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2018年11月14日 (水)

№3985 チチェン・イツァ遺跡見学

 カンクン訪問の最大の目的は、チチェン・イツァ遺跡を見学することだ。今まで、メキシコシティでテオティワカン遺跡を見学し、メリダでウシュマル遺跡の見学をした。この日のチチェン・イツァ遺跡で、メキシコの三代遺跡を見学することになる。

 朝7時ホテル発のツアーに乗ることにした。ホテルチェックイン時に予約したつもりが、7時に玄関に出てみたら、すでにバスは出発していた。ホテルのフロントに聞いてみたら、正式な予約は受けていないという。予約した時点で、お金約9,000円を払うべきだったのだ。

 さてどうしようか考えていたら、ある方が「バスステーションからチチェン・イツァ行きのバスが出ているよ」と教えてくれた。別にツアーに乗るのが目的でないので、バスステーションで往復チケットを買った。結果大成功で、半額以下で目的地に行くことができた。

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Img_7396  チチェン・イツァまでは、行きが2時間半かかった。驚いたことに、平日にもかかわらずチチェン・イツァはものすごく混んでいた。観光バスが何台も停まり、遺跡にもものすごい人だ。どうも、ここはカンクン最大の観光地らしい。

 ツアーに乗っても、英語の解説は半分も理解できていない。行き帰りのチケットだけでよかったのだ。ここはガイドブックに従って、忠実にこの遺跡を歩くことにしよう。ガイドブックによると、8つのポイントがあるらしい。そこをなぞって歩いてみることにした。

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Img_7401  まず、第一のポイントが球戯場である。両面の長さ168m、幅70mの壁が建っていて、その間が球戯場になっている。球技は、ゴムボールを壁の穴に通すものだったらしい。石の穴のゴールは非常に高いところにあり、この穴にボールを通すのはなかなか難しかったようだ。

 この球技は宗教的な意味もあり、敗者は首を刎ねられたという。壁のレリーフには、生贄の神官が首を刎ねられているシーンもあった。

 それにしても、直射日光は厳しい。カンクンは亜熱帯を通りこして、熱帯に近い。一刻も早く、木陰に逃げ込んだ。

Img_7417 Img_7412  このチチェン・イツァ遺跡の最大の目玉は、カステージョ(城あるいは砦)と呼ばれている9層からなるピラミッドだ。遺跡に詳しくない私でも、このカステージョは何度も目にしたことがある。

 春分の日と秋分の日の年2回、階段に羽根のような影が出来、階段下にある蛇頭につながる不思議な現象だ。設計時に計算されたものだろうね。

 チチェン・イツァ遺跡で3か所目になる遺跡訪問だが、メキシコの遺跡は、どこも石がふんだんに使われている。よくぞこれだけ石を積んだものと、すごい迫力を感じた。

Img_7421_2Img_7434  この遺跡はマヤ文明の遺跡だが、2度の興亡があり、紀元700~900年が一つのピークで、もう一つは紀元1000年だそうだ。ここには旧チチェン・イツァと新チチェン・イツァの遺跡があった。

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 もう一つ、この遺跡の目玉は、セノーテといわれる聖なる泉だ。大地に丸い穴が開き、水がたまっている。どこからも水が流入した形跡はないという。この地は石灰岩台地であり、大地が丸く陥没して、地下水が現れたものらしい。このセノーテは、この遺跡のあちこちで見られるとのことだ。

Img_7430  炎天下を3時間も見て歩いたら、ほとほと疲れてしまった。近くのレストランで昼食を食べた。寄ってきたのが地元のカラスだ。日本のカラスとは違い、3分の一くらいと小ぶりで、足が長い。カ~~とは鳴かず、ギャッと甲高い声で鳴いていた。
 帰りのバスは、午後4時半出発だ。遺跡見学を終えて、ずいぶん時間を持て余してしまった。この遺跡に来るのに2時間半ほどだったが、帰りは4時間半もかかって着いたのが9時だ。別に渋滞したわけでもなかった。

 なぞは時差にある。メキシコは日本の5倍ほどの面積があり、人口も日本より若干多い。メキシコの一つの国に3つの時差がある。今回の遺跡訪問は、時差をまたがって起きたものだった。面白いね。日本では経験できないことだ。

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