« №4127 3月に読んだ本 | トップページ | №4129 埼玉の三偉人 »

2019年4月12日 (金)

№4128 新札一万円に湧く埼玉

Sdscn0088
 ご存知のように、2024年に発行される新一万円札の肖像画が渋沢栄一に決まった。埼玉は、渋沢栄一の生まれた深谷市を中心に大いに盛り上がっている。一連の報道を見ていると、深谷に「渋沢栄一記念館」があるという。自宅から一時間ちょっとなので、この機会に訪ねてみよう。いつもそうなのだが、熊谷に行くのには新幹線の側道を使うと速い。ほとんど車が走っていないし、何より新幹線の側道なので真っ直ぐだ。目的地には、1時間ちょっとで着いた。

Sdscn0089
 早速、記念館に入った。玄関には、上図のようなポスターが張られていた。新一万円札に決まったせいか、平日にもかかわらず来館客数が多かった。館の入り口で渋沢英一翁の業績のDVDが流れていた。私も20分ばかりの映像を見ていたが、既知の話が多かった。渋沢栄一については、ずいぶんたくさんの小説を読んだような気がする。自宅で検索してみたら、津本陽の『渋沢栄一伝(上)(下)』と佐野真一『旅する巨人』が出てきた。ほかにもたくさん読んだような気がするが、渋沢の表題ではなかったのではないか。

Sdscn0090
 DVD画像の脇に、渋沢栄一の実像のパネルがあった。そのパネルによると、渋沢栄一は153~155㎝の身長だったようだ。来館者の一人が、思わず「渋沢栄一というのは、意外と小さかったんだね」とつぶやいていた。江戸から明治にかけての人は、こんなものだったのか。館内の展示物を一通り見て回ったが、実物の書や手紙が多かったが、これはという発見はなかった。図書室も併設されていたが、特段渋沢栄一の書物が多いということもなかった。

 ひとつ発見したといえば、渋沢栄一を顕彰する「青淵会」があって、以前から渋沢栄一をお札の肖像にと働きかけていたそうだ。展示物に『10万円札』があった。たしかに渋沢は、日本資本主義の礎をつくった人だ。今も現存する錚々たる大会社も、渋沢の手になった。隣国がケチをつけているようだが、それには当たらないね。そういえば、王子の飛鳥山公園内に渋沢栄一の住居「青淵文庫」の建物があった。

Sdscn0092
Sdscn0093  記念館から車で3分ほどで生家があるという。その家も訪ねてみた。ものすごく大きな農家だった。実家は、繭玉の生産農家だったという。周りには、大きな土蔵が4戸も建っていた。実家は、実に豪農だったのだ。深谷の街を走っていると、どこでも「渋沢栄一生誕の地」の看板がかかっていた。渋沢は、地元にも貢献し、今でも地元の誇りとして愛されているようだ。

Sdscn0107

 最後に、JR深谷駅に行ってみた。駅は線路をまたぐ跨線橋になっていて、まるで東京駅の再現だ。東京駅もそうだが、この駅も深谷で作られたレンガが使われているという。深谷は、レンガの生産地でもあるのだ。駅前には、渋沢栄一の像が立っていた。


Sdscn0108

|

« №4127 3月に読んだ本 | トップページ | №4129 埼玉の三偉人 »

街歩きの楽しみ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« №4127 3月に読んだ本 | トップページ | №4129 埼玉の三偉人 »