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2018年10月

2018年10月31日 (水)

№3971 キューバ革命の聖地

 今回のキューバ訪問でどうしても訪ねたかったのが、「キューバ革命の聖地サンチャゴ・デ・クーバ」である。1953年、この地から「キューバ革命」が始まったのだ。カストロを中心とした青年団が、時の政権バティスタ打倒に立ち上がった。この時は失敗して、カストロは牢獄につながれた。大半の青年は殺されたが、幸いにもカストロには恩赦が下り、メキシコに亡命を果たした。メキシコでチェ・ゲバラと知り合い、本格的にキューバ革命へと突き進んでいった。


 ここサンチャゴ・デ・クーバには、革命の原点というべき記念碑がたくさん残されている。できるだけ訪ねてみたい。このサンチャゴ・デ・クーバは、
152356年、195358年と二度にわたりキューバの首都だった。195911日、ここを首都にしていたバティスタ政権がカストロたちに倒され、キューバ革命が成功した。来年で60年になる。

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Img_7137  宿の女将さんが確保してくれたのは、自転車タクシーだ。この運転手はスペイン語だけ、私はスペイン語をほとんど解さないで、コミュニケーションのとれない珍道中となった。まあ急ぐ旅でもないし、彼の案内するままに自転車に乗りノンビリ行こう。


 最初に行ったのが「サンタ・イフィヘニア墓地」だ。大きな丸い石に【
Fidel】と刻まれた墓があった。フィデロ・カストロの墓だ。カストロは最近まで元気で、つい数年前に亡くなった。事実はわからないたが、カストロはいろいろな地に分骨されているのだろうか。1953年亡くなった仲間のレリーフも一緒に飾られていた。Img_7135


Img_7134  その墓のすぐ奥には、二人の儀仗兵に守られた墓がある。キューバ革命の先駆者ホセ・マルティの墓だという。カストロの墓には儀仗兵一人だけなのを見ると、ホセ・マルティが上位に位置付けられているのだろうか。キューバ政府の慎ましい姿勢に、拍手を送ろう。


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Img_7140  どうしても行かかければならないのが【モンカダ兵営博物館】だ。
1953年、カストロたちはこの兵舎を襲って、革命の口火を切った。バティスタが、ここに牢獄があったのを兵舎に変えたのだという。なかにはいろいろな記念品が飾られていたが、敷地の大半は学校の校舎になっていた。博物館の中に、ここで殺された青年たちの写真もあった。


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Img_7146_2  街の中心にある立派なカテドラルも、革命にとって忘れられない場所の一つだ。このカテドラルのバルコニーの近くで、カストロは革命勝利の最初の演説をしたという。そういえばカストロの長広舌は有名で、一人で
56時間も演説をしていた。果たして聞いている人はいたのだろうか。

 【革命広場】にも寄ってみた。剣を持って馬に乗るキューバ革命の前史を飾るアントニオ・マセオの大きな像が立っていた。今朝サンチャゴ・デ・クーバに着いたばかりなので、ほとほと疲れてしまった。バスの中では断続的に眠っただけだ。
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バスに忘れてきた洗面道具は、運転手が保管してくれていた。洗面道具の中には、常備薬や歯磨き、剃刀などを入れていた。宿の女将さんには薬がなくてもNo Problemとはいったものの、やはりホッとした。今日はこれくらいにしよう。

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№3970 夜行バスで革命の地へ

 旅での有力な情報には、ガイドブックのほかにネット情報がある。このネット情報がいろいろと細かなことを教えてくれて、ばかにならない。

 今回も「バス旅行 ハバナ-サンチャゴ・デ・クーバ」と打ち込んだら、旅行経験者からの投稿を見つけた。それによると、チケットは買っただけではいけない。出発30分前にバスターミナルに行って、チェックインする必要があるという。さらに、夜行バスは寒いので、長袖のほかに上に着るものがあると防寒にいい、と教えてくれる。その情報に従うことにした。

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 バスターミナルには、出発
1時間前の午後2時に着いた。さっそくチェックインしたのだが、見ていると地元の人でもチェックインを怠る人がいた。さらに、やはりバスの中は震えるほど寒かった。飛行機の中でもそうだが、物凄く寒いことがある。私は、旅には必ずスタジアムジャンパーを持って出かけている。このジャンパーが有効だった。

Img_7128_2  バスは、定刻通り午後3時に出発した。ハバナから目的地サンチャゴ・デ・クーバまでの距離は860㎞である。東京から下関くらいか。情報では、到着は翌日のお昼12時とのことだ。21時間の旅を覚悟した。出発時、バスはほぼ定員で一杯だった。この人たちは、そのままサンチャゴ・デ・クーバに行くのかと思ったが、途中で一人降り二人降りで、目的地に到着した時バスはガラガラになっていた。

 何より驚いたのは、午前7時頃に大きなターミナルに到着した。トイレに行ってから、ここはどこかと近くの人に尋ねたら、サンチャゴ・デ・クーバだという。急いで荷物を持ってバスから降りた。あまりに急いでいたので、宿で荷物をチェックしたら、洗面道具をバスに忘れたのに気がついた。

Img_7130  予定より5時間も早く着いたのだ。それでも早く到着するにこしたことはない。ターミナルからタクシーに乗り、予約しておいた宿泊ホテルの【Hostal Yoji】に着いた。こじんまりとしたcozyな宿だ。ターミナルから近かったが、初めての街でタクシーへ10CUCの支払いはしようがないかな。

 玄関で、この宿の主の老婆が出迎えてくれた。この方が親切な方で、いろいろと相談に乗ってくれるという。予定より早く到着したにもかかわらず、部屋に入ることができた。彼女に、この日サンチャゴ・デ・クーバの街を歩くつもりだと話したら、格安のタクシーを紹介するという。しかも8CUC(1000円弱)だ。有難い話だ。

 さらに、この宿ではwi-fiは使えないそうだが、接続ポイントにそのタクシー運転手が連れて行ってくれるという。忘れ物を探しに、バスターミナルにも行ってみよう。運転手が来るまでにWord原稿を作り、接続ポイントで写真も一緒に貼り付けアップするつもりでいる。
 
 この宿に、今回は
2泊する予約をした。下着や着替えも、そのつもりで3着用意し

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2018年10月29日 (月)

№3969 旅の知恵

 旅を続けていると、一日ごとに「旅の知恵」がついてくる。

さて、サンチャゴ・デ・クーバにどう行こうかと考えていたのだが、飛行機だと往復37,000円ほどかかると分かった。片道だけでも20,000円という。しかも、朝5時の出発便しかない。

どうしても行くならバスしかない。ここはバスで行こうと決めた。ホテルズドットコムで、サンチャゴ・デ・クーバのホテルの予約が取れた。評価9のホテルが一泊約5,000円という。2泊の予約をとった。

 さてバスの予約だが、ネットでもできるらしい。ネットでバス会社にアクセスしたが、すべてスペイン語なのであきらめた。ただ、バスの時刻表だけは分かった。往復とも午後3時出発で、現地到着が12時だ。なんと21時間かかる。往復42時間の旅を覚悟した。

 バスのチケットは、直接バスターミナルで取ることにした。ただ、窓口はスペイン語だけだと思い、行きと帰りの日付と時刻をメモにして持って行った。窓口ではこれが功を奏して、すんなり往復のバスチケットが取れた。往復で12,000円ほどだったが、飛行機の3分の一だ。

 キューバに行くと話すと、「言葉はどうするの」と必ず聞かれた。昨年の旅行先南コーカサスもそうだったが、海外一人旅で意外にも言葉で苦労することはない。というのも、自分が要求することは必ず相手に伝わるものだ。あとは度胸と忍耐だけだ。

 ただ、外国語を使うのは年に一回、この旅行でだけだ。最初は、この宿のマリーンという若い少女との会話に手間取った。相手が何を言っているのか、ほとんど理解できないのだ。時間がたつにつれ、徐々にわかり始めたのだが。

 このマリーンには、wi-fiでものすごい世話になった。というのも、この宿のwi-fi30分で時間切れになってしまう。ブログの一記事を書くのに約1時間半かかる。そんなに長く書かなければいいようなものだが、これも性分だから仕方がない。

 マリーンに
2時間使えるwi-fiカードを買ってきてもらった。一枚2CUC(約230円)する。ただすぐに使い切ってしまう。彼女に10CUC渡して、5枚のカードを買ってきてもらった。しかしカードがあればいいというものではない。スペイン語で繋ぐ手続きが必要なのだ。繋ぐのも彼女に頼りきりだ。

 ネット時間をお金で買うとなると、ブログに直接記事を書くと、どうしても時間がかかってしまう。そこで思いついたのが、記事をWordに書いて、それをブログ画面にコピペすることだ。おかげで、このようなダラダラ長い記事ができてしまった。

 明日からの長いバスの旅では、ブログは書けない。さらに、サンチャゴ・デ・クーバではwi-fi事情がよく分からない。112日、再度ハバナに帰ってくるまで、ブログは欠になるかもしれないね。

 それと、再度帰ってきたら、ハバナの宿をまたここLa Mayeにすることにした。マリーンがいるのと、交渉したら4泊で100ドルと格安に泊まれるこが分かったからだ。最初は不満だらけだった宿も、住み慣れてみるとこれはこれでいいものだ。近くに良いレストランも見つかった。

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№3968 ヘミングウェイゆかりの地を訪ねる

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 アーネスト・ヘミングウェイは、1940年から20年間ほど、この地ハバナで暮らしていた。彼の代表作『誰がために鐘は鳴る』、『老人と海』が書かれたのもこの地ハバナである。今日は、彼の足跡を訪ねる旅をしてみたい。旅行会社の「ヘミングウェイ・ツアー」もあるが、まあ、自分で歩いてみることにした。私は、ヘミングウェイは確か高校生の時に読んでいる。しかし、もう50年以上も前の事で内容までは覚えていない。

