« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019年3月

2019年3月31日 (日)

№4116 車検の更新

Img_8221  期限になったので、車検の更新をしてきた。ありがたいことに、この時期になるとトヨタの営業マンから必ず連絡が入る。私の車はプリウスで、新車で買ってもう7年になる。走行距離も10万キロを超えた。そして、今回で3回目の車検だ。車検整備の際にと、スタッドレスタイヤからノーマルタイヤに替えてもらった。専門店で替えると4~5000円かかるが、車検更新時には無料で替えてくれるのがありがたい。車にスタッドレスタイヤを乗せて、トヨタの工場に行った。

Img_8222  私の車は、買った当初こそは大事に乗っていた。ところが、最近は傷だらけだ。その都度、同色の色を塗って隠しているのだが、よく見ると傷が目立つ。最近も縁石に引っ掛けて、大きな傷ができていた。まあ乗る分には支障がないと、そのまま車検まで放っておいた。

Img_8223  車検の際に、同色の塗料でまた傷を隠してもらった。さらに、どこかでぶつけたのか、スモールランプも破損している。整備員が、「このままでは車検は通りませんよ」というので、このランプも取り換えてもらうことにした。一日がかりの整備というので、台車を借りてひとまず自宅に帰った。

 整備員から電話が入り、「バッテリーも相当摩耗しています。取り替えましょうか」というのだ。普通、バッテリーは走行距離3~4万キロごとに取り換えろとある。お金がかかるが、しようがないね。二階から飛び降りる気持ちで、取り換えに同意した。

 朝10時に工場にいれた車は、夕方5時半ころに車検整備を終えた。夕方薄暗かったこともあり、洗車をした車は新車のようにきれいになっていた。

| | コメント (0)

2019年3月30日 (土)

№4115 スマホに貼り付く迷惑メール

Img_8256
 以前から私のスマホに迷惑メールが貼り付くようになった。一日10件以上も貼り付く。邪魔でその都度消去していたのだが、面倒なことこの上ない。最近では、「Androidでウイルスが2個検出されました」という表示まででるようになった。概して、これをクリックすると、変なところに導かれる恐れもある。やはり、対策を取った方がいいだろう。貼り付く迷惑メールは、Chromeからとなっている。

 Docomoショップに相談に行った。Docomoショップは、いつ行っても長時間待たされる。先日行ったら3時間待ちというので、その時はあきらめた。そしてこの日は朝一番に行ったら、ほとんど待たされることはなかった。

 係員が言うには、「ウィルス検出は偽情報です。そのほかの迷惑メールもChromeを通してのようですが、Chromeが邪魔をしているのではなく、何かアプリを入れたのがそれに貼り付いているようです。何のアプリかは調べなければわかりません」とのことだ。とりあえず、Chromeのアプリをアンインストールしたらどうだろうか。

 Docomoの担当者は、「何か障害が起こる恐れがありますが、とりあえずアンインストールしておきましょう」と手続きをしてくれた。これで、迷惑メールが入ることはなくなったと安心した。

 ところが、自宅に帰りメールを見ようとしたら、アクセスできないのだ。スマホで一番使うのが、メールチェックだ。Gmailも使えないし、Docomoメールも使えなくなってしまった。これじゃいけないと、再度Docomoショップに行った。先ほどの担当者が出てきて、「Chromeのメール受信だけができるように設定を変えましょう」と、簡単に変えてくれた。

 それなら、最初からそうしたらよかったのにと内心不満を持ったが、まあ、大人の対応でここは納めた。お陰で、その後は迷惑メールが貼り付くことはなくなったので、一安心だ。

| | コメント (0)

2019年3月29日 (金)

№4114 ココログ画面がどう変わったのか

 読者にとっては何のかかわりもないことかもしれないが、今回ココログがリニューアルしてどう変わったのかを紹介をしたい。

Photo_1   Niftyが運営する「ココログ」が開設なって、もう15年になるのだそうだ。この間、システム的に様々な不具合が生じ、全面的にリニューアルすることになったとの案内があった。このリニューアルは杜撰なもので、かえってこれによって不具合が出ている。ユーザーからも悲鳴ににた声が寄せられていた。それでも、管理画面には入れた方はまだいい方だ。

Photo_3Photo_4  私は、10日間もこの管理画面にさえ入れなかった。「記事を書く」をクリックすると入れる管理画面に、Internal Server Errorという表示が出たのだ。いずれ直るのかと悠長に構えていたのだが、これがいつまでたっても直らない。仲間のサンちゃんからのアドヴァイスで、@niftyデスクに電話をした。電話を何度かかけたのだが、出てくる人で対応が異なった。

 ある方は「順次繋いでいますので、しばらくお待ちください」と言うし、別の人は「デスクにはそのようなエラーの苦情は来ていません」と言っていた。とはいっても繋がらないのだから何とかしてよ、とクレームをつけた。そして繋がったのが28日木曜日だ。その後、@niftyのデスクから電話があり、「サイトに繋がらない原因がありました」と報告してきた。サイトにどういう問題があったのか、もう繋がったから詳しくは聞かなかった。

Photo_2  そして繋がった管理画面が上画だ。リニューアル画面に様々な不満があるようだが、まあ慣れるしかないだろうね。ただ、画像の貼り付けが前には任意でできたのだが、新画面は思い通りに行かないのが不満だ。

 さらに大きく変わったのが、書いた記事がTwitterにリンクしたことである。「記事を保存する」をクリックすると、Twitterにリンクするかどうか聞いてくる。「リンクする」をクリックすると、私のTwitterに記事が載った。ただ、私のブログ記事は長いので、読みに来る人は少ないようだ。Twitterにリンクするのは意味がないかな。それでもしばらく続けてみよう。

Twitter  もう一つ気が付いたのは、「画像の挿入」と「ファイルのドロップ」画面が明確に変わったことである。今日貼り付けた画像は、「ファイルのドロップ」に保存し、そこからクリックしている。ここには10個のファイルが保存でき、そこからアップロードできるという。やってみたが、確かに便利だ。

 いずれ、新画面で様々な試みをやってみたい。見難いかも知らないが、しばらくご容赦願いたい。

| | コメント (1)

2019年3月28日 (木)

№4113 東京シニア自然大学の新学期講座始まる

 中断していた記事を再開する。中断中、あれも書こうこれも書こうと材料を用意していたのだが、それも一切省略して昨日の行動から再開したい。

 このブログの中断中、東京シニア自然大学の「2018年度総会」が開かれた。何よりも嬉しかったのが、新入生21人が「東京シニア自然大学NEXT」に参加してくれたことだ。今回卒業したのは第6期生31名だが、そのうち21名がNEXTの仲間になった。その中には86歳の元気な方もいた。これで、NEXTのメンバーは総勢72名を数える。もちろん、私の友だちKiyomiさんも参加してくれた。

 メンバーが多くなればなったで悩みも増える。これまでの講座の参加者は、一講座当たり20名前後だった。この20名ぐらいがちょうどいい人数なのだ。それが新規加入者が増えることによって、参加人数は飛躍的に増えそうなのだ。

 この日は、新年度の最初の講座で「都電荒川線で巡る桜名所と旧三河島汚水処分場見学」があった。参加者は31名と、これまで開かれた講座の中でも最大だった。まあ、これぐらいの人数ならば一講座として処理できるが、50人も参加すると、とてもじゃないが収拾できないことになりそうだ。

