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2019年8月

2019年8月31日 (土)

№4168 カードポイントで掃除機を

 私の使っているカードは、利用するごとにポイントが加算される。ただ、今までそのポイントを還元したことはなかった。先日来たカード利用明細書を見ると、今ポイント還元すると、2500ポイント安く掃除機を獲得できるという案内だった。私のカードには、15000ポイントほどたまっていた。以前から掃除機が欲しいと思っていたので、これを機会に掃除機をゲットすることにした。

Sdscn0846  たしか6月中旬に申し込んだはずだが、その掃除機がなかなか到着しなかった。首を長く、どんな掃除機が来るのか楽しみに待った。そして、ついに到着したのがちゃちな充電式掃除機だった。荷物を開いてみたら、えらく軽い掃除機だった。まずは充電する必要がある。充電器もついていたので、一時間ほど充電した。

Sdscn0847  さて、充電後に自宅を掃除してみた。ちゃちで軽い割には吸収力は意外と強い。メーカーはsharp製だったので、そんないい加減なものではないだろう。果たしていくらする掃除機だろうか。ネットで調べてみたら、Amazonで税別38000円していた。結構高いものだ。

 この掃除機が来たら、まずは車の床掃除をしようと思っていた。車の床には小石やゴミがたまっていて、気になっていた。新しい掃除機で車の掃除をしたら、床はきれいになった。長年の懸念が解決した。

 以前も広告を見て、格安の掃除機をネットで買ったことがあった。これが箸にも棒にもかからなく、吸収力が弱く使い物にならなかった。那須にその掃除機を持って行ったが、どうなったのだろうか。今回ゲットした掃除機も、女房は那須で使うんだといっていた。

Sdscn0848  不思議なことに、同じ日に女房がポイントカード還元した品物が届いた。女房が還元したのは金券だった。1000円券11枚が入っていた。女房は、そのゲットに上機嫌だった。

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2019年8月30日 (金)

№4167 「高齢者講習」受講

 先日、「免許証を返上すべきか」として記事を書いた。70歳以上になると、運転免許証を更新する時には、「高齢者講習」を受講しなければならないという。仲間に話を聞くと、自動車学校は混んでいて、なかなか予約が取れないらしい。ところが7月下旬に近くの自動車学校に電話したら、意外とすんなり予約が取れた。私の免許書き換えは11月である。

 そして、この日が予約日だった。私が自動車免許証を取得したのは19歳の時だった。その時には、直接免許試験場に行って取ったので、自動車学校に行ったことはなかった。私の生まれた片田舎は警察の目が緩く、中学生の頃からよく無免許運転をしていた。運転免許試験場の試験官も、「皆さんはどこかで無免許運転をしていたのだろうから、試験は厳しく行いますよ」といっていたのを覚えてる。

Dscn0843  高齢者講習を受ける「東大宮自動車学校」は、自宅から車で10分ほどのところにあった。40分ほど前に自動車学校に着いた。さて、どういう講習が行われるのだろうか。

Dscn0844  この日受講したのは6人だった。最初にこの法律の改正の趣旨説明があった。70歳以上の人は2時間、75歳以上の人は3時間の受講が義務付けられたらしい。しかも、75歳以上の人は認知症試験を受けなけらばならないし、交通違反者に対しては、その都度、認知症試験が義務付けられるらしい。今のように、老人の重大交通事故ではやむを得ないのかな。

 さらに講師の説明では、75歳以上の人には今後とも厳しい交通規制がかけられるという。自動ブレーキのついていない車に乗ってはいけないとか、将来は高速道路には自動運転車以外では走ってはいけないなどだそうだ。高齢者には、運転環境はますます厳しくなる。ただ、完全に禁止できないのは、特に田舎では車なしには生活できない人が多いのが原因だそうだ。

 事実、この高齢者講習を受講する人の中には90歳以上の人や、杖なしには歩けない人も含まれているという。講師として運転免許証は返上すべきとは思うが、それぞれ事情があるので一概に強く言えないのが悩みだ、と話していた。

 そして、この講習会場で検査が行われた。目の検査に動体視力検査、夜間視力、視野角度の検査だ。私はどれも問題なかったが、特に夜間視力がいいとほめられた。普通70歳ほどの人で30秒かかる測定が、私は7秒で確認できた。「20歳以下ですね」といわれていい気になった。

Dscn0845  そして最後に行われたのが、自動車学校の車でコース内を走る試験だ。一人5分ほど走って運転能力に問題ないか、アクセルからブレーキにスムーズに踏み変えることができるかの試験だった。これも難なくこなし、「高齢者講習終了証明書」を発行してもらった。免許証書き換えには、この証明書が必需品とのことだ。

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2019年8月29日 (木)

№4166 夏も終わりだね

Dscn0839  庭を見ていて、「夏も終わりだね」と感じた。何度か話題にしたが、今年の夏はキュウリとトマトには不自由しなかった。盛りには、キュウリはわずか二本の苗で一日10本も収穫できた。そのキュウリも、花が咲くのもチラホラで、葉も枯れ始めた。

Dscn0842  最後のキュウリも小さくていびつだ。しかし、本当に今年の夏はよくキュウリを食べた。近くの方でやはり畑をやっている人は、今年はキュウリは不作だったようだ。隣家も女房の勧めでキュウリを庭に植えたようだが、やはりあまり実らなかったという。なぜウチはこんなに豊作だったのか。

 わが家では、庭のあちこちに食べ物のカスを埋めている。それが毎日のことで、庭の土は結構栄養が豊富なのだ。わが家の野菜が豊作の要因ではないかな。

Dscn0838  キュウリも終わったが、トマトももう伐ってしまった。伐った残骸のトマトが土の上に転がっていた。今年は、トマトも良く食べたね。キュウリやトマトが終わり、今年も夏は終わったんだと強く思った。

 女房が言うには、連作障害を心配して来年は北側から南側に畑を作ろうかな、と話していた。

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2019年8月28日 (水)

№4165 定例のゴルフ会

 毎月律義に4人のゴルフ会をやっている。会場は、これもいつもの「オリムピックカントリークラブ レイクつぶらだ」コースである。一緒に行っているマッキーもMasaoちゃんも、しょっちゅうゴルフをやっている。私は、最近ではこのゴルフ会だけだ。いつもヘタなゴルフに付き合ってもらって申し訳ないと思っているが、まっきーが泣かせることを言っていた。「このゴルフ会がなくなると、シンさんに会う機会がなくなるものね」。

Img201908271228431   今日も、なんとか迷惑をかけないように回ろうっと。今日のゲストは、Akiyamaさんだ。彼はパットの名手で、この日もスタート早々に7~8mのパットを決めて、金メダルを獲得していた。とはいっても、この日メダルを取ったのはこの一番ホールだけだった。

Img201908271229441_20190828151701 Img201908271228131  それにしても、私のドライバーは飛ばないね。他の3人が軽々200ヤードほど飛ばしているのに、私のドライバーは170~180ヤードしか飛ばない。昔は豪打で鳴らし、250ヤードも飛ばしていたのにどうしたことだろうか。ほかの人のドライバーを見ながらずーっと考えていた。

 多分、原因は私のスイングに壁ができてないせいだろう。重心が移動してしまうのだ。それほど私のスイングにはブレがある。これじゃ飛ばないと、プレー中に修正を試みた。本当に練習で直さなければならないのに、プレー中の修正で上手き行くわけはないよね。だんだんドライバーに球が当たらなくなった。ちょろやOBの連続だ。

 残念ながら、今日もうまくいかなかったね。

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2019年8月27日 (火)

№4164 那須でおとぎ話

 那須では親しくしている人に、近所にOhnoの奥さんKayoさんとMatsukawaのお母さんがいる。うちの女房も含めて、絶えず一緒に過ごしている。Kayoさんは夏の間だけの滞在だが、Matsukawaのお母さんは永住している。裁縫をしながら過ごしているようだが、3人揃うとやはり楽しいらしい。仕事そっちのけで、絶えずお茶のみでおしゃべりしている。夕方になると、一緒に温泉にも通っている。

Dscn0827_20190826090901  女房が、「今日お茶を飲みながら、こういう話をしたのよ」と紹介したのが次の話だ。Ohno家の前に空家がある。つい先日までは、持ち主が時々やってきていた。ご主人が亡くなって、売りに出したらしい。きれいに使っていた家で、今でもすぐにも住める。温泉も入っているようで、空家にしているにはもったいないくらいだ。

 どうやら400万円で売りに出したようだ。那須にはこういう売り家が多い。ただ、残念ながら売れたという話は聴かない。那須は元気な間は良いが、病気になって車が運転できなくなると、途端に不便になる。買物に行くにも、歩いていくと1時間もかかるし、温泉に歩いていくにはとっても遠い。要するに、体が不自由になると棲み難いのだ。

