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2019年4月 1日 (月)

№4117 新しい年号は「令和」

 今日の11時40分過ぎに、新たな元号の発表があった。新元号は、「令和(れいわ)」だ。大化以来、元号はこれで248番目になるのだそうだ。発表前、いろいろな憶測が出ていた。ただ、この「令和」を予測した人は誰もいなかっただろう。なんでも、この言葉は「万葉集」からとったものだという。しかも、「令」の字はこれまで元号には一度も使われてきていなかった。

 いまの私の普段の生活は、西暦一辺倒だ。ただ、元号について絶えず私が考えるのは、今年は昭和何年だったかなということだ。そう、今年は昭和94年だ。それで換算しながら、ある出来事にもう何年たったかを考えている。本来、元号などやめて西暦一本にした方が、何かと便利なのだろう。それでも、「明治時代」「大正時代」「昭和時代」「平成時代」というと、何かしらその時代の雰囲気を感じながら世の中を考えるのにはいいのかもしれない。

 その伝で行くと、私は昭和の人間だなとつくづく思う。昭和といっても、昭和20年前とそれ以降とでは、まる別の時代のような気がする。私は戦後生まれなので、戦争のことは全く知らない。「平和な時代の昭和」だ。そして42歳まで昭和の時代を生きていたから、わが人生の一番盛んな時期を生きてきた。

 平成の時代は、印象に薄い。というよりも、平成の時代は、もっぱら西暦で生きてきたのではないか。平成23年に何が起きたかと聞かれてもピンとこないが、2011年に何が起きたかといわれると、すぐに「東日本大震災」を想起する。また、2001年というとニューヨーク・マンハッタンの大規模テロが思い出される。その年が平成何年かと問われれば、ちょっと考え込まざるを得ない。

 かといって「平成」の呼び名を全面的に拒否するかというと、そうでもない。平成の時代の現天皇の功績は、誰にもまねのできない立派なものだ。災害地には逸早く駆け付け、労いの言葉をかける。何度も戦争の跡地を訪ねては、戦没者に深々と頭を下がる場面を目にした。前の昭和天皇が戦争と深いかかわりを持っているのに比べ、今の天皇はまるで「平和の使者」である。おかれている時代相が変わっているから何とも言えないが、かといって昭和天皇が好戦的だったとはいえないかもしれない。

 それに比して、現天皇は平和と密接に結びつけて考えられる。良い時代に天皇になった。新憲法のもと、「象徴」に徹するべくそれにふさわしい行動だったのではなかったろうか。31年間の天皇の暮らしは、激しい労働にさらされてきた。85歳になった今、退位されるのには誰もが納得する。

 ただ、今回決定した「令和」という元号には若干の違和感を覚える。誰もが聞きなれない言葉に、最初は違和感を覚えるのと同じ現象なのかもしれないが、この新元号に慣れるまでは時間がかかりそうだ。まあ、私は相変わらず昭和を生きているのだから関係ない、と居直ることもできそうだ。

 5月1日に改元する新元号は、果たして我々の生活に定着するのはいつのことだろうか。そして、新天皇は、時代にかかわってどのような役割を演じようとするのだろうか。

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