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2018年8月

2018年8月31日 (金)

№3908 わが俳句が特選句に

 何度かお話ししているが、わたしは「桟雲の会」と、高校の同窓句会「東雄句会」に所属している。東雄句会の毎月の締め切りは10日、そして桟雲の会の句会は第三火曜日である。大体が、東雄句会に提出した句を手直しして、桟雲の会に投句している。

 ただ、8月の「桟雲の会」は行田吟行で、東雄句会に投句した俳句とは別だった。さて、東雄句会に投句した俳句は、どのような評価を得たのだろうか。この日、8月の投句の結果が送られてきた。全12名の会員が、毎月5句の投句している。

 選者は、「桟雲の会」でもいっしょのSenshuさんだ。ある人が、「Senshuさんは秦山さんを依怙贔屓していないか」といっていたが、Senshuさんは選句の時に作者の名前は知らないはずだ。依怙贔屓する訳はないじゃないか。

 それでも、「桟雲の会」では評価の低い私の俳句も、この東雄句会では評価の高いことがよくある。8月の選句では、選者は並選6句に特選1句を選んでいた。その中に私は、並選に1句、特選に1句選ばれていた。今日は、選ばれた特選の句と並選の句を紹介したい。

蜉蝣(かげろふ)の窓に張り付き山の朝

 この句は、那須での朝、網戸に張り付いて死んでいる蜉蝣を見て、思いついた俳句だ。網戸も季語なので、原句では「窓」とした。
(特選評)幼虫は2~3年を経て成虫に羽化。交尾、産卵を終えて数時間で死ぬ。昔から「蜉蝣の命」といって果敢ないことの喩えに言う。下五「山の朝」は山宿の景が思われ、よく観察されている句である。(Senshu評)

 なお、この句には選者のほか会員4人も票を入れてくれた。

予定表白紙に戻る野分かな

 8月は台風が多かった。いま日本に向かっている台風を含め、9個の台風が発生し、近来にないことのようだ。8月上旬、台風来襲の報で、予定が次々とキャンセルになった。そのことを俳句に詠んでみた。

(並選評)秋の暴風が草木を吹き分けるという意味で名付けたという。主として台風を指す。農作業や行楽に影響を及ぼし、掲句のように計画の見直しが必要になる。身近な現象を実感として句にされた。(Senshu評)

 なお、この句には選者以外に2票入っていた。

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2018年8月30日 (木)

№3907 青木ヶ原樹海は“黒い森”か

 東京シニア自然大学修了生対象コースの講座で、富士山麓の青木ヶ原樹海に行ってきた。この講座は、「富士山に行こう!」ということで、年一回行われている。今年でもう4回目になるだろうか。私が参加したのは、これで2回目だった。講師は、いつもの小泉武栄先生(東京学芸大学名誉教授)だ。

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 小泉先生は気さくな方で、朝挨拶した時も「私は70歳になった。最近、とんと体が動かなくなったと痛感する」と話していた。毎月のように山に登っていたようだが、最近はその回数も少なくなった、と話していた。

 私は不勉強にして、富士山のことはあまり知らない。講座の主催者Kanakuboさんに、「富士山講座で青木ヶ原樹海に行きたい」と希望を述べていたが、ようやく実現した。この講座は人気が高く、38名もの参加があった。

 私のイメージでは、青木ヶ原樹海というと自殺者が入り込む森で、暗く黒いというイメージがあった。どうやらそのイメージは、松本清張の影響が多分にあったのかもしれない。この日の講座は、青木ヶ原樹海が富士山噴火のどういう影響を受けたのかの観察会だった。残念ながら、この日は曇っていて富士山は望めなかった。

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 観光バスをチャーターして、道の駅なるさわ経由で本栖風穴に向かうはずだった。ところが1時間も道に迷って着いたのが富士風穴だった。まあ、これはこれでよかった。いよいよ青木ヶ原樹海に踏み入った。ところが、森は私のイメージに反して明るく日のさすところだった。

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 特にこの森で目立った樹木は、アカマツ、ツガ、ヒノキ、ハリモミ、ヒメコマツ、アセビ等の木だ。先生の説明によると、この樹海はもともとが草原で溶岩台地だったという。地元の人にとっては草刈場であり、萱などの採集地だったという。いつの間にか木が生えはじめ、アカマツなどは80年になる成木のようだ。

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 樹海に生えている大木も、下が溶岩なので根を張れないでむき出しだ。これじゃ風に弱いだろうと思ったが、この樹海は意外と風が弱いのだそうだ。標高1120メートル、富士山の1.5合目に広がる3000ヘクタールの広大な森だ。

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 午前中の最初の目的地が【富士風穴】だ。この地は、周りから20mも落ちていた。溶岩ドームが陥没したもののようで、底に降りてみると、地上に比べて10度も低く、ひんやりして気持ちがよかった。この底には暗い穴が開いてあり、200数十mも広がっているらしい。「ブラタモリ」でタモリが穴に入ったらしいが、われわれは入らなかった。

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 この風穴も私には初めてだったが、いろいろな溶岩が広がっているのも珍しかった。縞々のような溶岩があったが、縄状溶岩というのだそうだ。岩の説明があり、安山岩や玄武岩、流紋岩などの説明を聞いても、私にはわからなかった。同行の仲間Arakawaさんに、コナラとミズナラの違いを聞いて、初めて納得した。

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 昼食後、西湖の蝙蝠穴を訪ねた。夜になると、蝙蝠がこの穴から飛び立つらしいが、今は棲んでいないという。ヘルメットをかぶってこの蝙蝠穴に入ったが、天井が低くて、ヘルメットが岩にがつがつ当たった。ヘルメットなしでは頭に瘤ができるほど低い箇所もあった。

 そいうえば、先日横浜球場で野球観戦していた時に、川崎の姉が「富士五湖や忍野八海に行ってみたい」といっていたのを思い出す。今回行ったのは、まさにそういう場所だった。

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2018年8月29日 (水)

№3906 那須は終日雨だった

 無事畑仕事を終えやれやれと一息ついていたら、急に雨が降り始めた。それも相当強い降りだ。テレビを見ていたら、東京も雷交じりの雨のようだった。世田谷では、1時間当たり110ミリの猛烈な雨だったようだ。あちこちに雷が落ち、広い範囲で停電していた。

 那須はひどい降りだったが、それでも雷被害はなかった。ただ、夜11時ころは相当強く降っていた。その雨が、一晩中降り続いた。雨が降ると、気温が下がる。ネットで那須の気温を調べてみたら、21度のようだ。あの暑さが嘘のように消えた。

 屋根を叩く雨の音を子守歌代わりにぐっすり眠れた。目が覚めたら朝7時ころだったので、8時間近くは眠れた。おかげで睡眠不足は解消した。昨日のうちに畑仕事を終えて、ほっとした。

 さて、那須滞在の目的を果たしたので、今日は埼玉に帰ろう。朝食を食べ、家の跡片づけをしていたのだが、まだ雨は降り続いていた。さらに調べてみたら、この日の那須の温度は24度までしか上がらないようだ。すっかり秋の気温だね。

 朝11時に那須を出て、帰ってきたのが午後2時だ。途中、これもいつものように道の駅「しもつけ」で昼食を摂った。実質、那須から埼玉までは2時間半で帰ってきた。

 スケジュール表を見ているのだが、次那須に行くのは9月20日前後になる。大根を植えるには遅すぎるかな、心配だ。

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2018年8月28日 (火)

№3905 畑を耕す

 今回の那須訪問の最大の目的は、畑を耕すことだ。ただ、あまりにも暑ければ無理をしないと思っていた。最悪、秋の収穫をあきらめるとまで腹をくくっている。

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 この日は、朝方は曇っていた。日が出ていなければ涼しい。畑に出てみた。ものすごい草だ。ここは、じゃがいもを収穫してそのままにしておいたところだ。わずか2か月で、隙間ないほど草が繁っている。まず草を抜かなければ前進できない。腹をくくって草を抜こうか。

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 草取りを始めたら、陰っていた日がじりじり照ってきた。3分の一ほど草取りをして、もうたまらん。仕事をあきらめた。わずか1時間ほどの作業だったが、午前はここまでだ。着ているものは、汗と泥でびっしょり濡れている。家に帰り、着ているものは洗濯機へ放り込み、シャワーを浴びた。