 3人のお茶飲み話で、一人100万円づつだしてこの家を買わないかとの話になったらしい。何に使うかといって、食べ物屋と雑貨売場を作ったらという話だったらしい。Matsukawaのお母さんは、女房の料理が偉く気に入っている。前々から、私の家のウッドデッキで喫茶店をやったらどう、と勧めていた。

 私はその話を聞いて、一つは那須に永住するつもりなのかという問題点、もう一つはこんな別荘地の奥にどうやってお客を呼ぶつもりなのか、聞いた。女房も自宅で忙しくしているし、Kayoさんも埼玉の自宅では忙しい。Matsukawaのお母さんがその気になっても、実現性はほとんどない。

 どうも、その場でも笑い話で終わったらしい。私は、今回は2泊3日で自宅に帰ってきた。

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2019年8月26日 (月)

№4163 「あるるのいえ」の周りの草刈

Dscn0822_20190826083801  ズーッと懸案になっていたが、暑くて先延ばしにしていた家の周りの草刈である。朝食を摂りながら気温を調べてみたら、21度であった。夏の盛りには30度もあったのだが、ずいぶん涼しくなった。さて、今日は草刈だ。家の下にある物置から草刈機を取り出した。以前畑をやっているころにはよく使っていたが、最近この草刈機の出番は少なくなった。しばらく使っていないと、始動しない。何度も紐を引っ張って、ようやくエンジンがかかった。

Dscn0821  道路から玄関まで約10mある。自慢の導入路である。まずは重点的にこの道の草を刈った。面白いほどきれいに草を薙ぐことができた。この草刈りは、年に二度ほど必要だ。

Dscn0824  ついでに、家の周りも草刈りをしよう。車を停めている土地は、隣家のものだ。持主は大学の先生で、書庫用にこの土地を持っている。普段使っていないのでどうぞお使いくださいと、この土地を借りている。お金も払っていないので、せめて草刈りだけはしておこう。

Dscn0828  ただ、この家の庭の草刈りまでは手が回らない。刈らないまま放ってある庭の草は、1m以上になった。こうなってしまうと、もう専門家でないと草刈はできないな。そういえば、最近先生の顔を見ることもない。風の噂では、奥さんが認知症を患い、那須に来ることが少なくなったらしい。

Dscn0826  さて、草刈りを終えて、家の周りはきれいになった。女房も喜んでいた。草刈は、もう来年まで必要がないな。

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2019年8月25日 (日)

№4162 コンサートを聴きに急遽那須へ

Dscn0812  前の記事で、向かいのOhno家のギャラリーで「相沢久江リサイタル」が開かれる報告をした。女房は、そのお手伝いのために木曜日から那須に行っている。私は那須に行くつもりはなかったのだが、週末は暇だったので、急遽那須に行くことにした。那須は近いので、行くことにあまり負担はない。午前11時に女房に那須に行くことを告げ、着いたのが午後2時だった。

Dscn0814  Ohno家のギャラリーに行ってみたら、ギャラリーがコンサート会場に衣替えをしていた。展示品を他に移し、椅子が並べられた。舞台も設えられていたが、若干天井が低いとはいうものの、耐えられないほどではない。20の椅子が並べられたが、果たしてお客さんは来るものなのかどうか心配だ。

 その心配は杞憂だった。コンサートが始まる午後6時には、会場はコンサートを聴きに来た客で一杯になった。正確に数えたわけではないが、24~5人もいただろうか。

Dscn0817  午後6時にはコンサートが始まった。間に合わせの会場なので音響効果は期待できないが、それでも相沢さんは精一杯歌ってくれた。歌った唄は、「海」や「赤とんぼ」「浜辺の歌」等日本の歌曲が多かった。

Dscn0820  中休みをはさんで、「テネシーワルツ」なども聞かせてくれた。歌の合間に、彼女と那須の関わりなども話していた。那須に住み始めてもう20年にもなるらしい。おばあさんの避暑と介護のために住み始めたようだが、そのおばあさんも今年の2月に94歳で亡くなったのだそうだ。この20年を思うと、那須は物凄く暑くなったし、鳥の声も少なくなった。虫を見かけることもなくなったと話していた。

 わずか1時間半ほどのコンサートだったが、成功だったのではないか。

 

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2019年8月24日 (土)

№4161 ディープな新宿探訪

Img201908231904281  親しい仲間4人で、新宿で飲むことにした。この仲間はもう10年以上もの付き合いがあるが、このように集まって飲むのは初めてだ。新宿の呑み屋は、私に任せなさい。まず最初に行ったのが、思い出横丁にある「安兵衛」だ。この店は、東京シニア自然大学の仲間とちょくちょく利用している。ただ不満なのは、2時間経つと追い出されてしまうことだ。

Img201908231915091  まあ、2時間もあると焼酎のボトル一本は飲めるね。一人の仲間は下戸であったが、それでも3人で一本空けたらちょうど2時間経っていた。午後5時から飲み始めて、まだ7時だ。その下戸仲間が、「私は夜の新宿歌舞伎町を歩いたことがないので、楽しみだ」と言っていた。それなら、任せなさい、と私が案内役を買って出た。まず歩いたのは「しょんべん横丁」だ。さらに歌舞伎町に出た。

Img_4324  私も夜の歌舞伎町は久し振りだ。一緒に行った仲間が「コマ劇場はどうなっているの」というから、屋上に飾ってあるゴジラの像を見せてあげた。「いつこんなのができたの」というが、もう6~7年にもなるのかしらね。そうだ、しばらくぶりにディープな新宿に行ってみよう。

 新宿ゴールデン街だ。たしか行きつけの店があるはず、と探してみたが見つからなかった。ゴールデン街の細い路地をあちこち歩いてみた。相変わらず、ゴールデン街は混んでいた。ただ昔と違うのは、外国人観光客が多いということだ。私が最後にこのゴールデン街に来たのは、もう14~5年も前のことだ。

Img_3761  せっかくゴールデン街に来たからには、どこか適当な店に入ろうよ。と思う間もなく、目的の店「ナベサン」を見つけた。急階段を上がって二階にある店だ。カウンターは混んでいたが、奥のテーブル席が空いているという。ゴールデン街のこういう店は、知り合いでもいないとなかなか入ることができない。同伴の3人は大喜びだった。私もこの店に入ったのは、本当に久し振りだった。

 昔もそうだったが、この店で飲むのはウィスキーのブラックニッカだ。最近とんとウィスキーにはご無沙汰だが、やはりこの店にはウィスキーが合う。水割りを2杯もお替りしてしまった。

 私がこの店に来ていたころは、マスターのナベサンがまだ元気なころだ。ママに話を聞くと、亡くなってもう16年にもなるとのことだ。そのママは、昔の同僚のことをよく覚えていた。その内の2~3人は、今でも来店しているとのことだった。ただ、私が最も親しくしていた人は、脳梗塞で再起不能になっている。

 ゴールデン街の入り口にはストリップ劇場もある。もちろん中には入らなかったが、一緒に行った仲間もディープな新宿を探訪してさぞ満足したことだろう。

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2019年8月23日 (金)

№4160 金沢星稜、惜敗

 高校野球甲子園大会の決勝戦があった。大阪の履正社と金沢の星稜高校だ。考えてみれば、この両校は開幕前から下馬評でも本命だった。見どころは、履正社の打力と星稜の投手奥川のピッチングだ。心情としては、星稜に勝って貰いたかった。奥川頑張れと思いながら、試合をテレビ観戦した。

 履正社は、奥川に追い込まれたらスライダーにやられてしまうと、初球からどんどん打って行った。先取点を取ったのは、星稜だ。ヨーシ、奥川がこのまま履正社を押し切ってしまわないか、期待して見ていた。

 それにしても、履正社の各打者のバットスウィングは鋭い。さしもの奥川も、相手の打球が鋭くファウルゾーンに転がっていくことを恐れたのではないか。これはいつか捉えられるのじゃないか、私も心配しながら奥川を見ていた。3回表2アウトを取ったが、二人を四球で歩かせてしまった。ツーアウト1・2塁でバッターは4番井上だ。どうした事か、一球目を打ち頃の高めに投じだ。さすが4番バッター、バックスクリーン横に3ランホームランだ。なんで、あんな威力のない球を投げてしまったのだろうか。

 どうだろうか、履正社のバッターが凄いというのか、奥川が疲れていたというせいなのか、この日の奥川のピッチングにはいつもの勢いがなかったのではなかった。ただ、試合が終わってみたら、3回の4番井上への失投が響いたのではないか。他は、さすが履正社の強打者を要所要所で打ち取っていたから、あの失投が悔やまれてならない。

