« 2019年12月 | トップページ | 2020年2月 »

2020年1月

2020年1月31日 (金)

№4422 今年最初の那須

 今年はまだ那須に行っていない。月一度は那須へ行こうと思っている私には、1月ギリギリになったが那須に行くことにした。その話を聞いて、女房はホッとしていた。実は飲料水がなくなっているのだ。

 朝食後、那須に向かった。今回の出発が早かったせいか、お昼過ぎには那須に着いた。今年初めてのことだが、向かいのOhnoのお父さんに挨拶に行った。1月はほとんど那須に滞在していたようで、まるで「那須の番人」のようだった。何をやっているのか聞いてみたら、「大工仕事をちょくちょくやっている。自宅にいてもやることがないので、那須に来ているのだ」そうだ。

 Ohno家には見慣れない同居人がいた。新しい猫だ。前にいた猫は病気で死んだそうだ。やはり一人は寂しいと、新しい猫を求めたらしい。「この猫は可愛い。どこに行くにも一緒についてくる。遠くに散歩するのも一緒だ。普通猫は気ままで一緒に散歩することなどないが、この猫だけは別だ」と話していた。お父さんの元気な顔を見てほっとした。

Dscn1867  さて、ちょっとした買い物で近くのスーパーに行ってきた。今年は那須も暖冬だ。お父さんの話しでは、那須は先日ちらちらと雪が舞った程度らしい。ただ、那須の山はやはり冬山だ。スーパーの近くから茶臼岳が見える。2000m近い高山だけに、矢張り真っ白だった。

Dscn1868  スーパーの帰りに、近くの本屋「那須ブックセンター」に立ち寄った。今年のカレンダーを買うためだ。久し振りに店主にお会いした。「今頃カレンダーを買うんですか。もう1月も末ですよ。『四季の那須』というカレンダーだが、今年は仕入れ過ぎて、カレンダーがだいぶ余っていた。ところが、不思議なことに今日一日で3本も売れた。結果としてちょうどいい仕入れ数だった」と話していた。

 早速指定の場所にカレンダーをかけた。これで、【あるるのいえ】も新年を迎えることになった。

【1月30日の歩行記録】6,246歩 4.2㎞

| | コメント (0)

2020年1月30日 (木)

№4421 今日は何を教えてくれるかな

 1月15日に始まった「シニアのためのWindows10で学ぶ上級者パソコン教室」は、3日目に入った。毎回講座を受講するたびに、パソコンの奥の深さを知らされる。さて、今日は何を教えてくれるのだろうか。

 私はこの講座で、クラウドをマスターしたいと思っている。だが、なかなかしっくりいかない。OneDriveとOneNoteを勉強しているのだが、先生に教えられるとできる。ただ、自分一人になると心もとない。この講座は上級講座と銘打っているが、要するに基本をしっかりマスターしようということだろうか。

Photo_20200129135301  この日の繰り返して学んだのは、「設定」についてだ。「windowsの設定」画面はいつも見ているつもりではいるが、それでは一つ一つについてみているかというと、そうでもないことが分かった。

 まずは自分のパソコンがどういうデバイスか、最新になっているかどうかを確認した。宿題は、「デバイス情報をOneNoteにsnippingtoolで切り取り、貼り付けろ」というものだった。それこそ、私はsnippingtoolを毎日のように便利に使っている。ところが、もしかしたらこのtoolがなくなってしまう可能性もあるというのだ。それに代わる切り取り方法を教えてくれた。

 Windowキー+shiftキー+Sで切り取り画面が出るという。自宅でも試してみたら、なるほど切り取り画面が出た。パソコンには唯一絶対ということはなくて、この方法がダメなら別の方法が用意されているという優れものだ。講座の最初で「更新とセキュリティ」でupdateはしておいた。

 「デバイス」「個人用設定」「アプリ」「アカウント」「プライバシー」などの項目も一つ一つ開けては点検した。こういう項目があるのは知っていたが、点検したのは初めてのことだ。まあ、別に目新しいことはなかったが、一度開けて確認することは必要だね。

【1月29日の歩行記録】11,344歩 7.6km

| | コメント (0)

2020年1月29日 (水)

№4420 天鷺ネット

 先日田舎の同期で新年会をやった事をブログに書いたら、さっそく、田舎のShouちゃんからメールがあった。このメールは私にだけではなく、「天鷺ネット」を通して会員全員に配信されていた。

 天鷺ネットというのは、同期の仲間でメールアドレスのある人がネットワークを組んでいて、今は会員が25名ほどいる。わが郷里は城下町で、お城は天鷺城といった。そこからとったネーミングで、もう始めて15年にもなるかな。そもそも当時の町会議員でもあったSadami君が、町政報告で始めたネットワークであった。彼は盛んにこのネットワークを通して情報を発信していたが、その彼が亡くなってしまった。

 その後、田舎に住んでいるShouちゃんなどが中心になって、このネットワークを維持していた。その時々の田舎の話も聞けて、会員は楽しみにしていたのではないか。北海道に住んでいるKiyoshi君や福島に住むMinoru君なども、時々話題を提供していた。ところが、大半の人は情報が来るのを楽しみにはしているが、自分から発信することはほとんどなかった。そういう私も読むには読むが、積極的な発信者じゃない。

 そのうち下火になって、だんだん発信する人はいなくなった。それはそれで寂しいものである。ただ、何人かはときどき私のブログを読みにきてくれているらしい。そのおかげで、秋田県の読者が増えている。やはり、待っているだけではだめで、自分で積極的にかかわらなければだめ、と反省している。

 Shouちゃんちゃんのメールで、私の書いた記事でKoji君の情報が分かった。年賀状を出しても「宛先不明」で返ってきたのだが、昨年の5月に亡くなったとのことだ。こういう話は東京ではわからなく、田舎にいると伝わってくるものなのだ。

 Shouちゃんからは、びっくりするような情報もあった。仲間が鳥海山に登ったらしい。そこでクマに襲われたという。「抵抗するまもなく、すぐうつぶせになって防御したようですが、腕を咬まれ引搔かれ、くまが逃げたのてすぐ下山したが、途中今度は後ろからの不意打ちでリュックを前足ではたかれ、地面に仰向けに倒されたそうです。自力で下山し矢島警察署まで車を運転し救急車で搬送され、何針か縫って、感染症を防ぐため1週間ぐらい入院、医者からよくこれだけで済んだね、奇跡的ですと言われたようです。」怖い話ですね。

 また、今年は秋田も暖冬で、ほとんど雪がないという。お陰でパークゴルフを楽しんでいるらしい。

 私は、久し振りにネットワークで皆さんにメールを書いた。私のブログ記事のURLも添付しておいた。さらには、ブログで公開しなかった写真も二枚添付して送信した。

 私はメール記事を書くのは億劫ではない。毎日ブログ記事を書いているほどだから、むしろ情報発信には熱心だ。ただ、同期の皆さんに共感していただけるような情報が発信できるかどうか不安なのだ。

【1月28日の歩行記録】6,747歩 4.5km

| | コメント (0)

2020年1月28日 (火)

№4419 戸越銀座を歩く

Sdscn1851  姉の見舞いを済ませて、戸越銀座商店街を「銀ブラ」してきた。この戸越銀座も外国人の人気スポットのようだが、この日は通行人は多かったが、外国人には出会わなかった。一体、この商店街の何に人気があるのだろうか。

 小さな間口の狭い店がたくさん並んでいたが、これはという特徴のある店は見つからなかった。同行した横浜の姉と女房が、お腹が空いたというのでイタ飯屋に入った。私はすでに昼食を済ませていたので、その間、喫茶店でコーヒーを飲んで同行者の昼食が終わるのを待った。

Sdscn1853  さらに商店街を歩いていたら、女房があるカーテン屋に入った。カーテンが欲しかったわけではなく、カーテンの端切れが欲しいのだそうだ。店には出ていなかったが、たくさんの端切れがあった。女房は目をギンギラギンに光らせて、端切れを選んでいた。気に入った沢山の端切れを見つけたらしい。つられて、姉もエプロン用にと一枚買った。

Sdscn1854  このカーテン屋を右に曲がったところに、「戸越八幡宮」があった。先日の東京シニア自然大学の講座で訪問している。せっかくだから、拝んで帰ることにしよう。

Sdscn1856

さて、女房は一日自分の部屋に籠っていた。いずれ端切れで何かを作っているのだろうと思っていたら、バッグができたよと見せてくれた。戸越銀座に行ったときに持っていたバッグを、横浜の姉が欲しいと言っていた。姉用にと作ってあげたのだそうだ。

【1月27日の歩行記録】9,331歩 6.3㎞

| | コメント (0)

2020年1月27日 (月)

№4418 世代交代進む大相撲

Photo_20200127100701  昨日日曜日に終わった大相撲初場所だったが、ダークホース徳勝龍の優勝で幕を閉じた。これまで幕内と十両を行ったり来たりの徳勝龍の優勝にびっくりだ。辛口の解説者北の富士も「こんなことってあるんだね」と驚いていた。千秋楽で貴景勝に勝って涙を流す徳勝龍に、あらためて感動を覚えた。そういえば、このところほとんど白鵬が優勝していて、こんな場面は観ていなかった。なお、徳勝龍の優勝は幕尻では20年ぶり、奈良県からは98年ぶりの優勝だったという。

 優勝インタビューで、徳勝龍が「私がこんなところに立っていいのでしょうか」という挨拶に初々しさを感じた。

Photo_20200127100901

 それにしても、初場所は世代交代の大きな波が押し寄せていることを鮮やかに表していた。何よりも衝撃だったのが、二日目の白鵬対遠藤戦だ。白鵬が投げ飛ばされて、背中から転がされた。久しく白鵬のこういう姿は観ていなかった。この衝撃があったのだろうか、白鵬は早々に休場を決めた。もう一人の横綱鶴竜も、その翌日には休場してしまった。初場所は、二人の横綱の休場で幕開けだった。

 さしもの白鵬も衰えが目立ったし、鶴竜も3場所連続の休場で進退が間近に迫ったのかと思われる。さらに二人大関の豪栄道も負け越して、大関陥落が決まった。来場所からは大関一人になる。上位がこんなにフラフラしているのに、果たして大相撲は大丈夫か。

 ただ、新たな風が吹き始めている。新鋭を数えてみても、朝の山、遠藤、北勝富士、正代、豊山等錚々たるメンバーだ。しかし、時代のホープが万全かというと、なかなかそうも言えない。

 間違いなく、次の世代のトップに立つのは朝の山だろう。ただ、今場所の朝の山の相撲を見ていても、まだまだ不安は残る。押す圧力は強いのだが、意外ともろい。コロッと転がされてしまうのだ。北の富士も言っていたが、まだまだ稽古が足りないということだろう。さて、相撲協会も上位の衰えとともに次の横綱、大関が欲しいところだ。次の大関に一番近い朝の山に点数が甘くなるかな。

 遠藤も序盤は目覚ましい活躍をしていたが、後半は地金が出たというか、負けちゃいけない相手に簡単に負けていた。北勝富士も強いところと弱いところがはっきりしている。初場所優勝を争った正代も、今場所は強かったが本当のところは分からないな。ひところ次代の大関と目されていた御嶽海もすっかり影が薄くなった。

