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2020年3月

2020年3月31日 (火)

№4482 志村けん、衝撃の死

Photo_20200331082701  志村けん(70歳)が死んだという。彼が新型コロナウィルスに罹った、というニュースが伝わってきたのは一週間ほど前だったろうか。別に珍しくもないニュースだったので、そうかという程度で驚きはなかった。ところが、死んだとなると別だ。改めてこのウィルスの怖さに驚愕したのではないか。

 今回のウィルスは、全世界でどんどん広がっている。見ていると、このウィルスの感染力は相当に強い。死亡率は2~3%というが、イタリアでは11%を超えている。それでもまだ死亡は現実的ではなかったし、身近ではなかった。それがよく知っている芸能人の死に、このウィルスの怖さを改めて再認識した。

 志村は70歳と充分老人ではあるが、このウィルスは老人だけのものではない。京都では、若い学生に広がっているというし、検査ができていない潜在患者は相当大勢いるだろう。「このウィルスは老人のもの」と軽く見ていた若者にも、この現象は軽視できない。

 「8時だヨ!全員集合」が全国を席巻していたのは、もう45年も前の話だ。私もこの番組を楽しんでいた世代だ。志村は、それ以来第一線で活躍した息の長い喜劇人だった。その時その時の笑いを誘って来た。亡くなって改めて志村のエピソードを読んでみると、この”笑い”を作り出すために、並大抵でない陰の努力があったという。そういうことがないと長続きはしないものだと、彼が死んであらためて学んだ。

 最近、加藤茶の葬儀場のコマーシャルが流れている。彼の姿を見るたびに、加藤茶も歳を取ったものだと感じる。今回のニュースで知ったのだが、加藤茶は77歳になっている。彼はプライベートでも、30歳も若い妻を娶ったとの話だった。その奥さんは遺産狙いではないかと、面白おかしくニュースに載った。ただ、志村けんのプライバシーはあまり目にしていなかった。

 彼の死で知ったのは、志村は一生独身を通し、物凄いヘビースモーカーだったらしい。お酒もよく飲んでいたし、そういうことで免疫力が弱っていたのではないかという。どういう病気でもそうなのだが、病気は免疫力が弱いところに出る。歳を取ると免疫力が弱まる。若い人にコロナウィルスが出ず、老人に出ているのは免疫力の差かな。

 志村の死で、兄も含めて近親者は荼毘に立ち会うこともできなかったらしい。ウィルス感染を恐れたためらしい。新型コロナウィルスはそれほど怖い。甘くはみてはいないつもりだが、再度われわれも気を締めなければならない。

【3月30日の歩行記録】9,297歩 6.2km

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2020年3月30日 (月)

№4481 雪の後遺症

 昨日の雪もほとんど影響はなかった。相当水分を含んでいたのだろうか、今朝になってみると道路の雪はあらかた消えていた。

Img202003300721491  ただ、昨晩からドシンドシンという音が寝床に響いた。朝起きてカーテンを開けたら、屋根瓦から大量の雪が滑り落ちていた。その落ちる音が響いていたのだ。わが家の屋根は瓦屋根だ。瓦は滑りやすい。施工の時、瓦のすべり止めを設置しなかったようだ。埼玉は雪が少ないと踏んで、滑り止めをつけなかったのだろうか。雪が降るたびに、大量に滑り落ちる。

 幸い、隣の家とは距離があるので迷惑がかかることはないのだが、それでも物騒だね。あらためて滑り止めを設置したいのだが、それも金がかかるし、誰にも迷惑が掛かっていないのでよそう。

Img202003300856431  庭の草木にも雪の影響はあった。庭の隅に植えていたクリスマスローズが、白や紫の花をつけていた。それが雪の重みでしなだれていた。まあ、しばらく経つとまた元気にはなるだろうが。

Img202003300856531_20200330092701  さらに、庭の真ん中に黄色い花が咲いている。ユーホルビアという背の高い鑑賞花だ。雪の重みでぺっしゃんこになっていた。

 わが家の雪の被害はその程度のものだった。昨日は日曜日だったので、車も少なかった。交通事故のの被害も少なかったのではないか。

【3月29日の歩行記録】8,625歩 5.8㎞

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2020年3月29日 (日)

№4480 春の大雪

Img202003290903021-2  朝7時過ぎから雪が降り始めている。最初は霙状の雪だったが、9時頃から白さがくっきりしてきた。雪の形がはっきりしてきている。天気予報では関東では5㎝ほど積もるという。南岸低気圧の影響らしい。さて、どのくらい積もるのだろうか。朝9時の段階では、まだ積もってはいない。

 今年の冬は暖かく、過ごし易かった。例年に比べても灯油の消費量が少なかった。昨日は20度を超える陽気で、散歩をしていても汗ばむほどだった。それが一転して、今日は冬の寒さだという。今冬で雪が降るのは初めてのことだ。今冬というが、もうすぐ四月だ。

 幸い今日は日曜日で、出かける機会が少ない。政府も「不要不急の外出を控えるように」との呼びかけがあったので、この雪が外出を控えさせるきっかけになるのではないか。

 埼玉がこういう降り方をしていると、予報では那須は20㎝ほど積もるといっていた。寒さが緩むとともに、那須の「あるるのいえ」の水道栓は前回閉めないで帰ってきた。女房は、水道管が凍って破裂しないかと心配していた。むしろ雪が降るのは暖かい証拠と私は返事をしたが、果たしてどうなるのだろうか。

Img202003290903021-1  この記事を書き始めていた時点では、ウッドデッキがわずかに白くなる程度だった。ところが、降り始めたもう4時間近くになるだろうか。庭木が雪に覆われ、屋根も隣家の庭も真っ白になってしまった。お昼には止むとの予報だったが、昼を過ぎてもまだ盛んに降っている。さて、最終的にどのくらい積もるのだろうか。

Img202003291204451【3月28日の歩行記録】4,264歩 2.9km

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2020年3月28日 (土)

№4479 WHO事務局長のリコール運動

Who  新型コロナウィルスが世界中に蔓延する中、世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長解任運動の署名が、ネットを通して全世界でなされているという。本人はそんなことはないと言っているが、あまりにも中国寄りの姿勢に疑問が投げかけられている。彼はこの職に就く前には、エチオピアの外相を務めていた人のようだ。

 この新型コロナウイルスが中国で発生した初期、中国の対応を称賛した中国寄りの姿勢ははっきりし、いずれ収まるとの楽観論を述べ続けていた。そしてこのウィルスが全世界に広がる様子を見て、初めてパンデミック宣言を出した。あまりにも対応が遅かった。この間、中国からWHOへ多額な寄付がなされていたという。

 リコールの投票運動は、カナダの人の提案のようだ。「パンデミック(世界的流行)」表明が遅れたのも中国への配慮が原因だとして、署名活動のコメント欄には「彼は人類のためでなく、中国のためだけに働いている」との書き込みも見られた。3月26日現在、リコールの賛同者が全世界で52万人を超えたという。

