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2019年5月

2019年5月31日 (金)

№4177 竹ちゃんと青森市内の遺跡見物

 このブログでも何度か紹介しているが、わが友竹ちゃんが鹿児島の先端から北海道の宗谷岬まで徒歩旅行をしている。その彼が、ちょうど青森の実家に滞在しているのに合わせて、私は青森に行く計画を立てた。そしてこの日に会うことにしたが、「せっかく青森に来たのなら、狭いがわが家に一泊したらどうか」と提案してくれた。図々しい私は、その言葉に甘えることにした。

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 待ち合わせは、青森駅前午前10時半だ。前日酸ヶ湯温泉に宿泊したが、ここから青森駅まで22㎞だ。ちょっと早いと思ったが、酸ヶ湯温泉を朝8時半に出た。さすが豪雪地帯だけに、宿の周りにはだいぶ雪が残っていた。せっかくだから、八甲田の陸軍雪中行軍遭難地を訪ねてみよう。宿から車で10分ほどのところに遭難地はあった。青森市内から訓練で歩いてきた一個中隊199人が遭難にあった。この遭難は、今に語り継がれている。


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 この看板が立っていたすぐ上の広場には、立派な銅像も立っていた。銅像の後ろの八甲田山は、まだまだ冬山だ。明治35(1902)年の出来事であった。明治38年には、日露戦争が始まった。日本が軍国主義に向かう時期の痛ましい遭難だった。


 さて、青森市内には午前9時40分頃に着いた。ちょっと早いと、時間つなぎに青森港をぶらぶらした。そして、10時10分頃に駅に向かった。ちょうど駅前で竹ちゃんにばったりあった。鹿児島から青森までの2000㎞の勲章が、見事なまでに顔に現れていた。彼の顔は、日に焼けて見事なまでに真っ黒だった。さて、今日はどうしようか。

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 とりあえず行ったのが「棟方志功記念館」だ。「わだばゴッホになるで」で有名な棟方志功は、青森市内の生まれだ。そういえば昨晩泊った酸ヶ湯温泉に、棟方の書がたくさん飾られていた。記念館を見て歩いたのだが、棟方はちょくちょく酸ヶ湯温泉にスケッチ旅行をしていたようだ。この記念館には、棟方の代表作品が収められていた。書は多かったが、版画が少なかったのが若干物足りなかった。1時間ほどここにいた。

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 さて、次はどうしよう。「三内丸山遺跡」でも行ってみましょうか。その時はあまり期待していなかったが、この遺跡は期待を裏切るとんでもないものだった。こういう遺跡を見学する時は、ガイドにつくのがいい。幸い、この遺跡には100人ほどのボランティアガイドがいるらしい。ガイドが始まるまで40分ほどあった。その間に昼食を済ませてしまおう。付属の食堂でそばを食べた。

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 ガイドは、午後1時半から50分ほどだ。話を聞いているうちに、この三内丸山遺跡はとんでもない遺跡だと分かった。そもそも発掘が始まったのは平成4年、この地に県営野球場を建設する計画が持ち上がったようだ。以前からここに遺跡があるのは分かっていた。試掘をして見ると、貴重な遺物がたくさん出てきた。野球場建設どころでなくなったようだ。

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 発掘が始まって27年、この遺跡はまだ3分の一ほどしか発掘されていないらしい。調査をすると、紀元前5900年から4200年にかけての1700年間の縄文遺跡だった。なぜ寒冷地青森にこのような遺跡がと思うかもしれないが、当時の平均気温は今より3度も高かったようだ。海面も3mも高かったらしい。今では内陸地になっている三内丸山は、当時は海のそばだったという。港もあったらしい。魚の骨から判明した。

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 それらは、すべて発掘された遺物から読み取れるという。研究は進んでいるとはいうものの、この6本足の巨大な建築物が何のために建てられたのかは謎らしい。建物の柱は、すべて栗の巨木だった。考古学という学問の奥深さを感じた。

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 建物の内部のミュージアムでは、やはりガイドの発掘物の説明を聞いた。発掘されたものの中に網代編みのポシェットがあった。こういう高い技術もあったとは驚きである。この遺跡見物に満足した。

 三内丸山遺跡を出て、竹ちゃんと温泉に入り自宅にお邪魔した。お姉さんが作ってくれた大ご馳走が待っていた。馬刺し、ホヤとミズの和え物、山盛りのホタテの刺身、ホッケの焼き物、生野菜、身欠きにしん等がテーブルにこれでもかというほど並んだ。もちろんビールと日本酒だ。食べ切れないというのに、お姉さんは料理が少ないと恐縮していた。ご馳走になりながら、竹ちゃんの旅の話で盛り上がった。

 彼は6月2日に北海道にわたり、宗谷までの最後の700㎞を歩きぬくという。竹ちゃん頑張れ、最後まで彼のブログを追跡したい。

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2019年5月30日 (木)

№4176 津軽を旅する

 朝起きてみたら、生憎の雨だった。鰺ヶ沢温泉の目の前に岩木山が聳えていたが、この日は厚く雲が垂れこめていた。車で行っても視界0だろうね。宿のフロントと相談して、津軽の旅を決めた。とりあえず向かうのは、竜飛岬だ。宿の兄ちゃんは、「2時間くらいかかるのではないか」と言っていた。8時30分に宿を出たので、到着は10時半ころかな。

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 途中で十三湖という湖を通った。海に接している汽水湖だ。車から降りて写真を撮ったのだが、あまりの風の強さに飛ばされそうだった。日本海から吹き付ける風は強烈だ。

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 汽水湖であるということは、蜆が取れるはずだ。シジミ汁が飲みたいと、お店を探した。街道沿いに売店があった。シジミ汁があるか聞いてみたら、一杯200円だという。新鮮なシジミ汁をいただいた。売店のお姉さんに津軽の旅について尋ねたら、大きな地図を出してきて丁寧な道案内をしてくれた。もちろん、その地図もいただいてきた。旅に出ると、親切心や人情が嬉しいね。

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 竜飛岬に着いたのは午前10時過ぎだった。ここもものすごい風が吹いていた。岬の売店で話を聞いたら、「竜飛岬は風の岬といわれていて、年から年中風が強い」のだそうだ。風速30mに近かったのではないか。被っていた帽子が50mも飛ばされてしまった。残念ながら、生憎の天気で北海道は見えなかった。

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 この竜飛岬の下には、青函トンネルが通っている。「青函トンネル記念館」で話を聞いたら、トンネルに降りることができるのだそうだ。ただ1000円かかると聞いて、諦めた。記念館も、入場料600円だそうだ。この記念館もパスした。

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 さて、次の目的地は金木町の「斜陽館」だ。太宰治の生家である。写真では何度も見ているが、訪ねるのは初めてだ。ちゃちな家だと想像していたが、なかなかどうして立派な家だった。これは太宰のおかげではなく、親父さんが地主で貴族院議員でもあった。家の中もピカピカ磨かれていて、一見の価値があったね。今年は、太宰治生誕110年だそうだ。いろいろなイベントも予定されているようだ。

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 私は太宰治の熱心な読者ではない。とはいっても、基本的な作品は読んでいる。斜陽館は庭も手入れがされていたが、何といっても仏壇の立派さは目を引いた。金木町は小さな町だが、ここで太宰が愛されているのはよく分かった。

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 金木町から車で30分ほど走ったら五所川原の町だ。この町で異様な建物が【立佞武多館】だった。ほとんど高層建築物のない街で、この建物だけが異様に高かった。この立派な建物の中に何が入っているのだろうか、入場してみた。

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 立佞武多の飾りがあった。館のガイドに聞いてみたら、8月上旬に4日間行われるねぶた祭りの飾りだという。青森のねぶたは横に広がっているが、この街のねぶたの特徴は、縦に高いのだそうだ。一番高いねぶたで、23mもあるという。お祭りには、それも含めて15ほどのねぶたが建つらしい。雨が降ると大変だねというと、「特殊な紙が貼られているので、雨に濡れても大丈夫なのです」と話していた。

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 東北三大祭りといわれているが、まだねぶた祭だけは見ていない。いつかは見物に訪れたいと思っている。さて、今日の宿泊地・酸ヶ湯温泉に向けて出発だ。五所川原からは1時間半ほどで着いた。この温泉は、日本で最大の豪雪地としてニュースで流れる。意外に思ったのは、青森市内から22㎞と近いのだ。それにしても疲れた。チェック・インしてしばらく部屋でまどろんだ。

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2019年5月29日 (水)

№4175 白神山地を望む

 秋田のホテルを朝8時30分に出た。今夜の宿は、津軽の鰺ヶ沢温泉だ。カーナビで宿泊先を入力したら、約200㎞あった。天気も良いし、ゆっくり走っていこう。この日の旅程の途中に、白神山地がある。以前からぜひ白神山地には行ってみたいと思っていた。そう、川崎の姉がまだ秋田にいるころ、兄弟旅行で白神に行く計画を立てた。なぜかしらないが、その計画は頓挫してしまった。亡くなった弟が元気な時だったから、もう10年以上も前のことになる。