 この日の新聞解説でも報じていたが、最近の相撲取りの稽古量が圧倒的に少ないし、内容が薄いという。稽古はウソをつかない。質量とももっともっと充実する必要がある。土俵上には宝が埋まっている。徳勝龍のように、誰でも優勝できるチャンスがある。今年は大きく変わるのではないだろうか。楽しみである。

【1月26日の歩行記録】11,160歩 7.5km

| | コメント (0)

2020年1月26日 (日)

№4417 郷里の仲間で新年同期会

 私の年代の同期の仲間は、ほぼ現役を引退している。とはいっても、まだ仕事をしている人もいるので、同期会の設定を平日にするのか土日にするのか、また、昼にするのか夜にするのかでなかなか難しい。まあ、世話人の一番都合の良い日時を決めて、この指とまれというしかないね。ということで、私の都合のいい日に同期会の日程を決めた。

 仲間に神田駅周辺の地理に明るいKinちゃんがいる。いつも会場は彼に任せている。今回は、平日の午後3時に会場設定をした。女性の中には、「早い方がいい」と賛成してくれた人もいた。20名に葉書で案内を送ったが、11名が参加の返事をくれた。なかに一人返事のない人がいた。事情を聴くと、彼は透析をやっていて酒は飲めないらしい。

 もう一人気になる同期生がいた。Koji君で、彼は今までも同期会には出てこないが、律義に年賀状はくれていた。それが、今年出した年賀状が「宛先不明」で帰ってきた。彼は独身を通していたので、参加者の中に事情を知っている仲間はいなかった。

Sdscn1834 Sdscn1835  さて、今回の会場はどこか。神田駅から歩いて3分ほどのところにあった大衆飲み屋だった。静かで料理もよかった。どうしてこういう会場を知っていたのかKinちゃんに聞いたら、「後輩に聞いてこの会場に決めた」のだそうだ。

Sdsc_0016  参加者は大体固定していて、いつもの仲間だ。さて、この日の話題の中心は、昨年5月末に郷里で行われた「喜寿まで待てない同期会」であった。私は、その時に撮っていた写真をプリントアウトして持って行った。集合写真は6枚ほどプリントアウトした。その会には50人ほど参加していたが、何人かは私の名前の知らない人だった。亡くなった人も結構いるね。

Sdscn1846  いずれ、田舎の話、仲間の話、家族の話、健康状態などいつもの話題が中心だ。飲み放題の店といえども、皆さん昔ほど飲めなくなったね。午後3時に始まった会だったが、午後5時までということで店を出た。店を出たはいいが、まだ明るかった。相当飲んだはずなのだが、まだ若干飲み足りない。「Kinちゃん、二次会はどこにする」と聞いたら、「マカセナサイ」と入ったのがガード下のやきとり屋だった。

Sdscn1848  お腹いっぱいのはずが、山のように出てきたやきとりをペロッと食べた。このやきとり屋は美味しかったね。ただ、人気のある店のようで、1時間という制約付きだった。いい具合に飲んで出たのが午後6時だ。私はそれで帰ったが、有志はカラオケに行ったのかな?

【1月25日の歩行記録】9,958歩 6.7km

| | コメント (0)

2020年1月25日 (土)

№4416 歯科治療

 10日ほど前から歯を磨くと浸みてくる。あれ、虫歯かな。2年ほど前に歯を完全に治したはずなのに、再発したのだろうか。私は、歯科治療は健保診療所に任せている。町の歯医者に行くと、延々と待たされる。時間指定の医者にしても事情は同じだ。それが、健保診療所に行くと時間指定通りで、待たされることがないのが良い。交通費をかけてまで行く価値がある。

 たまたまこの日は上京の用事があったので、歯科診療の予約をした。診てくれた先生は、女医であった。今までは男性の医者がほとんどだったが、私にとってこの診療所では初めての女医だ。

 上の左の歯の詰め物がはずれたのではないか、そこから浸みていると自己判断をしていた。カルテによると、前回の歯科治療は1年半ほど前だという。例のようにこのブログで検索してみた。2018年5月11日の記事に「№3796歯科治療を終わる」という記事があった。その時に完全に歯は治ったはずなのに、また再発したのかな。

 先生は「久しぶりなので、レントゲンを撮って歯の様子を見てみましょう」といった。レントゲン室が診療室の隣にある。アッという間に撮ったレントゲンの写真を先生が見て、「前に治療した部分に虫歯があります。しかも3本も侵されています。そのうちの2本は、神経まで届いているようです。その部分が浸みているのでしょう。今日はしませんが、他の日に虫歯の神経を抜く必要がりますね」とのことだった。

 この日は、穴の開いたところにセメントを詰めて、治療を終わった。そして、来週の治療日を決めた。次回は神経を抜くので、治療に1時間ほどかかると話していた。来週、また健保診療所に治療に来る必要がある。しかし、この診療所は全面的に信頼できていい。そういえば今年の年賀状で、友人のToshiちゃんから「シンさんに勧められて、健保の歯科診療所に通っています」というコメントが寄せられていた。

 私は、歯磨きは寝る前の一回きりだ。女房は、食後には必ず歯を磨いているようだ。私の歯の磨き方が少ないのかな、それとも下手なのだろうか。

【1月24日阿野歩行記録】9,753歩 6.5㎞

| | コメント (0)

2020年1月24日 (金)

№4415 宝登山の蠟梅鑑賞

 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「宝登山で蠟梅を見て、長瀞岩畳を歩く」があり参加してきた。宝登山の蠟梅鑑賞は二度目の講座だ。このブログの便利なのは、記事検索できることだ。前回はいつ行ったのか検索してみた。2017年1月19日に、「№3313 長瀞の自然散策会」の記事があった。

Sdscn1801  この東京シニア自然大学の参加者は、私もそうだが第一期生が多い。前回も参加したのは大半が一期生だった。やはり二度目の講座となると参加者も少なくなる。さらに寒さに加え、遠いというハンディもあって、この日の参加者は13名と少し寂しかった。前回と違ったのは、朝からボランティアガイドが付き、午後はもう一人のボランティアガイドも加わった。ただ、今から考えると、この日の講座にボランティアガイドは不要だったかもしれない。

Sdscn1806  前回は、ロープウェーに乗って頂上を目指したが、今回は登山道を歩いて上るという。長瀞駅は標高140mくらいのところにあり、宝登山頂上は491mだ。標高差350m余りだが、そんなに苦はないだろう。さらに馬鹿にならないのは、毎日歩行記録を記しているように、私は歩いたり登ったりするのが苦にならなくなったことだ。1時間半ほどの登りで頂上に着いた。このようなハイキングは、天気が大いに左右する。天気予報は曇りだったが、頂上は雲一つないお花見日和だった。平日にもかかわらず、結構お客さんが多かった。

Sdscn1816  蠟梅は5分咲きといっていたが、ほぼ満開でなかったのか。この宝登山の蠟梅は、黄色やピンクなどいろいろな種類があり、12月から6月ごろまで楽しめるとのことだ。

Sdscn1815  蠟梅を嗅いでみたが、かすかに甘い香りがした。宝登山頂上には蠟梅のほかに梅や桜の木がたくさんあり、一年を通して楽しめるようになっているらしい。今回は、帰りにロープウェーを使って下山した。頂上で買ってきたおにぎりを食べたが、チョットお腹が減った。ロープウェーを降りて、皆で昼食を摂った。

Sdscn1824  さて、午後は麓から長瀞までの散策だ。新たなボランティアガイドと一緒に、寶登山神社から玉泉寺を巡り歩いた。そして訪ねたのが「オショウジンとオオワラジ」を飾っている場所だ。毎年7月末の日曜日、このオオワラジと梵天のお祭りがここ長瀞では行われるとのことだった。

Sdscn1828 Sdscn1829  さて、長瀞の虎岩と岩畳の散策だ。この岩畳は国の天然記念物らしいが、昨年9月の台風19号で壊滅的な打撃を受けたようだ。今でも爪跡が生々しかったが、荒川の水が20mも上がった。河川敷の木のてっぺんにまだゴミが付着していた。イヤ~~、すごかったんだね。徐々にではあるが、地元の有志が修復に取り掛かっているといっていた。

Sdscn1830【1月23日の歩行記録】4,772歩 3.2km

| | コメント (0)

2020年1月23日 (木)

№4414 1月の定例句会

 前号の記事の続きになるが、午前中のパソコン講座に引き続き、午後は定例句会があった。今日はその句会報告である。

 嬉しいことに、また新入会員が一人増えた。この句会は始まって丸8年になるが、最初からの会員はYukoさんとTaeさん、それに私の3人だ。当初、この埼玉県民活動総合センターの「俳句講座」に参加した人は30人ほどいた。句会に参加したのはそのうち12~3人だったが、一人減り二人減りして、現在は創立会員は3人のみだ。

 その後、出入りがあったり別の句会と合併したりで、今では9人である。そして、今回一人加わり10人となった。出入りした人の中では、着物を着る参加者に披露するのを楽しみにしていた人もいたし、プレバトを見て俳句をやろうと決意した人もいた。ただ、この会も8年もなるとある独特の雰囲気があるのだろうか、馴染めずに去って行った人が多かった。先生は、いつも「去る者は追わずだ」といっている。

 そして10人の句会だが、人数的に丁度いい。残念なのは、創立会員のYukoさんとTaeさんの二人は心境著しく、どんどん俳句が上手になっていくのに対し、私は相変わらず現状維持なことだ。途中入会のTsukushiさんの入会も大きかった。彼の俳句は独特の言葉使いで、参加者をいつも唸らせている。この句会に参加する前も、どこかで俳句をやっていたらしい。

 さて、今月の私の俳句の評価はどうだったのだろうか。先日も申し上げたが、一人吟行で神田明神や湯島天満宮を歩きながら作った俳句が大半である。まあ、いつものように評価は低かったが、丸の句も×の句も紹介したい。

合格祈願天神絵馬や鈴なりに

 この句の「鈴なりに」がゆるいという評価を得た。慣用表現で面白くない。俳句は自分の言葉で語らなければだめと×だった。「鈴なり」は朝日の天声人語で見つけたが、やはりだめだったか。

松七日参拝客の絶えし宮

 絶えしの「し」がよくないという。この句会では思いつかないが、自宅に帰って添削してみようといってくれた。そして唯一評価を得たのが次の句だ。

役者絵の羽子板飾る鄙の家

 この俳句には、会員からも二人の得点を得た。ただ、高得点者には4点も5点も取る人がいる。この日参加した新会員は、4点をとっていた。残念ながら先生の評価は低かったのだが。この新人も、どこかで俳句をたしなんでいたらしい。ドンドン置いて行かれてしまうね。

【1月22日の歩行記録】20,702歩 13.9km

| | コメント (0)

2020年1月22日 (水)

№4413 Windows上級者講座第二日目

Img20200121094339  この日は、朝から夜まで埼玉県民活動総合センターに詰めていた。午前中は、朝9時半から「Windows上級者パソコン教室」の第二日目だったし、午後は別の教室で「定例句会」があった。トータル7時間の勉強で、帰ってきたらくたくたになった。

 「鬼の講師」Naoko先生の講座はとくに辛かった。前々からクラウドの勉強をしたいと思っていたのだが、この日はOneNoteとOneDriveの勉強だ。本当にNaoko先生がパソコンに精通しているのがよくわかる日だった。

