつつじ、さらさどうだんつつじ、れんげつつじ、シロヤシオなどだろうか。中心はやまつつじだ。

 それにしてもつつじだけではなく、那須に永住していない私がいろいろな花の満開に立ち会うことはめったにない。

Dsc00744  まあ、それでも陽気も良いし、木道をぶらぶら花見がてらに歩いた。それにしても、歩いているのは私の様な老人ばかりだ。めったに若い人には出会わない。

 カメラを首に下げて歩い人も多いね。

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Dsc00761  この【つつじ園】で私の好きな場所がある。茶臼岳がきれいに見える展望台だ。茶臼をはじめ、那須連山がきれいに望める。しばらく、ここで眺望を楽しんだ。さらに、私が好きな木造デッキに移動した。

 袋からサンドウィッチ、おにぎり、飲み物を取り出し、昼食だ。気持ちが良いね。食べ終わって、このデッキでしばらく昼寝だ。日差しの強さに汗ばむほどだった。

 次の日曜日は、満開のつつじが見物できる。那須に興味のある方や見事なつつじを見たい方は、見物に来たらいかがだろうか。

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2016年5月15日 (日)

No.3064 畑に行こう

  那須に来たなら、何はさておき畑に行こう。畑仕事を終えてまだ10日ほどなのだが、さて前回の果実はどうなっているだろうか。

Dsc00727  心配なのは玉ネギだ。昨年の秋に植えた苗だが、ぐんぐん伸びている。ただ、まだ球を結ぶに至っていない。埼玉でみると、すでに球が大きくなっているようだ。初めての挑戦なので、果たして玉ネギは成長するのだろうか。

 畑に出る前に、ガイドブックを読んだ。それによると、4月には球が大きくなり、5~6月には収穫ができると書いてあった。那須の隣の畑を見ても、玉ネギがまだ球を結んでいない。やはり、那須は遅いのだろうか。畑の持ち主に聞いたら、「この付近は、玉ネギの収穫は秋ですよ」と言っていた。

Dsc00725  今回の畑仕事の主要な目的は、先日植えたスナックエンドウの棚作りだ。那須に来る前に、いつもの農家のスーパーで棚用のU字柵3本を買ってきた。ペットボトルで寒さ避けにしていた苗から、先端がはみ出していた。これ以上ペットボトルに入れておくのは無理だ。

 8個ある苗のペットボトルをすべて外した。少し成長の遅い苗もあるが、しようがない、棚作りをしよう。棚作りは、トマトで慣れている。

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 U字柵を立て、先日支柱用に伐っておいた竹を互いに紐で結び付けた。その上から網をかけた。この網も以前買っておいたものを活用した。エンドウの苗がこの網に絡みついて成長してくれるといいのだが。

Dsc00724  それと、先日植えた枝豆だが、小さな芽が出てきている。数えてみると10か所あった。一か所に3粒の種を植撒いたので、すべて芽が出たことになる。

 枝豆の種は、一袋にわずか30粒しか入っていなかった。もう少し大きな種を買ってきたらよかったと反省した。

 過去、枝豆も植えたはいいが、うまい収穫時期には出会っていない。早かったり遅かったりで、那須滞在とタイミングが合わないいのだ。さて、今年はどうか。

Dsc00728  ジャガイモは順調に育っていた。3種類植えたのだが、順調に育っているのは【男爵】だけだ。【こがね丸】はまずまずだが、【メークイン】は植えたときも心配していたが、芽が出たのは半分のみだった。

 芽が出ていない場所を掘り返してみたら、種芋が腐っていた。まあ、主要の男爵が成長しているので満足しよう。

Dsc00722  袋をかぶせているトマトも、まだまだ成長は遅いが、腐り萎びることもなく順調のようだ。いずれ屋根をかけて、トマトを雨から守る必要がある。これは次回訪問の6月で十分だろう。

 畑の野菜が順調に育っているのを見ると、ホッとする。本当に、畑仕事は精神的にも良いね。

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2016年5月14日 (土)

№3063 週末は那須で過ごそう

 那須にやってきている。週末は、特段の予定が入っていなかった。女房が那須に行くというので、私も一緒に行こうと心積もりしていた。ところが、女房は予定が出来て、行けないという。そこで、私一人で行くことにした。10日ぶりの那須である。

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 連休が過ぎて、人っ子一人いない那須は静かだ。連休に来た時の那須は、緑が萌え出したばかりで、黄緑色の葉がまぶしかった。ところが今回やってきてみると、緑がずいぶん濃くなっている。

Dsc00720_2  連休中は寒かった那須も、爽やかな風が吹きわたっていた。もうストーブもコタツもいらない。何よりの楽しみは、緑に包まれた静かな那須で、柔らかな風に吹かれての朝食だ。

 さっと朝食を作り、ウッドデッキに出て食べる。パンを焼き、生野菜を切り、卵をボイルし、コーヒーを入れる。これで朝食は充分だ。デザートは、イチゴだ。

 朝食を摂っていると、小鳥の叫び声が姦しい。ウッドデッキの上の小鳥の巣には、まだ雀が抱卵しているようだ。先日掃除したミズナラの上の巣には、小鳥は入っていない。

Dsc00721  そういえば、埼玉にいたときにばったりお会いした向かいのOhnoのお父さんは、那須にやってきているようだ。今では、彼の主な住まいは那須で、用事があるときのみ埼玉に帰っているようだ。