Img_8231

 久し振りに、始発駅三ノ輪橋から都電荒川線に乗った。天気が良かったせいもあるのだろうか、都電はえらく混んでいて立錐の余地もなかった。改めて都電の人気に驚いた。この沿線には見どころが多い。桜の名所もあるし、春休みということも相まって都電は混んでいたのではないか。全員が一電車では無理と、別れて乗った。世話人が、一日乗車券を用意してくれていた。都電は5分ごとに運行しているようなのだ。

Img_8237   最初の目的地は、「旧三河島汚水処分場」だ。東京の下水処理施設として、大正11年に開設された処分場だ。この処分場は、平成12年には処理作業が終わり、今では国の指定重要文化財として保存されているのだそうだ。この施設のボランティアガイドが、場内を丁寧に案内してくれた。実際に下水が流れていたトンネルにまで潜った。施設が使われなくなって20年ほどたつが、なぜかしら、かすかにし尿の匂いがした。

Img_8239  都電荒川線で次に向ったのが、王子の飛鳥山公園だ。花見がてら、お弁当を広げて昼食を摂った。桜は3分咲き程度だったが、まあ花より団子とばかりに銘々お弁当を広げた。私は上野駅で買ってきた弁当を食べようとし、誤って土の上にぶちまけてしまった。本当にそそかっしったらありゃしない。改めて、近くの弁当屋で新たな弁当を買ってきた。

Img_8244  腹もくちくなって、さて次の目的地は巣鴨の染井墓地での桜見学だ。私はこの近辺にはよく来たことがあるが、この墓地は初めてのことだった。墓地の入り口には、有名人のお墓のあり場所を記した地図があった。その地図に従って、私が見たいと思う方の墓を尋ねた。水原秋櫻子、高村光太郎・智恵子、二葉亭四迷、岡倉天心の墓だ。

Img_8243 Img_8242Img_8240Img_8241 Img_8241  天気も良かったし、いいハイキング日和だった。

| | コメント (2)

№4112 10日ぶりにブログを再開

 皆様に大変ご心配をおかけしたが、10日ぶりにブログを再開する。2008年1月22日に開設した『シンさんちの繭の里通信』は、この間、一日も休まずに記事投稿を続けてきた。それが10日間もストップしていたのだから、読者の皆様には心配をおかけしてしまった。「どうしたのか」とのお問い合わせをたくさんいただいた。私のメールを知っている方にはその都度返事をしたが、一般の読者にはお知らせする術がなかった。開通を機会にこの間の経過をご報告して、ご了解を得るしかない。

 私が使っているNiftyのココログブログから、あらかじめ「3月19日の0:00から13:00までココログのリニューアルにより、編集画面に入ることができません」との連絡が入った。[編集画面]に入れなければ、記事を書くことができないのだ。それを見越して、3月19日の記事は事前に書いておいた。そして、リニューアルのメンテナンスが終わるのをしばらく待ったいた。だが、何時まで経ってもメンテナンスが終わらないのだ。

 同じココログブログを使っている仲間に、どうなっているのか聞いてみた。メンテナンスが長引いているようだが、彼のブログは間もなく記事を書ける状態になったという。だが、私のブログは記事を書こうとすると、[Internel Server Error] という表示が出て、編集画面に入れなかった。その内に書けるようになるのではないかと、待ち続けた。ところが一向に解決しないのだ。

 業を煮やして、@Niftyのデスクに相談した。当初は「徐々に回復していますので、しばらくお待ちください」との返事だったが、担当者が変わるとだんだん「そういうクレームは報告されていません」という返事に変わった。とはいっても、私は編集画面には入れないのだ、どうしてくれるんだとねじ込んだ。Niftyのホームページを読んでいても、全国からものすごいクレームが来ていたのがわかる。

 さらに、リニューアルした画面も、以前に比べてものすごく使いにくくなったようなのだ。「元の編集画面に戻せ」との声もあった。戻せも何も、私は編集画面にも入れないのだ。@Niftyのデスクからも頻繁に電話が入った。そして、今日一緒にパソコンのサポートをしてくれることになっていた。朝起きてパソコンを起動してみたら、なんと[編集画面]に入ることができたではないか。回復していたのだ。なんとも人騒がせなリニューアルであった。

 11年間も続けていたブログが突然止まったので、本当に皆さんから心配をいただいた。女房が入院していたので、私も倒れたのではないかとの心配もいただいた。ある方など、菓子折りをもって陣中見舞いに来てくれた。私が不在だったので、菓子折りだけ置いて帰ったようだ。また、ある方からは「あなたのブログを読むのを毎日の日課にしていたが、中断して寂しい。早く再開してもらいたい」との声も寄せられた。

 Photo  驚く現象もあった。私のブログは、いつも報告しているように毎日100強のアクセス数である。それが中断以降、毎日200を超えるアクセス数があった。ブログの記事の再開を、首を長くして待っていた読者がいたのだ。多分、一人の方が一日に何回もブログをチェックしてくれていたのだ。ありがたい読者に支えられていると、強く感じた。

 ブログを書けなかったこの10日間、私も毎日何をしていいのやら、当惑の日々だった。写真を撮る元気もないし、前向きに何かをやろうという気力も湧いてこない。読者の皆様と同様、私の日常生活にもブログが色濃く影を落としていることが分かった。

 とにもかくにも再開できた。リニューアル画面がどうなっているのか試す時間もなく、この記事を書いている。今後ともどうぞよろしくお願いしたい。

| | コメント (5)

2019年3月19日 (火)

№4111 イギリスよ、どこに行く?

 2年前、イギリスの国民選挙で、イギリス国民はEU離脱を選択した。選挙が終わってすぐ、国内から大きな過ちの選択をしたとの声が出ていた。しかし、選挙結果が出たので、粛々と離脱の作業をしなければならなかった。しかも、3月末の離脱期限まで2週間に迫っているが、まだごたごたが収まらない。

 そもそも、なぜイギリス国民は、EUの離脱をしなければならなかったのか。日本にいるとあまり実感がないのだが、ヨーロッパの各国は難民問題で苦しんでいる。イギリスも難民に仕事を奪われるのではないか、と国民が恐れていた。難民をシャットアウトして仕事の確保を、これが離脱の一番の原因だった。

 ところが、国民投票を決意したキャメロン元首相が、楽々国民投票で離脱反対投票が圧倒的な多数を占めると読んでいたのが、案に相違して、離脱案が通ってしまい、失脚した。後任にEU残留派だったメイ首相が着任した。彼女は、自分の意見とは反対に離脱に向けた仕事をしなければならなかった。その不幸がある。

 今にして思えば、その時の勢いのままに離脱賛成に票を投じた人々の、後悔の声が聞こえてくる。後悔先に立たず、だ。国民投票の怖い側面だ。離脱の民意が出たのはいい。しかし、民意が出て2年以上たつのに一歩も先に進んでいない。一体イギリスはどこに向かうのだろうか。

 今三つの案があるようだ。一つは合意なき離脱だ。二つ目は再度国民投票をやり直す案、三つ目は3か月程度離脱を先延ばす案だ。しかし、それぞれに問題がある。

  合意がない場合は、イギリスから企業が逃げ出してしまう。それでなくても、本田や日産の撤退が、大きな国内問題になっている。合意がないままEUを離脱すると、企業のイギリス離れがさらに加速するのではないか、という恐れがある。

 再度国民投票をといっても、投票の準備に1年半から2年かかり、現実的ではない。3か月の離脱延期とはいっても、2年間議論して一歩も進まないのが、3か月で進むのか疑問だ。

