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2019年6月

2019年6月30日 (日)

№4207 梅干しの白梅酢上げ

Sdscn0579 梅干しを漬けて一週間になる。ウッドデッキに置いた樽を絶えず観察しているが、だいぶ白梅酢が上がってきた。もう次の段階に入っていいかな。まずは重石を取り除いて、白梅酢をボウルに移した。

Sdscn0581  ボウルは、白梅酢でいっぱいになった。この白梅酢は漏斗で濾して、ペットボトルに移した。2ℓのペットボトルはいっぱいになって、もう一本のペットボトルが必要だった。白梅酢には、たくさんのレシピがネット情報に載っていた。一番の人気が、もやしをレンジで温め、それに白梅酢をかけて、冷蔵庫で一昼夜冷やすとあった。冷蔵庫にもやし一袋があったので、早速やってみた。

Sdscn0582 白梅酢を取り除いた梅干は、カビも浮いていなくて順調に仕上がっているようだ。ここまではうまくいっている。さて、次の段階だ。

Sdscn0583  この梅干に、矢張り那須で作っておいた赤紫蘇漬けを上乗せした。これがうまくいくと、梅干しには本来の赤さが出てくる。何度かやっているが、上手く赤みが出る年もあれば、なかなか赤紫蘇の色が梅干しに乗らない年もある。今回は梅がしっとり濡れているので、うまく乗り移ってくれるのではないかな。

Sdscn0584  赤紫蘇を敷いて再度この梅干を密閉して、重石を乗せた。そしてウッドデッキの隅に安置した。この梅干は、梅雨が明けたころに三日干しをして、さらに甕に漬けるつもりだ。年末ごろには、今年産の梅干が食べられるのではないかな。

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2019年6月29日 (土)

№4206 庭の菜園の収穫物

 何度もこのブログの話題に載せて恐縮するが、わが家の庭の片隅に猫の額ほどの菜園がある。この場所には、私が大事にしていた柿の木があったが、その柿の木を切って女房が菜園を作った。狭い菜園であるが、ここの収穫物がバカにできない。

Sdscn0574  毎朝食卓に載るのが、ここで採れたキュウリである。普段スーパーで買っているキュウリだが、ここで採れたキュウリは本当にキュウリそのままの味がする。キュウリの独特の味は、スーパーで買ったキュウリでは味わえない。キュウリ特有の苦みがあるのが良いね。

Sdscn0576  この菜園で今ドンドン成長しているのがトマトである。幾つなっているのだろうか、数えてみたら30個もある。まだ青く食べられないかなと思っていたら、女房が「下の方に一個、赤いトマトがあるわよ」と言っていた。

Sdscn0577  よく見てみたら、赤くなったトマトがある。もう少し収穫を待ったら完熟するだろう。

Sdscn0573  枝豆もしょぼしょぼではあるが、成長している。実が膨らんでいるので、食べごろだろう。収穫してみたら、笊に半分ほどの量だった。この時期、ビールに枝豆が似合う。わが食卓に枝豆は欠かせない。女房が、「本当に枝豆が好きね」といつも呆れている。

Sdscn0571  すでに収穫が済んだのがジャガイモである。わずか5本ほどの苗を植えたようだが、収穫してみたら結構食べ出がある。ジャガイモも、手を替え品を替えして毎晩の食卓に載る。本当に狭い菜園だが、ここの収穫物は馬鹿にできない。

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2019年6月28日 (金)

№4205 一番晴れがましい日

 この日は、図書館に本を返しに行ってきた。2週間で10冊借りるのが限度だが、少々日にちが過ぎて返しに行ってきた。今回は10冊を完読して返した。何か晴れがましい気持ちだ。私が図書館に行くのは、20日に一回くらいだ。その都度、借りた本を読んだ満足感と、今度どんな本を借りることができるか希望を抱いて図書館に通う。私にとっては晴れがましい日だ。

 今回借りた10冊目は、まだ150頁くらいの読み残しがあった。図書館の閲覧室で、残りを読んだ。3時間もかかっただろうか。読んだ本は一頁二段組みの650頁の大部の本だった。こんな本でも、内容が面白ければあっという間に読んでしまう。本当に面白い本だった。
 
Sdscn0561  そして、今度また10冊の本を借りることにした。借りた本は写真に撮って、パソコンの「読書ノート」に登録する。この登録時点で、前に読んだかどうかがわかる。残念ながら、今回は3冊の本が重複本だった。重複本は跳ねておいた。

 そういえば、前日Katsuちゃんと大宮まで一緒に帰ってきた。ありがたいことに、彼は私のブログの大切な読者の一人だ。毎日私のブログを読んでくれているらしい。彼が言うには、「いろいろな記事を読んでいるが、何より楽しみなのが『読書日誌』だ」と強調していた。

 毎月10日前後に前月読んだ本の報告をし、2~3冊の感想を述べている。この記事は私の備忘録のようなもので、この記事を楽しみに読んでくれている人はいないと思っていた。ところが、例外がKatsuちゃんだ。「自分の読書の指針になり、本当にありがたい記事」とのことだ。

 私は毎月12~3冊の本を読んでいるが、彼は8冊前後とのことだ。「シンさんのような速読はできない」と謙遜していたが、まあ、それでも8冊読むのはすごいことだ。彼も読む傾向は私と同じで、時代小説・歴史小説をこよなく愛しているようだ。往々にして読書人口は減っているといわれる中、彼のような読書好きを仲間に持てるのはうれしいことだ。

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2019年6月27日 (木)

№4204 ティキーラ・パーティ

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 昨年秋のキューバ・メキシコ旅行で、お土産にティキーラを買ってきた。結構高い酒で、一緒に買ってきたラム酒の10倍もした。海外旅行に出るたびに、Hozumiさんから「現地の美味しい酒をお土産に買ってきてね」とのリクエストが出る。その都度に応えているが、中国では12年ものの紹興酒を買ってきたし、ポルトガルではポルトワイン、アルメニアではアルメニアコニャックをお土産に持ち帰った。

Img201906261714231  残念ながらアルメニアコニャックは試飲の機会がなく、別の飲み会に供した。ただ、紹興酒もポルトワインも、いまだに美味しかったと話題に上る。今回買ってきたティキーラも試飲会がないなら飲んでしまおうと思っていたが、2~3年ぶりに飲み会が開かれた。会場は、いつもの神保町・やきとり屋だ。以前はしょっちゅうここで飲んでいたが、最近は開かれていない。

 店に入店してすぐに、「海外旅行で買ってきた酒をこの店内で飲んでもいいか」とお店の了解を取り付けた。私はこの店の常連だけに、二つ返事でOKが出た。ティキーラは相当強い酒だ。アルコール度数を見ると40度とある。ウィスキーは42度だし、ウオッカだって40度だ。まあ、そう見てくると格別に強いというわけでもないかな。

Img_73581  私はテキィーラを現地メキシコでは試飲したが、量はそんなに多くは飲んでいない。この日の参加者は7人だったが、中で「ティキーらはサボテンからとれるんだろう」と誤解している人がいた。違う、リュウゼツランを抽出してとれるんだよと説明したが、そもそもリュウゼツランを知っている人は少なかった。

 お店でタンブラーと氷をいただき、ロックで飲んだ。ところが独特の匂いがした。酒に詳しいHozumiさんが、「レモンスライスを入れて飲んだら、この匂いが消えないかしら」と店に注文した。もちろん有料だといわれながら、レモンスライスが届いた。入れてみたら、なるほど独特の匂いが消えて、美味しかった。7人もいると、あの高価な酒もあっという間になくなってしまった。

Img201906261758171  この飲み仲間は、ゴルフ合宿の仲間でもある。勢い、話題の中心はゴルフだ。腰痛持ちのHozumiさんは今年になって3度ほどしかゴルフはしていないようだが、「それでも、久し振りにラウンドしたら、79で回ったよ」と憎いことを言っていた。わたしなど100が切れないので四苦八苦しているのにだ。

 「那須ゴルフ合宿」をやめて2年になる。その思い出話がたくさん出た。なかでも、まっきぃの塩原カントリークラブでの「ゴルフカートの松の木衝突事件」は格好の話題だった。この日、その衝突の原因が明かされた。なんでも背中を掻いているうちに、スピードが出ていたカートが松の木にぶつかったものらしい。背中を掻いたのが、えらい高いものについてしまった。そのほかにも、合宿中の事故が話題になった。何しろ10年も続けていた合宿だ。思い出話はたくさんある。

 この店では、ティキーラのほかに焼酎も飲んだ。しかしそれでも物足りずに、河岸を替えてビルを飲み、担々麺を食べて解散した。

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2019年6月26日 (水)

№4203 竹ちゃん、日本列島縦断達成

 このブログでも何度か紹介したが、わが友竹ちゃんがとうとう徒歩・野宿で日本縦断を達成した。東京を出発して四国を回り、九州の突端佐多岬を出発したのは3月10日頃だった。話に聞くと、自転車やバイク、自動車で日本縦断を目指す人はいるようだが、徒歩でしかも野宿で日本縦断をする人などいないようだ。竹ちゃんもたくさんの旅人に会ったようだが、徒歩で縦断している人には会わなかった、と言っていた。