Img_7095_3  まず訪ねたのは「ヘミングウェイ博物館」である。ガイドブックには、日曜日は午前のみの開館とあった。結構遠かった。ただ、訪ねてみたら、日曜日は休館日だそうだ。ガイドブックは、昨日もそうだったが、それにしても不正確だね。

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Img_7099   しようがない。次に訪ねたのが、『老人と海』の舞台になったコヒマル海岸である。ここもタクシーにずいぶん長く乗った。海岸には、ヘミングウェイの銅像が立っていた。海岸を眺めながら、この海でヘミングウェイの釣りの場面を想像した。彼は、釣り船を持っていたらしい。そういえば、ヘミングウェイがカジキマグロを釣った写真があったね。

 海岸を眺めながら、ヘミングウェイの釣りの姿を想像した。

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Img_7109_2  ガイドブックの「ヘミングウェイゆかりの場所」に載っている次は、ハバナ中心街にある「ホテル アンボス・ムンドス」だ。この老舗ホテルは、街で尋ねてすぐに分かった。彼が住んでいた部屋は、今は記念館になっているという。

 この記念館を訪ねる前、ホテル屋上のレストランでメロンジュースを飲んで一息入れた。どうも、私の旅行スタイルは一途に目的地を訪ね、あとでへとへとになる。まあ、今回は時間もあるので、できるだけのんびり歩きたい。

 ホテルの記念館には、ベッドのほかにタイプライターなどヘミングウェイゆかりの品が並んでいた。日本の文庫本『老人と海』もあった。そうだ、帰国したら再度ヘミングウェイの作品に触れてみよう。

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 ヘミングウェイの最後のゆかりの地は、昨日も訪問したが、フローズン・ダイキリを飲んだレストラン「フロリディータ」だ。ところが店に入ったら、日曜日のせいもあり、立錐の余地もなかった。まあ、今日はダイキリは諦めるしかないね。

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2018年10月28日 (日)

№3967 ハバナの「日本語の通じる旅行社」

 ガイドブックには、「ハバナにある日本語の通じる旅行会社」が4社紹介されている。キューバでの歩き方の指南を得ようとこの旅行社を訪ねてみよう。いずれも日本語のできるスタッフが常駐、と書かれていた。

 最初に行ったのが、なじみのH.IS.社だ。キューバに駐在所があるという。ハバナの郊外にタクシーで行ったが、何が何だかわからなかった。すごすごと引き上げて、次に向かったのがハバナの旧市街にある「トラベル・ボデギータ」という会社だ。行ってみたものの、よくわからなかった。そして最後に行ったのが「レイコツアー」だ。これも郊外にあったが、引っ越しをしていて、この日は休みという。やむを得ない、今回の旅行を旅行社に頼るのはよそう。

 それでも念のためと思い、大ホテルのツアーデスクに行ってみた。問題は、月曜日から行こうと思っている「サンチャゴ・デ・クーバ」のチケットが欲しかったのだ。行きは夜行バスで、帰りは飛行機と思っているのだが、そのデスクではそういうプランはないとの話だ。

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Img_7082  ならば、自分で取るだけだ。旅行社を訪ねるだけで半日を費やしてしまった。疲れたので何か飲み物でも飲もう。街の中心地にいたので、アーネスト・ヘミングウェーも愛したというフローズンダイキリを飲むことにした。日本円で一杯800円くらいだ。

 ヘミングウェーが通ったという「フロリデータ」というレストランだ。この店のカウンターの奥には、実物大のヘミングウェーの銅像が飾ってあった。私もヘミングウェーにならって、カウンターでフローズンダイキリを飲んでみた。大きなカクテルグラスに一杯につがれたダイキリは、ものすごく美味しかった。

 カウンターの上でダイキリを作っていたが、大きなミキサーに氷とラム酒、何かのお酒を入れて、5分間も回していた。できたてのダイキリは、次々と客に運ばれていくのだ。あまりにも美味しかったので、ハバナにいる間は飲みに行こう。ただ、店を出たときには少し酔っぱらっていた。

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Img_7092  ハバナの市街の街歩きは楽しいね。かの有名な旧型車が観光用だけではなく、実用車としても活躍している街だ。ただどうかと思ったのは、物凄い排気ガスを排出して走っているのだ。

 それと国によって違うとつくづく思ったのは、キューバでは日本車はほとんど走っていない。昨年行ったジョージアは、ほとんどがトヨタ車だった。目立ったのは、ヨーロッパと韓国の車だ。

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 ハバナは大西洋に面した街だ。この約150㎞先にはアメリカ大陸がある。せっかく良好な関係を築き上げたオバマのキューバ政策を、現政権のトランプがズタズタにしてしまった。とんでもないことだ。長い間絶縁関係にあったキューバとアメリカの関係を、この旅行中は考えざるを得ない。

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2018年10月27日 (土)

№3966 入国審査の国別対応

 入国審査、出国審査は国別にいろいろと対応が違い、迷ってしまうことが多い。

 今回入国したメキシコは、きわめてオープンな対応だった。日本などでもそうなのだが、出国審査は税関審査官の前で少し緊張して審査受ける。ところがメキシコの入国審査はアバウトなもので、対応に当たっていたのは若い女性だった。何のことはない、すんなりメキシコに入国できた。


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 メキシコ出国時も、パスポートコントロールの場所はない。ただ手荷物検査があるのみだった。空港で出国審査所を探してみたのだが、それらしい場所はない。やむを得ないので出国ゲートに行ったら、問題なく出国できた。これはこれで寂しいものがある。

 心配したキューバへの入国だが、警告のあった海外旅行保険証などをチェックすることもなく、すんなり入国できた。係員の対応も極めて友好的だった。心配は、成田から運んだ荷物が出てくるかだが、これも問題なかった。

 キューバのハバナに着いたのは、夜の11時過ぎだった。日本との時差が13時間だから、日本とは昼夜が逆転している。空港で両替をして、タクシーを拾った。ガイドブックによると、相場が30クック(約3000円)と書いていたが、交渉すると25クックだという。このタクシー運転手が親切だった。

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 空港からホテルまでは約30分かかった。今回予約したホテルは、着いてみて分かったのだがホテルの看板もかかっていない。よくぞや、タクシー運転手が探し当ててくれたものだ。しかも、ホテルの入口が急階段で迫っていた。重い荷物は自分では持ち上げることが出来ない。結局、若い助っ人が来たのだが。

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 翌朝このホテルを見てみたら、私が泊まった一部屋のみのミニホテルだった。入口は民家並みだ。このホテルに3泊も予約をとっている。さてさて、どうなるものやら。wi-fiだけは繋がった。

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№3965 メキシコの国際空港にて

 成田空港を10月26日午後2時25分に出発し、今無事にメキシコ国際空港に着いた。フライト時間は約12時間だった。ところが、メキシコ時間は26日の午後1時40分である。何か丸一日得をしたような気もするが、帰りにはその一日が取り戻される。

 飛行機の中ではほとんど寝なかった。さらにメキシコ空港で5時間ほどのトランジットタイムがあり、午後6時40分ハバナ行きの飛行機に乗る。ハバナ到着は午後10時半だ。

 我慢できるかどうかはわからないが、なるべくこの間寝ないようにしよう。というのも、ハバナに着くのは日本時間のお昼頃だ。今寝てしまうと、時差ぼけが解消しない。眠いのを我慢していると、たとえ日本時間がお昼でもぐっすり眠れるのではないか。

 前にもお話ししたが、キューバ入国にはパスポートのほかにツーリストカードと海外旅行保険が必要である。それらを用意して成田の航空会社のカウンターに行ったのだが、係員が「この海外保険では、キューバに入国できないかもしれませんよ」というのだ。

 ガイドブックをよく読むと、「英文の契約書の持参」とあった。私が持っている保険証書は和文でしか書かれていない。よく考えてみると、この保険証は現地の人は読めないね。担当デスクの係員は、「ま、現地で交渉してみることですね。最悪の場合、もう一度現地で保険に入る必要があるかもしれませんよ」というのだ。

 慣れない旅に出ると、こういう事故がしょっちゅうあるものだ。その事故を乗り越えるのも、一人旅の楽しみだ。今までも何とかなってきたし、まあ、これからも何とかなるだろう。悲観的にものを考ええると、一歩も前に進めない。すべてを楽観的にとらえて前に進もうと思う。

 昨年もそうだったが、海外旅行でのブログの記事投稿はリアルタイムで行いたい。普段は、午後7時に新記事をアップしているのだが。今はメキシコの空港のレストランで昼食を摂っている。wi-fiが無料で使えるというので、入った店だ。

 何人かから応援のコメントが入っている。これからも旅の応援をよろしくお願いしたい。

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2018年10月26日 (金)

№3964 海外旅行の持ち物

 もう何度も経験しているので、海外旅行の持ち物は慣れている。今回は23日間だから、下着類は各10枚づつ入れた。さらに洗剤と物干し紐を持ち、現地で何度か洗濯しようと思っている。特にキューバは暑いので、T‐シャツや半そでシャツ、半ズボンは欠かせない。水着も欲しいのだが、持っていない。必要なものは現地調達をしたい。

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 一番気を使ったのは、持っていく本についてである。日本とメキシコの間は、15時間の飛行機だ。いつでもそうなのだが、飛行機の中は格好の読書空間でもある。長距離飛行は苦手という人もいるが、私はこの閉じられた空間が大好きだ。集中して本を読めるのがいい。

Simg_7059  今回は、文庫本ばかり10冊ほど買ってきた。しかも、なるべく厚い本だ。読書は飛行機の中だけでなく、ホテルでも時間をつぶす有効な手段である。10冊を合計すると5777頁もあった。この本が結構重い。読んだらどんどん捨ててこよう。

