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2017年8月

2017年8月31日 (木)

№3540 『インターネット』の勉強

 一昨日に続き、パソコンの勉強会に参加してきた。この日の主題は、『インターネット』だった。講師は、わがNaoko先生である。
 
 まず初めは、インターネットの基礎知識である。あなたが使っているプロバイダーは何か、ルータって知っていますか、ブラウザは今はInternetExplorerからMicrosoftEdgeよ、GoogleChromeは使っていますか、などと問われた。
 
 毎日インターネットを使っていても、意外と基礎知識には無頓着だ。私もすべての問いに満足には答えられなかった。
 
 私のパソコンはwindows10である。この講座を受けて、改めて自分のパソコンの設定を見たら、インターネットはEdgeではなくIE(インターネットエクスプローラ)だった。windows10をインストールした時に、Edgeに変更するのを怠っていたのだ。
 
 気が付いてすぐにEdgeをタスクバーにピン止めしたのだが、むしろIEの方が使い勝手が良いとわかった。しばらくは両方を使っていって、Edgeに慣れるとしよう。
Photo_2  私はあまり細かくインターネットを使っていないが、学んでみるとなるほど便利な機能がついているんだね。例えばYahooで『埼玉県 人口』を検索してみた。『検索』の隣に『条件指定』という表示があるのを見逃していた。
 
Excel  『条件指定』検索を掛けると、PDF、WORD、EXELなどで表が出せるのも初めて知った。
 
 検索条件を変えると、例えば海外の都市の時間、郵便番号からの住所検索、電車の運行状況、出張先の天気、株価、出発地から目的地までの経路等いろいろと便利なことも学んだ。
 
 何気なく使っているインターネットも、使いこなすと奥が深い。やはり時々はパソコンの勉強が必要だね。

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2017年8月30日 (水)

№3539 高校同期で暑気払い

 今年6月の同窓会総会で決めたのだが、高校同期で暑気払いを行った。会場は、これもいつもの四谷にある某銀行の接待所である。同期の一人が使っているようで、いつ行っても歓迎される。

Img_4073 この日の参加者は10名だった。主催者の一人Shindoの報告によると、「19名に案内出したのだが、都合がつかなかったり体が不調だったりして、この日の参加は10名になった」とのことである。

 同期だから、当然同じ歳だ。皆さん、すでに古希を迎えている。昔は古希ともなるとヨボヨボという印象を強くしたが、いまは至って元気である。齢を取ったと感じさせないね。

Img_4074 けど、内実はどうもそうではないようだ。どうしても、話題の中心になるのはどこが悪い、ここが悪いという話だ。私の前に座ったEikoさんは、「来週の月曜日に肺癌の手術を受けるのよ」と言っていた。隣に座っていたKubono君は、「奥さんが両足の大腿骨骨折で、200日も入院した」と報告していた。

 そういう意味では、入院経験がないのは私ぐらいかと思っていたら、隣に座っていたReikoさんが「私も入院経験はないのよ」と言っていた。まあ、70年間も生き続けると、それだけで満身創痍になってしまう。

Img_4075_2 病気を抱えながらも元気な人がいる。Takeちゃんは癌を抱えながらも、様々なマラソンを渡り歩いているようだ。「マラソンがあるから、癌の手術は受けない」のだそうだ。それでも定期検査で、癌は進行していない確認はとっているようだ。

 仲間のなかには、もう一人アイアンマンがいる。Kazuo君は、某大学の陸上競技部のサポートをやっていて、その大学が箱根駅伝に参加するのに命を懸けている。幸い来年の箱根にも参加できるようで、「実は有望なのだ」と嬉しそうだった。彼自身も、現役時代箱根を走っている。

Img_4079 彼から駅伝の話を聞くのは楽しい。「箱根駅伝は往復10区間だが、少なくともまあまあ記録を出せる選手が20人いないと生き残れない」のだそうだ。彼が所属する大学には、60名からの選手がいるというから大変だね。

 この中には、わが同窓会の会長もいる。彼が絶えず気にかけているのは、同窓会総会で誰に講演を依頼するかだ。秋田で生まれた人で、できれば母校出身、でなくとも有名な人がいい。この日もいろいろな名前が出た。

 わが高校出身者ではないが、山田久志はどうだ。落合博満は不愛想で金も高い、さらには話が下手だからダメ等々10名くらいの名前が出たかな。最後は応援団長のTakeちゃん主導で、校歌を高らかに歌ってお開きになった。

 Eikoちゃん、無事に手術が終わりますように祈っています(彼女は、私の熱烈なブログファンのようなので…)。

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2017年8月29日 (火)

№3538 パソコンの第一歩講座

 私は所属していないのだが、彩の国いきがい大学の卒業同期生で『パソコンクラブ』を結成している。もう結成後6年ほどになるが、わがNaoko先生を呼んで2回の講座を開くという話を聞きつけた。

 そういえば、最近Naoko先生の講座を受講していない。このクラブの講師Takaseさんに、私も受講していいか頼んでみた。「このクラブはごくごく初歩の人が集まっているので、シンさんには物足りないと思うよ。それでも良ければ、どうぞ受講して下さい」と了解を得た。

 このクラブは初めてだったが、当然のことながらほとんどが知り合いだ。この日の参加者は20名ほどだった。Naoko先生にお会いするのも久し振りだった。Naoko節を聞くのを楽しみに受講に臨んだ。補助講師2名もついていたから、本格的な講座だ。

 わずか2時間ほどの講座だったが、恐れ入るほど本当に初心者向け講座だった。マウスの操作に始まり、デスクトップの説明、スタート画面のカスタマイズ化、入力の基本、コピーの仕方等知らないことは何もなかった。

 クラブの講師がNaoko先生にどう頼んだかは知らないが、もう6~7年もパソコンクラブを続けている人には、物足りなかったのではないだろうか。まあ、私がどうのこうのと言える立場にはないのだが…。

 受講して内容に物足りなく感じた私にも、Naoko先生がどう分かり易く教えるのかはよく分かった。初心者から上級者まで、オールマイティな守備範囲に感心したのはもちろんのことである。

 翌々日にもう一度講座がある。さて、次は何を教えてくれるのだろうか。

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2017年8月28日 (月)

№3537 那須の帰りにそばガラを買う

 那須に来た時に、女房が「枕が臭くて昨晩は眠れなかった」とこぼしていた。湿気の多い那須では、布団を干したり、部屋を除湿したりして気を使っている。ただ、枕にまでは気が回らなかった。

Img_4063 この枕はそばガラ枕で、10年ほど前に那須でそばガラを買って、作った手作りの枕だ。10年にもなると、そばガラに汗が染みつき、干してもとれないようだ。

 そばガラを売っている店を知っている。そば粉も売っている店だ。那須からの帰りの途中だ。帰りに立ち寄り、2俵のそばガラを買ってきた。安いもので、これ2袋で600円だった。

Img_4066_2 この店の主人が、「粉がまだついているし、湿気もある。そばガラをふるいにかけ、そのあと若干干したほうがいいね」と話していた。

 この日は暑くも寒くもない。早速ウッドデッキに袋を広げ、笊でそばガラをふるいにかけた。粉はそんなに多くは出なかったが、それでも真っ白になった。

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Img_4068 ふるいにかけた粉を広げて、ウッドデッキに干した。女房は、端切れで枕の袋を作っていた。「自分のちょうどいい高さに合わせて、そばガラを入れて、自分用に作ってね」と言っていた。そして、那須用と自宅用にと、あっという間に12個の枕が完成した。

 この作業で思い出したのだが、ちょうど10年前の今ごろではなかったのか。枕作りの作業をしていたら、電話がかかってきて「秋田の姉が、くも膜下出血で危篤」とのことだった。この夜が山場とのことだ。

 枕作り作業を中止して、喪服を持って秋田に向かった。病院に着いたのは、夜中の11時ころだった。その時には山を脱したと聞き、ホッとして帰ってきた。川崎にいる姉だが、今では危篤などなかったかのようにピンピンしている。

 

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2017年8月27日 (日)

№3536 そうだ、大根を蒔いてしまおう

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 畑の整備を終えてほっとした。肥料を土になじませるのには、少なくとも10日か二週間はほしいところだ。カレンダーを見ながら、来週の週末にはまた那須に来る必要があるかな、と思った。