 埼玉で声をかけたら、「小屋の周りが草ぼうぼうで、草刈りにやってきた」と言っていた。終わったらすぐに那須に帰るのだそうだ。

 那須に住み慣れてみると、本当に居心地が良いのだ。私も暇な時には、那須に来たいと思う。何より良いのが、埼玉と那須の距離が気にならない近さだ。

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2016年5月13日 (金)

№3062 5月に詠う

 毎月10日は、わが【東雄句会】の投句締め切り日である。私は締め切りを前に、急いで課題の俳句を作句する。思い浮かべるのは、「この月に何があったかな」ということだ。連休は、那須に一週間ほど滞在した。それを題材に俳句を作ってみよう。以下の四句はそういう経緯で作った。

奥甲子(かし)の出湯の庭に花李

 この句は、甲子温泉の大黒屋を思い浮かべて作った。100段もある長い階段を降りて、深い温泉に浸かってきた。温度も熱くなく、冷たくなく、ちょうど良い湯加減だった。

 温泉から上がって、ロビーでお茶を飲んでいたら、庭に見慣れない黄紫の花が咲いていた。宿の方にあの花は何か聞いたら、「ハタンキョウです」と言われた。あれ、ハタンキョウって何だろうか。早速スマホで調べてみたら、スモモのことを巴旦杏というらしい。

 このやり取りに面白みを感じ、巴旦杏で俳句を作ろうかと考えた。自宅に帰り『歳時記』で調べてみたら、【巴旦杏】は夏の季語とあった。ただ、春の季語で【花李】という言い方もあるのを知った。推敲しながら作ったのが上記の句である。

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葱坊主大内宿の暮れなづみ

 これも那須滞在中の出来事で、一日大内宿に遊んだ。ブログ記事にも書いているが、平日にも関わらず結構賑わっていた。大内宿では、葱そばというものを食べた。葱を箸代わりと薬味にして食べるそばだ。

 そのそば用にするのだろうか、葱が街道沿いにたくさん植えてあった。ちょうど大きな葱坊主が成長していた。自宅に帰り『歳時記』を読んでいたら、【葱坊主】は春の季語である。ウ~~ム、これを題材に一句作ろう。

 大内宿を訪ねたのは午前中だったが、「俳句的創作」というのだろうか、大内宿と夕方がぴったりマッチする。辞書を調べてみたら、【暮れなずむ】は「日が暮れそうで、なかなか暮れない春の空」とあった。

 それにしても、今まで【暮れなずむ】などという言葉は使ったことがなかった。

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会津西街道出店に並ぶ蕨あり

 大内宿の帰りに寄ったのが【塔の岪(へつり)】という名所だ。ここに来る前に、道の駅に立ち寄った。蕨を売っていたのだが、触ってみたら固そうなので買うのをやめた。そしたら、道端で蕨を売っているおじさんがいた。この蕨は新鮮かと聞いたら、「朝採りだよ」と言われて二把買い求めた。

 【あるるのいえ】に帰り、さっそく蕨叩きを作り、夕食に食べた。春の香りがしておいしかった。これを題材に一句作句した。「会津西街道」は9字で字余りのようだが、これで一つの言葉になっている場合はOKとのことだ。ただ、評者に評価されるかどうかは別だ。

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牡丹寺平家落人古刹とか

 塩原の【妙雲寺】に牡丹見物に出かけた。牡丹の時期には若干早かったが、それでもちらほら咲いている牡丹を見ることができた。このお寺の来歴を読むと、「平家のお姫様がこの地に落ちてきて、開いたお寺」だそうだ。ということは、800年も前に開創された寺だ。

 寺の上には墓地があり、その一つ一つに牡丹が植えられていた。【牡丹】は、晩春から初夏にかけての季語だ。この情景を思い浮かべながら作ったのが上の句だ。

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 さらに、ほかに一句を作り事務局あてに送った。さて、今月の評価はどうなるのだろうか、楽しみである。

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2016年5月12日 (木)

№3061 映画【追憶の森 The Sea of Trees】

 先日テレビを見ていたら、渡辺謙の映画が来るという。必ず観てやろうと思っていた。この日は予定がなかったので、映画館に行った。朝一番だったせいか、観客は10数人だった。

Dsc00717  どういう映画か知らないままに『追憶の森』を見た。そして知ったのだが、この映画はアメリカ映画だった。しかも、青木ヶ原樹海で自殺しようと、わざわざアメリカからやってきた男性の話だった。暗い映画だったね。

 本当かどうか知らないが、主人公はインターネット検索で「The Best Place to Die」と検索したら、富士山の麓の青木ヶ原樹海が出たようだ。片道航空券を買って、青木ヶ原にやってきた。そこで出会ったのが、死にたくないと言いながら彷徨っている渡辺謙だ。