 さらに、ガイドブックは「地球の歩き方」のメキシコ編とキューバ編だ。現地で計画を立てるのにはどうしても必要だ。「るるぶ」のメキシコ編も買った。写真がいっぱいあり、便利そうだった。ただ、キューバ編はなかったのは残念だ。

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 私にとって、海外旅行の必需品はモバイルパソコンである。現地でブログを書くのに必要だし、情報をえるのにも大事だ。今回はホテルの予約を半分しかしていない。後は現地で、Hotels.comの検索をしてホテル探しをしたいと思う。心配はキューバだ。国にwi-fi電波が完備していないようだ。キューバでは、ブログも書けないかもしれないね。

 それと、昨年失敗したのがスマホだ。日本に帰ってきて、7万円もの請求にびっくりしてしまった。先日ドコモショップに行ったところ、海外ではモバイルデータをOFFにするように勧められた。成田空港で、出国直前にその手続きをしたい。

Photo   そうだ、旅行の様々なデータをUSBに収めて持っていこう。このデータにはホテルの予約や地図、日程表などが入っている。もちろん印刷はしているのだが、データも何かの役に立つだろう。

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 カメラは、デジカメだけで十分だとは思うのだが、念のために一眼レフカメラも持っていこう。昨年は、一眼レフはほとんど使わなかった。ほとんどデジカメだけで用は足りるのだが。そうだ、双眼鏡も持っていこう。

 ある人に「お金はどれくらい必要なの」と聞かれたが、まあ、一日ホテル代込みで2万円かなと答えた。ほとんど日本円で両替できるとは思うのだが、これも用心のためにアメリカドルも若干持っていきたい。ただ、私は海外旅行でクレジットカードは使わない。

 なるべく荷物は少なくとは思っているのだが、それでも大きなスーツケースがいっぱいになった。こんな大きなスーツケースは移動に不便と、小さなカバンも入れておいた。海外旅行で大事なものは三つである。一つはパスポートだし、飛行機の予約券、それに現金だ。念のため、パスポートのコピーとポートレート写真も入れておいた。

 さてどういう旅行になるのか、楽しみである。なお、この記事は事前に書いているので、アップする時間には太平洋上にいることになる。次に記事を書くのは、メキシコの飛行場でかな。

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2018年10月25日 (木)

№3963 旅行日程を立てる

 いよいよ海外旅行の出発が明日の金曜日に迫ってきた。今回はキューバに11日間、メキシコに10日間の滞在で、行きと帰りを含めて23日間の予定だ。今準備ができたのは往復航空券、キューバのハバナとメキシコシティー、カンクンでのそれぞれ3日のホテル予約のみである。ノンビリしたものである。

Photo  まずはおおざっぱな日程案を作ってみた。あくまでも、現地に行ってかから臨機応変に対応するつもりで、あまりキチキチの予定にはしたくない。

 キューバの首都ハバナのホテルは予約したのだが、そのホテルも行ってみなければわからない。一泊3300円の超格安ホテルだ。いいホテルだったら予約を延長するし、悪かったら別のホテルに移る。何しろ、ハバナに着くのは現地時間の夜10時半だ。その時間でホテルの予約はできない。

 キューバ滞在の大ざっぱな予定は立ててみたものの、これも現地に行ってから考えたい。それでも、キューバの楽しみは3つ4つある。一つはヘミングウェイゆかりの場所を訪ねる。二つはエルネスト・チェ・ゲバラの足跡だ。三つは雄大なカリブ海で遊びたいし、旧都サンティアゴ・デ・クーバも訪ねてみたい。

 そうだ、キューバの生音楽にも接したいね。キューバのジャズはアフロ・キューバン・ジャズとも呼ばれているらしい。サルサ・レゲトン・ソン、ボレロなども生で聞けえるんじゃないかな。キューバのレトロタクシー、本場の葉巻なども楽しみだ。11日間なんてあっという間だ。

 メキシコも、とりあえずは到着した3日間のホテルは予約した。ただ、メキシコは日本の5倍もある大きな国だ。すべてを見るというわけにはいかない。今回は、古代遺跡を見る旅を楽しみたいと思っている。

 メキシコにはマヤ遺跡が各地に点在しているようだ。今回はメキシコシテーとユカタン半島を中心に回りたい。日程案を作ってみたが、ユカタン半島のカンクンに3日滞在する予定だ。そうだ、カンクンもホテルを予約しておこう。

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 心配はメキシコに襲来しているというハリケーンWillaだ。相当大型のハリケーンで「壊滅的な被害」をもたらす恐れがあるという。そういえば、台風26号の行方も心配だ。
 
 先ほどもいったように、今回の旅行も行き当たりばったりだね。さて、どうなるものやら。

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2018年10月24日 (水)

№3962 不審な葉書の到来

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 ポストをのぞいてみたら、女房あてに写真のような不審な葉書が来ていた。「消費料金に関する訴訟最終告知のお知らせ」というものだ。葉書を一見して、振り込み詐欺だと分かった。

 内容を読むと、「あなたの利用されていた契約会社、もしくは運営会社から契約不履行による民事訴訟として、訴状が提出されたことをご通知します」とある。しかし、契約不履行の中味は一切書かれていない。

 もし連絡がない場合は、執行官立会いの下、給与差し押さえ及び動産、不動産の差し押さえを強制的に執行するというのだ。10月25日まで連絡をもらうと、訴訟の取り下げを行うという通知葉書だった。宛先の住所電話番号も記してある。

 女房の話によると、この近所一帯にこのような葉書が届いているらしい。これだけオレオレ詐欺や振り込み詐欺がいわれる中、こんな葉書に騙される人がいるんだろうね。相手は1000枚か10000枚も同じ葉書を出し、一人でも騙される人がいるとペイするんだろう。それにしても、女房の名前は何から知ったのだろうか、不気味だ。

 さらに、この日TBSラジオを聞いていたら、キャスターの奥さんあてにも全く同じ葉書が届いていた、と話していた。その奥さんは慌てて電話をしたらしいが、キャスターは絶対電話をしてはいけないと強調していた。ということは、相当広範囲にこの葉書が送られているに違いない。

 時々オレオレ詐欺の受け取り犯人として捕まる人のニュースはあるが、犯人が捕まったとしても、ほとんど騙されたお金が返ってくることはないらしい。真犯人は別の国にいて、ニンマリしているようだ。

 この葉書は住所と電話番号が書いてあるので、警察に届けようか。敵もさるもので、その対策も施しているのだろうが…。

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2018年10月23日 (火)

№3961 隣家の新築完成

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 6月に着工した隣家の新築工事がいよいよ完成した。どうやら不動産屋が建てた家で、完成したら建売住宅として販売するものらしい。

 隣家として、建てる前にこの家の建蔽率についてクレームをつけたことは、このブログで記事にした。当初総二階建ての家は、クレームを受け入れて一間ほどを削ってくれた。建てる前はわが家への影響はどうなるか、心配していた。

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 新築なった家の壁は真っ白で、かえって以前よりわが家の庭が明るくなった。まだ冬にならないと分からない面もあるが、今は秋の陽がわが家の居間にそそいでいる。かえって明るくなったような気もする。さらに、わが家の庭に面した壁には、ほとんど窓がない。隣家の眼を気にしないで暮らせるのもありがたい。

 不動産屋さんの話によると、この家は4,500万円ほどで売るらしいが、どういう人が買うのだろうか。この新築なった家の隣の家に今年の5月に入居した方は、旦那が警官で奥さんが学校の先生のようだ。いつも明るく挨拶を交わしている。こういう方なら、一緒に住んでも安心なのだが。

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 さらに、新築なった家の右の家も空き家である。ここも同じ不動産屋さんが買って、解体して建て直すのだそうだ。この家は、わが家の日照にはほとんど関係ない。ただ、わが家の隣家はどうなるだろうかと心配していた。

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2018年10月22日 (月)

№3960 吟行句会

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Simg_7031  昨日の続きの記事である。句会の会場は、旧古河庭園のすぐ下にある『ようき』という店だ。このお店は、2年ほど前に旧古河庭園で吟行を行った際同じく使った店だ。マスターが相撲の大ファンとかで、稀勢の里なども立ち寄るらしい。

 店内には相撲グッヅや写真がたくさん展示してあり、如何にもそれらしいたたずまいである。話は聞かなかったが、もしかしたらマスターも昔は相撲取りだったのかしらね。

 さて、さっそく句会が始まった。皆さん作ってきた5句を短冊に書くとともに、出句表にも同じ句を書いた。さらに短冊をかき混ぜ、渡された短冊を清記した。清記した句の選句作業は、一人5句だ。その選句した句は、参加者がそれぞれ披講した。さて、私の俳句は選ばれているだろうか。

 最近、私の作った俳句は不調で、「伊奈桟雲の会」ではほとんど選ばれることがない。皆さんの共感を得ることがないと、がっかりしている。先生が言うには、「俳句は素材が大切。よくよく素材を吟味すること」だそうだ。その伝でいうと、私は素材が悪いのだろうと反省している。

 この日は、素材に気をつけながら作句した。そのせいかどうかはわからないが、ありがたいことに私の句にたくさんの点数が入ったのは、同慶の至りであった。特選に選ばれた句も2句あった。

 点数の高かった私の句を紹介したい。

晩秋や枯山水に薄日差す(4点句)

倒木に閉ざされし径うす紅葉
(4点句)


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Simg_7033  句会は1時間半ほど続いた。さて、楽しみの懇親会だ。相撲ファンのマスターだけに、用意されたのはちゃんこ鍋だ。野菜たっぷりの鍋に、魚や肉が混じっていた。