 イギリスは、二進も三進もいかない局面に立っている。一挙に国際信用を無くす結果になってしまった。国民の判断で大きな間違いを犯したのは、何もイギリスばかりではない。アメリカ大統領選挙で、トランプが当選したことも、また、大きな国際混乱を引き起こす原因になっている。なんでこんなバカな判断をしたのだろうか。悔やんでも悔やみきれない。

| | コメント (0)

2019年3月18日 (月)

№4110 庭隅の家庭菜園

Simg_8214  女房が、庭の隅に家庭菜園を作り始めて2年ほどになる。もともと柿の木が植わっていたのだが、バッサリ切って菜園とした。広さは、わずか2~3坪ほどのものだ。そこに季節の野菜を植え、収穫を楽しみにしている。

 収穫物は、時々食卓に乗る。最近ではキャベツを千切りにして、ソースをかけて食べている。鍋料理のときには、春菊を収穫してきて入れる。そういう意味では、手っ取り早い畑だ。春菊の側には、葉わさびも植えられていた。

Simg_8210
 今植えているのは、サニーレタスだ。葉っぱをちぎって挿したのだろうか、小さな葉が一面に植えられている。これも時期になると、食卓を賑わすことになるのだろう。

Simg_8209
 青い網がかけられた野菜がある。どうやらキャベツのようだ。庭に遊びに来る野鳥の格好の餌だった。主にヒヨドリだろうか、葉をちぎって食べていくようだ。それに業を煮やした女房は、キャベツの上にバッサリ網をかけた。

Simg_8213
 今年で、私は那須の畑をやめた。一年中食卓を賑わしていたジャガイモも、今年は買ってこざるを得なくなった。それも業腹と、畑の隅にじゃがいもを植えたようだ。何個植えたのか聞いてみたら、5~6個ほどだという。ジャガイモを一袋買ってきたが、大きな種芋は腐っていたらしい。

Simg_8208
 野菜で遊び心も発揮している。キャベツを丸ごと収穫してきて、チェストの上に花のように飾った。成程、こういう見せ方もあるのだ、と思った。

| | コメント (0)

2019年3月17日 (日)

№4109 眼鏡を新調しよう

 今の眼鏡にして5年になる。レンズがずいぶん傷んできた。まあ、それでも大丈夫と掛け続けてきた。

 誰でもそうなのだろうが、年齢とともに最近眼鏡を探す機会が増えた。というのも、物をよく見るときには、眼鏡をはずす。そして、そのまま置いた場所を忘れてしまうことがよくある。よくあるどころではなく、最近はしょっちゅうだ。その都度、置く場所を決めようと思うのだが、それさえも忘れてしまう。

 私は近眼であり、老眼でもある。本を読んだり新聞を読むときには、眼鏡をはずす。一日で見ると、着脱することが結構多いね。

 最近もこういうことがあった。眼鏡をはずして新聞を読んでいたのだが、眼鏡を床に置いたのだ。それを忘れて、思い切り踏んづけてしまった。眼鏡は大きくゆがんだ。ゆがんだ眼鏡を行きつけの眼鏡屋で直してもらったが、「ゆがみ過ぎているので、治るかどうかはわかりませんよ」と言っていた。

Img_8205
 それでも、矯正した眼鏡をかけ続けていたが、とうとうフレームが割れてしまった。眼鏡屋に持っていったら、「修理に1か月近くはかかりますよ」というのだ。ただ、傷のついたレンズは直すことが出来ないという。しばらくはスペア眼鏡で我慢することにしよう。

 眼鏡は、どうしても必要なものだ。前の眼鏡を5年間かけ続けていたが、今回は思い切って新しい眼鏡を買うことにした。この際だから、久し振りに眼鏡検査も受けてみよう。係員が丁寧に検査してくれた。その上で、同じ値段のレンズで、精度の良い眼鏡があるという。さらに、レンズも傷が付きにくい加工が施されているという。

Img_8206
 そして、眼鏡を新調することにした。フレームも今までよりもいいものにしよう。10ヶ月の分割払いにすると、月々の負担は少ない。ただ、出来上がるまで一週間程度かかる。その間はスペア眼鏡をつけ続けることになる。

| | コメント (0)

2019年3月16日 (土)

№4108 第36回いきがいゴルフコンペ

Simg_8204
 『第36回いきがいゴルフコンペ』が開かれた。ゴルフ場は、茨城県古河市にある「古河ゴルフリンクス」だ。このゴルフ場は、イギリスのセント・アンドリュースゴルフ場を模したようで、荒涼とした感じがいい。

 このゴルフ場は、もう20年も前になるだろうか、私が一人プレーでしばしば通ったところだ。自宅から50分ほどで着き、交通の便もよかった。さらに、このゴルフ場はパブリックとしては距離もあり、料金も安く十分楽しめるゴルフ場だった。ところが近年飛距離も極端に落ち、この距離が負担になってきた。この10年、ほどはほとんど来ていなかった。

Simg_8201
 世話人の指定コースだったので、ここでコンペを開いた。今回の参加者は、常連のHirokoさんが病欠し、うちの女房もゴルフ禁止で、6人と少々寂しいコンペになった。

 彩の国いきがい大学の仲間で結成したこのコンペも、開始以来10年になる。スタート時こそ賑やかなコンペだったが、一人去り二人去りで、今では常連の8人だけだ。その内、女性二人が離脱したので、そろそろこのコンペの役割も終わったかな。先日報告した「男の料理教室」も終わり、このコンペも終わったのでは、少々寂しい気もするが。

Simg_8202  私がこの日一緒にラウンドしたのは、KeikoさんとAkiraさんだ。3人のラウンドだったので、マイペースで気軽に回ることができた。

 ただ、今年二回目の私のゴルフの課題は、改善されないどころか、ますますはっきりしてきた。ショットはそこそこいいのだが、アプローチとパットが全然だめだ。以前もMasaoちゃんに、「パターをするときに頭が上がっていて、ボールをよく見てない」と指摘されていた。

 この日のゴルフでもその欠点がまともに出て、3パット4パットの連続だ。パターが悪いと、スコアメイクは難しい。なんとか欠点を治したいのだが、どうしたものだろうか。

 打ち上げパーテーの席で、「いきがいコンペ」の正式解散が決まった。今後は有志で声を掛け合って、年に2~3回ゴルフをやろうよということに決めた。ご苦労様でした。

| | コメント (0)

2019年3月15日 (金)

№4107 旧に復しつつある女房の生活

 「奥さんの具合はどうですか?」と、会う人ごとに尋ねられる。私が思わせぶりにブログに書いたことが、かえって心配をあおる結果になってしまったのは申し訳ない。お陰様で、徐々に旧に復しつつある。

 女房は、退院してもう1か月になる。当初は安静と静養とばかりに、寝たり起きたりの生活を繰り返していた。ところが、だいぶ良くなったのだろう、日常生活に戻りつつある。

 「原因は何だったのか」とも聞かれる。彼女は、もともと血圧が高い家系で、自身も絶えず血圧計で測定している。今回の病気の原因は、その血圧の高いのがもとで、血管に負担が生じたのかもしれない。

 退院後、医者には一度も行っていないから良いのかもしれない。今では、何の薬かはわからないが、薬を飲んでいるだけだ。来週にはその薬も切れるから、病院に行かなければならないと話している。その病院も、入院した大病院ではなく、近くの病院で済むという。