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 昼食を摂りお昼寝をしていたら、また曇ってきた。さて続きを始めようと畑に出た。日が出ていないと、風は涼しい。午後は仕事がはかどり、何とか草を抜き切った。

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Img_6624  ここまで来たら、肥料を撒いておこう。持ってきたのは、土壌を中和するための苦土石灰と、大根専用肥料だ。あらかじめ買っておいたものだ。

 この畑には例年通り大根を植え、収穫した大根で沢庵を漬けるつもりである。昨年は収穫時期と海外旅行が重なり、必要以上に大根は大きくなってしまった。今年もまた、収穫とお旅行が重なる。大根は、なるべく遅く植えよう。

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 肥料を撒くのは簡単だ。撒いた肥料を鍬で土の中にかきまぜた。今回の那須訪問の目的を達成したのに満足した。時計を見たら、午後5時を回っていた。大根を植えるのは、9月中旬のつもりでいる。

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2018年8月27日 (月)

№3904 那須も暑いゾ‼

 この日の天気予報では、埼玉の熊谷で37度越とのことだ。さぞ那須は涼しいかと思う方も大勢いると思うが、やはり那須も暑い。この日はほとんど風がなかったので、じっとり汗をかいた。涼しいなら畑仕事をと思っていたが、とんでもない。

 しょうことなしに、一日グダグダテレビを見て過ごした。朝起きてテレビをつけたら、アジア大会女子マラソンをやっていた。見るともなしに、2時間半ほどマラソン観戦をした。お昼の12時半からは、これはいつものことだが、テレビ囲碁トーナメントの観戦だ。

 囲碁放送が終わったら、巨人対阪神戦をやっていた。巨人ファンの私は、8回まで安心してみていた。ところが、8回表に阪神のどんでん返しがあった。ピッチャーの沢村も悪いが、首脳陣の投手交代がとんでもなく下手だった。これで、今年も巨人はないなとがっかりしたね。

 裏番組では、女子プロゴルフの中継があった。そのあとは、恒例の「笑点」だ。つなぎにアジア大会を観戦し、夜8時からは『西郷どん』だ。

 そして、9時過ぎに布団にはいり読書をした。昼あれほど暑かったのに、夜になると丁度いい21度ほどだ。夜はぐっすり眠れた。

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2018年8月26日 (日)

№3903 さて、那須に行こう

 ひところ涼しくなったと思っていたのに、また暑くなった。暑がり屋の女房は、「死ぬ!!!」と騒いでいる。私は、寝苦しいのでエアコンを点けて寝ているのだが、点けたままぐっすり寝てしまったせいか、目が覚めたら、あまりの寒さに震えて布団をかぶっていた。慌ててエアコンを消した。

 エアコンを消すと、またすごい汗だ。頭は玉の汗だし、下着も汗でぐっしょり濡れていた。たまらんな。そうだ、4日ほど暇があるので那須に行こう。これで8月は3度目、15日の那須滞在になった。それにしても、思い立ったら行けるシュルターがあるのは有難い話だ。

 先日、ある方と話していたら、「那須のシンさんの家は良いね。また行きたいよ」と言っていた。その方はいろいろな別荘を訪ねているようだが、この那須の家が気に入ったようだ。大歓迎です、いつでもどうぞおいでください、と話しておいた。

 以前はいろいろな人を誘って那須に来ていたが、最近は面倒になり、誰にも招待状を出していない。ただ、ぜひ再度訪れたいという人は大歓迎だ。

 那須に来ると何があるというわけではないが、かえって何もないのがいいね。【あるるのいえ】は本当に静かだ。自炊して、本を読んで、ぐっすり寝るだけだ。この単純な生活がいいのだ。

 向かいのOhnoの奥さんKayoさんが臨時で那須に来たようだが、一泊して帰っていった。お父さんが入院していて、1時間おきに携帯に電話を鳴らすのだそうだ。初めての入院で、不安なのだろう。

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 Kayoさんはギャラリーの後始末に来たのだろうが、最低限のことをやって帰ってしまった。ギャラリーの看板があちこちに立っている。その看板の撤去をやってあげた。

 那須で涼しければ畑仕事をやろうと思っているが、暑ければ無理をすることもない。まあ、様子を見てぼちぼちだね。

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2018年8月25日 (土)

№3902 池江璃花子、6冠達成

 先日高校野球全国大会が終わったと思ったら、こんどはじまったのがジャカルタでの「第18回アジア大会」だ。スポーツ好きの私は、連日テレビにくぎ付けである。中でも、水泳競技の池江璃花子はすごい。彼女は8競技に出場したが、昨日の50m自由形で金をとり、6冠達成した。それに他の2種目も銀メダルだ。

 水泳競技は、さながら中国と日本の一騎打ちの戦いだ。毎日、中国か日本の国歌が流されている。それにしても日本選手も強いが、中国の選手も強い。特に、中国の選手は15~6歳と若い。体操競技もそうなのだが、水泳競技も若くないと通用しない時代なのか。

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 池江璃花子も18歳と十分に若いのだが、この中に入るとお姉さんという感じがするね。そして、昨日の50m自由形だ。勝負はあっという間に決まる。しかも、ライバルは中国の強豪劉湘だ。劉は、池江より0秒17早い記録がある。

 池江は、このアジア大会の最終8種目目の競技だ。いくら若いといっても、きつくないわけがない。しかも、さぞかしや心理的なプレッシャーもあったことだろう。この大会を見ていて、池江のプレッシャーに強い精神力をまざまざ見てきた。

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 まさにこの50m自由形もほとんどタッチの差だった。わずか0秒07の差で劉に競り勝った。彼女の競技力もあるだろうが、最終的には「絶対勝ってやる」という精神力の差だったのではないか。

 往々にして、今までは日本選手のプレッシャーに弱い場面を今まで何度も目にしてきた。しかし、日本にも池江のような新人類が現れてきたのはうれしいことだ。

 そして改めて思うのは、中国の強さだ。注目競技では日本選手も頑張っているが、他の競技では圧倒的に中国が強い。今でも金メダルの数は、中国が日本の2倍である。今や、日本はアジアの盟主ではないのだ、と痛感させられる。

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2018年8月24日 (金)

№3901 横浜でプロ野球観戦

 テレビでは毎日のように見ているプロ野球だが、実際に球場で観戦することはめったにない。そうだね、3~4年に一回程度のものか。川崎の姉から、「横浜球場でのチケットが手に入ったので、行かないか」との誘いがあった。そうだね、久しぶりに行ってみようか。試合は横浜対巨人戦だった。

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 用意されていた席は、ボックスシートだ。姉の娘Maikoの会社の年間席だという。最大5人までは入れた。Maikoの息子と姉二人、それに女房の5人での観戦となった。横浜の姉は、この日のためにお新香や枝豆、まんじゅうなどを用意してきた。私は、ビールやジュースを買った。

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 台風の影響か、天気予報は雨だった。しかし雨にはたたらずに、夜のさわやかな風のもと、絶好のナイター観戦日だ。テレビには映らないが、実際球場に出かけてみると、場内では観客を楽しませるために様々なイベントが行われていた。これを見ているだけでも楽しいのかな。

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 野球の基礎知識のない川崎の姉には、試合を楽しむというよりも球場の雰囲気を楽しみに来ているようなものだ。野球は、横浜のワンサイドゲームだった。こんなつまらない試合を見ているよりも、横浜中華街でおいしいものを食べて帰ろう。5回表が終わった段階で、球場を出た。

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 横浜球場のすぐ近くに中華街がある。あるお店に入り、そばやチャーハン、春巻きに餃子を食べて帰ってきた。

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2018年8月23日 (木)

№3900 建築進む隣家

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 私のパソコンルームの目の前で、隣家の建築が進んでいる。それとはなしに進行具合を見守っているのだが、建ち始めるとあっという間だね。設計図に従って木を切り刻んで現場に持ってくるのだろうから、ここでは積み木を組み立てているだけのようなものだ。

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 以前もブログに書いたが、この家はわが家の境界ぎりぎりに建っている。建て主に「日照権はどうしてくれるのか」とクレームをつけた。そしたら設計変更を申し出てくれて、わが家の庭側1間を削った。それでも、建ってみるとやはり圧迫感はぬぐいきれない。