 先週もこのブログに講座の様子を書いた。先生は私のブログを読んだらしく、「記述の間違いがありましたので訂正を。メールのアカウントもブログに載せてははいけません」とのチェックが入った。もちろん、指摘されたことはすぐに訂正したのだが、私の書く記事を先生が読んでいると思うと、緊張が走る。厳しくも優しいという意味で、あえて「鬼」としたのだが他意はないので誤解のないように。

 さらに優しい先生のメールには、「シンさんはマイパソコンを持参するでしょうから、一番後ろの広い席を確保しましたよ」とあった。その配慮にも感謝したい。ところが、この日の授業は持って行ったマイパソコンを使うどころか、先生の授業を聞くので精いっぱいだった。

 私は、今までも先生から何度もクラウドについて習ったつもりでいたが、ほとんど理解していない。もちろん概念は分るのだが、いざ実際にソフトを使う段になると難しい。先生からは、毎回宿題が出されている。OneNoteに「自分のパソコンの使用状況を記すように」という宿題と、「スマホはどんな機種を使って何をやっているのか記せ」という二つの宿題だった。

 OneNoteに書いたはいいが、ただ書いただけでアップできるのかどうか不安だった。さらにExcelでスマホの機種を書いたのだが、書いただけで共有できるものか不安が残った。

 この日勉強したのはクラウドで、クラウドはメールのように「送信」などしなくても、書いただけで「共有」できるといいうのだ。どうも、その仕組みがよくわかっていない。先週も書いたが、私のwebメールにはoutlook.juとlive.jpという二つのドメインメールがある。この日の授業でoutlook.jpでOneNoteに入ろうとしたが、どうしても入れなかった。どうしてだろう、サブ講師に聞いてみた。「シンさんのwebメールは、live.jpで先生は登録しているようよ」とのことだった。

 この日は、webメールの基本を何度も繰り返し勉強した。私が今メインに使っているgmail.comも一種のwebメールだという。それならgmailだけでよさそうなものだが、webメールのよさは別にあるという説明だったが、何がよいのかこの日の講座ではチョット理解できなかった。まあ、まだ始まったばかりだから、追々勉強していくとしよう。

 この日は、また新たな宿題が出された。自分のパソコン、またはスマホのセキュリティ対策をどうしているのか、調べてくるようにとのものだった。一週間はあっという間にやってくる。何か毎日忙しい日が続いているが、暇を見て宿題の返答をしよう。その前に私のパソコンにOneNoteをインストールしなくっちゃね。さて、この日のブログ記事に先生の訂正がはいるかどうか心配は心配だ。

【1月21日の歩行記録】1,937歩 1.3km

| | コメント (0)

2020年1月21日 (火)

№4412 来日外国人の好きな意外な場所

 私は、あまりテレビは観ない。根気がなくなったせいか、特に連続ドラマを見ることはない。女房が熱心に見ているNHKの朝ドラにも関心がない。だが毎週唯一楽しみにしているのが、テレビ東京の月曜夕方7時からの「YOUは何しに日本へ?」という番組だ。空港で外国人に取材し、なぜ日本に来たのか、日本のどこに行ったのか、どこが良かったのかを聞く番組だ。なかには「密着取材」と称して、その観光客に同行する場合もある。

 昨年日本を訪れた外国人は3000万人を突破したという。日本中どこに行っても、外国人を目にするのが珍しくなくなった。何より面白いのが、外国人が行く自分の知らない日本を発見することだ。来日外国人もよく研究をして来日しているようで、インターネット検索を便利に使っているようだ。

 そういう中で、先週の土曜日のテレビ朝日の番組で「ニッポン視察団!」という放送があった。なんとなく見ていたのだが、来日して東京観光をした外国人1000人にアンケートして、 東京で最も印象に残った場所を聞くものだった。2時間番組だったが、面白くて最後まで観てしまった。 

 朝4時に起きて、大勢の外国人が行く場所があった。豊洲市場の寿司屋だった。遅く行くと2時間待ち、3時間待ちになる人気の寿司店のようだ。店に来る7割は外国人で、店長が6か国語で外国人に対応するのにも感心した。おすすめのセットが5000円弱の寿司にも驚いた。私のように回転寿司にしか行かないものにとって、そんな高い寿司など食べたことがない。

 プロレスも高い人気のようだ。テレビ放映のないプロレスなど最近見たことはない。観客の7割は、やはり外国人のようだ。アメリカ人にインタビューしたのを見ると、「アメリカでのプロレスは、エンターテインメントの様相が強い。こんなに真剣に戦うプロレスの試合を観て興奮した」と話していた。一体、プロレスは東京のどこでやっているのだろうか。私も見てみたくなった。日本の漫画を目指してくる人も多いね。

 もう一つ印象に残ったのが、スカイツリー下にある水族館だ。ここも人気ポイントの一つというが、私は知らなかった。小笠原近海で釣り上げた珍しい魚が展示されているようだ。この水族館で働いている従業員の「魚愛」が凄かった。機会をみて一度行きたいもの、と強く感じた。この番組を一緒に見ていた女房は、銀座での色付き筆ペンにえらく興味を持っていた。「私の誕生日プレゼントに欲しい」そうだ。銀座が文房具の街、というのも初めて知った。

 番組に参加していた芸能人に、人気スポットの1位から3位までを予想させていた。誰でもが予想したのが、スカイツリーとか東京タワーとか浅草だ。ところが1位に上がったのは、誰も予想していなかった「西新宿」だった。ヘ~、来日外国人に西新宿ってそんなに人気があるスポットだったのだ。私も何度か行ったことがある商店街だが、そんなに人気があるとは思わなかった。一度、じっくり訪ねてみたい。

 【1月20日の歩行記録】8,446歩 5.7㎞

| | コメント (0)

2020年1月20日 (月)

№4411 不審なメール

 「お問い合わせの事項がありますので電話をください」というメールが入っていた。電話番号が045なので、神奈川県からの電話のようだ。こういう問い合わせというのは気になるものだ。電話をしてみよう。

 電話をしたら、若い声の男が出た。「あなたが使った有料のゲームソフトの使用料が払われていません」という話だった。いつからかという問いに、昨年一年だという。支払いがないので12月で使用を停めましたが、昨年一年間の使用料29万円余りを支払えという話だった。ハハー、これは詐欺電話だなと気が付いた。

 私が今使っているスマホは、昨年の7月にっ買ったものだ。半年しか使っていないのに、どうして一年間の使用料がかかるのだ。しかも、有料アプリなどは使ったことがない。ばかばかしい話なので、すぐに電話を切った。

 そもそも知らない電話にコールバックする方が間違っているんだよね。この電話はすぐに詐欺と気が付いたのだが、だまされる人もいるのだろう。これだけ毎日のように詐欺に騙されないようにとのアナウンスが出ているが、それでも何千万円も騙されている人がいるようだ。

 私の家の黒電話は、留守電機能が付いている。ほとんど家(いえ)電には出ることがないのだが、それでも時々出るとほとんどがろくでもないセールスの電話だ。ただ、時々必要な電話がかかってくるのから厄介だね。2~3日前にも長男から電話があって、携帯にかけたが出ないので家電にしたといっていた。

 だまして奪ったお金は暴力団の資金源になっていることもある。まずは、自分で自分を守ることが大切だ。

【1月19日の歩行記録】8,019歩 5.4㎞

| | コメント (0)

2020年1月19日 (日)

№4410 一人吟行

 前号の記事の続きになる。胃カメラ検査を終えて、お気に入りの散歩道を通って帰った。実は1月の句会の俳句が、まだ一句も仕上がっていない。散歩がてらに吟行をして、俳句を作ろう。目指すは10句だ。特に、湯島天満宮で梅の俳句を詠みたいと思っていた。

Sdscn1793  御茶ノ水駅から、先ず目指すのは神田明神だ。ゆっくり歩いて15分ほどだった。この神田明神の大門は、きらびやかで鮮やかだ。天気も良かったし、境内全体が華やいでいた。さてこの明神の中で句材を見つけよう。

Sdscn1794  何度もこの神田明神に来てはいるのだが、今まで気づかなかった大きな大黒天の像があった。お参りの行列ができていた。「二列にお並びください」という札が立てかけてあったので、人気スポットの一つなのだろう。案内書を見ると、石造りでは日本一大きな大黒天像、とあった。この像の後ろには、かわいい恵比寿様の像もあった。ここで一句できそうだ。

Sdscn1797  さらに、この明神裏に歴史的建造物の民家があった。玄関には、役者絵の羽子板が飾ってあった。入場は有料なので外から羽子板を見ただけだったが、羽子板も季題である。この日は電子手帳と俳句手帳を持参していて、気が付いた俳句をその手帳に書いていった。この日も作句目標は10句だ。この神田明神界隈で3句ほど作った。

Sdscn1798  さて、次の目標は湯島天神だ。胃カメラ検査で朝食抜きだったので、天神様の前で朝食兼昼食を摂った。平日の昼だったが、境内は混んでいた。この天神様にとって、今が書き入れ時なのだ。受験を志す子、その親などの参拝客が大勢いた。「合格祈願」の絵馬も鈴なりに下がっていた。この光景でも2~3句できそうだった。

Sdscn1799  この日の目標は、この境内の梅だ。「探梅行」という季題で俳句を詠もうと思っていた。ところが残念ながら、梅はほとんど咲いていなかった。本宮の脇の白梅がちらほら咲いている程度だ。梅を詠む俳句は無理かな。それでも、この境内で2~3句ほどを作句した。

 帰りは、御徒町のアメ横を通って帰るのが私のお気に入りのコースだ。お正月が過ぎて、モノの値段がずいぶん下がっていた。大きなタコが2000円だったし、筋子が一パック500円ほどで売っていた。まぐろの刺身も驚くほど安かった。だが冷やかして歩いただけで、何も買わないで帰ってきた。

 さて、自宅に帰ってこの日の様子から10句ほど作った。ただ、残念ながらほとんどものになっていない。5句だけ選んで推敲を重ねよう。何度推敲しても、必ず直しはある。俳句はわずか17字の詩なので、一字一字がおろそかにできない。なんとか今月の課題の俳句は用意できた。俳句は、自宅の机の上ではできない。歩いてみて初めて着想を得る。

【1月18日の歩行記録】3,329歩 2.2km

| | コメント (0)

2020年1月18日 (土)

№4409 今年も胃カメラ検査

 健保診療所で「胃カメラ検査」をはじめてもう7~8年になる。そもそもこの胃カメラ検査は、定期健診のバリューム検査でピロリ菌を見つけることができなかったことに始まる。定期検診の後すぐに、胃の痛みを感じた。検査してみたら、バリューム検査では分からなかったピロリ菌によるものとわかった。すぐに除菌をしたのだが、それ以降はバリューム検査ではなく、胃カメラ検査に切り替えた。

 当初は、胃カメラが喉を通るときにものすごい違和感を感じて、吐き気が凄かった。ところが慣れるにしたがって、違和感は減少している。胃カメラ検査は、患者もモニターで画面を見ることができる。いつも思うのだが、内臓はピンクできれいなものだね。