 私が見ていても、この間の彼の動きはおかしい。あまりにも中国寄りの発言を繰り返していた。もともとWHOは政治的な機構ではなく、もっぱら人類の保健にかかわっていた。いつの間にかこのような政治的な動きをするようになったのかは知らない。

 中国の動きもおかしい。初動対応を誤ったお陰でこのような事態になったのに、「このウィルスはアメリカから持ち込まれたのかもしれない」などと、根拠のない発言を繰り返している。こんな発言はあってはならないと思う。もっと中国はこのウィルスには謙虚になる必要がある。幸い、中国は終息に向かっているらしい。

 アメリカもアメリカで、crazyTrumpはこのウィルスを称して「中国ウィルス」と焚きつけている。そのトランプの足元アメリカでも、新型コロナウィルスが猖獗を極めている。このやり取りの中では何も生み出さない。全世界の英知を集め、このウィルスの対策に当たらなければならないはずだ。ただ、その旗振り役のトップのWHOがあれでは困るなと思う。

【3月27日の歩行記録】11,093歩 7.4㎞

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2020年3月27日 (金)

№4478 雄球会事務局長の頑張り

 昨日の「雄球会ゴルフコンペ」の続きの記事になる。このコンペが63回も続いているのは、事務局長の頑張りによるところが大きい。私も2代前に事務局を4年間引き受けていたが、昨年から事務局長を引き受けることになった3年後輩のToita君には頭が下がる。私にはとても真似ができない。

 こういう会は、事務局のなりてはなかなかいない。わがままな会員の面倒を見る大変さがあって、自分から手を挙げる人はいない。ところが前事務局長とのすったもんだがあった末、Toita君が「私がやりましょう」と手を挙げてくれた。それからもう2年にもなるかな、彼の事務局としての気配りというか、手際は見事である。先日のコンペでも、最後のパーテーでわが同期のRokuちゃんがそのことを指摘していた。

 このコンペの大変なところは、メンバー集めの苦労である。それでなくても老齢化が進む中、すぐに参加の申し込みをする人は少ない。どういう会もそうなのだろうが、最近では後輩の若手が入会することもほとんどない。勢い、現会員をどう引っ張り出すかが課題である。私が事務局を引き受けているときには、積極的に参加の呼びかけはしてこなかった。事務局がさぼると、じり貧になるのもやむを得ないよね。

 今回の事務局長Toita君は、不参加表明の人にも返事をいただいていない人にも積極的に呼びかけているようだ。この前のパーテーでの話では、会員54人全員に呼びかけをした結果、今回は参加できないが次には参加をすると答えた人が24人もいたそうだ。大変な努力である。

 気配りはそれだけではない。コンペが終わると、「ご苦労様でした。次回のコンペ日程は9月です。ぜひご予定ください」とすかさずメールでの呼びかけがあった。

 前回のコンペは昨年10月であったが、昨年もコンペが終わった早々に次回の案内の葉書が届いていた。そして1月にはコンペのお誘いの手紙である。そして3月上旬には、組合せ表の送付があった。これだけでも大変なのに、その組合せ表には色々なデータが添付されていた。人券表はもとより、前回の成績表、歴代の優勝者のリストなどである。その優勝者リストの中に、第39回大会優勝に私の名前もあった。もう10年以上も前の話である。

 これだけの事務作業をこなすのは並大抵ではない。私は彼に聞いたことはないが、以前の彼の職種は何だったのだろうか。この事務作業を見ただけでも、有能な仕事人だったに違いないと想定できる。

 Toita君は、一方で私のブログの熱心な読者でもある。この記事も読んでいるに違いない。だからといって、褒めまくっているわけでは決してない。真に彼の努力を称賛しているのだ。これからも頑張ってほしい。

【3月26日の歩行記録】8,221歩 5.5km

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2020年3月26日 (木)

№4477 ゴルフは限界かな

Sdscn2049  毎年年二回、春と秋に行われる高校同窓「第63回雄球会コンペ」に参加してきた。会場は、京成佐倉駅から歩いて7~8分のところにある「佐倉カントリー倶楽部」だった。この会場は毎回同じで、もう30年も使っている。この日は桜が満開で、しかも快晴だった。参加者は18名と、多くも少なくもなかった。

 ある仲間が、「この日の天気は一円天気だね」といっていた。なんだ一円天気とは?天気予報のお姉さんが、「これ以上細かく出来ないほどの良い天気」を一円天気といっていたようだ。本当に風もなく、雲も出ていなかった。朝方が若干寒かったとはいうものの、動き始めたら汗ばむ陽気になってきた。

Sdscn2050  私がこのコンペに参加し始めた10数年前は、この会ではまだ若手の部類だった。ところが先輩方がドンドン少なくなり、わが同期が上から二番目になってしまった。話を聞くと、矢張り高齢とともに体のどこかしらが悪く、参加できないとの返事だったらしい。やむをえないね。

 どうやら、私のゴルフも高齢化とともにそろそろ辞め時かなとつくづく感じてしまうこの日の成績だった。私はゴルフを始めてもう50年近くになるが、ゴルフ人生の中で最もヘタになってしまった。

 ドライバーは二度も空振りするし、前に飛んだとしても140~150ヤードだ。この飛距離じゃ絶対にパーオンなどできない。さらにクラブでボールの芯をとらえられない。この日はダフやトップがいくらあった事かわからない。さらに、パターも悪い癖が出て、上手く当たらなかった。自宅でパター練習を相当やってきたはずなのに、全然その練習が役に立っていなかった。

Sdscn2052  この日は、同期が私を含め4人参加していた。いつものことだが、4人で総握りをした。当然このスコアなので、私一人のぼろ負けだった。なによりも申し訳なかったのが、私と一緒に回った二人もボロボロに崩れていった。ゴルフは不思議なもので、同伴者のゴルフが多分に影響する。私の初心者以下のゴルフが、多分、二人にも大きな影響があったのだろう。

 帰りの電車の中で反省し、もうゴルフの辞め時かなと真剣に考えた。他の方の迷惑もあるので、もちろん私一人では決められない。ただ、ゴルフへの展望をなくしてしまった。一方、女房はゴルフスクールに入って、再度一から学び直すのだそうだ。私にはそういう気力もなくなってしまった。

【3月25日の歩行記録】17,507歩 11.7km

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2020年3月25日 (水)

№4476 手作りマスク

 新型コロナウィルスが、世界中でますます猖獗を極めている。今ではとくにイタリアを中心に、ヨーロッパでの感染がすごい。イタリアの感染を見ると、もう一国ではどうしようもないところまで来ている。一日数千人の感染者が見つかり、数百人単位での死亡が確認されている。夏のオリンピックどころではないね。

 日本でもその影響か、相変わらずドラックストアの店頭でマスクを売っているのを見ることがない。ものすごい生産量なのだろうが、一体どこに消えて行ってしまうのだろうか。生産しても追いつかないのが現状だ。

 それにしびれを切らした女房は、いよいよ手作りマスクを作り始めた。生地のガーゼが売っていないとか、耳にかけるゴム紐が見つからないなどとブツブツ言っていたが、それでも材料を調達して作っているようだ。