 八峰町の道の駅で、白神山地を望む場所はないか聞いてみた。そしたら、「二ッ森の登山道入り口付近に行ったら、白神岳は見えるのじゃないかな」と親切に地図まで示して教えてくれた。国道からそれて20㎞も走るらしい。道の駅でお弁当を買い、二ッ森の登山道入り口を目指した。林道は狭く、切り立っていた。踏み外すと奈落の底に落ちると思うと、久し振りに怖い思いをしながら運転した。対向車が来ると、すれ違えないほどの狭さだった。

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 30分も運転しただろうか、ようやく目的地に着いた。白神山地はブナ林で有名だが、目的地にはブナの若木がたくさんあった。ただ、大木を見るというところまではいかなかった。弁当を広げながら、新鮮な大気に触れた。ただ、そこからは白神岳は見えなかった。
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 一体標高何mあるのだろうか、スマホのアプリで調べてみたら903mとあった。標高ほぼ0mから登ってきた。山陰には雪が残っていた。冬は相当な豪雪だろうね。日当たりの良いところには山菜のゼンマイがあった。ただ注意書きがあって、「山菜は採ってはいけない」のだそうだ。それにしては、山菜採りの車がたくさん入っていたね。

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 車で下山するときに、ようやく目的の白神岳が見えた。白神岳は、標高1232mだそうだ。峰には残雪が見られた。登るのには5時間ほどかかるとあったが、今はそんな元気はないだろうね。

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 今夜の宿泊地、「鰺ヶ沢温泉 水軍の宿」に着いたのは午後3時頃だった。早速温泉に入って、旅の汗を流した。夜は、宿のイヴェントで津軽三味線を聴いた。それにしても東北を旅すると、ラジオから民謡が流れていることが多い。私は、民謡が大好きだ。特に「秋田民謡」がいいね。

 

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2019年5月28日 (火)

№4174 二か所の墓参り

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 田舎に帰ってきたので、墓参りをしてきた。2年振りの事である。お墓は、甥のIkuo一家で守ってくれている。彼の家の仏前にお参りし、お花を買って墓参りに行った。花を飾り、水をかけて丁重にお参りしてきた。これですっきりした。お寺には、6年前に亡くなった兄の遺骨も収められているはずだ。ところが、その遺骨がなかった。

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 おや、どうしたのだろうか。お寺の大黒に聞いてみたら、5月の連休明けに遺骨を引き取っていったという。「何でも、新しいお墓を買ったと言っていましたよ」とのことだった。そんな話、聞いていないな。念のために川崎の姉にも電話をした。姉も知らなかったようだ。義姉のMiyokoさんに電話をしてみた。「そうなのよ、念願の墓を買って遺骨を収めたの」というのだ。子どもたちと一緒に遺骨を収納したらしいが、誰にも言っていないとのことだ。秋田に来たので、兄のお墓参りもしていこう。

 お墓では、昨日一緒に同期会に参加したHirato君にばったり会った。彼は川口から車で参加していて、田舎に来たのを機会に母の17回忌法要をしてもらったとのことだ。Shoちゃんも一緒にいたので、お昼ご飯を食べることにした。道の駅に甥のIkuoが経営している『ケベック』というイタ飯屋がある。その店に行ったが、お昼のせいか満員だった。結構、お店は繁盛しているのだ。一緒に行ったHirato君は、美味しい美味しいと言って食べてくれた。

 これから埼玉に帰るという彼と別れて、私は秋田に向かった。義姉のMiyokoさんと連絡を取り合って、亡き兄のお墓に詣でてきた。気持ちの上でもすっきりしたと、義姉は喜んでいた。自宅でお茶をご馳走になり、この日予約しているホテルに向かった。

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 そして、その夜は甥のIkuo君、Takashi君、それに従弟のRyou君の4人でホテルの近くの飲み屋で会食をした。専ら話題は、もう25年も前に亡くなった兄の事だった。死んだ兄は56~7歳だったろうか。彼らも50台半ばになると、今でなければ話せないことがたくさんあった。親を客観的に評価できる年になっているのだ。4時間も飲み屋にいた。帰りはラーメンを食べて、私はホテルに向かった。

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2019年5月27日 (月)

№4173 喜寿を待てない会

 今回秋田にやってきたのは、「喜寿を待てない会」に参加するためだった。2015年の4年前、同期で「古希を祝う会」をやった。次のビッグイベントは、77歳の「喜寿を祝う会」だが、それまで待てない気の早い連中が企画したものだ。いずれ、田舎に気働きのする幹事がいるので、こういう会ができるのに感謝だ。

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 会場は、由利本荘市のホテルの宴会場だ。参加者は男子26名、女子21名の計47名だった。関東からは12名、北海道2名、福岡から1名と結構遠くからも来ていた。幹事はいつもの趣向を変え、宴会中に席替えを三回も行った。一度目は出身町内別、二度目は小学校のクラス別、そして三度目は中学校のクラス別に替えた。どうしても一度席に座ってしまうと、動きたがらないものだ。それを配慮したようだ。

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 開会に先立ち、主催者が物故者の紹介をし、全員で冥福を祈った。わが学年は129名だったが、その内これまで28名の方が亡くなっていた。名前が読み上げられるたびに、会場から深い溜息が漏れた。そうか、彼も彼女も亡くなったのだ。小学校と中学校は小さな町なので、皆さん顔馴染みだ。第一回目の席で話になったが、わが生家のある町内は20軒ほどだったが、各屋に同じ歳ごろの子どもがたくさんいた。町は子どもであふれかえっていたのだ。

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 私の実家の目の前に住んでいたのは、造り酒屋の「Junkoお嬢様」だ。彼女の家は4000坪もある豪壮な家だった。疾うに造り酒屋も止めて、今その広壮な家に住んでいるのは未亡人一人だ。余計なことだがあそこの家はどうなっちゃうのだろうか、彼女に問うた。「私にもどうなってしまうのかわからないわ」とのことだ。そういえば、この町は空家だらけだ。私の生家も、今では空家だ。

 私が出発する前に川崎の姉から電話があり、「実家を借りたいという人がいるが、今実家の家はどうなっているのか」と問われた。今管理しているのは甥だ。彼に聞いてみたらどうか、と返事した。

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 さて、会場では恒例のカラオケ合戦に移った。かつての秋田美人合唱団、もっとも今でも美人軍団だが、が会場を賑わせた。私は最近とんとカラオケには縁がなくなったが、Reikoに慫慂されて一緒に「銀座の恋の物語」を歌った。ただ、私は歌うよりも昔話に花を咲かせた。会は二次会、三次会と流れ、朝目が覚めたときにはすっかり声が枯れていた。これは歌いすぎたためではなく、飲み過ぎのためだった。

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2019年5月26日 (日)

№4172 那須から秋田へ

 さて、いよいよ旅の始まりである。この日は、午後2時半の会である。那須から秋田まで何㎞あるのだろうか。カーナビで検索してみたら、会場のホテルまでは453㎞とあった。まあ、5時間もあったら到着するなと目算した。

 那須を午前7時50分に出て、東北自動車道は那須インターチェンジで乗った。天気も良いし、快適なドライヴ旅行だった。私は、長距離ドライヴを苦にしない。何百㎞だろうがOKである。そうだ、サービスエリアで東北の地図を貰おう。無料で地図を配布している。安達太良サービスエリアに地図を貰うために立ち寄った。ストップしたのは、そのためだけだった。

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 秋田道の横手インターチェンジで降りた。由利本荘市に向かう直線だ。間もなく鳥海山が見えてきた。山は真っ白に雪をかぶっていた。まだまだ冬なんだね。この日も雲一つなく、すそ野まできれいに眺めることができた。鳥海山を見ると、故郷に帰ってきたことを実感できる。そうだ、この沿線に親戚の家がある。仏前にお参りしていこう。

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 急遽の立ち寄りだったが、この日は買い物とかで、従妹は出かけていていなかった。旦那だけがいたが、お参りだけで早々に退去した。目的地に向かう街道沿いには、秋田の名物である「ババヘラアイス」を売っていた。この光景も秋田ならでは、である。懐かしいので、写真を撮っていいかと尋ねた。「アイスを買わないなら、顔を撮っちゃいけない」といわれた。別にアイスが食べたいわけじゃないが、一個200円だった。

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 目的の由利本荘市に無事着いたのは、午後12時20分だった。会が始まるまではまだ2時間以上もある。そうだ、女房に頼まれた「味どうらく」を買っておこう。大きなスーパーに目的の物は売っていた。これは万能のつゆとかで、秋田でなければ見かけない。一升瓶も売っていたが、女房に頼まれたのは小瓶だ。5本買った。これで、女房への義理は果たせた。

 そして、この日の会場に着いたのは、開会1時間前の午後1時半だった。

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2019年5月25日 (土)

№4171 弁当を持ってツツジ見物

 このところ好天が続いている。一日早く那須にやってきたのは、八幡のツツジ見物のためだ。自宅からビールとバナナを持ち、近くのコンビニでおにぎりとサンドウィッチを買って出かけた。無料駐車場は、車で一杯だった。ツツジの満開情報を得て、ツツジ見物の客が駆けつけたらしい。駐車場でしばらく待っていたら、空きスペースが見つかった。

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 この駐車場からツツジ園までは10分ほどの下り道である。私はサンダルできたので、すこぶる歩きにくい。ただ、ツツジ園には木道が広がっている。目的地に着いたら、サンダルは便利だ。案の定、ツツジは満開だった。