 さらにうれしかったのは、クジラのお刺身だ。柔らかい肉で、口の中で融けそうだった。ショウガ醤油とニンニク醤油が用意されたが、私はニンニク醤油で食べた。久しぶりに美味しいクジラ肉を食べたね。

 懇親会の話題の中心は、どうしても俳句のことだ。事務局長のSohuさんがイライラしながら、「皆さん、何時まで経っても俳句が上手にならないね」とため息をついていた。そうかもしれないね、この会は郵送での句会なので、お互いが高めあう機会が少ない。結果として、季重なりや三段切れの句が多い。ため息をついていた事務局長の提出句にも、季重なりの句が2句もあったので、あまり偉そうなことも言えないね。

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 さらに、話題は今年の甲子園大会の金足農業吉田輝星投手にまで及んだ。彼のおかげで、夏は秋田人であると大威張りができたのはありがたいことだった。わが母校は、吉田投手の前にコールド負けを喫したが、それはそれでよかったというのがこの日の結論だった。

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2018年10月21日 (日)

№3959 六義園で吟行

 高校の東京同窓句会「東雄句会」の吟行が、駒込の六義園であった。私はこの句会の会長として、参加してきた。この日の参加者は8人で、天気もよし、絶好の吟行日和だった。

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 朝10時半に六義園の正門に集合して、簡単な打ち合わせの上、それぞれおもいおもいに園内に散っていった。私は片手に「俳句手帳」、もう一方の手には電子手帳を持ってそれぞれ句作に思いをこらした。さて、どういう俳句ができるやら。

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 私は、この六義園にはもう何度も来ているが、吟行できたのは初めてのことだ。この庭園は、江戸時代柳沢吉保の別邸で、将軍が何度も訪れたという代表的な大名庭園である。明治時代、三菱の創始者岩崎の庭園として、今の倍ほどの敷地の庭園だったらしい。

 今では都立公園になっていて、庭園の手入れも行き届いている。ある参加者は、「あまりにも作られ過ぎた庭園で、吟行には面白くない」とブツブツ言っていた。とはいえ、句材は探すといくらでもある。

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Simg_7025  吟行を何度も経験している私は、まずは俳句手帳にキーワードを書き入れる。そのキーワードを膨らまして俳句を作ると、いくらでもできる。この日、この庭園で見たキーワードは、「松の手入れをしている職人」、「池にそそぐ大きな流れ」、「つつじの狂い咲き」、「晩秋の暖かな日差し」、「枯山水」、「庭園を訪れるたくさんの外国人」、「台風被害の倒木」、「つつじ茶屋」、「松の菰巻」、「道に落ちている団栗」などすべてが句材の対象だ。

 とりあえずは、思いつくままに俳句手帳に書いていった。わずか1時間余りで17句ほどが出来上がった。出来上がったとはいうものの、ほとんどが初案の段階である。公園のベンチで昼食を摂りながら、モノになりそうな俳句を選んだ。この日の課題は、5句提出だ。

 私は俳句を作る傍ら、庭園を訪れている外国人に積極的に声をかけた。来週からの海外旅行に備えての予行演習だ。「つつじ茶屋」で出会ったのは、かわいい女性だった。どこから来たか尋ねたら、カナダのバンクーバーだそうだ。日本が大好きで、もう四度も来ているといっていた。また、別の団体にも声を掛けたら、台湾から6泊の予定できていると話していた。

 電子手帳を検索していたら、今まで使ったことのない秋の季語をたくさん発見した。「松手入れ」、「薄紅葉」、「狂い花(帰り花)」、「菰巻」、「落とし水」などこの日の吟行には使えそうな季語だ。特に「松手入れ」などいいじゃないかと思った。

 そのことを事務局長のSohuさんに話したら、「松手入れなど手あかのついた季語の代表例だ」と散々だった。しょうがないな、「松手入れ」を使った俳句は捨てよう。

Simg_7029  午後1時に出口に集合し、記念写真を撮った。さて、それでは句会会場に向かうか(長くなったので、句会の様子は次の号にします)。

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2018年10月20日 (土)

№3958 アパートを探す

 先日、久し振りにわが家を訪れた息子に、女房は盛んに自宅の近くに引っ越しするようにといっていた。いま息子は桶川に住んでいるのだが、そのアパートも住んでもう10数年になる。息子の言うには、「引っ越しもいいのだが、探すのが面倒だ」といっていた。

 息子はミニクーパーの車に乗っていたが、最近あまり車を利用しないからと売っぱらってしまったらしい。息子のアパートからわが家までは車で20分ほどだが、電車で来るとなると1時間以上かかる。その理由で、最近はめったに顔も出さなくなっている。

 息子の顔を見ない寂しさからか、女房はこの街に引っ越してくるようにしきりに勧めていた。息子もまんざらではない様子だった。「アパートを探してくれるなら、引っ越してきてもいいよ」というのだ。その探す役が私に回ってきた。

 そういえば、若いころはしょっちゅうアパート探しをやっていた。駅前の不動産屋の広告を見るのが楽しみの時期もあった。そうだね、都内でアパートも10か所くらい移り住んだような気もする。さすが今のところに住み着いて40数年、アパートとは縁がなくなったが。

 息子の依頼もあったので、アパートを探してみるか。不動産屋さんを訪ね歩いたが、この街には意外と不動産屋さんが少ないことに気が付いた。あまり需要がないのだろうね。

 少ない不動産屋さんのうちの一軒を尋ねてみた。息子一人で暮らすのだから、ワンルームのアパートでいいのだろう。駅から歩いて4~5分の新築アパートを見つけた。それも含めて、4~5件の物件をコピーしてもらった。あくまでも決めるのは息子だ。

 私の乗っている車の保険は、運転者限定で女房と私だけが保険適用になっている。ただ、私の車には女房は乗らない。限定条件を替えるように、保険会社と交渉をした。二千円ほどかかるらしいが、仕方ない、条件を替えよう。

 女房から息子に、適当な物件が見つかったと連絡したらしい。息子は、「ワンルームではなく、もう少し広いところに住みたい」といっていたようだ。家賃を払うぐらいならマンション購入を勧めてみたのだが、矢張りアパートでいいらしい。まあ、実際は住む本人が、直接物件を見て決めるしかないね。

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2018年10月19日 (金)

№3957 素敵な読書空間

 読書には、集中できるある空間が必要である。読書に集中するためには、雑音がないとか、静寂であるとか、人の目を気にしなくても済む環境が必要だ。

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 私がいつも通う埼玉県民活動総合センターの二階に「彩の国市民活動サポートセンター」がある。一種の図書館も兼ねていて、蔵書が置いてある。またパソコンもあり、申し込むと貸してくれる。最近でこそ頻度は少なくなったが、私は埼玉県民活動総合センターのヘビーユーザーだ。

 自宅からは車で10分少々で着き、様々な催しにも参加している。以前はここで【彩の国いきがい大学】が開かれ、週一は必ず通っていた。また、ここで今開かれているのは俳句の句会である。月一度は、その参加で訪れる。

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 自宅から近いので、催し物が開かれるときには事前に会場に着き、2階のサポートセンターで本を読むことにしている。この日も、午後1時から句会が開かれた。私は10時過ぎに自宅を出て、このサポートセンターにやってきた。蔵書は取り払われて、ガランとしている。ここを利用している人にもほとんどお目にかからない。

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 かくして、静かで集中できる環境で2時間半ばかり読書に熱中した。私の秘密の隠れ場所なのであまり他人には教えたくはないのだが、私のブログの読者には、仕方がないので公表しよう。

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2018年10月18日 (木)

№3956 代官山で年一回の食事会

 毎年10月の定例会になっているが、静岡に住む陶芸家であるわが友Akiちゃんの展示会が代官山の『無垢里』で行われている。このことは毎年記事にしている。2015年は10月9日の№2845で、2016年は10月20日の№3222で、そして2017年はやはり10月20日の№3590の記事になっている(太い赤線をクリックすると当該記事に行きます)。

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 ブログの便利なところは、過去の出来事があっという間に検索できることだ。毎年当該記事として書いているが、代官山の展示会に行く目的は、Akiちゃんの作品撤収のお手伝いのためである。展示会場は細い路地奥にある。撤収した作品を車に積み込むには、この路地を巧みに会場までつける運転技術だ。それを見込まれ、もう十数年もお手伝いに出かけている。

 何よりの楽しみが、撤収後の宴会だ。毎年仲間10人前後が集まり、近くの飲み屋で宴会をやっている。面白いことに、その宴会の会場は毎年違っている。というのも、代官山の飲食店の消長が激しいからだ。昨年の会場がよかったから予約に行くと、もうその会場は消滅していた。今年は初めてのことだが、展示会場の近くの中華料理屋さんで行うことになった。

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 宴会の案内をしたところが、今年は異例に参加者が多かった。14人が参加の申し込みをしてくれた。ほとんどが退職者だが、なかにはまだ現役という人もいた。大半の人には、一年一度、この会でしか会わない。それだけにこの代官山の食事会は、貴重な宴会となっている。

 清里に永住しているYoshiyukiさんは、毎年この会を楽しみに参加してくれている。彼の報告によると、いま、清里で羊と共生しているのだそうだ。羊を飼うのはいいのだが、刈った羊の毛が邪魔だ話していた。それを聞きつけた女房は、「ぜひその羊の毛を譲ってほしい」とお願いしていた。なんでも、織物に使いたいのだそうだ。

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 那須の仲間Ogiさんが、本を出版したことも話題になった。彼女はフクロウの置物のコレクションをしている。2000点余りあるコレクションの中から、今回は900点余りを本で紹介した。11月には出版記念会をやるという。私もその記念会に出席を依頼されたが、残念ながら日本にいない。