 ところが樹海深くに入り込み、抜け出すことができなかった。二人で一生懸命に道を探す途中に、この主人公がなぜ自殺しようと思い詰めたのか、回想のように出てきた。

 アーサーというアメリカ人は大学の研究者のようで、収入が少ないのをいつも女房になじられていた。アーサーの浮気もばれて、夫婦げんかが絶えなかった。ところが、ある日女房の鼻血が発覚した。調べてみたら、脳に腫瘍が見つかった。

 幸い良性の腫瘍で、手術で腫瘍は取れた。そして、リハビリのための病院に転院するために、救急車で移動していた。アーサーは、救急車の真後ろを自分の車で追っかけていた。そして、目の前で救急車とダンプカーが衝突するのを目撃した。女房は即死だった。

 あんなに喧嘩していたのに、死なれてみると自分の先行きは真っ暗だった。女房と約束したのは、決して病院では死なないということだ。それで、彼は死に場所を求めていたのだ。

 青木ヶ原樹海に入ってみると、あちこちに自殺体がごろごろしていた。本当に、今でも青木ヶ原は自殺の名所なのだろうか。死のうとしていて、出会ったのが渡辺謙だ。彼は自宅に女房も子どももいて、生きたいと脱出口を求めていた。アーサーもいったん自殺をあきらめ、一緒に出口探しをしていた。

 あるテントの中で、自殺体を見つけた。そこには携帯電話が転がっていた。半分腐りかけていた死体の携帯電話の電源がまだ生きているとは、ちょっと不自然な感じはした。ようやく救護所に繋がりアーサーは救出されたが、渡辺謙の死体は見つからなかった。

 この映画はミステリー映画だというが、そのことだったのか。まあ、傑作映画とはいえなかったかもしれないね。

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2016年5月11日 (水)

№3060 男の料理教室5月定例会

 毎月、おいしいものの食べ歩きと調理を交互に行っている【男の料理教室】だが、今月は調理の月だ。さて、今月当番の世話人さんは、どういう美味しいレシピを用意してくれているだろうか。

Dsc00707  最初に朝礼のあと、世話人からこの日の調理についての説明がある。この日は第3班、Shimizuさんが丁寧に説明してくれた。彼女は現役時代は学校の先生だったようで、説明の仕方も分かり易い。

 大向こうから「ヨッ、先生」と声がかかったが、「私が先生をやっていたのは大昔よ」と謙遜していた。

 この日作るのは、①鯵の磯辺揚げ、②ほうれん草と大和芋団子のスープ、③ワカメと春キャベツのゴマからし酢醤油和えの3種類だそうだ。難しいような調理も、レシピがあれば十分に作れる。

Dsc00711  それにしても、【男の料理教室】クラブは結成して6年目になる。だが、クラブ員はほとんど減っていない。特に、女性の会員が熱心なのはありがたい。もともと女性がいなければ、このクラブは成り立たない。わが班のNiijimaさんなどいつも嘆いているのだが、「うちの旦那もこのクラブの男性のように動けると助かるのだが」と常々言っている。

 男女が共同して作る料理に、クラブ員が満足しているのが、長く続く秘訣なのだろうね。

Dsc00712  この日のレシピの【大和芋】の皮むきは、私が担当した。自宅でも、とろろ芋の皮むきはいつも私がやっている。女房が芋に触ると、かゆみが抜けなくなると言い、私が呼ばれるのが常だ。

 この日用意されたのは、大和芋ではなく長芋だった。長芋で作ったら、汁に団子が固まらない。わが班の様子を見ていた他の班は、芋に小麦粉と片栗粉を混ぜた。うまい具合に固まったようだ。まあ、わが班はとろろ汁だ。

Dsc00713  この教室では揚げもの料理はほとんどしないのだが、大量の食用油が持ち込まれた。これも、この日の先生のShimizuさんが「自宅にあったのを持ってきたものよ」とのことだ。

 おかげで、たっぷり油料理ができた。私も油料理は苦手なのだが、この日やってみると、そう難しいこともなかったね。油温度を180度とレシピに書いてあるが、どうやって計るのだろうか。その疑問を出すと、Kobayashi女史が「シンさん、油の中に手を入れてみたら」と言っていた。どうやら、今のガスレンジは、温度設定ができるようになっているとのことだ。

Dsc00714  わがブログ仲間さんちゃんも熱心に揚げ物をやっている。彼は、私のように無駄口をたたかずに、ひたすら料理作りに精進している。

 いつものことだが、他の班が調理に精を出しているころには、わが班はすべて出来上がった。「料理は45分以内にやるもの」という人がいたが、わが班は30分でやってしまう。料理は、スピードも勝負だ。ご飯もうまく炊けたし、さて食べようよ。

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 それにしても、この日作った料理の量が多く、 この席では食べきれなかった。鯵の磯辺揚げは、それぞれが自宅にお土産として持ち帰った。自宅でお裾分けにあずかった女房も、「これは美味しい」と太鼓判を押してくれた。

 差し入れがハーゲンダッツのアイスクリームだ。これも、この日の世話人Shimizu先生が差し入れてくれたものだ。

 本当にありがとう

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2016年5月10日 (火)

№3059 NAOKO先生、SOS

 

 パソコンに不具合があると、SOSを出すのがNAOKO先生だ。パソコンというのは、時々、素人にはわからないエラーを出すものである。近くにアドヴァイザーがいるのは、本当に助かる。