Img202003231935381  手作りのマスクを見せてもらったが、カラフルでとっても楽しいマスクができた。「病原菌が遷らないようにビニール袋に入れているから、出さないでね」といっていた。この手作りマスクが評判で、近所のおばさんから譲ってほしいとの要請があったようだ。ただであげると言ったが、どうしてもお金を払いたいのだそうだ。仕方がないので、一枚200円で3枚譲ってあげた、と話していた。

 近所の商店でも、おかみさんの手作りマスクを売り始めたようだ。その店では一枚300円とのことだ。マスク作りはとっても手間暇がかかって、本当は採算が合わないらしい。

Img202003231207091  私にも一枚支給があった。散歩に出る時は、カラフルなマスクをかけている。そういえば、いつの間にか花粉症の症状はなくなった。スギ花粉の時期は終わったのだろうか。もっぱらコロナウィルス対策でマスクをかけている。

 この手作りマスクの良いのは、一度かけ終わったら再度洗えることらしい。洗うと何度も使えるとのことだ。私は外出から帰ってきたら、テーブルの上にかけ終えたマスクを置く。女房がいつの間にか手洗いをしていた。

【3月24日の歩行記録】11,180歩 7.5㎞

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2020年3月24日 (火)

№4475 「将軍桜」見物

Sdscn2035  まだ桜は満開には至っていないが、散歩を兼ねて桜見物に出かけよう。自宅から歩いて20分ほどのところに、慶福寺というお寺がある。このお寺さんの枝垂れ桜が見事だ。この枝垂桜は「将軍櫻」と呼ばれている。由来を読むと、将軍家ゆかりの江戸彼岸桜で、川越の喜多院から大正14年秋に移植された桜らしい。

Sdscn2036  このお寺さんではこの桜を大事に育てているようで、手入れを怠らずに支柱をかけ、満開の時期にはライトアップをしている。この桜の見物客は多い。私も年に一度はこの桜を見に来ている。

Sdscn2031  さて、この日は将軍桜を含めて、お花見をしよう。私の家の周りには、桜の名所が多い。自宅の前を流れている見沼代用水の土手は、桜並木だ。私がここに引っ越して来た時には、まだ桜は植えられていなかった。昭和54年(1979年)、この代用水の大改修工事が行われ、コンクリート化された。その時に植えた桜だから、もう40年にもなる。この桜並木は、代用水沿線に川口まで20~30kmも植えられている。

Sdscn2029 Sdscn2041  歩いていると目につく花もある。ハナモモである。桜ではないだろうが、一本の木から白やピンクの花が咲いている。鑑賞していて楽しい。ある家の導入部には黄水仙が植えられていた。散歩していて、手入れの行き届いている庭を覗くのも楽しいものだ。この家には、雑草やごみはほとんどなかった。

Sdscn2043  桜に遅れて咲く白い花は、梨の花だ。つぼみがだいぶ膨らんでいた。例年は5月の連休頃が見ごろの時期だが、今年は早そうだ。そういえば、周囲にこの梨畑も随分少なくなった。話を伺うと、梨は手数がかかる割には収入が少なく、しかも重労働だという。農家の老齢化とともに、梨の木がドンドン伐られていくのを目にする。

Sdscn2044  さらに、わが家の目の前を流れている綾瀬川沿いの桜も、見事な並木を作っている。この並木は、目の前の住宅地開発の時に植えられた桜で、もう30年にもなるだろうか。見てみると、だいぶ大木になっている。家の周りをちょっと散歩するだけで、これだけのお花見ができるので、遠くまで出かける必要はない。

【3月23日の歩行記録】12,145歩 8.1km

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2020年3月23日 (月)

№4474 大相撲春場所、無事に終わる

 異例の事だったが、大相撲春場所が無観客で行われた。相撲協会は、場所中に一人でもコロナウィルスに罹患した力士がいたら、そのとたんに中止すると表明していた。幸い15日間コロナウィルスに罹った力士はおらず、無事千秋楽を迎えた。

Photo_20200323083601  それにしても不気味な春場所だった。あのだだっ広い体育館にお客さんは一人もいない。観客がいなかったので、相撲協会は約10億円の入場料収入の減少だという。それでもなぜ開催できたかというに、NHKの放映権料が5億円ほどは入るかららしい。それに、何といっても相撲協会は莫大な財産を持っているという。

 ただ、相撲ファンにとっては何とも寂しい場所だった。観客がいないので、会場は静寂だった。だからわかることもある。立ち合いで力士同士がぶつかるガツンという音が聞こえる。あんなに激しくぶつかり合っていたんだと分かる。150kg前後の力士が全力でぶつかり合う迫力が、静寂な会場にこだましていた。普段の観客満員の会場では決して聞けなかった迫力だった。

 さて、春場所で最も注目していたのが朝乃山だ。朝乃山は、前の2場所で21勝をあげている。この春場所でさらに12勝をあげたら、大関を掌中にできる。朝乃山は、最近久し振りに出てきたバランスの取れた日本人力士だ。白鵬と鶴竜の2横綱が陰りが見えてきている中、次の相撲のヒーローが欲しいところだった。そのヒーローに朝乃山がぴったりだ。私も期待してこの春場所に注目していた。

Photo_20200323083901  それにしても、朝乃山の今場所の取り口は安定していた。押されても引かれてもびくともしない相撲が頼もしかった。12日目まで、二桁の10勝を挙げた。これで、横綱二人のうち一人を倒したら、大関確実と思って注目した。ところがわずかな差で、白鵬にも鶴竜にも勝てなかった。この2番の取り口を見て思ったのだが、実は、このわずかな差が大きい。特に白鵬の壁は厚いね。

 千秋楽に貴景勝を倒し、朝乃山は11勝を挙げて、わずかに大関への取り掛かりができたと思った。ところが、どうも大関確実という報が流れている。いずれ朝乃山は横綱へ昇る風格を持っているし、力もある。ただ、今3場所で1勝足りない32勝で終った。この1勝が実に大きい。慌てる必要はないとは思うのだが、相撲協会は次のヒーローを欲している。新に横綱や大関ができると相撲景気が盛り上がる。興行的にも新大関を作りたいのだろう。

 申し訳ないが、優勝した白鵬よりも大関昇進を確実にした朝乃山の方に関心が行った。朝乃山は ちょっと物足りない感が無きにしも非ずだが、新大関朝乃山誕生に私は異論はない。ただ、朝乃山にはこれにおごらず、ぜひ横綱を目指してもらいたいものだ。

【3月22日の歩行記録】7,507歩 5.0km

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2020年3月22日 (日)

№4473 春一番の収穫物

 このブログ記事でも何度か話題にしているが、わが家の庭隅に狭いながらも2~3坪の畑がある。昨年は、この畑で十分食卓を賄う野菜が採れた。キュウリにトマト、ナスにサヤエンドウ、ジャガイモなどだ。そもそもここには柿の木が植えたあった。女房が邪魔くさいと、Ohnoのお父さんにたのんで伐ってもらった。そして女房用の畑ができた。