 7回裏に、いったん星稜は履正社に追いついて3対3の同点になった。しかし畳み込んでくる履正社に、8回表に2点取られてしまった。全体で見ると履正社が野球が上手なのに対し、星稜は拙攻を繰り返した。野球の上手下手が、結果に表れてしまったのではないか。言ってみれば、履正社は総合力で星稜を上回ったというべきか。

 残念ながら、北陸勢に優勝旗をもたらすことはできなかった。ただ、決勝戦は予想に違わずいい試合だった。奥川恭伸の今後の野球人生はどこまで伸びるのか、期待してみていきたい。

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2019年8月22日 (木)

№4159 講座の下見でさきたま古墳へ

 東京シニア自然大学NEXTの活動だが、最近素晴らしい後継者もできたので、一線から退いている。とはいっても、あまりにもお任せばかりでは申し訳ないと、最低限の協力はしている。この日は、9月に行われる講座「さきたま古墳公園で古代の歴史を学ぶ」の下見会があった。私の自宅から行田までは近いので、世話人として協力を申し出た。

 東京シニア自然大学NEXTの講座は、世話人が講座の設定をして、シラバスで会員に知らせる。シラバスを作るには、下見が必須だ。本当は一か月前にシラバスを作る必要があったが、夏休みやお盆の季節が重なり、若干遅くなったが下見をしてきた。

 私は、さきたま古墳群には何度も行っている。ただ、きちんと学習はしていない。わが講座は、きちんとボランティアガイドをつけて、知見を得ようと心掛けている。この講座に参加している人も、ボランティアガイドの説明を聞いて、参加に意義を感じている。下見会も、最初にボランティアガイドを探すことから始める。

Sdscn0803  まずは、市役所の近くの観光案内所でボランティアガイドの要請をした。近くには忍城もあるが、忍城からさきたま古墳までは歩いて30分もかかる。当日は忍城見学はやめて、さきたま古墳一本に絞ることにした。古墳の近くに「史跡博物館」があった。そこを訪ねて、学芸員の説明が可能かどうか聞いてみた。40分くらいの説明ができるとのことで、お願いした。

Sdscn0798  この博物館には、稲荷山古墳で出土した鉄剣が飾ってあった。この剣は、何時出土したのだろうか、大きなニュースになった。ただ、鉄は時を経るとボロボロになる。よく残っていたものだ。

Sdscn0806  この博物館を出て、古墳も巡ってみた。ここには10基の古墳があり、いずれも6世紀の初盤から中盤にかけて作られたもののようだ。誰のお墓だったのだろうか、当日ボランティアガイドに話を聞くのを楽しみにしよう。

Sdscn0807  石室が公開されている古墳もあった。「将軍塚古墳」というのだそうだ。32万平方メートルもあるこの跡地は、全部見て歩くのはえらく大変だった。必要なところだけ見て、あとは打ち合わせに入った。

Sdscn0809  打合せ場所は、「古代蓮の里」で行った。せっかくだからと、田んぼアートを見て帰ってきた。もう一か月もすると、ラグビーワールドカップが開かれる。この田んぼアートは、実に見事なものだった。

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2019年8月21日 (水)

№4158 今月の定例俳句会

 毎月第三火曜日は『伊奈桟雲の会』の定例句会日だ。句会を終わって自宅に帰ってきたら、近所の奥さんが女房とお茶飲み会をやっていた。「今日は句会でしたね、ご苦労様です」と挨拶を受けた。あれ、何で彼女はこの日の句会を知っていたのだろうか、不思議に思った。まさか、私のブログの読者なのだろうか。

 というわけで、今月の句会は無事終了した。8月19日の記事で、「俳句の日」と題して今月提出する句について述べた。さて、句会では私の俳句はどういう評価を得て、どのように添削されたのかを報告したい。

 先日の記事でも述べた心配が的中した。

(原句)短夜や薄掛け一枚山の朝

 やはり問題になったのが「山の朝」である。「短夜」と「山の朝」が近すぎるというのだ。決してよくはないが、原句よりはいいだろうと添削されたのが以下の句だ。

(添削句)短夜や薄掛け一枚山明くる

 兼題でも、私は秘かによくできたのではないかという句に手が入った。

(原句)浴衣着や炭坑節の手のしなひ

(添削句)浴衣着の炭鉱節や手のしなひ

 助詞のわずかな違いだが、大きな違いだ。俳句はわずか十七文字の、世界で一番短い詩だ。わずか一字の違いが大きい。しかし、なかなかそこまで気が回らないというのが実情である。

 もう一句、満を持して提出した句があった。

(原句)炎暑なほデッキチェアにミステリー

 この句は省略が過ぎるというのだ。「ミステリー」だけでもわからないわけではないが、と添削の手が入った。

(添削句)ウッドデッキにミステリー小説読む良夜

 私の作る句は、大半が「まずこれから」の評価点だ。まあ、大体が50~60点というところか。もう少し発想を豊かにしないと、大きな点はもらえない。しかし、わたしには限界かもしれない。

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2019年8月20日 (火)

№4157 今秋の海外旅行計画の変更

 6月の記事でジャガランダの花を見に行こうと、今秋の海外旅行の話をした。その後、飛行機の格安航空券で、南アフリカのケープタウンに行くにはどうするのか、さんざんネットで調べた。15日前後の旅行は、ツアーだと100万円以上するようだ。往復航空券が約20万円、現地滞在費が30万円とすると、旅行費用を約50~60万円であげるつもりで計画していた。

 着々と計画を進めていたが、女房が「私も行きたい」と言い出した。往復航空券を別にすれば、一人で行くも二人もほぼ同じ料金だ。ホテル宿泊は、基本的に二人の料金になっている。ということは、二人の方が安く上がる計算になる。私にとって、女房が一緒に行くのには一向にかまわない。

 ところが、女房は11月初旬から一週間ほど、北海道の知床で展示会を開くらしい。「南アフリカ旅行は、今年でなく来年にしようよ」と言っていた。あれ?来年は6月に北欧旅行を計画していたのではなかったのかな。話にきくと、4人で旅行するつもりでいたようだが、そのうちの一人が病気でダウンしてしまったようだ。来年の北欧旅行も宙に浮いた形だ。そこで、南アフリカに一緒に行きたいという。

 私はジャカランダ見学が目的だが、女房の狙いは、アフリカで面白い布を買ってきたいらしい。何度か話しているが、女房は裂き織りの作家だ。日本にはないような布を買ってきて、織物にするのが楽しみなのだ。私も南ア旅行は、どうしても今年でなければならないという理由もない。来年でもいいかな。

20070911_2301  そのジャガランダの花を見たのは、2006年5月~6月のスペイン・ポルトガル旅行でだった。上の写真は、その時、ポルトガルのリスボンで撮ったものだ。リスボンの街は、ジャガランダの花で紫色に染められていた。そのジャガランダの本場は、アルゼンチンと南アフリカだという。日本の秋は、アルゼンチンや南アフリカにとっての春だ。10月から11月にかけて咲くらしい。

 どうしても旅行期間は限られている。私の日程を見ても、前月の25日ころから翌月の10日にかけてしか空かない。今年もそのつもりでいたのだが、久し振りに女房と一緒の旅行もいいかもしれない。ジャガランダ見学は、来年に引き延ばそう。そうすると、今年の10月末から11月初旬はどうしようか、スケジュールは空けているので、別のことを考えなければならないね。

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2019年8月19日 (月)

№4156 今日は「俳句の日」

 ネットニュースを見ていたら、今日は「俳句の日」らしい。なぜかと考えてみたら、819はハイクとも読める。その語呂合わせから来たものだろう。しかし、ほとんど一般的になってはいないのではないか。

 何度かお知らせしたが、私は現在二つの俳句会の会報を発行している。結構大変だが、その効用も明らかになりつつある。一つの句会の会報の締め切りは毎月10日で、直後に会員に選句表を送っている。選句の返事が返って来るのは15日前後だ。会員の選句で、その月に自分の投句した5句の会員評価が得られる。そして、もう一つの句会が第三火曜日だ。第一句会の評価を読んでから第二句会に臨める。

 このところ第一句会への私の投句に、会員からほとんど評価点を貰えていない。先月も今月も同じだった。あらためて自分の投句した俳句を見直してみる。なるほど、会員が評価しなかった原因が分かる。投句した5句に手を入れた、第二句会の本番に訂正句を提出する。ただ、先月の第二句会でも、私の提出した訂正句にほとんど会員の共感を得られなかった。私の発想が貧困なのが、共感を得られない原因なのだろう。

