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2019年9月22日 (日)

№4190 俳句仲間の新聞投稿が載る

 先日の句会で俳句仲間のYukoさんから、「シンさん、新聞は何をとっているの」と聞かれた。「私は長年朝日新聞」、と答えた。そしたら、「次の土曜日に、私の新聞投稿が載るので読んでね」とのことだった。「語り継ぐ戦争 平和のバトン」というシリーズに8載るのだそうだ。

 Yukoさんは句会ができた最初の俳句仲間で、かれこれ10年近い付き合いだ。ただ、彼女とは俳句の付き合いではあるが、どういう生活をしているのかはほとんど知らない。唯一彼女の作った俳句で、こういう生活をし、こういう考え方をしているんだと伺い知るのみだ。一緒に俳句を始めたにもかかわらず、彼女の俳句は私に比べて頭一つ抜き出ている。

 そして、彼女の作る俳句はハイカラだ。大体カタカナ語の俳句が出てくると、ああ彼女が作ったのだなと推測できる。最近でも「カフェの夕」とか「LINE」、「ワイン」などを詠んだ句を記憶している。いつも発想が新鮮だ、と感嘆仕切りである。彼女は関西出身のようで、関西訛りで話す。どこで生まれたのかは、つい聞きそびれているのだが。

 いつもではないが、時々彼女が提出する句に父母や生立の話が出てくる。そして21日(土)の投稿欄に彼女の『軍人だった父 苦しめた罪の意識』と題した投稿が載った。彼女のお父さんは9年前に亡くなったのだが、死後に遺書が見つかったようだ。その遺書によると、兵士だった時に上官の命令で民間人を殺害し、その罪の意識に戦後苦しめ続けられていたようだ。お父さんは寡黙で、そのことを語ることはなかったようだが。

 「生前、仏様や観音様に長い時間手を合わせていた父、あれは懺悔だったのだ。戦後何十年経っても、一生、人を苦しめるのが戦争だとあらためて思い知った」と綴っている。

 2年前にお母さんが亡くなり、父の遺書を探したが見つからなかったらしい。どうやら、母が処分してしまったらしいとのことだ。「子供には残したくなかったのか」と感想を述べている。そして、最後に彼女の句が載せられていた。

青春を父は語らず終戦日            遊子

 そういえば、私も中国に出征した父の話は聞いたことがない。聞いても話したがらなかった、という印象が残る。

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