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2016年10月28日 (金)

№3230 数十年ぶりの仙台訪問

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 高校の【古希同期会】が仙台で行われるというので、仙台に来ている。同期会は夜なので、少し早めに新幹線でやって来て、仙台の街をぶらぶら歩いた。私にとって仙台は思い出の深い街だ。

 あれは私が何歳の頃だろうか、考えていた。多分、1980年、私が33~4歳の頃だろう。私は東北六県の営業担当をしていた。東北六県とはいっても、商業の中心地は仙台だ。仙台にはちょくちょくお邪魔していた。そうだね、年に5~6回も来ていただろうか。

Img_1133_3  仙台では得意先回りだ。得意先は20~30軒もあっただろうか。その当時は車で回るということはなく、交通手段はほとんどがタクシーだ。ただ、主な得意先は、仙台の中心地にあった。特に一番丁に集中していた。私は人懐こいというか、東北生まれということもあり、どこの店でもかわいがられたと思う。

 東北担当を4年やり、そのあとは東海担当を4年やった。人との付き合いということで思い出すのは、圧倒的に東北の人だ。この日仙台の駅に降りて、その当時どんな人がいたのか考えてみた。普段は思い出さないたくさんの人が、走馬灯のように思い浮かんだ。

 仙台に泊まったおりは、毎晩のように国分町の飲み屋街を飲んで歩いていた。今から考えたら、若かったんだね。ある飲み屋で一升瓶を空にしたこともあったナ。

 あの当時大きな店は、ほとんどの店が廃業していた中で、一番丁で今でも営業している老舗の店があった。懐かしさのあまり、お店を訪ねた。もちろん名乗るつもりはなかったが、親しくしていた店長の消息を訪ねた。もう10数年前に退職したようだ。この店の社長とも親しくさせていただいたが、ちょうど外出していたらしい。もちろん、お待ちして営業妨害をするつもりなどないので、そのまま帰ってきた。

Img_1134  仙台で一番大きな店も廃業して、いまは銀行になっていた。中央通りにあったお店も業態変更していて、果たしてどこだったのか、いまはわからなかった。

 30数年という月日は、世の中を変えるには充分な時間だ。果たして、あの時の顔見知りの人々は生きているものなのか、亡くなったものなのかわからない。

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