 この畑を作ったのもひとつの要因で、私は那須でやっていた畑をやめてしまった。自宅の庭隅の収穫物で十分なのだ。さて、今年は何を植えるつもりなのだろうか。ところが「同じ場所に同じ野菜を植えると、連作障害になるのよね」とブツブツ言っていた。2年くらいでは連作障害など起きないとは思うのだが、果たしてどうなのだろうか。

 この畑の隅に、昨年から植えている野菜がある。韮と葉わさびだ。両方ともほとんど手入れらしきものをしてこなかったようだが、春も暖かくなったら青々と成長してきた。「さて、韮とわさびを今晩のおかずにしよう」とのことだ。

Sdscn2021  女房は、時々スマホで料理のレシピを見ているようだ。韮は時々餃子に化ける。レシピを見ていた女房は、「今晩は韮は卵とじにしよう」とハサミで刈っていた。ボウル一杯の韮も、料理してみるとほんのわずかだった。しかし、とれたての韮はサクサクしていて美味しかった。

Sdscn2022  葉わさびはどうするのだろうか。このわさびは、那須の清流から摘んできて、移植したものだ。那須にわさびはどこにも見られるが、移植するといつの間にか消えてしまう。まあ、一般的には葉わさびはてんぷらにするのだが、この日はおひたしにしようというので、これもスマホのレシピを睨んでいた。今までおひたしで食べたことはないね。

 レシピを見ると、80度のお湯でサッと湯掻くのだそうだ。お湯に浸したわさびの葉っぱをすぐに冷たい水に入れていた。これも、食卓に載ったらわずかな量だった。味見をしたら、ピリッと辛い。その辛さも生半可なのもの出なかった。しばらく口の中にその辛さが残った。女房も、相当堪えたらしい。どうやら、80度のお湯で湯掻くと、この辛さが引き立つとのことだった。

 おかげで夕餉の食卓は、春の香りで満たされた。

【3月21日の歩行記録】10,135歩 6.8km

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2020年3月21日 (土)

№4472 髭を伸ばしてみよう

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  私はいまだかつて髭を伸ばしたことはない。若干興味がなかったわけではないが、在職中は営業職だったので、お客の前で髭を伸ばすなどとんでもないと思っていた。仕事をやめ、皆に迷惑がかかることはなくなったが、それでも伸ばそうと思わなかった。

 ところが先日テレビを見ていたら、シニアの方の山羊髭が格好良く映った。その方の髭は真っ白だったが、その白い髭がまたいい。私は禿げていて頭髪はほとんどない。これはこれで手入れが要らなくて助かる、と禿に慣れた身では思っている。ただのっぺらぼうは少し寂しい。

 そうだ、髭を伸ばしてみようと思い立った。結構髭の伸びは早い。上の写真は、伸ばしてほぼ一週間になるが、それらしき形になってきた。ただ、女房は気が付いていないのかどうか、髭のことは一言も言わない。先日も大勢の仲間と会ったが、髭のことをいう人はいなかった。まあ、まだ短いので気が付かないのかな。

 いつになったら一丁前になるのか知らないが、半年くらいは気長に待ってみよう。ただ、髭のあご部分だけは剃らないでおくには、今までのようなわけにはいかない。私は、髭は入浴時に剃っている。髭のことを心配しなければ、剃るのに鏡など要らない。ところが髭を生やしてみると、鏡での成形が必要になった。これはこれで面倒なものだ。

 今ではない頭髪を気にかけることはない。ところが髭を伸ばして、今までほとんど見ていなかった鏡を見る機会が多くなった。せめて男の身だしなみとして、この髭だけは大事に育ててみよう。

【3月20日の歩行記録】8,256歩 5.5㎞

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2020年3月20日 (金)

№4471 東京五輪はどうなるのか

 世界的に新型コロナウィルスの感染が拡大するなか、今の焦点はこの夏の東京オリンピックがどうなるかだ。開催までもう4ヶ月になる。主催者側のIOCのバッハ会長、東京オリンピック事務局長の森委員長、安倍首相が前のめりで予定通りの開催を表明する中、他の国では疑問視する声が相次いでいる。安倍首相は、「完全な形での開催」を昨日も主張していた。

 アメリカをはじめ、ヨーロッパの各国、日本なども国を閉じ、人の行き来を禁じている。オリンピックは、出場選手にとっても今が大事な時期だ。練習を集中しなければならないし、何よりも出場選手を決めるための先行予選会が開けていない。世界的に見ても、とてもそういう環境にはないということだ。

 いまこの時期に予選会が開かれないと、選手を選べない。出場選手も決まらなし、外国からの観客も来ないとなれば、果たして予定通りの開催は可能なのか。ただ、無観客での開催というのはあり得ない。まだ開催まで4ヶ月あるとはいうものの、もう4ヶ月しかないともいえる。現実としてもう決断の時期かもしれない。

 オリンピックは開催か、中止か、延期か、3つの選択肢がある。どうもいろいろな意見では、中止ということはあり得ない。中止することによって、IOCは収入が断たれてしまう。膨大な投資をした開催国東京も、投資の回収ができない。東京オリンピック事務局も、今まで相当な金を使っているが、入場料でその経費を賄う予定でいる。中止はできないのだ。ということは開催か延期の二者択一だ。

 バッハ会長は一方では「WHOからの勧告があったら、中止もあり得る」とも言っていた。WHOのあり方が問われる中、WHOは世界的なパンデミック宣言を出した。現時点では、各国の交流を控えるべきだとも言っている。これが4ヶ月後に終息するとはとても思えない。選手の事を思うだけでも、早く決断する必要がありそうだ。

 現実的なこととしては、延期しかありえないのではないか。かといって、いつまで延期するのかが難しい。オリンピックの経済的裏付けは、アメリカのテレビ会社のスポンサー料で成り立っている。5000億円~6000億円のスポンサー料があるから、いつまで延期するのかの決断は難しい。というのも、この夏以降来年までのスポーツスケジュールはびっしりだ。

 日本の中には、スポンサー料が問題なら、日本でそのスポンサー料を買い取ったらどうかという無茶な意見もあるらしい。オリンピックが東京だけで終わるなら可能かもしれないが、そのことによってアメリカのテレビ会社がそれ以降の大会の協力を拒否したら、そもそもオリンピックは成り立たない、という現状がある。

 一年間の延期が妥当なところか。秋まで延期、とはいっても今のウイルス騒ぎが秋には終息するとはとても思えない。それでは一年後には終息するのか、と問われてもその保証はない。だが、この騒ぎはまだまだ続くと思わざるを得ない。

【3月19日の歩行記録】8,827歩 5.9㎞

 

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2020年3月19日 (木)

№4470 NEXTの総会に参加

Sdscn2027  東京シニア自然大学NEXTの総会があり、参加してきた。NEXTに参加しているメンバーは高齢者が多く、この日はコロナウィルスを心配して参加を取りやめる人が多かった。参加したのは30名弱だったろうか。広い会場がパラパラの出席率だった。2月から3月にかけて相次いで講座が中止になり、メンバーに会うのは久し振りだった。やはり講座が中止になると、寂しいものだ。

