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2018年10月11日 (木)

№3949 大磯の街歩きを楽しむ

 『東京シニア自然大学NEXT』のこの日の講座は、「大磯の街に旧吉田茂邸、旧島崎藤村邸を訪ねる」というテーマだった。上野東京ラインが開通し、最寄りの駅から大磯までは一直線で行けるのがありがたい。ただ、この日は電車が遅れ、大磯に着いたのは集合時間ギリギリの午前9時50分だった。

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 大磯駅前には、すでにこの日の参加者が大勢集合していた。私は大磯駅には初めて降りたのだが、意外と駅は小さかったね。さらに、駅前にはお店なども少なく、がらんとしていた。

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 バスに10分ほど乗り、最初に向かったのが「旧吉田茂邸」だ。この日はボランティアガイドがついて、詳しく説明してくれた。吉田邸の入場料は無料だったが、ボランティアガイドは有料とのことだ。とはいっても、大した金額ではない。

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Simg_6941  いつも思うのだが、こういう旧所・旧跡を訪ねるにはボランティアガイドを頼んだ方がいいね。パンフレットでは決してわからないことを教えてくれるし、質問にも懇切丁寧に答えてくれる。たしか吉田邸は火災で焼けたが、その原因を尋ねたら、今でも原因は不明とのことだった。平成21年のことだ。いまでは街の尽力で、再建はなっていた。

 そのガイドが詳しく説明してくれたのが、入口の「兜門」だ。檜皮葺に葺かれた門だが、釘を一本も使っていないのだそうだ。この門はサンフランシスコ講和条約を記念して建てられ、別名「講和条約門」ともいうのだそうだ。吉田邸に入ったら2階からは富士山やや相模灘が望めるとのことだったが、有料の屋内には入らなかった。

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 ここの庭園も手入れが行き届き、隅々まで工夫が施されているとの説明を受けた。庭園の隅には、吉田茂の銅像が立っていた。吉田茂が元気なころは、政治家や有名人がこの屋敷に日参していたという。昭和は遠くなりにけり、か。

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 さらに、ボランティアガイドの案内で向かいの城山公園を訪ねた。この公園は、以前は三井家当主の別荘だったところらしい。大磯の地図を渡されたのだが、この地図を見る限り錚々たる人の別荘跡地があるという。伊藤博文、旧徳川邸、鍋島邸、旧西園寺邸などはその一例だ。城山公園内には「大磯郷土資料館」が建っていたが、中をのぞいてみたら立派な展示物だった。

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 この公園で昼食を摂り、午後は大磯駅に向かって歩いた。箱根駅伝名物の松並木があったが、国道一号線の脇にあって心なしか松には元気がなかった。

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Simg_6955  そして目指したのが、旧島崎藤村邸だ。島崎藤村終焉の地だそうだ。島崎藤村は昭和18年に亡くなったが、藤村はこの地に50年余り暮らしていたという。なぜか知らないが、この地は大磯の五大聖地として、若者が大勢集まってくるのだそうだ。

 何かのゲームか何かで、人気なのだろうか。私には全然わからなかった。

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 俳句をやっているなら「鴫立庵」を知っているだろう、と仲間に問われた。私は知らなかったが、和歌俳句の名所として、西行なども訪れたことのあるそうだ。

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Simg_6965  そして最後に訪ねたのが大磯駅前にある『沢田美紀記念館』である。沢田美紀さんといえば、エリザベスサンダースホームの創設者としてよく知られている。私も名前だけは聞いたことがあったが、ここに記念館があるのは知らなかった。有料ではあったが、この館の方の説明をうかがって、沢田美紀の人となりがよく分かった。

 沢田さんは、隠れキリシタンの資料の収集家でもあり、この記念館には「踏み絵」をはじめたくさんの資料が飾られていた。沢田さんはお亡くなりになったが、この敷地内には今でも孤児院があるのだそうだ。

 この日は天気が良かったので、街歩きぶらり旅には絶好のコンデションだった。少し汗ばんだ後の生ビールは最高だった。

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