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2018年12月11日 (火)

№4012 作文「平成に思う」

 私の海外旅行中に、俳句のYamahiko先生からメールが入った。「会報の『桟雲』に12月20日までに、平成に思うというタイトルで作文を寄せてください。内容はどういうものでも結構です」ということだった。

 時々先生から作文の要請がある。その要請には、出来るだけ応えるようにしている。毎日このブログを書いているので、文章を書くのにそんなに抵抗はない。ただ、何を書くかだけだ。書く内容が決まったら、文章はあっという間に出来上がる。

 今回もしばらく考えていたが、締め切り間近に下記のような文章を書いて先生に送った。先生からは「この内容でOK」の返事をいただいた。いつもブログに書いている話なのだが、ここに転載したい。

 

平成に思う 私の定年後の生活を顧みる

35年にわたるサラリーマン生活を無事満了、定年退職したのが平成1811月末である。退職して、すでにもう一回り12年が過ぎた。今から考えると、在職時代は遠い昔だったような気もする。今日は、定年後の生活を語りたい。
 定年後、大きく変わったのは、平成19年春に買った那須の陋屋での生活だ。女房は那須に家が欲しいと繰り返し言っていたが、現役時代の私にはほとんど興味がなかった。会社を辞めた後、再度那須にいい物件があると女房は見学の慫慂をした。現地に行ってみたら、物件も値段も手ごろだった。その場で即決して買うことを決めた。そして、この那須の陋屋が、今考えてみると、定年後の私にとっては大きな転換点になった。

退職前、私は友だちに定年後はブログを開設すると公言していた。ただ、その時点ではブログの何たるかは分っていなかった。幸い、埼玉県民活動総合センターで『パソコンのブログ講座』が開かれるという。私はいの一番に申し込んだ。ブログ講座の開始日は、平成20122日だった。開講日のその日のうちに、私のブログは立ち上がった。

ブログの名前を『シンさんちの《繭の里通信》』に決めた。繭の里というのは、私が那須に買った陋屋の別荘地名だ。私はブログに、繭の里での生活、那須の自然の美しさ、那須での農業、那須の温泉などを思いつくままに書くつもりでいた。大体が飽きっぽい私はブログをそんなに長く続ける意図はなかった。ところが、1011か月になった現在も、そのブログは続いている。私のブログ訪問者は、ついに60万アクセスを突破した。さらに、先日、毎日続けているこのブログの通巻が4000号に達した。日々「継続力」の偉大さを感じている。

いったい、この間なんの記事を書いてきたのだろうか。私は絶えずブログの分析を行っているが、ここでトップテンの記事を上げてみたい。①繭の里での生活、②いきがい大学・シニア大学関連、③パソコン・インターネット関連記事、④スポーツ観戦、⑤俳句、⑥国内・海外旅行、⑦料理、⑧映画鑑賞、⑨読書日誌、⑩ブログ関連記事である。このカテゴリーの順番が、わが定年後の生活を如実に表しているのが面白い。

特に突出して記事が多いのは、やはり那須・繭の里での生活である。20%強がその記事である。最近では若干少なくなったが、一時は年間100日間も那須に滞在していた。すっかり那須に魅了されてしまったのだ。埼玉の自宅から那須までは、一般国道で約3時間である。3時間後には、異空間に浸れるのがいい。ここでずいぶんたくさんの俳句も出来上がった。

このブログはいつまで続くかはわからないが、当面の目標は5000号である。ブログが日記と違う最大の点は、公開か非公開かだ。ブログを通して私と一緒にわが生活を楽しんでくれる読者がいるのは、頼もしい限りである。ブログ記事に写真が貼り付くのも、面白い。

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