Img_4057 再度那須に来るのも気が重いことだ。そうだ、肥料が土になじんでいないかもしれないが、今回大根を蒔いてしまおう。幸い、肥料と一緒に買っておいた「沢庵大根」の種がある。

 毎年、大根の種を蒔く目安は9月1日だ。ところが、昨年は充分に成長しきれなかった。今年は若干早めにと思っていたのだが、まあ、蒔いても支障はないだろう。

Img_4058 昨日起こした4本の畝を少し嵩上げして、種を蒔こう。畝ができているので、もうそんなに大変な仕事ではなかった。嵩上げをして、最初に畝に2~3cmの深さで穴を掘っていった。

 一つの穴に3粒づつ大根の種を蒔いていった。ところが、今回買った大根の種は、一袋に100粒も入っていなかった。あっという間になくなってしまった。

Img_4059 慌てて、再度種を買いに行った。今回買った種は、「秋まき 青首総太り大根」だ。一袋に260粒の種が入っているのだそうだ。

 再度畑に戻り、買ってきた種を蒔いた。全部で100本になった。昨年は75本ほどの収穫しかなく、若干物足りなかったね。植え終わって、あとは天の恵みの自然の降雨頼りだ。

 10月上旬には、間引き作業がある。そして、11月中旬、海外旅行から帰ってきたら収穫しよう。今年も美味しい沢庵を漬けたいものだ。

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2017年8月26日 (土)

№3535 残った畑仕事

 今回那須に来たのは、残っている畑仕事を処理するのが主な目的である。前回、雨で中断を余儀なくされた草取りと、肥料撒こうと思っている。できれば、畝作りまで行ければ大成功だ。

Img_4050 東京は35度の猛暑日との報道があったが、那須は日も出ていなくて涼しい。さらに、午前中はパラパラと小雨が降っていた。畑仕事をするには絶好のコンデションだ。畑に出て、残りの草をあっという間に刈ってしまった。

 わずかの面積だったが、この草刈りがどれだけ大変だったか考えると、ホッとした。

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Img_4053 さて、次は肥料を撒こう。用意したのは、苦土石灰、大根専用の肥料、野菜の堆肥の三種類だ。さらに、この春に落葉を堆肥にしていたので、これも撒こう。

 耕した畑にこれらを撒いて、土に鋤き込んだ。涼しい那須とはいえ、ここまでやったら衣類が汗まみれになった。まあ、最低限の仕事をやったと、昼食に帰った。

 午後も涼しさは続いた。ウ~~ム、これなら畝を起こすことができるかもしれないな。目標は4本の畝だが、この日は2本も起こすと大成功だ。

 2本の畝を起こしてみたが、まだまだ元気が残っている。これなら一気に4本の畝起こしができそうだ。休み休みではあったが、とうとう4本の畝を起こし終わった。これも涼しいからできたことだ。さて、あとは大根の種を植えるばかりだ。本当は、苦土石灰を撒いて、10日間ほど土にならしたほうが良いようだ。

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2017年8月25日 (金)

№3534 涼しい那須へ

 埼玉での用事が一段落し、さて那須に行こう。女房は、前日一足早く那須に行った。

 不安定な天気も一転し、暑い夏が戻ってきた。前日は寝苦しくて、エアコンをつけたまま寝てしまった。さすが、明け方目が覚めてエアコンは止めたが。それにしても暑い。この日は、埼玉は36度あったようだ。

 朝10時に自宅を出た。那須に着いたのは、予定通り午後1時だった。那須に着いて温度を見たら、29度だった。埼玉とは7度も違う。それでも先着の女房は、「暑くてたまらない」と嘆いていた。ぜいたくを言っているね。

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 木々を渡る風は心地良い。ウッドデッキに椅子を出し、読書を始めた。8月は秋田に帰ったりして、読書計画は大幅に遅れている。少しでも取り返す必要があるね。

 ちょっと居眠りをしたりして、3時間ほど読書を続けた。この晩は、夜9時に就寝した。本を読むつもりが、寝てしまった。夜中12時に目が覚めた。そして読書を続けた。結局、再度寝たのは3時ころだった。

 この夏の最中に信じられないかもしれないが、夜は寒くて思わず布団をかけた。多分、20度を割ったのではないかな。この涼しさは、堪えられないね。

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2017年8月24日 (木)

№3533 花咲徳栄、全国制覇

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 昨日行われた【第99回全国高校野球選手権大会】で、花咲徳栄高校が埼玉県勢としては初の全国制覇を成し遂げた。にわか花咲徳栄ファンとしては、うれしい限りであった。

 それにしても、花咲徳栄はこの大会を通して圧倒的な打力で勝利をつかんできた。特にこれといった目立った選手がいるわけでもなく、全員がよく打ったということだろう。なんでも花咲徳栄の練習は、10~15kgのハンマーで古タイヤを力いっぱい打つ方法で力をつけてきたという。

 二人のエースピッチャー、綱脇慧と清水達也の力も大きかった。今大会で分かったのは、一人のエースだけでは勝ち抜けないということだった。同等の力を持ったピッチャーが、少なくとも二人はいることが絶対条件ではなかったのかな。

 決勝戦の相手、広島広陵のエース平元は、花咲徳栄とは対照的に、やはり決勝戦で崩れてしまった。それでなくとも広陵は打のチームという印象が強かった。決勝戦序盤で10点も取られては、勝負にならなかったね。

Photo_2 今大会を印象付けたのは、圧倒的な打力だ。ホームランは史上最高の68本だった。特に、広島広陵高校の中村奨成捕手の打力には目を見張るものがあった。清原以来のホームラン数を更新し、6ホーマーを放った。

 さらに中村は、個人最多タイの19安打、1大会最多タイの6二塁打、最多塁打を更新して43等、数々の記録を更新した。この試合が始まるまでは、早稲田実業の清宮幸太郎のホームランが注目を浴びていたが、中村の活躍ですっかり影が薄くなってしまった。

 当然中村はプロの道に進むだろうが、将来どういう選手になるのだろうか、楽しみである。願わくは、新人育成が下手な巨人には入ってもらいたくないね。プロといえば、清宮はどうなるのだろうか。これも次のドラフトの楽しみの一つだ。清宮は相当欠陥も多い選手だ。果たして、あのままプロで通用するだろうか。

 いずれ甲子園野球大会が終わり、これでもう秋も迫ってくる。

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2017年8月23日 (水)

№3532 つぶらだゴルフ定例会

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 今日は、いつもと違うモードで写真を撮った。さて、効果的かな。

 毎月定期的に【オリムピックレイクつぶらコース】で行われているゴルフ会だが、この日も暑い中行われた。ただ、例月とちょっと違ったのは、Masazoさんが都合が悪いというので代打を探したが、その方もドタキャンになった。

Img_4020 女房に行かないかと誘ったら、二つ返事で行くという。この日のために、昨日もティーチングプロに習ってきたようだ。ゴルフに燃えているのだ。ところがそのプロがいうには、「旦那のドライバーは全然だめよ。何よりヘッドが小さいので、打ちにくい」といったそうだ。

 それでもそのドライバーで練習したが、うまく当たらなかったらしい。そのプロが「当たらないのは、練習不足ね」と散々だったらしい。

 今日もいい当たりはあったが、打ちミスも目立った。パターがダメと本人は言っていたが、アイアンも全然だめだったね。

Img_4031 それに比べてよかったのが、まっきぃだ。ドライバーは芯を捉え、まっすぐ飛ぶ。大体が、私の20~30ヤード先まで行っていたね。ドライバーに続き、アイアンもよかった。ただ本人がいうには、「パターが全然だめ」なのだそうだ。

Img_4029 私は絶好調のまっきぃに何とか付いていったが、最後私のパターが崩れ、突き放されてしまった。彼にとっては、この日のプレーは会心だったんじゃないかな。この写真のフォームも崩れていないよね。

 私は今日も嘆いたのだが、一時は私は彼にハンディキャップをあげていたのに、今ではずいぶん突き放されたものだ。

Img_4039 Masaoちゃんは、一時に比べてずいぶん飛ぶようになった。後ろ打ちのアプローチもパターも絶好調だ。ただ、彼には大きな欠点がある。バンカーに入ったら、うまく出すことができない。この日も一番二番ホールで連続バンカーに入れ、それぞれ4打も叩いていた。

