« №3246 タイ国王のご逝去 | トップページ | №3248 夜行バスでチェンマイへ »

2016年11月14日 (月)

№3247 日本タイ交流ニュースレター

 別に秘密にしておく必要もないが、私は他人にほとんど話してきていないことがある。それは【日本タイ交流ニュースレター】(『日タイ交流ニュースレター』)を発行していたことである。そのことは、今ではほとんど思い出さないし、しかも誰にも話したこともない。

 今回、タイ訪問を機会に、あの当時のことを少し書いてみたい。前にも書いたが、初めてタイに来る機会を与えてくれたのは、会社の同僚だった。帰ってきてから、タイ旅行の感動を彼女に滔々と話したのだろう。もう30年も前のことだ。

 そしたら、彼女から「今度、友だち同士でミニコミ誌を作ろうと思っているの。タイと日本の情報を共有するようなミニコミ誌で、タイ在住の日本人、ある研究所の研究員、それにタイのチュラロンコン大学(日本の東大のようなもの)の先生などが関わっているのよ」という。

 私はタイの初心者ではあるが、タイ訪問の感動を残したまま、お手伝い程度ならとお付き合いを始めたのは、初めてのタイ訪問から帰ってきて間もなくの頃だ。1回旅行した程度で、タイのことはなにも知らなかったし、タイ語はもちろん読めないし話せない。皆さんの言われるままに、当時はワープロを打ち続けていた。

 それぞれの号が特集形式で、テーマはタイの教育や経済、子どもたちの現状、社会の底辺まで様々な角度で取り上げていた。季刊誌で約10年続けていたのだが、その間、約400人ほどの読者を獲得した。運営上は何も問題はなかったのだが、ただ、それぞれ関係者が忙しくなってきた。

 そして最後は、タイを何も知らない素人の私が、ミニコミ誌作りから発送までのほとんどすべてをやらなければならなくなってしまった。私が動かなければ、新しい号の発行ができない。だんだんそのことに疑問を感じ、少しずつ情熱も失っていった。

 『日タイ交流ニュースレター』を作っていたころ、私は盛んにタイ訪問を繰り返した。メジャーな場所はほとんど訪問した。ゴールデントライアングルといわれる場所にも行ったし、ラオスとの国境ノーンカイにも女房と一緒に列車で訪れた。そういえば、チェンマイからサムイ島まで、延々1000㎞くらい、夜行バスで旅をしたこともあった。

 結局、『日タイ交流ニュースレター』は10年間、40号くらいまでを発行して中断してしまった。その当時は、すべてワープロで原稿を打っていたので、ワープロを廃棄した今、残念ながら記録は残っていない。定年を機会に、それらの資料も全部廃棄してしまった。今のようにパソコンを使っていたら、全部のデータを保存できていただろうに、残念だ。

 その当時の同僚から、「『日タイ交流ニュースレター』をまた再開しませんか」と声がかかった。しかし、もう私にはタイに対する思い入れや情熱は、ほとんど薄れてしまっていて、残っていなかった。そして、その呼びかけには応えなかった。

 ただ、タイを久し振りに訪れて、そういう時代もあったことを思い出したのだ。唐突にタイに来たのではないことを理解してもらいたい。

|

« №3246 タイ国王のご逝去 | トップページ | №3248 夜行バスでチェンマイへ »

海外旅行」カテゴリの記事

コメント

今夜タイのラジャマンガラ・スタジアムで、サッカーW杯予選タイ対オーストラリア戦があります。タイを応援に行ってオーストラリアの足をひっぱってきて下さい。日本が予選落ちしそうです。あの手この手を使って、私をロシアに連れてって!!!  日タイニュースレターと関係ない話ですが、もしタイが勝てば一面トップのニュースですよ!! 亡き王様に捧げる最高のプレゼントじゃないですか!? タイの人、頑張れ。

投稿: ルート36 | 2016年11月15日 (火) 17時43分

ルート36さん
そうですか、タイでオーストライア戦ですか。
ちょうど今やっているころだね。
YAHOOでサウジ戦の速報を見ているのですが、
後半43分、2対0で勝っていますね。
まさかオーストラリアが負ける
ということはないでしょう。
とりあえずサウジに勝つと2位になります。
これからも落とせない試合が続きますね。

結果を見たのですが、終了間際に
1点取られたんですか。
1点といえどもおろそかにできないのに…。

投稿: シンさん | 2016年11月15日 (火) 21時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« №3246 タイ国王のご逝去 | トップページ | №3248 夜行バスでチェンマイへ »