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2018年11月 5日 (月)

№3976 チェ・ゲバラを歩く

 キューバ革命というと思い浮かべる人は、フィデル・カストロとチェ・ゲバラである。ゲバラが亡くなって今年で51年になるが、今でも深くキューバの人の心には残っているようだ。今日は、ハバナの街でチェ・ゲバラの足跡を追ってみたい。


 チェ・ゲバラは、アルゼンチン生まれの比較的裕福な家で育った医者であった。ある時、仲間と二人で南米を旅した。その旅から帰り、再度一人で旅に出た。その時メキシコで出会ったのが亡命中のカストロであった。

 二人はすっかり意気投合し、ゲバラはキューバのバティスタ独裁政権の転覆に力を貸すことになった。2年あまりのゲリラ戦争で、ついにバティスタ独裁政権を倒したのが195911日だった。ゲバラはキューバの市民権を得て、しばらく革命政権に助力していた。ただじっとしていられないゲバラは、再度革命を求めて、コンゴやボリビアで活躍したが、1967年、ボリビアで捕まり処刑された。

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Img_7201Img_7202  ガイドブックに沿いながら、ゲバラの足跡を追ってハバナの街を歩いてみた。最初は【革命博物館】に入場するはずだった。ところが、間違って隣の【国立美術館】に入ってしまった。館内を回って、絵画しか飾っていないので、変だなと思い気がついた。入場料約
800円がふいになった。革命博物館の外には、革命に使われたセスナやジープが飾ってあった。

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Img_7215  次に行ったのが【カバーニャ要塞】だ。ハバナ湾の外にあり、海に浮かぶ要塞として何度も見ている砦だ。ここでゲバラは執務していたらしく、彼の事務机が飾ってあった。さらに遺品の写真も沢山あった。
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この要塞の入口で、日本語で説明している一団に出会った。中国団体客かと思ったが、日本の団体客だった。イヤ~~、珍しいことだね。参加者に話を聞いてみたら、ピースボートで世界旅行しているらしい。乗客はシニアの夫婦が多かったが、意外と若い人も目に付いた。余計なことかもしれないが、仕事はどうなっているのだろうか。
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ピースボートは1000人の乗客で、105日間の船旅と言っていた。料金はまちまちで、一概にいくらとはいえないらしい。要塞から、湾に浮かんでいる船が見えた。それにしても、久し振りに日本語を使った。ガイドの女性に、『地球の歩き方』は不正確だと話したら、「あのガイドブックは、不正確な歩き方ガイドだ」と話していた。

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 また、別の日本語ガイドにカストロの墓はどこか尋ねたら、サンチャゴ・デ・クーバにあると言っていた。そう、私が見たのがカストロの唯一の墓だったのだ。この要塞の近くに【第一ゲバラ邸宅】があるというので訪ねてみたが、閉館中だった。

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Img_7227  そして最後に訪ねたのが【革命広場】だ。この広場の建物には、ゲバラのモニュメントが掲げられていた。内務省の建物らしい。この広場には、メーデー時には数十万人が集まるらしい。以前、この模様をニュースで見たことがあったね。

 革命広場の前に建っているタワーは、【ホセ・マルティ記念博物館】らしい。今回は寄らないで帰ってきた。

 もう旅に出て10日目になる。大分疲れてきたね。早く宿に帰り、横になろう。

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