 ライバルでもある彼がバンカーに入れると、私は内心しめしめと思ってしまう。あれだけバンカーで叩いてしまうと、ゴルフにならないね。

 終わった後、お茶を飲みながら話を聞いたが、彼は9月10月11月と、連続で海外旅行をするのだそうだ。本当に、彼はゴルフをやっているか海外旅行をやっている。よくお金が続くものだよ。

 私のゴルフは、先日の練習の成果があったせいか、まずまずだったのではないかな。ドライバー、フェアウェーウッド、アプローチとも打ちミスは少なかった。唯一問題は、やはりパットだね。自宅にパター練習マットがあるから、練習すればいいもののようだが、物ぐさでそれをやっていない。

 ゴルフの改善には、まずは私の心を入れ替えなければならないね。

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2017年8月22日 (火)

№3531 秋の旅行はコーカサスへ

 7月18日に記事で『旅行情報を得よう』を書いたら、皆さんから「海外旅行は、どこに行くのか」とずいぶん聞かれている。私のブログ読者で、関心を持っている人が多いようだ。別に隠す必要がないので、秋の旅行計画を今日は書いてみたい。

 すでに格安の往復航空券は取れた。10月27日(金)、成田を発って、イスタンブールトランジットでジョージアのトビリシ往復航空券だ。飛行機はトルコ航空で、約17時間ほどかかる。なぜトルコ航空で行くのかというに、帰りはイスタンブールで5日間ほど遊んできたい。料金は同じである。

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 今回行くコーカサスは、ジョージア(グルジア)、アゼルバイジャン、アルメニアの三ヶ国で成り立っている。果たして、その三国はどこにあるのか。大ざっぱにいってロシアの下、黒海とカスピ海に挟まれた地域だ。

 ジョージアといっても知らない人が多いかもしれないが、大相撲幕の内の栃の心の出身地だ。このコーカサスは意外と人気があるのだが、ガイドブックがない。今回は手探りの旅行になるかな。

 なぜこの地に興味を持ったかというに、わが旅の友Takeちゃんが、5年ほど前に、東南アジアからポルトガルまで半年ほどの大旅行をした。帰ってきて、どこがよかったか聞いたら、「グルジアがよかったね」と話していた。

 ネット検索をしてみたが、ある方が自身のブログで「世界100ヶ国以上を旅したが、最高の国はジョージアだった」(クリックするとその記事が読める)と書いている記事も読んだ。未知の国コーカサスへの関心がいや増した。さらには私の冒険心もくすぐる。よし、人生最後の冒険はコーカサスだ、と決心した。

 10月27日に出発して、11月15日までの20日間の一人旅だ。とりあえず航空券はとったが、徐々に宿の手配をしよう、とホテル探しを始めた。

 とりあえず、2度ほど行ったことのあるイスタンブールの宿をとろう。イスタンブールの街はよく知っている。今テレビでコマーシャルを流しているTRIVAGOのサイトで探した。宿はピンからキリまであるが、予算は一泊5000円である。

 朝食付き、部屋でwi-fiが使えるのが最低の条件だ。イスタンブールの新市街の歴史的遺産の近くに、いいホテルが見つかった。エイヤッと、4泊5日の予約をした。今まで何度もネットでホテルを取っているが、当たりはずれがあって、良いホテルかどうかは行ってみないとわからない。

 そしたら、ホテルからメールがあった。「Are u need to book Airport shuttle services? All the best Mr.Fatih YILDIRIM 」。空港に出迎えるサービスをしましょうか、という問い合わせだ。もう、ジョージアからイスタンブールに到着する帰りの飛行機と時間は決まっている。「Thank you for your proposal.I wish your Airport shuttle service.I will arrive Istanbul airport at19:45 10NOV.My jet is TK0383 TURKISH AIRLINES.」というう返事を出しておいた。

 私は英語が上手なわけではないが、日常困らない程度は話せる。皆さん心配して、「外国に行ったら、言葉に困らないか」聞いてくる。また、言葉が苦手だから外国に行けないという話も聞く。そういう人に言うのだが、「言葉で一番通じるのが日本語だよ」。いや、何とかなるものだ。

 往復航空券とイスタンブールの宿はとれた。肝心のコーカサス3国の15日間はどうしようか。まだ何も考えていないが、とりあえずはジョージアの首都トビリシの宿を3日くらいとり、あとは現地に着いてから考えるとしようかな。やはりTRIVAGOで検索してみると、宿はいくらでもありそうだ。そして、評価8.8のトビリシのホテルを3泊4日で予約した。

 コーカサス3国は鉄道旅行をしたい。問題は、ジョージアはいらないが、アゼルバイジャンもアルメニアもビザが必要なようだ。まあ、現地に行ったら何とかなるのではないか。あまり深刻には考えないことにしよう。

 旅の予算は、20日間で飛行機代込み40万円くらいかな。因みに、往復航空券は14万円であった。お金が無くなったら、現地でカードで換金できる。本当に便利な世の中になったものだ。

 コーカサスの旅の情報がある方は、ぜひお教えください。

 

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2017年8月21日 (月)

№3530 弟の墓参り

 先日の秋田での墓参りに引き続き、世田谷にある弟のお墓にお参りしてきた。お盆は若干過ぎたが、構うことはない。先日の秋田の帰り、川崎の姉とこの日の墓参りを決めた。幸い、横浜の姉夫婦も参加するという。

 午前11時にお寺の前集合と決めた。私は車で行ったので、カーナビで到着予想時間が出ていた。ちょっと早めに着きすぎるというので、板橋で首都高を降りた。お寺に着いたのが15分前で、ちょうど一行も到着した。

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Img_4008 弟は亡くなって、この12月で9年になる。このブログを始めた2008年だから、よく覚えている。仙台に住んでいたのだが、お墓は義妹が世田谷に買った。私は、年に2回くらいはお参りに来ている。女房が、庭で摘んできたお花を供えた。お墓が、パッと賑やかになった。

 お墓には家紋が彫ってあった。。姉が「剣片喰という家紋だよ」と説明してくれた。この家紋を持っているのだから、先祖はきっと武士だったに違いないと言っていたが、果たしてどうだろうか。

 いつもは墓参りが終わると、川崎の姉の家に立ち寄っている。「今日は、このお寺のすぐ近くにある松陰神社にお参りをしていこう」と提案した。皆にとっても初めてのようだ。この神社は私は2月にも訪問したが、なかなか立派なたたずまいをしている。

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 この前も不思議に思ったが、吉田松陰の額と銅像2体がこの神社にはある。その3つの像が、それぞれ松陰の人相が違っているのが面白い。私は、教科書でこの額の像に親しんでいる。

 神社にお参りして、この日は昼食に美味しい焼肉を食べるのだそうだ。わざわざ川崎まで戻って、高価な肉を食べた。ここから姉の家はすぐ近くだ。やはり、姉の家に立ち寄ろう。姉の家では、美味しい西瓜をご馳走になった。

 帰りは、土砂降りの雨で高速が大渋滞だった。いつもは1時間ほどで着くのだが、帰宅に2時間もかかってしまった。

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2017年8月20日 (日)

№3529 8月の桟雲の会句会

 8月の【桟雲の会】定例句会が行われた。このところ、俳句に関する記事が少ない。というのも、私の作った俳句がさえなく、記事にする材料がなかったからである。とはいっても、私のブログの愛読者に俳句関係の人もいる。たまには報告する必要があるだろう。

 毎月の句会に提出する俳句は、私にはよくできたものだと自信を持っている。ただ、他の人から評価されないと、詠む人の心を打たなかったのだろうかとがっかりしてしまう。特に、7月の句会では、私の提出した句は歯牙にもかけられなかった。

 8月も、懲りずに8句の提出をした。さすが今月は、何点かが選句の対象になった。出席者は、私の俳句を選句してくれたのだ。ただ、先生に掛かると散々だ。今月提出した句を5点ほど紹介し、先生の選評、添削を紹介したい。