Googledrive

 今回も、シャットダウンしたパソコンを再度立ち上げると、図のような表示が出た。どうも、一か月前ほどからこの画面が出ている。その都度✖で消していたのだが、あまりにもうるさい。

 そこでアドヴァイスを求めたのがNAOKO先生だ。本当にありがたいのだが、先生にメールを送るとすぐに返事をくれる。先生からのアドヴァイスは「GoogleDriveのアプリ デスクトップアプリなどをいったん削除して、再インストールしてください。」という方法だ。

 まあ、Googledriveなど使うことがないので、アンインストールしておこう。ところがwindows10になって、なかなかコントロールパネルのありかがわからない。ネット検索をしてようやく開けた。そして、Googledriveをアンインストールしておいた。

Photo

 さらに、もう一つ問題が起きていた。デジカメを起動すると、図のような表示が出る。【Runtime Error!】という表示だ。この表示が出ると、デジカメ画像をパソコンに取り込むことができない。ただ、モバイルパソコンには、こういう表示は出ないのだ。

Microsoft  【Microsoft Visual C++ Runtime Library】というものが邪魔をしているのではないだろうか。先生の先ほどのアドヴァイスで、コントロールパネルを覗いてみた。そしたら、7つほどのソフトが見つかった。一体どれを消したらいいのだろうか、先生にアドヴァイスを求めた。

 「単純にWindows10に対応していないのでは?確認はしましたか?

Microsoft Visual Cは消さないでください。消してはいけません。

消して解決するものではありませんので気を付けてください。

Program:」の次に、エラーの原因になっているらしい実行ファイルが表示されていますね。

つまりこのエラーはSONYのファイルということになります。」

 危ない、危ない、生兵法は大怪我の基だ。つまり、私のデジカメはSonyのもので、Sonyのデジカメを立ち上げるソフト【Play Memories Home】がwindows10に対応していなかったのだ。古いソフトをアンインストールして、ネットで検索したwindows10対応のソフトをインストールした。これで、問題は解決したかな。

 それにしても、コントロールパネルは不便ですねと先生に言ったら、「コントロールパネルは、スタートメニューに登録をしておくか、タイルでスタートメニューに表示しておけばいいですね。これはwindows10の講座の時に講義をしました。自分好みにメニューを表に出しておく必要があります。」と返事が来た。

Photo_2  早速、コントロールパネルのショートカットをデスクトップ上に表示することにした。

 本当にありがたいアドヴァイスであった。

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2016年5月 9日 (月)

№3058 Google Map

 [Google Map]って知っているだろうか。実は、4月上旬、友だちがスマホでGoogle Mapをいじっていた。私はその手法を知らなかったので、試みにわが家の住所を検索してみるように依頼した。そしたら、くっきりわが家が画像に載っているのだ。

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 再度自宅で、そのGoogle Mapをいじってみた。車庫に停まっている車まですっきり写っている。しかも、丁寧なことに車のナンバーは消されている。この写真をいつ撮ったのかも検索できる。わが家の写真は2015年7月に撮ったらしい。

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 また、別の検索をしてみたら、車のなかった時の写真も撮られている。そういえば、屋根の上にカメラを積んで走っている車を見たことがある。あれで写真を撮っていたのだろうか。ただ、それだけではない。上空から撮った写真も検索できるから、飛行機でも撮ったのだろうか。

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 試みに、秋田の実家を検索してみた。あれ、空き家なはずなのに車庫が開いている。どうやら、この写真は、まだ姉が住んでいた2012年9月に撮った写真のようだ。ということは、全国にあらゆる場所がこの手法で検索できるのだろう。それどころか、全世界がこれで検索できるからすごいものだ。

 さらに、友だちの家を郵便番号検索してみた。なるほど、こういう家に住んでいるのだとわかった。こういう形で、プライバシーが裸にされていくと思うと、なんだか怖いような気がする。

 それにしても不思議に思うのは、全国をつぶさに撮った写真は、いったい何の役に立つのだろうか。ものすごく費用と労力がかかったのだろうに、よくわからない。金は、一体どこから出ているのだろうか。

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2016年5月 8日 (日)

№3057 4月に読んだ本

 毎月の月初めには、先月読んだ本の報告をし、2~3冊の感想を述べている。

 3月末から4月にかけて、ハワイを旅してきた。旅行鞄に忍ばせたのは、池井戸潤の文庫本だ。その旅行で読み残した本を、月初は集中して読んだ。ただ、池井戸の文庫はまだ2冊残っている。頁数を稼ぐのには格好の本だ。

 私の好きな作家は両手に余るほどいるのだが、その作家の本もあらかた読み終わってしまった。少しずつ作家の数を稼ごうと、今まで読んだことのない作家に手を染め始めている。今月読んだのは、久坂部羊・中原清一郎・見延典子・椰月美智子・橘玲等の作家だった。

 私の好きな作家はほとんど期待を裏切らないが、初めて読む作家は良い作品もあれば期待外れの作品もあり、選択が難しい。このところ、目標はコンスタントにクリアしている。4月に読んだ本は、13冊・5457頁であった。