 今朝8時に日本に帰ってきたばかりのYukaちゃんも、この食事会に参加してくれた。彼女は3ヶ月余りスペインに滞在して、今朝日本に帰ってきたと話していた。スペインには息子と二人で行き、アパートを借りて生活したそうだ。目的は、息子のサッカー武者修行とのことだったが、学校を休ませてまで行くその意気や盛んである。

 この宴会は6時半ころから始まったのだが、唯一現役のAmiちゃんが駆け付けたのは8時過ぎだ。ものすごく忙しいのだそうだ。ウ~~ム、かわいそうに。そういえば、Yukaもスペインに行くについて、長年勤めていた会社を辞めたのだそうだ。
 代官山の高価な中華料理店にもかかわらず、皆さん、その値段も知らずに結構バンバン酒を飲んでいた。後で確認したら、4合瓶の焼酎が8000円と知り、顔を青くした。まあ、それでも年一回の宴会だからしようがないか。

Simg_7014  皆、機嫌をよく帰っていった。もちろん酒は飲んでいないAkiちゃんだが、はたして無事静岡に帰り着いたのだろうか。

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2018年10月17日 (水)

№3955 森保Japan、快進撃

 昨晩の日本対ウルグアイ戦のサッカーをご覧になっただろうか。FIFAランク5位のウルグアイに対し、FIFAランク54位の日本が対等に戦い、堂々の勝ちを収めた。森保Japanになっての第3戦目、これですべて勝利した。いずれの試合もテレビ観戦したが、それにしても森保監督の日本は強い!というのが率直な感想だ。

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 特に昨晩のウルグアイ戦は、若い選手の躍動が目についた。なんといっても、3戦全部に得点した南野拓実だ。いまだかつて、日本にこれほどの得点能力を持ったストライカーはいただろうか。それほどすごい。

 南野の前を向いてゴールに迫る迫力は、天下一品だ。ウルグアイは、得点力があるというより、むしろ守備力の強いチームだったはずだ。それをいとも簡単にこじ開けて得点に結びつける力は、世界に通用するものだ。まして、追加点も取るなど望外の活躍だった。

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 若手三羽烏といわれるのは、南野のほかに堂安律、中島翔哉だ。堂安も森保Japanで昨晩は初得点を挙げたし、何よりすごかったのが中島翔哉だ。彼のシュートにかける意地を存分に見せつけられた。昨晩は、中島は何本のシュートを放っただろうか。彼自身は決められなかったが、彼の放ったシュートのこぼれ球を押し込んだのは、「半端ない!」大迫勇也だった。

 国際大会で、サッカーのゲームは1点2点を争う場合が多い。それが日本の取った点は4点、ウルグアイは3点と大味感はぬぐえない。ただ、あれだけの点取りゲームになると、見ているものにとっては楽しいものだったね。

 日本にとって気になるほころびも見えた。デフェンダーの吉田麻也の不用意なファール、さらには三浦のバックパスで点を取られたことだ。いずれもやる必要のない点数だった。それにしても、ウルグアイに勝ったのは、選手にとっては今後何よりない自信につながるだろう。

 11月にさらに国際戦を2戦闘い、来年1月にはアラブ首長国連邦で第17回目のアジアカップが始まる。日本はこの好調さを維持して、この大会に臨めるだろうか。

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2018年10月16日 (火)

№3954 ブログアクセス数60万回突破

 私のブログを訪問してくれる人は気が付いていると思うのだが、ブログのアクセス数が60万回を突破した。このブログが№3954である。ほぼ毎日ブログを書いているのだから3954日ぶりだ。単純に割り算をすると、一日当たり151.75回のアクセス数がある。

 何度も申し上げているが、このブログを始めたのは2008年1月22日である。当初は面白くて、いろいろと友達にも見に来るようにお願いしたり、様々な宣伝をしてアクセス数を増やす努力をした。しかし、最近はあまりにも当たり前すぎて、私のブログはほとんど宣伝していない。

 ありがたいことに、それでも確実にアクセス数を増やしている。この5年間の平均でみると、一日当たり115アクセスがある。年間に直すと、約42000アクセスである。100,000のアクセス数を増やすには、約2年半かかっている。

 それにしても、よくもまあ600,000アクセスまで行ったものだと、自分ながら感心する。私のブログは、一般的な市民のなんていうこともない生活の記録だ。特に大きな波があるわけでも物語があるわけでもない。

 芸能人のブログには、一日に数万や十万アクセスを記録するものもあるらしい。私のブログには、一切そういうことはない。毎日コンスタントに訪問してくれる方が、一番有力な読者だ。

 私の仲間で、1,000,000アクセスを達成したブログがあるとも聞く。私の今のペースで行くと、100万アクセス数に行くにはまだ10年弱もかかる計算だ。まあ、それまではブログをやめているか、くたばってしまっているだろうね。

 私の元気の源は、このブログを続けていることだ。健康寿命の素でもある。迷惑かもしれないが、しばらくお付き合いをお願いしたい。

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2018年10月15日 (月)

№3953 インターネットに繋がらないぞ‼

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 2~3日前から、新しいパソコンがインターネットに繋がらなくなった。パソコンを立ち上げたときには繋がるが、すぐに上記のような表示に切り替わってしまう。「ネットワークに接続していません」とあるから、接続したら済む話のようにも思える。

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 ところが、接続してもすぐに断線してしまう。いったい、何が原因なのだろうか。新しいパソコンの脇には、古いパソコンがある。古いパソコンは問題なく繋がるのだ。ということは、新しいパソコンに問題があるのだろう。いろいろといじってみたがわからない。

 古いパソコンで繋がっているとはいうものの、新しいパソコンに慣れてしまうと不便でしようがない。インターネットに繋がらなくなって再度思うのだが、私の今の生活にとってインターネットは本当に大事なツールだとわかる。

 このまま放置していていいわけではない。ほとんど頼ることはないのだが、息子にSOSで見てくれるようにお願いした。「今日は出社日だが、帰りに寄ってみるよ」との返事が来た。そして夕方、その息子があらわれた。

 いろいろといじっていたようだが、「わかった」というのだ。原因は簡単で、ルーターの線が外れていたというのだ。それを元に戻したら、問題なく繋がった。ああ、よかったね。

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2018年10月14日 (日)

№3952 健康寿命の秘策

 昨晩13日の夜9時からの『NHK特集』をそれとなく見ていた。多くの人も見たと思うが、内容は「健康寿命の秘策をAIに聞いてみた」というものだった。その結果が意外だったので、この記事にした。

 日本人の平均寿命は女が87.26歳、男は81.09歳とそれぞれ世界では二番目と三番目に高い。ただ、いかに寿命が長くても寝たきりでは意味がない。そこで出た概念が、「健康寿命」というというものだ。厚生労働省は、健康寿命を「健康上の問題で日常生活の制限されることなく生活できる期間」と定義している。どうやら新しい概念のようだ。

 昨晩のNHK特集では、その健康寿命にスポットを当てていた。AI(人工知能)で分析したら、健康寿命を延ばすのは運動でも食事でもなく、【読書】だという。この分析によると、読書する人としない人では、健康寿命は23ヶ月違うという。マツコ・デラックスは「息絶え絶えの出版業界には、良い情報だ」と絶賛していた。

 平均寿命と健康寿命の年の違いは、女で約11歳、男で約8歳の違いがある。健康寿命というのは、良い考え方ではないか。いくら長生きをしても、寝たきりでの生活ではしようがない。この番組で初めて知ったのだが、PPK(ピンピンコロリ)とは前から言っていたが、NNK(ネンネンコロリ)とは寝たきりで亡くなることだそうだ。

 都道府県の健康寿命のランクは、女が①愛知県76.32歳、②三重県76.30歳、③山梨県76.22歳だ。男は①山梨県73.27歳、②埼玉県73.10歳、③愛知県73.06歳だそうだ。

 いずれも山梨県が高位に位置する要因は、公共図書館の数の差ではないかと言っていた。山梨県の図書館の数は、他の都道府県に比して2~3倍もあるという。それだけ本を読む人が多いのが健康寿命を延ばしている要因ではないか、と推測していた。

 私が住む埼玉県で、男性の健康寿命は2位である。健康寿命を延ばすもう一つの要因は治安の問題で、埼玉県は治安がいいのだそうだ。

 この特集を見ていて意を強くしたのは、【読書】は健康寿命にとって良いということだ。本でも雑誌でもいい、活字に親しむと健康寿命は延るのだそうだ。こういう主張を目にしたのは初めてだった。

 私もこの年齢にしては、物凄く本を読んでいる部類ではないか。そんなことを意識したことはないが、平均の健康寿命に達する歳ではあるが、どこも痛くも痒くもない。健康そのものだと思っている。その健康を維持しているのが【読書】だと、この特集で初めて知った。

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2018年10月13日 (土)

№3951 お茶の水~湯島~東大を歩く

 この日は、東京シニア自然大学修了生コースの講座があった。テーマは『東京の崖を訪ねる』で、何度かの連続講座の一環だ。講師の先生は東京学芸大学名誉教授小泉武栄先生で、彼の講座は人気がある。この日集まった受講生は29名と多かった。

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 集合場所は、御茶ノ水駅前である。この日訪ねる崖は、御茶ノ水から湯島、東大本郷へとぶらり歩きだ。私は好きで、よくこのコースを散歩している。このコースを学者の目で見るとどう解説するものか、興味があって参加した。先生が用意してくれたのは、4種類の地図だった。なかでも「お茶の水地形図」が役に立った。

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 私が散歩するときには、あまり地形図は頭に入っていない。ところが先生の解説を聞くと、この付近には多くの崖がある。駿河台・本郷台地などは、7万年から10万年前に造られたものらしい。その台地の縁は、縄文時代までは海だったという。