 私が作っている俳句は、那須での情景が多い。それを評して先生は「秦山ワールドだな」とよく言う。今月の提出句のうち7句は、那須で取材した句だ。

蜩や樹々を伐り裂く金属音

(選評)「切り裂く」と「金属音」は語音が近い。もう少し違った表現が欲しい。

出づる枝(え)の樹勢を矯めて山法師

(選評)「出づる枝」と「樹勢」が重なっている。こうしたらどうかと添削されたのが、以下の句である。

(添削句)一枝一枝樹勢を矯めて山法師

水楢を伝う葛(かずら)の茂りかな

(選評)この句も秦山ワールドの句だね。少し大人しい気もするが、直すところはないね。

玉の汗蔓延る草の限(きり)もなし

(選評)蔓延る草を刈るだけで、玉の汗が出ているのがわかる。玉の汗は言う必要はない。

(添削句)鎌を振り蔓延る草の限もなし

さわさわと葉擦れの響き夏木立

(選評)さわさわがゆるい。「葉擦れ」の表現で「さわさわ」が伝わってくる。再考を。

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2017年8月19日 (土)

№3528 ゴルフ練習場

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 女房に誘われ、近くのゴルフ練習場で練習をしてきた。このところ、ゴルフに入れ込んでいるのは、私よりもむしろ女房の方だ。「冬の時代」に突入した私のゴルフも、これを打開するには練習しかない。久し振りのゴルフ練習だ。

 この前の白河でのゴルフは、散々だったね。何よりもショートアイアンが決まらないのがいけない理由だ。この日は、重点的にショートアイアンの練習をするつもりだ。

Img_3996 女房は、那須に置いてあった私の古いドライバーを持ち帰った。女ものの従来のドライバーだと、女房の力では物足りないらしい。「新しいドライバーが欲しい」とねだっていたが、私が無視していると、男物のドライバーを取り出し、これが良いと納得していた。

 今日はそのドライバーの試し打ちだといっていた。私の隣の打席で練習していたが、ピシンと芯に当たる音がして小気味いい。どうも、150~60ヤードは飛んでいるようだ。それだけ飛べば問題ないじゃないの。

 ただ本人は物足りないらしく、明日はティーチングプロに習ってくると言っていた。最近、しばしば私のスコアを追い越すので、私もうかうかしていられないね。

 私は、この日はアプローチアイアン、ピッチングアイアン、8番9番アイアンを重点的に練習した。練習場では何も問題ないのだが、いざ本番で当たらないのはなんでだろうか。

Img_3997 隣の打席で、私と同じ年代の人がドライバーを打っていた。このゴルフ場の金網には、230ヤードと200ヤードの表示がある。その方は、軽々と230ヤードの表示に届いていた。

 私のドライバーは、200ヤードの表示にも届かない。一体、何が違うのだろうか。しばらくその方のドライバーを見ていた。

 お盆のせいか、練習場は混んでいたね。私は100球ほど打ったが、玉の汗を掻いた。まあ、これくらいでいいかな。練習は積み重ねが大事だ。毎週通いたいと決意したが、果たしてどうなるだろうか。

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2017年8月18日 (金)

№3527 終日、野球観戦

 高校野球が、佳境を迎えている。このところ、暇を見てはテレビ観戦している。それにしても、昨日は良い試合が二試合あった。第2戦の智弁和歌山と大阪桐蔭戦、第3戦の日本文理と仙台育英戦だ。いずれも1点を争う攻防戦だった。

 智弁和歌山と大阪桐蔭は、いずれも全国制覇を成し遂げた実力校だ。その戦いにスキはなかった。特に試合が締ったと感じるのは、エラーの少ない試合だ。両チームとも、さすがに鍛えられた良いチームだったね。

 途中までは、むしろ智弁和歌山の方が押し気味だった。さすが春の大会制覇の大阪桐蔭は、その猛攻に耐えた。そして圧力を強める。決勝点は、智弁のキャッチャーが球をはじいたのが原因だった。智弁は、相当圧力を感じていたせいだったのではないか。

 いずれ、勝利がどちらに転んでもおかしくなかった。どちらを応援するということもなかったので、両チームの健闘に拍手を送った。こういう試合が見られるのも、高校野球ならではだね。

 第3戦の日本文理と仙台育英戦も、見応えがあったね。私は東北生まれなので、若干仙台に身びいきをした。ただ、新潟も郷里からは近い。

 仙台育英は、一昨年、甲子園でわが母校を破り、決勝進出を果たしたチームだ。また、日本文理も2009年の第91回大会で決勝進出を果たした。いずれのチームも、決勝で敗れてしまったのだが。

 この試合も一点を争う攻防だったが、特に日本文理にはホームが遠かった。それ以上に目を見張ったのが、仙台育英の守備の堅実さだ。特に印象に残ったのがバント処理と、2塁の封殺プレーだ。相当鍛えられたチームだったね。

 この日の試合で、二人の名物監督が引退した。熊本秀岳館の鍛治舎監督と、日本文理の大井監督だ。高校野球を見ていると、選手の力もそうだが、なんといっても監督の指導力がものをいう世界だ。鍛治舎監督はまだ現役を続けたい意向があるようで、引っ張りだこだろうね。

 夜は、プロ野球の巨人対ヤクルト戦の観戦だ。高校野球とプロ野球が全然違うのは、試合に対する緊張感だ。年齢による選手の衰えは、目に見えて激しい。一昨日の山口投手や昨日の内海投手は、その衰えが目を覆うばかりだ。実力がものをいう世界は、本当に厳しいと思った。

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2017年8月17日 (木)

№3526 自宅に帰ろうか

 昨晩から降り始めた雨は、今朝も降りやまない。昨日天気予報を見たら、この日の午前は曇りのはずだった。ところが、今朝あらためて天気予報を確認したら、この日は終日雨とのことだ。さらに、この雨は翌日も続くという。

 本当に今年の夏は変だね。8月に入って、東京は連続17日間雨だという。日照時間も、今年は例年の半分以下だといっていた。仙台の方は例年の11%というから、冷害の心配をしなければならないね。

 昨晩も寒くて、思わず布団を掛けて寝ていたほどだ。雨のなかで農作業はできないし、明日まで待っていても雨が上がる保証はない。今月のスケジュール表を見てみた。来週の週末は空いていそうだ。出直すとするかな。

 そう決めたら、あるるのいえの掃除を始めた。この日はお盆の休暇で、帰りの車が混雑するとの予報だ。早めに自宅に帰ろう。

 午前10時に繭の里を出発した。もちろん高速などは使わず、一般道でだ。道は空いていた。すいすい走って、自宅に着いたのは午後1時過ぎだった。いつも通り、3時間の走行だった。

 13日ぶりの自宅だったが、なにか懐かしい感じがしたね。

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2017年8月16日 (水)

№3525 畑の仕上げをしよう

 さて、今日は草を刈り肥料を撒いて、畑の仕上げをしよう。朝食を食べて、畑に出かけた。まず最初にやるのは、畑の周りの草を刈ることだ。畑のなかもそうだが、周りも高い草が蔓延っている。

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 こういう時に武器になるのが、電動草刈機だ。混合燃料を入れて、エンジンを始動した。エンジンの調子は良さそうだ。周りの草をなぎ倒すのは、あっという間だった。あれだけ蔓延っていた草も、きれいに刈り取れた。

 普段は、畑の周囲の草刈りは持ち主がやっているが、最近はとんと顔を見ない。隣の畑を借りているおばさんが、「最近おじさんの顔を見ないが、どこか悪いのかしら」と心配していた。

Img_3994 周囲の畑の草刈りを終えて、畑のなかの草もこの草刈り機で刈った。玉ネギ畑から、収穫し漏れた玉ネギが15個ほど出てきた。

 さて、周囲の草刈りを終え、畑の草を丁寧に引っこ抜こう。ところが、朝のうちは曇っていた空も、小ぬか雨が降ってきた。雨具を着ていないので、びっしょり濡れてしまった。もう少しで抜き終わるというのに、明日に回そうか。

 この日も、衣類は濡れてしまった。着替えた後に、いつもの温泉『自在荘』に行って入浴してきた。さっぱりした。

 とにもかくにも、今回の那須滞在では草を抜いた後、肥料を撒くまでは終えたい。

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2017年8月15日 (火)

№3524 秋への備え

 今回一人那須に残ったのは、じっくり畑仕事をするためだ。近くのコメリに行って肥料を買ってきた。苦土石灰と化成肥料、それに大根のための肥料だ。ついでに秋蒔の沢庵大根の種も買った。

 ただ、暑い。曇り空になったら畑に出ようともぞもぞしていたら、向かいのOhnoさんちから、「一緒にお昼を食べよう」と声がかかった。ピザを焼いているのだそうだ。そういえば、昨日もお昼にカレーライスのご相伴に預かった。

