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2018年12月13日 (木)

№4014 鎌倉歴史散歩

 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「鎌倉歴史散歩」があり、参加してきた。10月から11月にかけての海外旅行で、この講座に参加するのはおよそ2ヶ月ぶりだった。皆とは久しぶりに会ったのだが、級長を含め皆さん相変わらず元気でほっとした。

 鎌倉はいつでも人気スポットであり、この日も参加者は多かった。朝雨が残っていたにもかかわらず、22名の参加者があった。天気予報では朝には雨が上がるといっていたが、残念ながら集合時間の10時にはまだしとしと降りだった。まあ、やがて雨が上がってよかったのだが。

 私は鎌倉には何度も来ている。このNEXT講座でも、過去2度ほど鎌倉に来た。さて、世話人は今日はどこに連れて行ってくれるのかな。シラバスによると、「初冬の鎌倉を、紅葉を楽しみながら一日ゆっくりと、奈良から明治までに建立された寺社をたどります」とある。

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 最初に行ったのが「寿福寺」だ。鎌倉駅から歩いて15分ほどの距離だった。このお寺の参拝は初めてだ。このお寺さんは鎌倉五山の第三位にあたり、墓地には北条政子や源実朝のお墓があった。

Simg_7637Simg_7638  それに、何より驚いたのが高濱虚子の墓がこの寺にあったことだ。俳句の句会には虚子の名前はよく出てくるが、墓がここにあることまでは知らなかった。さらに、大佛次郎の墓、陸奥宗光の墓もあった。

 北鎌倉駅前の東慶寺は文化人のお墓が多くあることは有名で、私は何度も行ったことがある。鎌倉で有名人のお墓を尋ねる旅も、なかなかいいものだ。

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Simg_7641  次に訪ねたのが「海蔵寺」だ。この頃には、すっかり雨が上がっていた。このお寺さんも私は初めてだった。花の寺として有名で、境内には千両や万両が満開だった。

 この寺で見たのがリスだ。その後、このリスは寺社のどこでも見られた。海蔵寺は、なかなか良い寺だったね。この寺は、鎌倉幕府の滅亡とともに焼失し、足利氏満の命で再建されたという。

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 この寺の裏側から登ったのが化粧坂(けわいざか)で、なかなかの急坂であった。ご存知のように、鎌倉は山に囲まれた盆地で、鎌倉に入るのには7つの入り口があったという。化粧坂はその一つだといっていた。

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Simg_7647  この化粧坂を越えたら源氏山公園だ。頂上には頼朝の銅像があったが、私がこの像を見たのも初めてだ。ということは、鎌倉には何度も来ているが、裏鎌倉には来ていなかったのだ。

 源氏山から10分ほど歩いた葛原岡神社の境内で昼食を摂った。歩いていると汗が出るほどだったが、少しとまっていると寒かった。やはり12月中旬の気候だ。昼食を早々に切り上げて、さて午後のスタートをした。

Simg_7650_2Simg_7653_2  銭洗弁天、佐助稲荷神社を通って、この日の最大の難関が大仏ハイキングコースだ。

 ハイキングコースは、佐助稲荷神社の裏山から繋がっていた。散歩道には雨が残っていて、ぬかるんでいた。さらにアップダウンが激しく、慣れない道を歩く参加者の中には、こわごわ歩く者もいた。
 
 下り道で、ある外国人カップルに出会った。どこから来たのか声をかけてみたら、ポーランドから来たといっていた。鎌倉の裏山にポーランド人が来ていることに、チョットした驚きを覚えた。

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 極楽寺を通り、最後の目的地が成就院だ。私は初めて知ったのだが、この成就院も明月院と並んで紫陽花寺として有名なのだそうだ。

 この日はよく歩いたね。皆さんの歩数計は20,000歩を超えていたが、私の歩数計は正確に言うと23,863歩だった。アップダウンも激しく、足はパンパンだ。それにしても初めてのお寺もあって、この日の「鎌倉歴史散歩」は充実していた。最後は、いつものごとく駅前の呑み屋で「反省会」をしてきた。

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