 われわれがこの総会で心配しているのは、4月の新学期に新入生がいるかどうかだ。東京シニア自然大学は、この4月に第7期生が卒業し、8期生が入学する。前には定員30名の新入生が集まらなくて、諦めていたこともあった。最低でも15名集まらないと開講できないのだそうだ。幸い、その年は17名だった。さて今年はどうか。JEEFからの挨拶で、幸い、今年は30名が確保できそうだとのことだった。

 シニア自然大学が、関東では千葉・神奈川・埼玉と東京で4校ある。千葉の運営は順調のようだが、神奈川は人が集まらなくて縮小に、埼玉は閉校したそうだ。紆余曲折はあったが、東京校は無事8期生が迎えられそうと聞きホッとした。

 NEXTの2019年度の事業報告があった。昨年度は4講座が中止になり、結局開講したのは19講座だった。トータルで442名の参加だったようだが、私は何回参加したか数えてみたら、14回の参加だった。昨年のイベントの一覧表を見たら、いずれの講座も印象に残っている。その上で、良い仲間と一緒に行動出来て、毎回の講座が楽しいものだった。会計報告も何ら問題がなかった。

 さて、来年度の事業計画だ。企画総数は、日帰り講座が26講座、宿泊講座が4講座と相変わらず旺盛な活動計画だ。会員の皆さんの知恵と叡智を集めて作った計画なので、面白くないはずがない。新年度もこのNEXTを中心に活動していこう。

 特に楽しみなのが、8月の隠岐の島訪問計画と、久し振りの尾瀬訪問計画だ。隠岐の島は5日間とのことだが、私は境港港まで車で行き、帰りは尾道と四国の友だちのところに寄ってくるつもりで、今から楽しみである。尾瀬訪問は私が世話人の一人なので、あらあらの計画と日程を決めた。尾瀬の1泊は辛いと、2泊3日で計画した。

Sdscn2028  役員改選もあり、新しく第4代目運営委員長になったのがChokoちゃんだ。今まで第1期の人間が運営委員長をやってきたが、新しい委員長は第4期で、しかも女性だ。ぜひこのNEXTでも女性が活躍してほしいと思っていたが、こういう人があらわれて嬉しい限りである。ただ、この総会に参加してわかったのだが、期待していた友達が退会したのだそうだ。一体、何があったのだろうか。

 規約改正があり、新たに「顧問」を設けるのだそうだ。私にも第1期委員長として顧問就任の要請があった。断る理由もないので、引き受けることにした。新規に第7期の人が22名、このNEXTに参加することになったようだ。自然退会者もいるが、80名を超える会員で次期講座はスタートするという。新たな仲間も加わるとのことで、NEXTの開設に携わったものとしては嬉しい限りである。

 この日は、総会後に懇親会も予定していたが、世の中の騒ぎで中止になった。有志での昼食会になった。

【3月18日の歩行記録】5,853歩 3.9km

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2020年3月18日 (水)

№4469 「電車読書」の新たな方向

 新型コロナウィルスの影響で、ほとんどのスケジュールがキャンセルになっている。何の行事もないと、このブログも記事を書くのに困ってしまう。この日は、昨日の私の行動を書きたい。

 スケジュールがキャンセルになっても、毎日一定程度は歩くようにしている。朝、さて今日はどこに行こうかと考える。歩行距離と昼食と読書に満足できるのが、隣駅の東大宮駅まで歩くことだ。隣駅までは約6500歩、4.5㎞である。前にもお話ししたが、駅前にお気に入りのラーメン屋がある。今日もお気に入りのコースを歩くことにした。

 行き付けのラーメン屋は、すっかり顔馴染みになってしまった。常連客には特別にトッピングがつく。私がいつも頼むのは、モヤシの増量サービスである。ラーメンの盛も普通注文で盛りが多く、一杯食べるとお腹いっぱいになる。

 さて、東大宮駅から電車に乗る。以前は下りに乗り、宇都宮まで行っていた。そうだと思い、上り電車に乗ってみた。宇都宮線は、上りの行き先は小田原か熱海である。上り電車で片道100頁読む駅まで行こう。ちょうど平塚駅まで行くと100頁になる。帰りも100頁読め、都合200頁読んでしまう。しかも、電車読書は安くて、読書に集中できる。

 正確にいうと違法なのだろうが、約2時間半電車に乗り、電車賃は180円くらいと安い。お気に入りの喫茶店で本を読むと、せいぜい1時間半程度で尻がもぞもぞしてくる。しかも500円から600円のお茶代がいる。別にコーヒーを飲みたいわけでもないので、喫茶店に入るなら電車に乗っているのが気楽だ。ラーメン代と電車賃で、一日1000円で済むのがいいね。

 この日も平塚往復をしてきた。目標の200頁読了だった。このおかげで、今月は読書がえらくはかどっている。家を出てから帰って来るのが遅かったので、女房が「どこに行ってきたの」と聞いてきた。電車で平塚まで行ってきたと話したら、呆れていた。

【3月17日の歩行記録】5,244歩 3.5km

 

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2020年3月17日 (火)

№4468 今月の句会は中止に

 世の中が自粛ムードに染まっている中、わが「伊奈桟雲の会」も今月はあえなく中止となった。この句会が立ち上がって10年目を迎えるのだが、初めてのことだ。世話人から「どうしましょうか」とと問い合わせがあったが、別に問題がないのじゃないかと答えた。しかし、他の会員から「やはり心配」とのことであり、中止を決意したようだ。

 楽しみにしていた月一回の句会が中止となり、がっかりしていた。そしたら、講師のYamahiko先生からメールがあり、「今月は通信句会にしましょう。作った俳句をその思いや背景とともにコメントしてください。指導の参考にしたいと思います」とのことだった。私はすでに課題の6句ができていた。コメントを入れて、先生にメール添付で送った。今日はその全文を紹介したい。

3月兼題「春嵐」

  ①高圧塔電線唸り春北風(ならい)

兼題①春の突風はすごい。あの高圧鉄塔の太い電線が轟々と音を立て、上下に激しく揺れていた。春の嵐は、とんでもない力を持っていた。

雑詠

  ②九年経ちかの春の海波静か

②東日本大震災から9年がたつ。今でも思い出すのだが、10mを超える大津波は、今でも瞼に深く焼き付いている。ひところに比べて被災地はだいぶ落ち着いてきたようだが、福島原発だけはどうにもならない。

  ③春寒し混浴露天に肩を寄せ

③寒い時には温泉に限る。先日那須訪問の際、大丸温泉に入浴してきた。この温泉の露天大浴場は混浴となっている。プールのような大浴場に行ってみたら、3組のペアが、それぞれ離れて混浴を楽しんでいた。邪魔にならないように、早々に露天風呂から上がってきた。

  ④水温む川面蹴立てて巨鯉(きょり)の影

④春の初めは渇水期である。近くを流れる見沼代用水は、水嵩が30㎝ほどだった。しばらく流れを見ていたら、120㎝ほどの巨大な鯉が5~6匹泳いでいた。すごい鯉と思ったら、人の姿に気が付いたのだろうか、反転して去って行った。