 今月の投句は、ほとんどが那須で作ったものである。第一句会で投句した俳句がなぜ共感を得られなく、それにどのように手を入れたか、今日は2~3句で紹介してみたい。訂正句が会員の共感を呼ぶかどうかは、明日の第二句会でわかる。

(第一句会提出)屋根叩く驟雨を聞きつ硫黄泉

 那須に滞在しているときに、温泉で突然の俄雨にあった。その温泉の屋根はトタン屋根で、屋根に激しく雨が叩きつけられていた。その情景を俳句にしようと思った。会員から共感を得られなかった反省点は、「硫黄泉」が唐突で情景が浮き出てこなかったことに、評価の低かった原因があったのではないか。それを反省して、第二句会用に訂正句を作ってみた。

(第二句会用)トタン屋根叩く驟雨や硫黄泉

 だいぶ情景がはっきりしてきたような気がする。それでも、まだ「硫黄泉」が唐突な感じは否めないね。

(第一句会提出)蜩(ひぐらし)の鳴くのは今朝も午前四時

 蜩は、朝の4時ころと夕方の6時過ぎにパンクチャルに鳴き声を発する。その規則性に着目したつもりだったが、この句も共感は得られなかった。原因を考えてみるに、私の提出句からはその規則性が窺えない。さらに「今朝も」と「午前」が時間として重なっている。そこで、訂正してみた。

(第二句会用)几帳面蜩鳴くは今朝も四時

 「パンクチャル」を辞書で調べてみたら「几帳面」と出ていた。あまり俳句には使っていない言葉だ。この言葉に「新しみ」を感じた。ちなみに、毎年のように蜩の句は作っている。一昨年は「蜩や木々を伐り裂く金属音」という句を作り、若干の共感は得た。さて、今年はどうか。

(第一句会提出)極暑なほ薄掛け一枚山の朝

 この句には、2点入っていた。「薄掛け一枚」は良かったが、しかしやはりこの句には不自然さが残る。「極暑」と「薄掛け」では十分に情景が伝わってこないのではないか。そこで改めて手を入れてみた。

(第二句会用)短夜や薄掛け一枚山の朝

 「短夜」は夏の季語である。夏は夜が短く、暑さで寝苦しいのでたちまち朝になってしまう、という謂いである。ただ、この句にも問題があり、「短夜」と「山の朝」が近すぎるのが難点だ。もう少し考えてみる必要があるかな。

 俳句には、「季語」は生命線だ。季語の使い方によっては俳句が生きたり死んだりする。そこが俳句の面白いところだ。

 最後にもう一句を紹介したい。これは第一句会には提出しなかったが、8月の兼題にちなんで作った俳句である。8月の兼題は「浴衣」であった。さて、明日は第二句会の定例日である。評価はどうか、楽しみである。

浴衣着や炭坑節の手のしなひ

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2019年8月18日 (日)

№4155 高校野球、佳境に

 何しろこの暑さに外で活動する気にはならない。勢い、惰弱にも自宅でクーラーの下で高校野球を見る毎日が続いている。

 そんなに熱心に見ているわけではないが、それでも今年の勝っているチームの地域には確実に例年との違いを感じる。ベスト16に残ったのは東北が3校、北陸が3校で、中四国・九州は全滅だった。高校野球は、以前は西高東低といわれて、西のチームが強く、東のチームが弱いとされていた。去年の金足農業を見るまでもなく、勢力図が変わりつつあるのを感じる。

Photo_20190818104201  ベスト8を争う昨日の試合を見ていて、これは凄い投手と改めて感じたのが石川・星稜高校の奥川恭伸投手だ。相手の智弁和歌山も強打でなるチームだ。その智弁のバッターが、奥川の投球にほとんど対応できていなかった。奥川のボールが速いというより、球に勢いがあった。ボールがキャッチャーミットに収まってからバットを振っていた。奥川のスピードボールに三振の山を築いていった。

 昨日の試合は延長14回ということもあったが、奥川は相手から23個の三振を奪った。今大会のはじめてのタイブレークだった。タイブレークを見るのは初めてだ。延長13回からは、ノーアウト一二塁で攻撃が始まる。当然、最初の打者はバントでランナーを進める攻撃に出る。それが13回も14回も、最初の打者のバンドはピッチャー前に転がり、三塁で封殺されてしまった。バントは、三塁手に取らせるべく転がさないと成功しない。それがなかなか難しいのだ。

 三振23個は、歴代第二位とのことだ。第一位は板東英二で、延長18回で成し遂げたらしい。第二位の江川卓も、やはり延長15回で成し遂げたものだ。そういう意味では、奥川の14回での奪三振は歴代トップに並ぶものだ。今大会でとんでもない投手が出てきたものだ。甲子園大会には出なかったものの、岩手の大船渡高校佐々木朗希投手が今年の夏の№1ではないかといわれている。

 ただ、投手は厳しい試合を経験してこそ真価が問われる。昨日、奥川が14回165球を投げ切ったこと対し、佐々木朗希投手は岩手県大会の決勝戦を回避した。本人が望んだことではないといえ、その違いははっきりしている。奥川はプロ野球に行くだろうが、早くも名ピッチャーの予感がする。

 対智弁戦で150球を投げた奥川は、はたして今日な登板するだろうか。昨日の奥川は満身創痍だった。足を痛め、引きずっていた。試合後の奥川は、「気力だけで投げ切りました」といっていた。大船渡の監督ではないが、できることなら休ませてあげたい。ただ、高校野球は負けたらおしまいだ。将来を取るか、今大会での勝ちを取るか、選択は難しいところだ。

(この記事を書いている時点では、奥川が先発するかどうかはわからなかった。結局奥川を温存して、星稜が勝った。奥川を準決勝も決勝も見れるかな。)

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2019年8月17日 (土)

№4154 再三蓮田サービスエリアへ買物に

 7月末に新装開店した「蓮田サービスエリアPasar」だが、このサービスエリアには高速道を利用しない人も入場できる。ここには生鮮食料品売り場があり、果物、野菜、お弁当、肉、魚などを売っている。特に果物や野菜が新鮮で安い。

Sdscn0796  行くたびに買って来る桃が美味しい。先日買ってきた桃2パックももう食べ終わった。さて、また買ってこようか。自宅から車で10分ほどだ。今までは長蛇の車の列だったが、この日行ったら並んでいる車がなく、すんなり入場できた。目指すは「見切り品」の桃のパックだ。桃は熟したり傷むのが早いようで、店の隅には見切り品のパックが並んでいた。

 パックには4個の桃が入っていたが、中には5個入って580円のものもあった。比較的傷みの少ない4個パックを買って帰った。ただ、買ってきた桃を見た女房に怒られた。「こんなに傷んだ桃を買ってきて、どこを見ているのよ。もっと程度の良い桃を選んで買ったらどうなのよ」という。比較的程度が良かったものを買ったのにしようがないね。傷んだ桃は私が食べるよ。それにしても、先日買った桃は程度が良かった。

Sdscn0797  せっかく行ったので、桃だけでなく梨も買うことにしよう。10個入ったパックが1000円だ。梨は、蓮田の名産品でもある。近くに農協の農産物売り場があるが、このサービスエリアの方が安い。桃と梨に加え、枝豆とマグロのぶつ切りも買ってきた。

 果物は食べてみなけれがわからない。自宅に持ち帰ってさっそく食べてみたが、桃はあ熟れ過ぎていたし、梨もいま一つ味がパッとしなかった。先日買ったのは美味しかったのに、今回は外れだったな。

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2019年8月16日 (金)

№4153 「お墓」を考えよう

 昨日の記事の続きになる。弟の墓参りの後に、川崎の姉が死んだら入る予定というお寺に行ってみた。姉は、このお寺の共同墓地に入るつもり、といっていた。その共同墓地は、3年後に出きる予定らしい。「共同墓地ができる前に死んだらどうしようか」と心配していたら、お寺の奥さんが「大丈夫ですよ。共同墓地ができるまで、お骨をお預かりしますから」といっていた。

 姉の家に行って、お盆の昼食会を行った。当初お寿司を食べようと計画していたらしいが、計画を変更して素麺を食べることになった。私は毎日のように素麺を食べているが、川崎の姉はほとんど食べないといっていた。夏の定番、素麺を食べないとはどういう食生活をしているのだろうか。途中、スーパーで2束買っていった素麺をすべて茹でた。山のようにできた素麺だったが、4人でぺろりと食べてしまった。

Dscn0389  食べながら話題になったのは、やはりお墓の話だ。5月末に秋田に帰った時に、次兄の墓ができていたのにホッとした。次兄の遺骨は、5年以上もお寺に預かっていたのだ。横浜の姉夫婦もまだ健在なのにもかかわらず、お墓を買ってしまったらしい。義兄がお墓のことをえらく心配して、早々に手に入れたといっていた。