Simg_6978Simg_6983Simg_6985Simg_6989  今回歩いたコースは、また、歴史や文化遺産も多い。ニコライ堂~湯島聖堂~神田明神~湯島天神~麟祥院~東大本郷キャンパスと先生の解説を聞きながら歩いた。

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 様々な発見もあった。今まで何となく通り過ぎていた神田明神の参道前に甘酒屋があった。ものの試しとこの甘酒を仲間で飲んでみたが、一杯紙コップ350円と高かったが、これはこれで美味しかった。

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 『麟祥院』は初めてであったが、お寺の周りに「春日忌」の幟がたくさん見られたが。このお寺には春日局のお墓があり、10月14日は春日局の命日だという。1643年にお亡くなりになったが、今年は375年目の命日だ。

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Simg_6998  在職中は仕事の関係で東大本郷キャンパスにはよく行ったが、退職してからはとんとご無沙汰だ。10数年振りに尋ねたキャンパスは様変わりしていた。以前にはなかった大きな建物が、ニョキニョキと建っていた。東大病院が新築なったのも初めて知った。

 東大正門の横には長い壁があった。先生の説明によると、「安藤忠雄が設計した壁だが、まったく無用の長物だ。いったい彼は何を考えているのだろうか」とお冠だった。

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 予定通り、東大赤門前でこの日の行動は終わった。どうもご苦労様でした。

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2018年10月12日 (金)

№3950 日本女子バレー、セルビアを破る

 私はスポーツなら何でも好きで、テレビでスポーツ番組をやっていると思わずチャンネルを合わせる。ただ、今やっているバレーの女子世界選手権は、日本チームにあまり期待していなかったのが正直なところだ。

 ところが、テレビ観戦を続けているうちに、日本チームが強いのがよく分かった。1次ラウンドでオランダには惜敗したものの、堂々第2位で予選を通過した。意外と日本は強いのかもしれないと、バレーに感心して熱心に見るようになった。

 2次ラウンドは、10月10日夜のセルビア戦である。セルビアは、先のオリンピックで銀メダルを取り、ヨーロッパチャンピオンとしてこの大会に乗り込んだ。もちろん、この大会でも優勝候補であった。まさか日本が勝てるとは思わなかった。

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 第1セットは、セルビアに一方的にやられた。まあ順当かなとみているうちに、第2セット以降日本はリベロの井上琴絵であっただろうか、強打を拾いまくっていた。そして、相手の強打をブロックしまくりだ。おや、これはひょっとしたらひょっとするかもしれないと、観戦に熱が入った。

 第4セットまで薄氷を踏む思いだったが、なんとなんと優勝候補のセルビアに勝ってしまったのだ。拾いまくり、打ちまくり、ブロックしまくりでチームワークの勝利だったろう。これで2次ラウンド突破の曙光が見えた。そして、夜ブラジルから1セットでも取ると2次ラウンドの予選突破だ。

 昨晩は2次ラウンドの最終ブラジル戦だ。早々に2セットを取り、突破を果たした。これに安心したせいか、フルセットでブラジルに敗れはしたものの、2位通過だった。ただ、3次ラウンドは強豪ぞろいだ。イタリア、中国、アメリカが待っている。これらの国を破って最終ラウンドに行けるのだろうか、今後とも注目したい。

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 それにしても、日本の女子チームは美人ぞろいだね。まさか中田監督は顔かたちで選手を選んだわけでもないだろうに、本当にきれいな女子選手をそろえた。試合をみるのも楽しいが、日本の美人女子がコートに躍動する姿は、とっても素敵だ。私はこの選手権で知ったのだが、特に、長岡望悠の大ファンになった。

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2018年10月11日 (木)

№3949 大磯の街歩きを楽しむ

 『東京シニア自然大学NEXT』のこの日の講座は、「大磯の街に旧吉田茂邸、旧島崎藤村邸を訪ねる」というテーマだった。上野東京ラインが開通し、最寄りの駅から大磯までは一直線で行けるのがありがたい。ただ、この日は電車が遅れ、大磯に着いたのは集合時間ギリギリの午前9時50分だった。

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 大磯駅前には、すでにこの日の参加者が大勢集合していた。私は大磯駅には初めて降りたのだが、意外と駅は小さかったね。さらに、駅前にはお店なども少なく、がらんとしていた。

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 バスに10分ほど乗り、最初に向かったのが「旧吉田茂邸」だ。この日はボランティアガイドがついて、詳しく説明してくれた。吉田邸の入場料は無料だったが、ボランティアガイドは有料とのことだ。とはいっても、大した金額ではない。

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Simg_6941  いつも思うのだが、こういう旧所・旧跡を訪ねるにはボランティアガイドを頼んだ方がいいね。パンフレットでは決してわからないことを教えてくれるし、質問にも懇切丁寧に答えてくれる。たしか吉田邸は火災で焼けたが、その原因を尋ねたら、今でも原因は不明とのことだった。平成21年のことだ。いまでは街の尽力で、再建はなっていた。

 そのガイドが詳しく説明してくれたのが、入口の「兜門」だ。檜皮葺に葺かれた門だが、釘を一本も使っていないのだそうだ。この門はサンフランシスコ講和条約を記念して建てられ、別名「講和条約門」ともいうのだそうだ。吉田邸に入ったら2階からは富士山やや相模灘が望めるとのことだったが、有料の屋内には入らなかった。

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 ここの庭園も手入れが行き届き、隅々まで工夫が施されているとの説明を受けた。庭園の隅には、吉田茂の銅像が立っていた。吉田茂が元気なころは、政治家や有名人がこの屋敷に日参していたという。昭和は遠くなりにけり、か。

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 さらに、ボランティアガイドの案内で向かいの城山公園を訪ねた。この公園は、以前は三井家当主の別荘だったところらしい。大磯の地図を渡されたのだが、この地図を見る限り錚々たる人の別荘跡地があるという。伊藤博文、旧徳川邸、鍋島邸、旧西園寺邸などはその一例だ。城山公園内には「大磯郷土資料館」が建っていたが、中をのぞいてみたら立派な展示物だった。

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 この公園で昼食を摂り、午後は大磯駅に向かって歩いた。箱根駅伝名物の松並木があったが、国道一号線の脇にあって心なしか松には元気がなかった。

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Simg_6955  そして目指したのが、旧島崎藤村邸だ。島崎藤村終焉の地だそうだ。島崎藤村は昭和18年に亡くなったが、藤村はこの地に50年余り暮らしていたという。なぜか知らないが、この地は大磯の五大聖地として、若者が大勢集まってくるのだそうだ。

 何かのゲームか何かで、人気なのだろうか。私には全然わからなかった。

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 俳句をやっているなら「鴫立庵」を知っているだろう、と仲間に問われた。私は知らなかったが、和歌俳句の名所として、西行なども訪れたことのあるそうだ。

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Simg_6965  そして最後に訪ねたのが大磯駅前にある『沢田美紀記念館』である。沢田美紀さんといえば、エリザベスサンダースホームの創設者としてよく知られている。私も名前だけは聞いたことがあったが、ここに記念館があるのは知らなかった。有料ではあったが、この館の方の説明をうかがって、沢田美紀の人となりがよく分かった。

 沢田さんは、隠れキリシタンの資料の収集家でもあり、この記念館には「踏み絵」をはじめたくさんの資料が飾られていた。沢田さんはお亡くなりになったが、この敷地内には今でも孤児院があるのだそうだ。

 この日は天気が良かったので、街歩きぶらり旅には絶好のコンデションだった。少し汗ばんだ後の生ビールは最高だった。

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2018年10月10日 (水)

№3948 9月に読んだ本

 毎月の月初には前月読んだ本の報告をし、なかでも面白かった本2~3冊の感想を述べている。この記事はブログを始めてから、毎月定期的に行っているものである。さて、9月はどんな面白い本を読んだのだろうか。報告をしたい。

 何度も申し上げて恐縮するが、私はよく歴史小説を好んで読む。中でも面白いのが、安土桃山時代と明治維新だ。時代が変わるときには、思わぬ英雄が突然出現するものである。そこが、歴史小説の醍醐味だ。9月は14冊・5494頁の本を読んだが、歴史小説はその中で6冊だった。

 私はタイトルと著者で本の選択をしているが、偶然はあるものだ。内容を吟味しないで読んだ本の中に、最近特に印象に残るのが、加賀前田藩を主題にした小説だ。今月読んだ『われに千里の思いあり(上)(中)(下)』は、特に1250頁を超える大河小説だった。こういう大河小説は、読んだ後の満足感は特に大きい。

 それと、最近好んで読んでいるのが馳星周と楡周平の本だ。ただ困ったことは、読んだ後、馳と楡を混同してしまうことだ。どちらの作家も冒険ミステリー小説だが、どちらの小説だったか忘れてしまうことが多い。何人かそういう小説家がいて、笹本稜平や堂場瞬一はその代表だ。

森村誠一『サラヘンヨ北の祖国よ』297頁 光文社 2011.4月刊

諸田玲子『青嵐』402頁 祥伝社 2007.3月刊

東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』385頁 角川書店 2012.3月刊

村田美奈子『アメイジング・グレイス』332頁 原書房 2005.7月刊

山田宗樹『ジバク』405頁 幻冬舎 2008.2月刊

藤田宜永『タフガイ』471頁 早川書房 2017.7月刊

馳星周『暗手』456頁 角川書店 2017.4月刊

楡周平『ドッグファイト』331頁 角川書店 2016.7月刊

中村彰彦『我に千里の思いあり(上)(中)(下)』 文藝春秋 2008.9月刊
            (上)413頁(中)418頁(下)421頁

中山可穂『マラケシュ心中』370頁 講談社 2002.10月刊

植松三十里『かちがらす』318頁 小学館 2018.2月刊

伊東潤『西郷の首』475頁 角川書店 2017.9月刊


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 先ほども申し上げたが、この小説は前田藩主前田利常・光高・綱紀の三大記だ。ご存知のように、前田藩は前田利家で始まった。前田利常は、前田利家の4男で、側室の子だ。その4男の利常が、なぜ第三代藩主の収まったのかを中心に上巻「風雲児・前田利常」は展開していった。

