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2018年7月 9日 (月)

№3855 7月提出の俳句を推敲

 毎月10日は、わが高校俳句同好会「東雄句会」の俳句の締め切り日だ。毎月色々な山があるが、この10日もひとつの山だ。5句を作る必要に迫られる。今日は、その作句から推敲までの過程を語りたい。

 俳句を作るときに、まずは6月に何があったのかを思い出す。一番印象に残ったのが伊豆旅行だ。その旅行であったことを一つ一つ思い出しては、俳句を作っていく。今月作った5句を紹介したい。

白波の岩に砕けて野萱草

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 これは伊豆半島の城ヶ崎海岸の光景を詠んだものである。対岸には大きな岩があり、陸岸との間の海には荒々しく白波が立っていた。その対岸の岩の上に、印象的に二本の野萱草が咲いていた。その黄土色の花が象徴的であった。さて、この光景を詠んでみよう。

 初案は、「濤を打つ岩に二本の野萱草」だった。これで詠む人の心を打つか、考えてみた。第二案は「白波の砕けし岩や野萱草」にしたが、これもパッとしない。「白波の砕けて散るや野萱草」とも作ってみた。夏の季語は【萱草】である。

城ケ崎波より湧きつ岩燕

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 これも城ケ崎海岸で詠んだものだ。上記の陸岸と対岸の海峡に、岩燕が湧き出でるように飛んでいた。見ていても、巣があるわけでも餌があるわけでもなかった。なぜ、あのように群舞していたのか不思議だったね。この岩燕を詠もう。ただ、難は「燕」は春の季語だ。まあ、かまうことはないだろう。

 初案は、「城ケ崎海に湧き出づ岩燕」である。果たして、この句は詠む人に情景を訴えることができるのか考えた。そして第二案が「城ケ崎波に湧き出づ岩燕」だ。波に湧き出づ、もちょっと言いすぎかな。

荒れ庭の木に一塊の夏蜜柑

 この句は、伊豆高原のオープンガーデンの場面を活写し、詠った。この庭を訪ねた折、庭には大きな甘夏の木があった。その木には、たくさんの甘夏が実をつけていた。持ち主の女性が「誰も食べる人がいなくて困っているんです。ぜひお持ちください」と20個ほども袋に詰めてくれた。さらに、黄色いレモンの実もなっていた。それもいただいてきた。荒れ庭とはとてもいえない手入れの行き届いた庭であったが、俳句的真実でここは「荒れ庭」とさせていただいた。

 初案は「伊豆高原開放庭園夏蜜柑」だったが、これは三段切れだ。そして第二案が「無造作に根元に落果夏蜜柑」だったが、「無造作」が気になった。そして第三案が「手入れなき根元転がる夏蜜柑」としたが、推敲して上の句になった。推敲した句が成功するとは限らないのが、若干苦しい。

半夏生庭の真中に位置を占め

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 やはり伊豆高原のオープンガーデンでの光景だ。本当は、半夏生ではなく、ハンカチの木が庭の真ん中にあった。半夏生は夏の季語だが、ハンカチの木は季語ではない。庭の持ち主はハンカチの木と言っていたが、女房は「あれはきっと半夏生」と強調していた。私もハンカチの木だとは思ったが、ここは半夏生で詠もう。

 初案は「庭の隅ほの明るきは半夏生」と詠んでみた。どうもいまいちだ。第二案は「半夏生開放庭園彩れり」と詠んでみた。プレバトの夏井先生が「下手はすぐに【彩れり】と詠みたがる」と言っていたことを思い出す。

美術館一休みして餡蜜を

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 これは、熱海のMOA美術館での一光景である。昼食後、美術館を見て歩いたのだが、美術館というのは意外と疲れるものである。私は早々に美術館を出たが、連れの3人はゆっくり見て歩いていた。30分もたって、ようやく出てきた。美術館の入場券には、お茶のサービス券がついていた。これを使って、美術館併設の甘味処で餡蜜を食べた。ちなみに、「餡蜜」は夏の季語である。
 
 これも初案は「美術館餡蜜を食べ一休み」だったが、あまりにも直截的だ。第二案が「美術館小休止して餡蜜を」にしたが、「小休止」よりも「一休み」のほうがいいような気がした。俳句はわずか17文字の世界一短い詩だ。一字一句をおろそかにできない怖さがある。

 とりあえず5句を作ってみたが、まだまだ推敲の必要がある。さらに本番の「桟雲の会」には今一度推敲した俳句を提出するつもりである。

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