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2019年1月

2019年1月31日 (木)

№4064 花粉症の季節を前に

 毎年2月の声を聞くと憂鬱になる。そう、花粉症の飛沫が始まる。ニュースを見ると、今年は例年の1・5倍も飛ぶという。そろそろ対策を講じなければならない。例年は、健保診療所で薬を処方してもらっている。今年はどうしようか。

 女房が朝一番に病院に行くので、送っていってほしいといった。私の行き付け病院でもあるので、私も薬を処方してもらうことにした。ちょうど今飲んでいる薬も切れた。病院に行ってみたら、この日は主治医の先生が出ていた。その先生を予約した。

 1時間ほど待って呼ばれた。この先生には3か月に一度ほどお会いしている。顔馴染みだ。「どうですか」という挨拶だ。先生にはいつもの薬の処方箋を出してもらった上に、花粉症の薬を処方してもらえないか聞いてみた。昨年まで飲んでいた薬を持っていったのだ。

 その薬を見て、「うちの病院でも処方できます」といっていた。わざわざ健保診療所まで行かなくて済んだ。「エピナスチン塩酸塩」という薬で、私の花粉症にはきわめてよく効く。もう10年近く、この薬を飲み続けている。早速、この日から薬を飲み始めた。4月上旬まで飲み続ける必要があるね。2か月分、60錠の処方押してもらった。

 この日は、もう一つの課題を主治医と相談した。というのも、健保診療所で大腸のポリープを早めに除去すべき、といわれていた。そして、紹介状もいただいていた。その紹介状を先生に診てもらい、相談した。

 その先生が言うには、「私はその方の専門医なんですよ。よかったら、私が除去してあげましょうか」というのだ。願ってもない話だ。この病院でできるというのだ。2月中旬に予約が取れた。B型肝炎、C型肝炎の有無のために血液検査までした。

 女房に付き合ったつもりだったが、私の課題も解決する日だった。

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2019年1月30日 (水)

№4063 さらにTwitterを学ぶ

 先週に始まった「マイパソコン&スマホで学ぶSNS講座」の第2回目があった。この日も先週に続いてTwitterの勉強をした。

 この日の主な勉強は、ペイントを使っての画像処理だった。私も少しはパソコンを知っているつもりだったが、この講座ではいつも驚かされる技術を知らされる。なんと、自分の撮った写真でペイントを立ち上げることができるのだ。初心の技術かもしれないが、私は知らなかった。

 自分の撮った任意の写真を右クリックすると、いろいろな表示が出てくる。そのなかで「プログラムから開く」をクリックすると、ペイントのアプリが出てくるのだ。私は、ペイントのソフトを立ち上げたが、その必要はないのだね。

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 ペイントを立ち上げて作ったのが、Twitterの表紙になるヘッダーだ。先生はいろいろな画像を用意してくれていたが、私のパソコンにはたくさんの画像が残っている。その中で、昨年のキューバ旅行の写真を活用することにした。ハバナの飲み屋のヘミングウェーの画像だ。

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 そしてアバターを付けて作ったのが上図のTwitterだ。あまり皆さんに紹介できるページではないが、それでも練習で記事をいくつかアップしてみた。「図書館で本を読んでいるよ」とか、「今日の読売地方版に桟雲の合同作品展の記事が載ったようだ。早速参加したいの申し込みあり」など、日ごろのちょっとした出来事だ。  5~6本の記事をアップしてみたが、意外と簡単に記事を書くことができるのは便利だ。先週も言ったが、いろいろ試してみてこれがいいと思うなら、皆さんにも紹介した。 Photo_3  Twitterのページを作ってびっくりしたのだが、わが俳句のYamahiko先生が、毎日、記事と新しい俳句をアップしていることだ。先生はまめな人だ、と改めて見直した。 Photo_4  私は、スマホで写真を撮ることはほとんどない。ところが、このTwitterは速報性と同時性があって、スマホで撮った写真をそのまま記事にアップするのがいい。さらに、この日はハッシュタグで友だちを集める方法も知った。  講座はまだまだ続く。Twitterをやるかどうかは、講座が終わった後に決めたい。

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2019年1月29日 (火)

№4062 サッカーアジア杯、日本難敵破る

 UAEアラブ首長国連邦で開かれている「サッカーアジアカップ」を予選から観戦している。下馬評では日本は優勝候補にあげられていたが、予選リーグを見る限りとても優勝候補とは呼べない試合をしていた。相当格下の相手にも辛勝だった。大丈夫かな。

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 そして昨晩行われた試合が、優勝候補筆頭のイラン相手だった。試合前のオッズを見ても、イランに対して勝つ確率は半分だった。イランは、対アジア公式戦では39連勝という。さらに、昨年のロシアワールドカップに出場したほとんどの選手が、残って出場していた。

 データを見ても、ここまではほぼ圧勝して勝ち上がってきている。その上に、今まで1点も取られていない。エースストライカー・アズムンも健在である。日本が勝つ要素は少ないかなと思いながら観戦した。

 ただ、日本にも明るい話題がある。試合欠場していたエースの大迫勇也が、5試合ぶりに返ってきたことだ。彼は、前の試合のヴェトナム戦で途中出場したのだが、出る前と出た後では、日本の試合の運び方がまるで別チームのように変わった。大迫の代わりを務めていた北川航也には、ほとんどボールが集まらなかった。信頼がなかったのだ。

 それが、大迫が出ると、彼を起点にボールが回るようになった。本当に頼もしいエースである。イラン戦も初めから大迫が出るというので、一方的にはならないだろうと期待していた。

 さて、試合は前半戦は一進一退だったが、若干日本が押され気味だったかな。こういう試合は、先取点がものをいう。危ない場面もあったが、日本はしのぎ切って前半戦を終えた。

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 そして後半戦の11分、南野拓実のセンターリングに大迫がジャストタッチ、頭で合わせて先取点を獲得した。こういうデータもあった。イランは先取点を奪われると、ほとんど勝てていない。10連敗という。データは嘘をつかないね。

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 その後も、相手のハンドでペナルティキックを得、またも大迫勇也が決めた。ネットでは、「大迫は半端ねえ~~~~!!!」と大盛り上がりのようだ。試合終了間際にも日本は追加点を得て、この日の試合は完勝した。日本のデフェンダーの冨安健洋の活躍も見事だ。彼は、まだ20歳だという。こういう新しいメンバーが出てくるのも強い証だ。

 私がいつも不満に思うのは、FIFAワールドランクだ。イランが第29位でアジア№1、日本は第50位という。そんな馬鹿なことはないだろう。少なくとも、20位前後の力はある。あるいはそれ以上かもしれない。さらに言うと、アジア№1を誇るイランのラフプレーは、目に余るものがあった。恥ずかしくないのかね。

 さて、2月1日には決勝が行われる。順当に勝つことができるだろうか?

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2019年1月28日 (月)

№4061 俳句作品展の新聞紹介

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 昨年の11月から12月にかけて、「三句会合同作品展」を行った記事を紹介した。その記事にも書いたが、「埼玉中央よみうり」の記者が取材に来ていた。その記者は、「1月25日の新聞の載ります」といって帰って行った。

Img_7983  その載った記事の見本紙が送られてきた。この新聞は上尾、桶川、伊奈町など限定的に配られているので、ご覧になった方は少ないかもしれない。

 仲間の中で新聞を見た方からさっそく電話があり、「新聞の記事が載っていたよ。句会の中で作品展に行けなかった方もいたので、作品を送ってくれないか」と依頼があった。掲載作品はデータとして残っていたので、さっそく添付ファイルとして送った。その方からは、着いたとも着かなかったとも返事がない。

 結構、関係者でなくとも、一般の方も新聞を読んでいるなと実感した出来事もあった。全然知らない方から留守電が入っていた。折り返し電話をしてみたら、「今朝の新聞で作品展の記事を読んだ。大変興味深い話なので、私も俳句をやりたいと思った」とのことだ。

 新聞にはこういう反響もあるんだね。もちろん大歓迎だ。見学がてら句会に来てみたら、と招待した。ただし見学するには、自分が作った俳句5句を携えてくるようにと話しておいた。

 俳句初心者とのことだが、「わかりました」と言っていた。次の句会には見学がてら参加するとのこと、果たしてどういう人が来るのかな。意外と初心者といいながらも、良い俳句を持ってくる人がいるものだ。楽しみである。

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2019年1月27日 (日)

№4060 大坂なおみ、全豪征す

 昨日は多くの人が観たと思うが、全豪オープンテニスで大坂なおみが見事優勝を果たした。午後5時半から8時過ぎまでの試合だったので、日本のゴールデンタイムの放映された。私のような「にわかテニスファン」も観ただから、ずいぶんたくさんの人が観戦しただろう。

 相手は、チェコのぺドラ・クビトバであった。クビトバは、この決勝戦まで1セットも失っていなかった。更にサウスポーから繰り出されるサーブには、これまでの対戦相手は苦労していた。下馬評でも、大坂とクビトバは互角であった。

 クビトバはウィンブルドンを2度制覇したが、2年前に自宅で強盗に会い、利き腕の左手を負傷したようだ。再起不能とまでいわれたが、見事復帰した悲劇の女王だ。大坂なおみは、これまでサウスポーとは対戦してきてなかったし、もちろんクビトバとも初対戦だ。

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 観戦していても、果たしてどちらが勝つのか予想は難しかった。ところが、大坂には絶対の強みがあった。これまで第1セットを取ったら、59連勝である。その第1セット、一進一退の攻防が続いてタイブレークになった。そのタイブレークに勝って、第1セットをものにした。

 第1セットを取ったので勝ちかなと思ったが、そうはいかない。第2セットはクビトバの逆襲にあった。大坂はブレークポイントを2つも取ったが、勝ちを意識し過ぎたせいなのだろか、そこから逆転され、第2セットを失ってしまった。平常心を失っていたのだろうか。

 第3セットに入る前に、大坂はトイレタイムを取った。ややもすると、以前の大坂は精神的に弱かった。一度均衡が破れると、そのままズルズル行ってしまう傾向にある。ところが、そのタイムの間に精神的に立ち直ったのだろう。