 中巻のサブタイトルは「快男児・前田光高」であるが、中身は前田利常の活躍だった。前田光高も名君だったが、早々に亡くなり、利常が主役の話だった。徳川将軍家は、加賀百万石を目の敵にして、如何に踏みつぶしてしまうか、虎視眈々と狙っていた。将軍家と如何に良好な関係を保ち続けるのか、藩主の苦心はそこにあった。

 下巻「名君・前田綱紀」は、31歳で亡くなった光高を継いで第5代加賀藩藩主となった。わずか3歳であった。綱紀の後見役を果たしたのが、当時の会津藩藩主保科正之である。保科の薫陶を得て、綱紀が名君へと成長していく姿がこの巻で描かれた。

 保科正之から学んで実行した綱紀の政策は、殉死の厳禁、酷刑の禁止、領民の便宜を図った架橋、貧民や難民の救済等だ。加賀百万石といえども、安閑ではなかったことがよくわかる小説だった。

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 もう一点紹介したいのが、植松三十里の『かちがらす』だ。植松は、ご存知歴史小説の旗手だ。女性の作家で歴史小説を書く人は多くはないが、植松は今の時代を代表する女性歴史小説家ではないだろうか。彼女の描く小説は、女性の視点でとらえて瑞々しい。

 この小説は明治維新前後の鍋島藩主鍋島直正を描いたものである。私はずいぶんたくさんの歴史小説を読んできたが、鍋島藩が主題の小説は初めてだった。植松が描いた直正は、抜群の頭脳と行動力を持ったリーダー像だ。

 借金まみれだった藩の財政を立て直し、城の火災などの苦難も切り抜ける。洋学を奨励し、日本初の反射炉を造る。その反射炉で最新型の鉄砲や蒸気船の製造等日本の産業革命の先駆者でもあった。

 最新の武器を手にするのは、戦争をすることが目的ではなく、他の国から侵略させないためのものだった。さらに、外国の侵略を防ぐ意味もあったようだ。江戸から明治へと、先見の明のある藩主だったのだ。

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2018年10月 9日 (火)

№3947 那須から撤収

 今回は4泊5日の那須滞在だったが、さて、家に帰ろうか。この日は、3連休の最終日だ。あまり遅くなると、交通渋滞に巻き込まれる恐れがある。準備ができ次第に帰ることにした。とはいっても、いろいろと支度がある。

 まずは洗濯だ。敷布とパジャマに枕カバー、それに着ているものを全部脱いで洗濯した。洗濯機は古いので、終わるまで1時間もかかる。さらには、寝ていた敷布団と掛け布団もウッドデッキに干した。

 朝食を終え、キッチンの清掃だ。5日間の食事の食べ残しは、買い物袋一杯になった。さらに、結構ごみが出る。これらをひとまとめにして、大きな箱に詰めた。『繭の里』にはごみステーションがある。この箱は、帰りにそのステーションに持ち込むだけだ。

 大事なのは水だ。那須に来るときに、水の空箱5箱を持ってきた。そうだね、最近はいつも5箱だ。埼玉の自宅の飲料水は、那須の水道に頼っている。必ず水を詰めては持ち帰っている。

 畑で間引きした大根の菜も持って帰ろう。ただ、あまりにも多いようだったので、半分ほどは捨ててきた。持ち帰って女房が漬物にしたら、ほんの少しだった。いけない、捨てないで全部持ち帰ったらよかったのだ。

 最後に部屋を掃除し、布団部屋の除湿器を回した。そのころには、洗濯も終わっていた。洗濯物は、部屋干しだ。これでいいかな、何度か再点検をした。OK、それでは帰るとするか。帰る準備に2時間ほどかかったが、まだ午前11時ころだ。自宅に着いたのは、予定通り午後2時だった。

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2018年10月 8日 (月)

№3946 静かな『繭の里』

 三連休の那須は、大勢の観光客で一杯になる。特に、今は那須の紅葉を求めてくる客が多い。道路が渋滞し、車が動かない。私は、なるべく家を出ないようにしているが、それでも買い物に出ざるを得ない。

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Img_6930  特に混むのは「那須街道」だ。この道をまっすぐ行くと、茶臼岳の麓に行く。多分、信じられないような混みようだろう。私は、ガイド役で那須の紅葉を見てきた。ネックになるには、いつも那須街道が通る広谷地の交差点だ。この交差点を通って那須インターチェンジに行くので、どうしても通らざるを得ない。

 ただ、私は渋滞の那須街道はできるだけ避けて通る。地元の人しか知らない裏道があるのだ。その道は、表街道がどんなに渋滞していても、ほとんど混むことがない。

 先日、姉たちをガイドするのに、その那須街道を使った。平日だったので、ほとんど混んでいない。この街道沿いには、いろいろな雑貨店やレストランがたくさんある。何度も那須に来ているはずの姉も、この街道の多様さに感激していた。そうか、この那須街道を走ったことはなかったのかな。

 その姉から、先日のお礼の電話があった。その話の中で、横浜はものすごい暑さだという。那須はそんなことはないよ、と返事した。改めて温度計を見たら、22度だった。

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それに比して、ここ『繭の里』はきわめて静かだ。時々迷い車が入ってくるとはいうものの、行き止まりなのですごすご引き返していく。夏のように、子どもたちの叫び声も聞こえてこない。時々電線の上を駆け回っているのが、野生の猿だ。

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 心安らかに、ウッドデッキにチェアーを出し、読書三昧にふける。何より至福の時だ。

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2018年10月 7日 (日)

№3945 大根の間引き

Img_6920  さて、今回那須訪問の目的は、姉たちのガイド役に加え、畑の大根を見ることにある。大根を植えて、ほぼ1ヶ月になる。10月下旬に海外旅行を計画しているので、今回が旅行前最後の那須訪問なので、大根の間引きが必要だ。

 畑に行ってみた。隣の畑を借りている人がいた。彼の畑は草一本生えていない。いつもきれいにしてますねと声をかけたら、「私の性分で、草が生えていると気持ち悪いのです」と言っていた。私の畑は草ぼうぼうなので、何か当てこすりをされた気分だ。とはいっても事実なので、しようがないか。

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 さて、私の畑はどうなっているのだろうか。大根の芽は出ていた。ただ、同じ場所で三度目なので連作障害が起きているのだろうか。芽が出ているのは約8割だった。56本ほど芽が出ていたのでまあいいかな。

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 最低限の草刈りをしよう。三本歯の鍬を持ち、草の根起こしをした。そして、目立つ草だけは引っこ抜いておいた。その上で、大根が植えてる畝だけは草を刈った。その上で、出ている芽の間引きをして一本立ちにした。大根は手のかからない野菜だ。あとは、旅行から帰ってきて収穫するだけだ。

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 間引いた大根は、バケツに入れて持ち帰った。自宅にお土産に持って帰ろう。女房は、捨てているのをもったいながっていた。

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2018年10月 6日 (土)

№3944 那須でガイド役を

 急遽那須にやってきたのには訳がある。横浜の姉から電話があり、「仲間4人で塩原の温泉ホテルに泊まることになった。泊まるはいいが足がないので、アッシーをやってくれないか」というのだ。姉思いの弟としては、引き受けざるを得ないだろう。

 翌日の朝10時にホテルに行き、一行をピックアップした。どこに行きたいのか聞いてが、何の予定もないという。それなら、私に任せてもらいたい。

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Img_6905  ちょうど那須は紅葉の時期だ。紅葉を求めて、ロープウェーに乗って茶臼岳に行ってみようか。私もこのロープウェーには乗ったことがない。乗り場についてみたら、茶臼の麓は紅葉で真っ赤に染まっていた。ただ、ロープウェーの山頂駅の付近には、ガスがかかっていた。

 およそ10分ほどロープウェーに乗って山頂駅に着いてみたら、ガスに加えて風も吹いていて寒かった。ここは標高1684mあるという。茶臼頂上までは50分ほどかかるという。登山の用意をしてきているわけではないので、早々に退散した。

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Img_6912  紅葉を見るもう一つの絶好ポイント、駒止の滝に行ってみた。茶臼岳から300mほど下の滝のポイントは、若干朱に染まった木はあるとはいうものの、紅葉はまだまだだった。

 今回の姉の旅の仲間は、秋田から来た同級生だった。私とは7歳も離れているので記憶は薄かったが、同じ町なので実家はわかる。ある方が、「あなたはお姉さんと似ているわね」と言っていたが、今まで姉と似ているなどとは言われたことがないので驚いた。「それ以上に、お父さんに似てきたわね」と言われて納得した。

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 もうお昼だ。那須の御用邸を見て、那須で最も人気があるレストラン「ジョイア・ミーア」で昼食を摂った。質も量も大満足だった。美味しかったのは、このレストランの隣のパン屋で焼いたバッゲットだ。食べ残したパンを、お土産に持ち帰った。

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 このレストランのすぐ近くにあるのが、藤城清治美術館だ。私は何度も訪問しているので、一行を美術館に送り届けて帰ってきた。そして、1時間半ほどで再度迎えに行った。皆さん、この美術館に大満足のようだった。

 今回参加した中に、織に関心を持っている人がいるようだ。それじゃと「KAZAFU」という藍染めのお店に案内した。この店は、女房が友達を連れてくると、必ず立ち寄る店だ。この女主人も、女房のことはよく知っていた。