  ⑤辛夷咲く農の裏には屋敷林

⑤春一番に咲くのは、桜ではなく辛夷である。ある田圃の片隅に農家があった。その家の庭には、真っ白な辛夷が咲いていた。農家を囲むように、裏庭には屋敷林がある。屋敷林の黒い森と辛夷の白さがコントラストをなしていた。

  ⑥代用水水面に揺れる逆桜

⑥今日明日にも開花宣言が出そうである。開花宣言の桜は、靖国神社の標本木である。ただ、早咲きの桜はもう満開である。見沼代用水沿いには、ピンクの鮮やかな桜が5~6本咲いていた。その桜が代用水に映り、ひときわ見事だった。代用水に映った桜を「逆桜」と表現してみた。

【3月16日の歩行記録】8,893歩 6.0㎞

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2020年3月16日 (月)

№4467 ゴルフパットの改善を

Sdscn2024  私のゴルフには、改善する余地がたくさんある。特に下手なのがパターだ。もう10年も前に練習用のパットマットを買ったのだが、倉庫にしまいっぱなしだ。先日、新聞を読んでいたら、パットの名手鈴木愛選手の話が載っていた。「小学生の頃から2メートルのマットで、100発を連続入れる練習をしていた。1発はずれると、また一からやり直しだ。パターの打ち方は、インサイドアウトがよく入る」とのことだった。

Sdscn2026  自宅にもマットがある。久し振りに引っ張り出した。ところが、パットを入れるホールの部品が見つからない。がっかりしていたら、手先の器用な女房が、「これでどう」と臨時のホールを作った。まあ、仕方がない、これでやってみよう。

 ところが最初のうちは全然はいらないどころか、かすりもしない。私のパットの不調はここにあったのだ。

Sdscn2025  ちょうどマットの真っ直ぐのところに鏡がある。打ち方のチェックをしてみた。どうも立ち位置がボールから離れているのだ。わずか4~5㎝のことだが、それが手元を狂わす要因のようだ。ボールの真上に目線を持っていき、打ってみた。これなら入る。そうか、私のパターの立ち位置は真上ではなかったこと分かった。

 位置を修正し、パターを立たせて打ってみたらようやく入るようになった。それでも10発打って入るのが5発程度だ。50%だとあまりにも低い。少なくても80%くらいまでは持っていきたいものだ。この2メートルのパットが入ると、随分ゴルフスコアは改善されるだろう。来週のコンペに向けて、練習場にも行ってこよう。

【3月15日の歩行記録】10,846歩 7.3km

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2020年3月15日 (日)

№4466 ハイビスカスは甦るか

Sdscn2020

 このブログでも何度か取り上げているが、わが家ではハイビスカスの花が見事に咲き、心を楽しませてくれる。冬の間は、この木を室内に入れておいた。3ヶ月ぶりに屋外に出した。ところが葉は枯れ落ちていて、4~5枚を残す無残な姿である。暖かくなり、広縁に置いておいた鉢をウッドデッキの日の当たる隅に移しただが、さて、このハイビスカスは甦るのだろうか。

 

Sdscn0851_20200315101901  昨年の9月に撮ったハイビスカスの写真である。葉が旺盛に茂り、ハイビスカスは赤い花をつけ、無数の蕾をつけている。植え替えをして土を入れ替え、たっぷり肥料をやった効果が出たのだ。

 それがひと冬を超え、葉が落ちて寂しい姿になっている。枝も大幅に剪定したのだろうか、小さく丸まっている。女房に言わせると、「この時期のハイビスカスは、こんなものよ。また葉をつけて花を咲かすから大丈夫」と太鼓判を押していた。女房は、早速肥料と水をやっていた。

Sdscn0854_20200315102801  さて、往時の姿を取り戻すことができるのだろうか。

【3月14日の歩行記録】霙交じりの雨で外に出ず。151歩 101m

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2020年3月14日 (土)

№4465 こんなところまでコロナの影響が

 図書館に行ってきた。前回借りた10冊の本を読み終えたので返却をし、新たにまた10冊借りるつもりでいた。さてどんな本を借りられるのか、毎度のことながらワクワクしながら歩いて行った。ところが図書館は閉館だった。コロナウィルスの影響で、今月いっぱい閉めるのだそうだ。エッ、聞いていないよ。今回借りた本はすべて読んでしまった、さてどうしよう。とりあえず、図書館には本を返してきた。

Photo_20200314114901  まあ、自宅の在庫本を再読するか。なるべく厚めの本を5冊ほど本棚から引っこ抜いた。ところで、引っこ抜いた本はいつ読んだのか検索してみた。今日はその報告をしたい。私の本棚にある小説は、そのほとんどが一度読んだきりのものが多い。私の「読書ノート」は、1991年から30年間にわたる3487冊のリストになっている。2000年ころからは今のスタイルになったが、当初は読んだ本のリストだけで読了日の記録がない。

 まず、先日感銘を受けた馳星周の処女作『不夜城』を取り出した。果たしていつ読んだのか検索してみた。まだリストが完備していない1997年ころに読んだ本のようだ。奥付の日付は、平成八年九月三十日となっていた。私の好きな馳星周の処女作をもう一度再読してみよう。

 さらに取り出したのが、船戸与一の『蝦夷地別件(上)(下)』だ。この本は2段組で、上下合わせて1120頁もある大作だ。これも前に完読したはずだが、果たしていつのことだろうか。やはり検索してみたら、2007年12月から2008年1月にかけて読んでいた。船戸与一は、惜しいかな2015年4月に亡くなった。私より2歳年上だったので、結構若くして亡くなったのだ。彼の処女作『砂の上のクロニクル』もどこかにあるはずだが、これは探すのが大変なのでやめた。船戸の畢生の名作「満州国演義(全9巻)」もいずれ再読してみたい。

 池澤夏樹も私の大好きな作家だ。久し振りに読んでみようと取り出したのが『マシアス・ギリの失脚』だ。この本も535頁の大作だ。奥付は1993年6月となっていたが、読んだのは2006年7月となっている。しばらく本棚に眠っていたのだろうか。池澤夏樹の本で今でも忘れられないのが『静かな大地』だ。この本も、「読書ノート」を検索すると、どこかの本棚に眠っているようだ。

 佐々木譲の『勇士は還らず』も目に付いて、本棚から取り出した。どうしても取り出すのは、私の好きな作家だね。1997年11月の奥付があるから、23年前に読んでいるのだろう。もちろん、内容は覚えていない。佐々木譲の本もたくさん読んだが、なんといっても面白かったのが、第2次大戦三部作というべき『エトロフ発緊急(ウナ)電』だったね。この本を検索してみたが、リストにはなかった。ということは1991年以前に読んだのだろうか。自宅のどこかにあるはずだ。

Sdscn2019  図書館休館で、思わぬ本棚探しが楽しかった。

【3月13日の歩行記録】5,253歩 3.5km

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2020年3月13日 (金)

№4464 もう花が咲いているよ

Dscn2006  今日あたり「開花宣言」が出るのかな。ところがその宣言を前に、世の中は花盛りだ。我が家の前を流れる見沼代用水沿いには、すでに2週間ほど前から早咲きの桜が咲いている。今日は、周辺の花探しの旅をしてみたい。