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 ここのツツジの種類は山つつじだが、本当に見事なものである。ほぼ全山を真っ赤に染める。ただ桜と同様に、なかなか満開のツツジに会うことはない。意外と満開の時期は短いのだ。例年、このツツジ見物のために那須に来るほどだ。平日にもかかわらず、見物客で一杯だった。ある人が話すのを聞いていたら、「こんな見事なツツジは見たことがない。いろいろとツツジ見物に行ったが、ここが最高ね」と話していた。

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 このツツジ園から見た那須の山も良い。茶臼岳がくっきり見えた。展望台も数カ所あり、茶臼とツツジのコントラスとを楽しめる。天気も良いし、生きている幸せを感じた。

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 さて、弁当をデッキに広げて一人昼餐を楽しんだ。この日は風もなく、最高のピクニック日和だった。デッキに横になりたかったが、日差しが強すぎる。昼食後も、このツツジ園を散策した。

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 そうだ、ツツジとは関係ないが「駒止の滝」を見て帰ろう。滝の周辺は新緑がまぶしかった。帰りは、いつものように【自在荘】の温泉に浸かってきた。

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2019年5月24日 (金)

№4170 予定より早く那須へ

 お知らせしたように、週末に秋田で同級会が開かれるというので、車で行くつもりでいる。那須に一泊して、翌日秋田に帰郷するつもりでいたが、自宅での仕事が一段落したので予定より一日早く那須に行くことにした。那須からは、前日に女房が帰ってきたばかりだ。友だちと2泊3日の滞在だった。「八幡のつつじがきれいだったよ」という話を聞き、私も見たくなった。一日、那須のつつじ園に遊びたい。帰りに温泉にも入って来よう。

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 連休以来の那須ではあるが、緑が一段と濃くなっていた。向かいのOhnoさんの家も緑に覆われている。冬の間は、その隣の家の緑の屋根も見えるのだが、木々の緑に沈んで見えなかった。お父さんが一人で滞在しているというので、ご挨拶に伺った。何でも一週間ほど前から滞在しているらしい。最近、那須は奥さんと一緒のことが多かった。体の調子が良くなったのかな。

 さて、那須を起点として明日から東北旅行に旅立つ。25日(土)は秋田で同級会。Shouちゃんに電話をして、何人参加するのか聞いてみた。何でも49名の参加らしい。さて、どういう面々と会えるのか。翌日の26日(日)は、秋田市内で親戚に集まってもらうことにした。誰が来るのかは甥に任せきりだ。

 27日(月)から、津軽を中心に青森旅行をするつもりだ。一日目は鰺ヶ沢温泉、二日目は豪雪で有名な酸ヶ湯温泉を予約した。三日目は、これが最大の目的だが、日本縦断旅行中の竹ちゃんに会うつもりだ。ちょうど青森に滞在しているという。彼のブログにコメントを付けたが、ナマコとホタテで歓迎してくれるという。旅の苦労の話を聞いてみたい。

 翌日は三陸海岸を南下するつもりだが、種差海岸のウニ丼は欠かせない。その日のうちに那須に帰れるのか、あるいはどこかで一泊する必要があるのか、行ってみないと分からない。自宅を出るときに車の走行距離を0にしてきた。さて、今回の旅行で何㎞走るだろうか。最近、老人の交通事故が話題になっている。まあ、ゆっくり走ることだね。

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2019年5月23日 (木)

№4169  映画『ニューヨーク公共図書館』

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 先日、新聞の映画評に『ニューヨーク公共図書館』が載っていた。上映されている映画館は、神保町の岩波ホールだった。上京を機会に、この映画の鑑賞をしてみよう。久し振りの岩波ホールであった。以前はちょくちょくここで映画を観ていたのだが、芸術性の高い映画というか、あまりにもつまらない映画の上映が多かったので、最近ではめったに行っていない。なんといっても、映画は楽しめなくちゃね。

 岩波ホールは、最近にない客の入りだった。午後2時15分の開演だったが、入口に多くの人が並んでいた。こんなことってめったにないことだ。とはいっても満員には程遠く、平日のホールは結構空席が目立った。私はこのホールでは後ろから二番目の真ん中で見ることにしているが、前の列は人がいなくゆっくり鑑賞できた。0

 最近にないことだが、この映画は3時間40分の映画だった。こんな長い映画を観るのは久しぶりだが、中間には映画が中断し、トイレタイムを設けていた。これも珍しいことだ。どうしてもメッセージ映画だと、最初眠ってしまう。どうだろうか20分も寝ていただろうか。ようやく目を覚ましたのは、午後3時ころだ。それからは熱心に観た。

 あまりよく知らなかったが、「ニューヨーク公共図書館」は観光の名所らしい。この図書館は、〈世界最大級の「知の殿堂」〉として知られているようだ。「知の殿堂」図書館は、大英博物館(British Musuem)だけかと思っていた。この映画で初めて知ったのだが、この図書館は4つの研究図書館、88の分館を合わせ92の施設からなる巨大なものだった。

 映画は図書館を支えるスタッフに焦点が当たっていたが、図書館は本を貸すだけではない。どう運営していくのか、熱心な討議は連日続いていた。講演会、研究会、読書会などは当然として、この図書館では音楽会、映画鑑賞、パソコンの講座など、知にまつわるあらゆることが行われていた。「情報の孤児」にならないために、初心者用に無料講座などもやっているようだ。

 「Picture Library」では、無駄な写真も有益な写真も収集し、開示していた。黒人専用の研究図書館なども、この映画で知った。今でもアメリカのマグロウヒルの教科書には、「多くの黒人は、アフリカから仕事を求めてやってきた」と書かれているようだ。そんな馬鹿なことはなく、奴隷船で強制的に連れてこられたのが実相なのだ。そういう啓蒙活動も、図書館の重要な役割である。

 いずれ3時間40分にわたって、図書館はどういう役割を果たすべきか、この映画では滔々と語られていた。この映画を観ながら、わが日本の図書館はどうなのかいやでも考えてしまった。私は図書館のヘビィユーザーだと思っている。ただ、この映画を観る限り、私は市の図書館で本を借りているのに過ぎないのだ。

 面白いシーンもあった。ニューヨーク公共図書館の頭の痛い問題に、ホームレスにどう対処するべきかの議論をしていた。図書館は、冷暖房完備で、極めてホームレスには居心地のいい場所なのだ。これは日本でも同じことだろうね。この映画で、図書館の抱える様々な問題についても考えるきっかけになった。

 映画が終わったら、午後6時を回っていた。

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2019年5月22日 (水)

№4168 貴重な読書空間

 最近はそれほどでもなくなったが、私はよく埼玉県民活動総合センターを利用する。自宅から車で7~8㎞のところにある。車で14~5分といったところか。この日も、午後から「桟雲の会」の定例句会が開かれる。午前中は土砂降りだった。好機とばかり、埼玉県民活動総合センターに出かけた。

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 目的は、二階にある「情報センター」である。雨のせいか、さすがの埼玉県民活動総合センターも閑散としていた。特に、目的の読書室は人っ子一人いなかった。

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 誰に邪魔されることもなく、読書三昧である。今月は読書の読了が若干遅れ気味である。さらに、今週末から北東北の旅行が待っている。一ページでも前に進めておきたい。午前10時半に読み始めて12時半まで2時間をびっしり読んだ。

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 お昼ご飯は、この施設の食堂で食べる。この食堂ではいつもワンパターンであるが、肉汁うどんを頼んだ。食堂には、句会仲間のYukoさんとTaeさんが食事を摂っていた。いい機会である、3人で「桟雲の会」の世話人体制の話をした。会の当初から私が世話人を務めているが、そろそろ交代の時期じゃないかしらと諮った。彼女たちも交代の時期ではあると認めたが、さりとて自分からとは言いだせていない。

 問題は、会報の発行である。これは誰にでもできることではない。会報発行は、引き続き私が担うことにした。それ以外の仕事を分け持ってもらいたい。渋々ではあったが、Yukoさんが引き受けてくれることになった。句会もでもその報告をした。やれやれ、ひとつづつ役を降りていけると喜んでいる。

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 句会は午後4時45分に終わった。私は引き続き埼玉県民活動総合センターに居続け、読書ルームで引き続き読書をした。お陰で、朝から200頁の本を読了した。続きは自宅のベッドで、今晩さらに100頁は読みたいと思っている。

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2019年5月21日 (火)

№4167 たまには飲み会をしよう

 先日の定例ゴルフ会で、まっきぃに飲み会の提案をした。以前、那須合宿が開かれていた時にはしょっちゅう飲み会をしていたが、合宿が終わってからその会がしばらく途絶えていた。まっきぃに異存はなかった。常連のHozumiさんがOKなら決まりだね。彼に電話をしたらもちろんOKだった。ただ、日にちが6月下旬である。「なんでそんなに遅いの」と聞かれた。