 具体的に何を読んだか列記し、2~3の本の感想を述べたい。

池井戸潤『最終退行』 小学館文庫 2007年5月刊

池井戸潤『不祥事』 講談社文庫 2011年11月刊

池井戸潤『ようこそ、わが家へ』 小学館文庫 2013年7月刊

安部龍太郎『義貞の旗』 集英社 2015年10月刊

久坂部羊『神の手(上)(下)』 NHK出版 2010年5月刊

中原清一郎『カノン』 河出書房新社 2014年3月刊

馳星周『復活祭』 文芸春秋 2014年9月刊

見延典子『敗れざる幕末』 徳間書店 2012年4月刊

半藤一利『真珠湾の日』 文芸春秋 2001年7月刊

椰月美智子『恋愛小説』 講談社 2010年11月刊

宮本昌孝『尼首二十万石』 講談社 1997年8月刊

橘玲『タックスヘイブン』 幻冬舎 2014年4月刊

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 見延典子の本を読むのは初めてだ。なぜこの本を手に取ったかというと、タイトルの【幕末】にひかれてだ。見延とはどういう作家なのか、一切の事前情報はなかった。ところが読んで非常に面白かった。この作家は、頼山陽に関心を持っているようだ。

 小説の主人公石川渕蔵は、頼山陽の晩年の弟子だ。頼山陽は『日本外史』の著者として有名だが、石川は頼山陽の晩年作『日本政記』の仕上げを手伝った。この本を完成しないまま、頼山陽は亡くなった。ここまでがこの小説の前段で、この後が面白かった。

 石川渕蔵は『日本政記』を携えて、故郷の福山から江戸に出た。水戸派との交流の中で、福山藩の藩主で時の老中阿部正弘と出会うことになった。石川は阿部に重く用いられた。時は幕末、アメリカのペリーの江戸湾侵入等で、日本は大揺れだった。尊王攘夷か開国か、国の世論は二分していた。

 この小説でよくわかったのは、若き英邁阿部正弘がいかにこの時代を乗り切ろうかと、深く苦悩したという。30代の半ばで亡くなった阿部正弘の後を継いだのが、彦根藩主の井伊直弼だ。彼の強引な政策【安政の大獄】でで、若い開明派を死に追いやった。そして井伊は、結局は【桜田門外の変】で暗殺されたのだが。

 今までほとんど注目していなかった阿部正弘の偉さが浮き彫りになった小説だった。非常に面白かった。見延典子に『頼山陽』という小説がある。後先逆になるが、これも読んでみよう。

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 久坂部羊の小説も初めてだ。久坂部羊は、私よりも10歳ほど若い作家だ。とはいっても、すでに還暦は過ぎたようだ。大阪大学医学部を出て医者をやっていたが、作家に転じた。医者といえば、九州大学医学部を卒業した私の大好きな作家帚木蓬生がいる。概して、医学の周囲を題材にした小説が好きだ。

 この小説の主題は【安楽死】についてだった。久坂部羊は現役の医者であり、しかも老人医療や終末期患者の専門家として数々の修羅場に立ち会ってきた人のようだ。こういう人でなければ描けないような、非常に臨場感に満ちた作品だった。

 主人公の古林章太郎は、白川という21歳の末期癌患者の担当になった。白川は、あらゆる緩和ケアの薬が効かない痛みに耐えかねて、「殺してくれ」と依頼していた。母はテレビのコメンテーターで、忙しくてほとんど息子の見舞いにも来ない。叔母もその痛みを見かねて、古林に安楽死を依頼した。当時、安楽死は殺人罪となっていた。

 密室で、叔母の立会いの下に安楽死を決意した。その死が後々の大問題になり、古林を本人の意向とは別に時の人としていった。一方で、国会では【安楽死法案】をめぐって、賛否両論の論争があった。それに、日本医学会の解体をめぐってのドロドロもあり、小説は意外な方向に展開していく。

 感想としては、あまり余分な話に展開せずに、安楽死に特化したほうがすっきりした小説になったのではないかと思う。それでも面白かった。

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 ハワイの真珠湾を見物してきたので、 おのずと本書を手に取った。半藤一利は、私の信頼する作家の一人だ。 彼は、文芸春秋の編集長をやり、奥さんは夏目漱石の孫という異色の作家だ。主に、日本の近代史を題材に小説を書いている。私の関心ともぴったり合う。

 昨年夏に見た映画『日本のいちばん長い日』の原作者でもある。非常に感動した。『真珠湾の日』は、いわば『日本のいちばん長い日』と対をなす作品である。

 日米開戦にまつわる本は、これまでたくさん読んできた。ただ、真珠湾に特化した本は今まで読んでこなかった。真珠湾攻撃では、日本がアメリカに宣戦布告する前に攻撃が始まった。アメリカは「卑怯な仕打ち」と、国をあげて反撃する要因になった。

 ところが、アメリカは日本の秘密電報をすべて解読し、この攻撃はあらかじめ知っていたという。この攻撃でアメリカ国民の怒りを待っていた、という見方もある。当時の軍部は、あらためて、無謀なことをしたものだと思う。

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2016年5月 7日 (土)