 お墓のことを全然考えていないのは、わが家だけのようだ。漠然と散骨とか樹木葬などと考えていたが、私は具体的に動いたわけではない。ただ、石のお墓だけはいらないのではないかと思っている。石のお墓を立てても、早晩無縁墓になることは間違いない。残っている人にも迷惑だろうと思ってしまう。

 この春、女房が病気で死ぬ目にあった。今でこそピンピンしているが、真剣にお墓を考える時期かもしれない。私にもイメージがないわけではない。姉と同じように、近くのお寺の共同墓地はどうかと思っている。何度かそのお寺さんに行っているが、庭の片隅に共同墓地があった。仏教には宗派があるが、わが実家は浄土宗である。けど、そのお寺は天台宗のようだった。

 川崎の姉は日蓮宗、横浜の姉は無宗派だ。弟はわざわざ探して、世田谷の浄土宗のお墓にしたようだ。私が目指す共同墓地は、宗派に関係あるのだろうか。8月中に、一度女房と一緒に訪ねてみようか。

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2019年8月15日 (木)

№4152 弟の墓参り

Sdscn0795  お盆らしいことは何もしないわが家でも、唯一の行事が弟の墓参りだ。ずいぶん前から川崎の姉に「お墓参りはいつ行くの」と問われていた。お互いの日程を調整して、この日の墓参りとなった。横浜の姉も一緒だったが、義兄は来ていなかった。

 亡くなった人の時間がたつのは早いもので、弟が亡くなってすでに11年になる。このブログをはじめたのが2008年1月で、弟が亡くなったのはその年の12月だった。どうしても忘れられない。弟と私は4歳違いだが、60歳で年金をもらう前に亡くなってしまったのは残念である。今日は亡き弟を偲び、彼の思い出を語りたい。

 私は6人兄弟姉妹で、男4人に女2人である。残念ながら、男4人兄弟で今生きているのは私一人だ。特に、弟は何をするにも常に私の後ろをついて歩いていた。寒い秋田の冬では、夜は二人で抱き合って寝た。私を尊敬していたわけでもないだろうが、高校も私と同じ学校に入学した。中学校では、受からないからやめろ、と強く諌められたらしい。無事入学した弟は、高校では軟式野球部に属した。野球は、やはり私と同じように中学校の野球部に属していた。

 高校を卒業して、某大電機会社に就職した。結局、亡くなるまでその電機会社に勤め続けた。高校を卒業して府中にある工場にいたが、静岡の支店に転勤することになった。今でも思い出すが、私は東京でぶらぶらしていた。誰から借りたのかは忘れてしまったが、車を借りだして静岡まで引っ越し荷物を運んだ。結構静岡滞在が長かったのだろう、今の嫁さんと会ったのも静岡支店でだった。義妹は、お茶屋さんの娘だった。

 そうだ、秋田から出てきた父と静岡に結納に出かけた。そのときに初めて飲んだ桜茶が、とても美味しかったことを思い出す。静岡での彼の結婚式も盛大なものだった。一族上げて秋田から静岡に大移動した。中継地は、私の埼玉の家だ。わが家は新築して間もなかった。私の一家も一緒に結婚式に行ったが、娘が2~3歳の時だったから、もう40年以上も前のことだ。

 仲人は、川崎の姉夫婦だ。舞台に上がって踊りを披露した叔母も、一緒に参加した兄2人も、長兄の義姉もすでに亡い。仲人の姉夫婦の元旦那も亡くなった。結婚式参加に秋田から来ていた甥たちも、すでに50歳を過ぎている。50年の歴史は、彼らに様々な人生を歩ませた。

 弟は静岡支店から沼津支店に異動した。沼津も長かったが、その後京都支店、滋賀支店と転勤を繰り返した。最後の転勤は、仙台支店、盛岡支店と経由して東北支店長まで上り詰めた。50歳を過ぎて他社出向になったようだが、その会社が酒田にあった。実家に近かったせいもあり、しょっちゅう実家に顔を出していた。弟は、実家の姉(今川崎に住んでいる)が大好きだったのだ。姉には口にいえない様々な相談もしていたようだ。

 ある年、姉の娘が弟に会って「ずいぶん顔色が悪いね」と伝えたらしい。周りの家族も、そのことに気がついていなかったようだが、すぐに東北大学病院に検査に訪れた。そこで宣告されたのが、余命3ヶ月だ。9月の頭だった。そして亡くなったのが12月初旬だったから、やはり3ヶ月だった。

Sdscn0790_20190815094701  お盆の墓参りの後に、恒例の姉の家での昼食会になった。先日蓮田サービスエリアで買った桃を皆で食べた。こんなおいしい桃を食べたことはない、と姉たちは大喜びだった。それにしても、東北大病院に弟を見舞ったときの桃の不味さといったらなかった。途中、東北自動車道国見サービスエリアで買った桃だった。今でもその不味さを思い出す。

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2019年8月14日 (水)

№4151 日韓関係の悪化を憂う

 このブログでは、政治や宗教関係の記事はなるべく書かないようにしている。ただ、今日は例外だ。それにしても、日韓関係の悪化は心配だ。

 もう20年以上も前にいなるが、在職中、会社の「読書会仲間」8人で韓国を旅行したことがあった。3泊4日でソウル中心の行動だったが、改めて驚いたことがあった。成田からソウルまでは飛行機で2時間ほどだ。ソウルに降り立って、どこでも日本語が通じた。むしろ沖縄より近く、しかもソウル市民の親和性に心地よさを感じた。不満だったのは、あまりにも日本に近く、海外旅行をした感じがしなかったことだ。

 食べ物も美味しかったし、見るべきところも沢山あった。これ以外でも、私は韓国旅行を4~5回している。こんなに近い韓国である。何もいがみあっている必要はないだろう。韓国からの日本観光客も、中国に次いで2番目だ。多分、日本から韓国への観光客もそれ以上だろう。そんな両国が、なぜいがみあうのだろうか。

 世界各国で、隣国との対立は枚挙にいとまがない。日本ではそうでもないが、韓国の大統領は、「反日」を訴えることで支持率を伸ばしてきた歴史がある。政権の支持率が落ちたときには、「反日」を叫ぶ姿をしばしば目にしてきた。そのことで政権を維持してきた悲しい歴史がる。その原動力は、「歴史問題」だ。たしかに、日本は韓国を占領してきた歴史がある。日本人はひどいこともしたのだろう。従軍慰安婦の歴史も多分あったのだろう。

 ただ、何か問題があると韓国が歴史を持ち出すのはどうなのだろうか。豊臣秀吉が朝鮮出兵して、ひどいことをやった。430年も前の話だ。そのことを今更問題にされても、現代日本人にはどうしようもないじゃないか。どうもそれは「歴史問題」ではなく、韓国の国内事情を隠ぺいするのに「反日」を利用していないのか。

 今回の直接のきっかけは「徴用工」問題である。日本は日韓国交回復交渉で解決済みとしているのに対し、韓国の裁判所は賠償を認めた。当時の徴用工を雇っていた企業に賠償を認めた。日本政府は韓国に交渉を求めたが、韓国政府は司法の独立の問題として無視し続けた。

 そもそも日本の安倍政権と韓国の文在寅政権の間には、成立当初からぎくしゃくがあった。安倍政権はウルトラライト政権なのに対し、文在寅政権は左寄りの政権だ。北朝鮮との融和を目指している。最初から肌合いが違うのだ。先日の大阪でのG20サミットでも、変にぎくしゃくした握手に違和感を感じた。お互い、あっちみてほいの感だった。

 案の定、その後の日本の輸出規制に対して、韓国は官製の「反日運動」だ。文在寅大統領も反日を意識して、北朝鮮との経済協力で日本経済を上回るだろうと、根拠のない論を展開している。一方、北朝鮮は文在寅を無能とこき下ろしている。一体、どこに南北朝鮮の経済協力が実現可能なのか。どうも、文在寅は実現不可能な夢を語る傾向があるのだろうか。

 いずれ、日本と韓国の対立に、われわれ国民は利があるのだろうか。無益な対立と思えてならない。安倍と文在寅の対立は放っておいて、市民レベルので交流は続けていきたいものだ。私も再度、韓国に遊びに行きたい。

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2019年8月13日 (火)

№4150 再度蓮田サーヴィスエリアへ

 先日、東北自動車道の上り線に新たに蓮田サーヴィスエリア「Pasar」がリニューアルオープンしたことを報告している。この前私が訪ねたときは一人だったが、女房が行ってみたいというので同行した。

