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2018年12月

2018年12月31日 (月)

№4032 年末年始はHotelNEMUで

 朝6時に自宅を出て、川崎でIchikawa親子をピックアップした。道は驚くほど空いていた。普段は1時間半から2時間かかるところを、1時間ちょっとの時間だった。このまま東名高速も同じ混み具合ならいいんだけどね。約10分で東名高速に乗った。

 しばらくは、ほとんど車が走っていなかった。ところがどっこい、海老名SAの付近まで来たら混み始めた。まあ、それでも厚木を過ぎるころにはスイスイ走った。御殿場から新東名高速道を使ったが、広い道で何ら問題がなかった。カーナビを見ると、目的地到着時刻は午後1時半と出ていた。

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 ところが、名古屋を過ぎたあたりから混み始めた。本格的な帰省ラッシュの混雑だ。車は遅々として動かない。まあ、これも想定の範囲内と、流れに任せた。お母さんも一緒だったので、折々に休憩時間をとった。そしてホテルに着いたのが午後3時頃だった。自宅からは540㎞だった。

 距離で見ると、秋田に帰省するほぼ同じ距離だった。私は長距離運転はほとんど苦にしないが、それでも9時間の運転に若干の疲れを覚えた。まあ、2日間はのんびりしよう。ホテルのある場所は志摩半島の奥で、伊勢志摩サミットが行われた近くであった。

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 早速、ホテルが用意していたミニツアーに乗った。近くの浜辺で夕日を見ようというツアーだ。ホテルのバスで5分くらい乗ったら、「夕日に染まる浜」に着いた。目の前は、真珠の養殖で有名な英虞湾だ。残念ながら雲が多く、夕日は望めそうにない。

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 浜辺では、ホテルは焚火と暖かいレモネードを用意してくれた。しばらくは、椅子に座って夕日を眺めていた。のんびりした風景だ。

 年末から年始にかけて、このホテルでは様々なイベントを用意しているという。年越しそば、新年カウントダウン、初日の出ツアー、餅つき大会等だ。そのイベントも楽しみたい。

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2018年12月30日 (日)

№4031 年末の国内旅行

 女房と友だちのIchikawaさんが秋ごろから話し合っていたようだ。「年末年始は健保の保養所で一緒に過ごそう」。今年の2月に、Ichikawa親子とわが夫婦で箱根に2泊旅行をした。その記憶があったようで、この年末も一緒に過ごそうということになったらしい。

 実は、女房とIchikawaさんは、来年の6月に北欧旅行をするのだそうだ。女4~5人の旅行のようで、もちろん私には声はかからない。先日も、その旅行仲間が、私が那須に行って留守の間に会っていたようだ。

 年末の旅行も、健保の保養所を中心に空きを探したようだ。伊東や箱根、軽井沢は皆予約でいっぱいだったという。当たり前だよね、年末年始の繁忙期には、利用者が集中するのは分り切っていた。

 そしたら、執念で探してきたのが健保の契約保養施設『HOTEL NEMU』だ。三重県の志摩市にあるのだが、Ichikawaさんが前に行ったときには、ものすごく豪華な食事だったらしい。私は健保組合員なので、1泊2食8000円で泊まれるという。女二人で決めたことに、私は反対できない。12月30日に出発して1月1日に帰る2泊3日のプランだ。

 カーナビで、そのホテルまで何㎞あるのか検索してみた。580kmくらいあるようだ。ただ考えてみると、目的地に行く12月30日は一年で一番の帰省ラッシュで、高速道路は動かないのじゃないかな。そういう恐れを抱きつつも、同行に同意した。

 そういえば、私は20代の初めに伊勢神宮に行ったきりで、その後行っていない。1月1日の初詣客で伊勢神宮は混み近寄れないだろうが、大晦日の31日ならそんなに混まないだろう。帰省ラッシュで高速はどのくらい混むのかはわからないが、急ぐ旅ではないからゆっくり行ってみるとしようか。

 女房には何時間かかるかとたびたび聞かれているが、そんなものは高速に乗ってみなければわからないよ、と答えている。まあ、この記事がアップになる午後7時ころには、着いているのじゃないかな。

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2018年12月29日 (土)

№4030 年末ぎりぎりに健康相談

 先日、このブログで「健康診断の結果」の報告をした。この記事の最後に、便潜血で二次検査を受けるように、との案内が来ていたことを書いた。私の判断では、二次検査の必要はないだろうと思っていた。

 その旨を電話で健保診療所に告げた。電話に出た看護師が、医師と相談してみるとのことだった。その医師が、「やはり診療所に相談に来るように」と話したようだ。たまたま、年末ぎりぎりに東京に出る用事があったので、診療所に立ち寄ってみた。

 その医師は私のカルテを見ながら、「2年前に大腸検査を受けていますね。その検査で、ポリープが二つ見つかったようです。その時の診断では、ポリープはレベル3で癌化する恐れはないとのことでした。ただ、先日の検査で便潜血が見られました。2年前のカルテでも、便潜血が見られたらポリープを切除するように、と書かれています。今回、便潜血がありましたので、ポリープは切除したほうがいいのではないでしょうか」との診断だった。

 ここの診療所では大腸検査はできるが、ポリープの切除はできないのだそうだ。「別の病院を紹介するか、あるいは今通っている病院の先生に相談してみてはいかがでしょうか」と話していた。

 大腸検査では苦い思い出がある。現役時代、一緒に働いていた同僚の一人が、医者に大腸のポリープの切除をするように、と言い渡された。彼は医者嫌いだったせいか、そのポリープを放っておいた。

 2年後に再検査したら、癌が大腸中を覆っていたようだ。すぐに切除手術をしたのだが、残念ながら亡くなってしまった。あの時、医者の言うことを聞いていれば、なんてこともなかったのに、と仲間内で話した記憶がある。

 その時に同じくポリープ切除を進言された別の仲間は、医者の言うことに従ってポリープ切除をし、なんてこともなかったのだ。ここは医者の進言に従うべきだろうね。早めに大腸ポリープの切除をしたい。

 まあ、一日一刻を争うようなことはないので、1月下旬にかかりつけ医に行く用事があるので、その時に相談してみたい。今回相談をした医者が、紹介状を書いてくれた。健康相談に乗った方は、あくまでも親切な医者だったね。こういうアドヴァイスを無にしちゃいけないね。

 

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2018年12月28日 (金)

№4029 浴室の鏡を磨く

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 わが家の浴室に大きな鏡を設置している。20年ほど前に浴室のリフォームをした際に、この鏡も付けた。ただ、この鏡は水垢で曇り、ほとんど役に立っていない。何かいい洗剤がないかと思っていたのだが、妙案がないまま長い間放っておいた。

 テレビコマーシャルを見ていたら、浴室の鏡専用の洗剤の宣伝をしていた。ぜひ、この洗剤を使ってみたいな。わが家の近くの大きな日用雑貨店に行ってみた。店員にないか聞いてみたら、その商品だけが売り切れていた。コマーシャルの効果は、絶大なものだ。

 売り切れているとなると、ぜひ欲しくなる。他の大きな雑貨店がないか探してみた。こういうものは、探すとなかなか見つからないものだ。車で1時間も探したかな。やはり、品切れになっていた店の姉妹店が見つかった。そして、その店に売っていた。結構高い洗剤だったが、まあ、仕方がない。買い求めてきた。

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 使用上の注意書があった。「全面的に磨く前に、一部を試し磨きをして、効果の確認をしてください」とのことだ。鏡の下部に洗剤を塗ったら、効果覿面だ。上部は曇っているが、下部の鏡面はすっきりした。そして、予想以上にきれいになった。

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 それではと、鏡全面を洗剤で洗った。水垢の曇りが完全になくなった。10数年来の悩み解消だ。ただ、安心していられない。半日も経ったら、鏡は元の木阿弥になった。その都度、磨かなければだめなのかもしれない。

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2018年12月27日 (木)

№4028 映画『Morgen 明日』

Photo  渋谷のアップリンクという映画館で、『Morgen 明日』という映画を観てきた。たしかこの映画館は最近足を運んだと思い、私のブログで検索したら、9月2日に『ビエナビスタ ソシアル クラブ アディオス』という映画を観た。

 『Morgen 明日』は、内容も分からないまま友だちに勧められて観に来たのだが、素晴らしい反原発の映画だった。

 この映画監督坂田雅子さんが、ドイツの反原発の現場を直接取材してきたというものだ。彼女の問題意識は、「ドイツが原発廃止を決めたのに、福島原発事故の当事国日本がなぜ踏み切れないか」というものだった。

 2011年3月11日、東日本大震災の津波で福島原発は大事故を起こした。放射能が日本中に拡散してしまったのだ。この事故を知って、ドイツのメルケル首相は、2011年6月にドイツでの原発廃止を表明した。それまでは、メルケルは原発推進派だった。「最先進国の日本であれだけの事故が起きる原発は危険」と察知したのだ。

