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2017年8月11日 (金)

№3520 心温まる食事会

 昨日の記事にも書いたが、この日は昼食会、夕食会に誘われて出かけた。もちろん、姉は友だちとの会食会があるとのことで、同席はしなかった。それにしても、今回の旅行は、姉の友だちとのお付き合いのためのようなものだった。

 昼食会は、Hidekoさんの家でだ。91歳になるHidekoさんは、昨年大腿骨骨折で不自由な体だった。それまでは、カラオケ、社交ダンスと活発に動いていたらしい。車の運転も自由にこなしていたという。

  彼女の家は豪勢だった。築後7~8年で、建坪200坪だそうだ。この大きな家に住んでいるのは二人だけだ。一人100坪だねと、ため息交じりに話した。お昼過ぎに着いたのだが、すでに握り寿司の豪華な料理が用意されていた。

 結局、半分も食べ切れなかった。さらにデザートの果物も出た。恐縮しながらもいただいた。Maikoが作ったという元ダンのDVDも聞いた。元ダンは、亡くなって7~8年になる。初めて聞いたのだが、上手だったね。

 夜は、Takashi家の招待に喜んで出かけた。私は一度訪問したことがあるが、女房は初めてだ。Takashiは、特に女房に訪れてもらいたかったらしい。彼とは、長い因縁がある。

 大学入学試験で上京した折、わが家が仮の宿となった。そこから入学試験に出かけたのだが、3校ほど受験したのかな。自信を持っていた2校が残念ながら失敗だった。もう1校の試験はうまくいかなかったと、結果を見ずに肩を落として田舎に帰っていった。

 念のために、女房と一緒に合格発表を見に行った。なんと、彼の受験番号があるではないか。東京六大学の有力校に現役合格していたのだ。近くの公衆電話で実家に電話をし、そのことを伝えた。彼はがっかりして、翌年に向けた勉強で机に座っていたようだ。大喜びしたことは言うまでもない。

 大学入学時は、しばらくわが家に寄食した。狭い家の一室を彼のために用意した。その後、アパートを借りて移っていったが、しばしばご飯を食べに来ていた。さらに因縁は続く。

 卒業時に、ある旅行会社に就職が決まったという。私の提案で、地元の最有力企業にも面接を受けに行った。結局、その会社に就職が決まって、今もそこで働いている。嫁さんのWakikoさんと出会ったのも、その会社でだった。

 私も女房も意識しているわけではないが、彼は若干の恩義を感じているらしい。いま素敵なマンションで幸せに暮らしているのを、特に女房に見てもらいたいと言っていた。ヨカッタネ。

 この夕食会には、昨日も一緒だったKentarouも遅れてやってきた。私は、今まで誰にも話したことがない兄Ikuoの命名の経緯について紹介した。本人も知らないことで、皆驚いていた。

 最後の心からのもてなしで出たのがメロンだ。特に女房に食べてもらいたいと目の前に出たが、残念ながら女房はメロンアレルギーだ。ウ~~ム、それにしても良い夕食会だった。因みに、ありがたいことにWakikoさんは、私のブログファンだそうだ。

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コメント

微笑ましいご親族との再会に、私も清々しい気持ちにさせて頂きました。
駄目だと思って本人が帰郷、代わりに合格を確認して急遽連絡なんて事実は小説より奇なりですね。帰省って本当に素晴らしい。これは緩和しては駄目!

投稿: アスペル山ちゃん | 2017年8月11日 (金) 20時07分

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