 私は月に一回、会議で上京している。6月のその日が上京日なのだ。両名がOKだったので、ゴルフ仲間に一斉メールを送った。さて、何人の参加が見込めるだろう。

 そういえば、しばらくこの仲間にも会っていないな。Hozumiさんとは2年も会っていないだろうか。彼とは何度か飲み会の企画をしたが、都合が悪かったり参加者が少ないというので流れてしまった。昨年キューバ・メキシコを旅行した時に買ってきたお土産のテキーラがまだある。持ち込んでいいものやら迷ってしまう。

 相変わらずまっきぃはゴルフに熱心だ。ただ、メールを読む限りHozumiさんは今年ゴルフは3回だけだという。彼は持病の腰痛を抱えている。その腰痛が悪化しているのだろうか。

 TaiちゃんやEimeiさんにもしばらく会っていないな。Taiちゃんで思い出すのは、プロゴルファーの渡邉彩香である。Taiちゃんは、彼女と家族ぐるみの付き合いだと聞いている。その渡邉綾香だが、ツアー成績を見るとこのところパッとしないね。一体どうしたのか、Taiちゃんに聞いてみたい。Eimeiさんもどうしているのだろうか、会いたいものだ。

 この仲間にみっちゃんがいる。彼はドクターストップがかかって酒をやめたとか。酒の切れ目が縁の切れ目じゃないが、彼とも会っていないね。飲み会のお誘いだから、出てこないかもしれない。ただ、企画は中断になったが、飲み会のお誘いをかけた。その時には出席するつもりだったようだ。今回はどうなるのか。

 まあ、いずれ2年以上もこの飲み会は途絶えている。さて、誰が参加してくれるのか楽しみだ。

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2019年5月20日 (月)

№4166 二つの俳句会報を作る

 すでにお知らせしたように、二つの俳句会の事務局の仕事を担うようになった。主な仕事は、俳句会報の作成である。「桟雲の会」の会報作成は8年の実績もあり慣れているが、高校同窓の「東雄句会」の会報は手を染めたばかりで、戸惑うことが多い。特に、「東雄句会」は11人のうちFAXでの投句が7人、ハガキによる人が一人、Mailの投句が2人である。

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 特にFAXは使い慣れていないので、戸惑うことが多い。果たしてFAXを入れてくれたのかどうかの通知がないのが困る。今月の15日前後に準備が出来たのだが、どうしても一人の方から返事がない。4日ほど待ったが、あまりにも遅いので電話で催促をした。そしたら、もう一週間も前にFAX済みとのことだ。それならもっと早く発行ができたのに、残念だ。

 FAXだとなかなか伝わらないことも多い。今回の投句で、ある方が誤字をしていた。俳句の場合、誤字脱字は作者の責任で、事務局が勝手に直してはいけない。本人からも訂正の連絡があったが、他の方からも誤字の指摘があった。「黙祷」と書くところを「目祷」と原稿にあった。私はそのまま「目祷」と印刷して送ったが、間違いではないかとの指摘だ。

 さらに、その方から「もっと字詰めをしたらどうか」とも言われた。前任者は、この会報を「一太郎」で作っていたようだ。私は「Word」で作っているので、前任者と同じようにはいかない。最後にコメントを入れて、①投句の文字は正確に、②字詰めはこれでギリギリの旨を会員にお知らせした。長老が多いので、慣れるまで大変だ。最後の方から選句の確認ができたので、さっそく会員に会報を郵送した。なかなか手間暇のかかる仕事である。

Photo_7  ホッとする間もなく、次に「桟雲の会」の会報作りだ。この会報はあらかじめ作ってあり、先生の校正も済んでいる。明日定例句会があるので、印刷すれば済むことだ。ただ、毎回「編集後記」を書いている。これも30~40字ほどなのですぐだ。印刷に1時間ほどかかるかな。毎月20日前後は会報作りの仕事があるので、自宅を空けるわけにはいかない。これもなかなかシンドイことである。

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2019年5月19日 (日)

№4165 W杯ラグビーのチケット

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 5月18日(土)の18:00に再度売り出されるという「W杯ラグビー」のチケットを買おうと、パソコンの前に座った。売り出されるチケットは60万枚以上だという。ちょうど午後6時にチケットサイトに予約をするつもりでログインした。解禁直後のログインだったにもかかわらず、「待機している人」が8万人ほどいた。どうやったら直後にログインできたのだろうか。

 ただ、この画面から退出すると再度並び直す必要があるという。パソコンを立ち上げ、ログインしたままにしておいた。ただ、待ち人数は遅々として進まない。パソコンをそのままにベッドに入った午後11時には、まだ62000人が待っていた。このままだと20時間もかかりそうだね。パソコンにログインしたまま寝た。

 朝6時前に起き状態を確認したら、予約無効になっていた。有効順番が来て30分以内にアクセスしないと、無効になるとのことだ。順番待ちが無効になってしまったのだ。予約した方は、寝ないで順番待ちをしていたのだろうか。仕方がない、再度順番待ちの列に並んだ。その時点で12万人以上の人が列に並んでいた。

 ただ、朝の順番は急速に進んだ。1時間に3万人も前に出た。そしてようやくログインできたのが、午前10時ころだ。私は熊谷ラグビー場と釜石ラグビー場の試合を見に行くつもりだった。まあ、それでも空いているならどこでもいいと思った。目的の試合は満員で、チケットを買えなかった。こうなったらどの試合でも空いているなら申し込もう。

 空き状況を見てみると、札幌と大分の試合は空いていそうだ。まさか、わざわざ札幌や大分には行かないよね。空いていそうな試合を次々クリックしてみたが、画面で空いていても実際は満員の試合が多い。10月9日(水)の熊谷ラグビー場のアルゼンチンvsアメリカの試合には満員の印が付いていない。上位から二番目のカテゴリーAの席に申し込みの印を入れた。唯一申し込みが受理された。入場料は15000円だ。カード決済の手続きをした。

 さらに他の試合が取れないか試みたが、全部断られてしまった。まあ、一枚だけでも取れたので良しとするか。

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2019年5月18日 (土)

№4164 足尾銅山観光

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 気にはなっているが訪れていない場所が結構ある。今回もそんな場所だが、足尾銅山を訪問してみた。自宅から車で2時間半ほどの場所だ。以前、渡良瀬遊水地を訪ねて鉱毒の現地を見て歩いた。遊水地内にあった谷中村が廃村を余儀なくされた。また、田中正造の活躍も、この事件で知った。さて、どんなところだろうか。

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 足尾の街に行く途中、草木ダムがあった。首都圏の水ガメだ。以前から一度訪れたいと思っていたが、こんな場所にあったとは知らなかった。渡良瀬川の水を満々と溜めていた。このダムからさらに30分ほど行ったところに、目的の足尾銅山がある。今は鉱山は閉鎖になっていたが、坑道は観光地として開放されている。入場料820円を払って坑道に入った。

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 坑道が開放されているのは、わずか400mほどだ。坑道にはトロッコで入ったが、ものの5分程の乗車で目的地に着いた。坑道の中はヒンヤリしていた。あちこちから湧水が湧き出ている。

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 開放されているのはわずかな場所だが、坑道は延々1200kmにわたって続いているとのことだ。その距離は、東京から博多までにあたるものすごい長いものらしい。おもに銅を掘っていたが、もう掘りつくしてしまい、今は閉山になっている。

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 当時の工夫の姿が人形で展示されていた。坑道内を1時間も観て歩いた。ビデオで当時の様子も再現されていた。さて、鉱山の周りはどうなっているのだろうか。車でその遺跡を訪ね歩いた。

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 この坑道跡地から車で10分ほど走ったところにあったのが、本山の精錬所跡と大煙突だ。精錬所跡は、国の指定史跡だとのことだ。さらに、大煙突は1919年に建てられ、高さ50mに下部直径が6mもある巨大なものらしい。

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 この上流に、亜硫酸ガスの公害や山林の乱伐、大火により廃村になった旧松木村跡があるという。その旧村を目指したが、途中で車での立ち入りは禁止だという。歩いたら1時間もかかるというので、あきらめた。この周囲は裸山だ。公害でほとんどの木が立ち枯れたものだ。最近、テレビでよく報道されているが、この山への植樹が盛んに行われている。先日見たテレビでは、年間1万本の植樹を続けている団体があった。数年前に亡くなった立松和平も、この運動に積極的に加わっていたらしい。

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2019年5月17日 (金)

№4163 北東北への旅行計画

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 田舎の仲間から同期会の案内が届いた。「喜寿を待てない会」を開催するのだそうだ。4年前、矢張り田舎で「古希を祝う会」があり、参加してきた。4年前のことである。そして次の祝いは「喜寿」だが、それを待てない人の集まりだという。参加するかどうか悩んでいたが、スケジュール表は空白である。東北旅行を兼ねて参加してみるか。

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 参加すると決めたからには、いろいろと北東北を旅行してみよう。まずは、2年ぶりの墓参りをする。さらには、田舎には甥たちや従弟も住んでいる。ついでに彼らとも会ってこよう。2年前に帰郷した時には、彼らを集めて大宴会をやった。もう一度集まってくれるかな。甥のIkuoに電話をしてみたら、「伝えておこう」とのことだ。その晩は秋田市内のホテルを予約した。