 2022年までに、ドイツは現在稼働していえる原発を含めてすべて廃棄するのだそうだ。日本の腐れ政治家と違い、駄目なものはダメと決断する力はさすがメルケルだ。その決断から7年、ドイツはどうなっているのかを現地取材したのがこの映画だった。

 幸い、自然エネルギーに対する技術力の進歩はすさまじい。太陽光発電だけで、ドイツの大都市一つ分の電力需要を賄えるほどになったようだ。さらに、風力発電、水力発電で原発の電力のほぼ全部を賄える見通しも立ったとのことだ。ドイツの流れは、いずれ原油やガスの化石燃料までもなくそうということのようだ。

 市民運動のドイツの流れも取材していた。原点は、1968年の学生運動にあったという。それをきっかけに、反原発・環境保護の運動に目覚める市民が増えたようだ。その運動で、ドイツのある原発建設をストップさせた。1968年の学生運動の当事者だった私にとって、日本の学生運動は何だったのか考えさせられた。

 原発をやめるのはいいが、大量の原発廃棄物が残っている。当面、鉱山の廃棄坑道に置いているようだが、地下水等の環境汚染も心配され、解決していないという。日本も同じ問題に直面しているし、その上に、福島原発事故から出ている地下の汚染水の処理もままならない現状だ。

 そういう問題を抱えつつも、原発廃棄を決めたドイツには敬意を表したい。現状でも、日本はほとんど原発は稼働していない。それでも電力需要はまかなわている。日本の政治家は、なぜそれほどまでに原発にこだわるのだろうか。たぶん、蔭ではわれわれの知らない大きな利権が動いているのだろうとは想像するが…。

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2018年12月26日 (水)

№4027 クリスマスにはゴルフを

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 例年、クリスマスにはゴルフをやっている。わがホームコース「オリムピックカントリークラブ レイクつぶらだコース」では、毎年楽しいイベントをやっているから、24日か25日にはこのコースに来ている。今年もやろうと、前々から決めていた。メンバーはいつもの4人である。

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Simg_7755  さて、どういうイベントがあるのだろうか。何よりもうれしいのが、昼食のワイン飲み放題無料である。赤ワインと白ワインが用意してあった。さらに、野菜とケーキもサービスで付いていた。お店の従業員は、サンタの衣装を着てサービスしてくれる。

 さらに、サンタの使用を着た来客には、テッシュケースのサービスもあった。貧乏性の私は、赤ワイン3杯に白ワイン1杯をいただいた。これ以上飲むとプレーに差し支えると、泣く泣く我慢しての4杯だ。

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 この日は寒かったとはいうものの、風もなくスコアを別にすれば絶好のコンデションだった。ゴルフ場からは、上越の谷川岳や信州の浅間山の真っ白な姿を望むことができた。そういえば、ゴルフ場に来る途中に裾野まで見える真っ白な富士山の姿を拝んできた。

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 さて、ゴルフはどうだったのか。4人の中で一番ヘタというので、私はたくさんのハンディを貰っている。この日も、朝スタートするときにそのハンディを決めた。最近、私一人があげるだけだったので、勝てるハンディが欲しいとごねた。おかげで、午前中は私の独り勝ちだった。午後もノーズロに金メダルがあり、まあまあの調子で久しぶりに握りを手にした。

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 可哀そうだったのは、盟友まっきぃだ。「最近、ちょくちょく60を叩くこともあるんだ」と嘆いていた。案の定、午前中はほとんどドライバーが当たらない。頭叩きにちょろの連発だった。少し大振りすぎるんじゃないのと声をかけた。この日は、久し振りにグロスでまっきぃに勝ったのじゃないかな。

 帰りにも良いことがあった。玄関でクリスマス抽選会をやっていたのだ。私はこういう籤はからっきし弱い。今まで当たったためしがない。ところが、この日は昼食券が当たった。どんな高価なものを食べてもいいのだそうだ。

 近いうちにまた来ようよ、ということで1月のゴルフ会が決まった。まっきぃがぶつぶつ言っていて、「こんなに調子が悪いのに、1月は4回もゴルフがあるんだよ」とのことだ。まあ、練習して調子を戻してよといったら、「練習場では絶好調なんだけどね」と嘆いていた。

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2018年12月25日 (火)

№4026 水道栓を閉める

 今年最後の那須訪問が終わった。今回はそんなには寒くなかったが、那須はこれから厳寒期を迎える。最後に水道栓を閉めて、帰ることにした。水道管が凍ってしまうと、爆発して家中水浸しになる恐れがある。

 さて、手帳をひっくり返して、今年は那須に何回来たかを数えてみた。15回、延べ71日であった。多かったのか、少なかったのか。

 この那須に陋屋を求めて、11年目になる。開設当初は年間100日も滞在していた。最近はさすがそこまでの滞在はなくなったが、それでも71日というと2ヶ月ちょっとである。結構重宝に使っているのではないかな。

 友だちのOgiさんもほぼ同じ時期に那須に別荘を買い求めたが、彼女の那須訪問は年4~5回くらいのものではないか。それに比べても、私の使用頻度は高い。ただ、那須に来れるのも健康であればこそである。

 向かいのOhnoのお父さんは、健康を害したということもあるが、最近はほとんど那須には来ていないようだ。来るときは、奥さんのKayoさんと一緒だ。一人で那須に滞在するのは、まだ不安なんだろう。

 私もいつまで那須に来れるかどうかはわからないが、健康でありしかも車がある限りは那須に来たい。来年も5月には10連休があるというし、夏の暑い時期もこの那須は別天地だ。

 今年の【あるるのいえ】に感謝を込めて、ドアを閉めて埼玉の自宅に帰ってきた。

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2018年12月24日 (月)

№4025 とはいっても漬物を

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 今回、那須に沢庵をつけるつもりで来たのだが、肝心の大根が猿害にあった。めげてしまったが、それでも残った大根を漬けよう。50本ほど干したはずだが、まともに残っていたのは萎びた17本ばかりだった。

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 これだけでは樽の底にほんのわずかで、漬からない。急遽、道の駅に行って大根を買ってきた。2本で130円と安かった。全部で6本買い、持ち帰って水で洗った。さらにこの大根を半分に切り、日に干した。2日ほど干して、間に合わせかもしれないが、漬けよう。

 道の駅では、白菜も安い。大玉が一個150円ほどだった。沢庵を漬ける材料と同じなので、予定外だったが、白菜も漬けよう。白菜を2個買ってきた。これもよく水で洗い、四分の一に切り日に干した。

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 白菜を漬けるのは簡単だ。根方から半分ほど裂き、なかに塩をまぶした。さらに、沢庵用にとってある鷹の爪と柚子、柿の皮を入れた。白菜を樽に寝かせて、上から塩を振りかけたら完成だ。上蓋を置き、大きな石の重しをのせた。白菜は一週間ほどで漬かる。自宅に持ち帰って漬けよう。

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 さて、次は沢庵だ。重さを計ってみたら、今回買ってきた大根を含めて9.5㎏ほどあった。糠が15%に塩が5%だ。糠に塩を入れ、大豆、鷹の爪、柿の皮、柚子などを入れてよくかきまぜた。糠のブレンドが沢庵の味を左右する。

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 大きな樽に、今回干した大根はちょっとしか残らなかった。ブレンド糠を振りかけ、さらにその上に今回買ってきた大根を乗せた。そして残りの糠をかけたら完成だ。上蓋をし、その上から重石に大きな石を乗せた。1か月ほどで沢庵の完成だ。

 女房から電話があり、「猿が触った大根は不衛生なので、例年のように他人にあげちゃだめよ」と念をおしていた。そういうわけで、例年沢庵を楽しみにしてくれている方もいるが、今回は諦めてもらうしかない。

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2018年12月23日 (日)

№4024 Xmasキャンドルナイト

 ラジオを聴いていたら、12月22日に「那須ステンドグラス美術館」で年一日だけの【Xmasキャンドルナイト】が開かれるという。「あるるのいえ」から車で10分くらいなので見に行ってきた。

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 この日は冬至とかで、一年で昼が一番短い日だった。夕方5時になると、すでに暗かった。この催しは午後5時からとのことだったが、着いた時には美術館はキャンドルに包まれていた。庭園には、クリスマスツリーがあちこちに飾られていた。そのわきでは、小さな女の子がサンタクロースの衣装を着てはしゃいでいた。

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Img_7737  ステンドグラス美術館の前の芝生に、たくさんの蝋燭が灯されていた。幻想的な光景である。それを見にたくさんのカップルが訪れていた。

 美術館の窓に嵌められているステンドグラスが、この光景に輪をかけて素敵な夜だった。美術館入場は有料だ。私は何度も訪問しているので、今回は遠慮した。係員に聞いてみたら、美術館内は特別の飾りはないそうだ。