№3056 檸檬の花が咲いた

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Dsc00701  那須から帰ってきたら、庭中に甘酸っぱい匂いがしていた。檸檬の花が咲いていたのだ。それも数え切れないほどたくさんのの花だ。例年にないほど、花のつき具合が良いように思う。

 本当は、この花から檸檬の実が成長するといいのだが、この花が6月にかけてどんどん落花していく。さらに受粉するには蜂の力が必要なのだが、蜂の姿を見かけない。例年は、この匂いに誘われて、蜂や蝶が寄ってくるはずなのだが…。

Dsc00684  檸檬の花は、よく見ると、とてもかわいい。花は5弁である。色はピンクで、鼻を近づけてみると強烈な芳香がする。

 一昨年は40~50個の実をつけたのだが、結局、昨年は一個も収穫ができなかった。全部落花してしまったのだ。さて、今年はどうなるのだろうか、しばらくこの檸檬を注視したい。

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Dsc00703  この檸檬の木の脇にあるのがブルーベリーだ。女房が「ブルーベリーも花が咲いているよ」と言っていた。よく見ると、白く小さな花が咲いている。ブルーベリーは咲き始めのようで、これからどんどん花が咲き、実をつけるのだろう。

 檸檬も楽しみだが、このブルーベリーの成長も楽しみだね。実をつける木は、このほかにも甘柿がある。昨年女房の要請で、Ohnoさんが柿の木をバッサリ切ってしまった。この2~3年は収穫を見込めないかもしれない。

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 端午の節句は終わったが、庭には菖蒲の花が満開だ。

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2016年5月 6日 (金)

№3055 那須から帰る

 4月29日から一週間滞在した那須から、自宅に帰ってきた。実は、出かけるときはできるだけ長く滞在しようと考えていたのだが、同行した義兄のFumioさんの入れ歯の具合が悪くなり、掛かりつけの歯医者に見てもらうというので、帰ってきた。

 わが夫婦もそうだったが、姉夫婦もこんなに長く那須に滞在したのは初めてではなかったのかな。そういえば、那須の【あるるのいえ】は2007年4月末に手に入れた山荘なので、今年で丸9年になる。来年は10周年なので、盛大にやろうと話し合った。

 Fumioさんの滞在には大いに助かった。彼は【修理の達人】だ。こまごまとした具合の悪いところを探しては、次々と直してくれた。電気のスウィッチの変更から点きの悪い蛍光灯、家の周囲の整備、物置の整頓、物干し台の点検、小鳥の巣の掃除まで、滞在中にいつもは気が付かない細かなところまで直してくれた。わが古家でもある山荘は、おかげですっきりした。

 それにしても、滞在中の那須は寒かった。石油ストーブと電気こたつは欠かせなかった。さらに、滞在中は4回も温泉に行った。姉は大喜びだった。

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Dsc00681  窓の外に目を向ければ、日に日に緑が濃くなるのを実感できた。女房など、その景色を見るたびに「まあ、きれい」を連発していた。今は花が咲いているわけではないが、その緑の変化が、何よりのご馳走だった。

 私の今回の目的は、畑の春の植え付けと草取りであった。トマト、茄子、スナックエンドウ、カボチャ、枝豆の種植をした。さらに、ジャガイモの畝に土をかけて整備をした。畑は、今できることをすべてやった。次回は6月上旬の訪問だ。その時には、トマトの屋根かけが必要だろう。

Dsc00682  寒かった那須も、最終日にはようやくウッドデッキで食事ができる暖かさに戻った。ウッドデッキで緑を眺めながら食事を摂るのは、この山荘の何よりの楽しみの一つでもある。そして、通りがかりの人と挨拶を交わす。

 掃除を終えて、朝の10時に那須を離れた。連休の最後だったが、一般道はそんなにも混んでいなかった。いつものように【道の駅しもつけ】で昼食を摂り、お土産を買って帰ってきた。

 私の予定では、もう2~3日那須に滞在する予定だったが、まあ満足した別荘ライフだった。横浜の姉夫婦には、また夏の盛りに那須に来るように、招待しておいた。

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2016年5月 5日 (木)

№3054 那須にもブログの輪が

 概して、連休中とか休みの日は、わがブログのアクセス数が減る傾向にある。ところが、この5月の連休は、一日のアクセス数が100を切っていない。平日と休みに関係なく、わがブログを読みに来てくれている人が増えたんだろうと想像している。

 今朝もこういうことがあった。朝起きてウッドデッキで伸びをしていたら、見知らぬ人が声をかけてきた。「いつもブログを楽しみにしています」というのだ。一体誰だろうか、聞いてみたら近くに住んでいるという。私は、ありがとうと声をかけておいた。こういう方がいるのでアクセス数が減っていかないのだと、感謝している。

Dsc00683  わが【あるるのいえ】のそばにも、私のブログの読者がいる。ときどきコメントを入れてくれるのぶちゃんだ。彼女もこの連休は、那須の別荘ライフを満喫しているようだ。

