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2019年11月 8日 (金)

№4237 アユタヤ再訪

 
 今回のタイ訪問に際し、ガイドブック『タイ旅行最強ナビ』を買って読んできた。その本の一項に、「タイでの移動はレンタルバイクがおすすめ!」という記事があった。そういえば、チャンマイでもサムイ島でも、レンタルバイクを借りて走り回ったことを思い出す。この日は、バンコク市内でもレンタルバイクで探訪しようと思った。

 街でレンタルバイク屋がないか探してみた。バイクの集まっている場所で聞いてみたが、「そんな話は聞いたことがない」という。さらに、旅行会社でも聞いた。そしたら、「バンコクではバイクのレンタルはやっていない。チェンマイとは違う」とのことだ。仕方がないな。それじゃ今日はアユタヤに行ってこよう。

 その旅行会社でアユタヤツアーがないか聞いてみたら、「アユタヤに行くだけなら550バーツ、夕食付アユタヤツアーは1600バーツ」だという。まあ、ツアーでなくても一人で行けると思い、タクシーでアユタヤ行きのバスが出ているという北バスターミナルに行った。タクシー代120バーツ、アユタヤ行バス代70バーツでアユタヤに行けた。何のことはない、ツアーでなくても一人で行けるんだ。

Dscn1275  私はアユタヤには、30年ほど前にタイに初めて来た時に訪れている。もうすっかり忘れてしまったが、たしか首のない仏像がたくさんあったことを思い出す。ここでもレンタルバイク屋を探していたが、見つからなかった。暑いので自転車で巡るのも疲れると思い、トゥクトゥクに乗ることにした。3時間で600バーツという。タイではどこでもそうだが、値段交渉が大事だ。400バーツまで下げさして、乗ることにした。トゥクトゥクの運転手は、おばさんだった。

 結局トゥクトゥクに乗って成功したのは、意外とアユタヤの遺跡群は広かったのだ。目的地まで行って、ゆっくり遺跡見学ができるのが良かった。ただ、私はガイドブックを宿に置いてきてしまった。トゥクトゥクのおばさんは運転するだけで、ガイドするというわけではなかった。もっとも、彼女はタイ語しか話せなかったので、私もタイ語は理解できなかった。宿に帰ってきてから、回った遺跡が何だったのか調べた。

Dscn1287  アユタヤ王朝は、1300年代半ばから1700年代半ばまでの400年にわたり栄えた王朝だ。盛時には海外との貿易も盛んだったようだ。日本人町もでき、有名な山田長政なども活躍した。この王朝は、チャオプラヤー川を通して物資のやりとりをしていた。遺跡の脇には、チャオプラヤー川が流れていた。数年前、このチャオプラヤー川が氾濫して、アユタヤの街が水没したニュースが流れた事が耳新しい。

Dscn1270 Dscn1271  遺跡を見て思ったのだが、傾いているものが多い。作られたお寺はレンガを積んだものが多く、長年の重量に耐えられずに傾いたものだろう。だが、80mの高さがあるという「ワット・プーカオ・トン」という塔は、どう見ても建築時から傾いていたのではないかと思われた。塔の先端が曲がってグニャグニャしていた。

Dscn1284  首のない仏像が並んでいるお寺もあった。アユタヤ王朝末期に、ビルマ軍と激しい戦闘があり、勝利したビルマ軍が首をちょん切ったものらしい。今から見たらなんと酷いと思うが、当時の戦闘はそれほど激しかったのだ。

Dscn1301 Dscn1304  大木の根に挟まれている仏頭もあった。「ワット・プラ・マハタート」寺院にあり、この寺も半分崩れていた。ビルマ軍との戦闘が最も激しかったところだという。

Dscn1282  この遺跡群を訪問しながら思ったのが、隣国カンボジアのアンコールワット遺跡だ。アユタヤの遺跡も規模が大きいが、アンコールワットの遺跡はこれに倍しているのではなかろうか。3時間じっくり拝見して、バンコクに帰って来た時には、もう午後6時を回っていた。

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