 一般客は、高速道路利用者でなくても、裏から入場できる。一般入場口は相変わらずの混みようで、入場する車が1kmも並んでいた。それでも20分ほどで入場できた。入場口のすぐそばに生鮮食料品の売り場があり、果物や野菜、肉、鮮魚売り場があった。いずれも新鮮なものが売っている。

Sdscn0790  先日、私はちょっと傷物の桃を買って帰ったが、美味しかった。それに味を占めたのか、女房は今回も桃を2パック買った。先日のよりも程度がよさそうで、ほとんど傷のない完熟桃だった。朝食のデザートで食べてみたのだが、とっても美味しかった。一度、矢張り福島の桃を東北道の国見SAで買ったことがあったが、まずくて食べられない経験をしたことがある。

Sdscn0791 Sdscn0792  さらに、キウイフルーツも安かったので買い物籠に入れた。カボチャ、アスパラ、梨も安いので買った。

Sdscn0793  魚売り場で、天然モノのぶりの刺身を売っていた。あまりに美味しそうで安かったので、これも買い物籠に収めた。

 結局、生鮮売り場での買い物だけで、サービスエリアの全体を見ないで帰ってきた。桃やお刺身は、この暑さで車に置いておくと傷んでしまう恐れがあるからだ。そのほかにも、アンデルセンのパン屋さんや那須のチーズ工房などあったのだが、見ずじまいだった。まあ近いので、再度行っても良いね。

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2019年8月12日 (月)

№4149 今年の夏はキュウリづけ

Sdscn0788  何度か話題にしているが、わが庭の片隅に小さな菜園がある。キュウリとトマト、ナス、ピーマンなどを植えているが、7月の天候不順の時期でもキュウリだけはよく採れていた。一時キュウリが高いとのニュースが流れたが、この夏はわが家の食卓にキュウリは欠かしたことがない。それこそ、もぎたてのキュウリはスーパーで売っているキュウリと違い、本来の青臭さがする。

Sdscn0785  キュウリはそんなに多くのレシピはなく、塩をかけたりマヨネーズをかけてりして食べるのがせいぜいである。時々は野菜の炒め物に入っていることがあるが、稀だ。昨晩は女房の指令で、キュウリの酢の物を作ってみた。キュウリを刻み、これも庭で採れた茗荷を刻んで入れた。

 女房が朝起きるのは早い。起きるとすぐに菜園に行き、キュウリとトマトを採集してくる。今朝の収穫物は、キュウリが3本にトマト2個だった。朝食の食卓には、いつものようにキュウリとトマト、それに塩とマヨネーズが並んでいた。女房が言うには、「朝起きてすぐにキュウリを一本齧ったのよ」とのことだ。

Sdscn0789  明後日、姉たちとお墓参りに行く。お土産にキュウリとトマトを持っていくのだそうだ。さて、それまでにさらに成長しているだろうか。

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2019年8月11日 (日)

№4148 7月に読んだ本

 毎月10日前後に前月読んだ本の報告をし、印象に残った本にコメントを入れている。この記事は私の備忘録で、まさか読んでいる人はいないだろうと思っていたが、この記事を楽しみに訪問してくれている奇特な人もいるものだ。友だちのKatsuちゃんが、「シンさんが前月何を読んだのか、とっても楽しみだ。自分の読書の指針にもしている」というからありがたい話だ。

 私が読んでいるのはほとんど小説だが、これだけ読むとある傾向があるのに気が付いた。何度か申し上げているが、私は一度開いた本はどんなに詰まらなかろうが最後まで読み通している。ただ、詰まらない本を読んでいると地獄のようだ。いつまでたっても物語が立ち上がらず、ぐずぐず最後まで状況説明に終始している。今月もそういう本があった。

 目安は100頁で、100頁まででどういう物語を立ち上げるのか明らかな小説は、読むに堪える。中には、読み始めた一行目からワクワクさせる作家がいる。ただ残念ながら、そういう作家の本はほぼ読み終えてしまった。大沢在昌、佐々木譲、帚木蓬生、藤田宜永、池澤夏樹、逢坂剛などはその作家に数えられるだろうか。さて、7月は15冊・5,664頁の本を読了した。読んだ本をプリントアウトしているが、悲しいかな、月初に読んだ本の内容は忘れてしまっている。さて、何を読んだのか列記してみたい。

内田康夫『地の日天の海(上)(下)』(上)352頁(下)346頁 角川書店 2008年6月刊

横山秀夫『第三の時効』324頁 集英社 2003年2月刊

山崎光夫『サムライの国』305頁 文藝春秋 2001年9月刊

森村誠一『悪道』401頁 講談社 2010年8月刊

岡田秀文『賤ケ岳』503頁 双葉社 2010年4月刊

門井慶喜『家康、江戸を建てる』400頁 祥伝社 2016年2月刊

佐々木譲『沈黙法廷』557頁 新潮社 2016年11月刊

笹本稜平『引火点』433頁 幻冬舎 2018年7月刊

内田康夫『幻香』345頁 角川書店 345頁

岩井三四二『天下を計る』381頁 PHP出版 2016年9月刊

浅田次郎『長く高い壁』298頁 角川書店 2018年2月刊

赤神諒『酔象の流儀 朝倉盛衰記』267頁 講談社 2018年12月刊

赤神諒『大友落月記』370頁 日本経済新聞出版社 2018年9月刊

川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』382頁 2005年12月刊

Sdscn0683 図書館の棚で何の気もなくとった本に、これはという本にばったり出会うことがある。私は著者の川崎彰彦は知らなかった。もう10年近く前に亡くなったという。川崎は、私よりも一世代先輩だ。言ってみれば「60年安保世代」にあたるかもしれない。ただ、この本を読んでいて思い当たることがたくさんあった。

 主人公穴虫昭は、上京して早稲田で学生時代を送った。1年生時代は真面目な学生生活を送ったらしいが、だんだん学校にも行かずクラシック音楽を流す喫茶店に入りびたりになっていたらしい。友達とは、音楽だけでなく酒場もふらついた。早稲田の文学部露文科は、卒業しても絶対就職できない科として有名だったようだ。同じクラスに五木寛之や三木卓などがいた。

 4年生を留年し、5年生になって切実に就職の必要が出てきた。とはいってもロシア語の単位は取れていないし、出席もしていなかった。北海道の新聞社に就職は決まったのだが、卒業することが絶対条件だった。そこで主人公が使った奥の手は、先生に泣きつくことだ。意外と先生は単位をくれた。わたしにもそういうことがあったなと思い出した。私はドイツ語をとっていたが、ほとんど出席していなかった。私もドイツ語の先生に泣きついて、単位をもらった経験がある。

 この本を読みながら、わが学生時代にことを思っていた。入学したのはもう50年も前にことである。この作家のように、1年生の頃は真面目に学校に通っていた。学校に行かなくなったのは2年生からだ。アルバイトに精を出していて、学校どころではなかった。そのころのことを考えるにつけても、懐かしさがこみあげてきた。そうだ、学生時代の同級会をやろうと決め、電話をしたのが四国に移住したJohのところだ。秋に上京すると聞き、早めに連絡を頂いたら、私が案内状を出そうと思っている。

Sdscn0690

 赤神諒という作家は知らなかった。読書仲間のKatsuちゃんが、赤神はぜひ読むべきと何度も勧めてくれた。そんなに面白いならと手に取ったのが上記2冊だ。いずれも歴史小説だった。『大友落月記』は大友宗麟が主題の小説だったし、『酔象の流儀』は朝倉家の話だった。いずれも、辺境の地の話だ。

 『大友落月記』を読んで、話の展開はあまりピンとこなかったが、この小説には前段があり、『大友二階崩れ』がその前段なのだ。『大友二階崩れ』を今読んでいるのだが、この小説を読んで初めて大友家の力関係が分かった。前段の『大友二階崩れ』は大友宗麟の父親、大友義鑑が宗麟(幼名義鎮)を廃嫡して、愛妾に産ませた子どもを後継にしようというごたごたの中、暗殺されてしまった話だ。そして、今回読んだ本は、宗麟の国を統べる話が中心だった。物語は順序通りに読まないと、分からないね。

 さらに『酔象の流儀』は、朝倉義景の無能ぶりで信長に滅ぼされてしまう話だ。それにしても、出処進退のはっきりしない武将は滅ぶ、とはっきりさせる話だ。赤神諒の2冊を立て続けに読んだが、まだ彼の面白さは分らなかった。もう2~3冊読んでみよう。

