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2017年12月10日 (日)

№3644 11月に読んだ本

 毎月10日前後に、前月読んだ本の報告をし、2~3点感想を書いている。

 11月は、何といっても大旅行の月であった。私にとって、海外旅行は読書月でもある。今回も文庫を中心に、9冊を持って出かけた。なるべく厚い本を持って行ったので、トータルページ数は4,640頁にのぼった。

 当然ながら面白い本もあったが、つまらない本もあった。ただ海外にいると、面白くなくても読まざるを得ない。毎月6,000頁の読了を目指しているが、なかなか達成しないのが実情である。ところが、11月は目標を達成した。13冊・6,075頁の本を読んだ。今年は1月に続き、2度目の6,000頁超えだった。

 それでは、具体的に何を読んだのかを報告し、2~3点の感想を書いてみたい。

佐々木譲『鷲と虎』 角川文庫 2010年2月刊

村山由佳『アダルト・エデュケーション』 幻冬舎文庫 2013年4月刊

柳田邦男『脳治療革命の朝』 文春文庫 2002年2月刊

沢木耕太郎『キャパ』 文春文庫 2015年12月刊

笹本稜平『サハラ』 徳間文庫 2011年4月刊

佐々木譲『疾駆する夢(上)(下)』 小学館文庫 2006年7月刊

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』 ハヤカワ文庫 2017年10月刊

小池真理子『怪談』 集英社 2014年7月刊

逢坂剛『墓標なき街』 集英社 2015年11月刊

北方謙三『楊令伝(7)驍騰の章 楊令伝(8)箭激の章 楊令伝(9)遥光の章』 いずれも集英社

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 あまりにも面白くて、夜寝ないで読む本が年に何冊かある。この本は上下合わせて1,400頁ほどあったが、あまりの面白さに眠るのも忘れて読んだ本だ。(上)は、イスタンブールから成田に帰る機上で読んだ。夜中の2時にイスタンブール発で、成田に着いたのが夜7時40分だったが、ほとんど寝ないで読んできた。(下)は自宅で読んだが、おかげで時差ボケ解消に役立った。

 内容は、戦後リヤカーを作ることから出発して、日本第4位の自動車会社にまで育てた多門大作の一代記である。多門自動車は架空の会社だが、多分、下敷きにあった会社はホンダであろう。

 リヤカーから原付自転車を作り、三輪車で基礎を作った会社だ。懐かしい名前だったが、その頃三輪車を作った会社には、クロガネ、ダイハツ、マツダなどがあった。

 三輪車では先が見えていると、乗用車作りに挑んだ多門には、様々な妨害が待ち受けていた。特にいろいろな嫌がらせをしたのが、時の通産省だ。通産省はトヨタと日産の二大会社だけでいいと、輸入規制など障害を設けた。

Img_4600 多門自動車が成功した要因は、アメリカ進出でだった。売り上げの7割くらいは海外で売れた。工場のアメリカ進出を第一番に決めたのも、多門自動車だった。最終的に、本社をアメリカに移転すると決めたが、やはり国からの様々な嫌がらせにあった。

 この本を読みながら、私も官僚の嫌がらせに一緒になって怒った覚えがある。佐々木譲は良いね。海外旅行期間中に、佐々木譲の本をもう一冊読んでいる。

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 私は、笹本稜平の本もたくさん読んでいる。ただどういうものか、読み終えるとほとんど印象に残らないのが笹本の小説だ。検索してみると、笹本の本は今まで24冊読んでいた。

 ただ、この『サハラ』は面白かった。記録を見ると、ジョージアのトビリシのホテルで、外にも出ずに読んだ本だ。なぜ面白かったかというに、今年の3月に旅行したモロッコが舞台の本だった。

 モロッコの南に西サハラという広大な地がある。ほとんどが不毛な砂漠地帯のようだが、ここに石油が出るかもしれないという可能性が出て、がぜん領有権争いになった。西サハラ解放戦線とモロッコの間でだ。

 主人公のヨウジ・ヒガキは、西サハラ解放戦線から軍の訓練を頼まれた傭兵だった。ところが、モロッコ入国とともにモロッコ軍に捕まり、相当のリンチを受けたらしく、気が付いた時にはサハラ砂漠のヘリの火災現場だった。ただ、記憶は失ったままだ。

 記憶を取り戻す作業と、西サハラ解放戦線の援助の両方をする中で、徐々に記憶を取り戻していくという物語だった。これに、スイスに住む奥さんの物語も絡まり、面白い冒険小説になっていた。

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 柳田邦男さんの本は、常々彼への尊敬の念を抱きながら読んでいる。ただ、柳田の初期の作品である航空機事故に関するものはほとんど読んでいない。彼に注目するようになったのは、医療に関する評論である。

 『犠牲サクリファイス』を読んだのが、柳田の出会いのはじめだったろうか。彼の息子さんの自殺を前にして、自分が何もできなかった痛切な自己反省の書だった。記録を見ると、1999年に読んだとある。

 柳田の読書記録を見ると、『犠牲サクリファイス』のほかに『この国の失敗の本質』、『脳治療革命の朝』がそれぞれ二回づつ読んだ。この『脳治療革命の朝』も、前回読んだのは2012年10月だった。

 この本は、日大板橋病院の救急医療医師林助教授の脳低温療法の画期的医療で、死の縁から帰還した人の記録の書であった。医療は日進月歩だと気づかされた。脳低温療法は20年以上前の治療法だったが、今はどうなっているのだろうか。


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