 結局、佐多岬から宗谷岬までは2600km、84日間で踏破したとのことだ。コンスタントに一日30km以上を歩いたことになる。私にはとても真似できないが、68歳と古希を目の前にしてすごいものだ。しかも計画的というか、一日1500円、トータルで18万円であげてしまったというからすごい。私が先日東北旅行をした時には、わずか一週間だが10万円ほどかかった。

 宗谷岬に着いた竹ちゃんは、その後利尻・礼文島を旅し、7月上旬に東京に帰ってくるとのことだ。

Img_10051   私が利尻・礼文島を旅行したのは、3年前の6月だった。残念ながら、その旅は雨にたたられたのだが、花の島礼文島を満喫した記憶がある。再度その旅をこのブログで振り返ってみたのだが、貴重な花「レブンアツモリソウ」が見事に咲いていた。6月は、利尻・礼文は花の季節だった。

C3a9f764e04cac5b618bd20dd5678cf72e21330e  竹ちゃんの旅の途中、私は青森に行って旅の応援をした。「応援」というよりも、彼の旅の邪魔をしたかな。ただ、私にとっても忘れられない旅になった。彼の実家に泊まって、お姉さんにご馳走になったお刺身の新鮮なホタテの山、三内丸山古墳の大きさ、さらに温泉と青森を満喫した。翌日、種差海岸でウニ丼を食べたのだが、竹ちゃんが北海道の稚内で食べたうに丼は、私が食べた3倍もの量があった。

 竹ちゃん、本当にご苦労様でした。東京に帰ったら、慰労会をやろう。

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2019年6月25日 (火)

№4202 那須は連日の雨

 3泊4日の那須滞在を終えて、埼玉の自宅に帰ってきた。それにしても、那須は連日の雨だった。特に二日目の夜は、土砂降りに加え一晩雷も鳴っていた。「あるるのいえ」は屋根がトタン板なので、雨の屋根を叩く音はひときわ大きい。埼玉の自宅は瓦屋根なので、雨が屋根を叩く音は聞こえない。

 三日目の夜も、一晩しとしと雨が降っていた。梅雨時期だなと思った。雨の時期に雨が降るのは当たり前だがいいね。そして、帰る時にも雨はやまなかった。

 帰る準備はいつも同じだ。朝起きるとすぐに3日分の洗濯をする。洗剤を入れて洗濯機を回してから、やおら朝食の支度にかかる。朝食はパンとコーヒーが定番だが、この日は目玉焼きを2個焼いた。さらにキュウリとトマトを添えて出来上がりだ。那須にいる間はもちろんすべて自炊だが、夕食もものの10分ほどで作ってしまう。

 朝食を終えて、片付けに取り掛かった。まずは流しの食器を洗い、掃除をする。3日寝た布団を上げた。本当は寝た布団を干したいところだが、この雨でそれも叶わない。さらに、持ってきたペットボトルの5箱に水を詰めた。それがすべて出来上がったころに、洗濯が終わる。洗濯物は寝室に干すのだが、寝室には除湿器があるのでそれを動かした。この除湿器は、布団も乾燥してくれるすぐれものだ。さらに梅雨時期なので、除湿器はつけっぱなしにして帰ることにした。除湿器は、除湿が終わったらひとりでに停まるので、電気代の心配はない。

Img201906241226571  支度が終わったので帰ることにしよう。滞在中のゴミと穴の空いたポリバケツを、ごみステーションに捨てながら帰路に就いた。ちょうど午前十時だった。朝食をたくさん食べたので、いつもの「道の駅しもつけ」を通るころはお腹が空いていなかった。道の駅の次に気に入っているのが、佐野ラーメン屋だ。昼食はそこで摂った。

Img201906250956571  自宅に着いたのは、午後1時半頃だ。持ってきた荷物を下ろしたのだが、特に漬けた梅は、再度ウッドデッキに置き、重石を乗せておいた。そしたら、女房の実家から青梅5㎏が送られて来ていた。この漬けた梅と一緒にするのは難しい。女房は梅酒を作り、さらに梅ジュースを作っていた。それでも余った。

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2019年6月24日 (月)

№4201 赤紫蘇団子

Img201906230942191  さて梅を漬けたし、次の段階は赤紫蘇漬けだ。赤紫蘇は4束買っておいたが少し心許ないな。もう2~3束欲しいね。昨日赤紫蘇を買ったスーパーに行ったが、今日は入荷していないという。仕方がないの少し高いスーパーで買うことにした。このスーパーなら2束だ。

Img201906231026251  昨日のうちにすでに買っておいた4束を枝から外し、バケツに入れ水に浸しておいた。朝起きてみたら、入れておいたはずの水がない。ポリバケツの底に穴が開いているのかな。買ってきた赤紫蘇2束も葉をむしり取った。そして、丁寧に洗った。揉みこむような形で3度ほど洗い、泥を落とした。

Img201906231048371  バケツから赤紫蘇を出し、しっかりと水切りをした。これも丁寧に3度繰り返した。結構赤紫蘇の量は多い。さて、これを絞り込むとどれだけになるのか、楽しみだ。

 ボウルに塩を入れた。これもきっちり秤で15グラム計った。昨日梅を漬けたのが塩5%だ。それにこの赤紫蘇で、梅干漬けの塩の量は6.5%になる。

Img201906231123391  ボウルの塩に水から上げた赤紫蘇をまぶし、灰汁抜きをした。この灰汁取りの絞りは力仕事だ。一度目の絞りは、灰汁抜きというより水分を抜くためだ。二度目の絞りから、本格的な灰汁抜きだ。灰汁抜きをするたびに、赤紫蘇団子はだんだん小さくなった。そして四度の灰汁抜きで、団子は3個まで小さくなった。

Img201906231123321_20190623141101  絞って抜いた灰汁の汁は小川に流すと毒だろう。トイレに流した。この赤紫蘇団子は自宅に持ち帰り、白梅酢が出た後に梅干と一緒に漬けこむつもりだ。

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2019年6月23日 (日)

№4200 梅干を漬ける

 私にとっては6月の恒例行事だが、今年も梅を漬けよう。もう10数年も続けている。たいていはうまくいっているのだが、昨年は漬物樽いっぱいにカビが生えて大失敗してしまった。漬けている途中に、再度焼酎に浸けて塩をすっかり洗い流したのが原因だ。それでなくても、小さい失敗は何度もしている。この経験を踏まえて、今年は上手に漬けたいものだ。

Img201906211505103  買ってきた梅は、南高梅一箱10㎏だ。以前は二箱20㎏漬けていたのだが、女房に「くれぐれも自家用だけにしてね」と念を押され、今年は10㎏だけにした。買ってきた梅のヘタを竹串で、一個一個丁寧に取っていった。さらにヘタを取った梅を2時間ほど水に浸けた。水に浸けるのは、一つは洗浄のためだし、もう一つは渋みを取り除くためだ。

Img201906211647592  以前、一昼夜水に浸けて、梅がぶよぶよになり大失敗したことがある。その失敗を踏まえて、2時間ぐらいが丁度いい。水に浸けている間に、これも那須滞在の楽しみ、温泉に行ってきた。温泉から帰ってきて、水に浸けておいた梅を取り出して、ウッドデッキに敷いた新聞紙の上に並べて干した。干す時間も一昼夜だ。

Img201906221053391  さて、それでは梅を漬けよう。那須には漬物樽が4~5個もある。あまり大きくない30ℓの樽を取り出し、洗剤を浸けながら水できれいに洗った。梅を漬ける際に一番注意しなければならないのが、カビだ。カビ防止に樽を水洗いをしたうえで、買ってきたホワイトリカーでさらに何度も拭いた。清潔第一だ。

Img201906221125261  清潔にした樽にビニール袋を二重に敷いた。そして、梅を漬けていった。漬ける前に、さらに干した梅をホワイトリカーに浸けて消毒した。消毒は何度しても、し足りるということはない。塩もなるべくいい塩を使うことにしている。美味しい梅干しを漬ける隠れた味付けだ。例年、塩は5%に抑えている。たいていの梅干の漬ける要領を見ると、塩は10%とある。5%にしたのは、女房がショッパイ梅干しはいやだという理由からである。塩はきっちり秤で計り、500gにした。

Img201906221129541  さて、ホワイトリカーに浸けた梅を樽に漬けていった。最初に樽の底に塩を敷き、その上に梅を重ねていく。樽が、敷いた梅で7分目くらいになった。敷いたビニール袋で蓋をし、さらにその上に大きな石を重石として置いた。一週間もすると、白梅酢がにじんでくる。ただ、この漬けた梅の樽は埼玉に持ち帰るつもりだ。