 カメラは、食道を通って胃に入るのだが、食道と胃の噴門に逆流性食道炎がみられるらしい。これは毎年指摘されていて、「とはいっても軽いもので、何ら心配することがありませんよ」と言っていた。カメラはそのまま十二指腸まで入り、上に上がってきた。何も食べていない胃はぺちゃんこだったが、何かを入れて胃を膨らました。

Photo_20200118085101  「昨年の検査ではポリープが見られましたが、今年は小さくなり、目立たないほどです。胃の表面はきれいで、若いですよ。ただ、若干ピロリ菌除菌の跡が見られますが、これも問題ないでしょう」とのことだった。検査は10分ほどだったが、医者は席に戻ってさらに詳しく説明してくれた。その上で、この胃カメラ検査は今後も続けるようにとのサゼッションがあった。本当に懇切丁寧な検査であった。

 この健保診療所は業界の人が利用しているので、知り合いに会うことが多い。この日会ったのは、先輩で長く一緒に仕事をしていたDさんだ。彼とは、在職中は毎日のようにお酒を酌み交わしていたが、退職してからめったに会うこともなくなった。10数年振りの再会だった。「シンさん、イメージが変わったね。こんなにふっくらしていたっけ?太ったの」と言っていた。

 いやいや、私は在職中とほとんど体重は変わっていない。ただ、Dさんは随分老いていた。「しようがないよ、私も来年で80歳になる」とのことだった。立ち話だったが、昔の仲間の消息も聞いた。私は3年ほど社宅に住んでいたが、その時の仲間Yさんの話になった。彼は歩けなく、車椅子生活で老人ホームに暮らしているようだが、心配は奥さんも倒れて動けないことの事だった。Yさん一家とは家族ぐるみの付き合いだった。

 Dさんとはもっと話していたかったが、彼もその後の予定があるとのこと、後ろ髪を引かれる思いで別れた。

【1月17日の歩行記録】10,763歩 7.2km

| | コメント (0)

2020年1月17日 (金)

№4408 2019年はどれだけ読んだか

 毎年の年初には、前年に読んだ本の報告をしている。何度も言うようで申し訳ないが、私は読んだ本の「読書ノート」を記録している。そして、月次、年次の「読書記録」もつけている。ちなみに、読書ノートは、一番古い記録は1991年(平成2年)であった。もちろんその前から本は読んでおり、そのノートを見ると3670冊の記録である。

 さらに、「読書記録」を繙くと、きちんとこの記録をつけ始めたのは2003年であった。17年間の月次、年次記録が残っている。私が定年退職したのは2006年11月である。退職以前は年間100冊程度の本を読んでいたが、退職後数年は年間140~150冊程度、そしてこの7年ほどは年間160冊以上の本を読んだ記録がある。

 最高に読んだのは2018年の171冊であった。さすがそこまでの水準まではいかなく、2019年は163冊、63,355頁の読了で終わった。一ヶ月平均では13.6冊、5,280頁である。最近では高齢とともに目がかすみ、読書に難儀することも多くなった。ただ、私は近眼なので、眼鏡をはずすと活字を追うことができる。老眼の人は老眼鏡をかける必要があり、それで本を読むのをやめたという話を聞く。

 さて、それでは誰の本を多く読んだのか、作家別の調査をしてみた。トップ10は以下の通りだった。

①内田康夫 8冊

②楡周平 6冊

②久坂部羊 6冊

②赤神諒 6冊

⑤堂場瞬一 5冊

⑤鳥越碧 5冊

⑤柴田哲孝 5冊

 以下4冊読んだ作家は、馳星周、佐々木譲、村山由佳、火坂雅志の4作家だった。

 ジャンルとしてはどういう本を読んでいるのだろうか。やはり一番は歴史小説である。ざっと数えてみたら42冊あった。4分の一が歴史小説だ。結構ミステリーも読んでいるが、最近ミステリーと純文学の境がなくなっている。

 それではどういう本が印象に残ったか、書名を上げてみたい。帚木蓬生『襲来』、飯島和一『星夜航行』、山崎光夫『曲直瀬道三』、門井慶喜『家康、江戸を建てる』、赤神諒の大友もの、梶山三郎『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』などであった。2019年1月1日から12月31日までの一覧表を打ち出してみたが、年初の本はほとんど覚えていないが、年末に読んだ本は印象に残る。

 ただ、2019年の一番といったら山崎光夫『曲直瀬道三』ではなかったかな。645頁の大作ったが、一挙に読んでしまった。

 2020年に入り、読書は順調に進んでいる。私の今現在の唯一の楽しみは「読書」だ。さていつまで続くものやら。

【1月16日の歩行記録】9,186歩 6.2㎞

| | コメント (0)

2020年1月16日 (木)

№4407 ブログをどう残すのか

 今日の新聞記事に、「生前つづったSNSやブログ どう残す?」の記事が載っていた。ツウィッター社は、半年以上使われていないアカウントは削除すると発表したようだが、遺族から「亡くなった人のツィートは思い出そのもの」と削除反対の意見が強く、方針を取り下げたという記事であった。

 最近、ブログもそうだが、ツィッターやLine、FacebookやYouTubeで情報発信する人が増えている。当然、そういう方が亡くなっても情報は残る。運営会社も、亡くなった方の情報をそのままにしておくと、いずれパンクするのは目に見えている。悩みは深いようだ。

 私の周りにもそういう事例があった。彩の国いきがい大学大学の同級生、みっちーが亡くなったのは2014年8月であった。彼女はブロガーで、頻繁に記事を投稿していた。私は、彼女が亡くなった後も時々そのブログを見に行っていた。彼女が亡くなって半年ほどたった時、遺族の処置だろうか、突然ブログを閉鎖してしまった。

 亡くなった後に残ったSNS情報をどうするのか、それは亡くなった本人の問題ではなく、もっぱら遺族の問題である。遺族が、思い出のために残したいと思うのか、プライバシーを守るために閉鎖するのか、それは自由だ。これはSNSの広がりとともに新たな問題である。

 私のブログも、今号で4407号になる。正確ではないが、たとえば一号当たり1000字の活字が残っているとしたら、4,407,000字の記事になる。例えば本として残すとしたら、10冊以上の単行本に相当するのではないか。もちろん、本など出版するつもりはないのだが。

 わが家で、私のブログを読んでいる人はいるのか。女房は時々覗いているようだが、子どもたちはほとんど訪問していないようだ。ただ、親族の中には私の消息を知るために、しょっちゅう訪問しているという話も聞く。

 このブログは、私が生きて来たあかしでもある。遺族が、亡くなった後は閉鎖するも続けるも自由だ。まあ、そんなに意味のあるブログでもないので、閉鎖してもやむを得ないかな。

【1月15日の歩行記録】10,177歩 6.8km

| | コメント (0)

2020年1月15日 (水)

№4406 「上級者パソコン教室」始まる

 私は最低一年に一回はNaoko先生のパソコン講座を受けようと思っている。昨年は、やはり2月に「パソコン応用講座」を受講している。頭が悪いせいか、教わったことはすぐに忘れてしまう。特に、普段使っていない技術は残っていない。

 昨年の11月に、埼玉県民活動総合センターで「シニアのためのWindows10で学ぶ 上級者パソコン教室」が開かれるのを知り、さっそく申し込んでおいた。この講座は、1月から2月にかけて火曜の午前中に行われる全6回の講座だ。さてどういうことを教えてくれるのだろうか、楽しみである。

Sdscn1779  いつもこの講座に参加するときには、私のモバイルパソコンを教室に持ち込んでいる。教室のパソコンと同時並行で、私が持ち込んだパソコンも起動した。この事を知っているのかどうかはわからないが、私の席は一番後ろの広々とした席だった。早速このパソコンを見つけたアシスタント講師のKobayashi先生に、「シンさんのパソコンは性能は良いが、アップデートをしていませんね」と指摘された。先生の指導でWindowsの仕様をみてみたら、バージョンは1808であった。最新バージョンが1908であるから100も古い。

 この講座では、もちろんバージョンアップの仕方も教えてくれた。それと問題になっていたのが、私の「メール署名」の修正だ。これも聞いてみると何のことはない。受信メールの右上にある「設定」で「署名」の修正をすれば済む話だった。

Sdscn1781  この講座の受講生は24~5名で、私が知っている人は一人もいなかった。ほとんどがシニア世代なのだが、いつも受講するときには大概一人や二人の知り合いには会うものだ。時間は、午前9時半から12時半までの3時間授業だ。しかし、学ぶということは楽しいとあらためて思った。

Sdscn1778  大半が私にとっては既知の事柄だったが、それでも復習の効果は充分にある。Naoko先生の講座はいつもそうなのだが、彼女が作った自前のテキストを用意している。当たり前といわれればそうなのだが、先生はどこに何が書かれているのか知っているので、ほとんど教科書を開くことはない。むしろ、サブテキストというか添付の4枚つづりの表で授業を進める。

 ほとんど既知とはいうものの、忘れている技術も多い。「フォルダーの圧縮と解凍」も以前習った気もするが、私にとっては新鮮なテクニックだった。これを使えば撮った写真を縮小しないで送れるようだ。ただKobayashi先生が言うには、「送れるのは25Mbサイズくらいまでのもので、シンさんの写真の100Mb以上の大きなサイズはダメですよ」ということだった。ウ~~ム、残念。

 私は、普段使っているメールはGmailだ。サブとしてYahooメールを使っている。ただこの講座ではライブメールでとのことなので、あらためて私のライブメールを確認した。000@outolook.jpというアドレスが確認できた。しかし、このアドレスは講座以外では使うことがないね。

 試みにこのアドレスを開いてみた。昨年の講座でOneNoteを使った記録が残っていた。このOneNoteもほとんど使っていないので、完全に忘れてしまっている。今回の講座では、クラウドの勉強をしたいと思っている。OneNoteもその一つだろう。

 自宅に帰り、とりあえず2台のパソコンのバージョンアップをし、最新のバージョンにしておいた。

【1月14日の歩行記録】4,514歩 3km

| | コメント (0)

2020年1月14日 (火)

№4405 爪水虫はどうなったのか

Sdscn06711  昨年の7月24日の記事で、「№4231 爪水虫」について書いた。右足の親指の爪に爪白癬が居ついて、もう何年にもなる。痛くも痒くもないのだが、やはり気になる。思い切って医者に行き、薬を処方してきてもらった。その時の爪の状態が、上記写真だ。その薬を塗り始めてもう半年近くになる。爪白癬は女房も罹っていて、一緒の薬を塗り始めている。

Dscn1777_20200113104201  さて、薬を塗り始めて半年たった今の爪の状態だ。薬は夜寝る前に塗っているが、だいぶ薄くなったね。ほとんど目立たない。薬も2回ほど処方してもらったが、もう無くなってしまった。医者は少なくとも1年間は塗り続けるように言っていたが、さてどうしたものか。もう一度医者に行って、処方してもらうかな。

  さて、3か月ぶりに医者に行ってきた。医者の見立てでは、「だいぶ薄くなりましたね。根元などは完全に消えてしまいました。最初にも言いましたが、一年ほど薬を塗ると消えてしまうでしょう。ただ注意してもらいたいのは、爪の表面だけに薬を塗り、くれぐれも爪の先から内部に入れないでくださいね。被れてしまいますよ」と話していた。