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 建つ前には、庭には燦燦と日が降り注いでいたが、建ってみると薄暗くなってしまった。まあ、やむをえないことと諦めるしかないかな。

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2018年8月22日 (水)

№3899 金農、頑張ったね

 いろいろと思い出に残った第100回高校野球記念大会も、昨日の決勝戦で幕を閉じた。もしかしたら秋田に優勝旗が、という夢も無残についえた。

 秋田県大会と甲子園の準決勝までを一人で守り抜いた投手吉田輝星は、全国の話題を独り占めしたようなものだった。その希望の星も、大阪桐蔭の前に無残に打ち砕かれてしまった。

Photo  吉田の健闘を称えるべきか、大阪桐蔭の打棒を称えるべきかはわからない。ただ、矢張り決勝戦では、吉田が力尽きてしまったというのが正直なところだ。吉田は、甲子園大会を一人で850球余りを投げたという。投げすぎとかかわいそうとか、いろいろ議論はあるようだ。

 大阪桐蔭はエース級ピッチャーを3人用意していたし、勝ちあがってきた高校はいずれも何人かのピッチャーがいた。エース一人で投げ抜き、しかも交代することのない9人が守ったというのは、近年の高校野球の甲子園出場では珍しいことではなかったのか。

 話題の少ないわが郷土秋田は、久しぶりに全県あげて盛り上がったようだ。それ以上に、判官びいきというか、にわか秋田ファンが増大したのもうれしい現象だった。満員の甲子園は、8割がたが金足農業を応援していた。しかし、そんな雰囲気を打ち壊す力が大阪桐蔭にはあった。

 もう一つ心配していたのは、決勝まで勝ち上がった金足農業の資金枯渇だ。ところが、今朝のニュースを見ていると、金農に5,000万円の寄付金が集まったとのことだ。たぶん、これからもまだまだお金が寄せられるのではないか。

 余分な話だが、わが母校も甲子園に出場すると、野球部に潤沢な資金が寄せられたという話があった。ただ、ほとんどが出ると負けだったのも事実だ。そういう意味では、金農の決勝進出は秋田県の球界に明るい話題を提供した。それ以上に、秋田県全体に元気をもたらしたのはうれしいことだ。

 今後吉田輝星がどうなるのか。たぶんプロ野球からの高位ドラフト入団の要請がかかるだろう。プロ入団後の吉田も見守っていきたい。

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2018年8月21日 (火)

№3898 着々進む旅行準備

 先日、秋の海外旅行計画の話をした。10月下旬に日本を発ち、キューバとメキシコを23日間かけてぶらり旅をしてくるというものである。

 いろいろと調べてみたら、キューバに入国するのにはビザはいらないが、「入国許可証」が必要だとある。入国許可証をえるには、①旅行代理店に頼む、②郵送で許可をえる、③直接キューバ大使館で取得する、の3つの方法がある。①だと10000円以上の手数料がかかるし、②だと5,500円、③だと2,500円で済むという。暇なので、キューバ大使館に行ってみよう。

 許可証をえるには条件があって、①キューバ滞在中のホテルを書かなければならない、②「海外旅行保険」に入っていなければならない。普段、海外旅行に行くときには、保険に入ったりはいらなかったりである。必需なら、保険に入る必要があるかな。

 旅行会社に、「海外旅行保険」の申込書を郵送してもらった。「申込書」をよく読んでみると、「イラン、スーダン、シリア、クリミア、キューバにおいての事故は、保険金が支払われない」とあった。エッ、保険会社にとってキューバは危険な地域なんだ。旅行会社に電話をして、ほかの保険の申込書を送ってもらった。その保険には、危険地域の指定はなかった。

 さて、入国の必須条件にホテルの指定がある。今は便利で、「ホテルズドットコム」でいくらでも探すことができる。予定では、キューバのハバナにつくのが夜の10時半だ。あらかじめホテルは予約しておく必要があると思っていた。ホテルの検索の条件は、①Free wi-fiが使えるかどうか、②朝食付きであるかどうか、③街の中心地に近いかどうかなどである。④さらに、安いに越したことはない。

 検索してみたら、朝食付きで3泊10,000円という宿が見つかった。何度も経験しているが、宿は当たるも八卦当たらぬも八卦で、行ってみないとわからない。だめなら、ほかの宿を探せばいい。ついでに、帰りに寄るメキシコの宿も3泊の予約をした。飛行機と宿を予約したら、大船に乗った気持ちだ。

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 さて、追々キューバとメキシコの研究をしておこう。本屋に行って、「地球の歩き方」のガイドブックを買ってきた。キューバの本島は、日本の本州ほどの大きさだ。とても全部歩くというわけにはいかない。ただ、目標は「キューバ革命の聖地を訪ねる」というところだ。キューバ島のはずれにある、有名なグアンタナモ刑務所までは行けるかな。

 メキシコでは、マヤ文明の古代遺跡も訪ねてみたい。いずれどう歩くかは、これから研究をする。夢は膨らむばかりだ。その前に、体力をつけなければね。

 

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2018年8月20日 (月)

№3897 やったぜ!!!金足農業

 この日の高校野球甲子園大会は、いよいよ終盤の準決勝を迎えた。第一試合は、わが郷土の金足農業と日大三高である。東京も盛り上がっているだろうが、わが秋田は大盛り上がりのようである。

 大会が始まる前には、金足農業がまさかここまでやれるとはだれも考えていなかった。大阪桐蔭とか日大三高は、当然下馬評が高かった。しかし、金足農業は無印だった。高校野球というのは、こういう無印校が勝ち上がってくるのが良いね。

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 それにしても、金農の吉田輝星はまれにみる良いピッチャーだね。スピードがあり、コントロールはよし、フィールデング良い、それに何より冷静にゲームを進められる能力を持っている。さらに言えば、抜群のスタミナの持ち主だ。牽制球でランナーを進塁させないのもいいね。

 準決勝の日大三高戦を見ていても、崩れるような心配がない。ピンチでも動じない。応援する側は、安心して試合を見ていられる。まあ、この日の三振は7個と少なめだったが、欲張ってはいけない。

 さらに良いのは、バックも吉田を全面的に信頼していることだ。「吉田のためには」とチーム一丸になっているのが、高校生らしくて良いね。

 最近の高校の野球を見ていても、強打一点張りの高校が多い。それに対して、金足農業の野球は、どんな場合でもバントで進塁させ、ヒットで返す基本的な野球だ。三塁にランナーがいると、スクイズを試みる。これが見事に的中する場合が多かった。特に、準々決勝の近江高戦で、9回裏に見事2ランスクイズで勝ち上がった。

 金農の野球は、見ていて楽しいね。セオリー通りの戦いは、見るものを安心させる。

 さて、明日は決勝戦だ。秋田勢が決勝まで勝ち上がったのは、第一回の秋田中学以来だというから、103年ぶり100年目の決勝進出だ。これに勝つと、東北に初めて優勝旗が持たらされる。まあ、そういうことはないとは思うが、明日まで夢を見ていよう。

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2018年8月19日 (日)

№3896 行田で吟行

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 行田でわが「伊奈桟雲の会」の吟行が行われた。参加者は、投句のみの一人を含め17名であった。この吟行に集まった方は、埼玉だけではなく、板橋や茨城県結城からも駆けつけてくれた。先日、世話人で行田吟行の下見をし、その記事はすでに書いている。その予行通り、ボランティアガイドの案内で、足袋の街行田を歩いた。

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 ガイドの話を聞きながら俳句を作るので、結構忙しかった。私は「俳句手帳」を片手に、作句をしながら街歩きをした。吟行の経験が何度かあるので、慣れたものである。参加者もそれぞれ思いを練りながら、俳句のメモ書きをしているようだった。

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Simg_6596  行田は、昨年の『陸王』のテレビドラマ以来、観光の街になった。とはいえ、街の裏道を歩いていると寂れているのが目についた。先日の下見ではいかなかったのだが、映画『のぼうの城』で一躍有名になった忍城にも行った。この城は、石田三成の水攻めでも落城しなかったことで有名だ。ただ、今は観光城である。城の周囲は整備されていて、とてもきれいだった。