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 Ohno家の横には、ピザ窯がある。この窯もお父さん手作りのものだ。年に2~3回この窯に火を入れるのはお父さんの役割だが、「自分はピザはあまり好きでない」と言っていた。奥さんのKayoさんも、実をいえばあまりピザは好きでないそうだ。

 トマトや茄子、玉ねぎにピーマンなど、野菜満載のピザは美味しかった。私はパクパクご馳走になった。一緒にご馳走になったAgeちゃんも、「昨晩レストランで食べたピザよりもよほどおいしい」と言って、食べていた。

Img_3991 さて、畑に行ってみよう。久し振りの畑は、物凄い草だ。この草を刈り取らなければ、前に進めない。腰を据えて草取りをしよう。

 ところが、2時間も草刈りをしていたらへとへとだ。下着まで汗でびっしょり濡れた。もうたくさんと、この日の草取りをやめた。

Img_3992 まだ半分ほど残ったかな。草刈りが終わるまでは自宅に帰れない。しようがない、明日もまた草刈りをしよう。

 草刈りをしながら思いついたのが次の一句である。

汗三斗蔓延る草と格闘す

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2017年8月14日 (月)

№3523 那須を去る旅の一行

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 昨晩、那須に一泊した姉と姪の一行が帰っていった。結局、那須に二泊、秋田のホテルに二泊、田沢高原に一泊の5泊6日の旅だった。

 一緒に旅行した中学二年生のKotaにとっても、思い出に残る旅行のようだった。「楽しかったよ。特に秋田のホテルの二泊、田沢のホテルでの露天風呂は思い出に残った」と話していた。

 彼の食欲にも驚いた。昨晩は大きなピザを焼のだが、一人でペロッと平らげた。さらに、女房が作ったカニチャーハンも一人で食べていた。夏休みの良い思い出を残して帰っていった。楽しい秋田旅行は、よかったね。

 それにしても、神経質な姉には困ったものだ。「娘のイビキに、昨晩は一睡もできなかった」らしい。姉はどこに旅行しても、その神経質さに同じく旅行するものをひやひやさせる。まあ、自宅に帰ったら、ゆっくり寝てください。

Img_3989_2 女房も自宅に帰っていった。息子から電話があって、自宅に来ているのだそうだ。息子に美味しいものを食べさせたいと、いそいそと帰っていった。

 女房は、今年の秋に個展を開くのだそうだ。その準備も遅れがちのようだ。「ミシンが壊れ、自宅に帰らないと仕事ができないのも帰る要因」、と話していた。

 私は、もう2~3日は那須に滞在するつもりだ。この涼しい那須から灼熱の埼玉に帰る気にはならない。それにしても、夏の那須は天国のようなものだ。

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2017年8月13日 (日)

№3522 那須に帰る

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 田沢高原は、すでに秋の装いだ。朝、寒くて思わず布団をかけたほどだった。起きてみると、ホテルの窓から田沢湖がきれいに見渡せた。快晴だった。朝食を食べながら、今日の計画を練った。

Img_3974 田沢湖畔に遊び、小岩井農場によってソフトクリームを食べ、盛岡で盛岡冷麺を食べようということになった。ホテルを出発したのは10時だ。田沢湖畔で、辰子像のそばでしばらく遊んだ。

 湖にはたくさんの魚が泳いでいた。何の魚だろうか、説明を読んでみるとウグイだという。この田沢湖は、玉川温泉から流れ込むアルカリで、ほとんど魚が生息できないらしい。唯一棲息しているのが、強アルカリ性に強いウグイだという。昔はクニマスという魚がいたようだが、このアルカリで絶滅してしまったようだ。

Img_3977 岩手に向かう道沿いに、ババヘラアイスを売っていた。この光景は、秋田県の国道沿いでしか見られない。おばあさんが、ヘラで盛るアイスを売っているのだ。久し振りに、このババヘラアイスを食べようよ。

 懐かしい味がして、美味しかった。それにしてもババヘラアイスとはよく言ったもので、売り子に聞いてみたが、別に差別用語ではないと話していた。

 しばらくして小岩井農場に着いたのだが、ババヘラアイスを食べた一行は、もうソフトクリームはいらないね。農場の入口を引き返して、盛岡に向かった。かつて盛岡で仕事をしていたというMaikoは、美味しい冷麺屋を知っていた。

Img_3983 お昼のようで、物凄い混みようだった。しばらく並んで入った店は、雰囲気のいい大型店だった。私は盛岡冷麺というのは初めてだったかな。白金豚と冷麺のセット食べたが、美味しかったね。

 冷麺屋を出て、東北自動車道を一路那須に向かった。連休の初日とお盆が重なったせいか、高速道下りはえらく混んでいた。岩手までズーっと渋滞していたので、走っていた車は果たしてその日のうちに目的地に着けたのだろうか。200㎞以上も渋滞していたのではないだろうか。上り線は空いていて、130~140㎞でスイスイ走ってきた。

 那須に着いたのが午後5時前だ。スーパーで夕飯の食材を買ったが、Maikoが那須名物のラスクとパンを買って、無事【あるるのいえ】に着いた。

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 夜は、【あるるのいえ】名物のウッドデッキでの食事だ。女性3人いれば、料理があっという間にできる。テーブルに乗り切れない食事を楽しみ、夜遅くまで話し込んだ。Koutaも大喜びだった。

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2017年8月12日 (土)

№3521 田沢高原ホテル

 秋田を離れる日がやってきた。最後の昼食会をやろうということになった。今朝早く名古屋から秋田に帰ってきた義姉のMiyokoさんと、名古屋に住む娘のTomoe、その娘も加わった賑やかな昼食会だった。

Img_3949 会場は、甥のIkuoが経営する道の駅『ケベック』というイタ飯屋さんだ。この店もそうだが、昨晩のNHKテレビにこの道の駅が放映されていた。Ikuoにその話をしたが、興味がなさそうだった。テレビに映されなくても、大繁盛しているのだ。

 私は、この店でワタリガニスパゲッティを食べたが、皆さんそれぞれにエビフライや煮込みハンバーグを食べていた。その量の多さに圧倒された。

Img_3950 私の食べたワタリガニスパゲッティも美味しかったが、ほかの人が頼んだエビフライは大きく太いエビが三本も乗っていた。

 隣に座った姉が注文したのが煮込みハンバーグだったが、それにもエビフライが二本乗っていた。食べ切れないと、一本をご相伴に預かったのだが、フカフカして美味しかった。

 さて、われわれ東京組は今晩は田沢湖一泊だ。のんびりもしていられないと、午後2時半ころに皆と別れた。田沢湖までは90㎞ほどある。今回の旅は、私とMaikoが交互に運転して楽だった。

Img_3951 田沢湖の高原に上る前に蜂蜜屋がある。この蜂蜜屋は姉お気に入りの店とかで、いつも通販でこの店の蜂蜜を取り寄せているのだそうだ。この日は、たまっているお金を払いたいと立ち寄った。

 姉のお気に入りは栃の蜂蜜だそうだ。試食品がたくさん並んでいたが、私が美味しいと思ったのは、国産のアカシヤの蜂蜜だ。中瓶一本をお土産に買った。

Img_3952 ここからの今晩の宿『田沢高原ホテル』までは約10分ほどだ。午後5時過ぎに着いたが、ホテルに着いたら、ヒンヤリしていた。このホテルは標高650mだという。

 ホテルでチェックインした時、宿の主人は「今晩は田沢湖畔でお祭りがある。花火も揚がる予定だ」と話していた。夕食後のそのお祭りに行くことにして、先ずは部屋に入った。

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 部屋からは、雲隠れに幻想的な田沢湖を望めた。早速、ホテルの温泉に入浴した。この湯は温いくらいで、ちょうどよかった。温泉には、湯の花が浮かんでいた。

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 さて、夕食後に田沢湖のお祭りに出かけた。たくさんの屋台が並んでいたし、舞台ではロックバンドの演奏会だった。花火は夜8時過ぎだという。

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Img_3962 早々に田沢湖畔に陣取った。花火が揚がったのは、8時を過ぎていた。30分くらいの花火だったが、ちょうどよかったね。「花火が見たい」と言っていたKoutaには、夏休みのいい思い出になったことだろう。

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2017年8月11日 (金)