Img201906221054061  さらに梅干しの作業は残っている。赤紫蘇を漬けることだ。ただ、この作業は白梅酢が出てきた後だ。まあ、念のために那須で赤紫蘇は買っておこう。スーパーによって値段が変わっている。いつも行っているスーパーでは300円だった赤紫蘇が、別のスーパーでは200円だった。200円の赤紫蘇を4束買ってきた。少々足りないと思ったが、4束で売り切れだった。

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2019年6月22日 (土)

№4199 さて、那須に行ってこよう

 一ヶ月ぶりに那須に行ってこよう。女房にそのことを言ったら、いろいろと用意してくれた。何より空のペットボトルである。自宅の飲料水は、何度も言って申し訳ないが、那須に依存している。そのために月に一度は、那須に行く必要がある。ペットボトルの空箱は、今回は5箱だった。さらに、冷蔵庫の中にある食料のいくらかを持って行くようにとのことだ。ただ、いつも山のようにある家庭ごみは今回はなかった。

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 那須の「あるるのいえ」の周りは、濃い緑に包まれている。梅雨でどんより雲っているせいか、むしろ薄暗いほどだ。南の庭に山法師の大きな木があるが、以前は木一杯に白い花を咲かせていたのだが、数年前に向かいのOhnoのお父さんに剪定してもらった。それ以来、花は咲いていない。咲くようになるまで、もう2~3年かかるのかな。

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 「あるるのいえ」を手に入れて11年、家の周りに紫陽花を植え続けてきた。数えてみたら10本ほどあった。下界は紫陽花が満開に咲いているが、この周辺はまだ咲いていない。500mの高地では、紫陽花が咲くにはもう少し時間がかかるのだろうか。月一度の那須来訪では、なかなか満開時期にぴったりとはいかない。

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 玄関の導入路につつじを20本ほど植えているが、残念ながら今年も満開時期にはあわなかった。今回の那須訪問の一番の目的は、梅干を漬けることだ。昨年は大失敗に終わったが、今年は慎重に漬けよう。来る途中のいつものスーパーで、南高梅10㎏入り1箱、大きさ2Lの粒を買ってきた。
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2019年6月21日 (金)

№4198 スマホカメラは便利だね

 スマホを替えてから、スマホカメラを意識して使うようにしている。デジカメとスマホカメラを両用しているが、段々慣れるに従ってデジカメを必要としなくなりつつある。

Photo_20190620211601  なにより便利なのが、スマホカメラは撮ると同時にgoogleのフォトにアップされるのがいい。今までは、デジカメの画像をパソコンにダウンロードして、さらに縮小をしてブログに使用していた。デジカメとパソコンを繋ぐリードは、どこに行くのにも必携だった。その手続きが、スマホカメラでは必要がなくなった。

 なぜそうなるのか原理は分からないが、とにもかくにもスマホカメラで撮った画像は、フォトにアップされる。フォトを見ると、撮った写真のチェックが即できるのがいいね。

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 それと最大の武器は、きわめて手振れに強いのだ。先日もお話ししたが、私は写真を撮るときの手振れがひどい。本態性振戦が原因だと思うが、シャッターを押し時にはカメラが大きく揺れる。ある仲間が言っていたが、「シンさん、カメラがそんなに揺れているのに、よく写真を撮れるね」と驚いていた。

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 昨日もまっきぃのゴルフスイングをスマホカメラで撮ったのだが、撮った時はカメラが大きく揺れ、これは失敗作だと思いながら画像をチェックした。ところがあんなに手振れをしながら撮った写真だが、撮った写真は手振れの影響がほとんどないのだ。これはすごい、スマホカメラは使えるなと強烈に思った。

 私は長い間写真を撮り続けているが、私の写真は「芸術写真」ではなく、「生活を記録する」写真だと思っている。撮った写真は、ブログに使用するためだ。それがスマホで済むなら、それに越したことはない。今は心配なのでデジカメとスマホを併用しているが、スマホだけで済むなら海外旅行の荷物も大幅に軽減される。

 これからはできるだけスマホで写真を撮り、慣れることに努めよう。さらには、スマホでブログを書いてアップできるようになったら、必携のパソコンも必要なくなるな。日本縦断旅行をしている竹ちゃんに感謝したい。

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2019年6月20日 (木)

№4197 毎月の定例ゴルフ会

 毎月の定例ゴルフ会が、マイホームコース「オリムピックカントリークラブ レイクつぶらだコース」であった。いつもはメンバー3人にゲストを交えて4人で行うのだが、この日はメンバー3人だけの会になった。

 例月は朝8時半にスタートし、午後1時半ころにはあがる。ところがこの日のスタートは同じ時間だったが、終わったのは午後3時ころになった。ものすごく混んでいたのだ。昼食タイムが2時間以上あった。こんなに混んでいるこのゴルフ場は久し振りだった。

 われわれ3人はこのゴルフ場はよく知っているので、どんどん前に進んでいく。ところが前の組は慣れていなかったせいか、なかなか進んでいかない。勢い、各ホールごとに待つ時間が長い。Masaoちゃんなどは「遅い、早くいけ」と怒鳴っていたが、とはいっても前も詰まっている。まあ、イライラしないでゆっくり行きましょうよ。

 最近、女性が上手になったね。われわれの2組前に回っている女性4人組はすごかった。特にリーダー的な女性は、ドライバーを250~260ヤードも飛ばしていた。まるでプロゴルファーのようだ。その女性は、ガタイもデカかった。お昼、まっきぃが一緒に並んでみたが、二回りほど大きいのだ。「彼女はプロゴルファーで、他の3人は生徒じゃないの」と話していたが、確認はしていない。まきぃがわざわざ隣まで行ったのに、恐れをなして声をかけそびれていた。

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 いつもの3人だが、すでに実力ははっきり違っていた。その中でもMasaoちゃんが、一つ抜けている。一時は絶不調で、クラブが握れない時期があった。そういいう状態でもゴルフを諦めなかった。それが花開いて、崩れるそぶりも見られない。本当に脱帽だ。もちろん80台でラウンドしていたが、そういう彼にも不満はあるようだ。3パットが4~5回もあったのかな。ということは、パットが良くなると70台でラウンドできるんじゃないの。

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 Masaoちゃんほどではないが、スコアをまとめていたのがまっきぃだ。最近では私はこのゴルフだけだが、彼らは週二回ほどのラウンドをこなしているようだ。何しろ回数が違いすぎる。そういうまっきぃにも弱点はある。アプローチとパットが極端に弱い。1mほどのパットを入れたことはなかったんじゃないかしら。もっとも、ゲストは一様にこのゴルフ場のグリーンを難しいとは言っている。

 私といえば、月一度のゴルフで練習もほとんどしていない。そういうことでうまくいくほどゴルフは易しくはない。ようやくゴルフのコツを思い出したのが、最終の18ホール目でだった。5mほどのパットを入れ、この日初めてパーを取った。そうだ、ゴルフはこうやるのだと思い出したのだが、後の祭りだ。 

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2019年6月19日 (水)

№4196 伊奈桟雲の会の定例句会

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 毎月第3火曜日は、「伊奈桟雲の会」の定例句会の日だ。私は何をさておいて、この句会にだけは参加している。会場は、これもいつもの埼玉県民活動総合センターの会議室だ。今回借りた会議室は20名ほどの定員で、半日1000円前後と安いのは大助かりだ。そのせいもあって、このセンターはいつも満員だ。この日も車を駐車するのに苦労した。

 句会の参加者は、先生を含めてて11名だった。会員12名だから、長欠者を除くとこの日はほとんど参加していた。午後1時に始まる句会は、午後5時まで4時間も続く。例月、兼題1句と雑詠5句の計6句出題が課題だ。前にも申し上げたが、私はずるをしているわけではないが、高校の同窓句会に提出している5句とこの定例会に出す6句はほとんどダブっている。同じくでも、高校同窓会と桟雲の会の評価が微妙にずれているのが面白い。

 今月私が提出した句は、ほとんどが5月に津軽旅行をした時に作った俳句である。面白いことに、高校句会でも桟雲句会でも同じ3票を獲得した句があった。以下のものである。

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津軽路や十三(とさ)の湖畔の蜆汁


 先生からの評価も〇であった。そのほかにも津軽旅行を詠んだ句が4句あったが、残念ながら〇は頂けていない。先生から〇を頂けない句は、ここで紹介しないことにしている。

 この桟雲の会には、会員が特別作品を順番に
会報誌に載せることになっている。2か月後に私の順番が来る。私がひそかに計画しているのは、『津軽旅情』として30句を作ることだ。今月提出した4句も含めて、さらに26句が必要だ。この句会の合間を縫って、津軽旅行のキーワードを並べてみた。「ホタテ貝」「斜陽館」「蕪島」「三内丸山古墳」「立佞武多館」「鰺ヶ沢温泉」「岩木山」「酸ヶ湯温泉」「八甲田山」「三陸海岸」「防波堤」「龍泉洞」「桜桃忌」など順不同に並べてみた。

 キーワードと先日の旅行を思い出しながら、一句一句作ってみよう。

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2019年6月18日 (火)