 第3セットには、また強い大坂に戻っていた。それにしても、恐るべき21歳だ。第一サーブは、錦織に負けない192キロの強打だ。さらに、ストロークプレーでも随所に正確な返球を返していた。そのうち、クビトバのスライスサーブにも慣れてきたようだ。第3セットは安心してみていられたね。

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 見事2対1で勝ち、全豪オープンを征した。昨年9月に行われた全米オープンに勝って、これで二冠達成だ。さらに、全仏オープン・ウィンブルドンに勝つとグランドスラムになる。彼女にはその予感がある。何しろまだ21歳だ。今後、どのくらいの伸びしろがあるかわからない、成長途上の大坂なおみである。

 それにしても凄まじい選手があらわれたものだ。大喝采を送りたい。

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2019年1月26日 (土)

№4059 田舎の同級生で新年会

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 恒例の行事になっているが、田舎の同級生で新年会を行った。例年は14~5人集まるのだが、今年は10人と少々寂しかった。会場は、神田のお蕎麦屋さんだ。この会場は、2~3年前にも一度利用したことがある。

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 同級会の新年会は、たいがいは私が世話人を務めているのだが、今回はKinちゃんが「私がやりましょう」とかって出てくれた。すべて彼まかせだ。

 どうしてもこうやって集まると、病気の話になるね。今回も常連のMutsukoの顔が見えない。どうしたのか聞いてみたら、脚立から落ちて腰の骨を折ったのだそうだ。そういえば、これも常連のToshioもどこかで落ちて、あばら骨3本ほど折ったと話していた。皆それぞれ歳を重ねているので、無理は禁物だね。

 病気といえば、今回幹事を引き受けたKinちゃんも小学校の頃は弱かった。ほとんど学校には来ていなかった。どうしたのか思い出してみると、腎臓病で欠席を余儀なくされていたという。それが今ではぴんぴんだ。

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 6回も干支を越してみると、われわれも年取ったが、子どもたちも歳を重ねている。今回参加した女性の子どもは、すでに50歳になったと話していた。今では子どもの話が話題ではなく、孫の話で盛り上がっていた。

 それにしても、元気な間は新年会をやり続けようとこもごも話した。蕎麦屋を出て、カラオケ組とお茶組に分かれた。私には、カラオケなどやる元気は残っていない。

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2019年1月25日 (金)

№4058 今年初めてのゴルフ

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 昨年のクリスマスゴルフの日に決めたのだが、今年初めてのゴルフをマイコース・オリムピックレイクつぶらだでやってきた。天気予報ではこの日は風が強くなりそうだ。まっきぃから電話があり、「風が強いというから中止にしないか」と言っていた。その時には、私はすでにゴルフ場に向かっていた。

 今日どうしてもゴルフをやりたい、と提案したのは私だ。というのも、クリスマスゴルフの抽選会で昼食券が当たったのだ。どんな高いものを食べてもOKということで、ゴルフをやる気になっていた。

 朝スタートした時にはそれほどでもなかった風も、午後になって急に強まった。そう、7~8mほど吹いていたかしらね。ゴルフは微妙な心理戦の要素があり、コンデションが変わるとガラッと変わってしまう。私は、午前中はまずまずのスコアで回っていたが、風が吹き始めたらいつもの調子に逆戻りだった。

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 それにしても、Masaoちゃんはどうしたことだろうか。2~3年前までは腕の調子が悪く、まともにクラブを振れなかった。それがどうだろうか、今では絶好調だ。スタートホールこそダブルパーを叩いていたが、その後はどんどんパーを取っていった。この風の強い中、18ホールで8個もパーを取ったのだからすごい。彼のゴルフを見ていると、アプローチとパターが絶妙だね。

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 それに対して、まっきぃはわがお友達だ。ラウンドで6枚のハンディをいただいているが、これだけもらうと負けないね。12月も完勝だったが、この日も1打差で勝利した。それも、最終ホールで彼がダボを叩き、私がボギーの辛勝だった。このハンディはいいね。

 さて、この日の目的は、無料昼食券でただ飯を食べることだ。うなぎでも食べてやろうと思っていたのだが、残念ながら一番高いメニューがロースかつ定食だった。まあ、しようがないのでロースかつにした。それにしても昼食がタダだと、プレーフィーは安いね。

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2019年1月24日 (木)

№4057 横浜市の浄水場見学

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Simg_7950  今年に入って二度目の東京シニア自然大学NEXTの講座があった。今回の見学先は、横浜市の「西谷浄水場」だ。相鉄線の上星川駅で降りて、歩いて10分ほどのところだった。NEXTでは、以前から浄水場見学を企画していたのだが、なかなか実現しなかった。

 そういう意味では、待望の講座だ。入口の掲示板には、『東京シニア自然大学ネクスト様」の看板が掲げられていた。この日の参加者は21名だ。これぐらいが、一グループで見学するのにちょうどいい人数だ。

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Simg_7951  この浄水場には「横浜水道記念館」があり、説明の係員がわれわれを待っていた。こういう施設を見学するのには、ただ漫然と見学するだけではなく、きちんと係員の説明を受けたほうがいい。しかも無料で説明してくれるというのだから、ありがたい話だ。

 記念館の説明では、横浜の歴史から、水道の歴史までを話してくれた。明治以前は、横浜は100戸ばかりの小さな村だったようだ。ペリー来航とともに横浜が開港都市となり、急激に開けていった。それとともに、水需要も飛躍的に伸びたようだ。施設が需要に追いつくのは大変だったようだ。

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 横浜には、浄水場が三か所あるという。いずれも、水は相模川、相模湖、酒匂川などから引いてきているようだ。ここの浄水場は、水が相模湖から約13時間で到着する距離とのことだ。この記念館で1時間ほどの説明があった。

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 次に向かったのが、記念館の隣にある浄水場だ。前半の説明員と後半では担当者が変わった。ここでは、浄水場の仕組みをビデオ等を使って丁寧に説明してくれた。さらに、沈殿池、濾過池、配水池などの現場も見学できた。ダムの水が、どのようにして水道水に変わっていくのか、よくわかった。

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Simg_7963  説明の最後に、浄水場でできたばかりのほやほやの水を飲む場所があった。蛇口からあふれるばかりの水を賞味したが、気分は美味しかったね。

 この浄水場は、小学生にとっては格好の社会見学コースのようで、横浜の小学生が年間10,000人も訪れるとのことだった。われわれのような社会人も、1,000人は来ると話していた。

 今までもNEXTでなければ訪れることがないだろう場所をたくさん見学してきたが、この浄水場もその部類に入る。見学できてよかった。

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2019年1月23日 (水)

№4056 記念日にSNS講座受講

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 長年続いている習慣だが、一年に最低一回はNaoko先生のパソコン講座を受講している。今回も「マイパソコン&スマホで学ぶSNS講座」を受講することにした。1月から2月にかけての火曜日開講で、全6回の講座だ。

 私のブログも、広い意味でいってSNS(Sociel Netoworking Services)ではあるが、今回勉強するのは、Line/Facebook/Instagram/FacebookのSNSについてのようだ。今まで私はブログだけで、他のSNSには手を付けてこなかった。このSNSをやるかどうかはわからないが、一通り勉強だけはしてみよう。

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 今回の講習会場は、埼玉県民活動総合センターの一般教室だった。受講生には、マイパソコンとスマホの持参が必要とされた。私はモバイルパソコンを持って行ったが、受講生も大概はパソコンを持っていたようだ。そして、スマホは全員が持っていた。

 SNSは何かという定義の説明から、wi-fiの設定の仕方まで教えていただいた。この教室には、すでにwi-fi設定がなされていた。そして、すぐにでもインターネットに繋がる環境があった。どうもパソコンを前にすると、先生の講座聴講がおざなりになってしまう。wi-fi設定をしたつもりでいたのだが、「データ使用量」がどんどん上がっていった。サブ講師に聞いてみたら、この教室でのwi-fi設定がまだだったようだ。

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 この日は、SNSの中でもTwitterのアカウントを取って立ち上げてみよう、とのことだ。まずは、スマホにTwitterのアプリをインストールした。アプリの立ち上げ画面は、無料アプリでいっぱいになってしまった。

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 Twitterのアカウントを取り、さっそく記事を投稿した。アカウントは、いつもの【シンさん】だ。「Twitterの勉強をしているよ!」と書いて、アップした。これがどういう効果を生むのかはわからない。まずは初日にアップできたので、よかったのじゃないか。

 ところで、今日はある記念日だ。Naoko先生に「今日は何の記念日か覚えていますか」と聞いたら、「そうですね、ブログの開設記念日でした。シンさんとも随分長い付き合いになりましたね。もう何年になるかしら」と覚えてくれていた。

 今日は、「シンさんちの繭の里通信」11歳の誕生日です。この日にTwitterの開設をしたのも、何かの縁かしらね。ただ、今後Twitterを続けるかどうかは未定である。トランプが、Twitterのイメージを悪くしてしまったね。

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2019年1月22日 (火)

№4055 終日テニス観戦

 昨日は、朝から晩までテニス観戦で過ごした。ご存知のように、オーストラリアのメルボルンで「テニス 全豪オープン」が開かれている。昨日は準々決勝戦で、大坂なおみと錦織圭が登場した。

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 朝10時に登場したのが大坂なおみだ。対戦相手は、第13シードのラトビアのアナスタシヤ・セバストワだ。昨年全米オープンで優勝した大坂なおみには迫力がある。サーブのスピードが180kmを超える。男子選手に迫る速さだ。先日対戦した台湾の選手が130km前後だったのに比べて、明らかにスピードの差があった。

 昨日も、第一サーブを決めていたら何ら問題がなかったはずだ。ところが、イライラするほど第一サーブに失敗していた。第二サーブでは、迫力が半減する。昨日苦戦した一つの原因にあげられる。さらに、アンフォーストエラー(自分が起因となってミスショットをしたこと)も多かった。相手選手の倍くらいはあったのではないか。