 私はその方が効くと思い、一生懸命爪の間から中に塗っていた。それじゃいけないんだ。

【1月13日の歩行記録】7,039歩 4.7km

| | コメント (0)

2020年1月13日 (月)

№4404 第3回「桟雲」新年句会

 もう恒例となったかもしれないが、Yamahiko先生が主宰する「桟雲」の俳句会新年会が開かれ、参加してきた。会場は大宮のソニックシティ9階会議室で、参加者は11句会の42名だった。私が所属する「伊奈桟雲の会」からは5名の参加だった。本年最初の会に、あちこちで新年の挨拶が交わされた。私は、さっそく高校の先輩Senshuさんに新年の挨拶をした。彼は機関誌1月号に私の「津軽旅情の吟」に特別鑑賞評を載せていただいたので、そのお礼も兼ねた。

Sdscn1755  早速朝9時から句会が始まった。一人3句の投句で、全部で126句が集まった。私も先日の「川越七福神詣り」を題材に3句を投句した。これだけ大勢の俳句名人の投句の中なので、私の俳句は選句対象になるとは思ってもいなかった。会員の投句短冊を一人約11句に分け、清記した。清記だけでも大変な作業だった。それを10時まで仕上げ、選句もしてくださいとの主催者の話だ。大半の人がその時間には仕上がらなかった。15分ほど延長された。

 さて参加者が選句した俳句の披講が始まったが、4つのテーブルからそれぞれ一人が選ばれて会員の選句を読み上げた。披講された作者は、自分の名前を名乗る必要がある。わが句会の参加者の名前が選句対象で読み上げられた時には、晴れがましい思いがした。Mahoさん、Taeさん、Yukoさんと読み上げられる回数は多かった。特にMahoさんの句には5~6人の点数が入ったものがあった。幸か不幸か、私の句にも点数を入れてくれた人が一人いた。

Sdscn1756  先生の講評が始まった。これはあくまでも先生の選句であり、参加者の点数の多い少ないとは別だった。その先生の選句に、私が作った句も入っていた。3句のうちで1句でも選ばれたら上出来だ。その句は以下ののものだ。

襟立ててひと日七福神詣り

 先生の講評は12時近くまで続いた。その後懇親会があるというので、講評は途中で打ち切られた。わが句会のTaeさんの句は点数が多く入ったが、先生の選句対象とはならなかった。彼女にとっては不満だったのかな。

Sdscn1769

 さて、近くのレストランで懇親会が始まった。昨年の会場は食べ物が少なかったとのことで、別の会場に移した。たしかに懇親会は2時間半だったが、この会場の食べ物や飲み物が尽きることはなかった。

Sdscn1763  この日は、恒例の《第三回桟雲新人賞》の表彰がおこなわれた。選ばれた方には、賞状と記念品が授与された。授与された二人からは、喜びと感謝の挨拶があった。式はここまでで、この後は自由な飲み食いが始まった。私はビールを飲み、赤ワインをいただいた。

Sdscn1771  余興の時間となり、わが句会のMahoさんが持参のギターを取り出した。彼女のギター伴奏に合わせて、皆さんが合唱した。私はMahoさんとはそんなに深い付き合いはないが、こんなにギターが上手だとは思わなかった。そしたら、他の会員が「彼女はギターだけではなく、絵や書道も上手なのよ」と話していた。へぇー、そういう人だったんだ。

Sdscn1776  その後、落語家の落語があり、最後はわがSenshuさんの詩吟と締めの三本締めがあった。なかなか和やかで、良い新年句会であった。

【1月12日の歩行記録】6,516歩 4.4km

| | コメント (0)

2020年1月12日 (日)

№4403 ウォーキング

 糖尿病予防にウォーキングを始めてもう一ヶ月になる。ブログの最後に【歩行記録】をつけている。私はなんでも記録するのが好きで、さっそくExcelデータで【歩行記録】を作った。前にもお話ししたが、私のスマホには「ステップトラッカー」というアプリが入っている。このアプリは気が付かなかったが、買ったときから歩行記録を刻んでいた。

 とりあえず11月から今日までの記録をつけてみた。何ら歩こうという決意のなかった11月の記録は、一ヶ月で133,805歩(一日平均4,460歩)だった。12月10日から歩行記録をつけ始めたのだが、12月は270,818歩(平均8,736歩)であった。12月は一体いくら歩いたのだろうか、これも記録に取っている。総距離数で133.9kmであった。そして1月10日までは98,523歩(平均9,852歩)、66.2km(平均6.6km)であった。

 こういう記録をつけていると、歩く励みになるね。とにもかくにも歩こうと、最低一日1時間半くらいは歩く。私の生活は、大体が午前中はブログ書きや整理に費やされる。そして昼食後、家を飛び出す。さて今日はどこまで歩こうか、それを楽しみに家を出る。以前もお話ししたが、隣駅まで歩き、電車読書をして帰ってくることもあれば、見沼代用水の散歩道を歩くこともある。

Sdscn1746  最近見つけたのが、素敵なレストランだ。【EnotecaViento】という畑の中にあるレストランだ。お店に入って見ると、食事が中心にようだ。お茶だけでもいいかと聞いたら、「もちろんOKですよ」とのことだった。窓際に座ってしばらく読書をしたが、どうも落ち着かないものだね。30分くらいで店を出た。

Sdscn1749  また別の日に歩いていたら、この店のすぐわきに【Viento】という店を発見した。上のレストランから100m離れたところにある。姉妹店なのだろうか。この店は、「杜の中で静かにお茶が飲める」のが売りだそうだ。入店するには靴を脱ぎ、草履に履き替える必要があった。すでに何組かの客はいたが、幸い窓際の二人席が空いていた。何時間いても居心地は悪くなさそうだ。

Sdscn1752  さっそく着席をし、コーヒーを頼んだ。そして本を読む態勢を整えていたら、店主の奥さんだろうか、「菜の花を差し上げます」と持ってきた。有難くいただくことにした。そして1時間半ほど本を読んで帰ってきた。このコースで約8000歩、5km内外であった。コーヒーを飲む楽しみ、読書の楽しみもあるので、このコースはお気に入りの一つだね。

 自宅に持ち帰った菜の花は、夕食の胡麻和えになった。

【1月11日の歩行記録】11,394歩  7.6km

| | コメント (0)

2020年1月11日 (土)

№4402 世界不安定要因の主犯

 ひところは第三次世界大戦になるのではないかと不安視されていた中東情勢が、どうやら一段落したようだ。この原因を作ったのが、アメリカ大統領トランプである。戦争をしていないにもかかわらず、イランの司令官をテロで殺した。こんな無法なことは許されるものではない。当然怒ったイランは、アメリカに報復を宣告した。再度、中東で戦争が始まるかと世界に緊張が走った。

 前大統領のオバマの時代、イランと先進国で核に対する合意が成り立った。この合意を一方的に破棄したのがトランプだ。変な話だが、トランプはオバマの決定をことごとく翻している。国の社会保険法、キューバとの国交正常化、そしてイラン問題だ。北朝鮮の金正恩との交渉を自分の成果と大々的に自慢しているが、それにしては何も動いていない。

 要するに、トランプの政策は場当たり的で、その当座をしのげばよいというものだ。従って、朝令暮改はしょっちゅうである。こういうトップがアメリカ大統領をやっていると、世界に不安要因をばらまいているようなものだ。トランプに習えと、世界には「ミニトランプ」の政権が続々と出来ている。イギリスやブラジル、フィリッピンなど「自己中」だらけだ。自分の国だけ、いや自分だけがよければいいという政策だ。

 今年の秋には、アメリカの大統領選挙がある。困ったことに、このトランプには根強い人気がある。岩盤層という約40%のアメリカ人がトランプを支持しているという。他の層を切り捨てても、この岩盤層向けにだけいい顔をしているアメリカ社会には、深刻な亀裂が走っているという。その亀裂を助長するのがトランプだ。そして、それでいいとしているところに救いはないなと思ってしまう。

 そもそもトランプが当選するときには、彼は共和党では泡沫候補といわれていた。その泡沫候補がアメリカ大統領になるとこのようになると、教えてくれるようなものだ。何ら定見もなく、その権力に尻尾を振り、恥じない某国の総理大臣もいる。

 こういう時にこそ、アメリカ民主党は対抗馬を出せばいいものの、こちらもほとんどが泡沫候補だ。今回の中東問題もそうだが、すべての事件はトランプ再選に向けてのパーフォーマンスに映る。トランプが再選されて、さらに4年続くかと思うと、本当にうんざりだね。

【1月10日の歩行記録】7,890歩 5.3km

| | コメント (3)

2020年1月10日 (金)

№4401 U23日本、初戦破れる

 1月8日にタイのバンコクで始まった「AFC  U23アジア選手権サッカー」には、注目している。この大会は、一方ではオリンピック出場権も兼ねている。4組16チームで争う大会は、日本はオリンピック開催国で出場権は決めているが、上位3か国に東京オリンピック出場権が与えられる。とはいっても、出場権をえているとしても日本チームは金メダルを狙っている。この大会で圧倒的に勝利したいところだ。

 日本が属するB組は、サウジアラビアとシリア、カタールの3国で、この組で上位2位に入ると決勝リーグに進出できる。昨日はNHKのBS放送で、午後7時からシリア対カタール戦、午後10時過ぎから日本対サウジアラビア戦が放映された。私は、一晩サッカーを見ていた。それにしてもこの大会は、厳しい日程の中で行われる。決勝まで勝ち抜くと、18日で6試合戦わなければならない。

Photo_20200110103201  日本には、この年齢に世界で活躍する黄金世代がいる。久保建英、南野拓実、堂安律、中島翔哉、富安健洋等である。残念ながらそれぞれのチーム事情で、この選手たちはこの大会には出場していない。海外組で唯一出場しているのが食野亮太郎だけだった。それにしても世代交代が激しすぎて、日本の出場選手はほとんど知らないメンバーばかりだった。

 午後10時15分に始まった対サウジ戦、戦いが進行するにしたがって、サウジは強いと分かった。これは容易に勝てる相手ではない。前半は日本は押され気味だった。サウジの決定的なシュートがあったが、ゴールキーパーの大迫がよく守った。それに対して、日本のデフェンダーは甘かったし、FWの小川航基には見るべきものがなかった。しばしばデフェンスが破られていた。それでもかろうじて前半は零封に抑えた。

 ゲームが動いたのは後半に入ってからだ。後半戦が始まった直後、サウジに先取点を奪われてしまった。サッカーで何といっても有利なのが先取点だ。これはヤバイなと思っていたが、5分後に日本の食野が同点弾を入れた。その後は日本の球回しがようやく軌道に乗ってきた。それでもしばしば日本の守備陣は破られていた。

Photo_20200110103301  どうしてああいうことが起きたのだろうか、試合終了間際に、ゴール前での日本の安易なバックパスが相手に奪われ、決定的なPKとなった。いかに上手なゴールキーパーでも、PKは簡単に止められない。案の定、勝ち越し弾を許した。そこから日本が盛り返そうとしても、時すでに遅かった。日本は破れた。

 いつも思うのだが、森保一監督の決断はいつも遅い。この日も信じられないことだったが、4分のアデッショナルタイムの2分過ぎに2選手を交代させた。交代選手が残り2分で何ができるというのだろうか、遅すぎるのだ。安易なバックパスをした選手も責められるが、私は森保監督の用兵こそが最大の戦犯と思った。