№4195 映画「空母いぶき」を観る

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 先日高校同窓会で、映画監督の若松節朗さんが「私が作った映画『空母いぶき』をぜひ観てください」と訴えていた。私も映画は嫌いではない、早速観に行くことにした。月曜日のせいか、映画館は数えるほどしか入場客は入っていなかった。

 この映画は、かわぐちかいじのコミックを原作にしているようだが、原作は読んでいない。もちろん、前の作『沈黙の艦隊』も読んでいない。そもそもコミックを読む習慣はないのだ。さらに、この映画は戦争映画だったが、戦争を題材にした映画もあまり見ていない。それならなぜこの映画を観たかというと、唯一、監督若松節朗がどういう映画を作ったかに興味を抱いたためだ。

 日本はその計画はありつつも、いまだ空母を持っていない。現在、空母を持つ是非も論じられている。映画は、あるクリスマスイブの前日、仮想国の東亜国が自衛隊に攻撃を仕掛けるというものだった。太平洋の南鳥島の近くに、初島という島がある想定だ。初島を占領した東亜国が、さらにその島に向かう自衛隊空母いぶきに攻撃を仕掛けてきた。

 潜水艦からミサイルを発射し、さらには戦闘機で攻撃を仕掛けてきた。ものすごく大掛かりな仕掛けだった。いらぬ心配かもしれないが、これだけの大仕掛けにずいぶん映画制作費がかかったのではないか。

 さらに、この映画には色々な小細工もあった。中井貴一が演じるコンビニの店長が、クリスマスプレゼントの長靴にお菓子を詰め込む作業をしている間に居眠りをしてしまった。このシーンは何の隠喩か考えたが、戦争が起こるのはあっという間だし、終わるのもあっという間ということだったのか。いわばわずか24時間の出来事だった。


 映画は面白かったが、私の好みではなかった。

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2019年6月17日 (月)

№4194 連日のサッカー観戦で寝不足に

 このところ、サッカーの国際大会が続いている。昔はテレビ放映がなかったが、今では放映がなされている。これがいいのかどうかはわからないが、勢い、どうしても観戦してしまう。先日は、アンダー20の試合があり、日本は準々決勝で韓国に負けた。そしていま行われているのは、ワールドカップ女子サッカーだ。土曜日には、ツゥーロンでU22の決勝戦があった。相手はブラジルである。

 金曜日の女子サッカー、対スコットランド戦は完全に観戦した。しかし、土曜日の対ブラジル戦は一方的な試合になるのではないかと思っていた。女子サッカーは、午後10時からの放映だった。前にも書いたが、優勝候補の一角にいるなでしこJapanはこの試合では負けるわけにはいかない。応援にも熱が入った。

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 幸い、前半に岩淵のナイスシュート、それに菅沢のPKシュートで2点を獲得した。まあ、これで安心してみていられた。後半、なでしこはバタバタしていたが、それでも終わってみれば2対1での勝利だった。この時点で、決勝リーグ進出は決めた。次はCリーグの第一位をかけてイングランドと戦う。これで勝つか負けるかは、決勝リーグでどの位置にいるかがかかる。

 ツゥーロンでのU22の決勝戦は、私の観戦予定にはなかった。テレビの番組を見て初めて知った。決勝までは、ブラジルは完全な戦いをしてきた。1点も奪われていないのだ。午後11時の試合開始だったが、一歩的な試合なら寝ようと思った。前日も、12時に女子サッカーは終わったのだが、寝付かれずに夜中3時まで起きていた。どうも、スポーツは脳が興奮しているせいか、終わってもすぐには眠れない。

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 U22の大会は、来年の東京オリンピックを占う大会でもある。日本は出場国枠で、すでに出場が決まっている。それだけに、関心は薄かった。ところが、対ブラジル戦を見てどうして、なかなか頑張っているではないか。試合は一方的なブラジルのボールボゼッションだったが、デフェンス陣がよく頑張って1点に抑えていた。そのうち、唯一のチャンスに日本が同点にした。今まで1点も取られていないブラジルにほころびが出たのだ。

 前半はこのままだった。これじゃ寝れないね。この試合を最後まで観戦したが、ついにPK戦に持ち込んだ。PK戦は、どちらが勝っても不思議ではない。ただ、ブラジルのキッカーは実に正確だった。日本は5人目のキッカーがついにとらえられ、1点差で負けてしまったが、日本サッカーのレベルが上がったのを実感できた。

 Pk戦が終わったのは、午前1時半頃だった。それでベッドにもぐりこんだのだが、矢張り簡単には寝れない。前日の午前3時就寝に引き続き、この晩も午前3時まで起きていた。普段は午後11時には確実に寝ているのだが、さすが二日連続で寝不足だ。不思議なことに、どんなに遅くても朝7時には起きる。

 さて、明日からサッカー南米選手権が始まる。この試合中継は、幸いなことに日本時間の朝である。日本のサッカーが南米で通じるものなのか、楽しみである。

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2019年6月16日 (日)

№4193 高校同窓会の東京総会

 例年、6月の第三土曜日は、高校同窓会の「東京雄水会総会」が開かれる。会場は、これもいつも同じ霞が関ビルだ。私は定年後から参加しているが、参加してもう12~3回にもなるだろうか。この日は、参加者は100名を上回っていた。これだけ参加回数を重ねると、知り合いも多くなる。同期の連中も12名ほどが参加していた。

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 この総会の何よりの楽しみが、同窓生のなかで社会で活躍している人の講演を聞くことだ。この日は、レスリングの柳田英明さんの講演があった。柳田さんは私の一年後輩だが、秋田県でオリンピック金メダルを取った4人のうちの一人だそうだ。彼は、ミュンヘンオリンピックをはじめ2個の金メダルを持っているらしい。やんちゃな学生時代の話をはじめ、後輩を育てる話は面白かった。縁があって韓国のコーチもやったようだが、教え子のなかから2人の金メダリストが出たという。

 会場から質問が出た。「現役時代にしごきをやったのか?」どこのスポーツ部もそうだったが、先輩のいわれなきしごきがひどかった。彼は、「先輩にはしごかれたが、自分から他人に手をあげたことはない」との話に、思わず会場から拍手が出た。しごいた先輩には、練習場でたっぷり仕返ししたのだそうだ。そして、今でスポ少の子供たちを育てるのに力を注いでいると話していた。

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 番外編だったが、映画監督の若松節朗氏も壇上に立ち、「今上映されている映画を観てください」と訴えていた。その映画は『空母いぶき』で、ヒットを続けている。彼は、映画『沈まぬ太陽』でもメガフォンをとった中堅の映画監督だ。「来年の3月に『Fukushima50』という映画が上映されるので、その映画もよろしく」との話だった。

 総会は、久し振りに盛り上がった。というのも、昨年暮れから年始にかけて出場した母校サッカー部が、見事準決勝まで勝ち上がったことによる。さらには、昨年夏の甲子園に出場した金足農業が、準決勝まで勝ち上がったことも影響していた。吉田輝星の話題とともに、野球の話にも花が咲いた。

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 総会もそうだが、何よりの楽しみが懇親会だ。出席者が高齢になったせいか、立食パーテーではなく、テーブルと椅子が用意されているのはありがたかった。同期の連中とも一緒に写真を撮ったが、かわいい後輩Keikoちゃんとも一枚パチリ。彼女は、同窓会ゴルフ会の仲間だ。「この記事は何時ブログに載るの」と聞いてきたから「明日だよ」と伝えておいた。

 そういえば、耳寄りな話もあった。私の隣に座ったEikoさんが、「手の震えの原因が分かったと新聞に載っていたわよ。その新聞のコピーを送っておくね」と話していた。まさか、彼女は昨日の記事は読んでいないはずだ。そういえば、参加者の中に私のブログの熱烈ファンがいるのはありがたい。今日、早速関連記事(クリックすると記事が読めます)を送ってきてくれた。

 同期のNorioちゃんが、「毎朝、いの一番にあなたのブログを読むのを楽しみにしている」と話していたし、ゴルフ会の幹事Toita氏が、「津軽旅行を楽しんできたようですね」と話していた。「ブログを読んでいる限り、あなたは忙しそうですね」と声をかけてくれた人もいたが、そんなに忙しいことはない。

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 会場を移して、やはり後輩が経営している稲庭うどんの名店「佐藤養助商店」で二次会を行った。何よりうれしいのが、秋田の銘酒をたっぷり飲めることだ。皆さん秋田の出身だけに酒豪が多い。稲庭うどん二杯とたっぷりお酒を飲んで帰ってきた。

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2019年6月15日 (土)

№4192 本態性振戦

 私と一緒に食事をする人は皆一様に驚いて見るのだが、ビールのジョッキなどを口に付けるときなど、手が震えてこぼれてしまうことがある。特に苦手なのは、コーヒーを飲む時だ。カップからコーヒーがはみ出してしまう。字を書く時なども、手が震えてうまく書けない。まあ、それ以外には目立った症状はないのだが。