№3520 心温まる食事会

 昨日の記事にも書いたが、この日は昼食会、夕食会に誘われて出かけた。もちろん、姉は友だちとの会食会があるとのことで、同席はしなかった。それにしても、今回の旅行は、姉の友だちとのお付き合いのためのようなものだった。

 昼食会は、Hidekoさんの家でだ。91歳になるHidekoさんは、昨年大腿骨骨折で不自由な体だった。それまでは、カラオケ、社交ダンスと活発に動いていたらしい。車の運転も自由にこなしていたという。

  彼女の家は豪勢だった。築後7~8年で、建坪200坪だそうだ。この大きな家に住んでいるのは二人だけだ。一人100坪だねと、ため息交じりに話した。お昼過ぎに着いたのだが、すでに握り寿司の豪華な料理が用意されていた。

 結局、半分も食べ切れなかった。さらにデザートの果物も出た。恐縮しながらもいただいた。Maikoが作ったという元ダンのDVDも聞いた。元ダンは、亡くなって7~8年になる。初めて聞いたのだが、上手だったね。

 夜は、Takashi家の招待に喜んで出かけた。私は一度訪問したことがあるが、女房は初めてだ。Takashiは、特に女房に訪れてもらいたかったらしい。彼とは、長い因縁がある。

 大学入学試験で上京した折、わが家が仮の宿となった。そこから入学試験に出かけたのだが、3校ほど受験したのかな。自信を持っていた2校が残念ながら失敗だった。もう1校の試験はうまくいかなかったと、結果を見ずに肩を落として田舎に帰っていった。

 念のために、女房と一緒に合格発表を見に行った。なんと、彼の受験番号があるではないか。東京六大学の有力校に現役合格していたのだ。近くの公衆電話で実家に電話をし、そのことを伝えた。彼はがっかりして、翌年に向けた勉強で机に座っていたようだ。大喜びしたことは言うまでもない。

 大学入学時は、しばらくわが家に寄食した。狭い家の一室を彼のために用意した。その後、アパートを借りて移っていったが、しばしばご飯を食べに来ていた。さらに因縁は続く。

 卒業時に、ある旅行会社に就職が決まったという。私の提案で、地元の最有力企業にも面接を受けに行った。結局、その会社に就職が決まって、今もそこで働いている。嫁さんのWakikoさんと出会ったのも、その会社でだった。

 私も女房も意識しているわけではないが、彼は若干の恩義を感じているらしい。いま素敵なマンションで幸せに暮らしているのを、特に女房に見てもらいたいと言っていた。ヨカッタネ。

 この夕食会には、昨日も一緒だったKentarouも遅れてやってきた。私は、今まで誰にも話したことがない兄Ikuoの命名の経緯について紹介した。本人も知らないことで、皆驚いていた。

 最後の心からのもてなしで出たのがメロンだ。特に女房に食べてもらいたいと目の前に出たが、残念ながら女房はメロンアレルギーだ。ウ~~ム、それにしても良い夕食会だった。因みに、ありがたいことにWakikoさんは、私のブログファンだそうだ。

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2017年8月10日 (木)

№3519 宴会に集まったのは・・・

 秋田市内のホテルに到着したのは、午後7時過ぎだった。そのころには、宴会参加者がどんどん膨らんでいた。その時で、われわれ東京組含め、10名の参加者になっていた。

 ホテルの近くに宴会場を探したが、急のことで10名の会場を探すのは容易でなかった。あまり面白くなかったが、全国の居酒屋チェーン店に入ることにした。その会場は、むかし私が営業で秋田出張の際、お得意先のお店の本店だったところだ。あの店はどうなったのだろうか。

 ホテルに最初に駆け付けたのは、甥のIkuoだった。市内に住む息子のKentarouを連れてきたというのだ。三人息子の一番下だ。そういえば、長男が来週結婚式を挙げると言っていた。せっかくなら、長男と嫁さんも呼んだらどうだろうか。

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 結婚式を挙げるばかりの二人は、すでに市外に一緒に住んでいるという。Ikuoが電話をしたら、宴会に駆け付けるという。従兄弟のRyoujunさんも来てくれた。彼が伴ってきたのは、姉の元ダンのお姉さんHidekoさんだ。91歳だという。

Img_3944 姉は元ダンとは別れたが、そのお姉さんとは親しくしていたのだそうだ。最近足を骨折したとのことだったが、車椅子で宴会場に駆け付けた。

 さらに、Ikuoの弟Takashiも会社の宴会を途中で切り上げ、参加してくれた。せっかくだから嫁さんも呼びなさいよとTakashiに促した。嫁さんのWakikoさんもやがて到着した。

 最後に着いたのが、花嫁のAiさん、花婿Yuyaの二人だ。夕方、Ikuoと飲もうと約束したのだが、最終的には13名の大所帯になった。宴会場は大盛り上がりだった。特に、一番若いKentarouは大はしゃぎだった。

Img_3948 急遽の事ではあったが、来週結婚式を挙げるという若いカップルにご祝儀を差し上げよう。テッシュにお金を包もうとしたら、近くのコンビニで祝儀袋を買ってくると腰を上げたのが、Kentarouだ。さすが若いので、腰が軽い。

 姉と私の二人でご祝儀を包んだ。嫁さんは秋田美人で、きれいな子だった。「こんなきれいな子を娶って幸せ」とデレデレだったね。Yuya君は、朝4時に起きて仕事だそうだ。早々に帰っていった。

 さて、翌日の予定はあるのか。台風の来襲のようで、姉はたくさん予定を入れていたが、予定のないわれわれは映画でも見ようかと思っていた。そしたら、Hidekoさんが「明日、お昼を食べにいらっしゃいよ」と誘ってくれた。もちろん大歓迎だ。

 そしたら、夜の予定はと聞いてきたのがTakashiだ。夜ももちろん予定はない。そしたら、明日は自宅で食事会をしようという。嫁さんのWakikoさんも大歓迎だと言ってくれた。よし、夜はそれで決まりだ。さらに、この宴会の支払いもTakashiは引き受けた。大散財をかけてしまった。

 昼は仕事があるというKentarouも、夜はTakashi家に駆け付けたいという。もちろんいいだろう。

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2017年8月 9日 (水)

№3518 3年ぶりの帰郷

 今年の春ごろから、川崎の姉と墓参りの帰郷をしようと話し合っていた。残念ながら横浜の姉は予定があってダメとのことだったが、代わりに姉の娘Maikoが息子と一緒に参加するという。

 那須で一泊して秋田に向かうことにした。川崎を午後5時半に出発したが、一行が那須に着いたのが午後10時半ころだった。なんと5時間もかかったという。「ものすごい渋滞で、車が動かなかった」とブツブツ言っていた。

Img_3937_2 翌朝、秋田に向かうことにした。ただ、心配は台風の行方だ。相当弱まったとはいえ、台風5号は日本海を北上していた。まあ何とかなると、姪の車で出発した。彼女の車は大きな車で、楽に運転できる。最初に、私が運転していこう。

 カーナビで見ると、目的地まで430㎞ほどだ。まあ、5時間だね。那須からはほとんど高速道で進むので、ほぼ時間通りに目的地に着いた。仙台を通るときには強い雨が降っていたが、秋田県に入ったらほとんど雨がない。順調に走って、実家に着いた。

Img_3939 実家は今は人に貸していて、その裏に甥の家がある。仏壇もその甥の家にある。お参りをした。

 実家と甥の家の間が空き地になっていて、畑を作っていた。ここに崩れた蔵があったはずだ。100万円ほどかけて、その蔵を整理したのだそうだ。ああ、よかったね。

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 ここからお墓までは、歩いて3分ほどだ。街のメイン道路を通って墓に行ったが、往時は賑わっていた街には人っ子一人歩いていない。3年ぶりの墓参りにホッとした。甥のIkuoに「今晩、秋田で飲まないか」と誘ったが、遠いと言って渋っていた。

 田舎での墓参りを終え、車で50分ほどのところにある叔父・叔母の家に向かい、そこでもお参りをしてきた。まずは目的を終え、ホッとした。この日の宿泊は、秋田市内にあるホテルだ。

 Ikuo君から電話があり、「自分も今晩秋田に向かう。秋田に住む弟にも声をかけたので飲もう」とのことだ。そういうことならと、秋田に住む関係者に声をかけた。それが思わぬ大宴会になってしまった。

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2017年8月 8日 (火)