 絶対安静から解放されて、入院前に通っていた体操教室通いを再開した。昨日と今日の二日連続で行ったようだ。「無理をしないで、マイペースでやるようにしている」と話していた。やれやれ安心だ。ご心配かけてすみませんでした。

| | コメント (0)

2019年3月14日 (木)

№4106 玉川上水沿いを歩く

Simg_8175  東京シニア自然大学NEXTの今期最後の講座「玉川上水を歩こう!」に参加してきた。集合場所は、青梅線の羽村駅だ。この日の参加者は、29名と今期最大だった。

 この参加者を見込んで、大勢のボランティアガイドがついてくれた。朝礼時点では6名だったが、旅が進むにつれて、さらに別のガイドも説明に参加していた。ボランティアガイドは、この講座にはなくてはならない存在だ。ガイドがいるかいないかでは、物の見方がまるきり違うのだ。東京シニア自然大学は、積極的にガイドを利用している。

Simg_8179
Simg_8177  羽村駅を出発して、先ず向かったのが「羽村郷土博物館」だ。この博物館に行くには、多摩川を渡らなければならない。この季節に、川でアユ釣りをしている人の姿があった。この付近の多摩川は澄んでいて、鯉の泳ぐ姿も散見した。

 館内では、館員の丁寧な説明に耳を傾けた。話の中心は、玉川上水にまつわる話だった。玉川上水は、ここ羽村の取水堰をスタートに、四谷大木戸までの43kmの長さがあるという。江戸時代初期、1年間で発削されたものらしい。

Simg_8181
Simg_8182_2  博物館での説明を受けた後、対岸にある羽村堰に行った。玉川上水は、ここからスタートしているのだ。取水堰の付近は大河で、水がきれいに澄んでいた。今日の講座は、この玉川上水沿いを拝島駅まで下って歩こうというものだ。

 玉川上水には、たくさんの橋がかけられていた。まだ少し早かったが、沿岸にはたくさんの桜が植えられていて、花見時は大賑わいだという。

Simg_8187
 沿線沿いには、大きな家も散見された。羽村は、昔は養蚕業が盛んで、名残の豪農がまだ残っているという。中でもひときわ大きかったのが、田村酒造だった。この酒造では、幻の銘酒を作っているらしいが、試飲する時間はなかった。

Simg_8190
 昼食をはさんで、さらに下流へと進んだ。大きなお寺もあった。ボランティアガイドの一人が、この寺の説明をしてくれた。最近、このお寺で古い仏像が見つかったのだそうだ。鑑定してみたら奈良時代の貴重なもので、高さは15㎝とのことだ。もちろん、一般に公開はされていないらしい。

Simg_8194
 玉川上水掘削での苦労の跡も見られた。たびたび洪水に会い、ルートを変えた後とか、水喰土公園(みずくらいど)では、上水の水が地中に浸透し、下流に流れなかった跡もあった。急遽、流れを付け替えたらしい。先陣の苦労の跡がしのばれた。

Simg_8197
 この日の旅の終点は、日光橋だ。あれほど澄みきっていた玉川上水も、この付近に来ると濁っていた。ただ、この橋は明治24年、レンガで作られた貴重な文化遺産とのことだった。

 この日はずいぶん歩いた。自宅に帰って歩数計を見たら、25,350歩・17.7kmも歩いていた。参加者の中には、87歳、86歳の方もいたが、いたって健脚だ。ある参加者が言っていたが、「この講座に出ることで、見聞も広がるし、何より興味が尽きないのが若さを保つ秘訣」と話していた。私も、彼の意見に同意した。

| | コメント (0)

2019年3月13日 (水)

№4105 Takeちゃん日本縦断徒歩の旅に発つ

 以前もお話ししたが、わが友Takeちゃんが日本縦断徒歩の旅に出発した。3月5日のことである。古希が近いというのに、買った切符が「青春18きっぷ」というから恐れ入った。この切符があれば、日本中を旅できるようだ。ただ、有効期間は40日に限られている。

 彼の旅は、逐一彼のブログ「竹ちゃんの旅日記のブログ」で報告されている。旅に出た最初の記事は、高松駅で寝袋に入っている野宿の姿だった。この歳でよく野宿などするよねと、あきれ恐れ入った。

 今は四国八十八か所の札所めぐり巡礼をしているようだが、この後九州の渡り、佐田岬で日本縦断の旅を始めるらしい。極力荷物を少なくと、水・食料を含め13kgに抑えたという。徒歩での縦断のようで、それでも1日に30kmをこの荷物を背負って歩くのは大変だ。

Photo
 今回の彼の旅については、教科書があったようだ。岩波新書で、石川文洋さんの『日本縦断 徒歩の旅―65歳の挑戦―』という本だ。石川さんは、宗谷岬から佐田岬まで120日間で歩く計画を立てた。予算は、一日1万円だという。

 Takeちゃんの凄いのは、100日で交通費も込みで30万円であげるつもりのようだ。それには、極力宿には泊まらずに野宿で、安く上げようというつもりのようだ。それにしても、2~3日前の豪雨の中の野宿は辛い。私のような軟弱者には耐えられないが、普通の人も古希近いと同じ感情を持つのではないかな。

 九州から再度四国に上陸し、紀伊半島を横断して東海道に向かうという。東北を北上して北海道に行く計画のようだが、彼の生まれ故郷は八戸だ。当然、実家にも立ち寄ることになるだろう。

 いずれ、詳細な旅の報告がブログに記載されている。目的地の宗谷岬には6月に着くという。彼のブログを楽しみに追いたい。

| | コメント (3)

2019年3月12日 (火)

№4104 クシャミが止まらない

 このところクシャミが止まらない。先日の東京シニア自然大学の講座で「大森海苔のふるさと館」に行って、街歩きをしてからだ。クシャミの原因は、風邪か花粉症かはわからない。どうも熱っぽくもあるのだ。風邪かなと思いそのことを女房に言ったら、「花粉症でしょう」と断じられた。

 私は、1月下旬から花粉対策の薬を飲んでいることは既に報告した。花粉が飛んでいなかったのか、薬が効いていたのかは知らないが、2月中は花粉症の症状は出なかった。花粉症は治ったのかな、と思っていた。

 ところが、ここにきてクシャミが出、鼻詰まりがする。それに、若干熱っぽいのだ。夜中も、鼻詰まりで目が覚める。鼻から息ができないので、どうも口呼吸しているようだ。口がカラカラに乾き、目が覚めてしまう。

 昨晩も、結局寝たのは夜中の2時半ころだった。息が苦しくて、すぐに目が覚めてしまう。寝たり起きたりの繰り返しで、どっと疲れがたまっている。相当花粉が飛んでいるのだろう。薬の効果は、限定的だ。

 4月の声を聞くと、クシャミはピタッと収まる。もう3週間くらいか、憂鬱な日は続く。

| | コメント (2)

2019年3月11日 (月)

№4103 東日本大震災から8年

 2011年3月11日の午後2時46分、三陸沖中心で発生したマグニチュード9の大地震。あれから今日で8年になる。1000年に一度起きるかどうかという大地震だった。地震の揺れもひどかったが、その後の津波で甚大な悲劇が出た。

 いつもこの日のことを思い出すのだが、あの瞬間は忘れられない。私は、那須で畑を耕していた。珍しく、向かいのOhnoのお父さんが畑に顔を出し、畑談義をしていた。お父さんが帰って間もなく、眩暈のようなものがして、頭がクラクラとなった。