 昨年キューバ旅行のときにも、一緒に食事を摂ったチリの人が思わず「あなたはパーキンソン病じゃないですか」と声をかけてくれた。私は英語で上手く説明ができなかったので、思わずうなずいた。「パーキンソン」と言っていたので、私の手の震えを差すことは分った。

 この現象がひどくなってきたのは、10年以上も前である。私もパーキンソン病を疑って、ある大きな病院の精神外科を受診したことがある。結構有名な先生で、脳のCTをとってくれた。その脳画像を分析して、「これはパーキンソン病ではなく、本態性振戦ですね」との診断を下した。「本態性振戦」とは、あまり聞き慣れない言葉だ。

 その医者の説明によると、脳の下部に原因があるらしいのだが、今の医学では原因がはっきりしていないのだそうだ。「日常の生活に支障がないなら、その震えは自分の性格と思って、上手に付き合っていくことですね」と言っていた。ただ、私と初めて食事をする方など、その震えに驚いた顔をする。ただ、私の病気の説明に、分かったようなわからないような顔をするのが常だ。

 あらためて「本態性振戦」は何か調べてみた。「明らかな原因がない(本態性)のにふるえ(振戦)がある状態を差す」のだそうで、意外と患っている人が多いようだ。40歳以上で4%、65歳以上で15%の人がこの本態性振戦だという。中には、若いうちからこの震えが止まらないという人もいるようだ。震えがひどくて、日常生活に支障をきたす人もいるらしい。

 今かかっている医者に聞いてみたら、「どうやら手術の方法もあるらしいです。ただ、ものすごい大掛かりな手術で、脳を開頭して小脳の下部に電気ゴテをあてるらしいですよ。それで治る人もいるし、結局治らなかった人もいるようです。手術代は300~400万円もかかり、保険適用にならないのです。日常生活に困らなかったら、上手く付き合っていくしかないですね」と言っていた。気休めに薬を処方してくれているが、その薬の実態は高血圧予防薬である。

 この病気は進行しないとのことだが、年齢を経るに従って手の震えが大きくなるのは気になるところだ。しかも決定的には、治らないとのことだ。私と食事する人は、このことをご承知願いたい。

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2019年6月14日 (金)

№4191 スマホを使いこなしたい

 新しいスマホを手に入れた報告はすでにした。今日は、その使い勝手と今後の利用法について話したい。

 新しいスマホの何よりすごいのは、充電時間だ。前のDocomoのスマホは毎日充電が必要だった。しかも朝充電しても、夕方には電池が警戒レベルまで下った。寝る前の充電器接続は、必須の作業だった。

 ところが今回のスマホは、ほとんど電池が減らない。朝充電しても、夕方で15%くらいの減り具合だ。習慣で寝る前には充電器につないではいるが、多分3日くらいはその必要がないだろう。その他、使い勝手はほとんど変わらない。ということは、バカ高いスマホは使う必要などなかったのだ。

 このスマホは、日本縦断徒歩旅行をしている竹ちゃんに触発された。前にも言ったが、彼はスマホだけでブログ投稿を続けている。私は、ブログ投稿はパソコンだけである。ということは、ブログ記事を書くにはパソコンが必要だった。どこに行くにもパソコンが必携だった。私もスマホで投稿したい。

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 前に申し上げたが、新しいスマホは私のブログにログインできなかった。IDまたはパスワードが違っている、という表示が出てくる。こいうときに頼りになるのがNaoko先生だ。SOSメールを送った。先生からは即返事が返ってきた。仲間のサンちゃんもログイン出来なくて困っていたらしい。先生の指示で無事ログインできた。

 さて、スマホでブログを書いてみよう。この記事は、スマホで書いている。どうしても、私のブログ記事は長くなってしまう。スマホの画面で文章を書くのは苦手だ。まあ、慣れるしかないだろうね。

 さらに、スマホで写真を撮るのも苦手だ。これも慣れと、昨日はデジカメではなく、スマホで写真を撮った。添付してみるが、果たして上手く行くいっているかどうか?(そして、修正はパソコン画面でした)。

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2019年6月13日 (木)

№4190 白金周辺の散策

 東京シニア自然大学NEXTの講座で「白金周辺散策」があり、参加してきた。参加者は23名だった。

 私は東京には相当周知しているつもりだったが、白金周辺は歩いたことがなかった。地下鉄で白金台駅に降りたのも始めてのことだ。ついでにいえば、この地下鉄沿線にあった麻布十番も一度行ってみたいと思いながら、実現していない。さて、今日散策する白金とはどういう場所なのだろうか。

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  集合した駅の改札前で、この日の行動の説明があった。午前中は「ゆかしの杜」(旧国立公衆衛生院の建物)の見学、その後「近代医科学記念館」の見学。昼食をはさんで午後は、「自然教育園」の見学。反省会の会場も確保してあり、午後5時半からだという。

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 「ゆかしの杜」は、地下鉄白金台駅のすぐ近くだった。ここには「港区立郷土歴史館」があり、この館の係員が丁寧に説明してくれた。この建物は昭和13年、アメリカのロックフェラー財団の基金で建てられたらしい。戦後使われていなかったものが、昨年の秋、港区と国の物々交換で港区が手に入れたものだそうだ。すごい由緒のある建物だった。特にすごいのは、トイレだ。大理石でできた広々としたものだった。

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 講堂もピカピカ光っていた。旧国立公衆衛生院時代のものらしいが、様々な理由で今は使われていないという。昔は看護師たちの研究発表の場だったらしく、机には傷がなかった。係員が言うには、「こういう講堂で机に傷がないのは珍しい」と強調していた。ほかにも見るべき歴史が、建物にはたくさん残っていた。係員も興にのり、1時間半も説明してくれた。

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 この建物の隣にあったのが「近代医科学記念館」だ。ここでも、係員が待っていてくれた。ここは昔の「伝染病研究所」であり、北里柴三郎や野口英世などが在籍していたという。馬から血清を採るために、数百頭がここで飼われていた時代もあったという。北里柴三郎も、次の新札に肖像が載る。ここでの説明で面白かったのは、森鴎外が脚気を「脚気菌に原因がある」と主張したのを、北里柴三郎は「栄養の問題」として論争を巻き起こしたことだ。今思うとビタミンB1不足の初期的な話だが、脚気で何万人も死んだことを思うと、当時は深刻だった。

 さて、お昼はここの生協食堂で食べた。この研究所は東大医科研病院も兼ねており、学生や医者の卵が多いのだろう。久し振りの大学生協での食事は、安くて美味しかった。

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 午後は、ここから歩いて10分ほどのところにある「国立自然教育園」の見学だ。私は初めて訪れたのだが、都心の真ん中にこのような広い自然の森が残っているのには驚いた。自然教育園にもボランティアガイドが待っていて、丁寧に説明してくれたのはありがたかった。東京ドーム9個分以上の広さがある自然園は、夏でも周囲より10度も低いらしい。森の効用はすごいものだ。昔は少年だった仲間が、目をキラキラしながら聞き入っていたのは、同感の至りである。

 解散後この周辺を散策したのだが、「庭園美術館」といい、「寄生虫館」、「八芳園」、「プラチナ通り」、「松岡美術館」とみるべき場所がたくさんありそうだ。一度再度ゆっくり来よう。何しろ、目黒駅からすぐのところだ。

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2019年6月12日 (水)

№4189 ジャカランダの花を見に行こう

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 皆さん、ジャカランダという花を知っているだろうか。桐の花のような紫の花だ。日本でも咲いているところはあるようだが、少ない。私がこの花を見たのは、2006年5月~6月にポルトガル旅行をした時である。リスボンの街は、紫色のジャカランダの花でいっぱいだった。まるで日本の桜が満開のときのようにだ。

 ジャカランダに強い印象を受けて、長い間、再度ジャカランダを見たいと思っていた。日本に帰って調べてみたら、どうやらジャカランダは南半球の花で、アルゼンチンやオーストラリア、南アフリカで10月~11月に見られるという。特に、南アフリカのヨハネスブルグやプレトリアが有名という。プレトリアは「ジャカランダ・シティ」と呼ばれ、街に7万本もの花が咲いているという。さらに、南アフリカは観光するのにもケープタウンやヴィクトリア滝、象やライオンを見る自然公園など見どころ一杯のようだ。

 年初から南アフリカ旅行を胸に秘めていたが、さていつ女房に告白しようか迷っていた。そして、夕食時についに告白した。女房は二つ返事で、「いってきたら」と軽く返事をした。実は、女房もこの6月に北欧旅行を計画していた。それが突然の発病で、来年に延期になった。

 南アフリカに何しに行くのと聞かれたので、主な目的はジャカランダのお花見だといった。女房が、「それなら私も行きたい」と言い出した。ポルトガルの旅行のときには、女房のほかに横浜の姉も一緒だった。ジャカランダの花に強い印象を受けたのだろう。女房は、さっそく北欧旅行に行くはずだったある友だちを誘っていた。