 ネットを見ると、これで日本の決勝リーグ進出絶望とあった。私はそうは思わないが、今後相当厳しい戦いを余儀なくされることだけは間違いない。それにしても、ガッカリだったね。

【1月9日の歩行記録】9,076歩 6.1km

 

| | コメント (0)

2020年1月 9日 (木)

№4400 川越七福神めぐり

 この日は、東京シニア自然大学NEXTの今年最初の講座「小江戸川越散歩~川越七福神めぐり」があった。参加者は、お正月早々にもかかわらず22名と大勢だった。どうしても気になるのが、講座開講日の天気である。この日は、お昼を中心に大荒れとのことだ。中止の連絡があるのかと思っていたが、決行だそうだ。

Sdscn1713  川越駅に集まって、お正月の挨拶をした。世話人があらかじめ用意していた「小江戸川越七福神めぐりごあんない」の地図を片手に出発した。この地図には、七福神のお寺の案内があり、それぞれのお寺のスタンプを押せるようになっていた。駅から7~8分の所にあったのが、第一番の妙善寺だ。この寺に祀っているのは、毘沙門天だった。

Sdscn1715  川越の七福神めぐりの特徴は、それぞれのお寺に水琴窟があるとのことだ。お参りをしながら、この水琴窟の妙なる調べも聞いて歩いた。よく聞こえる水琴窟もあれば、響きの悪い水琴窟もあったのは面白い。

Sdscn1718  さらに驚いたのだが、川越には堂々とした立派なお寺が多いということだ。どうやら徳川幕府のお膝元というので、幕府に手厚く保護されていたようだ。それにしては各お寺の七福神は、そんなに立派なものではなかった。どうやら、七福神めぐりなどといわれはじめたのは、近年のことではないかな。

Sdscn1725  天気予報通り、お昼ごろに着いた喜多院付近では土砂降りだった。予報では、午後になると雨が上がるという。早めにお昼ごはんにして、この雨をやり過ごそうよ。第五番連馨寺のお寺について、それぞれ好きなお店でご飯を食べることにした。集合は午後1時半とのことで、1時間半もあった。

Sdscn1732  この列の一番最後にいた4人で、鰻を食べることにした。お正月早々だから、少しぐらいの贅沢は許されるかもしれない。入店したのは、「いちのや」という鰻屋さんだ。私は川越には何度も来ていて、車でこの鰻屋の前は通っていたが、入るのは初めてだ。前々からのこの鰻を食べたいと思っていたが、夢が実現した。

Sdscn1731 Sdscn1730  案内されたのは広々とした座敷だ。ここならゆっくり鰻が食べられそうだ。鰻は高い。一番安いうな重を頼んだ。それでも3200円とのことだ。やはり期待通り、ここの鰻は絶品だった。埼玉には鰻どころとして浦和と川越がある。浦和では何度か食べたことがあるが、川越の鰻は初めてのことだった。ここで鰻を食べた4人は、それぞれに「われわれ老人には残された時間は少ない。好きな時に美味しいものを食べるのは許されるのではないか」と勝手な理屈をこねた。

Sdscn1729  さて、集合時間の午後1時半には雨が上がっていた。皆さん、ラーメンを食べたりオムライスを食べたなどの報告を聞いたが、さすが鰻というグループはいなかった。午後に残った七福神は、布袋尊と弁財天の二つだ。無事七福神めぐりを終えた。

Sdscn1743 Sdscn1744  意外に思ったのは、仲間の中で川越は初めてという人が多かったことだ。早々に解散して、それぞれがおのおのの好きな川越を散策した。菓子屋横丁といい、蔵の街といい、時の鐘といい、見るところは多い。

 わがのん兵衛グループ7人は、駅前の一杯飲み屋で「反省会」と称した飲み会をやって帰ったのはいうまでもない。

【1月8日の歩行記録】22,478歩 15.1km

| | コメント (0)

2020年1月 8日 (水)

№4399 12月に読んだ本

 毎月の月初めに、前月読んだ本の報告をし、次月への反省としている。この記事はブログを始めた当初からの定例記事だから、もう12年も続いている。このブログの良いところは、皆さんに報告することによって、自分を鼓舞し発破をかける要素があることだ。読者に恥ずかしい報告はできない、と常々思っている。

 何事でもそうなのだろうが、本を読むのにはバイオリズムがあるね。ドンドン読める時とほとんどはかが行かない時がある。これって何なんだろうかと時々思ってしまう。それが、面白い本を読んでいる時もつまらない本を読んでいる時も同じである。読書の一番の峠は、100頁だ。100頁を超えると勢いで読んでしまうが、その頁が遠い時がある。その時の特効薬が「電車読書」だ。電車に乗ると、いやでも応でも読まざるを得ない。

 さて、12月は15冊・5785頁の本を読了した。いずれ2019年の読書総括の時に述べたいが、昨年の中では高水準の読書量だった。11月と12月は、昨年の低水準の読書量にギアを上げて、なんとか一年間の体裁を保った形になった。というのも、いつもその月に何頁読んだか、その年はどうだったかを睨みながら本を読んでいるからだ。

 それでは12月に何を読んだのか報告し、2~3冊の感想を述べたい。

柴田哲孝『銀座ブルース』292頁 双葉社 2009年7月刊

大沢在昌『俺はエージェント』517頁 小学館 2017年12月刊

植松三十里『帝国ホテル建築物語』333頁 PHP研究所 2019年4月刊

熊谷達也『浜の甚兵衛』333頁 講談社 2016年11月刊

梶山三郎『トヨトミの野望』381頁 講談社 2016年10月刊

梶山三郎『トヨトミの逆襲』285頁 小学館 2019年12月刊

楡周平『クーデター』493頁 宝島社 1997年3月刊

佐伯一麦『還れぬ家』441頁 新潮社 2013年2月刊

柴田哲孝『GEO Great Earth Quake』433頁 角川書店 2010年2月刊

藤田宜永『銀座 千と一の物語』391頁 文藝春秋 2014年3月刊

本城雅人『時代』413頁 講談社 2018年10月刊

村山由佳『はつ恋』249頁 ポプラ社 2018年1月刊

好村兼一『いのち買うて』411頁 徳間書店 2016年5月刊

久坂部羊『祝葬』270頁 講談社 2018年2月刊

奥田英朗『無理』543頁 文藝春秋 2009年9月刊

Sdscn1554  12月に最も夢中で読んだのが、梶山三郎『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』であった。梶山三郎とは誰なのか。著者紹介では、経済記者で覆面作家とある。読んでいると、某大手経済新聞社の記者であろうことがわかる。『トヨトミ』という題だが、これも一見してトヨタ自動車の権力闘争を書いた小説だと分かった。現在進行形の経済小説なので、匿名にしたのだろうか。

 こういう経済小説というのは、事情が分かると面白いね。この小説はほぼ事実に則って書かれているようだが、フィクション経済小説を書く池井戸潤の小説なんかも面白いね。この小説を読みながら、トヨタ自動車の歴代社長を検索した。本当に感心してしまうが、ネット情報にはありとあらゆるものが載っている。「トヨタ自動車 歴代社長」の検索で、名前がずらっと出てくるのは、この小説を読むのに役立った。

 『トヨトミの野望』は、主としてトヨトミの社長を巡る権力争いが描かれていた。豊田家に刃向った社長は誰なのか検索してみたら、どうやら第八代社長の奥田碩のようだ。豊田家は、トヨタの株を2%しか持っていないようだ。しかし、あらゆる経営企画に口を出していた。豊田家を棚上げしようとしたクーデターに、内部情報で奥田は外されていった。

 あまりにも面白かったので、発売直後の『トヨトミの逆襲』も買ってすぐに読んだ。この新刊は、現社長豊田章男を巡って書かれた小説で、2022年までの未来小説でもあった。現在世界のトップ企業でもあるトヨタの、今後の行く末を見通して非常に面白かった。この小説は、二冊一緒に読んだ方がいいね。

Sdscn1442 Sdscn1635  最近、好んで柴田哲孝の本も読んでいるね。私は当初柴田哲孝をノンフィクション作家だと思っていた。最初に柴田の本を読んだのは、『下山事件』、『下山事件 暗殺者たちの夏』、『中国毒』などをを読んでいたからである。ところがどうやら最近柴田の読む本は、ほとんどがフィクションだ。

 『銀座ブルース』は戦後すぐの銀座に材をとりながら、小平事件、帝銀事件、昭和電工疑獄、下山事件などの大事件を読み解いていくハードボイルド小説だった。私にはなじみの太宰治や刑事平塚八兵衛なども出てきて、ノンフィクション仕立てになっていたが、矢張りフィクションだね。

 『GEQ』は、それこそとんでもないフィクション小説だった。題名からわかるように、この小説は大地震の話だった。刊行が2010年の本だから、まだ「東日本大震災」が起こる前年の話だ。主に取り上げられている地震は、1995年に起きた「神戸・淡路大震災」だ。この地震を含め、インドネシアのアチェ大地震、イタリアの地震などは皆某大国の謀略により、人為的に起こされたものだという小説だった。ばかばかしい話だとは思いながら、面白く読んだ。

Sdscn1636_20200107130001  読んでいてほっこりさせられるのが、佐伯一麦だ。佐伯一麦(和美)の小説にはあまり大きな出来事はない。いわば、佐伯家を巡る私小説のようなものだ。そんな何もない小説の中にも、矢張り小さいながらも山や谷がある。

 佐伯は仙台生まれで、今での仙台に住んでいるのではないか。一時は父親と対立して関東に仕事を求めていたが、父の認知症で仙台に帰ってきた。やがて父は死に、東日本大震災に見舞われた。父の死も大震災も、きしくも3月11日だった。妻との家庭内些事を語る話も好ましい。

【1月7日の歩行記録】8,286歩 5.5km

| | コメント (0)

2020年1月 7日 (火)

№4398 2019年はブログで何を書いたか

 昨年12月30日の記事で、通巻数が狂っている報告をした。昨年一年間、一体何を書いてきていたのか調べていて発覚した。その時から、昨年は一体何を書いたのかを検索していた。2019年1月1日№4033号でスタートし、12月31日の記事№4390号まで一年間で357本をアップした。今日は、そのカテゴリー結果をトップ10まで紹介したい。このカテゴリーを分析してみると、自分がこの一年をどう過ごしたのかわかって面白い。

①那須【あるるのいえ】 49本

 そもそもこのブログを始めたのは、那須での生活を紹介しようという意図だった。【あるるのいえ】がオープンしたのは、2007年5月1日だ。そしてこのブログがスタートしたのは、2008年1月22日である。

 那須【あるるのいえ】が開設当初は、年に94~5日も那須で滞在していた。畑をやったり、周囲の整備をやったりで結構忙しかった。畑仕事をやめてみると、那須で時間を持て余すようになった。このブログ記事の本数が、昨年那須に行った延べ日数である。名古屋の友だちUさんから「ブログの那須での野菜作りがなくなったのは残念」という年賀状が来ていた。

 いずれ、那須は開設当時に比べてものすごく暑くなった。女房にせかされているので、今年はクーラーを入れなければならない。暑くなってからではなかなか設置してもらえないので、5月くらいに入れるとしよう。

