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2018年9月25日 (火)

№3933 信州へクラス旅行

 恒例になっているが、彩の国いきがい大学の地域創造クラス会の有志で、信州白樺湖へ一泊旅行をしてきた。このクラス旅行は、2011年に卒業してから毎年行われている。便利なもので、15人揃うとホテルがバスをチャーターして、送り迎えをしてくれる。

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 幹事は、その15人そろえるのに毎年四苦八苦している。残念ながら、今回の参加者は13名だった。その分、割増金がかかるが、それも大した金額ではなかった。目的地は、信州白樺湖の池の平ホテルだった。朝8時30分、大宮駅の近くにそのバスはやってきた。

 参加者も、集合時間には全員集合した。早速、関越道を通り信州へと向かった。バスの出発と同時に、ビールが配られた。皆さん年相応だが、アルコールだけは別である。早速プルタブを開け、ビールをのどに流し込んだ。

 運転手はホテル専属なので、どのような無理も聞いてくれる。この日は天気は良かったが、翌日は雨模様とのことで、この日見ておくべき場所は今日中に見てしまいましょう、との話だった。

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Simg_6822  最初に行ったのは、小諸の懐古園だ。ここは古城で、石垣は苔むしていた。この石垣はどのように積まれたものなのか、立派な石積みだった。

 天守台も残っていたが、意外と狭いものだった。そうだね、50坪くらいのものだったかしら。思わず三橋美智也『古城』の歌が口から出た。そしたら、幹事のAoちゃんが思わず「第一次審査合格の歌だ」と太鼓判を押してくれた。

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Simg_6828  小諸の懐古園といえば、どうしても思い出すのが島崎藤村だ。『千曲川旅情の歌』を高らかに詩っているが、「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子かなしむ」の歌碑の前で、参加者全員で記念写真を撮った。そして、懐古園のそばのレストランで昼食を摂ったが、出てきたのは当然信州蕎麦だった。

 観光地の蕎麦にしては、案外美味しかったね。さすが信州蕎麦の本場だけのことはあった。蕎麦だけでお腹がいっぱいだったはずなのに、出てきたゴマ団子も二個思わず食べてしまった。

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Simg_6833  運転手が次に案内してくれたのは、海野宿だ。古の中山道の面影が残る道だ。昔の『梲(うだつ)』が残っているとの話だった。そういえば、昔からうだつが上がるとか上がらないとかいう話があったが、何だったのだろうか。

 辞書で調べてみると、「うだつが上がらない」とは「出世ができない。身分がパッとしない」と気に使われるらしい。この宿では各家にうだつがあったが、隣家との防火壁だった。各家々は、江戸の昔をしのばせる風格があった。

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 中でも風雪に耐えたような家があった。「蠶種販売所」の看板がかかっていた。たまたまこの家に奥さんが出てきたので、この漢字は何か聞いたら、「かいこ」と読むらしい。昔この家では蚕を飼っていたという。今でも奥には蚕を飼っていた3階建ての家があり、屋根には立派な鬼瓦がかかっていた。

 その蚕を飼っていた家を見せてくれないかとお願いしたが、家の中が雑然としてとても見学に耐えられないと断られた。ただ、話し好きの奥さんからは昔の話がたくさん聞けた。大変な資産家だったらしいが、昭和恐慌で一文無しになってしまった、と嘆いていた。

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 そして向かったのが、霧ケ峰高原の車山だ。私は、学生時代だからもう50年も前になるが、よくこの霧ケ峰には来ていた。早稲田大学の先生が山荘を持っていて、その家に遊びに来たのだ。彼は、霧ケ峰の考古学研究者だった。

 久しぶりに来て見て、その山荘がどこ当たりだったのか、全然思い出すことはできなかった。

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 ここはススキの原で、春は野焼きをし、夏はニッコウキスゲで有名だ。この展望台からは、八ヶ岳連峰や富士山、南アルプスを望むことができた。

 この日泊まる池の平ホテルは、白樺湖のほとりにあった。

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