 誘われても、半月もの旅行計画だ。友だちもすぐに返事とはいかないようだ。それを聞いた女房も、「彼女が行くなら行くし、行かないならやめ」るのだそうだ。いずれ大蔵省の許可をえたので、この計画は進めよう。

 飛行機の手配や宿の手配など、そろそろと準備にかかる。飛行機は25~30時間もかかる。

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2019年6月11日 (火)

№4188 W杯女子サッカー始まる

 4年に一度の「W杯女子サッカー」がフランスで始まった。なでしこJapanは、前々回は優勝、前回は準優勝とこの大会でも本命視されている。第一回戦が、早朝の午前1時(日本時間)にキックオフされた。相手は格下のアルゼンチンである。日本の世界ランクは7位、アルゼンチンは37位とどう見ても負ける相手ではない。しかし、世界で戦うのは難しい。

 私は一旦寝たが、夜中12時45分頃起き出してテレビ観戦をした。戦前の予想では圧倒的に日本が有利で、何点差をつけて勝つのかが焦点だった。私も、まさか負けるわけはないだろうと、楽観してみていた。テレビの解説者も、同じ予想をしていた。

 アルゼンチンは、自陣にべったり貼り付いて、守りに徹した布陣をとっていた。圧倒的に日本がボールを支配して、ポジッション率は60%を超えていた。しかし、圧倒的に有利な日本も、この厚い守りに攻めあぐんだ。攻めていっても、ことごとくがデフェンダーに跳ね返されていった。日本のシュートも少なかった。こんなことで勝てるのか、試合が進むにしたがって焦りのようなものが出ていた。

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 後半に、期待の岩淵選手が交代で出た。しかし、局面を打破するまではいかなかった。今回出場するなでしこJapanは、初出場者が17人に経験者が7名と大会で二番目に若いメンバーだ。勢いがあるときには若いメンバーでもいいが、このように膠着した試合ではやはり経験のあるベテランが欲しいと思った。

 結果は0対0と引き分けだった。夜中3時まで起きていたのに、がっかりして寝てしまった。まさか予選敗退ということはないだろうが、今後の展開は心配だ。私は女子サッカーにそんなに関心があるわけではないが、それでも出場したほとんどのメンバーは知らなかった。試合を見ていて、澤穂希よ出て来いと思ってしまった。

 前日の男子サッカーの練習試合エルサルバドル戦で、18歳久保建英の溌溂としたプレーを観戦していただけに、なでしこJapanにも若き英雄が欲しい。

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2019年6月10日 (月)

№4187 5月に読んだ本

 毎月10日前後に前月に読んだ本の報告をし、次月への反省の糧としている。この記事は定例記事で、ブログ開始以来欠かしたことがない。

   5月は下旬に東北旅行をした。そのあおりを食ったのが読書計画である。もちろん、旅行にはしっかり本を持って出かけたのだが、その一週間ほとんど読めなかった。昼は車の運転で、夜は温泉三昧だ。しかも疲れてしまって、宿で本を開くには開いたが、そのまま眠ってしまった。結果は9冊・4021頁と、最近でもこの10年来最低の読書量だった。

 それでなくとも、年齢とともに読書力の衰えを感じるこの頃である。読書は集中力だが、その集中力が続かない。しかも物忘れがひどい。今まで読んでいる本の内容が、頭の中に入ってこないのだ。歳をとると誰でもそうなのだろうが、老化現象はいかんともしがたいのだが、それでも生きている限りは頁を追いたいという決意だ。

 基本的に、図書館で本を借りて読んでいるのだが、以前に借りてきた本を再度借りてくることが多い。10冊借りるうち4冊がダブっていることもあった。10年、20年と記録を続けているとどうしても避けられない。今後、以前読んだ本でも再度読もうと決めた。

 さて、それでは何を読んだのかを報告したい。

帚木蓬生『薔薇窓』595頁 新潮社 2001年6月刊

宮本輝『野の春 流転の海第9部』405頁 新潮社 2018年10月刊

諸田玲子『月を吐く』406頁 集英社 2001年4月刊

乃南アサ『六月の雪』509頁 文藝春秋 2018年5月刊

山崎豊子『約束の海』378頁 新潮社 2014年2月刊

幡大介『騎虎の将太田道灌(上)(下)』(上)465頁(下)461頁 徳間書店 2018年1月刊

火坂雅志『天地人(上)(下)』(上)381頁(下)421頁 NHK出版 2006年9月刊

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 いきさつや事情も知らずに読む本が多い。本書も読んで見て初めて知った山崎豊子の遺作だった。彼女は2013年(平成25年)9月に亡くなったが、88歳だった。本書がその遺作とは知らなかった。

 山崎豊子は、長編作家である。記録を見ると、『沈まぬ太陽』、『華麗なる家族』、『二つの祖国』、『白い巨塔』、『運命の人』、『不毛地帯』などことごとく読んでいる。特に、日航ジャンボの御巣鷹山墜落を題材にした『沈まぬ太陽』に強い印象を受けている。どんな長編作でも、一挙に読ませてくれるのが彼女の魅力であった。ただ彼女には毀誉褒貶が激しく、盗作騒ぎで一時擱筆したこともあった。

 今回の小説は、東京湾で漁船と潜水艦なだしおの衝突事件を題材にした小説だった。話は膨らんで、主人公花巻朔太郎のお父さんは、真珠湾攻撃でハワイに出撃し、日本人初の捕虜になった人だという。そのことは、息子朔太郎には一切話さなかった。話が佳境になった時に、この小説は未完の大作だと知った。まだまだ続きを読みたかったのに、残念というしかない。

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 宮本輝の「流転の海」も長い小説だ。著者が1984年34歳で書き始めた小説だが、昨年2018年71歳で完結した。実に37年間書き続けた大長編小説だった。私の記録によると、第一部『流転の海』を読んだのは1997年10月で、いまから22年前である。その後、新作を出るのを心待ちにして読んだ。今回は、横浜の姉が買った本を借りた。

 この小説は、宮本輝のお父さん松坂熊吾と奥さん房江さんの物語だ。熊吾は愛媛県の生まれで、そこで結婚した。房江さんとの間にはなかなか子どもができなかったが、熊吾50歳の時に待望の息子伸仁を授かった。この大河小説は、この3人をめぐる家族の確執の歴史だった。熊吾はなかなか魅力的な人だったが、小説が進むに従って奥さんの房江さんの占める位置が大きくなっていった。

 いずれ22年読み続けた小説だが、もう一度最初から読んでもいいかなと思っている。

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2019年6月 9日 (日)

№4186 梅雨に入る

 毎年、同じ時期に同じ現象が起きっるとホッとするものだ。今年もいよいよ梅雨に入った。今年は春の時期に雨が少なかったようで、女房はいつも嘆いていた。「いくら水道水を撒いても、すぐに土に吸い込まれて乾いてしまう。早く雨が降ってくれないかしら」と。それが、梅雨に入って雨がやってきた。何より喜んでいるのが、野菜の水不足だ。

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 わが家の庭隅に家庭菜園がある。日常の食卓に乗る野菜は、この菜園で十分賄える。特にありがたがっているのがサニーレタスだ。朝に晩に摘んでいるレタスだが、摘むそばから成長する。ついには、来訪する友だちにもお裾分けをしていた。そしてあまりのありがたさに、隣家にも勧めていた。隣家の奥さんも、毎日食卓に乗るレタスを喜んでいた。

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 そして、このところ食卓に乗るのがキュウリだ。このキュウリが、スーパーで売っているものとは全く違う。スーパーのキュウリはあまり味がしないが、菜園で摘むキュウリは”キュウリの味”がするのだ。まったく食感が違う。それとありがたいのが、次々と成長する。朝キュウリの花が咲いたと思うと、夕方には食べごろになる。

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 じゃがいもの葉も大きくなった。「もう採集できるのか」と問われたので、じゃがいもは葉が枯れてから採集するんではないかと答えておいた。いつの間には、じゃがいもの花を摘んでいた。花は、じゃがいもの種薯にとっては一利ない。じゃがいもの収穫は7月に入ってからである。どのくらいの収穫になるだろうか。

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 さらに家庭菜園の多くの位置を占めているのがトマトだ。トマトも多く実をつけている。ただ、トマトの収穫は8月に入ってからである。

 私は那須で畑をやっていたが、今年に入ってやめてしまった。目の前の庭で野菜が取れるなら、わざわざ那須でやっている必要がなくなったからである。

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2019年6月 8日 (土)

№4185 映画「長いお別れ」

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 映画『長いお別れ』を観てきた。私にとって『長いお別れ』は、レイモンド・チャンドラーの同名の小説である。探偵フィッリップ・マーロウの活躍する探偵小説だ。今回の映画の原作は中島京子で、以前同氏原作の『小さいおうち』の映画を見た。黒木華主演の映画だった。

 今回の映画は、テーマは認知症だった。このところ、老人の交通事故の話題で世情を賑わしている。主な原因はアクセルとブレーキの踏み間違いのようだが、アクセルとブレーキを踏み間違えるなどは信じられない。どうしてそんなことが起きるのだろうか。