 あれ、体の不調かなと思った瞬間、畑の地面が大きく波打った。周りの大木もゆさゆさ揺れて、地震が起きたことが分かった。まともに立っていられなくて、鍬の柄を支柱にしてつかまっていた。結構長い揺れだった。

 それも一段落して、再度畑を耕し始めていたら、近所のShiratakiのお父さんがやってきて、「大地震が起きた。畑を耕している場合じゃないよ。家に帰って、被害の確認をしたらどうか」という。そんな大地震かと思い、『あるるのいえ』に帰ってみた。

 幸い、自宅は茶碗が2~3個落ちた程度で、ほとんど被害はなかった。Ohnoさんの家に行ってみたら、棚からお酒が零れ落ちていて、家中酒の匂いがしていた。まあ、その程度の被害だったのだが、聞くところによると那須の岩盤は堅く、今までも地震の被害はなかったとのことだった。

 テレビをつけてみたら、丁度釜石や石巻等で津波が襲ってくるのを実況中継していた。車や家が流されていくのを、目の当たりに見た。こんなにショッキングな印象深い映像は初めてのことだった。強烈な印象とともに、流された家の人は無事避難できたのか、不安が襲った。その日は、一日中テレビにくぎ付けだった。結局、22000人以上の死者・行方不明者が出た。

 津波や地震での被害はこれはこれで甚大だっのだが、この8年、福島原発の爆破炎上の事故被害は、われわれの想像を超えるものであった。私なども、それまでは原発は必要悪と考えていた。それが、まだ発展途上の技術で、原発を人類が完全にコントロールできていないことを露呈した。

 「安い」はずの原発が、この間何兆円もの被害を生むことになった。潔く原発を放棄したらいいようなものだが、政府は離したがらない。原発事故後、原子力発電所は次々と休業に追い込まれたが、決定的な電力不足は生じていない。原発がなくても、電力需要は賄えているのだ。

Img_80031 Img_79961  私は、ボランティアで被災地を3度ほど訪れている。何かが出来たというわけではないが、自分の眼で被災地を体験したのは大きかった。特に印象に残ったのが、石巻の大川小学校の被災現場だ。生徒・先生を含め98名が、津波の被害で死亡した。

 現場を見て強く思ったのが、なぜ裏山に逃げなかったかということだ。小学校の脇は北上川の下流にあり、その河を伝わって津波が押し寄せたのだ。津波が来たときは、生徒は校庭で避難指示を待っていたようだ。そんな暇があったら、さっさと裏山に逃げたらよかったものの、とものすごく残念な思いがした。

 東北再生はまだまだ道半ばだ。今年は、秋に釜石のワールドカップラグビー観戦に行ってくるつもりでいる。改めて、被害現場も観てきたい。

| | コメント (0)

2019年3月10日 (日)

№4102 Twitterで気楽に情報発信

 すでにお知らせしたように、私はTwitterを始めている。ブログの情報発信とは別で、どこでも気軽に発信できるのがいい。しかも、スマホを持っていると、スマホで撮った写真が貼り付いてくれる。

Twitter  ブログは、毎日午後7時に1記事投稿をしている。それに対して、Twitterは気が向いたら記事投稿をする。前号の記事になるが、昼食の間に「大森海苔のふるさと館」で、海苔つけの作業のツィートをした。記事を書くのは、ものの1分程度だ。

 山彦先生もTwitterで記事投稿しているが、大事なのはハッシュタグ(#)をつけることだ。#を検索すると、関連記事が出てくる。例えば、この記事に#大森海苔ふるさと館、#平和島とつけた。すると、#大森海苔ふるさと館では2件、#平和島では11件の記事が検索出来た。

 ブログにはこういう機能がなかったので、#のつけ方には慣れていない。ただ慣れると、様々な使い方があるようだ。この記事には、東京シニア自然大学の講座で行ったので、#東京シニア自然大学を付けたらよかったと反省している。

 この#東京シニア自然大学がつくと、これに関連して東京シニア自然大学の関係者がどのくらいTwitterに関心を持っているのか、たちどころに分かるのだ。

Photo  先日も、映画を観る前に『グリーンブックの映画をみる』とTwitterに書き込んだ。ツウィートはすぐにフォロワーに届くらしく、Naoko先生から「映画を観たなら、感想も載せるべき」ととのリツウィートをいただいた。映画を観る前にツウィートをしたので、まだ感想を載せる段階ではなかった。そのことをいうと、「それなら記事にちゃんと書くべき」とお叱りをいただいた。

 いまのところ、私がフォローしているのは12人、私のTwitterのフォロアは9人いる。まだまだTwitterの試行錯誤は続くが、一人前に仕上がったら、ぜひ皆さんも招待したい。もう少し時間を下さい。

| | コメント (0)

2019年3月 9日 (土)

№4101 海苔つけ体験と江戸前の街探訪

Simg_8134
 今期最後の「東京シニア自然大学修了生コース」の講座があった。今回は、「大森海苔のふるさと館」で海苔つけ体験をし、午後は海苔の町大森の街歩きだった。会場は、京急平和島駅から歩いて15分ほどのところである。午前中は座学と海苔つけ体験、午後は海苔の町大森の遺跡を訪ねて歩くという講座だ。

Simg_8136
Simg_8138  今まであまり”海苔”を意識したことはなかったが、改めて大森は海苔の街だということを知った。ただ東京湾再開発計画に基づいて、昭和37年にすっかり海苔生産は終わったとのことだ。今残っているのは、その当時の体験を受け継ぐ人たちだけだった。

 話を聞くと、海苔の生産というのはものすごく過酷な労働だったようだ。しかも、仕事は冬に集中する。朝2時ころに起き出し海苔の生産をするのだが、冷たい水の中大変だったと、当時の海苔生産の漁業について体験談も聞いた。

Simg_8141
Simg_8144  そのうえで、実際の海苔つけ体験の授業もあった。収穫した海苔の断裁は、人の手によって行われた。これも重労働だったようだ。今では、機械で裁断されるようになったが。そして、参加者が、一人一人海苔つけ体験を行った。

 一人2枚づつ海苔つけをするというのだが、最初はぎこちない作業も、2枚目には手慣れたものだ。しかし、海苔つけ業者は、2時間で200枚、1日1500枚から2000枚も海苔を作っていたというから、これも重労働だったようだ。

Simg_8150
Simg_8151  海苔つけしたものは、簀の子に乗せて天日干しをした。直接日に充てると乾くのが早すぎると、わざわざ陰干しだ。この「大森海苔ふるさと館」はNPO法人が運営していて、ここのボランティア活動家が丁寧に教えてくれた。

 ありがたいことに、海苔つけされた海苔は名札をつけて、後日自宅まで送ってくれるのだそうだ。その郵送代も請求されなかったから、無料でのサービスのようだ。来週には自宅に届くというから、さてどういう海苔ができたのやら、来るのを楽しみにしよう。

Img_8163
 ふるさと館で昼食を食べ、午後は海苔の町大森の探訪だ。ここのボランティアの人たちが、ガイドブックまで用意してくれた。このガイドブックを片手に、海苔の遺跡を訪ねる街歩きをした。この日は天気は良かったものの、風が強く花粉が舞っていた。お陰で、すっかり花粉症がぶり返してしまった。

Img_8153
Img_8154  以前は、この大森海岸は海苔棚が所狭しとたてられていたようだ。東京ガスの大きなタンクが二基あり、堀も縦横に張り巡らされていたという。その堀もすっかり埋め立てられており、若干面影は残っていた。