 さて、それで帰ってしまうのはもったいない。車で行くつもりだから、そのついでに津軽まで足を延ばしてみよう。五能線の海岸沿いに北上して、最初の目的地は鰺ヶ沢温泉だ。ネットで温泉宿を探したら、評価9.2という宿が見つかった。そこに泊まろう。一泊13500円だという。いや、安いプランがあるはずと探してみたら、Agodaの予約サイトで8300円というプランが見つかった。決めた。

 翌日は十三湖や竜飛岬に回ってみよう。そうだ、この頃になると「日本縦断―徒歩と野宿旅」を敢行している竹ちゃんが青森にいるはずだ。彼のブログにコメントを入れて、「時間があれば会いたい」旨を告げた。どうやら、私が青森を訪ねるころには丁度青森付近にいるらしいというので、会う算段をした。宿はいくらでもあるので、彼と会う日を決めた段階で宿泊地を決めたい。

 サラリーマン時代、青森出張の際、八戸のお得意先と種差海岸で食べた「うに丼」の大盛が忘れられない。そのうに丼を、この旅の終りとしよう。約一週間のドライブ旅行だが、果たしてどうなるのか楽しみだ。

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2019年5月16日 (木)

№4162 叔父の見舞い

 先日一族で那須に行った際、機会があったら叔父の見舞いをしようと話した。叔父は私の母の弟で、もう97歳になる。認知症を患い、ある施設に入院しているという。母方の兄弟姉妹は7人だったが、いま生きているのはこの叔父一人だ。元気なうちに一度お見舞いをしようと、この日実現した。

 病院に行く前に、叔父の自宅に立ち寄った。叔母さんはまた接待が好きな方で、昼食にテーブル一杯の料理を用意して待ってくれていた。叔母は秋田の能代の方で、実家からたくさんの秋田の食材を送ってきたらしい。蕗やワラビ、ジュンサイに筋子、鮭などだ。ほとんどご飯のお代わりなどしたことのない川﨑の姉も、おもわず茶碗二杯のお代わりをしていた。ご飯を食べない私も、秋田の米に同じくお代わりをした。

 叔父さんの様子をうかがうと、認知症以外どこも悪いところがなく、心臓なども丈夫だとのことだ。ただすっかりボケてしまい、自分の娘のこともわからない始末らしい。しかし、最近は自分の生まれた秋田の田舎の話は盛んにするという。ボケる前には好奇心が旺盛で、上野の美術館などにも通っていたというし、油絵や水彩などにも興味を持ち、絵筆を握っていたらしい。銅版画や篆刻とあくまでも趣味の広い方だった。

 この日は午後3時から入浴とのことで、3時過ぎに自宅を出て病院に向かった。叔母の心配事は、いま入院している病院から退院を迫られていることらしい。認知症を患っている方の病院は狭き門で、なかなか空きがないという。たとえ空きがっても、矢張り四六時中滞在するので、雰囲気のいい病院にしたいらしい。

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 病院は車で20分ほどのところだった。入浴直後だっただけに、すっきりした顔で待合室に現れた。もちろん、私達一行のことは覚えていない。姉の子供達だよというと、かすかに私の母でもある姉のことは覚えていた。なぜか知らないが、天皇に抱かれたのだと盛んに言っていた。さらに、昨日車で秋田に行ってきたのだという。18歳で実家を出たはずなのに、実家のことだけは鮮明なようだ。

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 せっかくの訪問なので、全員で記念写真を撮りましょう。近いうちに秋田に行くので、従兄妹にこの写真を上げよう。あまり長くいても叔父さんが疲れるだろうと、病院は30分ほどで退去した。その足で、川崎の姉の家を訪ねた。時計が故障しているとのことで、義兄のFumioさんが見てくれるとのことだ。先日も那須の帰りに立ち寄ったらしいが、その時には直らなかったようだ。

 自宅に帰り、義兄はどうやったら直るか一生懸命考えてきたらしい。早速時計の分解を始めていた。横浜の姉が言っていたのだが、義兄は糖尿病を患っているのだが、那須から帰ったら普段200以上もある血糖値がっずいぶん下がったらしい。彼は、那須で作業着に着替え、いろいろと不具合なところを修理していた。物置の整理や網戸の直し、水道管の修理など、彼が来たら那須の家は見違えるほどだ。その上で血糖値が下がるなら、那須に永住したらどうなのだろうか。

 あれだけ那須で一緒だったのに、帰りはまた夕食を一緒にしようということになった。姉が大好きなのは肉だ。近くのステーキ屋でサーロインステーキを食べて帰ってきた。

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2019年5月15日 (水)

№4161 一国会議員による心無い発言

 すでに報じられていて知っている方も多いかと思うが、日本維新の会の丸山穂高衆議院議員が、「北方4島を取り返すには戦争を」と発言したという。北方領土へのビザなし訪問に「顧問」として参加し、元島民で団長に対した発言のようだ。

 ビデオを見る限り、「今のままでは4島は帰りませんよ。戦争をしてまで返そうとは思いませんか。戦争で取られた島は、戦争で取り返そうとは思いませんか」と何度も繰り返し発言していた。その発言に迷惑そうな顔をしていた団長は、「戦争すべきではない」と即座に対応していた。その後本人は、酒の上での出来事と釈明していたが、これは確信的な発言だった。

 それにしても驚いたことに、彼の発言は戦後民主主義のすべてを否定する発言だった。現憲法では、前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意 」を表明し、憲法9条では「国際紛争を解決する手段としては、戦争を放棄する」と明確に定められている。われわれ現憲法下で生きてきたものには、信じられない発言だ。さらに、日本が太平洋戦争に深く反省したところから始まった戦後の価値観を、すべて粉砕するとんでもない発言だと憤りを禁じ得ない。

 丸山穂高という人物は、東大経済学部を卒業し、経産省の役人を経て日本維新の会の国会議員になった35歳の人物という。すでに衆議院議員を3期務めているらしい。以前にも酒に絡む事件を起こし、次に酒に絡む事件が起きたら議員を辞めると表明していた。その表明も2017年には解除したらしいが、どうも今回の件は酒のせいとばかりは言えないような気がする。

 そもそも国会議員の職は、憲法によって保障されているものではないだろうか。現憲法に賛成する人も反対する人もいるのだろうが、憲法を真っ向から否定する人が国会議員になっていていいのだろうか。しかも、相当危険な発言だ。当然、日本維新の会は、丸山議員を除名処分にした。しかし、本人は無所属で衆議院に居続けるらしい。

 いくら表現の自由が保障されているといっても、言って良いことと悪いことの班別のつかない人間に、国会議員として税金を払い続けることには反対だ。しかもまだ35歳と若い。東大出身というが、この程度の人間が東大に在籍していたということにも驚く。もう一度、戦後の日本を勉強し、出直したらどうか。

 国会も、この議員に籍を与えておくと、その品位が問われる。どう対処するのだろうか。それにしても、最近の出来事の中で怒りの禁じ得ない一件だった。

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2019年5月14日 (火)

№4160 定例のゴルフ会

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 毎月一回定例で開かれているゴルフ会が、今月もあった。会場は、ホームコースである「オリムピックカントリークラブ レイクつぶらだコース」である。ゴルフ場に到着したら、駐車場は車でいっぱいであった。何か大きな大会でも開かれているのかな。いずれ、この日は雲一つない良い天気で、汗ばむほどだ。それでも朝ちょっと寒かったが、メンバーのAkiyamaさんは半そでシャツで登場していた。

 ゴルフは、発見の連続である。そして今日また一つ新たな発見をした。私の最近のゴルフは、ショットはそこそこいいのだが、パットが全然だめなのが悩みの種だ。この日も午前中は、3パットが6回に1パット2回だった。当然スコアにならないよね。そこで、午後は「3パットを打たない」と決意した。

 どうしたことだろう、午後は3パットが一回のみだった。そうなのだ、決意をすることが大事なのだ。午前中は一回だけだった2パットが、午後は7回にも上った。パターは心理的な様相が強く、入らないと思って打つとだめなのだ。これからも、前向きにパターに取り組もう。この姿勢が功を奏したのか、7番グリーンでは10mの下りのパットを入れてしまった。こんなことは近年なかったね。グリーンの外からのパットだったので、ノーズロのオリンピック5枚も手に入った。

 次の8番でも160ヤードのショートホールでニアピンを取った.オリンピック3枚のチップだ。いいことがあると、回転がいい方向に回り始める。本当にそんな日だったな。

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 私はこのゴルフ場にはもう15年も通っているが、初めてのことだが小動物に出会った。野兎である。思わずシャッターを切ったが、見えるだろうか。この日は別々に、野兎に三度も出くわした。ゴルフも楽しかったが、こういう動物に出会えるのも楽しみだね。

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2019年5月13日 (月)

№4159 「母の日」のプレゼント

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 昨日の5月12日(日)は「母の日」であった。この日は、毎年のように娘一家からプレゼントが届く。今年も、小薔薇の花籠を届けてくれた。選んだのは、孫のRukaのようだ。Rukaは、娘やお父さんの母にもこの日届けたらしい。女の子の心配りには感心する。彼女は大学に通いながらも、アルバイトにも精を出しているようだ。娘の言うには、「積極的におさんどんのお手伝いもして、女の子は本当にありがたい」と言っていた。