 老人(山﨑努)は元中学校の校長で、2007年、70歳ころから認知症の症状が出ていた。老人には二人の娘がいた。お姉さん(竹内結子)はアメリカに住んでいて、旦那と一人息子が一緒だった。妹(蒼井優)はフリーターで、飲食店に勤めたり、自分で飲食店をやったりしていた。蒼井優は,このところ山里亮太との結婚で話題になっている。

 認知症が始まったのは2007年で、当初は軽いものだった。当初は妻(松原智恵子)の手で足りたが、病気の進行とともに妻だけでは足りない。勢い、娘たちが手伝いに来た。姉も、問題の起きるたびにアメリカから帰国する。ただ彼女にも不登校の息子を抱えていた。負担は妹に多くかかってくる。

 年を経るにしたがって認知症は進行する。40年住んでいる家で、老人は仕切りに家に帰りたがった。田舎の家に連れていってみたが、どうも彼の帰りたがっている家は、田舎の家ではないようなのだ。また、老人は読書好きのようで、難しい本を読んでいる。アインシュタインの「相対性原理」の文庫本は、読んでいるのは逆さまだった。認知症が進行しているのだろう。

 認知症発症から6年、2013年には食事もとれなくなった。徐々に弱まる老人を家族で見守るこの映画は、認知症を抱える家族の問題、家族の温かさなどを考えるきっかけになる佳作の映画だあった。

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2019年6月 7日 (金)

№4184 スマホを買い替える

 先日東北旅行で、竹ちゃんに会って一緒に一晩過ごした話の報告はした。その時に、竹ちゃんから衝撃的な話を聞いた。彼は旅の話をブログに書いているのだが、そのブログ投稿はすべてスマホからのものだ。鹿児島から東京まで歩いてくる間に、持っていたスマホを壊してしまったという。幸い、もう一台のスマホを持っていたので、ブログ投稿は続けられた。

 東京に帰ってきて、さっそくAmazonで新たにスマホを買ったという。買ったスマホは楽天ショップのもので、月々の使用料が1480円だということだ。私のスマホの月々の使用料が約9000円だということに比べ、なんと格安なことだろうか。毎月7500円も違う。そして、その格安スマホで、あれだけブログ記事が書けていたのだから、こんな高いスマホなど持つ必要がないと強く思った。

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 私が持っていたスマホは、Docomoのスマホで、機種は韓国製のものだ。別にDocomoには何の未練もないが、何となくこの機種にしていた。安いスマホがあるなら、Docomoのスマホなどとっとと捨ててしまった方がいい。

 青森で検索してみたら、楽天ショップが大宮駅前にあるらしい。何はとりあえず、大宮の楽天ショップに駆け込んだ。そして機種変更の申し入れをした。プランの説明を聞いたら、私が今使っている機能で十分月々1480円に耐えられるらしい。竹ちゃんのサゼッションで、電池の時間が長く、SIMカードが二枚入るものを選んだ。

 SIMカードは、海外旅行時には二枚入ると便利なのだ。昨年のキューバ旅行では、えらく不便で高いものだった。世界中どこに行っても、今では空港で格安SIMカードを売っている。そのSIMをスマホに差せば、格安に情報発信ができる。さらに、バッテリー容量が従来に比べ15%も長い。Docomoの超高いスマホを持っている理由などないのだ。

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 店頭で中国製のOPPOのスマホを買うことにした。このスマホは、竹ちゃんが持っていたものと同じだ。そして、その場でDocomoに解約の手続きをした。Docomoの担当者からは、「今より格安のプランがあるから、続けてくれませんか」という要請があったが、Docomoのプランがいかに安くても1480円ということはない。とにもかくにも解約すると強く言った。その担当者によると、私は18年もDocomoと契約していたようだ。違約金が生じるといっていたが、そんなもの2ヶ月もすると解消してしまう。

 さて移行手続きをしたうえで、Docomoのデータを新たなスマホに移し替えた。ほとんど問題はなかったが、一つだけこのココログブログへのログインができない。IDやパスワードは正しいはずなのに、「IDまたはパスワードが間違っています」の表示が出る。まあ急ぐ必要はないので、追々研究してみたい。

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2019年6月 6日 (木)

№4183 入笠山を登る

 東京シニア自然大学NEXTの講座で、長野県富士見の入笠山に登ってきた。実は、昨年もこの講座で入笠山に行っている。昨年の記事を添付したが、昨年は6月13日だった。なぜ2年連続かというと、昨年は入笠湿原を見ただけで帰ってきた。その参加者から、「今年は入笠山に登ろう」という提案があり、実現したものだ。この日の参加者は18名だった。

 私は入笠山には思い出があり、サラリーマン時代、会社の寮が富士見町にあった。毎年この寮で野球部合宿があって、参加していた。野球練習は、近くのセイコウエプソンのグランドを借りてやっていた。寮では、宴会の連続だった。そして、この寮の真正面に入笠山が聳えており、あまりに奇麗な山に、いつかは登りたいと思っていた。この日は、それが40年程ぶりに実現したのだ。

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 昨年と同様、登山口からはゴンドラに乗った。1000m地点から、一挙に1700m地点まで700mも上昇した。朝は曇りがちながら、かすかに八ヶ岳の赤岳が見えた。登ってくるに従って、風が心地よかった。

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 ゴンドラを降りて、朝礼と準備運動をした。さて、それでは行動しようか。

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 登山口を登ってすぐに、釜無ホテイアツモリソウが咲いていた。アツモリソウはこの山の名物で、大事に保護されているようだった。さらにこの山の名物スズランは、今年はまだ少し早いようだった。昨年と一週間の違いで、随分咲き具合が違うものだ。

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 昨年の湿原経由で、登山にかかった。湿原からは1時間とのことだ。私はこの登りは苦にしなかったが、級長はえらくばてたようだ。この登りでばてるようなら、4月に行った扇山の登りはとても耐えられないだろうね。偉そうなことをいうが、私も扇山ではばてた。

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 入笠山の頂上に着いたら、そこはまるで小学校の運動会のようだった。川崎の小学校5年生の遠足があった。その一団が、頂上でそれぞれが思い思いに弁当を広げていた。その賑やかなことといったらなかったね。

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 われわれも、頂上でお弁当を食べた。天気が良い時には、この頂上はアルプスの山々を望むパノラマの景色らしい。ただ、この日は曇っていて、八ヶ岳の一部が見える程度だった。弁当を食べたら、もう頂上には用事がない。早速下山にかかった。

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 入笠山は花の山らしく、まだ少し早いとはいうものの、多くの花が観察された。たちつぼ菫は、原色の紫色がきれいだったし、登山道わきに咲いていたのはサクラソウだ。サクラソウは、果たして自然のものだったろうか。

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2019年6月 5日 (水)

№4182 トホホな事件

 私は、東北旅行に旅立つ前に俳句会報誌『桟雲』を作り、Yamahiko先生に初稿として送った。そして、初稿校正をお願いしておいた。後顧の憂いなく、旅を楽しむためだ。ところが、先生から来たメールでは「原稿は添付されていませんでしたよ」というのだ。

 自宅に帰ってきて、さっそくその原稿を点検してみた。初稿原稿は跡形もなくなっていた。そうか、作った初稿の「上書き保存」をしなかったのだ。やれやれ、もう一度作り直す必要がありそうだ。幸い、初稿はプリントアウトしていた。それにしても、一誌を作るのに3~4時間かかる。初稿はあるとはいうものの、もう一度一から打ち直す必要がありそうだ。

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 6月の兼題は「鰺」だ。いつも、兼題画像を表紙に使っている。画像はネットから拾う。その表紙は残されている。しようがない、再度原稿の打ち込みをしよう。それにしても、どんな場合でも「上書き保存」はしておくべきだ。基本のキを忘れたトホホな事件だった。

   とはいっても、この事は至急にやらなければならない。再度の打ち込みは、初稿があったので1時間半ほどでできた。

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2019年6月 4日 (火)

№4181 朴葉寿司パーテー

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 昨日のギャラリーでの朴葉寿司に触発されてか、OhnoのKayoさんが朝一番に顔を出し、「今日朴葉寿司をつくろうよ」と言っていた。「しようがないね」と女房もその気になった。那須の家の周りには、朴の木がたくさんある。寿司を作るにも、朴の葉が香りを放っている今の時期がいい。いくら採っても自由だ。40~50枚の葉を採集した。

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 自宅に持ち帰り、水でよく洗い、一枚一枚丁寧に布巾で拭いた。朴の葉の香ばしい匂いがした。

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 女房は寿司飯を炊き、出来上がった寿司を朴の葉に包んだ。トッピングは、庭に生えていた山椒の葉、シラス、玉子などだ。30個もの朴葉寿司があっという間に出来上がった。