Sdscn1996  見沼用水の土手に咲いているのは連翹だ。連翹も春一番に咲く花だ。まだ開花したばかりなのかもしれないが、満開になると土手を黄色に染める。

Sdscn2009  この時期に匂いの強いのは、沈丁花だ。マスクをかけていても、マスク越しに匂いが漂ってくる。私は散歩しながら俳句を思い浮かべている。「マスク越し沈丁花の匂い籠もる」と作ってみたが、マスクも沈丁花も季語だ。あえなく、この俳句は却下だね。

Sdscn2012 Sdscn2010  肝心のソメイヨシノはどうか。相当蕾が膨らんでいるが、開花まではまだ時間がかかりそうだ。開花すると綾瀬川岸をピンクに染める。この土手の桜は、住宅地開発の時に植えてもう30年にもなる。桜は30年も経つと大木に成長する。ただ、ソメイヨシノの寿命は60年余りと短い。

Sdscn2014  早春のこの時期の代表的な花は辛夷である。農家の庭先を真っ白に染めている。ここでまた俳句を考えた。

辛夷咲く農の裏には屋敷林

 庭の辛夷の花と黒い屋敷林の森が対照的だった。

Sdscn2013  この日は、散歩道を埼玉県民活動総合センターまでたどった。散歩道沿いには、菜の花の黄色も目立った。

【3月12日の歩行記録】12,838歩 8.6km

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2020年3月12日 (木)

№4463 久し振りのゴルフ仲間

 定例ゴルフ会があった。この会の常連の3人は決まっているが、あと一人はゲストである。そのゲストがなかなか決まらない。今月はしようがないと、3人でプレーすることも考えた。無駄だとは思ったが、かつてのゴルフ仲間3人に声をかけてみた。そしたら、Eimeiさんからひょっこり「参加してもいいよ」という返事があった。やれやれ、これで4人になったね。

 彼は千葉県の市川に住んでいて、このゴルフ場までは結構遠い。一時車の運転を止めたといっていたが、果たしでこのゴルフ場にどうやって来るんだろうか。われわれ3人は、午前8時過ぎに到着した。そしたらすでにEimeiさんは到着していた。どうやら車で来たらしい。「このゴルフ場に2時間もかかった。やはり遠い」と愚痴を言っていた。

 最近彼と一緒にゴルフをやった事はない。いつ以来かと考えてみたら、那須でのゴルフ合宿以来だから、3年も前のことになる。同伴のMasaoちゃんもまっきぃも、彼の参加に大喜びだった。そうだ、この4人で金沢のまっきぃの実家に泊ってゴルフをやった事もあった。 何時のことだったろうか。このブログで検索してみたら、2016年の5月だった。

Img202003111250591  昨晩までの雨も上がり、この日は快晴だった。このゴルフ場は小高い丘にあるから、晴れたら360度のパノラマを眺められる。筑波山から男体山、赤城山から妙義までよく見えた。ただ、問題は風がどうかだ。ゴルフで厄介なのは、むしろ雨より風である。5~6メートルの風だったろうか、気にしなければいいのだが、矢張りどうしても気になる。

Img202003111235531  久し振りにEimeiさんのスウィングを見たが、無理のないスウィングから遠くに飛ばす技術を持っている。いつも彼のスウィングを見てほれぼれするのだが、力みタイプの私には真似ができない。それでも練習していなかったせいか、OBや1ペナを打っていた。もう少しコースに出たらいいスコアで回れそうだが、それでも月2のゴルフをやっているというから、平均だね。

 なんといってもすごいゴルフをやっていたのがMasaoちゃんだ。特に印象に残ったのが、OUTの7番ホールだ。ドライバーは右のラフに入れたのだが、そこから残り170~80ヤードもあったろうか、ものすごい球を打ち2オンしていた。フルスウィングで真っ芯に当てる技術はすごいもの、と感心してしまった。彼の集中力はいつ見てもすごい。特にパターの集中力はすごいものだ。

 私は先日那須で練習してきたので、その成果が出るかと期待して臨んだ。ところが全然だめだった。買った当初は6番のユーテリティが面白いほど真っ直ぐ飛んだ。それが前回からうまく当たらなくなった。それでも頼りはそのクラブなので使ってみたが、ほとんど当たらない。まッきぃが慰めに、「今日は風が吹いていたので、タイミングが狂ってしまったんだよ」といってくれた。ただ、このクラブが当たらないとゴルフにならない。もう一度練習場で調整してこよう。

 そういえば、まっきぃが「那須でのゴルフ合宿からもう3年になるね。あまり大げさでなく、この4人でまた那須に行こうよ」と提案していた。私にはもちろん異論はないが、他の二人もその意見に賛成していた。まあ、4人だから前日に那須に入り、2泊3日で2プレーしようと決めた。ゴルフ場はチフリ湖と塩原CCかな。こういうことになるとすぐに決まってしまうのが日程だ。4人とも基本的にフリーなのだ。

【3月11日の歩行記録】14,534歩 9.7km

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2020年3月11日 (水)

№4462 東日本大震災から9年

 2011年3月11日午後2時46分、東北は突然大地震に見舞われた。マグニチュード9というとんでもない大地震だった。私は、その日のことはよく覚えている(その日のブログ記事)。このブログでも何度か紹介したと思うが、那須で畑を耕していた。多分、今の時期だからジャガイモを植える準備をしていたのだと思う。その畑に、珍しくOhnoのお父さんが顔を出した。そして、彼の幼少期の話を聞いていた。

 お父さんは、島根の貧乏百姓の家に生まれ、子どもの頃は畑仕事の手伝いが日課だった。そして大きくなったら、決して畑仕事をしないと決意したのだそうだ。その後、鍬など持ったことがないと話していた。そのお父さんが帰ってすぐ、何か頭がくらくらして、眩暈のような症状が出た。あれどこかおかしいかなと思っていた瞬間、大地が波のように揺れた。周りの樹木もざわざわ揺れていた。大地が波を打つ初めての経験だった。

 結構大きな地震だなと思っていた。長い揺れだったが、その揺れも一段落したので、再度畑を耕し始めた。そしたら隣りの畑のお父さんが、「大地震が起こった。畑を耕している場合などではない。すぐに家に帰って、自宅の点検をするべきだ」と忠告してくれた。そんなに大きかったのかと驚き、改めて『あるるのいえ』に帰った。幸い、自宅は食器が2~3個落ちて割れている程度だった。ただ、向かいのOhno家は酒瓶が棚から落ちて、家中酒臭かった。

 さて、どうなのかとテレビを点けた。ちょうど三陸の大津波が映っていた。これはすごい津波、とびっくりしてしまった。家や車が流されていく姿が、生々しく映っていた。それぞれの家や車の中にはまだ人がいるのではないか、と思うと気が気ではなかった。宮城県の名取市の農家もテレビに映った。大津波が、徐々に農家を飲み込んでいった。多分、あの家にはまだ人がいるだろうと思うといたたまれなかった。それからはテレビにくぎ付けだった。三陸の釜石だったろうか、高い堤防を越えて津波が町を飲み込んでいくのが生々しかった。