 それでも、大坂は尻上がりに調子を上げてきた。第一セットは失ったものの、第二セット・第三セットを取り、順調に勝ち上がった。サッカーの「世界ランク」はあまりあてにはならないが、大坂なおみの世界ランク第4位は本物だ。この調子なら、まだまだ勝てそうな予感がした。

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 そして、午後4時に登場したのが錦織圭だ。この試合は凄まじいものだった。対戦相手は、スペインの第23シード、パブロ・カレノブスタだ。この試合でも大坂同様、錦織は第一サーブが決まらないし、アンフォーストエラーを連発していた。

 第一、第二セットを失い後がない。錦織は、今まで絶体絶命のピンチをものにしてきている。ただ、この日はダメだろうねと思いながら観戦した。ところが、ここから錦織の真骨頂が始まった。第三セットをタイブレークの末に取り、第四セットも辛うじてものにした。

 そして皆さんも見たと思うが、第五セットの死闘である。このセットもタイブレークに突入した。一試合で三度のタイブレークなど、見たことも聞いたこともない。試合時間も5時間近くになっていた。

 そして第五セットのタイブレークも、再終盤、錦織が5対8で負けていた。そしてカレノブスタのサーブが2本続く。テニスでは、サーブは有利に働く。特に男子テニスは、第一サーブで決まる確率が高い。ただ、この日は錦織のサーブも不調だったが、カレノブスタの第一サーブはほとんど失敗していた。ただ、彼は尻上がりにサーブの調子がよくなってきていた。

 これで終わりかなと思ったら、錦織がそこから奇跡を起こした。タイブレークの最後の5本を連続して取り、なんとなんと劇的な逆転勝利だった。イヤ~~、錦織の精神力というのは並大抵でなかったね。

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 さらに驚いたのは、彼の体力だ。テニスの個人戦というのは、すごい運動量だ。それを5時間も維持し続けるなんて、これは体力だけでなく精神力の賜物と思ったね。相手もすごかったが錦織はすごい、改めて見直した。

 日本選手で男女そろってベスト8に進出したのは初めてとのことだ。錦織は、次の相手はほとんど勝ったことのないジョコビッチだ。この試合のように健闘してもらいたいものだ。

 それにしても、ゴールデンタイム6時間近く放映し続けたNHKにも敬意を表したい。

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2019年1月21日 (月)

№4054 女房の新車来る

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 那須から帰ってきたら、駐車場に女房の新車が停まっていた。スズキのスペーシアという車で、真っ青な色だった。昨年の暮、女房が新車を買っていいか相談に来た。家計に迷惑が掛からないならいいのじゃないか、と返事しておいた。

 前に乗っていた車は、買った当初から気に入らなかったようだ。色が悪いとか形が悪いとかさんざん文句言っていた。6年ほど乗っていたのだが、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。そして、ついに新車に切り替えることにしたようだ。

 そもそも、わが家には車は一台しかなかった。ところが私の定年後、私が乗り回すものだから、女房は自分で車が自由にならなかった。それが夫婦の喧嘩の種にもなった。ついにしびれを切らして、女房は自分の車を手に入れたのだ。自分の車を持てて、女房は自由を確保したようなものだ。

 最近では、女房は私の車プリウスには一切手を付けようともしない。ゴルフに行くのにもマイカーである。ただ、自分の自由が確保できたら、今乗っている車が気に入らないと絶えずブーブー言っていた。そして、ついに新車を買う決意をしたらしい。

 私のプリウスは、乗ってもう7年目になる。走行距離も10万キロを突破した。最近でこそ乗り回すことは少なくなったが、極めて快調だ。ここまで一度も故障などなかったし、トラブルもなかった。

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 さて、新車とはどういうものだろうか、試乗してみようとした。エンジンをかけてセレクトレバーをR(バック)にいれたが、動かない。何かセフティモードになっているのかしらね。面倒なので女房に動かし方は聞いていない。

 衝突防止装置が付いたとか、居眠りをすると警告を発するなどの新装置がついていると自慢していた。「この車は、私の生涯最後の車」と言っていたが、さて、また何年かすると飽きてくるのじゃないかな。

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2019年1月20日 (日)

№4053 真冬の那須の楽しみ

 真冬のこの時期に那須に来る最大の楽しみは、温泉である。何はさておき、温泉に行こう。行った温泉は、いつもの『自在荘』である。車で7~8分のところにある。

 すでに女将さんとは顔馴染みで、「今なら空いてますよ」といっていた。いつものことだが、温泉に入る前に冷水を一杯飲んだ。

 温泉には誰も入っていなかった。こんな寒い時期にわざわざ温泉に来るもの好きはいないようだ。広い浴場を独り占めした。入ってみると、物凄く熱かった。いや温泉が熱いのではない、私の体が冷え切っていたのだ。じっくり入り、体の芯まで温めた。

 体を洗った後、露天風呂に移動した。裸で外に出るので、物凄く寒かった。ぶるぶる震えてしまった。露天風呂でもじっくり体を温めた。誰も入っていない浴場は、寒風が吹き募る音だけが響いた。人声は聞こえない。ここでも、またじっくり入った。

 さらに、この温泉にはミストサウナがある。汗を出すには最適だ。10分も入っていると、汗がダラダラ流れてくる。今回も、いつものようにミストサウナで10分ほど過ごした。無駄な贅肉が絞られる気分だ。ただ、この程度の汗では、体重は減らないだろう。

 それでも、すっきりした気分で出た。最後に体に冷水を浴びて、帰ってきた。寒かった体が、ホカホカしていた。寒い時は、温泉に限るね。

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2019年1月19日 (土)

№4052 さて、沢庵はどうなっているかな

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 昨年の12月末に漬けた沢庵はどうなっているだろうか。漬物樽に大きな石を5個ほど積んで重石として漬けていた。問題は水が揚がっているかどうかだ。重い石をどけてみた。

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 何とか充分ではないが、水が揚がっていた。本当はもっと水浸しになっているのがいいのだが…。蓋をどけて、沢庵を一本取り上げた。味見をしてみよう。

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 取り上げた沢庵は、急きょ追加して漬けた沢庵だ。食べてみたが、まずまず美味しいかった。ただ、大根の辛味がまだ残っている。本当は、この辛みがなくなったら完成だ。もう一歩だね。再度樽に石を載せて、漬け続けた。

 まあ、それでもあまり漬かり過ぎると美味しくなくなる。今回、樽ごとに自宅に持ち帰ろう。自宅だけでは食べ切れないので、近所にもご賞味いただくことにする。首を長く待っている横浜の義兄にも送っておこう。

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2019年1月18日 (金)

№4051 今年初めて那須へ

 予定表が空白だったので那須に来ている。前々から、女房に那須に行くことを催促されていた。というのも、前回那須に財布を忘れてきてしまっていた。財布には銀行カードが入っていて、お金が下せないで困っていた。財布を忘れたのが発覚したのは、自宅に着いてすぐのことだ。伊勢旅行を控えて、すぐにでも那須に帰るように慫慂されていたが、この日になってしまった。

 さらに、繭の里管理事務所からも電話が入っていた。「水道栓の水が漏れているので、止めておきました。今度那須に来たら、正式に水道栓の締め方をお教えします」というのだ。私が締めていたのは、正式なやり方ではなかったらしい。さらに、

 沢庵の様子も見てくる必要がある。漬けてからもう一か月ほどになるので、そろそろ食べ頃かもしれない。

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Img_7930  那須は寒いだろうね。まあ、仕方がないと慣れた新4号線を通って那須に向かった。本当にいつも同じなのだが、きちんと3時間で那須に着いた。早速管理事務所に行き、水道栓の締め方の教授を乞うた。ウッドデッキの下に水止めの栓があるのだが、今までこの栓は使っていなかった。

 今までは元栓を閉めていて、このバルブを閉めたことはない。どうやら、元栓のバルブがばかになっていたらしい。今後はこの栓を閉めるようにとのことだった。それにしても、今年は暖かいので、水道栓が凍り付いたという苦情はないらしい。

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 とはいっても、やはり那須は寒い。朝起きて温度を見たらマイナス2度だった。さらに外に出てみたら、うっすらと雪が積もっていた。いつも聞かれることだが、「那須は雪が深いのでしょうね?」。ところが、繭の里は標高500mで雪が積もることはほとんどない。

 たとえ雪が降ったとしても、たいてい2~3日で融けてしまう。ただ、スタッドレスタイヤは欠かせない。昨年の暮に、スタッドレスタイヤに履き替えていたので、安心して那須に来れるんがいい。

 今回は3~4日那須に滞在するつもりでいる。

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2019年1月17日 (木)

№4050 伊奈桟雲の会定例句会

 「桟雲の会」の新年句会の次の日に、わが伊奈桟雲の会の定例句会があった。今月になって、5回目の俳句の記事である。いくら俳句仲間の読者が多いからといって、少し多いような気もするが、やむをえない。

 伊奈桟雲の会は10名の会員がいるが、1月というので最初は全員総揃いだった。2人ほどは中座したのだが。課題は、兼題一句、雑詠五句である。この六句を揃えるのに、毎月苦労している。さらに、前日は「桟雲の会」用に別の二句も必要だった。

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 さらにわが句会のために、私は機関紙作成の任務も負っている。今月は機関誌第83号を作成したので、次号でもうまる7年になる。16頁になる小冊子だが、この作成はもう慣れたものだ。とはいっても、ほぼ一日がかりの仕事ではある。表紙には、次号の兼題の絵を載せているが、この絵はネットで拾ったものだ。

 この小冊子はいいとして、肝心の俳句がどうなるかだ。先日も申し上げたように、年末年始で伊勢・志摩旅行をしてきた。その旅行で大半の着想を得た。そして、この日の句会で先生から丸が付いたのは3句であった。丸をもらえない句は出してはいけないというから、今日は丸がついた3句を紹介したい。