Sdscn0611_20190811121801  歴史小説を書く人は多いね。これだけ読んでいるつもりでも、まだまだ読んでいない歴史小説家はたくさんいる。今回読んだ岡田秀文も、私には初めて読む歴史小説家だ。『賤ケ岳』というから、一見して柴田勝家が秀吉に破れる話だろうと想像した。ところがそんな単純なものではなく、本能寺の変で信長が殺された後の政治状況を詳しく述べた小説で、柴田勝家の話は本流ではなかった。むしろ秀吉の政治家ぶり、狡猾さを主題にした小説ではなかったか。

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2019年8月10日 (土)

№4147 予定より一日早く自宅に帰ろう

Img201908090958031  畑仕事もなくなったし、一体那須で何をやっているのか不思議に思う方もいるかもしれない。私にとって、那須の静けさの中での読書は最高だ。ウッドデッキにリクライニングチェアーを出して、日がな一日本を読んでいる。今回も、10日間の滞在を考えて本を4冊携えてきた。2日間のゴルフ合宿では本は読めないだろうと、4冊に自粛したのだ。しかも持ってきた本は、比較的厚めの本だ。

Img201908090953561  ところが案に相違して、持ってきた本4冊を9日の未明には読んでしまった。しまった、もう一冊持ってくるべきだったか。「あるるのいえ」には世界文学全集と日本文学全集、世界美術全集がある。これらの全集は、秋田にいたころの姉の家から引き揚げて来たものだ。しかし、読む本がないといって、全集に手を染める気はない。

 予定より一日早いが、自宅に帰るとするか。自宅に帰ったら帰ったで、またやることがある。そうと決めたら、帰る準備が必要だ。流しの洗い物を洗い、汚れ物を洗濯する。布団も干す必要があるし、掃除も必要だ。水も汲んで帰る必要がある。帰りは急ぐ必要もないので、午前一杯をかけてやっておこう。

 午前11時には帰り支度ができた。Kayoさんに挨拶して帰ることにした。Kayoさんは、「アラ帰るの。お昼ご飯を一緒に食べようと支度をしていたのに、残念ね」と言っていた。

 久し振りに道の駅「しもつけ」に寄って、かつ丼を食べてきた。最初の頃は500円だったかつ丼も、もう580円に値上がりしていた。

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2019年8月 9日 (金)

№4146 暑くても、那須はやはり温泉

 女房が帰宅して、また自炊生活が始まった。さらに三日滞在するつもりで、買い物に出かけた。三日分の買物は、それぞれ何を食べるか想像しながら買った。どうしても必要なのが枝豆だ。この時期、枝豆を食べながらビールを飲むのが定番だ。「男の料理教室」で鍛えられたせいか、料理を作るのにあまり苦手意識はない。むしろ、何を作るのか考えながらの買物は楽しいね。

 前日の暑さと打って変わって、那須は心地よい風が吹いている。

 そうだ、向かいのOhnoさんちに電気屋が来たのか尋ねてみた。Kayoさんのいうには、「昨日の夕方電気屋が来て、見積もりをしていったよ。見積だと9万円弱とのことで、予算よりだいぶオーバーでした。今回は見送ろうかしら。シンさんちはどうするの」と聞かれた。私も今設置するのではなく、来年の春頃を考えていると返事した。何しろ、女房はクーラーがないともう那須には来ない、というのだ。

 女房もいないし、那須は静かなものだ。ただ、午後になったら雷が鳴りだした。入道雲もキラキラ光っている。これは一雨来るな、と空を見上げていた。そうだ、雨が降ると空いているだろうと、温泉に出かけることにした。最近あまり行っていなかったが、「小鹿の湯」にいこう。

Img201908081436311  案の定、小鹿の湯には客は一人もいなかった。いつも行っている自在荘の温泉は無色透明だが、この小鹿の湯は硫黄温泉だ。PHが2.6というから、かなり酸性の強い温泉だ。やはり温泉は硫黄温泉に限るな。温泉に入っていたら、物凄い雨が降ってきた。屋根を叩く雨の音がすさまじい。まあ、温泉に入っている分には支障がない。

 雨が小降りになったころに、ぼちぼち客が入ってきた。温泉を出るころには、雨が上がっていた。雨が降ると暑さも一段落する。夜は寝心地よく、ぐっすり眠れた。

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2019年8月 8日 (木)

№4145 那須で熱中症か

 一泊二日のゴルフ合宿を終えて、那須に帰ってきた。「あるるのいえ」に着いたのは、午後5時頃だ。家の中は異常に暑かった。女房が真っ青な顔をして寝ていた。体中に熱がたまっているのだという。「私、熱中症かもしれない」といっていた。

 那須には暖房設備はあるが、あまり暑さ対策の設備はない。せいぜいが扇風機くらいのものだ。その扇風機も天井から下がっていて、部屋を冷やすのには役に立っていないかもしれない。とにもかくにも女房は体を冷やすのに、冷たいタオルに氷を含ませたものを脇の下にあてがった。「クーラーがないのに私は耐えられない。明日自宅に帰ろう」といっていた。

 本当に避暑に来ているはずの那須で熱中症にかかるなど、笑うに笑えない。とはいっても黙っているわけにもいかないな。向かいのOhnoさんの家も、やはりクーラーが必要と思っていたらしい。一緒に電気屋に行ってみた。大型電気店が3軒並んでいるが、どこも同じような事情で、今クーラーを設置するとしたら8月下旬になってしまうという。8月下旬になると、那須はだいぶ涼しくなって、クーラーなど必要なくなってしまう。

 私のように、那須に10日間ほどのモノの滞在には必要はないが、Ohno家は8月いっぱい那須に滞在する。大型電気店でなく町の電気屋に行ってみた。店の中にはクーラーが所狭しと並んでいて、設置を待つ客が多いのが分かった。その店では、今クーラーを頼んだら、お盆明けまでかかると言っていたが、それでも大型電気店よりも事情は良い。

 設置を頼んだら、その電気屋さんは下見に来るという。ただ、わが家は来年の春まで待とう。「クーラーのない家にはいられない」と、女房は予定を早めて早々に自宅に帰っていった。

 ゴルフ合宿から帰ってきてからブログ記事を書こうと思っていたのだが、熱中症騒動に追われて私はブログを書く気力を無くしてしまった。私のブログを楽しみに待っていた方には、申し訳なった。

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2019年8月 7日 (水)

№4144 白河高原でゴルフ合宿

 もう定例化して3年になるか、「白河高原カントリークラブ」で夏のゴルフ合宿があった。私は那須から車でゴルフ場に行ったのだが、那須からゴルフ場までは25㎞、40分かかった。「あるるのいえ」を8時15分に出て、着いたのが8時50分過ぎだ。ちょっと早かったかもしれない。

 この日の参加者は11名で、大半が新幹線とバスを乗り継いでゴルフ場に着いた。ただ、キャプテンのYanaiさんはこのゴルフ場のすぐ近くに別荘があり、その別荘からのお出ましだ。二日ほど前に来て、滞在していたのだそうだ。私は一度その別荘を見たいと思っているが、まだ訪れたことはない。年一度、この合宿のためだけに使っている、と言っていた。

Dscn0752  そうこうしているうちに、参加者が次々に到着した。ほとんどが前年からの参加者だが、なかにはは初顔の人も何人か混じっていた。第一日目のスタートは午前11時だ。夏の真っ盛りで、白河高原といえども暑い。ただここの標高は850mほどで、日陰に入るとヒンヤリした。

 私のゴルフはいつもそうなのだが、スタート時にはナイスショットを連発する。ただ試合が進むにしたがって、クラブに当たらなくなってしまう。普通の人と違って、段々腕に力が入り力んでしまう。普通はラウンドが進むにしたがって、力みがとれるはずなのだが、そこが違う。わかっていても治らないのだから、悲しいね。

Dscn0753  それにしても、このゴルフ場は面白いというか、難しい。OUT5番ホールは、谷越えの160ヤードショートホールだ。レディースティーでも145ヤードほどある。クラブにきちんと当たらないと、谷を越えるのは難しい。残念ながら、私は二日間とも谷底にボールを落としてしまった。どうも年を取るにしたがって、ゴルフがますますヘタになっていくのを実感する。この日は同世代の人の参加が多かったが、皆さん、異口同音に同じことを言っていた。

Dscn0760  このゴルフ合宿は、涼しいところでゴルフを楽しもうという趣旨でもあるが、同時に参加者で交歓を楽しもうという会でもある。アルコールが入るにしたがって、座は大いに盛り上がったことは言うまでもない。10数年振りに参加したAsaiさんはダジャレの名人であるが、そのダジャレもいつもにまして冴えていた。

Dscn0768  もちろん、食堂での交歓会だけで終わるわけではない。宿泊したロッジに行っても、二次会は大いに盛り上がった。

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2019年8月 6日 (火)