 この日は、一家でわが家を訪れた。女房は夕食作りに頭を悩ましていた。「何を食べさせようか?」。いつもは焼き肉をしたりお好み焼きをしたりするのだが、この日は私が前日に買っておいたひき肉を材料に、ハンバーグづくりをするようだ。何より、4人の一家が加わり、6人の晩餐会は大賑わいだ。私はいつもはテレビ相手に一人酒なのだが、酒の友が来るのが嬉しい。そういえばわが家には三人の子供がいるのだが、三人とも下戸で酒の相手は務まらない。私には、旦那が酒の相手になってくれるのが嬉しい。

 ひとしきりの晩餐が終わり、これも手土産のケーキを食べた。酒の後のケーキは苦手なのだが、それでもお付き合いでモンブランをいただいた。以前は2ヶ月に一度くらいはこの夕食会をやっていたのだが、子どもたちが忙しくなってきて、この会もめったに開かれることがなくなった。それだけに、この日の訪問に女房も大張り切りだった。

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 毎年「母の日」に頂くお花だが、女房はもらった年度順に丁寧に庭に植えているようだ。庭に植えるのだから、花束のカーネーションはお断りそうだ。例年薔薇の鉢をいただいているが、今までもらった薔薇はまだ咲いてはいない。わが家には女房の友だちの来客が多い。何しろ庭自慢で、積極的に呼んでいるようだ。

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 そういえば、庭の真ん中に鮮やかなまっ黄色い花が咲いている。野菜であるが、春菊の花だという。春菊の花など見た事がないね。娘一家にも、例のごとく自慢していた。庭で採れたサニーレタスも食卓に並んだが、嬉しいことにRukaが、美味しい美味しいと盛んに食べていた。これも、女房にとっても自慢のことだ。

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2019年5月12日 (日)

№4158 何より楽しみなナイター観戦

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 5月に入り、ナイター観戦の好期である。自宅の居間で夕食を摂っている。食卓の目の前にはテレビがあり、ナイター観戦には絶好の「テレビ桟敷」だ。ビールを飲みながら、じっくり観戦する。まして、私のファンチームが勝っているときのビールは美味しい。

 ビールは、いつもロング缶一本と決めている。試合の興に乗ると、日本酒の冷を飲む。氷を入れた日本酒は美味しいね。目の前に山の神がいるから、たいがいは一杯でやめておく。ただ、試合が有利に進行しているときには、一杯じゃすまない。横目で睨まれながら、さらにもう一杯注ぐ。

 この日は、スーパーでマグロのぶつ切りを買ってきた。お刺身を食べながらの観戦に幸せを感じた。

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2019年5月11日 (土)

№4157 4月に読んだ本

 毎月前月読んだの報告をし、印象に残った本にコメントを寄せている。このブログを始めてからの定期記事だから、もう140~150回目の記事になるだろうか。一歩一歩のことながら、ずいぶん遠くまで来たような感慨を覚える。

 先日古い手帳をめくっていたら、「毎月3000頁の本を読みたいものだ」とのメモ書きを見つけた。一日100頁の本を読むのが目標だった。サラリーマン時代、帰りは必ず酒を飲んで帰ってきていたので、帰りの電車での読書はあてにならなかった。それが、今ではコンスタントに月5000頁の本を読んでいる。ひと口に5000頁というが、これが意外と大変だ。2~3日本を読むのを怠ったら、クリアできない。ぜひ、皆さんも試みてください。

 4月は大作を読んでいたので、なかなか前には進めなかった。一日を「電車読書」にあててページを前に進める努力もした。そして、月末にはどうやらこうやら辻褄を合わせた。結果はいつもの通り、14冊・5362頁の本を読むことができた。これだけ続けられているのも、「ブログの報告に恥ずかしい記事は載せられない」という思いが強いからである。ブログの効用でもある。

 さて、それでは何を読んだのか報告をし、3点の本についてコメントを付けたい。

中村彰彦『落花は枝に還らずとも(上)(下)』(上)342頁(下)336頁 中央公論新社 2004年12月刊

諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』357頁 集英社 2017年3月

鳥越碧『波枕、おりょう』339頁 講談社 2010年2月刊

服部真澄『エクサバイト』381頁 角川書店 2008年1月刊

下村敦史『サハラの薔薇』344頁 角川書店 2017年12月刊

柴田哲孝『早春の化石』342頁 祥伝社 2010年4月刊

楡周平『異端の大義(上)(下)』(上)414頁(下)382頁 毎日新聞社 2006年3月刊

鳥越碧『建礼門院徳子』講談社 265頁 2011年10月刊

村山由佳『風は西から』407頁 幻冬舎 2018年3月刊

内田康夫『風の盆幻想』348頁 幻冬舎 2005年9月刊

飯島和一『星夜航行(上)(下)』(上)533頁(下)572頁 新潮社 2018年6月刊

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 私は飯島和一の本はほぼ読んでいると思っていた。ところが「読書ノート」で検索してみたら、本書しか出てこなかった。彼の『始祖鳥記』、『出星前夜』、『狗賓童子の島』、『雷電本記』、『神無き十番目の夜』、『黄金旅風』などは読んでいるはずだ。もっとも「読書ノート」を正確につけ始めたのは1996年ころからである。飯島の本はそれ以前に読んだものらしい。

 今回のテーマは、豊臣秀吉の朝鮮出兵の実情を描いた歴史小説だった。秀吉の朝鮮出兵を描いた小説はたくさん読んでいるが、これほど実情を明らかにしたものを読んだのは初めてのことだ。改めて読んでみて、秀吉の朝鮮出兵がいかに無謀のものであったのか、考えさせられた。並みいる武将、商人、農民、誰からも反対されていたこの出兵、しかし面と向って止める人は誰もいなかった。

 何よりひどいと思ったのは、兵站の食料などは現地調達というので、日本から持ち込まなかった。勢い、派遣された兵隊は、現地で略奪、強奪するしかなかった。それだけにとどまらず、強姦、殺人、火付けなどが横行した。もともと派遣兵にモラルがなかったのだ。こんな戦争に勝てるわけはないよね。それでも派遣当初は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。何の準備もない朝鮮に襲い掛かったから、当然といえば当然だ。

 ただ、次第に朝鮮人の抵抗が始まった。さらに、日本から派遣された兵隊も抵抗勢力として勢いをつけてきた。主人公沢瀬甚五郎の生い立ちも詳しく記されていた。徳川家康の長男信康の家来だったが、信康が切腹を命じられ、遁走した。九州で商人をやっていたが、親しい武将に従い、朝鮮に渡った。現地のあまりのひどさに、反秀吉に転じた。いずれ1100頁の大作で、十分読みでがあった。

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 楡周平の本もたくさん読んでいる。それこそ毎月一冊は読んでいるのではないか。読んでも読んでも彼の小説は尽きない、というのがいい。彼のテーマは多岐にわたる。スリラーあり、ハードボイルドあり、アクションありの多彩な作家だ。しかし、今回は珍しくサラリーマン小説だった。

 シャープ電気を思わせる「東洋電機」に勤務する主人公高見は、業績不振で岩手工場の閉鎖の作業に当たる。彼は会社の窓口になり、解雇交渉にあたったが、そこには東北特有の問題があった。再雇用先がない、勤めるのは農家の長男で農業では飯を食っていけない、日本市場の競争力の低下などだ。

 本書のテーマ「大義」は、企業にとって都合のいい大義ではあるが、人員削減、非正規雇用に苦しむ労働者にとっては、生活苦以外の何物でもないという現実を突きつける小説であった。
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 鳥越碧の本は、読むたびにここで取り上げている。それほど彼女の小説は、インパクトが強い。この小説のサブタイトル「おりょう秘抄」は、坂本龍馬の女房おりょうが龍馬暗殺後どのような生活を送ったのかを追った小説だった。そういえば、龍馬存命中は颯爽と登場したおりょうは、その後どうしたのか誰も追っていなかった。

 どうやら、ひたすら龍馬の妻であったことを隠し、小商人の妻として片隅に生きていたようだ。ただおりょうの後半生は、ひたすら龍馬の思い出に生きたようだ。龍馬とおりょうの関係はわずか3年だったが、それを胸に抱いて生きるにはその期間で十分だった。純愛小説だった。

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2019年5月10日 (金)

№4156 オリンピックチケットのネット販売

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 5月9日(木)から、来年開かれる東京オリンピックのチケットが、ネットのみで販売予約ができるという。いずれ、これに申し込むにはIDが必要だという。メールアドレス・パスワード・名前・男女別・電話番号等を記入してIDの取得をした。この日はID取得が大変だあったらしいが、私は朝9時半ころに申し込んだので、それほどでもなかった。申し込んだだけではだめで、相手から承認の折り返しメールが来て、それにOKを出して初めて認証される。

 ID取得の手続きも簡単ではなかった。私が引っ掛かったのはパスワードで、「簡単なパスワードではだめで、もっと複雑なものにしろ」という警告が出て入れなかった。何度かパスワードを変更して、取得するのに時間がかかった。こんな面倒な手続きだと、相当パソコンに習熟していないとできないかもしれない。

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 ここまではすんなりでき、認証のメールも届いた。ただこれからが問題で、いざチケットを予約するとなると膨大な時間がかかりそうだ。上の図にあるように、待ち順番が614760番だという。昨日のテレビでやっていたが、根気良く待った人で4時間近くもかかったらしい。