 織に興味があるならと、【あるるのいえ】にも案内した。【あるるのいえ】のカーテンは、全部が女房の織で作られている。そのほかにも柿渋の織やショールなども置かれている。それを見て、皆さん感心しきりだった。そういえば、埼玉県作品展が行われている。見たいけど、さすがそこまでは行けないと残念がっていた。

 午後4時半ころ、塩原の宿泊ホテルに一行を送り届けた。さて、満足してくれたかな。

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2018年10月 5日 (金)

№3943 定例のゴルフ会を終えて

 今年のノーベル賞受賞者本庶佑先生が、受賞祝いの記者会見でエージシュートの話をしていた。ゴルフをやらない人には何のことかわからなかったかもしれないが、自分の齢と同じスコアで上がることをエージシュートという。ノーベル賞受賞と同じくらい、エージシュートを望んでいたのかもしれない。

 本庶先生の話を聞いてると、ゴルフは趣味以上のもののようだ。毎週日曜日はゴルフ場に通い、暇を見てはパターの練習をしているという。私もゴルフをやる一人として、その精進は見上げたものだ。そういう私はほとんど練習もしないし、パター練習マットがあるのに、練習をすることもほとんどない。

 この日も、【オリムピックカントリークラブレイクつぶらだコース】の定例ゴルフ会があった。ゴルフクラブを手にしたのは、前回の9月中旬のこの会以来だ。これではうまくいくわけはないよね。ゴルフのテクニックを思い出すのは、前半のハーフを終わったころだ。

Img_6899Img_6900  この日のゴルフも、前回と同じメンバーだった。新しく仲間に加わったKozonoさんは、昨日もゴルフだったらしい。彼は年60回以上もコースに出るというし、他の二人まっきぃとMasaoちゃんもゴルフ三昧のようだ。どんなに逆立ちをしても、彼らには勝てるわけがない。当然、握りも一人負けだった。次回以降、もう握りはよそうよ。

 すごすごと自宅に帰ってきたのは午後4時前だ。この日は忙しい。準備を終えて、那須に向かった。高速にするか一般道にするか迷ったが、高速代3000円を惜しんで一般道で那須にやってきた。那須のスーパーに着いたのがちょうど午後7時だ。4日分の食料を買って【あるるのいえ】に着いたのは、午後8時前だった。

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2018年10月 4日 (木)

№3942 「お気に入り」の追加

 6月中旬に新しいパソコンを購入し、徐々に前のパソコンのデータを移し替えている。もう4か月近くになるのに、それでもまだ情報移転のすんでいないものがある。そうだ、「お気に入り」の仲間のブログデータを新しいパソコンに取り込もう。

 古くからのブログのURLがあるのだが、一括してUSBに移転して、新しいパソコンに取り込もうと試みた。けどそれは成功しなかった。しようがない、必要最小限のブログを見ることができるように、URLを手入力した。

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 まず最初にいれたのが、わがパソコンのNaoko先生のURLである。先生のブログでは、有益なパソコン情報や技術情報が満載である。さらに、埼玉県民活動総合センターでのパソコン講座の様子などもうかがい知ることができる。そういえば、この4か月間先生のブログを読んでいなかったのだ。

 ちなみに先生のブログのURLは、http://nao1219.blog102.fc2.com/である。ご興味のある方は訪問してみてください。

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 さらに、重要なブログ仲間が二人いる。その二人とも一緒にブログを立ち上げている。その一人は「昭jijiのぶらぶら歩き」のAkiraさんだ。彼は、コツコツと毎日必ずブログを書いている。一年ほど前に奥さんを亡くしたこともこのブログで知った。彼の前向きの生き方は、後輩ながらものすごく刺激を受けている。

 ちなみに、彼のブログのURLはhttp://akirajiji0213.cocolog-nifty.com/blog/だ。

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 わが松ちゃんもブログを始めた同期の仲間だ。松ちゃんは人生の大先輩で、彼の生き方に学ぶことは多い。ただ、最近はいろいろと体に変調をきたしているようだ。そのこともブログに率直に書いている。彼のブログを読んでいて、勉強になることが多い。松ちゃんのブログのURLは、http://mattyann236.cocolog-nifty.com/blog/だ。

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 もう一人、「お気に入り」にいれたのがHideさんだ。彼は「男の料理教室」の仲間で、クラブが行われた際には記事投稿をしている。彼はカメラに興味があるようで、素晴らしい写真をお見受けする。最近は膝が悪いとかで、杖が欠かせないようだ。彼のブログのURLは、http://hide-33.cocolog-nifty.com/blog/である。

 とりあえずは、この四人の方を「お気に入り」に登録した。まだまだ古いパソコンからは取り出さなければならない情報は多いが、隣にあるので必要に応じてやっていこう。

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2018年10月 3日 (水)

№3941 久し振りのアクセス解析

 この報告がなければわがブログ読者には決してわからないのだが、ブログを書くものとして、時々は私のブログを読みにきてくれている人のアクセス解析をする必要があるだろう。10月と月が替わったのを機会に、報告してみたい。

Photo  上の表は、9月のアクセス推移である。最近の傾向だが、ほとんどアクセス回数は一日100前後と一定である。私の願望では、一日100ぐらいのアクセス数が欲しいとは思っているが、これも読者次第だ。いつも読むにきてくれている人は固定しているが、新規読者は少ないのではないか。もっとも、私も最近は自分のブログを宣伝することはほとんどない。

Photo_2  これもいつも報告しているのだが、どこの地域の人の訪問が多いかという表である。毎回、秋田県が真っ赤だ。私は秋田の生まれなので、関係者が読んでくれているのかもしれない。それにしても、真っ赤になるほど読んでくれている人の顔は思い浮かばない。いったい、秋田の誰が読んでくれているのだろうか。

 ただ、上の表は絶対数を表しているわけではない。パソコンの普及の割合だそうだ。絶対数で見ると、圧倒的に多いのが私の住んでいる埼玉県で36.5%である。第2位が東京都で22.2%である。そして、秋田が第3位で13.1%であった。なぜかは分らないが、第4位が群馬県で11.8%もある。群馬県で思い当たるのはKuniちゃんぐらいだが、彼一人でこれだけ上がることはないような気もする。そして第5位が神奈川県の5.2%とくる。

 このブログを何のデバイスで読んでいるのだろうか。やはり圧倒的に多いのがパソコンである。割合でいうと62%の人がパソコンを使っている。Andridデバイスで見ている人も24%いるが、これはスマホのことをいっているのだろうか。さらに、わからないのはiOSで見ている人が14%いるということだ。iOSとはアップルコンピュータのことだ。

 さて、昨年は10月末から11月にかけての海外旅行で、記録的なアクセス数があった。平常日の1.5倍くらいだ。今年も同じような日程で海外旅行を予定している。まさかアクセス数を稼ぐための海外旅行ではないが、まあ、期待していないわけではない。読者の皆さんと一緒に、海外旅行を楽しみたい気持ちはある。

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2018年10月 2日 (火)

№3940 今月の食べ歩きは

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 毎月第二火曜日は、「男の料理教室」の定例日である。調理と食べ歩くを隔月で交互にやっているが、今月は食べ歩きの月である。世話人が指定した店は、昨年12月と同じ「セフィール・ド・ボン」というフランス料理屋での昼食会だ。

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 さて、何美味しいものを食べさせてくれるのかな。世話人から選択の指定されたのは、肉料理コースか魚料理コースだ。私は肉料理コースを選んだ。最初に出てきたオードブルは、各コースに共通したものだった。

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Img_6895_2  次に出てきたのがメインデッシュの肉だ。豚肉とのことだが、100gもある柔らかい肉だった。美味しく頂戴した。ちなみに、魚コースはエビが中心のようだ。これくらいの量なら、お腹にちょうどいいくらいだ。

 この日参加した8人は、皆ほぼ同じ年代だ。話題は健康のことだったり、家族のあれこれの話だ。男どもで共通していたのは、如何に女房と共生して生きるかだ。女房を怒らせてはいけないと、皆気を使っているんだね。

 絶えず話題の中心にいるのはOnちゃんだ。彼は再度彩の国いきがい大学に入学して、「歌を唄う」クラスに所属しているのだそうだ。「朝から大きな声で歌うのは、健康にいいよ」とのことだった。

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 最後にデザートとコーヒーが出てきたが、それぞれに皆美味しかった。たまにはこういう贅沢もいいものだ。

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2018年10月 1日 (月)

№3939 台風一過

 日本列島を縦断していった台風24号は、無事太平洋上に抜けたようだ。伊勢湾台風以来だといっていた割には、被害も軽微に済んだようだ。テレビやラジオで警戒情報を流していたせいか、皆さん、身構えている人が多かったのではないか。

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 夜中にわが家の付近も相当強風が吹いたようだが、何事もなく朝を迎えられた。早起きの女房が庭に出てみたそうだ。昨日記事にしたゴーヤのグリーンカーテンが、なぎ倒されていたという。根を引っこ抜いた後には、ゴーヤ4個だけが残っていた。

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 昨晩は強風に備え、わが家の大事なハイビスカスの鉢だけは屋内に取り込んでおいた。雨戸を閉め、窓は厳重にカギをかけた。朝起きてみたら、ウッドデッキに隅に置いてある大きな壺が、風に吹き飛ばされていたという。これだけ大きなものが飛ばされるなんて、相当風が強かったに違いない。

 私は知らずにぐっすり眠ってしまったが、女房は眠れなかったといって嘆いていた。

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 ハイビスカスを屋内に取り込んでおいてよかった。外に置いていたら、鉢ごと吹き飛ばされていたかもしれない。朝、さっそく外に出して日のもとにさらした。葉が艶々して元気そのものだ。今でも、ハイビスカスは花をつける。

 さて、今日はまた30度越えと暑さがぶり返すらしい。

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