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 さて、わが家のウッドデッキて昼食会だ。お客さんは、昨日福島に行った5人だ。Kayoさんは、玉子スープを作ってくれた。さわやかな風に包まれて、盛大な昼食会だった。朴葉寿司も美味しかった。ただ、Kayoさんは3個も食べていたが、お父さんは1個でやめていた。口に合わなかったのかな。Matsukawaのお母さんは大喜びで、「このウッドデッキでレストランをやったらどう。大勢のお客さんを連れてくるわよ」だって。

 一段落したところで、私は埼玉の自宅に帰ることにした。女房は、もう一晩那須に滞在するといっていた。自宅に着いたのは、午後4時前だった。11日間にわたった旅行も、何事もなく終わった。今回の総走行距離は、2,107kmだった。1リッター当たりの走行は24㎞で、ガソリンの減りが経済的だったね。

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2019年6月 3日 (月)

№4180 ギャラリー「和」開業5周年記念イヴェント

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 福島の本宮にあるギャラリー「和(やわらぎ)」開店5周年イヴェントがあり、参加してきた。このギャラリーは、向かいのOhnoのお父さんが長い間リフォームに力を注いだ古い農家だ。リフォーム中に私も一度訪れ、庭の蜂谷柿をいただいてきたことがある。今回は、那須からOhno夫婦、Matsukawaさん、それにうちの夫婦あわせて5人で車に乗り行った。

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 このギャラリーは女房にも関係があり、玄関の看板を女房が書き、Ohnoさんが木に彫ったものだ。この日はぽかぽかの陽気で、多くの客が来ていた。崩れかけていた農家も見事リフォームができ、素敵な空間になっていた。

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 ギャラリーには絵や彫刻、たくさんの本、イラスト、手書きの詩などが飾られていた。

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 そしてギャラリーの真ん中には、石の彫刻家・佐藤賢太郎さんのフクロウの彫刻が飾られていた。新潟の山奥に住む佐藤さんも、この日のイベントに駆け付けていた。私は、新潟のイベントにも2~3回出かけている。ただ、佐藤さんは私のことは知らない。初めて挨拶をした。

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 この日は、様々なイベントが企画されていた。一つは詩の朗読であり、似顔絵書きのコーナーもあった。この日の参加者約100人は、それぞれのイヴェントを楽しんでいた。身体障害者も多く参加していた。このギャラリーのご主人が、かつてかかわっていたらしい。

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 お昼は、心づくしの手打ちそばに朴葉寿司だ。久し振りに美味しい手打ちそばだった。朴葉寿司を見たOhnoさんが、「そういえば、那須で朴葉寿司を作る約束をしたんでなかったか。まだ実現していないな」と女房に迫っていた。「そのうちね」と女房はいなしていたが…。

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 このギャラリーの前庭には、見事な枝垂桜があった。ギャラリーの主人に「いい枝垂桜ですね」というと、「もう植えて40年になる紅枝垂桜です。咲くと見事ですよ」と話していた。4月中旬に咲くらしい。来年は桜見物に来ようと約束し、帰ってきた。

 

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2019年6月 2日 (日)

№4179 那須に帰る

 さて、そろそろ帰ろう。とりあえずは埼玉の自宅ではなく、那須を経由して自宅に帰るつもりだ。女房から電話があり、「那須で待っている」とのことだ。何かイベントがあり、Ohnoさんと一緒に那須に来ることになったようだ。カーナビで那須を入力すると、大槌町から430㎞ほどとある。朝8時30分にホテルを出た。まあ、急ぐ旅ではないので、ゆっくり走ろう。

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 そうだ、やはりこの近くに来たのなら、震災の被害にあった石巻の旧大川小学校にお参りして帰ろう。カーナビで「大川小学校」と入力した。約2時間ほどかかった。ところが着いてみたら、全然別の場所だった。近所の人に聞いたら、「この地は現在の大川小学校で、旧大川小学校は別の場所だ」と教えてくれた。私は4~5回訪問している。勘を頼りに大川小学校を目指した。10分ほどかかった。

 この場所は、東日本大震災で多くの児童が亡くなった場所だ。いつもこの場所に来て思うのだが、裏には格好の逃げ場所の山があったのに、山には逃げずに北上川の堤防を目指して逃げたのだ。あんな大きな津波が来るなどとは、想定外だったのだろう。結果として、あたら80名弱の子どもが犠牲になった。あらためて、指導者の決断が大事だと思った。

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 この小学校前には祭壇が設けられている。いつ来ても、お参りする人がいる。この日も3人ほどがお参りに来ていた。ついでに、学校の惨状跡をしみじみ見学していた。この学校も、壊すか震災記念物として残すか、議論が分かれているらしい。遺族にとって、いつまでもこの跡を見ているのは辛いのだろうね。私は、久し振りにお参りして気持ちを新たにした。

 すぐ近くの高速に乗り、那須を目指した。三陸道は、無料の高速道がだいぶ出来つつあった。交通量の少ないこの道で走ると快適だ。仙台を過ぎたあたりだろうか、にわかに眠気を感じた。気がつくと蛇行運転をしていた。これはいけないと、サービスエリアで休むことにした。椅子を横にして眠ったのだが、自分のイビキで目が覚めた。10分ほど眠っただろうか、これですっきりした。

 目的の那須に着いたのは、午後4時ころだった。女房に電話をしたら、那須に着くのは午後8時過ぎだという。晩飯を作るために、近くのスーパーで食材を買ってきた。やれやれ、充実していたが、長い旅だったね。

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2019年6月 1日 (土)

№4178 三陸海岸を南下

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 今日は、東日本大震災の爪痕を見ながら三陸海岸を南下したい。多分、釜石あたりで泊まることになるだろう。竹ちゃんの実家を午前8時に出発した。とりあえず目指すのは種差海岸だ。そして、最初に下車したのが八戸の蕪島だ。

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 蕪島は、ウミネコの生息地として有名だ。果たして何羽いるのだろうか、売店で聞いてみた。「35,000羽から40,000羽はいるのじゃないかな」と話していた。蕪島には神社がある。工事中とかで閉鎖されていた。この売店の姉ちゃんと、今日の旅の相談をした。「せいぜい釜石くらいまでしか行けないよ」という。それなら釜石の旅館を取ろう。

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 ラグビーの五郎丸と親交のある旅館に電話をした。生憎この日は満員とのことだ。ほかの宿を紹介してくれないか頼んだら、大槌町のホテルを紹介された。そのホテルを無事予約できた。到着は、午後4時か5時かな。そして、種差海岸に向かった。蕪島から車で30分ほどかかった。海岸には芝生が広がっていて、そこで老人はゲートボールをしていた。ノンビリした風景だ。

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 種差海岸に来た目的は、ウニ丼を食べることだ。幸い、ウニは解禁になったばかりと食堂で生ウニ丼にありつけた。40年振りである。そのことを女将さんに言ったら、「変わってないでしょう」といわれた。いや大いに変わっている、当時のウニ丼は器一杯てんこ盛りのウニだった。まあ、2200円でそこまで期待するのは無理のようだね。

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 次の目的地は、岩泉町の龍泉洞だ。結構遠くて2時間半もかかった。途中、三陸海岸を横目に見ながら運転していたが、海岸にはまるで万里の長城のような壁がそそり立っていた。高さ30mもある壁が延々と続いていて、景観を台無しにしてしまった。何百年か何千年にいっぺん来る津波に備えた壁だろうが、蟷螂之斧のようだった。私には、膨大な建築費をかけるよりも、津波がきたら逃げる施設を作ったほうが良かったと思った。壁に遮られて、海が見えないのだ。

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 目的の龍泉洞に着いたのは、午後1時過ぎだ。何十年か前に来て感激した。少々高いかと思ったが、入場料1000円を払って、洞窟に入った。この日の外気温は19度だったが、洞窟の中は10度くらいでヒンヤリしていた。

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 龍泉洞の中は、ごうごうと水が流れていた。それもきれいな水だ。洞窟を進むと最奥に地底湖があった。深さ98mというから驚きだ。透明度が高く、湖の底まで見えた。この洞窟のアップダウンもすごい。足の悪い人は、踏破は無理だろう。洞窟を隅々まで見れるような工夫だろうが、怖い思いをした。

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 龍泉洞に1時間ほど滞在し、次に向かったのが宮古の浄土ヶ浜だ。海の水は、透き通っていてきれいな海岸だった。お昼にウニ丼を食べただけだったので、お腹が空いてきた。

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 浄土ヶ浜のレストハウスでそばを食べた。このレストハウスの二階に標識があり、東日本大震災の津波がきた高さを表示していた。この建物もすっぽり津波に覆われてしまったのだ。この建物のそばには別の碑があり、チリ津波の被害を顕彰していた。チリ津波は1960年の5月に起きた。かれこれ60年になる。その時も甚大な被害であった。いずれ三陸河岸は、何年かにいっぺん津波に襲われる宿命の地なのだ。

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 そして、今夜の宿の窓からは大槌湾が目の前に広がっている。海を眺めながら、最後の旅情を楽しもう。

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