カウントダウン見上ぐる夜空冬銀河

 先生の講評は、「夜空と銀河はくっつきすぎている。見上ぐる空の冬銀河にしたらどうか」という評だった。

カウントダウン見上ぐる空の冬銀河

お焚き上げ串をかざして年の餅

 「焚き上げ」は季語ではないが、「年の餅」に近すぎるフレーズだ。ただ、これにもかろうじて丸がついた。ただ添削を受けて、下記の句で取っていただいた。

焚き上げに串をかざして年の餅

伊勢路きて門に笑納注連飾

 伊勢神宮に参拝するときに、参道の近くの家々に「笑納」と書いた注連飾りが下がっていた。関東ではついぞ見かけない注連飾り、と思い詠んだ。ただ、この表現ではわからない、という講評だった。添削句は以下の通りだ。

伊勢路では門に笑納注連飾

 午後1時に始まって、午後5時までの句会は無事終了した。いつも集中しているので、終わった後はぐったり疲れてしまう。さらに、前日のアルコールも若干残っていた。

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2019年1月16日 (水)

№4049 新年句会懇親会

 昨日の記事の続きになるが、午前の新年句会に引き続き、午後は会場を移して懇親会が開かれた。懇親会場は、大宮駅から徒歩1分のレストラン「セランディピティ」である。

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 宴会に入る前に、全員で記念写真を撮った。立派な盛花を手配してくれたのは、矢張り世話人のSayokoさんだ。タイトルの立派な文字を書いてくれたのはTaeさんだ。実は、下見で隣のデパートの花屋に行った。デパートの盛花は、飛び上がるほど高かった。そこで、彼女は知り合いの花屋に掛け合ってくれたようだ。

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Simg_7902  宴会に入る前に、本年度の「第二回桟雲賞」、「第二回桟雲新人賞」の授与式があった。4人の方がいて、それぞれの方に賞状と記念品が授与された。わが「伊奈桟雲の会」にも有力な対象者はいるのだが、残念ながら今年は選ばれなかった。いずれ2~3年内には受賞するものと思うのだが。

 受賞者は、それぞれ喜びの言葉を述べていた。その一人の方と懇親会場で話したのだが、彼女はものすごい苦労を経て、ようやくここにたどり着いたようだ。離婚を経験し、再婚相手は施設に入っているという。その一つ一つの苦労が、俳句の端々ににじみ出ているのだろう。

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Simg_7915  儀式も無事に済んで、さて乾杯となった。この店は2時間半飲み放題で、料理も6品用意されていた。ただ、アルコールは十分だったのだが、女性の参加者が多い会では、食べ物はあっという間になくなってしまう。この店は持ち込み自由とのことで、機転を利かせた世話人が、隣のデパートでお寿司を買ってきてくれた。

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 イベントは、Senshuさんのお得意の詩吟だ。新年をこ言祝ぐ詩吟のほかに、この日の最高点を取った句を謡ってくれた。彼は私の一回り先輩であるが、まだまだ元気だ。朗々と謡う声にも伸びがあった。

 世話人の苦労が報われて懇親会も大変な盛り上がりを見せたが、やがて時間が来た。私が一本締めをしてお開きになったのだが、これでは終われない。飲み足りない、話し足りない有志が集まって、二次会場に繰り出した。15人近くいたのじゃないかな。

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 この日の最高得点者も、もちろん参加した。この頃になると参加者同士がすっかり打ち解けて、盛り上がりも最高潮だった。今日のヒーローも、調子に乗り冷酒をぐびぐび飲んでいた。仕舞には、すっかり酔いつぶれたようだ。同じ句会の人が最後まで面倒見ると言っていたが、さてどうなったのだろう。

 夜8時前にお開きとなった。私も久し振りに酔って、千鳥足でようやく自宅にたどり着いた。その後の話だが、先生を含めた有志は、三次会まで行ったようだ。「11時まで飲んでいたよ」という話を聞いて、驚き呆れてしまった。

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2019年1月15日 (火)

№4048 大宮で新年句会

 大宮で桟雲の会主催の「新年句会」が開かれた。この会は二部構成になっており、午前は句会が開かれ、午後は懇親会が開かれた。

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 午前の句会の会場は、大宮ソニックシティの会議室だ。私はこの会場に初めて入ったのだが、広々としていて、この日の参加者36人には十分の広さだった。指名を受けて私が司会をしたのだが、9時から開始した句会も時間があるようでない。わが句会のTaeさんとYukoさんが大車輪の活躍をしてくれ、なんとか時間内に収めることができた。

 なんといっても大きかったのが、先週行った下見打ち合わせ会だ。ここである程度のアウトラインができたので、句会の進行はすみやかに行えた。36人の参加者がそれぞれ二句持ち寄ったのだが、どれだけ時間をかけずに清記できるかが、句会進行のカギとなった。幸い20分ほどでコピーも済んだ。

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 さて、その清記表に基づいての選句作業だが、30分で行うように要請したが、結局40分かかった。36人が二句の提出で、計72句の選句作業は大変だったのだろう。10分の休憩をはさんで、披講はわが高校の先輩Senshuさんが行った。30分の目論見でいたが、50分かかったのはやむを得ない。

 それぞれ選ばれた句は、皆、素晴らしい出来栄えだった。ただ、圧倒的な票を獲得した句があった。本人の了解がないのでここでは紹介できないが、11票の点数が入った。私が作った二句は、残念ながらほとんど評価を受けなかった。

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 披講に引き続き、先生の講評があった。本来はじっくり講評していただくはずだったが、時間が押せ押せだったので45分位とお願いした。先生も配慮してくれたのか、講評時間は35分位で済んだ。その時間内で一あたりコメントを付けてくれたのはありがたかった。

 会員の選句対象にはならなかった私の句にも、先生の講評が入ったのはありがたかった。私が作った二句をここに紹介したい。

伊勢神宮参道砂利に淑気満つ

古稀になほ十年連用日記買ふ

 先生のコメントでは、「会員には選ばれなかったが、問題のない句だ。特に古稀になった作者に甘い点かもしれないが・・・」と話していた。午前の句会は、大過なく無事終了した。世話人としてホッとした。

 この記事が長くなったので、懇親会の様子については次の記事としたい。

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2019年1月14日 (月)

№4047 2018年はどのくらい本を読んだのか

 これも毎年年初記事として書いているが、さて2018年は何冊本を読んだのか。私はパソコンにいろいろなデータを入れているが、特に大切にしているデータが「読書記録」である。2003年からの記録だから、もう16年にもなる膨大なものだ。

 さらに、読んだ本を月単位・年単位で記録した「読書ノート」は、3,302冊になっている。このノートも1991年からのものだが、正確に記録し始めたのは2000年からだ。データ量で見ると1.13MBであるから、ギガバイトのデータとなると膨大なものだ。

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  さて、年間の読書量の表を添付してみた。現役時代は、年間100冊前後の読書冊数だったが、定年になって2007年以降は跳ね上がっているのがわかる。しかも、読了頁数も年々増加している。

 そして、昨年はわが人生最大の読書量、171冊・67,705頁の本を読んだ。1か月平均で14.25冊・5,642頁だった。2日に一冊弱の本を読んでいる。しかもほとんどが400頁以上の厚い本だ。

 ただ、私の読書にも弱点はある。次々と新しい本に手を出すために、ややもすると読んだ本の内容がおろそかになってしまう。読んではすぐに忘れてしまう。先日もある本を読んでいて、何か前に読んだ記憶があると思って調べたら、3年前にすでに読んでいた。まあ、そういうことがあるのもやむを得ないね。

 さて、昨年読んだ本171冊をプリントアウトして眺めた。いつも言っているように歴史小説が大好きなのだが、昨年一番たくさん読んだ作家が内田康彦の本で、計17冊あった。内田康彦は、残念ながら昨年の3月13日に亡くなった。彼の小説は、亡くなってから読み始めたようなものだ。私の中では、浅見光彦はもうおなじみの主人公になった。

 次に多かったのが、意外にも諸田玲子の小説だ。諸田の作品は8冊読んでいる。諸田の歴史小説も大好きで、彼女の作品は、読んだらすぐに作中に没入できるのがいい。諸田に似た歴史小説を書く植松三十里の作品も好きだ。植松の作品は、昨年は4冊しか読んでいないが、もうすでにほとんど読み終わっていて、もう読むものがない。

 今熱中している作家は、歴史小説を書く人ではないが、馳星周、堂場瞬一、楡周平の三人だ。昨年は馳星周の本は8冊、堂場瞬一の本は6冊、楡周平の本は5冊読んでいる。いずれの作家も、ジャンルは冒険小説だろうか。

 以前、私が大好きな作家は佐々木譲、逢坂剛、大沢在昌の三人だったが、彼らの本は読み尽くしてしまい、新たな新刊でも出ないと読むものがなくなった。特に逢坂の「スペイン物」は好きで、再度読んでみてもいいかなと思っている。

 いずれ頭が痛いのは、読みたい本がだんだん少なくなってきていることだ。那須に「世界文学全集」、「日本文学全集」があるから、それへの挑戦もいいかなと思っている。ただいずれも二段組で、ページ数を稼ぐには不適だ。

 これまで読んできたので、頁数を稼ぐ読書も一段落かなと思ったりもしている。

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2019年1月13日 (日)

№4046 昨年書いた記事ベスト10

 これも年に2~3回やっている試みだが、一体私は毎日何の記事を書いているのだろうか、2018年を解析してみたい。2018年1月1日№3666号で開始した記事は、12月31日で№4032号になった。毎日書いているから、一年間で366本の記事を書いたことになる。

 ブログにある【カテゴリー】欄で、一体何を書いてきたのか調べてみた。これは、一年間自分がどういう生活を送ってきたのかを見る有効な手法である。カテゴリー欄は34あるが、上位10カテゴリーを見てみたい。

①那須【あるるのいえ】 61本

 この記事数は、延べて61日間那須に行ったことを表している。このブログの『繭の里通信』は、那須の別荘地の地名からとった。そもそもブログをはじめようと思ったのは、那須での生活を書きたかったからである。

 今年で12年目になる那須での生活だが、当初は年間100日も那須に通っていたが、徐々に少なくなっているね。昨年で借りていた畑を返却したので、今年はもっと少なくなるかもしれない。ただ、今年のゴールデンウィークの10日間は、那須で過ごすつもりでいる。そういう意味では、那須は私にとって重要な隠れ家でもある。