 広い工場跡地には、マンション群だ。ちなみに、海苔業者は漁業権放棄で得た補償金をもとに、アパートを建てたらしい。そのアパートも副収入として生活が成り立っていったという。各海苔業者は、海苔干しに600坪くらいの敷地を持っていて、その跡地に次々とアパートを立てていったらしい。

Img_8155
Img_8158  海苔業者の信仰の神社は、貴舩神社や三輪厳島神社だった。その神社にお参りをし、さらに海苔問屋で海苔の仕入れの話を聞いた。今では、海苔の中心生産地は有明海で、瀬戸内海や三河湾でも生産しているという。

 参加者のほとんどが、この海苔問屋でお土産を買い求めていた。もちろん私も買ってきたのだが、そんなに高いものではなかった。

Img_8161
 最後は蜜乗院というお寺の境内で、このお寺の目の前に棲んでいる、かつての海苔業者の体験談を聞いた。海苔の学習の一日だった。

| | コメント (0)

2019年3月 8日 (金)

№4100 2月に読んだ本

 毎年2月はそうなのだが、2月は例月より2日か3日少ない。毎月最低5,000頁の読了を自分に課している身にとってのこの差は大きい。一日200頁前後読んでいるので、3日少ないと600頁普段より少ないのだ。いつもこの緊張感で2月を過ごす。

 緊張して本を読んでいるせいか、意外と2月は目標をクリアしている。ちなみにこの5年間の2月の成績を見ると、2015年は13冊・5,116頁、2016年は15冊・5,893頁、2017年は13冊・5,061頁、そして昨年2018年は16冊・5,375頁を読了した。さて、今年はどうだったのか。結果は13冊・5,343頁を読了し、無事目標を達成した。

 私の今の生活は、読書中心である。大体が夜9時にベッドに入り読書、11時半ころに就寝。朝は6時に目が覚めるとそのまま本を読み、8時近くまで読んでいる。昼は、埼玉県民活動総合センターの読書ルームで、2時間くらい本を読んで過ごす。私の理想とする生活だ。

 さて、例月のように2月は何を読んだのか報告し、2~3の本の感想を述べたい。

船戸与一『新・雨月 戊辰戦役朧夜話(上)(下)』(上)508頁(下)495頁 徳間書店 2010年2月刊
鳥越碧『めぐり逢い 新島八重回想記』377頁 講談社 2012年11月刊

葉室麟『はだれ雪』442頁 角川書店 2015年12月刊

堂場瞬一『社長室の冬』404頁 集英社 2016年12月刊

服部真澄『ポジスパイラル』360頁 光文社 2008年5月刊

新野剛志『カクメイ』452頁 中央公論新社 2013年11月刊

佐々木譲『沈黙の法廷』557頁 新潮社 2016年11月刊

久坂部羊『悪医』293頁 朝日新聞出版 2013年11月刊

熊谷達也『浜の甚平』333頁 講談社 2016年11月刊

堺屋太一『活断層』422頁 アメーバブックス 2006年12月刊

津本陽『草原の覇王 チンギス・ハーン』 PHP研究所 2006年8月刊

平岩弓枝『ベトナムの桜』288頁 毎日新聞出版 2015年7月刊

Simg_7992
 私は船戸与一の大ファンで、彼の作品はほとんど読んでいるのではないか。ただ、残念ながら『満州国演義(全9巻)』を2015年2月に完結し、間もなく亡くなってしまった。いま改めて彼の略歴を見ると、私と2歳しか違わなかった。今から思えば、『満州国演義』は彼の遺著のようなものだった。

 改めて、今まで読んでいる船戸の本を列記してみた。多分、船戸の本を最初に読んだのは『砂のクロニクル』(1991年刊)だと思う。会社の同僚に勧められて読んだのだが、跳び上がるほど面白かったことを記憶している。そして彼の本の読書歴は、2000年前半に集中していた。全部で38冊ほど読んでいるから、私の著者で1~2を争うはずだ。

 遍歴を改めて調べてみると、本書『新・雨月』は2011年に読んだ記録があった。今回は二度目になる。戊辰戦争が中心テーマだったが、ここで書かれていた舞台は、会津というよりもむしろ長岡藩だった。そこで長州のスパイの暗躍を通して、戊辰戦争の実相に迫ろうという話だった。

Simg_7985  いずれ、薩長は誰か犠牲者が欲しかった。徳川慶喜が早々に降参し、敵を会津に求めた。実際、会津は新政府に敵対したわけではなく、京都守護の責任を押し付けられ、否応なく長州と全面対決する立場に立たされたのだ。薩長新政府は、会津を血祭りにあげ、犠牲を強いることのよって、内部固めをしようとしたのだ。面白かった。

 同じ時期に、意識はしなかったが、会津の女「新島八重回想記」を読んだ。新島八重の話は、NHKの大河ドラマになったようだが、私は見ていない。会津の女が幕末に大変悲惨な目にあったが、幸い、彼女は京都の兄のところに避難していたようだ。この小説を読んでわかったのだが、八重という女性は非常に強かった。

Img_8034

 堺屋太一が亡くなったのは、今年の2月8日である。大阪万博の功労者として、次の新しい大阪万博でも活躍が期待されていたようだが、残念な事態だった。堺屋は、通産省の異色官僚だった。私も昔のことになるが、堺屋の『豊臣秀長』や『油断』、『団塊の世代』などを読んでいる。ただ、そんな熱心な読者ではない。

 堺屋の『活断層』を見付け、彼への鎮魂のつもりで読んでみた。堺屋の文章は明確で、すごい読みやすかった。この話は、沖縄の”ある島”に石油の備蓄基地を建設しようという商社に勤める主人公が、備蓄基地の建設反対をめぐって島の人たちとの対立が描かれていた。

 まるで、沖縄の辺野古基地反対運動のような話だ。私は、堺屋には違和感を持って読んだが、何でもかでも反対するプロの運動家が陰にいることをうかがわせるような話だった。
Img_8131
 津本陽も多作な歴史作家だが、私はあまり津本の本は読んでいない。 どうも、彼の文体は私の趣味には合わないのだ。とはいうものの、『巨人伝』『渋沢栄一』『下天は夢か』『異形の将軍―田中角栄』などは読んでいる。

 調べてみると、堺屋太一も『世界を創った男 チンギス・ハン』という小説を書いているようだ。もちろん、私は読んでいない。

 この小説を読む限り、チンギス・ハーンの部隊は敵とみると皆殺しをして歩いたようだ。何万人、何十万人という死体が戦場に転がっている。モンゴル軍の強さは、どうも軍馬にあったようだ。一人の騎士が、モンゴル馬を何頭も率いて戦場に向かう。一頭がダメなら次々と乗り換えて、1日100kmも移動したようだ。

 騎馬民族の機動力、騎射能力、異民族を征服する中で開発した攻城用兵器などで、あっという間に西アジアを征服していった。地図とにらめっこで、この小説は読んだ。

| | コメント (0)

2019年3月 7日 (木)

№4099 今年の冬の暖房は

Img_8121
 今年の冬は、わが家はものすごく寒かった。というのも、昨年の暮に10畳用のエアコンを新設し、「冬はエアコンだけで我慢し、石油ストーブは灯油が高いので、使うのをよそう」と女房が宣言したからだ。

 新しいエアコンは省エネになっていて、あまり電気を食わないらしい。とはいっても、一日中エアコンをつけていると、それなりの電気代になる。ある朝は、私が起きてみたらエアコンがつけっぱなしになっていた。消し忘れたらしい。

 エアコンから暖気は出るとはいうものの、やはりこれだけではこの冬は寒かった。寒さを我慢して、体には毛布を巻いていた。12月から2月までは、それだけで我慢していたが、矢張り寒さには耐え切れない。

Img_8123
 自分の部屋には石油ストーブがあるので、その部屋だけにはストーブをつけていた。居間にも石油ストーブが欲しいと、倉庫の中から出してきた。石油ストーブはたくさんあるのだ。エアコンも暖かいが、矢張り石油ストーブが段違いに暖かい。

 灯油が高いと拒否していた女房も、寒さには耐えられない。今ではテレビの前にストーブを置き、その前に座ってテレビを見ている。このストーブで部屋が暖まり、幸せな気分になった。

 まあ、年を取ったらあまり我慢をしないことだね。

| | コメント (0)

2019年3月 6日 (水)

№4098 最後の昼餐?