②俳句 32本

 俳句の記事もいつの間にか多くなった。毎月の定例句会の報告のほかに、様々な吟行参加、俳句を巡ってのあれこれの記事が多くなったようだ。当然のことだが、老人の手慰みの私の俳句は上達しない。もう少し本腰を入れてと思うのだが、さてどうなるだろうか。嬉しいこともあった。忘年会の席で、Mochiちゃんが「俳句がひところに比べて上手になったね」と褒めてくれたことだ。

 機関誌「桟雲」1月号でわが高校の先輩Senshuさんが、「津軽旅情の吟」三句ににコメントを寄せていた。簡単に紹介したい。

津軽路や十三の湖畔の蜆汁

 「作者は宿特製の味噌を使っての蜆汁を啜り、津軽路の春を味わっている句である」

白神や尾根に吹かるる山毛欅若葉

 「世界遺産の自然遺産としていまや脚光を浴び、世界各地より観光客が多く、ぶなの若葉が夏の陽を受けて照り輝き、目に眩しいほど壮観を呈している」

梅雨晴れの雲間に覗く岩木山

 「津軽平野から仰ぐ姿は美しく、作者の精進の賜物である」

③スポーツ 31本

 昨年のなんといってもスポーツのハイライトは、W杯ラグビー日本大会であった。日本チームが決勝リーグに這い上がって、ラグビー熱がグーンと上がった。私もそうだったが、俄ラグビーファンが日本に増えた。スポーツのカテゴリー31本の記事の内容を調べてみると、ラグビーが7本、サッカーが6本、野球が5本、マラソンが4本だった。

 以前はスポーツ観戦といえば野球だった。日本全体でもいえることかもしれないが、野球の比重は低くなったね。ラグビーは昨年の特異現象としても、サッカーの比重は上がっても野球が取り返すことはないかもしれない。なんといっても、サッカーはスポーツ観戦としても面白い。

 さて、今年はオリンピック・イヤーだ。今年の記事にはオリンピックの話題が増えるだろう。

④東京シニア自然大学 27本

 私が今活動舞台に置く中心は「東京シニア自然大学」である。昨年も27回の活動に参加したということだ。この活動が始まって早8年目に入る。良い仲間がいて、一緒に行動する楽しみを感じている。この運動はしばらく途切れることはないだろう。もちろん私が提案した時にも、終生の活動を目指した。何歳になっても「学ぶ」ことは楽しいものだ。

 今年もいろいろな活動が続く。私の今年の楽しみは、隠岐の島旅行と尾瀬探索だ。もちろん日帰りとはならない。何泊かしてくることになる。特に隠岐の島には、境港港から船で行くのだろうから、そこまで車で行き、帰りに尾道や四国の友を訪ねてロングドライブをするつもりでいる。尾道の友には、年賀状で予告をしておいた。

⑤ゴルフ 19本

 退職時には、これからのびのびとゴルフができる楽しみを抱いていた。ただあにはからんや、ゴルフに対する興味はそれほどわかなかった。をとるとともに飛距離が落ち、面白くなくなった。今では付き合いゴルフのみだ。ただある友だちが言ってが、「シンさんは新しいクラブを買うなど、考えが前向きだね」とのことだ。

⑥健康 18本

 やむをえないことではあるが、高齢化とともに体のあちこちにガタがきている。その都度このブログには書いているが、まあ、冥土に向かって一歩一歩歩を進めていることは疑えない事実だ。体と相談しながら、無理をせず一日一日を大切にしていきたい。

⑥読書日誌 18本

 毎月定期的に前月の読書報告をしているが、本を読むことは現在の生活の基本である。本当にどんどん読書が進むが、これもいつまで続くのだろうか。前にもお話ししたが、読むそばから忘れていくのも高齢のなせる仕業か。

⑧海外旅行 16本

 私は、一年に一度は海外旅行をしたいと思っている。ただ、年齢を重ねるにしたがって億劫になっているのも事実だ。昨年はバンコクに一人旅行をした。今年は、秋に20日間くらいの大旅行で、南アフリカに行こうと思っている。女房に「いつ行くの」と聞かれているのを見ると、彼女も行く気満々のようだ。

⑨住まい・インテリア 14本

 私の住む家は、もう築後43年ほど経過している。あちこちにガタが来ているが、これから新築するというわけにはいかない。昨年、次男にこの家を新築して一緒に住まないかと提案したが、一蹴された。まあ、だましだまし使って住んでいくしかないね。

⑩国内旅行 12本

 昨年の国内旅行のハイライトは、津軽路を4泊かけてドライブしたことである。この時に作った「津軽路旅情の吟」25句の俳句は忘れられない。昨年は、竹ちゃんの日本縦断旅行もこのカテゴリーで話題にした。

【1月6日の歩行記録】11,247歩 7.5km

| | コメント (0)

2020年1月 6日 (月)

№4397 2019年のアクセス解析

 ブログをやっている強みは、過去の記録を振り返ることができるということだ。毎年お正月に試みているが、昨年2019年、一体どれくらいの方が私のブログを訪問してきてくれたか、報告したい。私は記録魔というか、何でも統計をとっている。このブログ「シンさんちの《繭の里通信》2」は、2014年1月1日に立ち上がった。それ以前の「1」は記録していなかったが、「2」は6年間のアクセス解析は記録として残っている。

 私のブログ読者が、年間を通して一体どれだけの訪問があり、頁を見に来てくれたのかがわかる。2014年から2018年までの記録を報告したい。

          総アクセス数     総訪問者数

  2014年      41,135PV       27,707人

  2015年      42,312PV     27,005人

  2016年      41,423PV     26,706人

  2017年      44,980PV     27,769人

  2018年      40,917PV     25,179人

 この表を見ると、横ばいか2018年は若干下がっている。ちなみに、PVとはPageView(ページの訪問数)である。

2018 ちなみに、2018年の月別一覧表は上の図だ。4月中旬と8月中旬はピーンとアクセス数の上がった日はあったが、あとはほぼ横ばいだった。しかも年末になるにしたがって、アクセス数は振るわなかったのが2018年(平成30年)だ。アクセス数が下がったといって、私には打つ手がない。何しろ、私のブログは日々の平凡な記録だからだ。

2019  さて、昨年の2019年はどうしたことだろうか、前年の25%もアップした。きっかけは、このブログの運営のココログのリニューアルで、3月の何日かアップできない日があった。どうしたのか心配したのだろうか、毎日同じページなのに訪問者が増えた。これは私が意図したことではなく、ブログ運営者の不備によるものだった。昨年の結果は以下のようなものだった。

     2019年      51,334PV      27,048人

2019_20200105163201  訪問者数はそんなに増えてはいないが、PVが前年比125%である。多分大半同じ読者が毎日訪問してくれているのだと想像する。このアクセス解析のときはいつもやっているが、一体どこの県の人が見に来てくれているのか。これはいつも同じなのだが、絶えず秋田県が赤い。この数字は相対的数で、パソコンの普及度によるものらしい。

 それでは、絶対的訪問者が多いのはどこの都道府県だろうか。上位10位を記してみる。

①東京都 25.2%

②埼玉県 24%

③秋田県 8.2%

④千葉県 7.9%

⑤福島県 6.5%

⑥神奈川県 5.6%

⑦茨城県 4.9%

⑧群馬県 2.5%

⑨北海道 2%

⑩静岡県 1.8%

 以上みてくると、私のブログを見てくれている人はほとんど東日本に偏っている。ブログを書いていると、こういう分析の楽しみもある。今年もどうぞ訪問をよろしくお願いしたい。

【1月5日の歩行記録】7,425歩 5.0㎞

| | コメント (0)

2020年1月 5日 (日)

№4396 ちょっと遅めの初詣

Sdscn1707  ちょっと遅くなったが、初詣に行ってこよう。このところ初詣に行く神社は、らき☆すたで有名な鷲宮神社だ。鷲宮神社は自宅から20分ほどのところにあり、初詣の有り難さも感じられる。さて今日は5日だ。いつもはものすごく混んでいて、500mも参拝客が並んでいるのだが、今日はどうだろうか。

Sdscn1708  商店街にある無料駐車場に車を停めた。いつもはこの駐車場もいっぱいで、歩いて20分ほどの支所の近くでなければ停められない。ところが、この無料駐車場はガラガラだった。どうもいつもと調子が違うね。参道の参拝客も少ない。いつも並んでいる屋台にも人は少なかった。もう5日にもなると、初詣の時期は過ぎたのかしらね。

Sdscn1709  鷲宮神社にもほとんど参拝客はいなかった。お陰ですんなり参拝ができた。ただ、いつも福娘から頂くお守りは頂けなかった。まあ、こういう参拝もいいものだ。おみくじを引いたら「末吉」だったのは、そんなものかな。

【1月4日の歩行記録】10,266歩 6.9km

| | コメント (0)

2020年1月 4日 (土)

№4395 スポーツ観戦の正月

 お正月は、元日から3日にかけて魅力的なスポーツ放映があった。コタツに入りながらのスポーツ観戦は、平和で何ら変化はないが、それでも最高だね。結果を見てみたら勝つべきチームが勝ち、ほとんど驚くべき大逆転は起こらなかったのが、不満といえば不満だった。

 元日には、朝早々から実業団駅伝があった。群馬県での100㎞の駅伝だ。これまで旭化成が3連勝をしている。鉄壁の旭化成を破るチームが出てくるのだろうか、注目はそこにあった。この駅伝から日本の長距離選手は生まれている。今回も東京オリンピック出場内定の服部弾馬(トヨタ自動車)が出場していた。この実業駅伝も箱根駅伝もそうだが、駅伝は個人の力というよりもチームの総合力と強く感じた。

Photo_20200104113701  一人一人が傑出していなくても、それぞれの走者がそこそこの力を発揮することで、チーム力としての成績が出る。出場選手の裏にそれを支える多くの選手がいるチームが勝つ。旭化成のチームには、その力を感じた。結果として、旭化成の4連勝達成だった。勝つべきチームが、波乱なく勝った。

 元日の午後は、サッカーの天皇杯決勝が杮落しの国立競技場で行われた。私は鹿島のファンで、観戦に行きたかった。新しい国立競技場も見たかったね。ところが、検索してみたらすでに満員だった。仕方がないので、テレビ観戦で済ました。

 鹿島アントラーズの相手はヴィッセル神戸だ。鹿島は、主力選手が次々と海外に移籍して、チーム力がひところに比べて落ちている。それに対して、神戸は世界のサッカースターを次々と獲得し、まさにスター軍団だ。イニエスタにボドルスキ、試合の最後にはワールド杯スペイン大会の得点王ビジャまで投入していた。試合開始前、鹿島の不利を感じていた。ただ、鹿島はここぞの時には強い伝統のチームだ。

Photo_20200104113801  しかし、その予感は覆らなかった。それにしてもイニエスタは上手いね。チームの起点として、ボールはイニエスタから供給される絶対的なキープレーヤーだ。鹿島にはそんな選手はいなかったのとは対照的だった。神戸の先取点はオウンゴールだったが、それにしてもボドルスキのゴールへの突破力があればこそだった。あの突破力は、日本人選手には止められないね。前は鹿島の主力選手だった西大悟まで、今では神戸の主力選手だったのには驚くしかなかった。