②海外旅行 34本

 海外旅行の記事は、準備段階から現地報告までいろいろ書いた。この旅行期間中のブログアクセス数が跳ね上がるので、この旅行は当分やめられないね。今でも、キューバやメキシコの様子を夢にまで見る。本当に楽しかった。

 さらに、何より忘れられないのが、キューバでNaoko先生のブログにコメントを付けたら、即座に返事をいただいたことだ。さらに、彼女のブログで私のブログ紹介をしたら、その日のアクセス数がピ~ンと跳ね上がった。Naoko先生その記事を記念にリンクしておく。

③東京シニア自然大学 32本

 東京シニア自然大学のオープン講座も、いまやブログの主要記事だ。私は、サラリーマン時代は業界人との付き合いしかなかった。この学校に通って、様々な人と知り合えたのは大きい。変な人もいて、級長のような名物人とも会えた。ちなみに、「級長」というあだ名をつけたのは私だ。

 今年も、すでに4月からのラインナップが発表されている。全部で23講座が予定されているが、魅惑的な講座が多い。さらに、4月には本科からNEXTに加入する新メンバーも増える。昨年、この学校の入学を勧めたKiyokoさんも、入学してよかったと大変喜んでいた。彼女も、新たなNEXTメンバーとして一緒に活動できそうだね。

④俳句 27本

 以前にも書いたが、俳句同好のメンバーのブログアクセスが増えている。会う毎に私のブログ記事が話題になるのは、ありがたいことだ。同好の仲間のアクセスが増えるのはいいのだが、私の俳句の腕は一向に上がらないのは情けない限りだ。加齢により、感性が鈍っていると感じている。とはいっても、いろいろな役柄を担っているので、ここでやめるわけにはいかない。

⑤スポーツ 26本

 このほとんどが、スポーツのテレビ観戦である。その内容を見ると多岐にわたるが、金足農業の吉田輝星の活躍はひときわ光った年だった。スポーツに若い人が目立ってきたね。大谷翔平、池江璃花子、紀平梨花なども話題になった。さて、来年は東京オリンピックだ。どういう新星があらわれるのか、今から楽しみである。

⑥パソコン・インターネット 21本

 昨年の6月中旬に新しいパソコンを買った。パソコンというのは厄介なもので、数年に一度買い替える必要がある。私はWindows95からパソコンを使っているが、もう20年で8台も買い替えている。最初のパソコンは35万円くらいしたのだが、今ではその半分くらいで100倍以上も性能の良いパソコンが手に入る。パソコンは文房具、と割り切っている。さて、当面今のパソコンで十分なのだが、今後何台買い替える必要があるのだろうか。

⑦読書日誌 18本

 私の現在の生活は、「読書」とともにある。眼が潰れるくらい本を読みたい、というのが理想であるが、そこまではいかない。このことは、また明日話題にしたい。

⑧日記・コラム・つぶやき 18本

 どのカテゴリーにも属さない記事を、このカテゴリーに収めている。改めてみてみると、弟の墓参りの記事がここに収められている。弟が亡くなったのは、このブログを始めた年の12月だった。ブログの年数と、弟の亡くなった年数が重なるので、覚えやすい。

⑨映画・テレビ 17本

 映画は、何よりもとっても安い娯楽だ。私は月に2~3度上京するが、帰りにはほぼ映画を観て帰る。昨年印象に残ったのは、樹木希林の作品だ。特に『万引家族』がよかった。彼女も残念ながら9月に亡くなったが、彼女の生きざまに潔さを感じた。

⑩国内旅行 15本

 国内旅行も随分した。何よりも記憶に残っているのが、2度目の小笠原旅行だ。小笠原は5泊6日でなければ行けない。時間にゆとりがあるからこその旅行だった。さらに、Kiyomiさんやその仲間、お母さんと健保保養所に行ったのも思い出に残る。

 ここまで上位10カテゴリーを見てきたが、例年と大きく変わったカテゴリーがある。「ゴルフ」である。いつもは上位に来ていたが、昨年の記事は12本だった。ということは、12回しかラウンドしなかったのだ。女房の半分くらいまで減った。今年は、少なくとも20回くらいはラウンドしたいと思っている。

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2019年1月12日 (土)

№4045 2018年のブログアクセス解析

1月もすでに10日を過ぎた。例年やっているのだが、これからの3号を使って私のブログ記事で、2018年を振り返ってみたい。

 まず最初は毎年の年初めに行っているのだが、昨年2018年のブログのアクセスを解析してみよう。ちなみに、昨年の記事はリンクしておく。

 何度も申し上げてしつこいようだが、「シンさんちの『繭の里通信』」のブログが立ち上がったのは、2008年1月22日だ。今年で11年目になる。私が使っている「ココログブログ」は無償であるが、ディスク容量は2GBでいっぱいになる。

 2013年12月末で『繭の里通信』①は限度になってしまった。2014年1月1日に②を立ち上げて、5年が過ぎた。今のところ、②のディスク容量は1286.86MBで64.34%である。もう2年くらいは大丈夫だろうか。ただ、②がいっぱいになったら③に移行するかどうかは、その時になってみないと分からないね。

 皆さんのおかげで、ブログ訪問のページビューも訪問者も、この5年間ほぼ横ばいだ。2018年はPVが40,917頁、訪問者数が延べで25,179人であった。②に移行してからの記録集があるが、若干下降気味ではあるが、まあ、ほぼ横ばいといった方がいいかもしれない。

 一日当たりで換算してみると、PV平均が112.1で訪問者数平均が69人だ。私は、ほとんどの方が定期購読者だと思っている。今年きた年賀状を読んでみても、「ブログを毎日読んでいますよ」という方が多かった。私のブログ記事も、その方に向けて書いている様なものだ。

2018  昨年も解析したが、月ごとのPV表を載せてみよう。緑線の訪問者はほぼ一定だが、青線のPV数には若干の変化がみられる。特に11月が高いのがわかる。ご存知のように、「キューバ・メキシコ旅行記」が載った月である。昨年も同じ傾向があった。昨年の同じ時期には、コーカサス三国旅行記が載ったのだ。

 ブログのために生きているような私なので、今年の秋もどこかに海外旅行に行かなければならないかな。まだ1月なので具体的にはなっていないが、いまのところキューバよりも遠いところに行きたいと思っている。そのことを先日級長に話したら、「お前は旅行から帰ってくるたびに、着る物が派手になっているな」と慨嘆していた。

 その日も、派手な帽子を被って行った。実は昨年の秋に帽子2個を買ってきた。メキシコで買ってきたのだが、「どこ製の帽子なのか」と聞かれたので改めてみてみたら、いずれもMade in Chainaと書かれていた。ちなみに、その日の仲間の帽子を見てみても、やはり中国製だったのは笑えた。

Photo  これも傾向は変わらないのだが、どこの県の人が私のブログを読みに来ているかというに、表にあるように秋田県が真っ赤だ。秋田の同級生が、そんなに多く私のブログを読んでいるとも思えないから、一体だれが読んでいるのかいつも不思議に思っている。

 この表はパソコン普及率の相対表で、矢張り絶対多数は私が住む埼玉県で29%だ。次に多いのが東京で20%、秋田県は第3位で15%だ。この傾向も変わっていない。

 いつも申し上げているようで申し訳ないが、このブログが続くかどうかは読者に掛っている。誰も読みに来ないようなブログは、続けていても意味がないと思っている。読者に責任を負わせるようで申し訳ないが、なんといっても『繭の里通信』が充実しているかどうかが、読者に訪問いただく一番の動機だ。

 最近、定年退職で家に閉じこもりがちだが、せいぜい皆さんの期待に応えられるように頑張りたい。ぜひ、今年も応援をよろしくお願いします。

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2019年1月11日 (金)

№4044 「新年句会」の下見

 1月14日(月)に、桟雲の会の新年句会が開かれる。会場は大宮ソニックシティの会議室で、午前の句会の後には会場を移し、懇親会を開く。わが伊奈桟雲の会は三句会の世話人の一つで、当日の会の運営責任を負っている。参加者は、いまのところ35人というから責任は重い。

 懇親会場は、昨年の10月ころだったか、私が大宮に行った際に探しておいた。結構いいレストランを見つけたと思っていたのだが、不満を漏らす人もいた。不満だったら他を探してと投げたが、その後は何の反応もなかった。

 この日下見に参加したのは、わが「伊奈桟雲の会」の3人のほかに他の句会からも3人の参加があった。6人も集まると、いろいろな知恵が湧くものだ。

 今年で第二回目になる新年句会だが、新年句会場と懇親会場しか決まっていなかった。当日の運営の詳細は、この下見会で決めようと思っていた。

 まずは、新年句会が開かれる大宮ソニックシティの会場を見ることにした。あいにく、使うつもりの会場は空いていなかった。事務当局と、当日の机の配置の打ち合わせをした。会場は8時50分でなければ開かないらしい。当日の朝は、結構忙しいことになりそうだ。

 会場が見れなければ仕方ない、大宮駅前の懇親会場となるレストランに行って打ち合わせ兼昼食を摂った。食事をしながら、午前中の句会と午後の懇親会の段取りを相談した。

 当日は、参加者がそれぞれ二句を持ち寄ることになっている。それをどう集計して、効率的に清記に持っていくのか、頭を悩ました。結局、清記していただいたものをコピーするのが手っ取り早い、ということであとでコピー機があるかどうか確認しようということになった。

 もう一人の方が、懇親会の司会者だ。彼女は、ずいぶん細かく段取りを書いたメモをもってきていた。まあ、そんなに細かくなくてもいいのじゃないかな。けど、当事者としてはそうもいかないらしい。

 当日の懇親会場のメニューも、私が予約した時に決めた。そのメニューを見て、食事量が足りないのじゃないのかという感想が出た。まあ、もう一ランク上のものに予約を替えよう。そういえば、昨年の新年句会(ブログで様子がわかる)は食べるものがほとんどないという印象が強い。