お休み

申し訳ございませんが、今日はお休みします。

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2019年8月 5日 (月)

№4143 繭の里で火事

 女房は、私に遅れること3日で那須にやってきた。向かいのOhnoご夫婦と歓迎会を含めて夕食会を開くことにした。久し振りにイタ飯屋の「イタリア食堂」に行った。ここの店のウェイターでもあるご主人の不愛想は有名だ。これだけ不愛想だと、これはこれでかわいいものだ。夕食会で話題になったのが、繭の里での火事だ。話を聞くと、「あるるのいえ」のすぐ近くだ。

Dscn0746  翌日、火事現場に行ってみた。わが家から歩いてものの4~5分の現場だ。この家の向かいに、日ごろから親しくさせていただいているShinozukaさんの家がある。火事見舞いを兼ねて尋ねてみた。奥さんが出てきて、詳しくお話を聞かせていただいた。

 一週間ほど前の事だったか、雨が降っていた明け方4時頃、あまりにも飼い犬が鳴くのでご主人が起きてみたようだ。家の前が真っ赤だ。すぐに火事とわかったが、あまりに燃えすぎていて手の施しようがなかったという。すぐにも119番に電話をしたが、消防車が着いた時には、あらかた燃え落ちてしまったようだ。

 この家には、お母さんと息子さんが二人で住んでいたらしい。息子さんも燃え落ちるまで火事には気がつかなかったという。お母さんが手前に寝ていて、息子さんは奥に寝ていたという。お母さんは体が不自由で、逃げ遅れてしまったらしい。原因はコンセントの漏電だという。息子さんは親孝行の子で、その落ち込み方が激しかったらしい。

 それにしても、繭の里での火事とはびっくりだ。トンと聞いたことがない。この付近は古家が多いので、本当に漏電は怖い。Shinozukaのお父さんは、雨の中火事を見守っていたので、おかげで風邪をひいてしまったらしい。

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2019年8月 4日 (日)

№4142 相沢久江リサイタル

Dscn0740  朝一番にKayoさんがやってきた。昨日のブログ記事を読んだらしく、「楽しうれし展」の記事にお礼を言っていた。昨日の記事を読んでくれたようだ。「ついでに宣伝してよ」と渡されたのが、展示会場で行われるコンサートの案内だ。

Photo_20190804094101  8月24日(土)午後6時、この展示会場で相沢久江さんのコンサートが行われるという。そういえば、その展示会場から歌声が聞こえていた。何だろうかと不思議に思っていたら、コンサートの下見に来たついでに、歌っていたものらしい。

 相沢久江さんは知らないが、40年間も「メゾソプラノリサイタル」を開いている歌手だという。チラシを見るとピアノもついているというが、さすがピアノを展示会場に運び込むスペースはない。プログラムには、下記の歌を歌うとある。暇と時間があったら、出かけて来てみたらどうだろうか。

PROGRAM

ヘンデル「私を泣かせて下さい」

シューマン「はすの花」

ヘンデル「ラルゴ」

成田為三「浜辺の歌」

岡野貞一「おぼろ月夜」

ヴェルディ「急いで来ませよ地獄大王」

がシューイン「サマータイム」

ヴェルディ「燃ゆる炎」         他

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2019年8月 3日 (土)

№4141 ギャラリー「あら草香しら」

Dscn0739  恒例のギャラリー「あら草香しら」が、向かいのOhno家の庭の特設会場で始まった。このギャラリーは、Ohnoの奥さんKayoさんが夏の那須を楽しむ一つとして始めたものだ。もう10年にもなるかしら。

 そもそもKayoさんは、もう長い間自宅で期間限定のギャラリーを開いている。6月と12月の年二回、3週間ほど開くギャラリーである。このギャラリーには固定客が多く、いつも大盛況だ。そもそも私がOhno夫婦と知り合いになったのは、このギャラリーに女房が出展、お手伝いを始めてからである。

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 この番外版というべき那須のギャラリーも、Kayoさんが固定客に那須の自然を楽しんでいただき、一緒に避暑をしようという趣旨も持っている。8月2日に開店したが、朝から大勢の客が押しかけていた。お客さんの車のナンバーを見ると、埼玉の客というよりもむしろ那須ナンバーが多かった。那須の方にも、この展示会は広く知られるようになったからだろう。

Dscn0743  Dscn0741 Dscn0742   Dscn0744  展示品は何があるのかギャラリーを覗いてみた。物珍しいものはなく、いつものように婦人服、手作りの籠、アクセサリー、小物などだ。私の様な無粋な男には興味を引き立てられるものはないが、女性にとってはたまらない展示品のようだ。

 夕方には、埼玉からもお客様が到着したようだ。今晩は泊っていくという。夜、夕飯のおかずを差し入れてくれたKayoさんの話だ。ギャラリーは8月27日までやっている。時間のある方は、那須に遊びに来がてら尋ねてみてはいかがだろうか。

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2019年8月 2日 (金)

№4140 極暑の夏は那須で

 梅雨が明けたと思ったら、突然極暑がやってきた。あちこちから熱中症のニュースが伝わってくる。あまり冷房が得意でない私も、夜はクーラーをつけたまま寝てしまった。これはたまらん、ということで那須に行くことにした。

 ただ、最近の那須も暑い。以前は天国のように涼しかった。ところが、Matsukawaのお母さんも設置したようだが、クーラーなしでは暑さをやり過ごすことが出来なくなった。もちろん、「あるるのいえ」にはクーラーはない。せいぜい扇風機だけだ。まあ、それでも那須に向かおう。

 夏のせいか、国道新四号線は心なしか空いていたような気がする。那須までは140㎞余りだが、ほぼノンストップで那須までやって来た。途中でガソリンを満タンにしてきた。あまりに車が汚れていたので、そのガソリンスタンドで洗車をしてきた。

Dscn0737  女房が、「向かいのOhnoのお父さんにお土産に持って行って」というので、お化けキュウリを持ってきた。Ohnoのお父さんは、巨大キュウリが好きなのだそうだ。庭の菜園では、毎朝食べ切れないほどのキュウリが採れる。時々、葉の陰に隠れた巨大キュウリが採れてしまう。女房は、お父さんへのお土産として取っておいたものだ。お父さんい喜ばれたのはもちろんのことだ。

 少しは涼しいかと思ってきた那須だが、温度計は32度を指していた。下界に比べてやや涼しいが、それでも暑い。着ていた物が汗でびしょびしょだ。躊躇なく着替えた。洗濯機は、汚れものですぐに一杯になった。さらに、汗を拭いたタオルも加わった。朝起きて、すぐに洗濯をした。

 昼は暑い那須だが、さすが夜は涼しい。夜トイレに起きたときに温度計を見たら、23度だった。夜は、布団をかけて寝ている。ぐっすり眠れたのが何よりの救いである。

 今回は10日間ほど那須に滞在するつもりでいる。

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2019年8月 1日 (木)

№4139 蓮田Pasarの開業

Sdscn0718  テレビでニュースを見ていたら、蓮田の新たなサービスエリア「Pasar蓮田」が7月29日に開業したという。先日の記事で、新しいサービスエリアが8月にできるとお話ししたが、開業が早まったものらしい。早速見に行ってみよう。このサービスエリアは、高速道を使っていなくとも裏から入場できる。ただ、皆さんニュースを見たらしく、入場するのには長蛇の車列だった。20分ほど並んだかな。

Sdscn0719  ここは、わが街の新しいショッピングセンターにもなった。中にはスーパーやコンビニ、食堂街がある。「蓮田農産物コーナー」もあった。最近新設されるサービスエリアにはスーパーが流行となっているようだ。今話題のキュウリが、4本100円で売られていた。

Sdscn0721  福島の桃も山盛りに積んであった。農産物や果物は、東北自動車道の沿線から持ち運んできたようだ。那須のチーズやさんも出店していた。私は、お土産に4個500円の規格外れの桃を買った。自宅に持ち帰って食べてみたが美味しかった。

Sdscn0725  フードコーナーにも出店が多かった。全部で22店あるという。蓮田で一番のレストランも出店していた。私は昼食がまだだったので、このフードコーナーでかき揚げそばを食べた。

Sdscn0729  この新しいサービスエリアは「Pasar蓮田」という名前だそうで、従来のサービスエリアに比べて乗用車で二倍、トラックで四倍収容できるのだそうだ。さらに大きな特徴として、防災設備が完備しているという。ヘリポートの新設や防災設備の充実、毛布や水を備え、首都直下型地震があっても、2~3日は持ちこたえるらしい。

 ありがたいことに、ここはちょっとした買い物に便利だ。

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