« №3590 展示会撤収のお手伝い | トップページ | №3592 雨の日は会報作り »

2017年10月21日 (土)

№3591 雨の上野・谷中界隈散策

Img_4428 東京シニア自然大学の講座で、「上野・谷中界隈の散策と都市観光の課題」があり、参加してきた。この日の講師は、高崎商科大学准教授の萩原豪先生だった。萩原先生は上野で生まれ、子どもの頃はこの地を遊び場にしていたという。

 あまり皆に知られていないディープな上野・谷中を紹介したいのだそうだ。雨の予報で、主催者は中止かどうか迷ったようだが、催行を決断した。私はこの雨に備え、大きめの傘を持って出かけた。

Img_4430 まず向かったのが「上野弁天堂」だ。谷中七福神の終点として、私は何度も訪れている。先生が見てほしいのは弁天堂ではなく、この周りにある塚だという。ウム、確かに「すっぽん塚」「ふぐ塚」「めがね塚」「鳥塚」「庖丁塚」「魚塚」など、多くの塚が建っていた。

 誰が建てたのかを見てみると、それぞれの関連業者が建てたもののようだ。それだけではなく、この上野公園には多くの銅像も立っているらしい。これだけを見て歩くだけでも一日が必要と言っていた。

Img_4431
 上野公園で有名なのは、「西郷隆盛像」だ。萩原先生は鹿児島大学に赴任したこともあり、「せいごうどん」は鹿児島で今でも愛されているという。さらに、先生は2年ほど沖永良部島にも滞在していたらしい。「西郷隆盛」は、来年の大河ドラマの主人公として、この像も人気が出るだろう。

Img_4433 ただ、先生が見てもらいたかったのは、この像の後ろにこじんまりと立っている「彰義隊の墓」だと言っていた。明治維新の際、上野の山は政府軍と賊軍の激しい戦争の場になった。その痕跡が、あちこちに残っているようだ。

 この日は、その痕跡を訪ねる目的もあった。谷中のお寺には、いまだ鉄砲の傷跡があるというし、新政府軍が彰義隊の死体を片付けるのを禁止したのに、率先して弔った方もいたという。

Img_4442 お昼ご飯は、東京芸大の学生食堂だった。一般の人が食堂に入るのは禁止されていないらしい。学食で食べるといううのも久し振りだね。スペシャルランチを食べたのだが、最も高いメニューでも610円だった。

 午後は、寛永寺から谷中散策だ。寛永寺にある幼稚園も、先生が卒園したところらしい。卒業した小学校・中学校もこの界隈にあった。

Img_4448 根岸にぽつんと立っていたのが「子規庵」だ。正岡子規終焉の場所として、彼の書物を読んだものにはおなじみの場所だ。有料で入場できるようだが、団体行動だったので、次の機会にしよう。

 この近くには「書道博物館」や「ねぎし三平堂」などもあったが、外を見て通るだけだった。休憩場所は、西日暮里駅前のホテルの喫茶室だ。25名ほどの団体が、すっぽり入った。

Img_4451
 さて、帰りはさらに谷中を散策しながら上野に向かうという。まず訪れたのが芋坂だ。今ではJRと京成線の鉄橋になっているが、上野に籠った彰義隊が逃れた道が、この芋坂だったらしい。歴史小説を読んでも、政府軍は逃れ場所を開けておいたことが書かれている。フ~~ム、この場所だったんだ。

Img_4453 谷中の墓地を抜けていったのだが、一か所ブルーシートが敷かれていた場所があった。幸田露伴の小説で有名な「五重塔」があった場所だ。心中の貰い火事で焼けてしまったのだが、再建計画もあるらしい。

 この日は雨なのにもかかわらず、ずいぶん歩いた。歩数計を見ると、23,000歩も歩いていた。最後に先生が言ったのは、「この日は健脚コースで、12kmほどあった」そうだ。

 最後の打上げで言っていたのだが、上野・浅草界隈ではまだまだ見るべき場所がたくさんあるのだそうだ。まあ、雨だったが楽しかった。

|

« №3590 展示会撤収のお手伝い | トップページ | №3592 雨の日は会報作り »

東京シニア自然大学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« №3590 展示会撤収のお手伝い | トップページ | №3592 雨の日は会報作り »