 2時間余り、このレストランで打ち合わせをして、概要が決まった。私は当日の案内状・メンバー表・清記表・選句表を印刷して、当日持っていくことにした。家に帰ってさっそく印刷に掛ったが、どうもプリンターの機嫌が悪い。結構時間がかかった。

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2019年1月10日 (木)

№4043 滝山城跡の見学

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 今年最初の東京シニア自然大学NEXTの講座があった。この日は「日本100名城」の一つ、旧滝山城の見学だ。場所は、八王子駅からバスに乗って15分ほどのところの八王子郊外だ。さて、どういうところだろうか。

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 着いたバス停のすぐ近くに、この日のボランティアガイドが待っていた。われわれ参加者が21名だったが、ボランティアガイドとしてやってきたのは8人だった。説明を聞くと、本当のガイドは2人で、あとはガイドの勉強のために参加した人たちだ。

 私も初めて知ったのだが、滝山城という城は1560年ころに北条氏照の居城だったらしい。この地は関東の北条側と信濃の武田信玄のせめぎあいの場所だったという。目の前には、古甲州街道が走る要衝の地だった。ただ、ある戦いで武田信玄に敗れた北条氏照が八王子に撤退し、その後は城として使われなかったようだ。手入れが行き届かないまま、竹がびっしり生えていた。往時は、裸城だったらしい。

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 古城を見て驚いたのだが、壮大な山城だ。われわれが『城』というと思い浮かぶのは、石垣を積み上げた城壁だ。ただ、この城は中世の山城で、地形を利用して土を盛り上げた城だった。鉄砲の使用はまだだったようで、主な飛び道具は弓矢である。

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 ガイドの説明によると、弓矢を有効に利用して敵を退ける様々な工夫が、この城にはあった。土塁、土橋、虎口、馬出、堀などである。山城にしては、堀は深く掘られていた。堀の中には、高さが90mもある深いものがあり、土は関東ローム層で滑りやすくなっていた。さらに、堀の底にも敵を退ける工夫が様々あったという。

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 家来の敷地も広大で、一区画1000坪もあったろうか。さらに三の丸、二の丸、千畳敷、中の丸、本丸などの敷地もそのまま残っていた。北条軍が撤退した時に建物は破却したが、敷地は手つかずだったようだ。撤退後にこの城は使われなかったというから、450年くらいそのままだったようだ。

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 本丸からは、眼下に多摩川の流れが見て取れた。その当時はまだ江戸は開かれていなかったから、小田原とこの滝山城を結ぶ重要な水運だったようだ。この地からは、秩父山系もかすかに見えた。

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 本丸には、深い井戸も残されていた。だいぶ埋まってしまったようだが、それでも優に30mの深さはあったろうか。城にとって、水は命の綱だ。この城のあちこちに水が湧いていたのも、この大きな城を維持するのには必至条件だ。

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 われわれのために、ボランティアの一人が弓を射るパーフォーマンスをしてくれた。やはりこういう古城見学には、ガイドが必要と痛感した。それにしても、よくこういう条件の敷地が見つかったものだ、と感心してしまった。良い講座だった。

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2019年1月 9日 (水)

№4042 年初めの男の料理教室は

Simg_7845  今年も「男の料理教室」が始まった。世話人の皆さんが大変マメな方が多いので、毎月きちんきちんと開かれている。年末に世話人が相談していたようで、七草粥とぶりと葱の梅照り焼き、それに茶碗蒸しと決まったようだ。さらに、デザートは、カルピスゼリーだそうだ。現役時代も学校の先生だったShimizuさんが、今日のレシピを考えてくれた。

 レシピのよると、七草粥は90分くらい、茶碗蒸しは20分くらいの蒸かし、さらにカルピスゼリーは90分くらい冷やす必要があるそうだ。今日は時間がかかりそうだね。

 いつものように、私がご飯炊きを担当した。ただ、白飯ではなくお粥なので水加減が難しい。何度も女性会員に確認した。さらに、水は30分ほど水に浸ける必要があるそうだ。水に浸けている間に、他の調理に精進していたら、スイッチを押すのが遅れてしまった。

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 今スーパーには、七草粥の材料がパックで売っているようだ。その材料を刻んだのは、わが班の女性会員だ。私はキッチンの周りをぶらぶらしながら、自分でできることを探した。

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 おやおや、隣の班が茶碗蒸しをふかしているようだが、鍋の水が多すぎたせいか茶碗の中まで水浸しだ。まあ、それでも食べられないことはないだろう、というのが男の料理教室の良いところだ。別の言い方をすると、アバウトなのだね。

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 寒ブリも、身のしまった大きな切り身を買ってきたようだ。美味しそうだ。葱を4㎝の長さに切り、フライパンで一緒に炒めた。美味しそうな照り焼きができた。やはり一番時間がかかったのが、お粥だ。すべて準備ができたのに、お粥だけは炊き上がらない。

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 冷凍庫に入れておいたカルピスゼリーもうまく固まったようだ。このゼリーは、男のさんちゃんとAraiさんの二人で作った作品だ。ゼリーにイチゴをのせて食べたが、うまい具合の味に仕上がっていた。

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 さて、ご馳走になろうよ。この時点で、わが班のお粥はまだ炊き上がらなかった。他の班のお粥を分けていただいて、ようやく一斉に「いただきます」ができた。

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2019年1月 8日 (火)

№4041 12月に読んだ本

 私の日常生活に『読書』がすっかり根を下ろした。というよりも、現在の生活の中心が『読書』になっているといっても過言ではない。本を読む行為は、一種孤独との向き合いでもある。

 最近、あまり人と交わってワイワイやらなくなった。というよりも、一人で本を読んでいることに慣れてきて、人ごみの中に出なることがない。飲み会などの出席も最低限度に抑えている。『読書』の良いところでもあり、悪いところでもある。大げさに言えば、老いるということは、孤独に耐えることであるのかなと達観している。

 そのせいかどうかは知らないが、本を読むことだけはコンスタントである。12月も淡々と本を読み暮らし、例月のように13冊・5572頁の読了を果たした。このペースは、多くもないが少なくもない。

 それでは例のごとく何を読んだのかを列記し、2~3の本の感想を述べたい。

堂場瞬一『蒼の悔恨』428頁 PHP研究所 2007年6月刊

内田康夫『不等辺三角形』362頁 講談社 2010年4月刊

鳥越碧『漱石の妻』395頁 講談社 2006年5月刊

高嶋哲夫『官邸襲撃』378頁 PHP研究所 2018年6月刊

上橋菜穂子『鹿の王(上)(下)』上565頁 下554頁 角川書店 2014年9月刊

伊東潤『男たちの船出』417頁 光文社 2018年10月刊

安部龍太郎『平城京』409頁 角川書店 2018年5月刊

伊集院静『日傘を差す女』395頁 文藝春秋 2018年8月刊

内田康夫『教室の亡霊』382頁 中央公論新社 2010年2月刊

沢木耕太郎『作家との遭遇』438頁 新潮社 2018年11月刊

池井戸潤『不祥事』388頁 講談社文庫 2011年11月刊

諸田玲子『四十八人目の忠臣』461頁 2011年10月刊


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 いまや上橋菜穂子さんは、大ベストセラー作家である。この作品は、2015年の「本屋大賞」を受賞し、ものすごく売れたらしい。ただ、私はあまりベストセラーには興味がない。この本を読むきっかけは、ファンタジー作品であるということで読んでみようと思った。彼女の作品『精霊の守り人』は、NHKのロングドラマとしても発表されていた。

 この作品『鹿の王』は、ファンタジーといっても決して子ども向けの小説ではなかった。内容は、結構難しかったのではなかったかな。主人公は、戦士のヴァンと医術師のホッサルである。

 ヴァンは岩塩鉱で囚われの身だったが、乱入してきた犬に咬まれほとんどの人が亡くなったなか、彼と少女だけが生き残った。なぜ彼は生き残ったのか。そして、ホッサルはその奇妙な病の治療法を模索していた。同じ病に罹って、死ぬ人もいれば生き延びる人もいる。その謎解きの話だった。

 この小説はこれで終わらないらしい。今年の3月には新作が出るようだ。

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 12月は、この本が一番面白かった。漱石の奥さんは、鏡子さんという。昔から悪妻と評判の人だった。どんな悪妻だったのか、興味を持って読んだ。読んでいて分かったのだが、漱石はA型人間なのに対し、鏡子さんは典型的なO型人間で私と同じだ。

 漱石が細々なことに気になりイライラしているが、鏡子さんは泰然自若としたものである。そもそもが全く性格の違う二人だった。女房の悪口を言い、暴力まで振るった鏡子とは、8人の子供まで設けているから、漱石は典型的な明治の暴力旦那だったのではないか。

 どうもこの小説を読んでいる限り、鏡子さんを悪妻に仕立て上げたのは、漱石の取り巻き連中だったようだ。今みれば錚々たるメンバーだったが、高浜虚子、小宮豊隆、鈴木三重吉、寺田寅彦、松根東洋城などが漱石をかばい、「漱石山房」を形成していた。そこで語られたのが、鏡子悪妻説だった。

 私は見ていなかったが、3年前の2016年にはNHKドラマにもなったらしい。

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  私は歴史小説が好きで、よく読んでいる。なかでも、安部龍太郎の小説はよく読む。いつものように検索してみると、安部の本で今まで読んだのは18作品であった。なかでも『等伯』はよくできた小説と感心した。

 今回の小説は、奈良平城京建設をめぐる物語だった。平城京の前の都・藤原京はできてまだ13年ほどだった。藤原京の建設がまだ完成する前に、すでに奈良遷都の話が出た。期間三年で唐の長安に負けない新都を建設するという大事業だ。

 この事業は、時の権力者藤原不比等の大号令だった。この事業を手掛けたのは、安部船人だ。遷都反対の反抗勢力がある中、史上最大の国家プロジェクトである。土地の買収、道路づくり、河川の移動という大難題のほか、10000人の人手を集める必要があった。

 それにしても、その当時の権力は絶大なものだったと驚き呆れてしまう。

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2019年1月 7日 (月)

