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2019年12月13日 (金)

№4372 池上本門寺

Sdscn1604  昨日の記事の続きである。昼食後、向かったのは池上本門寺である。私は初めて行ったのだが、何もかにもが素晴らしかった。結果として、この本門寺訪問がこの日のコースのメインになった。入口に差し掛かると、長大な階段が待っていた。池上会館からエレベーターに乗ると、この階段はパスできるらしい。しかし、東京シニア自然大学のメンバーでエレベーターで行く人などいない、という人がいた。

 当然、私もこの階段を上った。この階段は「此経難持坂(しきょうなんじざか)」といって、加藤清正が寄進したのだそうだ。一体何段あるのだろうか、数えながら上った。96段の石段だった。あとで説明を受けたのだが、石段には工夫がしてあって、下の段は高く、上に行くにしたがって低い石段になっているのだそうだ。

Sdscn1605  本門寺の大堂は大きく、立派な建物だった。このお寺の由来を読むと、日蓮が入寂したのがこの地だそうだ。日蓮宗の三大聖地のひとつだという。この大堂はコンクリート製だったが、空襲で元のお堂は焼けてしまったという。昭和39年に再建されたというから、先の東京オリンピックの年だ。 

Sdscn1607  このお寺は、徳川二代将軍秀忠の加護を受けたらしい。墓地には徳川家を始め、たくさんの大名の墓があった。このお寺の観光スポットにもなっているらしい。世話人が用意してくれた資料によると、紀伊・徳川家、熊本・細川家、前田家、加藤家などの歴代のお墓が納められていた。他にもたくさんのお墓が並び、大寺を思わされた。

Sdscn1608  この日の池上本門寺のもう一つの目玉が、ここの和尚さんが直接案内してくれるとのことだ。世話人にこのお寺の伝手があったのだろうか。どこに行ってもそうなのだが、ガイドがいるといないではものの見方がまるで違ってくる。この東京シニア自然大学は、出来るだけガイドを頼んでいるのがいい。大堂のいわれからこの寺にまつわる様々なエピソードマで紹介してくれた。

 その中で一つ印象に残った話をしたい。この寺の本尊は、もちろん日蓮である。戦時中、このお寺が戦災にあうというので、本尊の疎開を計ったそうだ。あらかじめ本尊用の防空壕を用意していた。いざその防空壕に本尊を入れようとしたが、どうやっても入らないのだそうだ。戦災が迫っている中、仕方なしに一般の防空壕に本尊を収めた。空襲が終わって見てみたら、本尊用の防空壕が直撃弾で完全に潰されていたのだそうだ。

Sdscn1611  さて、このお坊さんは、大堂だけではなく墓地の中も案内してくれた。墓地の中にある五重塔は、徳川秀忠の寄進になるもので、1608年に建てられたものという。秀忠が重篤な疱瘡にかかり、死地を彷徨った。ある側室がこのお寺で熱心にお祈りをして、生を取り戻したという。そのお礼にこの五重塔が建てられたらしい。

Sdscn1612  このお寺の墓地の呼び物が、力道山の墓だ。北野武や芸能人の篤志で建てられた、とあった。今の若い人は、力道山など知らないであろうが、われわれ世代には英雄だった。この力道山の経歴を見てみると、亡くなったのが昭和39(1964)年だという。やはり先の東京オリンピックの年で、池上本門寺大堂の再建なった年でもあった。

Sdscn1615  そして、この日のハイライトがお寺の秘庭「松濤園」拝観だ。この庭園は普段は入場できないらしく、年二回の開放日だけと言っていた。小堀遠州が作庭した庭園だそうで、こんもりした森に囲まれた素晴らしい庭だった。

Sdscn1619  この庭にはもう一つの売り物があって、江戸末期、江戸城無血開城を巡って西郷隆盛と勝海舟が会談したのがこの庭園だったそうだ。会談したという四阿は残っていなかったが、その石碑は立っていた。

Sdscn1617  しかも、この庭園は紅葉真っ盛りで、黄色に紅葉した紅葉は素晴らしかった。参加者は、このお寺の名部である沢庵やお饅頭をお土産に買って帰っていた。

Sdscn1622  この日は、蒲田駅前で「東京シニア自然大学忘年会」が行われた。なんと32名もの大勢が参加していた。

【12月12日の歩行記録】8,469歩 5.7km

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