 緑の屋根の家は、Ohnoさんの隣だ。冬はくっきり見える家も、緑が濃くなるに従って濃い葉の中に隠れてしまう。

 そののぶちゅんから、「自宅で焼いたの」とほっかほっかのパンの差し入れがあった。賞味したらおいしかった。これもブログの輪だね。

 日に日に、那須は緑が黄緑から濃い緑に変化している。春から初夏になっていくのを実感する。

Dsc00675  ミズナラの木に小鳥の巣をかけている。以前はシジュウガラが出入りしているのを目撃したが、最近は巣に入ったのを見たことがない。巣が汚れていて、新しい小鳥が入ってこないのだ。

 巣をおろして、きれいに洗った。巣の中には、苔のようなものがびっしり詰まっていた。その苔を掻き出して、水洗いをした。そして、再度木の上に据えた。さて、再度巣がけをしてくれるだろうか。

Dsc00677  わが家には、もう一つの巣がかけてある。ウッドデッキの上にだ。この巣もきれいに掃除しようと、梯子をかけてはずそうとした。そしたら、巣の中から慌てて小鳥が飛び出して行った。よく見ると雀だ。どうやら、雀が卵を抱いていたようなのだ。今までいろいろな小鳥の巣がけを見てきたが、雀が巣に入って抱卵したのは初めてだ。

 この巣を取り外すのはやめた。しばらく様子見だね。

 そういえば、3~4日前にOhnoのお父さんを招き、一晩一緒に会食をした。彼が言っていたのだが、「わが家には小鳥の巣が8個ほどかけてある」のだそうだ。私の巣はキットを買ってきて組み立てたのだが、Ohnoのお父さんは手作りの巣だ。「今まで、この巣に小鳥が入ったのは見たことがなかったが、最近、ようやく巣がけをしているようだ」と喜んでいた。

 まだまだ、那須には自然が多く残っているね。

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2016年5月 4日 (水)

№3053 塩原の牡丹寺

 5月の連休も後半に入った。高速道路は何十㎞という渋滞情報だ。那須にも結構観光客が入っている。混んでいる時にはあまり動かないほうがいいか、早めの行動が必要だ。塩原に牡丹で有名なお寺がある。行ってみようか。早いといっても、自宅を出たのは朝8時半ころだ。

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 9時過ぎには、目的の牡丹寺に到着した。妙雲寺という。ただ、残念ながら《牡丹まつり》は5月8日からだという。お寺さんには係員がいて、「牡丹はまだ咲いていませんが、どうぞご覧になっていってください」と言っていた。お言葉に甘え、参詣した。

Dsc00659Dsc00661  牡丹はまだ早いとはいうものの、境内にはフジの花やシロヤシオつつじが満開だ。

 妙雲寺の成り立ちを読んでみると、源平の戦いに敗れた平家のお姫様が落ちのび、開設した寺のようだ。もう700~800年にもなるという由緒のある寺だ。

 裏山に広大な墓地がある。そのお墓一つ一つに牡丹が植えられている。その裏山に登ってみた。牡丹はまだまだと言っていたが、咲いているものもあった。

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 牡丹は、今回は那須に来なかったが、川崎の姉が大好きな花だ。暇を見ては牡丹見物に出かけているようだ。上野の東照宮には何度も出かけたし、今回は、町田の牡丹見物に出かけると話していたようだ。秋田から関東に引っ越してきて3年近くになるが、今でも秋田の自宅に残してきた牡丹が心残りのようだ。いかんせん、マンションでは牡丹を育てることはできない。

 そういう牡丹好きの姉のために、この寺の最盛の牡丹花を見せてあげたいものだ。

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 塩原の帰りに、川にかかる鯉のぼりの大群を見てきた。明日は端午の節句だ。

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2016年5月 3日 (火)

№3052 早春の大内宿へ

 義兄のFumioさんが、大内宿に行ったことがないという。連休の谷間だし、そんな混んでいないだろうから、大内宿に行くことにした。カーナビで検索してみると、那須から60㎞余りだ。まあ、1時間半ほどで着くのだろう。朝8時半に自宅を出た。

Dsc00647  案の定、大内宿に着いたのが10時だった。道はそんなに混んでいなくて、順調なドライブだった。ただ、平日にもかかわらず、大内宿は大勢の観光客だった。

Dsc00644Dsc00645  さすが桜の時期は過ぎていたが、芝桜やツルギキョウが眼にも鮮やかだ。

 大内宿が一望のもとに眺められる小高い丘で、眺望を楽しんだ。さらに、一軒一軒のお土産屋を冷かして歩いた。このお土産屋では、無料でお茶をご馳走してくれた。

Dsc00653  大内宿に来たからには、名物のネギそばを食べずばなるまい。一番有名な三澤屋に行ったら、長蛇の列だ。何でも一時間待ちだといわれた。

 この店だけが蕎麦屋ではない。近くの手打ちそば屋に入ったら。すんなり入ることができた。私が頼んだのが名物ネギそばだ。何のことはない、箸の替りに一本のネギで食べるのだ。このネギは薬味代わりにもなり、このネギも食べることができる。私も何度かこれを体験している。ここの蕎麦屋は美味しかった。一時間も待つ必要はなかったのだ。

 2時間ほど大内宿に滞在した。帰るころには、一本道の大内宿への道は、混雑が始まっていた。大内宿は早い時間に限る。

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 昨年も来たのだが、帰りに塔の岪(とうのへつり)に立ち寄った。100万年前にできた奇岩だという。この奇岩の前にあるレストランで、無料の茸汁をいただいた。昨年もいただいて、本当においしいと思った。今回も、同行者はあまりの美味しさに大喜びだった。