№4040 今年も俳句に精進

 1月に入り、今年も俳句提出の時期が迫っている。一つは高校同窓会の俳句会へ10日締めで5句の提出、さらに14日の新年句会へは2句、翌日の桟雲の会句会へは6句の提出である。俳句は作ったら終わりというわけではない。作った俳句の熟成期間というか、推敲期間がどうしても必要である。

 なるべく早めに作句して、推敲期間を置きたい。俳句を作るのには、私のような素人には、集中力が必要である。今回の季節は「新年」だ。例年、どうしても「新年」の季題の俳句は少ない。机上にある『日本大歳時記』を開き、「新年」の季題を探した。

 面白いもので、季題を見ているうちに俳句が思い浮かんでくる。ただ、歳時記にあるようなお正月の行事は、だんだん少なくなっている。小さな子どももいないので、「福笑い」「羽根つき」「コマ回し」「凧あげ」などの遊びはない。

 幸い、今回は伊勢志摩の旅行があった。この旅行中に句題がたくさんできたのがうれしい。旅行でのあれこれを思い浮かべながら、様々な出来事を思い返した。一つには星空の下での新年カウントダウン、一つは初日の出、伊勢神宮参詣、ホテルでの鏡飾り、お焚き上げでお餅をいただいたことなどである。

 以前、仲間のYukoさんから「キューバ・メキシコ旅行中に俳句を作ったんでしょうね。披露されるのを楽しみにしています」と言われた。残念ながら、昨秋の外国旅行では一句も俳句を詠んでいなかった。多分句材はあったのだろうが、見逃していたのだろう。

 集中して作句に取り組んでいるうちに10句が出来上がった。やれやれ第一弾はクリアだ。この句をプリントアウトし、しばらく眺めながら推敲だ。作句したうちの3句をここで紹介してみよう。

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カウントダウン唱へ見あぐる冬銀河

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伊勢神宮参道砂利や淑気満つ

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初富士や東名指していざ帰らん

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2019年1月 6日 (日)

№4039 母校、準々決勝惜敗

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 全国高校サッカーの準々決勝が、千葉郊外蘇我駅近くのフクダ電子アリーナであった。一昨日に引き続き、応援に出かけてきた。1時間ほど前に着いたのだが、相手の応援席はもちろん地元なのでいっぱいだったが、わが応援席も立錐の余地もなかった。応援席を確保するのに苦労した。

 やはりここまで勝ってきたので、いたたまれずに応援に駆け付けた同窓生が多いのだろう。ただ、それだけでなく「秋田ファン」や「J3ブラウブリッツ秋田」のファンも見えた。ブラウブリッツの社長は、高校の校長をやっていた外山という人だ。彼は、母校の全国大会優勝の立役者でもあった。残念なことに、昨年の秋に亡くなったという。

 それにしても、今回の高校サッカーは北高南低だったね。準々決勝に勝ち残った8校のうち3校は東北各県代表だ。東北のレベルが上がったということなのだろうか。準々決勝の対戦相手は、流通経済大学柏高校だ。優勝候補と目される高校の一つだ。

 わが応援席には様々な人が駆け付けていたが、私の隣に座った若い人は、50年も後輩のサッカー部員だったという。秋田はほとんど地元の人かと思っていたが、彼は神奈川県平塚の出身で、秋田にはサッカー留学をしたのだそうだ。

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 なぜ秋田なのか聞いてみたら、「秋田商業は、全国大会に出場する確率が極めて高かったので決めた」と言っていた。在学中、他県からサッカー留学していたのは彼一人だったようだ。聞くところによると、強豪青森山田高校は、ほとんどが他県のサッカー留学生だという。

 わが応援席も、異常な盛り上がりであった。優勝候補をどうしても倒したい。わが母校が全国大会に出場したのは、今回で44回目になる。今まで49勝しているので、この日勝つと念願の50勝を達成するという。

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 対戦相手の流通経済大学柏は、スター選手ぞろいであった。なかでも背番号5の関川郁万は、鹿島アントラーズに決まったセンターバックだ。相手がどんな強豪でも、わが母校は雑草魂で頑張っていた。

 サッカーというゲームは、なんといっても先取点が大事だ。試合開始早々、相手に先取点を取られてしまった。これも惜しいかな、デフェンダーのクリアミスからだ。もっと大きくクリアしなければならなかったのに、クリアが小さいのを狙われての先取点だった。

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 その後は一進一退だったが、わずかにわが方が押され気味だった。ただ後半36分、敵方のゴール前でフリーキックをもぎ取った。強烈根シュートは相手のデフェンダーにあたって、ゴールはかなわなかった。まあ、それでもいい試合だった。

 わがチームの殊勲選手は、ゴールキーパーの山口雄也ではなかったか。彼は2年生なのだが、何本ものファインセーブをしていた。山口は、やはり東京からサッカー留学している選手のようだ。彼がいる限り、次年度も有望だ。

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 当然のごとく、残念会を駅前の呑み屋で行った。この飲み会にも、例のごとく、40人近い人が参加していた。

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2019年1月 5日 (土)

№4038 東海大学、悲願の優勝

 お正月は、興味深いスポーツが満載である。お正月に行われた実業団駅伝、暮から始まった高校ラグビーに高校サッカー、大学ラグビーの準決勝戦、アメリカンフットボール、そして箱根駅伝だ。今年の箱根駅伝は、テレビの視聴率が30%を超えて過去最高だったらしい。私の中でも、箱根駅伝観戦は正月行事としてすっかり定着してしまった。

 さて、青山学院大学が5連覇達成できるのか、興味は尽きなかった。今では監督の原晋がすっかりタレントになり、テレビで彼の顔を見ない日はない。彼の解説は平明で分かりやすく、人気が出ているようだ。

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 箱根駅伝の翌日、またテレビに出て解説をしていた。今年は東海大学が悲願の優勝を達成して、青山学院大は、残念ながら2位に甘んじてしまった。この日の原の解説を聞いていると、「私の選手起用の失敗がすべてだった」と言っていた。特に、小田原までの4区と箱根登りの5区の失敗がすべてだった。

Photo_2  彼が強調していたのは、特に4区の選手起用が間違いだったとのことだ。従来、4区は軽く見られていた。その区間に東海大学と東洋大学はエースをもってきて、青山学院を3分30秒も離してしまった。この差が大きかったようだ。そして、5区に満を持して起用した青学の選手が、大ブレーキを起こしてしまったのだ。

 監督の起用の間違いがなかったなら、青学は圧倒的に強い選手を集めている。負けるはずはなかったのだ。

 箱根駅伝を走るには、少なくとも16~7人の一流選手が必要らしい。一時原晋は、「青学は箱根駅伝に2チーム出しても、そこそこの成績を残すだけの選手がそろっている」と豪語していた。多分そうなのだろう。

 私の友人で法政大OBのAbe君は、「箱根を走るには、高校時代からの早い選手を集めなければ勝てない」と嘆いていた。その選手は、どうしても一流大学に集まってしまう。3年前の高校駅伝の花の1区を走った上位7人が、東海大学に集まったらしい。東海大学は今年優勝したが、絶対的なエースが欠場しての優勝だったらしい。少なくとも来年の箱根駅伝も、上位入賞が確約されている。

 競馬もそうだが、走る競技は「血が走らせる」ものである。走る血統の人でないと一流にはなれない。駄馬から一流馬はできない。

 箱根駅伝の活性化は、日本マラソンにも活気を取り戻している。今年の秋、オリンピック出場のマラソン選手を決めるMGC(Marathon Grand Chanpionship)が行われる。出場資格選手が続々決まってきている。大迫傑、設楽悠太、川内優輝などほとんどの出場選手が箱根経験者だ。瀬古俊彦らが計画した、箱根から日本マラソン選手を育成していこうという目論見が実りつつある。

 ただ、箱根駅伝出場資格があるのは、関東の大学のみだ。あるテレビで、「出場大学はなぜ関東のみなのだ」と吠えているコメンテーターがいた。実業団駅伝のように、出場資格を全国に広げていったら、箱根駅伝はさらに活性化するに違いない。

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2019年1月 4日 (金)

№4037 快進撃続く母校サッカー

 毎年大晦日恒例になっていた母校のサッカー応援だったが、今回は伊勢旅行のために行けなかった。大晦日のその内実は、敗戦残念会兼大忘年会だった。母校は、高校サッカー選手権大会には毎年出場を果たしているのだが、私の知る限り、初戦敗退を繰り返している。

 サッカーの伝統校で、過去には全国大会二度、総体で一度の優勝を果たした高校だ。ただ、近年は出ると負けで、14年連続初戦を突破できていない。秋田市長が、「一度でも勝ったら、グランドを天然芝に変えてやろう」と約束したらしいが、果たせなかった。

 今年も31日の初戦は、四日市工業高校で強豪だ。また、残念会兼忘年会になるだろうと高をくくっていた。ところが、初戦突破をした。そのニュースは、皮肉なことに三重県で見ていた。いずれ、私が応援して勝ったことがなかったので、行かないでよかったと思った。

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 ところが2日に行われた第二戦目も、強豪の富山第一高校を破った。旅疲れで私は応援に行かなかったが、もしかしたら私が応援に行かない方がいいのかもしれない。とはいうものの、気になって第三戦の応援に出かけた。会場は、千葉県蘇我駅の近くのフクダ電子アリーナだった。口の悪い奴がいて、「お前が応援に来ると負ける」との声も聞こえた。

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Simg_7809  着いた時には、前の試合が行われていた。流通経済大学柏対星稜戦だ。いずれの高校も優勝候補で、特に地元流通経済大学柏の応援団がすごかった。サッカー場は満員だった。結果は、金沢の星稜高校が0対1で惜敗した。

 試合終了後、私が流通大柏の応援席で目撃したのは、椅子一個一個をタオルできれいに拭いて歩く女性だ。流通大柏のマナーの良さは、こういうところに現れているのかな。

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 さて、いよいよわが母校の登場だ。対戦相手は、佐賀県の龍谷大付属だ。奇しくも、この高校とは2年前甲子園で対決し、わが方が勝っている。応援席には、恒例のなまはげも駆け付けていた。天気も良いし、風もないぽかぽかの陽気で、絶好の応援日和だった。