 この城を目の前にしても、参加者は俳句作りに余念がないようであった。さて、どんな俳句ができたのであろうか。

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 昼食後、いよいよ句会の始まりだ。句会会場は、水城公園のすぐ近くのコミュニテーセンターだ。課題の5句はできたのだろうか。数えてみたら、私はわずか1時間半の間に14句ほどを作った。あくまでもメモの範囲だったから、昼食を食べながら推敲を重ねていった。

 どうやら皆さん各5句づつ作ったようで、午後1時から句会が始まった。参加者が作った俳句を短冊にして、皆さん、手分けして清記した。清記表を回しながら、一人5句の選句だ。そして、午後2時からわが方の参加者Tsukushiさんが披講を行ったが、私が作った句は選ばれたのだろうか。

 披講後、先生の選評があったが、これが句会のメーンだ。概して先生の講評は辛口である。提出した俳句は、ほとんどがこの日の吟行で作った句である。ただ、中には5句が間に合わずに自宅で作ってきた俳句もあった。

 Yamahiko先生が言うには、「吟行の句会に提出する句は嘱目句であるべきだ」と主張していた。「嘱目句」を辞書で調べてみたら、「俳諧で、即興的に目に触れたものを吟じる句」とあった。とはいえ、嘱目句でなくとも水準以上のものは採用されていた。

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 午後4時半まで続いた句会も、時間が来た。参加者一同で記念写真を撮り、お開きとなった。世話人の中心で活躍したTaeさん、本当にご苦労様でした。句会の後は駅前で懇親会を行い、さらに二次会となり、大いに盛り上がった。

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2018年8月18日 (土)

№3895 甲子園に秋田の怪童

 第100回高校野球甲子園大会も、いよいよベスト4を決める段階にきている。ここまで、話題の選手はたくさん輩出したが、なんといっても一番話題になっているのが、秋田金足農業の吉田輝星投手じゃないかな。

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 甲子園出場までは、注目はされていたがこれほどやるとは思いもしなかった。彼のピッチィングはスピードがあり、切れがある。どんなピンチでも乱れないところが良いね。

 わが母校は、秋田県大会予選で金足農業にコールド負けを喫した。甲子園を目指していたのに、とても残念だった。コールドで勝ち上がってきた金足のピッチャーはどういうものか、登場するのを楽しみにしていた。

 それが、これはとんでもないピッチャーだね。彼のエンジンには何段ものギアがあり、ピンチになればなるほどそのギアが上がっていく。しかも、終盤になればなるほどスピードが上がる。プロでもこんなピッチャーを見たことがないね。相手バッターがどんなに気をつけていても、ホップしてくる高めの速球に空振りしてしまう。

 ベスト8の横浜高校戦、9回表に最後の三人をすべて三振で切り取った。それに、9回の最後にこの日の最高スピード150kmが出たというからとんでもない。連日150球以上を一人で投げ抜いたというから、スタミナも化け物みたいだ。

 それに、皆さんも見ていたと思うが、ベスト8での近江戦だ。9回表まで1対2で負けていた。これはもうダメかなと思っていたら、ありえないドラマが起こった。金足農業は、ノーアウト満塁でツーランスクイズを見事決めて、奇跡的に勝ってしまった。しかも、この日も10個の奪三振だ。4試合二桁奪三振というのも記録ではないかな。

 イヤ~~、金足農業がここまでやるとは、私の期待以上だ。選手が、なんとか吉田を盛り立てようと心を一にしている何よりの証拠だ。しかも金足農業の試合運びは高校生らしく、バントで塁を進め、スクイズで点を取りに行く。まさに高校野球の典型だね。

 明後日は準決勝で日大三校と当たる。まあ、まさか優勝するということはあるまいと思うが、見守りたい。

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 それにしても、金足農業の選手の勝利の校歌斉唱は、見ていて気持ちがいい。

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2018年8月17日 (金)

№3894 那須で留守番

 わが女房であるが、しばらくは那須で留守番である。というのも、向かいのOhno夫婦が埼玉の自宅に帰ったからだ。

 Ohnoのお父さんは、この日心臓の手術をやるという。この記事がアップになったころは、もう手術も終わっているかな。この6月ころだろうか、夜中に救急車が来てお父さんは病院に運ばれた。検査をしてみると、心臓の大動脈が細くなっていえる上に、弁がうまく動いていないらしい。

 自宅の近くの大病院で、心臓手術をやることになったという話だ。今では心臓手術はそんなに珍しくもなく、あまり危険な手術じゃないらしい。細くなった血管を取り換え、うまく働かなくなった弁を治す手術だという話だ。手術3日前に夫婦は埼玉の自宅に帰っていった。

 既述のように、那須では8月28日までギャラリーが開かれている。見てみると、結構遠くからこの展示会を楽しみに訪れている人が多いと聞く。この日も、福島の白河から客が来ていた。遠方からの客のために、ギャラリーを閉鎖するわけにはいかない。

 そこで留守番を買ってでたのが女房である。埼玉の自宅での展示会にも、女房は手伝いに通っているから、慣れたものだ。お盆の休暇が終わると、もう一人留守番に来る女性がいるらしい。Kayoさんがいない間、二人でギャラリーを守るという。

 私もいつまでも那須にいるわけにはいかない。女房を置いて、私も埼玉の自宅に帰ってきた。いつものことではあるが、またまた別居生活だ。

 Kayoさんも手術を見守るというが、手術が終わってすぐに退院とはいかないだろう。小康を得たら、また那須に帰るのではないかな。私も一週間ほど、埼玉の自宅での一人の生活は続く。

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2018年8月16日 (木)

№3893 心温まる出来事

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 嬉しい出来事があった。山口県防府市で、三日間行方不明だったという2歳の男の子が、無傷で無事発見されたニュースである。発見した人は、大分からボランティアで探しに来たという尾畠春夫さんという方だ。

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 ニュースを見ると、彼はやむに已まれずに防府市に駆け付けたという。谷沿いの石に座っていた男の子を見つけて、思わずよかったと快哉を叫んだらしい。それにしてもすごいボランティアがいたものだと感心した。待てよ、この尾畠さんはどこかで見たことがあるな、とふと思った。

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 仲間のOnちゃんから電話があり、「防府で子供を見つけた尾畠さんは、われわれが南三陸町にボランティアで出かけたときに出会った人だよ」と言っていた。改めて、私ののブログをチェックしてみた。たしかに尾畠春夫さんである。お会いしたときは、背中に大きな背番号のようなものを書いていた。

 写真を撮ったのは、2012年6月1日である。南三陸町には、彩の国いきがい大学の仲間10人ほどでボランティアに出かけた。ボランティアセンターで仕事待ちをしたときに出会ったのが尾畠さんだ。

 彼は大分から軽自動車で駆け付け、3か月ほどその軽自動車に寝泊まりをして、ボランティア活動をしていた。すごいですね、と声を掛けたら、「南三陸町に来たのは今回初めてではなく、もう3回目だよ。500日も滞在しているよ」と言っていた。その強烈な個性とともに、彼のことはよく覚えていた。

 Onちゃんからの電話で、私のブログを改めてチェックしてみた。そしたらその日の記事に、「私がボランティアで南三陸町に行ったら、大分から軽自動車で駆けつけ、その車に何カ月も寝泊まりしながら支援を続けている、という70歳くらいのおじさんに出会った。私たちの眼には見えないが、たくさんのこういう人たちがいるのだろう」と、ブログには書かれていた。
 新聞記事を読むと、尾畠さんは現在78歳だという。もう6年も前のことだから、
われわれがお会いした時には72歳だったのだ。それにしても、人の出会いというのは面白いものだね。

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2018年8月15日 (水)

№3892 電線を闊歩する猿

 以前は出没しなかったのだが、この2~3年猿がこの繭の里に住みついたようだ。よく見かけるようになった。

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 この日も、目の前の電線を悠々と闊歩する猿がいた。カメラを向けると、睨み返してきた。人間を見ても恐れず、逃げるそぶりもみせない。電線を器用に歩いていた猿は三匹いて、両親と子供のようだった。

 あまり悪さをしたという話は聞かないが、それでも不気味だ。わが家の屋根はトタン板だが、先日はその屋根を歩き回る音が聞こえた。表に出て猿を脅かしてみたが、どこ吹く風で逃げようともしなかった。ずいぶん人に慣れてしまったのだ。