 それにしても不思議だったのが、この名所への入口の駐車場は有料だったが、塔の岪の目の前のレストランは駐車無料と呼び込んでいた。ここで、朝採りたてのワラビ二把を買ってきた。今晩はアラビタタキだな。

Dsc00657  そして、帰りに寄ったのが奥甲子温泉の大黒屋だ。玄関から階段で100段も降りたところに温泉がある。ここの温泉は深く、立っても肩まで湯が溢れる。

 温泉は適度の温かさで、じっくり体が温まった。ここの大黒屋が改築なって7年になる。本当に日本の秘湯というべき温泉だ。初めての人にはいい体験になるのではないか。

Dsc00658  大黒屋の庭は、桜が満開だった。この桜の後ろに咲いている青白い花は何だろうか。宿の方に聞いたら、【巴旦杏】だという。別名スモモだと言っていた。

 自宅に着いたのが、午後2時半。6時間の小ドライブだった。

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2016年5月 2日 (月)

№3051 畑、春の植付け

 今回の那須訪問の大きな目的は、畑の春の植付けである。先日、那須に来る途中苗を買った報告をした。この日は、その苗を植えることにした。

Dsc00636   畑の最初の仕事は、これもいつも言っていて申し訳ないが、雑草抜きと小石拾いだ。どんなに前回の畑仕事で雑草を抜ききれいにしていても、必ず雑草が生えている。今では、雑草を抜くのが生きがいのようなものだ。那須は風が強く、畑の表土が飛ばされ、小石が目立つ。

 きれいに整備し、いよいよ苗を植えることにした。前回肥料を撒いておいたので、畝を作るだけだ。前夜雨が降ったようで、土は柔らかい。簡単に畝起こしができた。トマト10本、茄子4本、スナックエンドウ4本分の畝起こしをした。

Dsc00638  トマトとナスは、植えてから支柱を立てた。その支柱にビニール紐で優しく固定した。成長の伸びしろを確保するためだ。さらに、支柱を立てた苗を、ビニール袋で保護した。那須は寒いうえに、遅霜が心配だ。この2~3年、このビニール袋で成功している。トマトとナスは連作障害があるので、昨年と別の場所に植えたのはもちろんのことだ。

 袋には、4本の竹の支柱を立てた。竹は、近くの藪でいくらでも取れる。竹を刈るのには、ナタを使った。このナタも、このために一年に一度登場する。100本ほど竹をっ切った。これだけあれば十分だ。

Dsc00640  苗を植え、支柱と袋も立てた。さて、スナックエンドウはどう保護しようか。あまりにも細い苗なので、袋で覆うには心許ない。近くの畑を見ていたら、こういう場合はペットボトルを使っているようだ。わが【あるるのいえ】にはペットボトルがたくさんある。

 ペットボトルの底をハサミで切って、覆い代わりにした。寒さと風の保護にはこれで十分だ。

Dsc00641  畝が一本余っている。ここには何を植えようか。やはり、私の好きな枝豆だね。近くの日用雑貨店で、枝豆の種を買ってきて、植えた。

 とりあえずは、これで今回の目的を果たした。ヤレヤレだ。

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2016年5月 1日 (日)

№3050 春の那須

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Dsc00628_2  那須は春満開である。この山草を開設した時に導入路に植えたツツジが、真っ赤な花をつけている。山荘の周りのミズナラの木は、黄緑色の葉の芽吹きを見せ始めている。

 とはいえ、まだまだ那須は寒い。灯油が切れていたので、慌てて買いに行ってきた。ストーブは欠かせない。さらに、居間にはコタツを据えている。まだまだ冬の装いである。

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Dsc00630_6  先日ハイキングのときに見た春の山野草ジュウニヒトエが、ここの庭にもたくさん見られた。庭の隅に沢山咲いている花は何だろうか。図鑑で調べてみたら、どうやらイヌショウマという山野草のようだ。庭の周りにたくさん生えている。

Dsc00629  庭にはシャクナゲも咲いていた。このシャクナゲは自生したものではなく、埼玉から持ってきて植えたものらしい。

Dsc00625  そういえば、自宅から庭の花をたくさん持ってきた。ミヤコワスレの白紫の花である。

 この日は、姉と女房で庭に花を植えたり、雑草を抜いたりしていた。おかげで、山荘の周囲は、きれいに整理された。義兄のFumioさんは、雑然と詰め込まれていた物置をきれいに整理してくれた。

Dsc00639  そうだ、小鳥の巣を掃除してきれいにしよう。前にシジュウカラが営巣していた。古い巣には、小鳥は決して営巣しない。梯子をかけて、この巣をおろそうと試みたが、がっちりして取り外すことができなかった。向かいのOhnoさんに掛けていただいたものだ。やはり、彼でないと取り外すことができない。

Dsc00631  そういえば、Ohnoさんがいつの間にか庭に植えていたのが葉ランだ。彼はわが家に気を配ってくれていて、時々見知らぬ花が咲いていることがある。

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