№3517 7月に読んだ本

 最近仲間との会話で、彼は「加齢とともに、本を読むのがだんだん辛くなってきた」と交々話していた。一つは老眼で眼鏡をかけないと活字を追えないというし、あるいは本を読む根気がなくなったという人もいた。

 幸いにして、私にはそんなことはない。相変わらず活字を追う毎日が続いている。ただ、加齢を言うと、夢中になって読んだはずの本の内容をほとんど覚えていないという弱みがある。

 まあ、内容を覚えていようがいまいが、どっぷり活字に浸かる幸せがあればそれだけでいいのではないか、と自己満足合している。7月も、相変わらず本を読む日々を送った。結果は、13冊・5163頁の読書量だった。ほぼ目標達成だ。

 それでは何を読んだのか紹介し、2~3冊の本についてコメントを述べたい。

香納諒一『女警察署長』 徳間書店 2012年7月刊

堂場瞬一『解』 集英社 2012年8月刊

山田宗樹『代休』 角川書店 2016年5月刊

百田尚樹『幻庵(上)(下)』 文藝春秋 2016年12月刊

乃南アサ『水曜日の凱歌』 新潮社 2015年7月刊

黒木亮『国歌とハイエナ』 幻冬舎 2016年10月刊

香納諒一『幸』 角川春樹事務所 2013年1月刊

堂場瞬一『蛮政の秋』 集英社 2015年12月刊

藤田宜永『大雪物語』 講談社 2016年11月刊

誉田哲也『歌舞伎町セブン』 中央公論新社 2010年11月刊

白石一文『光のない海』 集英社 2015年12月刊

宮本輝『長流の畔 流転の海第八部』 新潮社 2016年6月刊

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 私は百田尚樹の思想には、全く賛成できない。むしろ嫌悪している。まあ、それと小説は別だ。彼の小説はよく読んでいるね。『永遠の0』、『モンスター』、『錨を上げよ』、『海賊と呼ばれた男』等だ。

 この小説は、江戸時代、死闘を戦わせた囲碁棋士たちの話しだった。私は、今まで囲碁の小説は読んだことがない。10代初めからの天才囲碁士の話を読むと、今の将棋の15歳・藤井翔太を思わされた。

 百田の経歴を読むと、彼は自称アマチュア6段の棋力の持ち主のようだ。囲碁に相当精通していないと、この小説書けない。江戸時代の囲碁は、家と家をかけた囲碁だった。それには、天才少年棋士を探し、育てることも含まれていた。歴史小説というか、囲碁小説というか、面白かった。

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 乃南アサの小説を読むと、ホッとする。彼女の小説は何冊か読んでいるが、代表作『凍える牙』は今でも鮮やかな印象に残っている。

 今回の小説は、戦争直後、敗戦で大量のアメリカ軍上陸に際し、【RAA(特殊慰安施設協会)】に従事したお母さんの姿を、娘の目で観察するというものだった。

 お母さんは、戦争で亡くなった夫の友人の宮下の愛人として、戦後のどさくさを生き抜いた。その宮下の紹介で、性を売らざるを得なかった娘と米軍の通訳の職を得た。母はその仕事を通して、米軍高官と知り合いになった。戸惑いながらも、母の生き様を娘の冷静な目は見つめ続けた。

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 この本は、宮本輝の長編小説「流転の海」の第八部に当たる本だ。宮本輝はこのシリーズを書き始めたのが34歳で、延々35年間にわたって書き続けてきた。そして、あと一冊第九巻を残すのみになったようだ。そういう意味では、ライフワークとなった。

 主人公松坂熊吾とその妻房江、息子伸仁の奮闘の歴史だ。戦後まもなく始まった小説は、すでに昭和39年東京オリンピックの年になった。熊吾66歳、房江52歳、伸仁17歳という設定だ。

 従業員に金を持ち去られ、苦闘と戦う中古車販売業の熊吾。倒産をかろうじて逃れた熊吾に愛人ができた。そのことを知った房江は、自殺を試み、かろうじて命を長らえた。房江は離婚を決意した。

 ハラハラドキドキしながら、事態の推移を読む続けたら、私はあまりの面白さに夜眠れなくなった。さて、最終巻はどうなるものだろうか。完結したら、また最初から読んでみたい。

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2017年8月 7日 (月)

№3516 白河高原ゴルフの二日目

 昨日に続き、同じゴルフ場でこの日は朝一番のスタートだ。しかも、1ラウンドスループレーをしようという計画だ。ホストのYanaiさんはすでに後期高齢者だが、元気だね。お話を伺うと、今でも週4回ぐらいはゴルフ練習場に通い、毎週日曜日は、名門コースでラウンドしているという。

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 朝7時に食堂に集まった。がっちり食べないと、今日一日持たない。ただ、若干昨晩のアルコールは残っていた。この日は第一組が女子三人で、第二組が男子三人だ。

Img_3934 スタートは、朝7時45分だった。高原の朝は、風が気持ちいい。日陰に入るとヒンヤリした。この日もキャディ付きで回った。

 昨日は、ホストのYanaiさんがベストスコアだった。さて、今日はどうか。やはり年には勝てないか(?)、朝からフーフー言って回っていた。「高齢者には、二日間のラウンドはさすがきついね」とブツブツ言っていた。それでもフラフラしながら回り切ったのは、立派というしかない。

 私は相変わらずで、どうもパッとしない。私の武器は7番ウッドなのだが、その武器がボールにうまく当たらない。ほとんどすべてが、頭叩きのトップボールだ。同伴者が言うには、「力が入り過ぎている。それにヘッドアップが激しい」とのことだ。

 代わりに4番ウッドで打ったが、こちらのほうがうまく打てた。ゴルフはなかなかうまくいかないね。ただ、後期高齢者がこれだけゴルフに打ち込んでいるのに、私はほとんど練習しない。反省しなくっちゃ。

Img_3935 このゴルフ場は、前日も言ったように高地だ。キャディが「すでに紅葉が始まっているのよ」と言っていた。たしかに、もみじの先端は早くも紅く染まっていた。

 1ラウンドが終わったのは、午後1時ころだ。温泉に入り、昼食を摂った。ホストは東京で用事があるとのことで、早々に帰ることになった。6人で完全割り勘で清算したが、びっくりするほど安かった。参加者は大喜びで、再戦を誓った。

 午後2時40分、私も皆さんと別れて那須に帰った。那須に着いたのが午後20分、40分ほどで着いた。最初ゴルフ場を間違えたことも、あって2時間かかった。このゴルフ場は那須からも近いのだ。

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2017年8月 6日 (日)

№3515 白河で1泊2プレーのゴルフ

 Yumikoさんから、「Yanaiの大将が白河でゴルフをやるので参加しないか」とのお誘いがあったのが、7月初めだ。7~8年前、一度お誘いに乗って白河でゴルフをやったことがあった。久し振りに参加するか。

Img_3924 那須から白河に向かったのだが、思わぬ行き違いがあった。Yumikoさんから、白川国際カントリークラブでのプレーと連絡があったので、変だなと思いながら、カーナビでそのゴルフ場に向かった。1時間ほどかかって着いたが、フロントでチェックインしようとしたら、「そういう予約は入っていませんよ」というのだ。

Img_3925 Yanaiさんに電話をしたら、「白河国際ではなく、白河高原カントリークラブだよ」というので、慌てて引き返した。また一時間ほどかかった。那須から早い出発だったので遅刻をすることはなかったのだが、冷汗をかいた。

 この日の参加者は6人だった。スタートが午後1時で、1ラウンドスルーでプレーするのだそうだ。Yanaiさんは、このゴルフ場のすぐ近くに別荘があるそうだが、他の人は新幹線ですでに到着していた。

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 昼食を食べて、すぐスタートした。雨は降っていなかったが、空が重い。降ってくれなければいいがと思ったが、幸い、プレー中の雨はなかった。

 このゴルフ場は、標高860mのところにある。毎年11月中旬から4月中旬まで、雪でクローズとなるのだそうだ。5ヶ月間営業してないこともあって、フェアウェーといい、グリーンといい最高のコンデションだ。ただ、グリーンのアンジュレーションはきつく、キャディなしにはボールがどちらに動くかわからない。ただ、ありがたかったのは、ゴルフカートがフェアウェー乗り入れ可だったのだ。

