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2017年7月 2日 (日)

№3480 黒羽芭蕉の館を訪ねる

 那須に来てズーっと雨降り続きである。この日も朝から雨が降っていた。さて、今日はどうしようかな。そういえば、昨晩のローカルテレビ番組で「黒羽芭蕉の館」の放送をやっていた。那須から近いので、行ってみようか。

 カーナビで設定したら、ここから27㎞とある。約40分で着くだろう。以前、黒羽にある刑務所を訪ねたことがある。黒羽は、いまは大田原市に合併されている。街をしみじみ歩くのは初めてのことだ。

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Img_3675 黒羽は、ちょうど「あじさい祭」をやっていた。黒羽には城跡があり、そこを中心にしたお祭りのようだ。結構立派な城跡が残っていた。その城跡に紫陽花が咲いていた。

 それにしても、雨に紫陽花はよく似合う。しとしと降りに、紫陽花はしっとり濡れていた。駐車場の案内人は、「せっかくのお祭りなのに、雨で散々だね」とぼやいていた。

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Img_3677 「黒羽芭蕉の館」は。この城跡のすぐ脇にあった。館の入口には、「奥の細道」で旅立った芭蕉と曾良の像が立っていた。館内は撮影禁止だったが、展示物をじっくり見て歩いた。

 不勉強だったが、芭蕉が「奥の細道」に旅立ったのが46歳の5月。そして、この旅の間に黒羽に滞在したのが14日間で、旅の最中、最大の滞在日だったようだ。黒羽にはお弟子さんが住んでいて、そのお宅に滞在したようだ。

 黒羽滞在の間、芭蕉は周辺の名所を訪ね、俳句を詠んっだという。この黒羽には、芭蕉の句碑が10個建てられている。そういえば、那須の殺生石付近にも3個の句碑がある。奥の細道の旅で、那須付近は重要な位置を占めているのを初めて知った。

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 テレビ番組でも、「東山雲厳寺」が放映されていた。黒羽では重要な史跡のようだ。芭蕉の館からは約12㎞と、結構遠い場所だった。せっかくだから出かけてみよう。行ってみて分かったが、寺格の高い臨済宗のお寺だった。

 平安時代に建てられたお寺だが、秀吉の小田原攻めの際、このお寺も焼かれてしまったという。

Img_3682 芭蕉はこのお寺を訪れ、俳句を残している。その句碑が建っていた。

木啄(きつつき)も庵(いお)は破らず夏木立

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