 基本的に、私は会場で競技を楽しむというよりも、テレビ観戦で楽しみたいと思っている。従って、何の入場券を買おうかという案は持っていなかった。ただ、矢張り開会式は見たいなと思う。しかし開会式の入場券は、最大30万円だという。そこまでしなくても、2~3万円の件でいいかな。

 チケットの予約販売は、5月26日までだという。まだ時間があるので、そのうち再チャレンジをしてみよう。

 ところで、この秋のW杯ラグビーのチケットも買おうと思った。埼玉は熊谷で行われるが、どうせなら釜石まで行ってみようかと予約サイトを見た。当然のことながら売り切れだった。ただ別のサイトがあり、正規値段の5~6倍の値段がしていた。ダフ屋行為だ。これを防ぐために、東京オリンピックのチケットは、わざわざ面倒にしたらしい。

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2019年5月 9日 (木)

№4155 大多摩ウォーキングトレイル

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 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「大多摩ウォーキングトレイル」があり参加してきた。集合場所は、青梅線古里駅である。この日の参加者は23名であった。われわれシニアにとっては、スタート前の準備体操が大事だ。入念に体をほぐし、朝10時過ぎに駅をスタートした。この日の予定は、古里駅から奥多摩駅まで多摩川沿いをウォーキングすることだ。予定では、高低差350mを8.3km歩くとある。休憩を含めて5時間の行程だ。

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 それにしても、奥多摩の新緑は目に眩しかった。山には点々と紫の花が見えた。山藤がいまを盛りと咲いているのだろう。この講座で奥多摩に来る機会が多いが、奥多摩の山は低くても急峻である。ただ、この山を愛する人は多く、各駅には多くの登山客が下車していた。そういえば、今回一緒だったチョコちゃんも、連休中は2度ほど奥多摩の高低差900mを登ったといっていた。

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 多摩川沿いにアップダウンの道が続く。多摩川上流のこの近くは、本当に水がきれいだ。水が濁っていなくて透明度が高い。ところどころに釣り人がいたが、川に魚影は見当たらなかった。ホタル橋から展望台に一挙150mの登りが待っていた。私はゼイゼイいって登ったが、前を歩くNorikoさんは「苦しそうね」と声をかけてくれた。ただ、前回の扇山に比べたらそれほどでもなかった。

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 展望台から見える鳩ノ巣の村は、まるでマッチ箱のようだった。この日は快晴で風もなく、ハイキング日和だ。展望台で一息ついたら、登りの苦しさも緩和された。苦しさもここまでで、あとは若干のアップダウンがあるものの、ほぼ平坦なハイキングロードらしい。普段の運動不足が如実に出るもので、それでも足をつった女性がいた。

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 トレイル沿いには、いろいろな花が咲いていた。一番目についたのが、白い空木の花だ。ハイキングロードを歩く旅人を楽しませてくれる。藤の花もどこでも咲いていた。そして、目的の奥多摩駅に到着したのが、予定の午後3時の直前だった。ここで全員は解散をしたのだが、有志で駅の二階で生ビールで乾杯をして帰ってきた。

 6月上旬には、2000m近くの山のハイキングを予定している。運動不足の身には果たして登り切れるだろうか、心配だ。

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2019年5月 8日 (水)

№4154 蚊の季節到来

 だいぶ暖かくなって、部屋は窓を開けていなければ汗ばむほどだ。南面の窓を大きく開き、部屋に風を入れた。まだ大丈夫だろうと、網戸をしておかなかった。そしたら、昨晩は蚊に悩まされて、ぐっすり眠ることができなかった。特に私には蚊が襲ってくる体質のようで、3~4か所刺されて目を覚ました。

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 朝起きて慌てて網戸を入れたのだが、時すでに遅しである。

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 開店を待って、近くの大型雑貨店で蚊よけのスプレーを買ってきた。数年前に発売されたこのスプレーは、効果抜群である。1プッシュで部屋の蚊を退治できる。私は念のために3プッシュか4プッシュするのだが、これだけで蚊の悩みは解消する。

 それにしても、昨晩は寝たのかどうかわからない。寝不足で頭がくらくらしている。

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2019年5月 7日 (火)

№4153 檸檬の花が一輪咲いたよ

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 わが家の庭に檸檬の木がある。植えてからもう10年以上になるのだろうか。こんもりしていて、居間から見ていて気持ちのいい緑の葉だ。ただ、例年花はたくさんつくのだが、残念ながらこの2~3年実が成長しない。

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 今年も檸檬の花が一輪咲いた。花の匂いを嗅いでみたら、甘酸っぱいいい香りがした。

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 よく見てみたら、花の芽がたくさん付いている。もう一週間もすると花が咲くのだろうが、実をつけるかどうかは、この匂いに引き寄せられて蜂が受粉に寄ってくれるかどうかにかかっている。昨年も花はつけたのだが、ほとんど蜂を見ることはなかった。果たして人工授粉ができるのだろうか。

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 この木になった檸檬の実は、最高で30個もあった。しかし、この数年果実にはありつけていない。さて、今年はどうなるのだろうか。

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2019年5月 6日 (月)

№4152 10連休が終わる

 異例の長期休日が続いた10連休も、今日でおしまいである。私のように「毎日が日曜日」の人間にとっては、人が動く休日は休養日として動かないことにしている。まあ報告したように、それでも那須には5日ほど滞在した。

 それにしても、わざわざ人込みで混雑が予想される場所には近づきたくないね。テレビで行列を眺めては、よくぞあんなに混みあった場所に行くものだと驚き呆れていた。

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 高速道も休日前の予想通り、軒並み40km近い混雑だった。東名高速道は、圏央道からの新道が開通となり混雑緩和が予測されていた。ところが、アナウンス不足の影響か新道には行かず、相変わらず本道を走る車が多かったようだ。新道だと10分で通過できた道を、本道で1時間もかかったとの報がなされていた。

 休日初日のディズニーランドは、天気が悪かったせいかガラガラだったらしい。その後の報がなされていなかったが、いつものような混雑だったのだろう。代わりに報道されていたのが、飯能に新しく出来た「ムーミンパーク」だ。飯能駅からバスで行くらしく、駅前にはバスを待つ長蛇の列だった。遊園地に到着しても、アトラクション会場に入場するのにまた長蛇の列の報道だ。いずれ、ニュースはどこでも長蛇の列だった。

 私のようにいつでも暇な人間は関係ないが、普段休めない人にとっては、このような休日は「家族サービスディ」として、どんなに混雑していてもどこかに行かなければならないのだろう。

 海外旅行に出かけた人も多かったようだが、この時期の旅行代金は通常の2倍も3倍もする。どんなに高かろうが、まとまって休めるのは何にも代えがたいのかもしれない。同情に耐えない。

 明日からは通常のリズムに戻る。さて、われわれの番である。今月末には帰郷する。ついでにゆっくり津軽を歩いてこようかな。

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2019年5月 5日 (日)

№4151 帰りの道は混むかな

 那須で4泊5日を過ごした一行は、いよいよ帰る時を迎えた。いつも「枕が変わると眠れない」と嘆く川崎の姉は、どうだったのだろうか。それがご満悦の様子で、「思った以上に楽しかった」と喜んでいた。姉はカードゲームのほかに、ハーモニカを持参していた。なんでも、「ハーモニカ・クラブ」に入っているのだそうだ。

 ハーモニカで吹く曲を聞いていたら、これがド演歌ばかりだ。せっかく那須で吹くのだから、もう少し高級な曲を吹けばいいのにね。ま、それでも超わがまま姉の機嫌を損じたら大変だ。自分の好きなようにさせておくのが一番なのだ。

 渋滞情報を見ていたのだが、この日も高速道路は40㎞の渋滞が予測されていた。ところが、われわれは一般道で帰るつもりだ。どんなに高速道が渋滞していても、一般道が渋滞していたことはほとんどない。まあ、それでも用心して朝10時に那須を出た。

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 やはり、予想通り国道新4号線はガラガラだった。むしろ普段より車が少ないくらいだ。特に、休日はトラックがほとんど走っていないので、いつもより空いていた。帰りは道の駅で買い物をするのだそうだ。

 予定通り、11時40分くらいに「道の駅しもつけ」に到着した。男二人は、ここで昼食を摂った。ところが女どもは買い物に夢中だった。一体、何を買おうとしていたのだろうか。川崎の姉は、ベランダに植える花を探していた。そして、ゼラニウムを10鉢ばかり買っていた。「ゼラニウムは、管理が簡単のよね」。

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 横浜の姉と女房は、自宅用に野菜を買った。今回、わが家への送り迎えは甥のShigeがやってくれた。電車だと買えない重い荷物も、送迎車があるから安心だ。この道の駅は、いつも新鮮な野菜が並んでいて人気だ。私も並んでいる野菜を見て歩いたのだが、なんと一粒500円のイチゴが並んでいた。大粒なイチゴだったが、500円となるととっても手が出ない。果たしてどんなに甘いのだろうか。

 車は荷物でいっぱいだった。買った花の鉢や野菜は、荷台には積めない。狭い思いをしながら足下において運んだ。お陰で、帰りの車は窮屈だったらしい。ただ、この道の駅から自宅までは1時間ちょっとで着く。しばらく窮屈な思いを我慢しなければならなかった。そして、自宅に着いたのが午後1時半ころだ。