 毎月第一火曜日は、「男の料理教室」の定例会の日だ。隔月ごとに、調理と食べ歩きを繰り返している。何度か申し上げているが、「男の料理教室」とはいうものの、実情は女性会員の助けで調理が進んでいる。女性会員がレシピを作ってくれなけれが、物事は進まないのは悲しい。

 幸いなことに、このクラブは男と女がちょうど半々である。レシピは特別料理ではなく、ほぼ家庭料理なのだが、むしろ男よりも女性会員の方が嬉々として参加しているのは、どうしたことだろうか。このクラブが発足したのは、大震災が起こった2011年5月である。もう8年になろうとする。回数も90数回を数えている。

Img_8120  この日は調理の日だったが、調理を始める前に会長のAkiraさんから提案があり、「そろそろこのクラブも役割を終えたので、解散してはどうか」という。なかなか楽しい会だったので、解散には踏ん切りきれなかったが、まあいいかな。この日参加の13名(会員は15名)からも、反対の声があがらなかった。そいうい意味で、この日は「最後の昼餐会」となった。

 この日レシピを作ってくれたのは、わが班のNiijimaさんだ。雛祭り用にと、①ちらし寿司、②だし巻き卵、③あさりの味噌汁、④春キャベツのサラダの4種類だ。

Img_8112
 この会ではいつものことだが、手の動きはぎこちないが口達者で鳴るOnちゃんの大声が、ひときわ調理室に響いていた。口の割には、包丁さばきがぎこちない。どうしても8年もこのクラブで修業したとは思えない。ただ、クラブ発足当時にはよく包丁で指を切っていた彼も、最近でこそそれはなくなったのだから、多分上達したのだろう。

 この日はすし飯を作る必要がある。レシピを作った女性会員からは、「いつもより水を少なくしてね」との注意があった。まずは米を研いで、30分ほど水からあげておく必要があるのだそうだ。米炊き男の私は、忠実にその注意を実行した。女性会員から炊きあがったご飯に、「米粒が立っていて上手」とほめられた。

Img_8113
 一方で、Onちゃんの炊き上がったご飯はびちゃびちゃだ。「いつもより水を多くしたのだ」そうだ。注意散漫の典型のようなものだね。負け惜しみで、「お粥のすし飯も、たまにはいいよね」だって。

Img_8114
 だし巻き卵を私は作ったことがない。卵を割る役だけはこなしたが、トッピングの卵をフライパンで焼くのはSanちゃんだ。丁寧に焼いているのを見ていると、彼の人柄が出るものだ。だし巻き卵は、女性会員に焼いていただいた。

Img_8115
 ちらし寿司は、見た目も大事だ。お皿に、見た目がきれいなようにで飾り付けをしていたのは、わが班のFukuda女史だ。きれいに飾り付けられました。

Img_8116
 さて、今日の料理の出来栄えはどうかな。ウ~~ム、きれいにできました。食欲をそそりますね。そして、とっても美味しかった。

Img_8119
 そうだ、食べる前に「最後の昼餐」なので、全員で記念写真を撮っておこうよ。そして最後の会になる4月の定例会は、感謝を込めて男性会員が女性会員を接待することとなった。

 特に女性会員の皆さん、本当にありがとうございました。

| | コメント (0)

2019年3月 5日 (火)

№4097 映画『グリーンブック』

 朝、女房が「映画を観に行かないか」と声をかけてきた。極めて珍しいことで、いつもは女房は女房、私は私で映画に行っていた。実は、この日はゴルフの予定があったのだが、あいにくの雨で急遽中止になった。

Img_8109
 私は、それなら映画を観に行く心づもりをしていた。私が観たかったのは、埼玉映画『翔んで埼玉』という映画だ。どこの映画館もいっぱいで、次の上映待ちという人気の映画だ。その話をすると、女房が観たいのは『グリーンブック』だという。私は、その映画に付き合うことにした。

Img_8111
Img_8108  朝10時半からの上映予定というので、早めに映画館に行ったが、券売機の前はいっぱいだった。平日の朝なのに何だろうと不思議に思ったら、件の『翔んで埼玉』を観る客のようだ。えらい人気だ。

 今回は『グリーンブック』を観るが、近いうちにこの映画も観に来よう。

 それにしても『グリーンブック』は望外に素晴らしい映画だった。この映画は、実話に基づいて作られたという。舞台は、1962年のアメリカだ。南部でコンサートを行おうという黒人ピアニスト、ドクター・シャーリーに運転手として雇われたイタリア系白人トニー・リップの奇妙でしかも美しい行脚旅行の話だ。

 トニー・リップは、「コパカパーナ」というキャバレーの用心棒を務めていたが、キャバレーが休業で失業していた。そこに、ピアニストの演奏旅行の運転手をしないか、との話が舞い込んできた。トニーは、その当時の実情通り、黒人差別主義者だった。黒人のお抱え運転手はまっぴらごめんと、条件を上げて、その通りならやってやろうといった。ドクター・シャーリーはその条件を飲んで、珍道中旅行が始まった。

Photo_2
 それにしても、当時のアメリカ南部の人種差別はすさまじいものだった。ケネディが大統領の時代だから、そんな古い話ではない。黒人専用のホテルを紹介する本が、「グリーンブック」だった。その小冊子がなければ、黒人が泊まるホテルは探せない。

 演奏旅行で招待されているのに、招待者が用意しているのは物置部屋だった。当然、ホテルのレストランは、黒人は入れない。クリスマスパーテーに演奏を依頼されたのに、部屋もレストランも拒否された。400人の観客が彼の演奏を待っているのだが、あまりの仕打ちにキャンセルしてしまった。

 1か月の演奏旅行(実際は1年だったらしい)を終えニューヨークの自宅に帰ったが、トニーの家では近所の人が集まってクリスマス大パーテーをしていた。一方で、ドクター・シャーリーの豪華な部屋には、待っている人は誰もいなかった。その後のどんでん返しは、ほのぼのさせるものだった。

| | コメント (1)

2019年3月 4日 (月)

№4096 東京マラソン

 昨日、恒例の「東京マラソン」が行われた。このマラソンはマンモスマラソンで、出場申し込み者が35万人くらいあり、抽選で38000人弱が出場するという。話に聞くと、なかなか抽選には当たらないらしい。

 一般出場は10倍弱の競争率だが、それとは別にセミプロ集団の競争がある。テレビで見ていたのは、もっぱらこの集団の競争であった。特に、最近日本選手の活躍が目覚ましい。設楽悠太が昨年の東京マラソンで日本記録を打ち立てたら、その8か月後に大迫傑が日本記録を更新し、2時間5分50秒で走り、両者とも1億円をゲットした。