Img_7735  庭園をしばらく散策していたのだが、美術館の隣に教会があるので、行ってみた。教会の中では、美しい歌声が響いていた。入ってみていいのかしら。

 玄関は閉まっていたが、恐る恐る開けてみた。入ったら、教会だった。教会の中は満員で、皆さんキャンドルを持っていた。誰でも入場していいのだ。

 話を聞いたら、「クリスマスミサ」の最中だそうだ。聖歌隊の歌に引き続き、牧師の祝祭のお祈りがあった。私はキリスト教徒ではないが、キャンドルサービスといい、クリスマスミサといい、良いクリスマスイブイブの日だった。
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2018年12月22日 (土)

№4023 あちゃ、やられている

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 ウッドデッキには、適度に干した大根がぶら下がっているはずだった。ところが、下がっているのは細い萎びた大根だけだった。太い大根は全て落ちていた。

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 何が起きたのか見ていると、太い大根にはすべて齧った跡があった。ウ~~~ム、猿にやられてしまった。今まで大根は食べられたことがなかったので、安心していたのだが。この大根を干すとき、近所のおじさんに「猿にやられないかね」と注意を受けていた。

 今までそんなことがないので大丈夫だろうと思っていたが、それが間違いのもとだ。ウッドデッキには、さらにお土産で猿のウンチまで落ちていた。今年は、梅干しといい、沢庵大根といい、大災害だ。

 さて、どうしようか。沢庵用の干し大根が、時期時には店頭で売っている。それを探してみよう。近くの道の駅や八百屋など4~5軒歩いてみたが、もうすでに時期は過ぎいていた。店員は、「干し大根は、11月末くらいが時期で、それを過ぎるともうないです」とすげなかった。

 さて、ぶら下がっている大根だけを漬けるか、今年は諦めるか、どうしようか。すでに、沢庵を漬けようというモチベーションは下がってしまった。

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2018年12月21日 (金)

№4022 大荷物を持って那須へ

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 さて一か月ぶりに那須に行ってこよう。女房に伝えると、玄関に山のように荷物が積んでいる。年末に出た家庭ごみが大半だ。繭の里には、大きなゴミステーションがある。那須に行くのに備え、普段から段ボールにゴミを詰めている。今回は、段ボール箱が6個ほどあった。

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 そのほかにガラスの割れモノや空き缶、ペットボトル、燃えないものなどを用意していた。今回那須に行く最大の目的は、干している大根を沢庵に漬けることだ。前回那須に来た時に、ウッドデッキに大根を干してある。漬物用に、干した柿の皮、鷹の爪、柚子なども荷物に含まれていた。さらに、漬物用の桶も車に積んだ。

 那須に行くときはいつもそうなのだが、飲料用の水のボトルケースも積んだ。今回は7ケールあった。冬になると水の消費量が増えるのかな。

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 それと必需品がパソコンと本だ。ディパックに詰めておいた。そこには常備薬も入っている。出発時に必ず女房に確認されるのが「薬は持った?」である。いつものことで、忘れずに入れている。玄関の山のような荷物も、車にすべて収まった。那須への3時間も予定通りで、無事に着いた。

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Img_7703  そうだ、漬物用にいつもの「瑞穂蔵」で糠を一袋買っていこう。店内に女将さんがいて、「今年は暖かいのでいつもより塩を多めにしたほうがいいわよ」とアドバイスをくれた。

 買い物などすべての準備を終えて、無事「あるるのいえ」に到着した。午前10時半に自宅を出て、着いたのは午後2時ころだった。

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2018年12月20日 (木)

№4021 鹿島、レアルマドリードに大敗

 最近、すっかりサッカー観戦にはまっている。以前は観戦は野球が主だったが、今では野球とサッカーの両方の放映があると、むしろサッカー観戦にしている。特に、最近の日本サッカーが強くなっているので、観戦のし甲斐がある。

 1月には、アラブ首長国連邦のアブダビで、アジアのチャンピオンを決めるアジアカップが開かれる。もちろん日本も出場する。世界ランクでは、アジアの中でオーストラリア、イランに次いで第3位に甘んじているが、私の中では圧倒的なトップだと思う。このアジアカップでも、優勝の最有力候補である。

 そして、いま行われているのが「クラブワールドカップ」だ。会場は、アジアカップが行われるアラブ首長国連邦のアブダビだ。この大会には、アジアクラブチャンピオンとして、鹿島アントラーズが出場している。2016年には、鹿島はあわや優勝というところまで行った。相手は、矢張りレアルマドリードだった。

 今大会も、準々決勝でメキシコのグアダラハラを完勝で破った。余談になるが、メキシコのサッカー熱には驚いた。先日メキシコ旅行をしたが、どこのテレビでもサッカー放送をしていた。同じ時間帯で、2つも3つもの放映を見て驚いた。そのメキシコ代表を鹿島は破ったのだ。

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 ひょっとすると、今年はレアルマドリードをも破るのではないかと、期待しながらテレビを見ていた。ふたを開けてみたら、前半戦の後半までは互角の戦いだった。ところが前半戦終了間際、相手のFWベールにゴールを割られた。後半戦も始まってすぐに、同じベールに立て続け2点を奪われて、ハットトリックを決められてしまった。ここで勝負があった。

 全体の試合を通して思ったのだが、レアルマドリードのパスの精度は確実だった。ほとんどパスミスがない。それに、ロングパスもきちんと足元に収まっていた。それに対して、鹿島のパスはアバウトだ。たとえボールを奪ったとしても、中盤のパスで相手に奪われてしまう。鹿島はこんなに下手だったのかと驚いた。

 多分、そうじゃないだろう。アジアチャンピオンとヨーロッパチャンピオンの差が表れていた。例えば、メキシコのグアダラハラにあれだけの完璧なシュートで得点した安部裕葵が、相手にしてもらっていない。相当実力の差を痛感した試合だったね。

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 調べてみると、レアルマドリードと鹿島アントラーズの収入の差は、チーム全体で100倍以上になるという。やむを得ない結果だったのかな。夜中の1時半に起きてテレビ観戦したのだが、がっかりして寝たのが4時ころだった。

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2018年12月19日 (水)

№4020 伊奈桟雲の会の忘年会

 毎月第3火曜日は、わが伊奈桟雲の会の定例句会日だ。会場は、これも決まっているが、埼玉県民活動総合センターの会議室で行われる。先月の句会で、12月の句会の後に忘年会をやろうと決めた。

 忘年会に酒はつきものと、私はこの日はバスで埼玉県民活動総合センターにやってきた。忘年会場は、これも埼玉県民活動総合センター一階の食堂にした。自宅からは車で10分少々なのだが、バスでは30分近くかかる。酒のためにはやむを得ないことだ。

 いつものように、1時から定例句会があった。この句会は1時に始まり、びっちり5時までの充実した4時間だ。この定例句会の記事は、毎月書いたり書かなかったりである。なぜかというに、私が作った句が殆ど評価されなく、記事にならなかったからである。

 ところが、最近わが句会のメンバーが、このブログをよく読んでいることが分かった。加えて、友句会のメンバーにも読者が多い。その人たちのためにも、句会の様子を報告しなければならないね。

 今年の夏に、もう一つの句会と合併して、わが句会は所帯が大きくなった。それに新加入者もいて、11名で句会をやっている。句会はあまり多すぎても集中力を欠くし、少なすぎるとこれまた活気がない。10名前後が最適人数のようだ。おかげで、わが伊奈桟雲の会も毎月楽しくやっている。ただ、句会の様子は、今月は省略する。

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 午後5時半から、10名が参加して忘年会が開かれた。何よりありがたかったのは、この会場は飲み放題で一人3000円で上がったことだ。普段は車で来ているので、句会の後に飲み会を行うことなどほとんどない。そういう意味でも、年一回の飲み会だ。

 席上で初めて聞いた話だが、先生は『俳句日記を楽しく学ぶ会』というtwitterを始めたのだそうだ。「実態はほとんど息子が作成していて、私はただ監督しているだけ」のようだ。そのtwitterに、私のブログのURLを貼り付けたというのだ。

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Photo_2  検索してみたら、まさしく貼り付いていた。どうりで、最近ブログのアクセス数が増えたと思ったが、これも要因だと嬉しかった。自宅に帰って記事検索をしてみたら、私のブログ記事も貼り付けられていた。

 あまり気張る必要はないのかもしれないが、このようにリンクを貼られると、もう少し俳句記事を多くしなければならないかなと、責任を感じてしまう。まあ、それでも今まで通りのブログにしたい。

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  忘年会は、女性の参加者も多いせいか盛り上がった。話題は、俳号のことになった。俳句ではほとんど本名は使わず、俳号で呼び合っている。Terukoさんも中堅になったので、そろそろ俳号を考えたらどうだろうか。この会合で案が上がったのは、「日向子」「日向」「ひな」などだ。それにしても、もともとからのメンバーの俳号が良いねということになった。

 「多笑」さん、「遊子」さんなどぴったりの俳号と評判が高かった。多笑さんは旦那さんともども私のブログのファンで、海外旅行記などおふたりで楽しんでくれたようだ。 

 それにしても、この会場の忘年会は、値段以上の価値があり、よかった。

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2018年12月18日 (火)

№4019 反省会グループで忘年会

 東京シニア自然大学NEXTには、講座の後に必ず飲み会をやっている「反省会グループ」がある。その有力メンバーから、「忘年会をやらないか」とのお誘いがあった。そういえば、最近忘年会とはとんと縁がないね。二つ返事でOKした。

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 会場は、新宿西口の飲み屋横丁にある「安兵衛」だ。たしか、昨年も同じ飲み屋で忘年会をやっている。昨年は、矢張り海外旅行で買ってきたアルメニアコニャックを差し入れた。今年も、矢張りキューバで買ってきたラム酒を差し入れよう。

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 会場に持ち込んで、店員の了解を得ようとした。昨年のアルメニアコニャックはOKだったが、今年は持ち込み料2000円だという。2000円も出して飲むような酒ではないので、この会場は諦めた。来年、NEXTの総会があるので、その後の懇親会に差し入れよう。

Img_7082  ラム酒は、思い出してもらいたいのだが、ハバナのヘミングウェーが通ったという酒場のフローズンダイキリというカクテルのベースの酒だ。この話はしてこなかったが、海外旅行の帰りにお土産に4本の酒を買ってきた。ラム酒3本にテキーラ1本だ。

 テキーラの試飲会の話は出ているが、まだ実現していない。私はラム酒もテキーラも、旅行時には飲まなかった。私自身、この試飲会を楽しみにしていた。

 そういえば、最近とんと忘年会の話がないね。まあ、あまり飲みたい気分でもないのだが。最近もある忘年会のお誘いがあったが、気が重いので断った。こういうものは一度断ると、再度のお誘いはないね。それを承知の上でのお断りだった。

 ただ、最近はこの「反省会グループ」の付き合いは大事にしている。大体同じ年代だし、話題も共通して気の置けない仲間だ。このグループの一人Kuniちゃんには前橋から参加は気の毒と、お誘いを入れなかった。その代わりKukiちゃんの旦那Bさんが珍しく参加していた。

 この日参加したメンバーのうち3人は、先週富山の「重力波研究所」を見学してきたようだ。話題はその研究所のことではなく、もっぱら地酒の話だった。おいおい、何のための研究所訪問だったのか、という話が出た。

 私の海外旅行も話題に上ったが、わが無手勝流の旅行談に皆さん呆れていた。さて、来年はどこに行くのか聞かれた。Kukiちゃんが、有力候補地を教えてくれた。そこを中心に研究してみよう。

 ところで、この日は級長も参加していたのだが、毒気を抜かれていて、酒を飲みながら水をごくごく飲んでいた。前からこういう飲み方をしていたら、誰にも文句を言われなかったのだが、喜寿になってようやく気が付いたのが級長らしい。2時間半ほど飲んで、無事解散した。

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2018年12月17日 (月)

№4018 健康診断の結果

 先日所属する健保組合で、「定期健康診断」を受診報告をした。しかも、これも毎年の記事ではあるが、その結果報告もしている。今年もそのお知らせが届いた。さて、今年は何か異常があったのか、3年間の比較でみてみたい。

 嬉しいことに体重が減ってみる。一昨年に比べ2.3㎏、昨年に比しても0.8㎏の減だ。医者にはたえず体重を減らすように口酸っぱく言われているが、今回はあまり努力することなく減った。原因は、海外旅行で減ったとしか考えられない。

 「血圧」は、一昨年が115/58でA判定だったが、今年は113/66で要治療のFランクであった。ほとんど変わらない数値なのに、ランクは5段階下がっている。何かの間違いではなかろうか。

 「脂質」は、一昨年昨年ともCランクであったが、今年はAランクになった。「中性脂肪」が格段に落ちたのだ。これも体重が下がったことの副次要素だ。「血液一般」も何ら問題がない。

 最大の問題は、「糖代謝」だ。先日の健康診断で、医者が「あなたは糖尿病です」と宣告していた。しかし、今年の診断結果を見ると、昨年とほとんど変わりはない。しかし昨年は「境界型糖尿病の恐れ」の診断だったのが、今年は「糖尿病」となっていた。何の違いがあるのだろうか。

 もう一つ、今年は大きな違いがあった。「便潜血反応」である。便の中に血が混じっていたので、大腸・肛門の二次検査を受けるように通知が来た。これも理由ははっきりしている。海外旅行中に便秘を起こしていた。無理に便をしようとして、痔が切れたのだ。その直後の健康診断だったので、便に血が混じっていたと思わっる。

 昨年、この健保組合で大腸検査を行っている。「健診科に連絡するように」との通知だったが、その旨を言って、二次検査はしなくてもいいだろう。総合評価は、相変わらずFの「継続治療を要します」だった。

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2018年12月16日 (日)

№4017 スタッドレスタイヤに履き替え

 ここにきてずいぶん寒くなった。北国からは雪の便りも聞こえてくる。暖冬と騒がれていたが、やはり冬は冬だ。さて、冬になるとわが愛車のタイヤの履き替えが必要になった。スタッドレスタイヤがないと、怖くて那須に行けない。

 例年、タイヤの履き替えをトヨタの工場に頼んでいた。今年もそのつもりで、トヨタのセールスマンに電話した。ところが、このところ急に寒くなり、履き替え要請の客が多くなったという。いま工場が空いているのは、12月25日だとの返事だった。

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 それじゃ遅いので、他のタイヤ屋さんに頼もうかなと考えた。そしたら再度トヨタの彼から電話があり、15日の夕方5時なら空いているという。履き替えをトヨタに頼むことにした。そして工場に車を持ち込んだ。一年間倉庫に寝かせていたスタッドレスタイヤを引き出して、車に乗せた。

 工員が「ちょうどいいところに来た。タイヤの履き替えを機会に、リコールの不具合も直しますね」とのことだ。そういえば、先日トヨタからリコールのリクエストハガキが届いていた。何が原因なのか聞いてみたら、「搭載しているコンピュータの不具合があり、この2~3日でようやく整備のマニュアルが届いた」のだそうだ。

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 タイヤの履き替えのほかに約1時間かかるという。せっかく車を持ってきたので、頼もう。ついでに車も洗っておいてくれるようにお願いした。履き替えもリコールの整備も無事終了した。これで安心して那須に行けるぞ。

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2018年12月15日 (土)

№4016 古民家活用最前線

 東京シニア自然大学修了生コース対象の講座「古民家活用最前線 飯能の事例から学ぶ」に参加してきた。

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Simg_7664  全国で増え続ける古民家・空き家。その現状と活用方法について、埼玉県飯能市上名栗地区を事例に、周辺の環境を知り、空き家の様子を見て実際の作業をしようという講座だった。事務局のKanakuboさんは、「これこそがシニアが取り掛かるべき大きな課題」と強調していた。

 会場は、飯能駅から延々バスで1時間も行った名栗川沿いにあった。この日の講師は、駿河台大学教授で飯能市エコツーリズム推進協議会会長の平井純子先生だった。彼女は若くて、ものすごく元気いっぱいだった。

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Simg_7670  バスの終点から歩いて15分ほどのところに、目指す古民家があった。築120年という古民家は、極めてきれいに整理されていた。先生は「違うのよ。5年前にここを借りたときはゴミがいっぱいで、手の着けようがなかったの」といっていた。大学のゼミの学生の手を借りて、大量のゴミを捨てたのだそうだ。おかげで、きれいに整頓できたという。

 この古民家の大黒柱は、一尺もある立派なものだった。引き戸には大きな一枚板の欅が使われていた。ただ、二階は貸してくれなくて、いまだ大量のごみの山だそうだ。ある参加者が、「二階には、死体が眠っているんじゃないの」ときつい冗談を言っていた。今日の作業は、古民家の周辺の整理だ。

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 先生の案内で、この古民家をどう再生したのか学習した。そして、最初にやったのが薪割作業だ。私は、小さい頃薪割が日課だった。50~60年ぶりにやってみたのだが、すぐに腰が痛くなって交代した。女性の参加者も積極的に薪割をやっていた。
 
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 そのうち、いい匂いがしてきた。エコストーブで、煮物とご飯炊きをやっていた。煮物は近所からもらったイノシシの肉の獅子鍋だという。さらには、竈で焼き芋を焼いていた。これはお昼が楽しみだぞ。

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Simg_7676  昼食は、車庫の上の土間にテーブルを置いて野外食だ。この日は、このために米一合を各自持参した。ご飯もほかほかに炊け美味しかったが、何よりイノシシの肉がおいしかった。野菜は、この近辺の農家から調達したのだそうで、エコな食事だ。

 さらに、ホッカホカの焼き芋もテーブルに並べられた。焼きたての芋の、美味しかったことったらなかったね。Kuniちゃんのようにご飯をお替りした人もいたが、私は獅子汁のお代わりをした。焼き芋もごちそうになり、お腹がいっぱいになった。

 さて、午後の作業は物置の整理だ。まだ手のつかない雑多なものがいっぱいあった。それを引き出しては、何かに使えないかと知恵を絞った。七輪が二個に武者小路実篤の絵、木皿が10枚ほど、一斗桝などが出てきた。絵をきれいにしていた女性は、裏ブタを開けたらぞろぞろダンゴ虫が出てきたのにびっくりしていた。

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Simg_7681  テーブル用の大きな板も見つかった。先生が、「実は、もう一つ大きなテーブルが欲しいと思っていたのよ」といっていた。皆で力を合わせ、テーブル作りをした。できてみたら、一本の足が1㎝ほど低かった。まあ、板を足に張り合わせたら何とかなるんじゃないの。

 出来上がってみると、頑丈でびくともしなテーブルだった。「大成功だ、子供たちが大勢やってきても、一緒にご飯が食べられる」と先生も喜んでいた。

 この古民家には、鉈や鉞、電動のこぎり、電動ドライバー、それに釘やネジ釘など何でもそろっていた。学生たちを呼んで、一緒に再生事業を行っているのだそうだ。参加した女性たちは、クリスマスリース作りをしていた。

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 出来上がったテーブルを前に記念写真。あっという間に時間が経ち、帰りはバス停まで15分ほど走っていった。このバスに乗り遅れると、2時間待ちだそうだ。

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2018年12月14日 (金)

№4015 胃カメラ検査

 胃カメラ検査があった。先日の健保組合の健康診断の際、申し込んでおいたものである。

 胃カメラ検査をやり始めて、もう何年になるだろうか。ある年、バリュームで胃の検査をやった直後、キリキリと胃が痛んだ。再検査をしてもらったら、ピロリ菌が原因だと分かった。バリュームの胃の検診では映らなかったらしい。

 それ以降、バリューム検診ではなく胃カメラ検診を始めた。健保の医者も、「胃カメラ検診は毎年やった方がいいですよ」といっていた。その言葉に従って、胃カメラ検診をやるようになった。

 当初は、異物が喉を通るので激しい吐き気を催した。涙を流しながら胃カメラを飲んだものだ。ところがこの日は、何の抵抗もなくするっと食道にカメラが入っていった。「カメラを飲むのが上手ですね」と看護師が言っていた。

 検査ベッドの脇にはモニター画像があって、医者と一緒に検査する消火器器官を見ることができる。食道から胃の中にカメラが入って、十二指腸まで届いた。我ながら、内臓というのはきれいなものだと感心した。

 最初に十二指腸を見たようだが、「きれいなものですね。何の問題もありません」といっていた。次に胃の内部を丁寧に診ていたが、「ピロリ菌の治った後が、年々小さくなっていますね。よく診ると、胃の中にポリープが2個ありますが、癌化するような悪いポリープではないようです。取る必要はないでしょう」と話していた。

 胃の中にはたくさんの襞があるのが見て取れた。私は大丈夫だったが、この襞の奥に癌が隠れている場合があるのだそうだ。「何度もやっているせいか、上手なものですね」ということで、あっという間に検査が終わった。

 ありがたいことに、健康保険のおかげで料金はわずか1200円ほどだった。「来年も、また、今頃胃カメラ検査をしましょう」と送り出された。

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2018年12月13日 (木)

№4014 鎌倉歴史散歩

 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「鎌倉歴史散歩」があり、参加してきた。10月から11月にかけての海外旅行で、この講座に参加するのはおよそ2ヶ月ぶりだった。皆とは久しぶりに会ったのだが、級長を含め皆さん相変わらず元気でほっとした。

 鎌倉はいつでも人気スポットであり、この日も参加者は多かった。朝雨が残っていたにもかかわらず、22名の参加者があった。天気予報では朝には雨が上がるといっていたが、残念ながら集合時間の10時にはまだしとしと降りだった。まあ、やがて雨が上がってよかったのだが。

 私は鎌倉には何度も来ている。このNEXT講座でも、過去2度ほど鎌倉に来た。さて、世話人は今日はどこに連れて行ってくれるのかな。シラバスによると、「初冬の鎌倉を、紅葉を楽しみながら一日ゆっくりと、奈良から明治までに建立された寺社をたどります」とある。

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 最初に行ったのが「寿福寺」だ。鎌倉駅から歩いて15分ほどの距離だった。このお寺の参拝は初めてだ。このお寺さんは鎌倉五山の第三位にあたり、墓地には北条政子や源実朝のお墓があった。

Simg_7637Simg_7638  それに、何より驚いたのが高濱虚子の墓がこの寺にあったことだ。俳句の句会には虚子の名前はよく出てくるが、墓がここにあることまでは知らなかった。さらに、大佛次郎の墓、陸奥宗光の墓もあった。

 北鎌倉駅前の東慶寺は文化人のお墓が多くあることは有名で、私は何度も行ったことがある。鎌倉で有名人のお墓を尋ねる旅も、なかなかいいものだ。

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Simg_7641  次に訪ねたのが「海蔵寺」だ。この頃には、すっかり雨が上がっていた。このお寺さんも私は初めてだった。花の寺として有名で、境内には千両や万両が満開だった。

 この寺で見たのがリスだ。その後、このリスは寺社のどこでも見られた。海蔵寺は、なかなか良い寺だったね。この寺は、鎌倉幕府の滅亡とともに焼失し、足利氏満の命で再建されたという。

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 この寺の裏側から登ったのが化粧坂(けわいざか)で、なかなかの急坂であった。ご存知のように、鎌倉は山に囲まれた盆地で、鎌倉に入るのには7つの入り口があったという。化粧坂はその一つだといっていた。

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Simg_7647  この化粧坂を越えたら源氏山公園だ。頂上には頼朝の銅像があったが、私がこの像を見たのも初めてだ。ということは、鎌倉には何度も来ているが、裏鎌倉には来ていなかったのだ。

 源氏山から10分ほど歩いた葛原岡神社の境内で昼食を摂った。歩いていると汗が出るほどだったが、少しとまっていると寒かった。やはり12月中旬の気候だ。昼食を早々に切り上げて、さて午後のスタートをした。

Simg_7650_2Simg_7653_2  銭洗弁天、佐助稲荷神社を通って、この日の最大の難関が大仏ハイキングコースだ。

 ハイキングコースは、佐助稲荷神社の裏山から繋がっていた。散歩道には雨が残っていて、ぬかるんでいた。さらにアップダウンが激しく、慣れない道を歩く参加者の中には、こわごわ歩く者もいた。
 
 下り道で、ある外国人カップルに出会った。どこから来たのか声をかけてみたら、ポーランドから来たといっていた。鎌倉の裏山にポーランド人が来ていることに、チョットした驚きを覚えた。

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 極楽寺を通り、最後の目的地が成就院だ。私は初めて知ったのだが、この成就院も明月院と並んで紫陽花寺として有名なのだそうだ。

 この日はよく歩いたね。皆さんの歩数計は20,000歩を超えていたが、私の歩数計は正確に言うと23,863歩だった。アップダウンも激しく、足はパンパンだ。それにしても初めてのお寺もあって、この日の「鎌倉歴史散歩」は充実していた。最後は、いつものごとく駅前の呑み屋で「反省会」をしてきた。

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2018年12月12日 (水)

№4013 世代交代が進むわが住宅地

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 私の住む住宅地は、世代交代が激しい。どこの住宅地も同じなのだろうが、急速に高齢化が進んでいる。私がここに住み始めた40年前は、若い人が住む町だった。そうだよね、私も30代初めだった。こういう住宅地は、一度住み始めたらなかなか交代はないものだ。

Simg_7624Simg_7627  ところが所帯主が亡くなったり、寡婦になり子供と同居したりで、徐々に空き家が増え始めている。偶然かどうかはしらないが、わが家の周りで二軒同時に解体工事が始まった。

 聞くところによると、一軒はしばらく空き家だったし、もう一軒は寡婦になり、子供と同居のために空き家になったという。解体するからには、売れる宛でも見つかったのだろうか。

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 何度か話題にしたが、わが家の南面の家も完成してしばらく経つ。不動産業者が建売住宅として建てたものだ。話にきくと、4400~4500万円で売りに出すという。広告を見ていないからわからないが、もう宣伝が始まったのだろうか。どういう方が住み始めるのか、隣の住人としては気になるところだ。

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 わが家の一軒隣の家も売りに出している。売り出すのに際し、400万円ほどかけてリフォームしたらしい。女房の友達ということもあり、時々風を入れるために、窓開けに協力している。わが家に比しても、間取りといい、広さといい、素晴らしい家だ。それを2000万円で売りに出しているというが、なかなか買い手が見つからないようだ。

 わが家も建てて42年ほどになる。周囲の中でも古い家に属するようになった。今更ローンを組み、建て直す気にはならない。息子が同居して建て直す、という気もさらさらないようだ。

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2018年12月11日 (火)

№4012 作文「平成に思う」

 私の海外旅行中に、俳句のYamahiko先生からメールが入った。「会報の『桟雲』に12月20日までに、平成に思うというタイトルで作文を寄せてください。内容はどういうものでも結構です」ということだった。

 時々先生から作文の要請がある。その要請には、出来るだけ応えるようにしている。毎日このブログを書いているので、文章を書くのにそんなに抵抗はない。ただ、何を書くかだけだ。書く内容が決まったら、文章はあっという間に出来上がる。

 今回もしばらく考えていたが、締め切り間近に下記のような文章を書いて先生に送った。先生からは「この内容でOK」の返事をいただいた。いつもブログに書いている話なのだが、ここに転載したい。

 

平成に思う 私の定年後の生活を顧みる

35年にわたるサラリーマン生活を無事満了、定年退職したのが平成1811月末である。退職して、すでにもう一回り12年が過ぎた。今から考えると、在職時代は遠い昔だったような気もする。今日は、定年後の生活を語りたい。
 定年後、大きく変わったのは、平成19年春に買った那須の陋屋での生活だ。女房は那須に家が欲しいと繰り返し言っていたが、現役時代の私にはほとんど興味がなかった。会社を辞めた後、再度那須にいい物件があると女房は見学の慫慂をした。現地に行ってみたら、物件も値段も手ごろだった。その場で即決して買うことを決めた。そして、この那須の陋屋が、今考えてみると、定年後の私にとっては大きな転換点になった。

退職前、私は友だちに定年後はブログを開設すると公言していた。ただ、その時点ではブログの何たるかは分っていなかった。幸い、埼玉県民活動総合センターで『パソコンのブログ講座』が開かれるという。私はいの一番に申し込んだ。ブログ講座の開始日は、平成20122日だった。開講日のその日のうちに、私のブログは立ち上がった。

ブログの名前を『シンさんちの《繭の里通信》』に決めた。繭の里というのは、私が那須に買った陋屋の別荘地名だ。私はブログに、繭の里での生活、那須の自然の美しさ、那須での農業、那須の温泉などを思いつくままに書くつもりでいた。大体が飽きっぽい私はブログをそんなに長く続ける意図はなかった。ところが、1011か月になった現在も、そのブログは続いている。私のブログ訪問者は、ついに60万アクセスを突破した。さらに、先日、毎日続けているこのブログの通巻が4000号に達した。日々「継続力」の偉大さを感じている。

いったい、この間なんの記事を書いてきたのだろうか。私は絶えずブログの分析を行っているが、ここでトップテンの記事を上げてみたい。①繭の里での生活、②いきがい大学・シニア大学関連、③パソコン・インターネット関連記事、④スポーツ観戦、⑤俳句、⑥国内・海外旅行、⑦料理、⑧映画鑑賞、⑨読書日誌、⑩ブログ関連記事である。このカテゴリーの順番が、わが定年後の生活を如実に表しているのが面白い。

特に突出して記事が多いのは、やはり那須・繭の里での生活である。20%強がその記事である。最近では若干少なくなったが、一時は年間100日間も那須に滞在していた。すっかり那須に魅了されてしまったのだ。埼玉の自宅から那須までは、一般国道で約3時間である。3時間後には、異空間に浸れるのがいい。ここでずいぶんたくさんの俳句も出来上がった。

このブログはいつまで続くかはわからないが、当面の目標は5000号である。ブログが日記と違う最大の点は、公開か非公開かだ。ブログを通して私と一緒にわが生活を楽しんでくれる読者がいるのは、頼もしい限りである。ブログ記事に写真が貼り付くのも、面白い。

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2018年12月10日 (月)

№4011 ニューヒロインの誕生

 カナダのバンクーバーで、フィギュアスケートのグランプリファイナルが行われた。皆さんもご覧になったかもしれないが、フィギュアスケートはロシアと日本が二大大国だ。男子は、残念ながら絶対王者の羽生結弦が怪我で欠場した。女子は、代表6人のうち3人が日本選手だ。しかも他の3人もロシア選手だった。

 男子は絶対王者羽生結弦が欠場した中、もう一人のエース宇野昌磨が活躍した。ただ、この大会は調子がもう一つ上がらなく、惜しくも第二位で終わった。それでも、第二位も立派なものだと思う。

 さて、今日の話題の中心は紀平梨花だ。男子フィギュアも注目したが、なんといっても日本女子の3人に注目した。坂本花織、宮原知子をも注視していたが、さて紀平梨花がどういう滑りをするのが、熱心にテレビ観戦をした。

 前日のショートで完全な演技をし、これもオリンピック王者のロシア・ザギトワに5点近くの差をつけて82.56で首位に躍り出た。それにしても、ショートの滑りはほぼ完全だったのではないか。

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 私は紀平の滑りを初めてみたが、本当に流麗で美しかった。とくに、トリプルアクセルは何の躊躇もなく飛び、しかも飛ぶ位置が高い。女子で3アクセルを飛ぶ人は少ない。16歳で今年の初デビューとは思われない堂々とした滑りだった。

 調べてみると、紀平はジュニア時代から注目されていたようだ。ただ、今年の平昌オリンピックは年齢制限にかかり出場できなかった。それに対して同じ16歳のザギトワは、紀平とわずか2か月の違いで出場でき、見事金メダルを獲得した。ジュニア時代も二人の対決があり、1勝1敗だったという。そういう意味で、今回の大会は決着をつける試合だった。

 ザギトアのショートも素晴らしかった。ほとんどミスらしいミスはなかった。ただ、紀平梨花のショートの滑りはそれを上回った。見ていても、美しいというしかなかった。

 さて、フリーの演技はどうか。実は実際の大会は、日本時間の日曜日の朝に行われ、紀平梨花の優勝が報じられていた。ただ、映像は放映権の影響で、夜まで見られなかった。しかも、紀平は最終滑走だったので、放映されたのは夜の11時近かった。眠い目をこすりながら見た。

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 紀平は、最初のトリプルアクセルで転んで失敗した。相当緊張していたのだろうね。ただ、その後はほぼ完ぺきな滑りで、素晴らしかった。ザギトワのフリーの演技も素晴らしかったが、点数でそれを上回った。ショート・フリーとも完全にザギトワを上回り、完全優勝だ。日本人選手としては、浅田真央以来13年ぶりの優勝だった。オメデトウ!

 ただ安心していられないのは、シニアの試合の前にジュニアの選手権があった。6人出場のうち5人がロシア選手だった。しかも二位になったロシアの女子選手が4回転ジャンプをしていた。男子でも難しいのに、女性の挑戦に末恐ろしいものを感じた。ザギトアもうかうかしていると、ロシア代表になれないのじゃないか。、

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2018年12月 9日 (日)

№4010 弟の墓参り

 私は、男4人に女2人の6人兄弟だ。ただ、男4人のうち3人はすでに鬼籍に入っている。なかでも、弟の亡くなった年はよく覚えている。それは、このブログを始めた年の12月であった。ちょうど10年目にあたる。

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 川崎の姉に、墓参りに行こうと提案した。もちろん、否はない。横浜の姉も一緒に行くという。久しぶりに義兄のFumioさんもやってくるという。女房も含めてフルキャストで墓参りをした。前日が命日であったので、弟の息子夫婦も墓参りをしていたようだ。墓前はお花でいっぱいだった。年末の寂しい時期だけに、よかったね。

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 墓参りは早々に終えた。姉が、「いつまでも皆が元気でいるわけがない。元気なうちに写真を撮っておきましょう」と、寺前で全員そろっての記念写真を撮った。「さて、来年はこのうち何人欠けることやら」と不気味なことを言っていた。

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 久し振りの全員集合に、一緒に会食をしようといういつものコースだ。どこかの店もいいが、川崎の姉の家がこのお寺から40分くらいのところにある。家で、落ち着いて寿司でも取ろうということになった。

 義兄のFumioさんは、私のブログの読者でもある。「先日の海外旅行を読ませてもらったが、むしろ旅行というよりあれは冒険だね」と感想を述べていた。

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 姉の家に着いたら、姉が「ちょっと開けてみてよ。私は怖くて開けられない」といっていたのが梅干だ。私の指導で今年6月に漬けたのだが、私の指導通りに3日干しはやらなかったらしい。重しを置いて漬けたままで半年になる。怖くて開けられなかったらしい。

 紫蘇に染まった見事な赤い梅干ができていた。試食をしてみたら、美味しかった。女房に言わせると、「三日干しがないほうが、しっとり漬かるのではないの」との感想だ。私の家の今年の梅干が大失敗だったので、全部捨ててしまった。姉が漬けた梅干しを、お裾分けにいただいてきた。

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2018年12月 8日 (土)

№4009 三句会合同作品展終る

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 11月28日から10日間の予定で開かれていた三句会(山茶花の会、山水の会、伊奈桟雲の会)の合同作品展が、無事終了した。今回の合同作品展は初の試みだったが、われわれが予想した以上に活況を呈した。

 というのも、想像した以上に来場者が多かった。来場者に感想文を書いていただいたのだが、寄せられた感想文の多さもうれしい限りであった。

 来場者を見ると、友句会の方が多かったのはいうまでもない。なかでも、茨城県の結城からわざわざみえた方もいた。もちろん、友句会の方だけではない。「通りすがりに拝見しました。心に残る作品がいっぱい。このような作品展もいいな、と思いました」という感想文もあった。

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 寄せられた感想の中で、今後に生かせる意見も多数あった。何人かの方から、「読めない漢字がありますので、ルビをつけていただいたらと思います」という感想が寄せられた。そうか、配慮が足りなかったなと反省した。

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 主催者側にも不満は残った。というのも、この会場の制約があまりに多すぎたからだ。パネルの反対には壁がある。大きな展示スペースなのに、テープを貼ってはいけない、画鋲を差してはいけない、展示即売会の張り紙をいじってはいけないなど会場の担当者からうるさいことを言われ続けた。

  嬉しいこともあった。読売新聞の記者が取材に来て、様々聴いて歩いていた。1月25日の地方版にこの記事を載せたいといっていた。
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 まあ、それでも無料で貸してもらった会場なので、あまり文句を言うわけにもいかなかった。終わった後に、有志で反省会を行った。何人かから「来年も続けたい」という声が寄せられた。ただ、来年あの会場が使えるとは限らない。まあ、それでも続けることで意見は一致した。

 皆さん、ご苦労様でした。
 
 

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2018年12月 7日 (金)

№4008 10月・11月に読んだ本

 楽屋内を明かすようで申し訳ないが、ブログ記事を一本書くのに約30分程度を要している。ただ、毎月の定期記事でもあるこの読書報告は、調べ物をしたりするので、半日を要する。読む方も気が重いかもしれないが、書く方も難儀な記事なのだ。それでも毎月書いてきたので、今月も続けたい。

 10月は旅行中だったので、この記事は書き漏らしてた。従って、今日は10月・11月の2か月は何を読んだのか報告したい。とはいっても、先日旅行中の読書報告をしているので、その分は除きたい。

【10月に読んだ本】15冊・5870頁

内田康夫『地の日天の海(上)(下)』(上)352頁(下)346頁 角川書店 2008年6月刊

楡周平『スリーパー』420頁 角川書店 2014年4月刊

永瀬隼人『無人地帯』426頁 徳間書店 2008年9月刊

上田秀人『翻弄』469頁 中央公論新社 2017年9月刊

宮城谷昌光『呉漢(上)(下)』(上)345頁(下)356頁 中央公論新社 2017年11月刊

楡周平『国士』318頁 祥伝社 2017年8月刊

森村誠一『悪道』401頁 朝日新聞出版 2010年8月刊

久間十義『刑事たちの聖戦』314頁 角川書店 2010年8月刊

堂場瞬一『ネタ元』252頁 講談社 2017年7月刊

森村誠一『悪道 西国謀反』294頁 講談社 2011年10月刊

馳星周『雪炎』483頁 集英社 2015年1月刊

馳星周『パーフェクト・ワールド(上)(下)』(上)546頁(下)548頁 集英社文庫 2018年4月刊

【11月に読んだ本】11冊・5643頁

北方謙三『草莽枯れ行く』700頁 集英社文庫 2002年5月刊

池井戸潤『アキラとあきら』713頁 徳間文庫 2017年5月刊

火坂雅志『青き海狼』717頁 小学館文庫 2005年3月刊

内田康夫『化生の海』559頁 講談社文庫 2012年3月刊

堂場瞬一『誤断』504頁 中公文庫 2017年11月刊

新田次郎『剱岳 〈点の記〉』407頁 文春文庫 2006年1月刊

宮部みゆき『名もなき毒』607頁 文春文庫 2011年12月刊

森下典子『日日是好日』252頁 新潮文庫 2008年11月刊

火坂雅志『気骨稜稜なり』366頁 小学館 2013年10月刊

馳星周『神(カムイ)の涙』409頁 実業の日本社 2017年9月刊

小池真理子『死の島』409頁 文藝春秋 2018年3月刊

 2か月分の一覧表を見ていえる。合計26冊・11,513頁読んでいるが、10月から11月にかけて読んだ文庫は、海外旅行でのものだ。以前、読んだら捨ててこようと書いたのだが、やはり本は捨てられなかった。厚手の文庫だったので、重かったね。

 26冊の中で強く印象に残ったのは、①アキラとあきら②神(カムイ)の涙③劔岳〈点の記〉かな。手を抜くようで申し訳ないが、今月はそれぞれの本のコメントは省略したい。

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2018年12月 6日 (木)

№4007 スマホのアプリ

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 私がガラ形携帯からスマホに変えて、もう数年たっている。ただ、スマホをあまりうまく使いこなせているとは言えない。一番スマホで見るのは、Yahooニュースである。そのほか、メールが届くと知らせてくれるのは便利だ。

 この秋の海外旅行でも、スマホは時間を確認のためだけに使った。時計を持っていない私は、時間を確認するのはスマホしかなかった。Naoko先生から、「スマホは同時通訳機能もあるのよ」とのサゼッションをいただいたが、使わなかった。

 そうだ、もう少しスマホを有効活用しよう。本当かどうかは知らないが、アプリは200万種類もあるのだそうだ。無料のものもあれば有料のものもある。私が今まで使っていた唯一のアプリは、「歩数計」アプリだけだった。

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 友人のYukoさんが、「カメラで花の写真を撮ると、名前を教えてくれるアプリがあるわよ」と教えてくれた。そのアプリをインスト―エルしてみたが、上手く使えなかった。もう少し研究してみる必要があるそうだ。

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 私はパソコンではしょっちゅう使っているが、スマホでは使っていないアプリがある。「乗換案内」アプリだ。電車で目的地に正確に到着するには、必需のアプリだ。というのも、NEXTの活動で目的地到着に時間厳守と、必ず言われる。実情は結構遅れるのではあるが。

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 さらに、山登りに欲しいと思っていたのが「高度計」アプリだ。上った山場何メートル七日、即座に教えてくれる。これもインストールしておいた。ちなみに今いる場所の高度は何メートルか見てみた。GPS高度計で6m、場所ベースの高度計で12m、さらに気圧高度計で25mと出ている。この違いは何なのだろうか。

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 さらに、ここに来てもう一つのアプリをインストールした。「デジタルコンパス」である。今いる場所からの方角がわかる。これも山登り用で、Nextの活動に欲しいところだ。

 ただ、面白がってたくさんのアプリをインストールすると、それだけ電池の消耗度が激しいようだ。結構ゲームアプリをインストールしている人を見かけるが、私には興味がない。

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2018年12月 5日 (水)

№4006 12月は美味しいもの何を食べようか

 「男の料理教室第86回例会」に参加してきた。隔月ごとに、調理と食べ歩きを繰り返している会だが、今月は食べ歩きの月だ。世話人は、どういう設定をしたのだろうか。世話人が考えてきたコースは、今年の2月と同じ「おいしいウナギを食べよう」というコースだった。今年の2月の会が好評だったのだ。

Simg_7573  会場は、大宮氷川神社の参道入り口近くの「かのうや」だ。この店の限定特別料理を求めて、朝10時半ころから並んだ。「特製うなぎ」は限定15食、「特製ひつまぶし」は限定10食とのことだ。ただ、朝10時半から並ぶもの好きの団体は、われわれのみだ。この日の参加者は12名だった。

 入店前に、世話人は希望メニューを募った。大半の人が特製うなぎ定食だったが、私のみが「暇つぶし」と声を上げた。われわれ暇な老人には、暇つぶしが丁度いい。「ハイハイ、ひつまぶしですね」と解釈してくれた。

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 入店は、午前11時だ。入店と同時に、店が用意してくれた食べ放題の「野菜バー」で思い思いにつまみを取った。皆さんに人気があったのが、うなぎの骨をカラッと揚げたつまみだ。私の隣に座ったさんちゃんなど、何度もお代わりに立ち上がっていた。うなぎの骨をつまみでビールは最高だった。誰かは、そっとテッシュに忍ばせ、このうなぎの骨を持ち帰っていた。

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 さて、私が頼んだひつまぶしが来た。この定食についてきた鯉のアライの刺身がおいしかった。ひつまぶしのうなぎはこのまま食べてもいいのだが、別の器に移して、出汁をかけてワサビをのせて食べるのが最高だ。この美味しさは、この日の参加者では私しか知らなかった。

 向かいに座っていたChizukoさんは、うなぎが嫌いなのだそうだ。特にうなぎの黒い皮が嫌いと、三分の一くらいが私に回ってきた。おかげでうなぎをお腹一杯食べた。

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 お昼になって、店頭には空き待ちの客が大勢並んでいた。食べ終わったら、早々に出たほうがいいネ。この店で、皆さん別れた。われわれ5~6名の有志で、師走の散策をしながら氷川神社参道を歩き、お参りをすることになった。参道のケヤキの枯葉は、今年は色づきが悪かった。寒さが中途半端のせい、とある人は言っていた。

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 ただ、氷川神社の裏のもみじはきれいに紅葉していた。「このもみじを見ていると、京都に紅葉狩りに行く必要はないね」とAkiraさんは言っていた。

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2018年12月 4日 (火)

№4005 喉に引っかかっていた小骨が取れる

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 わが高校同期Takeちゃんの要請で、東京駅で飲み会をやった。当初、参加者は3人と言っていたが、会場に行ってみたら一人増えて4人になった。お酒を飲みながら、課題の解決方法を探った。

 4年ほど前まで、私は高校同窓会ゴルフコンペの事務局をやっていた。6年間にわたっての事務局だ。役割を十分に果たし終えて、次の担当者に円満に引き継いだつもりでいた。その担当者から、「私はあなたに嵌められたので、事務局を返上したい」と事務用具一式を私に送ってきた。送られてきても困ると、事後策を相談するための飲み会だった。

 同期のTakeちゃんが、このゴルフコンペの会長をやっている。早速、彼に解決方を依頼した。この日の飲み会にやってきたのは、Takeちゃんのほかに同窓会の新会長とその友達だった。その友達とは初対面だったが、前回私が欠席したコンペで彼は優勝したのだそうだ。

 この間のいきさつを丁寧に説明した。前事務局長とのメールのやり取りも、コピーして持って行って読んでいただいた。そのコピーを読んで、参加者一同納得したようだ。そういういきさつならと、新会長とその友達で相談して、事務局を引く受け得るべく善処したいとのことだった。

 その友達というのは、同窓会の卓球部OB会に所属しているのだそうだ。新会長もそのメンバーとのことだ。「困ったときは相見互い」と、お互い男気を見せてくれた。事務用品も二人で引き取っていった。

 9月から私の喉仏に引っかかっていた小骨が取れた思いで、ヤレヤレ、安心した。

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2018年12月 3日 (月)

№4004 展示会の打ち合わせ

 夕食を食べてたら、OhnoのKayoさんがやってきた。毎年暮れにやっている展示会の打ち合わせのようだ。このブログで何度も紹介しているが、Ohnoさんは那須【あるるのいえ】の向かいの住人だ。

 土曜日朝早く那須に行って、今朝日曜日の早くに那須から帰ってきたといっていた。お父さんも一緒だったらしい。何か緊急の用事でもあったのだろうか。「いや、那須に薪を取りに行ってきたのよ」とのことだった。

 那須の家の軒下には、この冬用に大量の薪が積み上げられている。ところがお父さんの入院で、その薪はそんなに要らなくなったようだ。Ohno家の自宅の展示会には、会場に大きな囲炉裏があり、絶えず薪を燃やしている。その薪が必要だったのだ。

 お父さんは元気か聞いてみたら、「あんなに元気だったのに、今はしょぼんとしている。立ち上がると今でも眩暈がするようで、一人にはしておけないのよ。リハビリにも付き合ってあげたありして、おかげで大忙しになったわ」と話していた。

 入院以来、あれだけ大好きだったお酒も飲んでいないとのことだ。「やはり体調が悪いと、お酒を飲む気もしないようよ」とのことだった。

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 この晩は、女房と展示会の打ち合わせをしていたようだ。展示会の案内葉書も出来上がった。ご存知のように、女房は裂き織り作家だ。私が海外旅行中に、鬼のいぬまじゃないが、一生懸命作品の仕上げをしていたという。あまりにも熱中しすぎて、腱鞘炎にかかったと嘆いていた。

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 今朝、その作品が一枚仕上がった。女房の作品は大量生産できるものではなく、一枚一枚が手作りだ。この作品も、仕上げるまでに一か月ほどかかったそうだ。一品モノだけに、驚くほどの値段をつけている。それでも、ファンはいるようだ。

 Kayoさんがこの作品を見て、「ぜひ暮の展示会に出品してよ」と言っていた。女房はこの作品の売る宛があるらしく、渋い顔をしていたようだ。どうなるのか、私は知らない。

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2018年12月 2日 (日)

№4003 桟雲の会俳句世話人

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 年一回の行事で「桟雲の会俳句世話人会」が、Yamahiko先生の自宅であった。参加者は12名だった。私は、伊奈桟雲の会の事務局として参加してきた。

 桟雲の会は年々広がりを見せ、先生指導の俳句会が14句会ある。各句会の代表・事務局が集まって、基本的に年1回の会合を行っている。本年は6月に臨時の会も開かれたが…。この日の会合には、各句会の代表者がやってきた。皆さんもう何度も集まっているので、顔馴染みだ。

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 会が大きくなると、積み残しの課題も多い。先生が用意した議題は8つあった。午後1時から始まった会だが、この議題をこなすのに3時間かかった。なかでも喫緊の課題が、来年1月14日に行われる「新年句会」のことだ。

 当日のプログラム、式次第、役割分担等を決めていった。私も人がいいのか、いわれるままに様々な役割を引き受けた。プログラム作成、参加者名簿の作成、第一部句会の司会等である。こういうことは遠慮しあっていると、ぐずぐずといつまでも決まらない。私は率先して引き受けることにしている。会は午後4時過ぎまで続いた。

Simg_7559  これで終わったら、楽しみの半分はなくなる。先生の息子さんが用意してくれた料理に舌鼓を打ち、参加者全員で懇親会を行った。料理もおいしかったが、なんといっても純米吟醸酒がおいしかった。

 この会の参加者には、私のブログの読者も多い。Miyokoさんは、「毎晩、新しい記事がアップされるのを楽しみにしているわよ」と声をかけてくれた。

Simg_7564  私のとなるに座ったChizuさんは、長崎出身とのことだった。そういえば3年ほど前に、長崎から五島列島のキリスト教会を巡る旅をした。そのことを懐かしく思い出した。

 長崎の街は、坂が多いことで有名だ。登り専用の定期券があると聞き、驚いてしまった(もちろん、顔写真を出した方は、ブログに登場することを了解してくれている)。

 この懇親会では日本酒2升のほかにワイン、焼酎などが空いた。懇親会は6時半ころお開きとなったのだが、それに物足りない有志で、さらに駅前の居酒屋に繰り出した。おかげで、すっかり酔って帰ってきた。

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2018年12月 1日 (土)

№4002 映画『ガンジスに還る』

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 東京に出る機会があったので、帰りに岩波ホールで映画『ガンジスに還る』を見てきた。懐かしい場面がいくつも出てきた。

 私が、今度のキューバ・メキシコのように、単独でインド旅行をしたのはいつのことだったろうか。たぶん、1992年前後だと思う。バンコク経由でニューデリーに入った。ニューデリーで3日ほど滞在し、ジャイプル・アグラを経由して、この映画の都市ヴァラナシまでガイド付きの車で行った。今から考えると、大旅行だった。

 遠藤周作の『遠い河』を携えて、ヴァラナシには3日ほど滞在した。ヴァラナシは、ガンジス河のほとりで、ヒンディー教徒の聖地といわれる街だ。私も、このインド旅行の眼玉の地として、ヴァラナシを考えていた。それが、あらゆる面で想像以上を超える場所だった。26年ほどたった今でも、鮮明に思い出す。

 私が泊まったホテルからガンジス川までは、人力車で20分ほどかかった。ガンジス河は濁っていて、決してきれいな河とはいえなかった。ただ、その河で沐浴をしている人は多かった。汚い河の水で、口をゆすぐ人もいた。ガンジスの畔は階段になっていた。その階段に座り、しばらく河を眺めた。

 その階段の横には、老人のみの家があった。どうやら「死者の家」というのだそうだ。死んでガンジス河の畔で焼いてもらい、遺体をガンジスに流してもらうのが望みらしい。今でも思い出すのだが、その死者の家の老人は皆元気で、すぐには死にそうには見えなかった。

 ガンジス河を散策していたら、階段から少し行ったところに遺体焼却場があった。亡くなった方の遺体を遠くからきれいな布をかぶせ、運んできていた。井桁に組んだ木材の上に遺体を乗せ、焼却していた。これは神聖な作業で、観光客が見るようなものではなかった。

 さらに驚いたのは、焼却した遺体をガンジス河に流すのだが、遺体焼却場の下には野良犬がいて、遺体のおこぼれの骨を咥えていた。それもこれも含め、これがインドなのだと実感した。

 『ガンジスに還る』は、まさにその映画だった。死期を悟った父は、ガンジスで死にたいという。息子が、ヴァラナシの死者の家に連れてきて、死をみとるつもりでいた。だが、死期を悟ったといっても、すぐに死ぬわけではない。死者の家は滞在が15日と決められているようだが、その間に死ねるわけではない。

 死者の家で親しくなった夫人は、旦那は間もなく亡くなったが、彼女は18年もこの家に滞在しているのだそうだ。やがて、この映画の主人公は亡くなり、無事にガンジスで焼却してもらった。

 この映画を観ながら、悠久の大地インドを再度思った。ただ、またインドを旅したいとは思わない。日本人とみると、現地人は如何に金をふんだくってやろうかという意思が見え見えで、本当に疲れてしまった。

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