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 秋田から大応援団が来ていた。女子高生が多かった。聞いてみると、31日に応援に来て、そのまま帰らずに居ついているのだそうだ。合言葉は、「夏の金農旋風に続け」だ。相手が九州ということもあり、わが校の大応援団が目立った。

 龍谷大戦は、大応援にもかかわらず前半17分に先取点を奪われた。ただ、試合は一進一退で推移していった。ただ、時間はない。試合終了直前、コーナーキックをヘッディングで合わせ、ようやく同点に持ち込んだ。さて、PK戦だ。

 相手は、PK戦用にと急遽ゴールキーパーを替えてきた。これが裏目に出たようで、PK戦は圧倒的にわが方が勝った。堂々の勝利で、ベスト8に勝ち残った。ベスト8に残っている高校では、母校は唯一の公立高校だという。私が応援に来ても勝てたのには、ホッとした。次は優勝候補の流通大柏だ。また応援に行こう。

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Simg_7824  駅前の呑み屋で、盛大に祝勝会が行われた。さすが秋田人の集まりは、勝っては飲み、負けては飲みだ。飲み放題の店とかで、テーブルにはアルコールが並んだ。会場には、なまはげ応援団の姿もあった。結構他校の秋田県人会の応援も多いのだ。

 秋田県人会の中に、田舎の後輩もいたのには驚いた。彼とは、田舎話で盛り上がった。

 さて、この勢いで準々決勝も応援に行こう。

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2019年1月 3日 (木)

№4036 年賀状

 旅から帰ってきて、先ずは年賀状を見た。毎年頂く方の元気な様子を知り、安心した。ただ、少しずつではあるが、「毎年の年賀状は今年限りにしたい」とか、「本年をもって新年の挨拶を失礼させていただく」という年賀状が目立つようになった。

 ある方は、「古希を迎えて、元気なうちに年賀状をやめたい」と記していた。その理由に納得したので、来年以降はその方は出すのをやめよう。いっとき、私も年賀状を廃止しようかと思ったことがある。ある友にその話をしたら、「一年に一回だけの挨拶状なので、私は続けたい」と話していた。

 パソコンとプリンターが進歩したので、年賀状の印刷・宛名書きはそれほど苦労しなくても済むようになった。今年も170枚ほどの年賀状を出したのだが、いまや半日で仕上がってしまう。年末の気が重い仕事から解放されている。

 私は、住所録を「筆王データ」で管理している。このデータで年賀状の宛名を印刷しているが、年賀状はデータ更新に役に立つ。そんなに多くはないが、「宛先不明」で返ってくる葉書がある。さらには、「住所不明」で返ってくるのもある。

 最近は年賀状の挨拶限りの人が多くなってきているので、この年賀状がなくなると、住所録の更新をする機会がなくなってしまう。「更新などしなくてもいいじゃないの」という意見もあるかもしれないが、せっかくのデータなので最新のものにしておきたい。

 年末の大事な行事に、年賀状を出す人の選択は重要だ。私の宛名データは300人くらいあるが、賀状を出すのを徐々に減らしたいと思っている。最近音信のない人には止めるとか、返信のない人には翌年出さないようにしている。100枚くらいまでにしたいと思っているのだが、それでも一覧表を眺めていると、なかなか減っていかない。

 わずか62円で一年間のご無沙汰の挨拶が済むのだから、と思うと減らせないね。

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2019年1月 2日 (水)

№4035 伊勢旅行から無事帰る

 2泊3日の伊勢・志摩旅行だったが、無事に帰ってきた。帰ってみると、2泊3日なんてあっという間だった。とにもかくにも遠かったので、まさに車に乗っていたことだけが深い印象に残った旅だった。

 それにしても、素敵なホテルだった。このホテルの温泉もよかったが、何より食事がよかったね。年越しの食事は懐石料理だった。1泊8,000円の宿泊費だったのだが、レストランに入り口には懐石料理12,000円と書かれていた。これだけでもお得だった。

Simg_7793Simg_7794Simg_7795Simg_7796Simg_7797Simg_7798  どんな懐石料理だったのか、カメラに収めてきた。同行の女性たちは何を喜んだかというに、年末年始の料理をしなくても済んだことだ。

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 夜は、またこのホテルのイベントがあった。ホテルのサービスで、年越しそばがふるまわれた。伊勢うどんと違って、さっぱりして美味しかった。そして、その後には、年越しのカウントダウンパーテーが、イベント広場で行われた。

 何しろ、このホテルの敷地は広い。敷地の中にはゴルフ場やテニスコート、プライベートビーチ、パターゴルフ場などもあった。カウントダウンを行ったイベント広場はすぐそばにあったが、ホテルがマイクロバスを用意してくれた。

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 その会場では薪を燃やし、どんと焼きをやっていた。火の中でお餅を焼いて、ふるまってくれた。無料のドリンクも用意されていた。私はスパークリングワイン、燗酒を飲み、最後にウーロン茶をいただいた。

 何より素敵だったのが、星空観察会だった。「星空のソムリエ」という方がいて、丁寧に星座を説明してくれた。幸い、この夜は雲や月がなく、よく星の観察ができた。オリオン座や冬の大三角形も見たが、久しぶりに天の川も見えた。ただ、天の川がはっきり出るのは、夏の間と言っていた。さすがカメラで星座は写せなかったが。流れ星には、皆大歓声だった。

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 12時が迫ってきた。2019年へのカウントダウンを皆で行った。こういう星空の下でのカウントダウンも印象深かった。その後に、「お楽しみ抽選会」があった。残念ながら、わが方は外れ籤だった。それにしても寒かったね。

 1月1日に帰ることになったが、正月だけは高速道が空いてだろうと高をくくっていた。とんでもない、あちこちで事故渋滞があった。お正月早々に交通事故というのも気の毒なものだね。おかげで、帰りも行きと同じ時間がかかった。2泊3日で、結局1,180kmの走行距離だった。まあ、よくも走った旅行だった。

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2019年1月 1日 (火)

№4034 大晦日の伊勢詣

 年賀状での新年の挨拶が済んで恐縮するが、大晦日の伊勢詣の話をしたい。伊勢は車で来たのは初めてだったので、ホテルのフロントで伊勢の見どころを教えていただいた。5~6か所の見物地点の教示をいただいた。

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 ホテルのすぐ近くに「横山展望台」があるのだそうだ。その展望台に行くと、英虞湾全体の展望が効くのだそうだ。車で10分ほどだった。なるほど、複雑に絡み合った英虞湾が良く見えた。周辺には、意外とゴルフ場が多かった。海には、阿古屋貝の棚が浮いていた。海から上がる朝日が良く見えそうだったが、元日は混むんだろうね。いずれ海の近くなので、明日はどこかで初日の出を拝もう。

 伊勢観光の中心は、何といっても伊勢神宮だ。伊勢神宮の外宮から拝観しようと、カーナビに従って向かった。ところが、行ったすぐ脇に伊勢神宮内宮があった。とりあえず、内宮から見学するか。

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Img_7777  大晦日なのでそんなに混んでいないだろうと、甘く見ていた。案に相違して、参道の『おかげ横丁』というんだろうか、物凄い人出だった。大晦日でこんなに混んでるとしたら、元日の初詣はどのくらい混雑するんだろうか。

 わが一行は、一軒一軒に興味を抱き、覗いて歩いていた。この調子じゃ、なかなか目的の内宮の参拝地には着きそうもないとやきもきした。まあ、それでも女一行を先導するには、ガマンガマンである。伊勢うどん屋がたくさんあったが、いずれの店も混んでいた。

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 ホテルで朝食をあれだけ食べてきたのに、少し小腹が空いてきた。これも伊勢名物の「赤福」の出店があった。ここでぜんざいを食べていこうよ。私は甘辛両刀使いで、甘いものにも目がない。お汁粉には、餅が二個ついていた。美味しくいただいた。

 このすぐそばが、伊勢神宮内宮の入口だ。先日も言ったが、私にとっては50年以来の二度目の参拝だった。五十鈴川を渡って、本殿までは意外と遠かった。私は先行して歩いていたのだが、後発の女組がなかなか追いついてこない。どうしたのか聞いてみたら、お札や孫の合格祈願を買っていたのだそうだ。

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 ようやく、伊勢神宮内宮の参拝がかなった。私は不勉強にしてよく知らなかったのだが、伊勢神宮は20年に一度遷宮をしている。前回は平成25年で、5年前だったそうだ。

 帰り道も、女性陣は遅々として前に進まない。この調子では、外宮を参拝する時間はなくなるね。ガソリンスタンドで給油しながら、店員に尋ねた。「内宮を参拝したら、外宮に行く必要はないのじゃないですか」。その言葉に甘えて、外宮はスルーした。

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Img_7788  次に向かったのが、二見ヶ浦の夫婦岩だ。あちこちに貼り札があったが、夫婦岩の間には初日の出は上がらないのだそうだ。結構勘違いをしている人だいるに違いない。

 この海岸沿いにあるレストランで、待望の伊勢うどんを食べた。うどんは腰がなく、タレはショッパイ醤油味だった。女房は、「伊勢うどんは一度食べたら十分」と、期待していたようだったが、がっかりしていた。
 ここまで来たら、2年前に開かれた《伊勢志摩サミット》のホテルを訪ねてみよう。車で40分ほどだった。

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Img_7792  サミットが開かれた『志摩観光ホテル』は、5つ星の超豪華なホテルだった。ランチワーキングが行われたテーブルが残っていた。参加した首脳の名前も残されていたが、わずか2年前なのにオバマを含め4人ほどがすでにその座を去ってた。

 サミットが行われた会場の近くにコーヒーラウンジがあった。ベラボーに高いコーヒーだったが、ここに来た記念で飲んできた。このホテルから、わがHotel NEMUはすぐ近くだ。

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№4033 明けましておめでとうございます

2019

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