 今回は設楽悠太は出場しなかったが、大迫傑が出るので楽しみだった。それにしてもあいにくのコンデションで、スタート前から雨が降り続き、寒かった。気温は4.8度だったという。事前の天気予報とは違い、雨降りが早まった。

 最近のマラソンは、高速マラソンだ。今回の設定では、1㎞2分57~8秒の設定だったらしい。ペースメーカーがこの通り30kmまで先導すると、日本記録を達成するスピードだったという。

 ところが、最初の1㎞は2分48秒と最初の約束と違った。今朝のモーニングショーで瀬古俊彦は、「ペースメーカーに違約金を払ってもらわなければ」と言っていた。寒さに加えペースが速かったので、第一集団と第二集団がはっきり分かれた。第二集団は、1㎞3分の設定で走ったらしい。

 先頭集団のペースが速かったせいか、当初12~3人いた集団が一人こぼれ、二人こぼれしていった。日本選手も、大迫や佐藤を含め3人いたが、なんと大迫が29km付近でリタイアしてしまった。「スタート地点から寒くなって体が動かなくなり、棄権せざるを得なかった」のだそうだ。トップ集団から佐藤と中村匠吾の二人も落ちていった。

Photo
 そして第二集団から上がってきたのが、無名の中大生堀尾謙介だ。彼は現役学生で、今年の箱根駅伝も二区を走り、5位の成績だったという。それなりには速いが、まあ跳び上がるほど速い選手ではない。彼は第二集団のトップを走っていたが、結局は日本選手の第一位でゴールに飛び込んだ。イヤ~~、意外なことが起こるものだ。

 この寒さだったから、高速で走るのではなく1㎞3分で走るのが正解だった。第二集団から日本人の二位と三位も出た。ただ、堀尾も2時間10分21秒だったから、条件が悪かったとしても、あまり褒められた数字ではない。

 今年の9月には、成績上位者だけで「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」が行われるが、現役大学生で唯一堀尾が出場権を獲得した。今回は寒かったが、9月は暑すぎないか。寒いの暑いのと言っては、本番のオリンピックも闘えないね。

| | コメント (0)

2019年3月 3日 (日)

№4095 春の足音

 今日は、3月3日の雛祭りである。あいにくの雨の日だが、確実に春の足音が迫っている。私も今冬の一番寒い時には毛布を二枚かけて寝ていたが、昨日はさすが暑く、毛布を全部はいでしまった。掛け布団一枚でちょうどいい。

Simg_8097
Simg_8095  3月上旬で早春だが、いろいろと花が咲き始めている。試みに、私の住む団地を歩いてみた。この時期、何より目を引くのが梅の花だ。

 紅梅に白梅が実に見事だ。梅の木は、剪定しないとどんどん枝が伸びる。上の梅は剪定して実に樹勢が美しいが、左の家の梅は剪定されていないようだ。剪定されていない梅も、きれいに咲いてはいる。

 水戸の偕楽園をはじめとして、いま各地の梅まつりのニュースが流れている。

Simg_8094
 この花は何だろうか。多分、馬酔木だろうと見当をつけて調べてみた。間違いなく馬酔木だった。早春に咲く花だそうだ。この木の名前の由来は、「馬」が葉を食べれば毒に当たり、「酔」うが如くにふらつくようになる「木」、という所からつけられたという。

Simg_8104
 鮮やかな黄色の花が咲いていた。三椏である。枝の先がきれいに三つに分かれている。那須にも三椏はたくさんあるが、花は白っぽい。こういう風に黄色なのは、園芸種のせいかしらね。

Simg_8101
 早春の代表的な花といえば、沈丁花だ。強い芳香を放ち、沈丁花が咲いているのはすぐにわかる。私も沈丁花が好きで庭に何度も植えたが、何年かすると枯れてしまう。土のせいかとも考えたりする。ただ、香りを放つには若干早いか、嗅いでみたがまだ香りはしなかった。

 また、早春の花に連翹がある。近くの土手に連翹並木があるのだが、見てみると蕾がまだ堅い。咲くにはもう少し時間がかかりそうだ。

Simg_8105
Simg_8106  わが家の庭も花はまだだが、唯一咲いていたのがクリスマスローズだった。女房が「紅花常盤万作はまだ咲いていないね」と言っていたが、これが咲くのは5月の連休前後だ。まだ、ちょっと早いね。

 サクラ情報によると、今年は桜が咲くのが例年よりも3日ほど早いという。もう3週間もすると、開花情報が出るのだろう。

| | コメント (0)

2019年3月 2日 (土)

№4094 陶製の内裏雛

Img_8087
 明日は雛祭りだ。一週間ほど前から、ウッドデッキのデスクに陶製の内裏雛が飾られている。女房が、雛祭りを意識して飾ったもののようだ。話を聞くと、吉田さんという方の制作だという。そういえば、まだ何種類かのお雛様があるはずだ。せっかくだから出したら、と話した。

Img_8089
Img_8090Img_8091  新聞紙にくるんでいたお雛様が出てきた。全部で3種類あった。二段目の左のお雛様は、女房の手作りだそうだ。いずれも一年ぶりに日の目を見た。

Simg_8092
 せっかくだからと、居間のテレビの脇の飾り段に飾っておいた。少しは雛祭りらしくなったかな。

| | コメント (0)

2019年3月 1日 (金)

№4093 雨のなか、確定申告に

Img_8085
 今年も確定申告の時期がやってきた。昨年も同じことを書いたが、主な収入源は年金なので、確定申告の必要はないようなものだ。ただ、若干の税金の戻りがある。一回の飲み代程度のものなのだが、それを楽しみに今年も税務署に出かけよう。

Img_8084
 こうやって税務署に行くのは、退職後の年中行事のようなものだ。私は「確定申告」のファイルを持っている。このファイルを出すのも、年一回のみだ。最初に確定申告をしたのは、平成18年だった。前年に退職金が出ていたので、還付金は40万円もあった。その後も10万円前後の還付金はあった。これぐらいあると、税務署に通う甲斐もあるのだが。

 この2~3年の主な収入は、年金である。それにしても、年金はありがたいね。女房と一緒に合算してみると、贅沢しなければ暮らしていける額だ。もちろん、これだけの収入だと、海外旅行など行けないのだが。

Img_8086
この日は雨が降っていたので、確定申告をする人は少ないと思って出かけた。ところがどっこい、そうはいかない。私の前に順番待ちをしている人が60人もいた。それでも席が空いていたので、空いている部類だったのかな。

 確定申告は、パソコンを使って行う。まあ、自宅でも確定申告はできるようなのだが、年一回は税務署に行ってみたい。手続きは年一回なので、前年のことはほとんど覚えていない。税務署の職員のヘルプで手続きをした。

 年々手続きは変わっているようだ。「あなたの暗証番号を入力してください」と言われたが、もちろん覚えていない。昨年も暗証番号の入力はあったのかな。もちろん、覚えていなくても手続きはできた。必要なのは、「マイナンバーカード」だ。このカードはほとんど使うことはないのだが、この時は必要だ。 

 わからない時には係員に聞きながら手続きを進めたが、まあ、そんなに難しいことではなかった。全部入力が終わると、今年の還付金額が出てくる。昨年より22円少なかった。まあ、大勢に問題ない。帰って、ファイルをまた引き出しにしまった。このファイルは、来年まで出番はない。

| | コメント (0)

« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »