« №4207 ゴルフ練習をしよう | トップページ | №4209 台風襲来に備えよう »

2019年10月10日 (木)

№4208 古地図を持って竜閑川を歩こう

 よほど東京に詳しい方でも「竜閑川」は知らないだろう。この日の参加者でも知っている人は誰もいなかった。この竜閑川は、江戸時代に神田川から大川(隅田川)に抜ける堀で、交通の要衝で舟運が盛んだったという。ただ、戦後昭和25年ころに戦災のがれきを埋め立て、今では堀の名残はない。誰も知らないわけだ。

Sdscn1011  この日の東京シニア自然大学NEXTの講座は、この堀跡を辿ろうというものだった。スタートは、神田駅の近くにある竜閑橋跡だ。かすかに橋の跡は残っていたが、もちろん堀の川はない。

Sdscn1017  ただ、ここをスタートして堀の跡をたどると、それらしき遺跡がたくさんあった。今はビルの狭間になっているが、まっすぐに伸びている幅3メートルの道があった。往時に比べて相当狭くなっているとのことだ。この下に暗渠が通っているのかどうかは知らない。

Sdscn1020  ただ、道沿いにはお稲荷さんがいくつもあった。さらに、この堀沿いには「時の鐘」があって、江戸一番に時を告げていたらしい。今では余所に移されてしまったという。

Sdscn1018  由緒ある建物もあった。この丸石ビルは昭和初期の建物で、皆さんもご存知の「丸石自転車」を作っていたという。自転車は、今の自動車のように当時の一大産業だったのだろうか。

Sdscn1023  小津製紙という会社に立ち寄ってみた。この会社には紙の史料館があり、誰でも見学無料とのことだった。広くて立派な史料館に、結構見るものも多かった。この小津製紙は伊勢商人で、江戸時代に三重から出てきたらしい。古くは『古事記伝』を書いた本居宣長がこの家の出だし、最近では映画監督小津安二郎がこの家の縁戚という。ここで、お土産に和紙を買い求めた。

Sdscn1032  お昼は、十思公園で摂った。十思公園は、江戸時代の伝馬町の牢屋敷跡だという。「吉田松陰終焉の地」の石碑が立っていたし、この牢獄で亡くなった高野長英や渡辺崋山、八百屋お七や鼠小僧治郎吉の説明書が掲げられていた。江戸時代の小説を読むと、必ず出てくるのが伝馬町牢屋敷だ。ここにあったことに感激した。

Sdscn1021  午後は、さらに竜閑川をさかのぼった。この竜閑川は、今の千代田区と中央区の区境ともなっていた。明暦の大火で焼けてしまったが、それまでは吉原もここにあったようだ。残念ながら、いまや何の痕跡もなかった。「大門通り」の名前だけが残っていた。

Sdscn1036  この近くに立派な料亭があった。「浜田屋」といい、ミタパン(?)の実家だそうだ。

Sdscn1038  人形町には「うぶけや」という古い刃物屋もあった。仲間で話していたのだが、産毛を抜く刃物という意味なのだろうか。こうやって古い街並みを歩いていると、いろいろな発見があって面白かった。

|

« №4207 ゴルフ練習をしよう | トップページ | №4209 台風襲来に備えよう »

東京シニア自然大学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« №4207 ゴルフ練習をしよう | トップページ | №4209 台風襲来に備えよう »