 幸い、今回は二日間ともキャディ付きのゴルフだった。本当は、キャディがつくと4~5打はよくなるはずだが、私は最悪のスコアだ。何が悪いかといって、すべてが悪かった。ここは我慢の冬の時代だ。1ラウンド回り終わったのは、午後6時直前だった。

Img_3932 夜は、このゴルフ場のロッジに泊まったのだが、甲子温泉の湯を引いたお湯といい、夕食の料理といい、最高だった。幹事のYumikoさんが「焼酎森伊蔵」を差し入れてくれた。美味しかったね。

 二次会の席で、Yanaiさんが囲碁をやろうと誘ってきた。私は、彼と囲碁をやるのは初めてだ。四目を置きたいというので、それで対戦したが、敵は四目じゃきつかったようだ。それじゃ将棋をやろうというのだが、私は中学以来将棋などやったことがない。まあ、それでもいい勝負ができたのではないか。

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2017年8月 5日 (土)

№3514 今年も那須で展示会

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 毎年8月になると、Ohno家のギャラリーで『あら草香しら』の展示会が開かれる。今年もその季節がやってきた。主宰者のKayoさんは、この展示会のため、8月は那須に滞在する。まあ、彼女の避暑も兼ねてだろう。

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 女房が那須に来るのをOhno家は、首を長くして待っていた。女房に、古くなった看板を新しく書き換えてもらいたいらしい。女房は、さらさらとあっという間に書いてしまった。決して上手な字とはいえないが、味があって良いのだそうだ。この展示会の看板字は、ほとんどが女房のものだ。

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 このギャラリーは繭の里内にあり、なかなかここにたどり着くのが大変だ。今年は、案内板も新設したらしい。

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 この日がオープンだ。早速、9時過ぎに第一号のお客さんが来てた。毎年ここに来るのを楽しみにしているのだそうだ。

 この建物はお父さん手作りのギャラリーだが、なかなか本格的だ。内部は漆喰に塗り固められ、天井は太い古木を使っている。屋根はトタンで開設当初は暑かったが、冷房もいれたようだ。

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 すでに展示物も並べられ、いつでもお客様を迎えられる体制になっている。今年も例年と同じように、和服、洋服、籐の籠、皮製品の小物等が並んでいた。

Img_3917 奥には接待用のスペースも設けられている。今年の夏は今のところ涼しいが、これから暑くなるだろう。展示会は8月下旬まで続く。避暑がてら、遊びに来てみてはいかがだろうか。

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2017年8月 4日 (金)

№3513 那須で餃子パーテー

 埼玉で三日ほど過ごして、再度那須に行くことにした。今回は10日間ほど家を空ける予定だ。計画では、二日間ほど仲間とゴルフをし、そのあと川崎の姉と一緒に那須から秋田に帰京する予定である。

 女房は、決して私の車は運転しない。車が大きすぎて、運転間隔が分からないのだそうだ。女房は女房で、自分の軽自動車で那須に行くという。別々の行動だった。

 私は、女房に遅れること30分ほどで家を出た。途中、工事渋滞にあった。あまりの渋滞に、思わず東北自動車道で舘林まで行った。那須に着いたのは、女房よりも私の方が早かった。

Img_3908 向かいのOhnoご夫婦は、那須に滞在していた。明日から恒例の展示会をするというのだ。女房はOhnoのKayoさんと相談しあって、晩ご飯は餃子パーテーにしようと決まったらしい。自宅に庭のニラをたくさん収穫してきていた。

 Ohno家の居間にある囲炉裏は、恒例のパーテー場所だ。大きくて厚い鉄板が敷いてある。囲炉裏には、なるでも炭を熾している。ただ、餃子を焼くには、ちょっと温度が足りないのではないかな。そしたら、火吹き棒で炭を熾した。

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 十分に熱くなったので、鉄板に油を敷き、餃子を載せた。遠赤外線効果というか、あっという間に餃子が焼けた。20個の餃子を作っていたが、Matsukawaさんを含めて5人のパーテーで、一人4個の割り当てだ。大きな餃子だったので、食べ切れなかった。

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2017年8月 3日 (木)

№3512 涼しげなゴーヤカーティン

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 わが家の西側に植えられているゴーヤだが、ますます成長して緑のカーティンになっている。家のなかから見ても涼しげだ。7月にもこの記事を載せたが、その時には窓一杯というわけにはいかなかった。

Img_3903 障子を外したら、窓一杯が緑になった。しかも、どんどんゴーヤの実がなっている。花もたくさん咲いているから、これからも実をつけていくのだろう。

 さて、成長したゴーヤをどうしようか。自宅でも食べているが、消化しきれない。女房は、隣近所にお裾分けしているようだが、それも限界である。もう貰ってもらえる人もいない。さてどうしたらいいものだろうか、悩んでいるようである。

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 ゴーヤといい、庭園の畑の収穫物といい、最近夏野菜には困らない。ありがたいことに、食卓を賑わせている。

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2017年8月 2日 (水)

№3511 男の料理教室『暑気払い』

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 男の料理教室の『暑気払い』が、浦和駅前の伊勢丹7階のバンケットルームで行われた。7階はレストラン街であるが、こういう部屋があるのは関係者以外は知らないだろう。関係者のOnちゃんが予約してくれたものだ。

Img_3894 第70回目になる例会だったが、この日の参加者は13名だった。大体が常連メンバーである。ところで、一体このクラブの会員は何人いるのだろうか。あらためて数えてみたら、17名とのことだ。ほとんど顔を見せない幽霊会員も多くなった。

 この日の料理は、「いっさい宴会コース」とのことで、和食コースだった。関係者の努力で、乾杯用のビールとウーロン茶はサービスとのことだ。お昼からビールで乾杯したのだが、乾杯用のビールはすぐなくなった。「ちょっと足りないな」というと、さらにサービスビールが出た。

Img_3896 料理は特別なものはなく、先付、お刺身、焼物、天ぷら、蕎麦にデザートと定番だった。

 この部屋は2時間半借り切りとのことで、ずいぶんノンビリした。時間があるので、たっぷり最近の近況を話し合いましょう。そういうと、やっぱり話題の中心になるのは、体の不調についてだった。

Img_3898 意外と背骨、脊柱管狭窄、腰痛、ひざ痛の人が多かったね。年を取ると、誰でもが通る道だ。それぞれの人が思いのたけを話し始めたら、午後2時に近くなった。皆さんの話の中で共感を覚えたのは、Yさんの話だ。彼は八十歳を目の前にして、足は動かない、耳は遠い、奥さんには亡くなられたということだったが、こういう仲間がいてホッとすると話していた。

 この男の料理教室も70回を迎え、そろそろ疲れたという声も聞こえた。ただ、オリンピックを迎える2020年の100回までは続けようよ、とだれからともなく出ていた。まだまだ続きそうだ。

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2017年8月 1日 (火)

№3510 ファッションに煩い

 最近、女房と一緒にゴルフをする機会がふえた。先日の【ゴルフ合宿】でも一緒だった。帰ってきて女房が、「何、あの格好。見苦しくてしようがなかったわよ」と言っていた。

 女房が買ったゴルフズボンが、泥で汚れてきたなかったというのだ。よく見ると、洗ったはずのズボンが薄汚れていた。洗濯しても落ちないようだ。なぜかというに、そのズボンのままに畑の農作業をしている。当然泥がつくが、洗えば落ちるものと思っていた。それが落ちない。

 男どもは皆そうなのだろうが、ほとんどファッションには無頓着だ。私も、普段は女房に言われたままの洋服を着ている。ところが、色合わせが悪いとかボタンをはずせとか、なかなか煩い。

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 ゴルフの着るものは、最近女房に任せっきりだ。一年以上も前に買ってもらった半袖のポロシャツを着てゴルフをする機会が多い。これを見た同伴者が「なかなか良いポロシャツを着ているじゃないの」と言ってくれる。それを聞く私もまんざらではない。

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Img_3889 那須にいる機会に、女房は那須のアウトレットにいって、ゴルフの着るものを買ってきてくれた。ズボンとポロシャツである。試着してみたが、なかなかいい。ズボンもグレーの落ち着いた色だった。

 「このズボンを穿いて農作業はしないでね。ゴルフ専用に使ってよ」とのことだ。ハイハイ、わかりました。

 埼玉の自宅に帰って、ズボンのすそ上げをしてくれた。今度のゴルフは、これを着てプレーしよう。

 

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