 結果として、神戸は勝つべくして勝ったという感じだった。鹿島は相当体質改善しないと、再度トップチームに返り咲くのは難しいと感じた。来期は、鹿島はブラジルから新監督を迎える。さてどうなるか、期待したい。

Photo_20200104113901  2日の注目のスポーツは、何といってもラグビー大学選手権の準決勝で、秩父宮ラグビー場で行われる。ラグビーの大学選手権で一番面白い試合は、この準決勝といわれている。私も何度か観戦したことがあるが、昨今はラグビー熱の高まりで、早々にチケットは売り切れていた。出場チームの一方は、これも人気最高の早稲田と明治だ。誰もが早稲田と明治の勝利を願っていたのではないか。

 第一試合は天理大学と早稲田大学、第二試合は東海大学と明治大学だ。以前はラビビーは西高東低だったが、近年は東京勢がほぼ圧倒している。その中心をなすのが早稲田と明治だ。明治はチームのゴタゴタでしばらく低迷していたが、今では完全に復活している。これに慶応大学が強くなったらかつての黄金時代になるのだが、慶応の低迷は続いている。

 天理と早稲田の試合は、早稲田の圧倒的な勝利で終わった。ラグビーというゲームは面白いもので、チームの力の差がハッキリ出てしまう。この試合は早稲田の優位がはっきり出た。東海大と明治は第一試合ほどではなかったが、それでも明治の力が上だった。いずれにしても、順当な勝利だったね。決勝は早稲田と明治の試合だ。チケットを求めたが、当然完売だった。

 最後のスポーツ観戦は、2日ら3日にかけてに行われた箱根駅伝だ。朝からテレビを点けっぱなしだった。昨年は東海大学が初優勝だった。それまで5連覇だった青山学院大学は、久し振りに第2位に甘んじた。今年も青山と東海が中心の展開になるだろうと予想された。その強豪チームに東洋大学と駒澤大学がどう絡んでいくのだろうか、興味は尽きなかった。

 それにしても青山学院大学は強かったね。これはという傑出した選手は少なかったが、出場選手はそこそこの走力を発揮した。第1句でこそ7位と出遅れたが、それも決定的な遅れではなかった。第2区以降は、区間2位とか3位でトップ集団、ないしはトップに着けた。箱根の山登りの時点では、第2位を2分以上離していた。もうこの時点で青山の優勝は決まりだね。

Photo_20200104114701  復路も青山は順調だった。山下りでは東海の舘岡がとんでもない区間新記録を出したが、それでもまだ2分以上の差があった。そしてほとんど危なげなく、ゴールテープを切った。ここでも番狂わせはなかった。ただ希望があるのは、新たな大学の台頭だ。国学院大に東京国際大の活躍が目についた。さらには、アンカーの創価大学が初のシード権を獲得する快走もあった。わが古豪の母校は一体どうなったのだろうか、それだけが残念だった。

【1月3日の歩行記録】7,449歩 5.0km

| | コメント (0)

2020年1月 3日 (金)

№4394 お正月はとろろ飯

 秋田県全体の風習なのかわが田舎町の習慣なのかはわからないが、お正月の2日の朝食にはとろろご飯を食べていた。その習慣を引き継いで、わが家でも正月2日にはとろろ飯にしている。残念ながらこの習慣はわが家では定着せず、子どもたちはとろろ飯は食べなかった。さらに、今年は女房も「私はとろろご飯を食べない」と敬遠してしまった。

Photo_20200103140301  とはいっても、私の中ではお正月2日はとろろご飯を食べるもの、とDNAに刷り込まれている。しようがない、私だけでとろろご飯を食べるとしようか。秋田では、とろろご飯のおかずに「ボダッコ」は必需品だった。ボダッコというのは、まるきり塩にまぶした鮭だ。鮭の切り身が多いか塩が多いか、という代物だった。食べるときにし、ボダッコを少しだけ齧ってご飯を食べていた。

 関東のスーパーでは見かけないが、秋田に帰ると今でもボダッコは売っている。そもそも、秋田は全体的にしょっぱいものが好きだった。ボダッコを始め、みそ汁や醤油、漬物にはたっぷり塩が使われていた。そのせいか、私は今でも薄味よりも濃い味の方が好きだ。

 ただ、その当時は秋田県は絶えず死亡率が日本一だった。全国一の秋田県の食改善として、減塩運動をしているようだ。お陰で、脳卒中などはずいぶん少なくなったとも聞く。

 わが家では女房はとろろが苦手で、山芋や自然薯をストックしておくことはほとんどない。とろろが食べたいときには、自分で買ってくるしかないのだ。私がとろろ料理をするのは、ほとんどが那須滞在のときだ。まぐろのぶつ切りを買ってきて、とろろをかけて、ワサビでまぶして食べるのが大好きだ。そういう料理が食卓に並ぶことはほとんどない。

Photo_20200103142001  今回もお正月にとろろを食べようとしたが、自分で買ってくるしかなかった。買ってきた山芋を、女房が食べないというので半分に切った。それの皮をむいて、すり鉢におろした。擂粉木で混ぜながら、味噌汁で薄めた。ご飯は、2~3日前に炊いたものが電気釜に残っていた。そのご飯にとろろ汁をかけた。おかずはボダッコはなかったが、焼いた鮭が残っていた。それに漬物があると充分だ。

 結局、どんぶり飯二杯をとろろ汁をかけて食べた。こういう伝統は廃れさせたくないものだね。

【1月2日の歩行記録】8,587歩 5.8km

| | コメント (0)

2020年1月 2日 (木)

№4393 お正月の来訪者

 お昼の2時過ぎに玄関のチャイムが鳴った。誰かと思って出てみたら長男だった。この4~5年、長男が自宅に来ることはなかった。昨年、女房が入院した時に見舞いに来て以来だ。今どこにいるのだろうか、聞いてみた。群馬にいるんだそうだ。高速道でやってきたら、1時間ほどだったそうだ。そんなに近いなら、時々訪ねてきたらいいのにね。

 次男は、桶川にアパートを借りて住んでいる。以前は車を持っていたが、それも手放した。次男はちょくちょく帰って来る。今回も暮から泊っている。帰って来る時には女房に連絡があり、私が桶川まで迎えに行っている。車で15分ほどだ。うちには三人の子どもがいるが、三人とも独立している。子育ての時期は過ぎたと、私は家から出るように促した。今は老夫婦二人だけの生活だ。

 この日は、孫のAsatoが来るとの連絡があった。友だちと北海道にスキー旅行に行くとかで、スーツケースを貸してほしいとのことだ。自宅にはスーツケースが4個ほどある。今使っていないので、どうぞと答えた。そのスーツケースを借りに来るというのだ。午後4時過ぎにやってきた。久しぶりに会ったのだが、りりしい姿をしていた。「男らしくなったね」と褒めた。

 Asatoは期待していなかったようだが、思わぬお年玉を手にした。じじとババのほかに長男次男からもお年玉をもらい、北海道旅行のお小遣いができてホクホクのようだった。そして初めてのことだが、次男がジジとババにお年玉をくれた。嬉しかったね。

 晩餐は、男4人に女一人だ。女がいない席に「華やかさがないね」と女房は嘆いていた。年末に豪華なお節を頼んでいた。そのお節を囲んで、久し振りににぎやかだった。改めて顔をみてみると、当然のことだが長男と次男は似ているね。長男が顔を見せたときには、思わず次男の名前を読んでしまったほどだ。

 夕食後、皆が帰るという。Asatoにはお土産を託した。孫のRukaが、どうしても私が漬けた沢庵を食べたいという。沢庵と白菜漬けを持って行ってもらうことにした。沢庵は好評で、もう残り一本になった。ただ、白菜は相当しょっぱかった。漬けるときに塩を適当に振りかけたのがいけなかったのだ。

 皆が帰ってみると、また会話のない老二人が残った。

【1月1日の歩行記録】5,819歩 3.9km

| | コメント (0)

2020年1月 1日 (水)

№4392 大晦日に母校のサッカー応援

 毎年大晦日の恒例行事になっているのは、母校のサッカー応援だ。高校選手権でわが母校の出場最多回数で7年連続の出場と、応援はすっかり定着している。だが近年はほとんど出ると負けで、なかなか2回戦に進出できなかった。ただ、一昨年は例年と違い、3回戦まで進出した。ひょっとしたら、今回も望みがありそうだ。

Sdscn1689  会場は、横浜にある「三ッ沢ニッパツ球場」だった。横浜駅西口からバスで15分ほどのところにあった。私は初めて来た球場だが、以前は横浜マリノスの本拠地、いまでは今年J1に上がる横浜FCの本拠地だ。

Sdscn1693  応援には、現役の高校生のほかに顔馴染みのOBの仲間が続々顔を出していた。現役の高校生は、30日の夜中にバスで秋田を出発したようだ。秋田は寒いでしょうねと声をかけたら、「ものすごく寒いです。雪も降っていました」と話していた。その高校生の応援団が、寒いにもかかわらずなま足で懸命に声援を送っていた。

Sdscn1692  この日の対戦相手は、神戸弘陵高校だった。神戸には滝野川二高という強豪チームがあり、数年前にやられた。ただ、今回の対戦相手はあまり聞いたことがない高校だった。行けるゾ!応援団は懸命に応援した。その甲斐あってか、前半は2対1と勝っていた。

Sdscn1700  わが応援団には、強力な助っ人がいる。「なまはげ」である。このなまはげは、秋田県のスポーツ応援にはどこでも駆けつける。甲子園でも何度かお目にかかった。

 さて、試合は後半に入った。前半のリードを維持できるかと思ったが、後半の開始早々わがチームが致命的な反則を犯し、ある選手が一発退場になってしまった。前半は追い風だったのが後半は強力な向かい風が吹き、ボールを思い通りコントロールできなくなった。致命的な反則で一点を入れられてから、ほぼ相手ペースでの試合展開だった。セカンドボールは取れないし、強烈なシュートは放たれる。ほとんど良いところがなかった。その内に決勝点を入れられ、惜敗してしまった。

 それにしても、一発退場で一人欠いたことがこれほどの差になるとは、驚きだった。わがチームも、その対策を十分に講じてこなかったのではなかったのか。試合が終わって、反則を犯した選手の痛々しさだけが目についた。涙が止まらなかったのだ。

Sdscn1704  大晦日は、サッカーの応援とともに楽しみにしているのが、試合後の大忘年会だ。いつものことだが、40人以上が集まって年最後の飲み会だ。この会にはわが母校のOBだけではなく、秋田の高校のOBもたくさん参加していた。ラグビーで有名な秋田工業のOB、市内の中央高校や南高のOB、能代や大曲工業、由利工業等々多士済々だ。

Sdscn1706

 いつもはわが母校の校歌で締めるのだが、この日は応援に参加してくれていた他校の校歌が歌われた。大曲工業のOBの方は、夫婦二人で校歌を歌っていた。二人ともOBなのだそうだ。微笑ましかった。なかなか楽しい忘年会であった。

【12月31日の歩行記録】7,635歩 5.1km

| | コメント (0)

№4391 明けましておめでとうございます

2020  

| | コメント (2)

« 2019年12月 | トップページ | 2020年2月 »