 自宅に着いたと思った丁度その時、迎えのShigeも到着した。彼は、自宅を12時ころに出たらしい。「首都高も意外と空いていたよ」と話していた。やれやれ、これでわが一家の連休は無事に終わった。

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2019年5月 4日 (土)

№4150 那須の渋滞を避けて

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 先日も申し上げたように、那須のあちこちは大渋滞している。私のように気の短いものにとって、渋滞は耐えられない。とはいっても、お客様をそのままに放っておくわけには行けない。渋滞を避けながら、那須の新緑を楽しむとしようか。毎年行っていて芸がないが、板室温泉の那珂川にかかっている鯉のぼりを見に行こう。山を越えてこの川に来る分には、ほとんど渋滞に引っかからない。

 板室温泉が目の前にあるから、入湯していこうと提案した。ところが誰も食指を動かさなかった。しようがない、帰りがけにある素敵な喫茶店でコーヒーを飲んで帰ろうとするか。「りんたろう」という店であるが、いつ行っても客がいたためしがない。ところが、この日は駐車場が車でいっぱいだった。あれ何があるのだろうか、店を覗いてみた。フルートの音色が聞こえてきた。

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 おかみさんが出てきて、「音楽会をやっているので、どうぞ立ち寄ってください」というのだ。残念ながら音楽会も終盤だった。それでもリクエスト曲を含めて3曲ほど聞かせていただいた。思わぬ儲けものだった。演奏会は、フルートとヴァイオリンとビオラの三重奏だった。年に2~3回、ここで演奏会をやっているとのこと。フルートを吹いていた方は、文京区民オーケストラのメンバーだったそうだ。80歳を機会に引退したと話していた。

 この「りんたろう」には、私が立ち寄るのはせいぜい2~3年に一辺のことだ。それでもおかみさんは私のことをよく覚えていた。ご主人はどうしているのか聞いてみたら、病で臥せっているとのことだった。姉たちは思わず音楽を聴け、しかも美味しいコーヒーをご馳走になり、大喜びだった。

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 そういえば、久し振りに那須に来た姉たちは張り切っていた。4日間も退屈するだろうと川崎の姉は、百人一首、トランプ、花札を持参していた。それが女3人で花札に嵌り、昨晩からキャーキャー大騒ぎだ。勝ったの負けたのと騒いでいた。ところが、向かいのKayoさんも仲間に入り、さらに盛り上がった。昨晩は何時まで騒いでいたのだろうか。

 男二人は、このバカ騒ぎには付き合いきれず、早々に布団に入った。

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2019年5月 3日 (金)

№4149 那須での朝食の楽しみ

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 【あるるのいえ】には広いウッドデッキがある。何よりの楽しみは、このウッドデッキでの朝食である。那須に来た当初は若干寒かったが、この日は、ウッドデッキはぽかぽか陽気だった。テーブルには、色とりどりの食べ物が並んでいる。

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 那須に来た時には必ず立ち寄る店が、パンの「ペニーレイン」だ。ここで買うバゲットは朝食の最大の楽しみだ。しかし、日本一混むペニーレインは、この日も長蛇の列だった。店外にまでその列は伸びていた。諦めて温泉に行き、その帰りに再度寄った。さすが列はなかったが、残っているバゲットは一本のみだ。有難く、残っていたバゲットを買い求めた。一本では心許ないと、ガーリックバゲットも買い求めた。

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 栃木は、日本一のイチゴ生産県だ。朝食にはイチゴは欠かせない。念の入ったことに、川崎の姉はこの甘いイチゴの上に練乳をかけて食べている。採れたてのイチゴなのでいらないのではないかと思うが、わがままな姉はこれと思ったら、決して譲らない。皿には、埼玉の自宅で採れたレタスが盛り付けられる。野菜嫌いの姉も、これは美味しいと食べていた。

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 それにしても、自然に包まれた野外を眺めながら食べる朝食は、至福そのものである。鶯や四十雀、ガビチョウなどの鳴き声が聞こえる。目の前に留っている茶色の野鳥は何だろうか。望遠レンズで撮ってみたが、若干ぼやけているかな。この野鳥も、やはり川崎の姉は見つけることができなかった。

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2019年5月 2日 (木)

№4148 渋滞那須のエアポケット

 那須は、5月の連休と8月のお盆の時期が一年で一番混む。とはいっても、お客と「あるるのいえ」に籠っているいるだけじゃ失礼だ。お昼ご飯を兼ねて外に出てみた。当然どこも混んでいた。「那須フラワーパーク」に行ってみたが、入場料が一人700円というのであきらめた。「那須動物王国」は、駐車場に入るだけで700円という。さらに近くの「お花畑」も一人500円という。何があるのか聞いてみたら、菜の花が咲いているだけらしい。菜の花を見るためだけに500円はもったいない。

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 ふと目に入ったのが、「御用邸のある町・那須」の展示会だ。3年ほど前にできた「ビジターセンター」で開かれているようだ。このビジターセンターは、名湯鹿の湯のすぐ上にある。この日は新天皇の即位の日でもあった。行ってみよう。那須街道を遡ったが、例のごとく那須街道の上りはものすごい渋滞だった。7~8㎞も続いていただろうか。私はいつも裏街道を使っているので、客人もこの渋滞は見たことがなかったと言っていた。そう、裏街道は住人しか知らないのだ。

 さて、目的のビジターセンターに行ってみた。広い駐車場は車一台なくガランとしていた。あれ、休館日かな。いや、このビジターセンターは開場していたのだ。入場無料なので入館してみたが、人っ子一人いない。那須のほかの場所は大賑わいなのに、アナウンスが不足して、このセンターはほとんど知られていないのだ。もったいないことだ。ここでは那須の自然に関する様々な展示物があり、那須を理解するのに格好の場所だ。

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 予告のように、特別展示室で那須にやって来る皇族の写真パネル展が行われていた。ご存知のように、那須には広大な御用邸がある。なかは覗くことができないが、入口までは車では入れる。

 那須は昭和天皇がちょくちょくみえ、『那須の植物』という大著まで著している。夏の間は、ほとんど那須に滞在していたようだ。さらに上皇夫婦、現天皇一家もよく那須に来ているのを目にする。最近でこそ夏の那須は暑くなったが、ひところは避暑には最適な場所だった。

 那須の御用邸は広大である。手付かずの自然が多く残されている。この敷地は立入禁止だったが、最近「平成の森」として一部開放された。インタープリター同伴で入場できる場所に、私は二度ほどは入ったことがある。朝歩いたと思われる熊の糞や、目の前にフクロウまで見た。原生林のブナ林は、この場所でしか見られない。

 なにより、天皇家は那須住民に愛されているようだ。電柱は茶色に塗られ、自然に同化している。コンビニエンスストアの看板も、那須ならではの目立たない色である。あちこちで「天皇家御用達」の看板や、天皇家の誰それが来たというパネルが張られている。

 それほど那須で愛されている天皇家だが、今回のパネル展にほとんど入場者がいないのが意外だった。余計なことだったかもしれないが、係員にアナウンスが足りないのではないかと注文を付けてきた。

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2019年5月 1日 (水)

№4147 連休は那須で

 今日から「令和」が始まる。平成から令和に代わるカウントダウンが、あちこちで行われたようだ。ただ、いつも渋谷で起こる大騒動がなかったようで、まずは穏やかな新時代になった。

 10連休中である。休日前に那須に行こうと思っていたのだが、同行者の都合で那須行きが遅れた。横浜の姉夫婦、川崎の姉も久し振りに那須に行きたいという。その同行者の都合に合わせて那須にやってきた。那須にはいつもは一般道で来るのだが、高齢者が一緒とのことで珍しく東北自動車道を使った。雨なので空いているかと思ったが、高速道は混んでいた。それでも2時間ほどで着いたので、やはり高速道は早い。

 途中、矢板の道の駅に立ち寄った。実はここでクレームを付けようと思っていた。前回、那須からの帰りにこの道の駅でイチゴを買った。「朝取りイチゴ」の名前につられて、新鮮なイチゴと思っていた。ところが、帰って開けてみると半分腐っていたのだ。そのことを係員にいうと、「そうでしたか、生産者に言っておきます」とあっさりしたものだった。販売者としても何か対応があってしかるべきじゃないのかな。とはいっても、この道の駅でまたイチゴを買った。

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 【あるるのいえ】に着いたのは、午後4時前だった。庭のミズナラの木の芽が萌えていた。例年は5月の連休明けに見られるが、今年は早い。黄緑色の新芽が見られるのは、わずか2~3日だ。新芽が萌えるその日に立ち会えたことに、同行者から感嘆の声が漏れた。さて、今日は温泉に行こう。

 その前に夕食の支度をした。女手の多い今回の那須行は、楽なものだ。途中のスーパーで鰰を買ってきたので、今晩は鰰鍋だ。温泉から帰って、早速鍋を囲んで晩餐だ。ただ旬を過ぎた鰰は、身が崩れて美味しくなかった。

 夜は、いつものように今は亡き親兄弟の話しで暮れていった。

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