 向かいのMatsukawaのお母さんも、「女の人一人だと、やはり怖いですね」と言っていた。棒みたいなものを投げて追い払おうとしたが、どうも逃げようとしなかったらしい。

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 ところが、向かいのOhnoのお父さんが強力な新兵器を用意していた。3本のゴムがついたパチンコだ。弾もついているのだそうだ。どうしたのかと聞いたら、「息子に頼んで、ネットショッピングで買ってもらった」らしい。3000円くらいした高級なものだ、と言っていた。

 猿もそれを察知したらしく、それ以降Ohno家には近寄らなくなったということだ。せっかく買ったパチンコも、いまのところ使われていない、と話していた。

 いまでこそ野生の食べ物があるから悪さをしていないが、冬の食べ物がなくなる季節には、食物を求めていろいろと悪さをしてくる。以前、ウッドデッキに干柿をしていたら、見事に全部食べられてしまった経験がある。

 猿が出てきた以上、外に食べ物をさらすことが出来なくなったね。

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2018年8月14日 (火)

№3891 午前は耕し、午後は読む

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 畑の草刈りは、前の仕事では中途半端のままである。ただ草取りをやるかどうかは、天気との相談だ。

 幸い、この日の朝は曇っていて、やや涼しかった。さて、畑に行こうか。先日に引き続き、草取りをした。雑草の根が蔓延っていて、すごいことになっている。一本一本引っこ抜いていては間に合わない。三本刃の鍬で根っこごと引き起こした。

 気持ちが良いほど根っこが張っている。根を起こしてはバケツに入れて捨てた。10杯も捨てただろうか。一列ほどがきれいになった。涼しいとはいってもそこまでで、着ているものは汗でびっしょり濡れた。本当は肥料を撒くところまではやりたかったのだが、まあ、今回はここまでかな。

 わずか1時間半ほどの仕事だったが、ぐったりした。自宅に帰り、着ているものを洗濯機に入れ、シャワーを浴びた。ゆるゆるやっていくとしようか。

 お昼頃に、バケツを逆さまにしたようなゲリラ豪雨が降った。見ていたが、すごいものだ。2時間くらいで雨はやんだが、おかげで涼しくなった。

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 那須でのもう一つの楽しみは、読書だ。ウッドデッキにデッキチェアーを出して、読書だ。お盆の混雑で那須は大賑わいだ。那須街道は、朝から車で一杯だった。ただ、この繭の里まで車が入ってくることはない。本当に静かなものである。

 午後は読書タイムだ。那須には厚めの本を3冊持参した。3冊を完読するということはないが、少なくとも2冊は読みたいと思っている。すいすい読書は進んだ。結局、昨日とこの日の二日間で500頁の本を読了した。

 すぐに次の本に取り掛かった。

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2018年8月13日 (月)

№3890 那須に舞い戻る

 埼玉の自宅での用事も一段落し、さて、那須に舞い戻ることにしよう。今回は、3泊4日の予定だ。そのことを女房に話したら、女房は翌日那須に行くつもりだったようだが、この日那須に行くという。いつでもそうなのだが、私は自分の車で行き、女房はやはり自分の車と別々の行動だ。

 私は午前11時頃に自宅を出て、一般道を使い那須に着いたのは予定通り午後2時ころだった。ところが、東北自動車道はお盆の帰省ラッシュで、30㎞ほどの渋滞だったらしい。一般道はほとんど渋滞はなく、むしろ普段より車が少ないくらいだった。

 那須に着いたら、Ageちゃんも来ていた。彼女は前日那須にやってきたようだが、「自宅を朝5時半に出て、那須に着いたのが午前11時半だったのよ。高速道はズーっと混んでいて、結局6時間もかかってしまった」と嘆いていた。私の経験では、どんなに高速道が混んでいても、新国道4号線が混んだことはない。

 高速代3000円もかけて、わざわざ混んでいる道を通ることもないのにと笑ったら、「帰りは一般道で帰ろう」と言っていた。空いているときには那須まで1時間半ほどで着くのだが、渋滞していると時間が計れないのが高速道の弱点だ。

 那須に着いて、向かいのOhnoさんに挨拶に伺ったら、「今晩は自宅で食事会をやるので、いらっしゃい」と奥さんのKayoさんに誘われた。大歓迎だ。そのうち、女房も那須に着いた。夕食の前に、久し振りに那須の温泉「自在荘」で温泉に浸かってきた。お盆休みのせいか、結構混んでいた。珍しいことだが、入れ墨を背負った客もいた。

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 夕食会はちょっと遅かったが、夜7時に始まった。お父さんが今週末に手術というので、アルコールはご法度だ。可哀想だったが、自宅から自分用にビールを持ち込んだ。那須のパーティーはいつもそうなのだが、7人の客で大賑わいだった。テーブルには、食べ切れないほどの料理が並んだ。アルコールのないお父さんも楽しそうだった。

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2018年8月12日 (日)

№3889 お盆の墓参り

 東京のお盆は7月というが、わが故郷のお盆は、なんといっても8月13日が中心である。どうも、7月のお盆と言ってもピンとこない。

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 お盆の中心行事は、墓参りだ。先祖代々の墓があるのは秋田の田舎だが、世田谷には弟の墓がある。姉二人を誘って弟の墓参りをすることにした。お墓がある「大吉寺」は世田谷にあり、昔テレビ番組「11pm」で活躍していた寺内大吉が開山した寺だという。

 弟の家は仙台にあったが、息子が世田谷に住んでいるというので、ここのお寺に決めたようだ。未亡人Machikoさんは、7月のお盆にお墓参りを済ませたらしい。新しい卒塔婆が立っていた。お墓には絶えず花が飾ってあるのがいい。7月のお参りの時の花は、すでに撤去されていた。

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 改めて墓前に花を飾り、お線香を焚いてお参りをしてきた。弟が亡くなって、すでに10年になる。早いものである。亡くなった年の1月にこのブログを始めたので、このブログ記事を書くたびに弟を思い出す。私は、このお寺には年3~4回お参りに訪れている。

 この10年、いろいろなことがあったのを思うたびに、早く亡くなるのはいかにももったいないことだ。この日墓参を一緒にした川崎の姉は、傘寿を過ぎてますます元気だ。体はぴんぴんしていて、どこも悪くないようだ。そういう姉も、数年前に一時危篤に陥ったことを考えると、よく持ち直したものだ。

 その姉が集まると必ず言うのが、「お昼は焼き肉を食べよう」だ。そういえば、今年の2月に横浜の金沢文庫に行った帰りも焼肉パーティーだった。姉のいうことに逆らえない一行は、素直に従った。

 幸い、焼き肉バイキングの店が見つかった。お昼なのに、腹いっぱい焼肉を食べて帰ってきた。今回は姉の家には立ち寄らないで、素直に自宅に帰った。夜は娘夫婦が来て、お好み焼パーティーだった。

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2018年8月11日 (土)

№3888 吟行の下見

 来週の金曜日、『陸王』の街行田での吟行がある。この吟行は、わがYamahiko先生が主宰す入る11の俳句会が順番に、毎月行っているものである。8月は、わが『伊奈桟雲の会』の当番月だ。春から準備をして、この月を迎えた。

 いろいろな議論が出たのであるが、埼玉県で今最も注目されている街『陸王の行田』で吟行をすることになった。各俳句界へ吟行参加の呼びかけをしたら、18名の方から申し込みがあった。多くもなく、少なくもない。ちょうど吟行にはいい人数だ。

 いずれ各地からお客様が見えるので、段取りを兼ねて下見をしよう。この吟行の世話人5人が集まった。私は車で行ったのだが、行田までは45分ほどで着いた。私は行田には何度かお邪魔しているが、今回の集合場所水城公園は初めてだった。

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 当日の吟行には、はじめにガイドがついて行田案内をしてくれる。この下見にも、当日のガイドがついてくれた。当日の予行演習である。吟行はガイドの説明を聞くというよりも、当日街を歩いて俳句を作るのが主だ。それでも行田の街を知らなければ吟行はできない。

Simg_6517Simg_6524Simg_6530Simg_6532  行田は、足袋の街だ。今ではそんなことはないが、昭和13年には日本の需要の8割、8700万足の足袋を生産した街だ。足袋富豪が多かったようだ。

 その足袋も今ではほとんど需要がない。立派な足袋蔵もあったが、なかには寂れて瓦や屋根が落ちている蔵もあった。修繕には何百万円もかかるらしい。
 
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 ただ、2年ほど前に放送された『陸王』で俄然脚光を浴び、今や観光の街として再生されたという。とはいえ、街の繁華街のほとんどがシャッター通りになっていた。川越のように観光でご飯を食べていく、というわけにはなかなか行かないようだ。それでも、土日は結構観光客が来るようだ。

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Simg_6534  テレビで放映された足袋工場は、玄関だけが使われて、工場の中はセットだったようだ。街を歩いていると、足袋工場の跡地がたくさん残っていた。ただ、今はほとんど生産されていないというから、中はがらんどうのようだ。

 観光用に、土日だけ足袋生産の現場見学ができるらしい。われわれの目的は吟行だから、在りし日の街並みを見て歩くだけで十分だ。

 1時間ほどガイドと一緒に歩いた後、蕎麦屋で当日の吟行の下打ち合わせをした。どうやら、参加者に迷惑をかけない程度には、吟行ができる目途が立った。

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Simg_6550  せっかく行田に来たのだから、名物「田んぼアート」を見ていこう。行田の郊外に「古代蓮の里」がある。そこに50mのタワーが建っている。400円の入場料を払わなければ、タワーには上れないらしい。高いと思わずうなったら、一緒のYukoさんが、「ぜひ一度は上ってみてください」という。まあしようがないと、タワーに上ってみた。眼前の田んぼには、コンドルの絵がくっきり映っていた。これなら、400円を出す価値はあったね。

Simg_6545  2年前には、この「田んぼアート」の主題は陸王だったらしい。毎年絵柄を替えて、もう11年間続いているらしい。デザインは公募だという。年々素晴らしい絵柄になっているようだ。

 ただ、吟行の当日はここまで来て見学する時間はない。参加者にもみてもらいたいのだが、残念なことだ。

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 この公園は、古代蓮でも有名だ。ただ、蓮は盛りを過ぎていた。係員に聞いてみたら、7月上旬が見ごろらしい。咲き終わった後の蓮は何というのか。物知りのYukoさんは、「萼(うてな)というんだよ」と教えてくれた。先日これを題材に、一首詠んだらしい。

 来週の金曜日は、あまり暑くないと良いね。ただ、行田は熊谷の隣町だ。この日の下見も暑かったね。

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2018年8月10日 (金)

№3887 秋の海外旅行の準備

 このブログでも記録集を書いたが、昨年は10月27日から11月15日まで海外旅行をした。行先は南コーカサスのジョージア、アゼルバイジャン、アルメニアの三か国だった。帰りにはトルコのイスタンブールで遊んできた。

 さて、今年はどうしようか。昨年と同様に、10月下旬から11月にかけてはスケジュールを入れていない。ただ心配なのは、私の体力が長旅に耐えられるかどうか、ということだ。まあ、私の人生最後の冒険旅行と思って、今年も出かけよう。

 以前、キューバに行きたいと書いたことがあった。キューバを含め、いろいろと研究を重ねた。もう一つ候補に上がったのは、ニュージーランドだ。ニュージーランドの南島を、レンタカーで走ってみたい。さらには、マウントクック山を望みたいと思っていた。

 先日、「男の料理教室」の暑気払いの席で隣に座っていたAkiraさんにそのことを話した。彼は、今年の春トルコ旅行をしてきた。ニュージーランドも行ったことがあると話していた。秋の旅行先をニュージーランドかキューバで迷っているんだと話したら、「そりゃ、キューバに行くべきだ」と言われ、キューバ行きを決意した。

 何をおいても、往復航空券を取らなければならない。私の今回の旅の日程のデザインは、キューバ10日間、さらにはメキシコに10日間滞在するつもりでいる。となると、アエロメヒコ航空で行くことになる。

 ネットで調べてみると、行く飛行機は同じだが料金はまるで違う。燃油込みで140,000円から180,000円まで様々だ。ある旅行社の104,800円という料金を見つけ、電話をしてみた。燃油代は別らしい。燃油込みでメキシコストップオーバーだと157,820円だと話していた。

 さて、もっと安い航空券はないか、さらに調べてみた。そしたら件の旅行会社からメールがあり、149,820円までディスカウントできるということだ。航空券は、この会社に頼むことにしよう。

 さて、これからキューバのこと、メキシコのことを勉強しよう。ホテルは様々なネット販売があり、心配はない。キューバはビザはいらないらしいが、入国許可証みたいなものが必要という。どこにあるのか知らないが、キューバ大使館にも行ってくる必要があるかな。それもこれも含めて、旅は始まるのだ。

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2018年8月 9日 (木)

№3886 7月に読んだ本

  毎月10日前後には、前月読んだ本の報告をし、なかでも印象に残った本2~3点の感想を述べている。

 以前のように、夜酒を飲みに行くこともないし、大体が最近はスケジュール真っ白の状態である。そんな時に何をやっているかというと、ひたすら本を読んでいる。以前に比べてもその頻度は多い。まさに、「晴れても読むし、雨降っても読む」生活だ。

 7月に読んだ本の一覧を下記に書いたが、眺めてみると【新潮社】の本が多かった。私は出版社を意識して本を選んでいるわけではないが、文芸書はやはり新潮社が文芸春秋の本が多い。

 私には新潮社に友達がいる。彼が言うには、「ウチの社長は図書館を目の敵にしている。読者には本を買ってもらえないし、文芸書不振の原因だ」と嘆いていたようだ。その社長の気持ちはわからないでもないが、私はやはり図書館で借りて本を読んでいる。

 7月は、暑かったにもかかわらず、実によく本を読んだ。15冊・5968頁を読了したが、高い水準の読書量ではなかったかな。それでは、何を読んだか列記してみたい。

安部龍太郎『天馬、翔ける(上)(下)』 (上)459頁(下)477頁 新潮社 2004年12月刊

伊東潤『城をひとつ』325頁 新潮社 2017年3月刊

藤田宜永『罠に落ちろ』437頁 徳間書店 2017年1月刊

馳星周『煉獄の使徒(上)(下)』(上)513頁(下)657頁 新潮社 2009年5月刊

諸田玲子『風聞き草墓標』406頁 新潮社 2016年3月刊

梁石日『シネマシネマシネマ』388頁 光文社 2006年6月刊

宮城谷昌光『風は山河より(1)~(5)』 新潮社 2006年12月刊~
①348頁②349頁③348頁④330頁⑤285頁

内田康夫『壺霊(上)(下)』(上)326頁(下)320頁 角川書店 2008年2月刊

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Simg_6310  7月の記念すべき読書は、宮城谷昌光『風は山河より』の全5巻の読了だったかな。全5冊で1660頁の長編だった。

 ちなみに、私は宮城谷昌光の本を実によく読んでいる。いずれも中国の歴史長編小説だ。検索してみると、『重耳』『介子推』『孟嘗君』『太公望』『晏子』『楽毅』『子産』『管仲』『香乱記』『沙中の回廊』などが出てきた。もう20年以上前に読んだ本だ。このころは図書館で借りるということもなかったので、家のどこかに転がっているはずだ。検索して分かったのだが、本書『風は山河より』は2010年にすでに読んでいた。検索するまでわからなかったのは、迂闊な話だ。

 主人公の菅沼定盈は、三河の国境で武田信玄の進撃を食い止めた男であったが、歴史小説の中ではあまり出てくることはない。むしろ、この小説のもう一方の主人公徳川家康の少年時代の苦闘が描かれていて面白かった。

 宮城谷が日本の歴史小説を書くのは珍しいが、もう一点『新三河物語』も2010年ころに読んでいるようだ。もちろん、内容は覚えていない。
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 馳星周もよく読んでいるが、今回の『煉獄の使徒』には運命を感じた。この小説のテーマは、オウム真理教を題材として扱ったものだった。1170頁にわたる長編小説だったが、この本を読んでいる最中に、オウム真理教の死刑囚が処刑されていった。

 馳星周は綿密な取材を重ね、よく調べて小説仕立てにしたが、これは本当かと首をかしげる場面があった。オウム真理教の裏金が警察庁に流れ、警察官僚の出世の種に使われたという話だ。
 
 そういえば、1995年3月30日地下鉄サリン事件の直後、警視庁長官国松が拳銃で撃たれたという実話があった。この事件は闇に放り込まれたが、犯人はオウム真理教の教徒という噂があった。実態は何だったのだろうか。

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 最近、実によく内田康彦の本を読んでいる。ご存知のように、内田康彦は今年3月、83歳で亡くなった。作家が亡くなったかどうかは、読者には関係ない。その作品が面白いかどうかだけが勝負だ。

 私は内田康彦の遅れてきた読者だが、読んでいるのはほとんどが浅見光彦を主人公にしたミステリー仕立ての本だ。面白さに、あっという間に読んでしまうのがいい。ストーリーはワンパターンで、ある地方に出張してそこで事件に会う。必ず美人が出てくるのも、寅さんのようで面白い。

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2018年8月 8日 (水)

№3885 男の料理教室「暑気払い」

 毎月定期的に行われている「男の料理教室」クラブだが、今月は食べ歩きの月で、暑気払いを行った。会場は、さいたま新都心駅に近いあるビルの31階、「ビューテラス」というレストランである。以前はちょくちょく使っていたが、私はこの2年ほどご無沙汰であった。

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 久しぶりのさいたま新都心駅周辺は、様変わりしていた。駅の近くにあるさいたまアリーナは、何かビッグイベントがあるのだろうか、若者で賑わっていた。駅前に赤十字や埼玉県小児医療センターができたのも、つい最近の話だ。

Simg_6498Simg_6500  暑気払いは、午後5時からだった。このレストランに上がったら、31階からの景色はすごい。大宮氷川神社に続く参道の緑がくっきり見えたし、遠くには埼玉サッカースタジアムが見えた。その向こうには、天気は悪かったが、筑波山も望めた。

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 この日の参加者は、例月より若干少ない10名だった。会長のAkiraさんが言うには、「この会も立ち上がって7年たち、182回目を迎えた。来年の暮れには200回を迎えるので、何か大きなイベントをしたいね。この会が成り立っているのも女性会員がいればこそだ。その女性会員に感謝をするイベントを考えてみたい」と話していた。

 このレストランは飲み放題で、しかも割安だ。とはいってもほとんどがシニア会員なので、若い時のようにバカ飲みができるわけでもない。それでも私は生ビール2杯、ワインを2杯、泡盛1杯、日本酒と結構飲んだ。食べ物もそこそこであった。

 出る話題は、やはり健康の話だ。隣に座っていたAkiraさんが、健康保険料の話をしていた。彼は後期高齢者になり、今の国保から後期高齢者保険に移るという。「ばかばかしい話だが、後期高齢者保険に入ると、保険料が相当値上がりするようだ」と話していた。アレッ、後期高齢者になると安くなるのではないの、と思った。

 介護保険料を年金から天引きされた上に、後期高齢保険がバカ高いと来たら、貧乏な高齢者にはどう生きていけばいいというのだろうか、わがシニア世代には深刻な話だ。

 目の前に座っていたIkuhiroさんが、80歳で最近免許更新をした、と話していた。80歳になると、そろそろ免許を返上したほうがいいと思ったが、彼は足が悪いので、車がないとどこにも出かけられないらしい。それはそれで悩みだ。

 そういえば、Chizukoさんも杖を突いて歩いていた。どうしたのか聞いてみたら、脊柱管狭窄症だと言っていた。彼女も、最近新車を購入した。脚が悪いと、どうしても車に頼ってしまうのは仕方のないことかもしれない。
 
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 いろいろな悩みを抱きつつも、まあこのクラブだけは楽しくやりましょうよ。

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2018年8月 7日 (火)

№3884 那須から一時帰宅

 さて、そろそろ那須から自宅に帰ろうか。それにしても、熱暑の自宅に帰るのは気が重い。できることなら夏中那須にいたいのだが、帰れば帰ったでいろいろと用事がある。私には天国のような那須だが、女房に言わせると「暑いから、クーラーをつけなきゃいられないわ」とブツブツだ。

 そういえば、那須の周り中でクーラーをつけ始めている家が多い。近くのMatsukawaさんのお母さんも、一日中クーラーをつけっぱなしだそうだ。【のぶちゃん☆】の旦那さんも挨拶に見えていたが、「あまりにも暑いので、電気屋にクーラーをつけてくれとお願いに行ったが、順番待ちで9月になってしまうそうだ。諦めた」と言っていた。

 昼中は風がないとそれこそ暑いが、夕方から夜にかけては涼しい。前にも言ったが、那須は夜中は布団をかけないと寒いくらいだ。北国生まれの私は暑さに強いが、南国生まれの女房は暑さに弱い。絶えず「暑い!暑い!」と嘆くので、暑いと一回言ったら100円の罰金、といったが止まらない。

 私も自宅に帰るのは憂鬱だが、しようがないので帰ってきた。幸い、埼玉は涼しかった。夜窓を開けていると、涼風が吹き込んでくる。そして、昨晩は雨で窓を閉め切って寝た。ぐっすり眠れた。

 自宅に帰ってきたはきたで、様々な用事が待っている。ただ、また関東直撃で台風が来るようで、いくつかの用事はキャンセルになりそうだ。ただ、用事が済んだら、また那須に舞い戻ろう。

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2018年8月 6日 (月)

№3883 第100回高校野球甲子園大会始まる

 8月5日、『第100回全国高校野球選手権大会』が始まった。例年50校の出場だったが、今年は100回記念大会とのことで、出場校が56校と過去最高になった。

Photo  昨日開会式が行われたのだが、奇しくも始球式を行ったのが、開幕戦出場の星稜高校出身の松井秀喜だった。こんな偶然ってあるのだろうか。

 松井秀喜が開幕戦で始球式をやることは、組み合わせ抽選の前から決まっていたことだ。星稜高校のキャプテンは、先輩の始球式に見合うように初戦の対戦を望んで、抽選をしたようだ。見事狙いが当たって、松井の始球式に立つ会うことができたのも、偶然とはいえ、出来過ぎだったね。

 さすがの松井もあがっていたのか、添付の写真にあるように、必死で投げていた。残念ながら1バウンドで、直接キャッチャーミットというわけにはいかなかった。「甲子園の魔物に襲われた」と嘆いていたようだが…。

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 甲子園には何度か応援に行った。一つはわが母校の出場だったし、もう一つは姪の子どもが甲子園出場で、応援に行った。姪の子どもの開地君が出場したのは、第94回大会だ。もう6年も前になるね。その大会には、わが母校も出場した。ダブル応援したことを思い出す。

 この前ある人と話をしていたのだが、その方の孫は野球部に入っているのだそうだ。「それにしても甲子園って遠いね。出場するなんて、まるで夢みたいな出来事よ」と言っていた。

 高校で甲子園を目指してい球児は、全国で何人いるのだろうか。夏の各県予選に参加した高校は、3781校だったらしい。一校当たりの野球部員が30人と仮定しても、全国で113,430人の部員がいる計算だ。その中で甲子園出場できるのは56校、ベンチに入るのは1300人余りだ。なんと高校球児の1%強の狭い門である。

 野球をやるからには甲子園を目指すのだろうが、大半の球児にとっては夢に終わっている。ただ、その夢は卒業してからもいつまでも抱き続けているのがいい。私の大先輩方も、80歳近いのに、「あの時はお前のエラーで負けた」と真剣に議論しているのを見て、なかなかいいものだと思った。

 さて、第100回大会はどういうドラマが起こり、どこが勝つのか、直接甲子園に行く元気はないが、テレビから目が離せない。

 

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2018年8月 5日 (日)

№3882 那須のアイドル猫

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 繭の里をわが物顔で歩いている猫がいる。Ohno家で飼われている猫のチャミーだ。 今年の春、お父さんが那須で一人生活は寂しいと飼い始めた。お父さんにしっかり懐いて、どこでもついて歩くのがかわいい。しっかり那須に同化して、知り合いの家を訪ね歩いている。

 埼玉にも連れて帰る。Ohno家の埼玉の家にも飼い猫がいるようだが、その猫を押しのけて真ん中に座っているようだ。その猫は怖がって、めったに顔も出さないらしい。

 那須のわが家にも顔を出して、窓を開けるように鳴き声を出す。昼だけでなく、夜もひょっこり顔を見せる。仕方なく開けてあげると、ひとしきりわが家で遊び、いつの間にか帰っていく。心配になって帰ったか見に行くと不在だったようで、「そのうち帰って来るよ」と家主は心配していないようだ。

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 今朝もわが家に顔を出していた。「チャミー」と声をかけてやると、ニャーと答えが返ってくる。本当にかわいい猫だが、普段那須に一人住まいのお父さんもチャミーを頼りにしているようだ。

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2018年8月 4日 (土)

№3881 那須で恒例の展示会

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Img_6478  向かいのOhno家の別邸で、恒例の「楽しうれし展」の展示会が始まった。8月3日から29日までのロング開催である。「あら草香しら」と題する展示会は、実は埼玉の自宅で年2回、6月と12月に行われている。那須での展示会は、スペシャルバージョンだ。もう5回目になるという。

 那須での展示会は、一つは那須でのOhno家の避暑的な意味もあるし、さらには来客に那須の涼しさを味わってもらいたいという狙いも秘めているようだ。

 奥さんが主役だが、お父さんの手伝いも欠かせない。普段はこの会場は、お父さんの大工の作業場になっている。この展示会のために、会場の片付けが必要だ。退院したばかりのお父さんも、奥さんと一緒に駆け付けていた。道の角には、お手製の立派な看板も立っている。

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 開店したばかりの展示会場は、扉が閉まっていた。涼しい那須でも、来客のために会場にエアコンを入れたようだ。この展示会を楽しみにしてくれている方も多いようで、8月3日の開場の前日には、すでに客が来ていた。誰にも触られていない、新しい商品を手に入れたいためらしい
Img_6485_3Img_6483_2Img_6484_2Img_6486_2Img_6487_2Img_6488_2  ちみにどんなものが並んでいるのか見てみた。例年とはあまり変わりないようだが、古布、洋服、小物、アクセサリー、籐製・革製・布製のバッグ、帽子などが並んでいた。

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 女房も何点か出品したようだが、初日にすでに売り切れてしまったらしい。さらに追加商品を作るか聞かれて、「埼玉では暑いから、制作意欲がわかない」らしい。

 初日から知り合いの方が何人か来ていた。埼玉からTomita一家が、お孫さんを連れて駆け付けていた。皆さんも那須を楽しみながら、展示会場を訪れてみてはいかがだろうか。

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2018年8月 3日 (金)

№3880 ゴルフ合宿二日目

 前日は、ゴルフ場のロッジに宿泊した。ロッジ宿泊の良いところは、食べたり飲んだりをゆっくりできることだ。とはいっても、参加者は女性を除いてはシニア世代なので、若いころのように暴飲暴食ということはしない。

 夕食後、主役のキャプテンは「もう寝ようかな」と言っていた。普段は、8時頃にはもう寝るらしい。幹事が、「せっかくの宿泊なんで、せめて二次会はやりましょうよ」と、ロッジのロビーに席を作ってくれた。寝るはずのキャプテンが夜遅くまで一番はしゃいでいた。

 翌日のスタートは、午前8時50分だった。せっかくの宿泊なんで、もっと早くスタートしたらよかったのにと思った。そしたら、平日なのに混んでいて、この時間しかスタート時間が取れなかったらしい。そういえば、広いロッジも宿泊客でいっぱいだった。

Img_6462_2Img_6464  さて二日目の組み合わせは、前日の成績により男女混合組だ。この日は、キャディもついていなかった。私はキャプテンとは別組だった。

 昨日一緒に回ったキャプテンは、もう喜寿も近いのに、ほとんど真っ直ぐ飛び、飛距離もあり、フェアウェーセンターを確保していた。寄せやパットも上手で、若々しいプレーだった。

 さて前日と違い、私もゴルフ勘を取り戻した。一日目はボギーも取れなかったのだが、二日目はスタートでパー、次はボギーに3ホール目はパーと絶好調だった。まあよかったのはそこまでで、次からはダボやトリプルと散々だった。それでも若干曙光は見えた感じだ。

Img_6471  一緒に回ったNorieさんは、今回初対面だったが、パンチ力があった。何度か失敗もあったが、ドライバーが当たった時には、小気味よい音がした。何か他にスポーツをやっているのか聞いてみたら、空手をやっているのだそうだ。なるほど、やはりパンチ力があったのだ。

Img_6469  やはり今回初めて参加したOkonogiさんは、上手だったね。何より、ドライバーはビッグショットだった。フェアウェー前方に230ヤード目安の旗があるのだが、その旗を軽々と越えていた。グリーンまで残り140ヤードくらいを軽々と乗せていた。私には、あのようなビッグショットなど望むべくもない。

 競技をやったわけではなかったんだが、二日目の最高成績者はOkonogiさんだった。ただ、スタート前に自分の成績予想を申告するオネストをやったのだが、オネストを超えると1打に月100円、アンダーだと1打に月300円の罰金を払う。私は1400円だったので、まずまずだったのかな。

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 ラウンド後、お風呂に入り反省会を行った。私は帰りに車だったので飲めなかったが、皆さん美味しそうに生ビールを飲んでいた。この飲食代は罰金で払ったのだが、不思議なことに罰金の金額とびったり一致した。

 来年も同じ日、このゴルフ場で会おうとキャプテンの総評があった。ただ、招待されるかどうかはキャプテンの胸先三寸だそうだ。成績を別にすると、久し振りに楽しいゴルフだった。

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2018年8月 2日 (木)

№3879 白河高原でゴルフ合宿

 Yanaiキャプテンのインビテーショナルで、白河高原で一泊2日の「ゴルフ合宿」をしてきた。この合宿は昨年以来で、今年で2回目だ。

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 会場は白河高原カントリークラブで、那須からは山を越えて25㎞・30分ほどで着く。しかも山道なので、ほとんど車は走っていない。9時に自宅を出て、9時半にはゴルフ場に着いた。やがて、この合宿に参加する人たちも新幹線で到着した。今年の参加は、2組8人だそうだ。昨年の6人から増強された。

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 新しく参加した方は、私には初対面の方々だった。男4人に女4人の参加で、キャプテンは美女勢揃いにご満悦だった。昼食を食べた後、すぐにスタートだという。第一日目は女性4人が第一組で、男4人はその後に続いた。1ラウンドスルーで回るという。

 女性組にはキャディはついたが、男組はセルフプレーだった。ラウンドを終えて分かったのだが、キャディがついていた組は、大いに助かったらしい。キャディは狙いどころを指導してくれたようだし、何よりグリーンのアンジュレーションを読むのにキャディの力が大きかったらしい。
 それにしても難しいグリーンだった。私は丸2ヶ月、ゴルフクラブを握っていなかった。3ホールくらいまでは、ゴルフにならなかった。ボールはクラブに当たらないし、アプローチ・パターはざっくりにトップだ。それに難グリーンで、3パットどころは4パットも打ってしまった。さすが後半は慣れてきた。それにしても、散々だったね。まるで初心者並みの結果だった。

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2018年8月 1日 (水)

№3878 畑の雑草刈

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Img_6451  那須に来て気になっていたのが、畑で大きくなっている雑草だ。とても手で抜くには大きくなり過ぎていたし、量が多い。電動草刈機で薙ぎ払おう。倉庫から草刈機を取り出した。

 とにもかくにも暑いので、なるべく涼しいうちに作業をしようと、朝8時半に畑に出た。大きくなった雑草は草刈機に絡みつき、簡単に刈れない。この電動機は紐で薙ぎ払うようにできている。ただただびにーすの紐が過ぎに伐れて仕舞い、その都度ビニールの紐がすぐに切れて仕舞い、その都度、セットのし直しが必要だった。
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Img_6454  ようやく雑草を刈り払って、畑はきれいになった。この雑草が生えていた上には、玉ねぎを300本ほど植えていた。少しは残っているのかな、探してみた。発育不全の小さな玉葱を5個ほど収穫できた。

 女房に言わせると、「玉ねぎは安く売っている。もう植えるのはやめなさいよ」だって。そういう問題じゃないようにも思うが、2年連続の失敗だった。

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 畑の雑草仕事が終わり、さらに草刈機で【あるるのいええ】の周囲の草も刈った。夏は雑草の勢いがすごい。おかげで、家の周りもきれいに刈り取ることができた。

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