 問題は津波だけではなかったことが分かった。福島の双葉町にある原子力発電所が、津波に襲われて爆発してしまったのだ。今まで大きな原子力発電所の事故は、ロシアのチェルノブイリとアメリカのスリーマイル島の事故が有名だ。しかし、9年経ってみると、この原子力発電所の事故が何よりも大きな影響力を持っている。

 今から考えると、まだ技術開発が完全でない原子力発電所を見切り発車したのが、この事故につながった。あの当時は、コストの安い原発をどんどん作れと号令がかかっていた。まるで、そのしっぺ返しのような事故であった。あの原発事故さえなかったら、東日本大震災ももっと変わった様相を表していたに違いない。この大震災での死者・行方不明者と関連死者は2万2167人である。

 被災地は徐々に旧に復しつつあるが、どうにもならないのが原発事故跡地だ。40年で事故跡を旧に復する計画だったが、9年経った今もほとんど見通しが立たない。この間、太陽光発電や風力発電などの新電力が開発されつつある。一部ではあくまでも原発にこだわっている勢力があるが、なぜなのかわからない。多分、原発で利益を受ける人がいるのだろう。

 あらためて東日本大震災を反省するとき、どうしても原発はやめたいと思うのが人情である。それが技術的にも可能な時代なのだ。

【3月10日の歩行記録】4,260歩 2.9㎞

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2020年3月10日 (火)

№4461 2月に読んだ本

 毎月読んだ本の報告をするこの記事は、このブログ始めて以来の習慣だ。もう12年にもなるが、この報告は欠かしたことがない。今日も2月に読んだ本の報告をしたい。

 2月は、毎年緊張して迎える。というのも、例月に比べて短いからだ。今年は閏年で一日多かったが、それでも短い。一日150頁~200頁読んでいるものにとって、その一日が大切だ。例えば2日短いとすると、300~400頁例月より読書時間が短い。最近、私の読書は最低目標の月5000頁読了をぎりぎりでクリアしているので、今年は月が改まってから読書スピードを上げた。結果は、14冊・5498頁の本が読めた。目標クリアである。

 老人の暇な時間を送っているものにとって、読書は何よりの楽しみである。老婆心ながら、読書をしない老人は毎日何の楽しみをもって普段の生活を送っているのだろうか。ともあれ、周りに本があると精神が安定するから不思議なものだ。本はどんどん飛ばして読んでいるので、読んだそばから忘れていく。まあ、それでもいいかなと思いながらの読書生活だ。

 2月はこういうエピソードもあった。遊びに来ていた孫のRukaが、「ジジ、何か面白い本はないの」という。最近読書にはまったらしい。うん、いい傾向だ。自宅にはいくらでも本があるので好きなものを持っていくようにと、本棚に案内した。なんやら10冊ばかり選んでいたようだ。そうだ、私のとっておきの本を貸そうと取り出したのが、沢木耕太郎『深夜特急』三部作だ。他の本はあげるが、著者サイン入りの『深夜特急』だけは返すように言っておいた。

 それでは、2月は何を読んだのかを報告し、2~3冊について軽い感想を述べたい。

篠田節子『銀婚式』313頁 毎日新聞社 2011年12月刊

新城カズマ『島津戦記』428頁 新潮社 2014年9月刊

北原亞以子『化土記(けとうき)』365頁 PHP研究所 2014年11月刊

門井慶喜『屋根をかける人』365頁 角川書店 2016年12月刊

熊谷達也『我は景祐』490頁 新潮社 2019年11月刊

佐藤賢一『アメリカ第二次南北戦争』443頁 光文社 2006年8月刊

柴田哲孝『異聞・真珠湾攻撃』467頁 祥伝社 2018年7月刊

古川薫『斜陽に立つ』424頁 毎日新聞社 2008年5月刊

福田和代『迎撃せよ』389頁 角川書店 2009年1月刊

久間十義『デス・エンジェル』291頁 新潮社 2015年10月刊

馳星周『雨降る森の犬』418頁 集英社 2018年6月刊

鳴海風『ラランデの星』392頁 新人物往来社 2006年8月刊

鳥越碧『秘恋 日野富子異聞』357頁 講談社 2014年12月刊

堂場瞬一『十字の記憶』356頁 角川書店 2015年8月刊

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 私は馳星周の本はたくさん読んでいる。その作品のほとんどがノアール小説(暗黒小説)としてである。彼の小説では、簡単に人の殺し合いをやる。実際はそんなことはあり得ないと思いながら、胸湧き躍らせて読む。ノアール小説は、「謀略戦、騙しあい、外国人マフィア、やくざ、不良少年といった暗黒社会の住人が登場人物のメイン」である。馳は、もっぱらそういう小説を書く作家だと思っていた。

 ところが、今回読んだ小説はガラッと変わった話で、馳にこういうテーマがあるのに驚いた。しかも、私にとっては大好きなテーマだった。これだけ小説を読んでいても、寝る間も惜しんで読むものなどそんなにはない。しかし、この小説はそれこそ寝ないで読んだ本だ。読書の楽しみを十分に味わえた。

 内容は、家庭内の葛藤を抱えた中学生の雨音(あまね)という少女と、これも若い後妻とうまく行かない大金持ちの家の高校生の少年正樹が、バーニーズ・マウンテン・ドッグという犬を介して癒されていくという話だ。これに介在していたのが、雨音の山岳写真家の叔父道夫である。彼は基本的にあまり人の生き方に関与せず、あるがままに生きろというスタンスだ。山の生活と、イヌとの共同生活の中で次第に成長する姿が、読むものにほっとさせてくれた。

Sdscn1916 この本のサブタイトルは、「乃木希典と児玉源太郎」である。基本的には、乃木希典が偉大な将軍だったのか、それとも愚将であったのかを検証する小説だった。私は、古川薫という作家の本を読むのは初めてのことだ。この本は、先日那須に行って乃木神社を訪ねたもとになる本だ。

 面白かったのは、司馬遼太郎が彼の小説『殉死』や『坂の上の雲』などで乃木希典を盛んに酷評していた。特に日露戦争の最大の山場、203高地の攻略について、口を極めてその無能ぶりを非難した。司馬のこの小説の影響もあったのか、私の中でも乃木希典がとんでもない凡庸な将軍、という固定観念がある。司馬は、また長州人の無能ぶりを口酸っぱくののしっている。

 古川の小説は、むしろ乃木希典をかばうような話だ。司馬があれだけ乃木を非難するのはかわいそうだ。むしろ非難されるべきは、東京にあった大本営(その当時は大本営とはいっていなかった)の作戦指揮の将軍どもだ、というのである。むしろ現場指揮者としての乃木は、本部の指令に逆らって頑張ったと述べている。まあ、これは歴史の検証に待たざるを得ないね。

Sdscn1909

 鳥越碧の本は、目につく限り読んでいる。彼女は、歴史に残る女性の生き方に肯定的に物語を進めている作家だ。今まで読んだ鳥越の本を振り返ってみると、『和泉式部』、『一葉』、『漱石の妻』、『兄いもうと』、『花筏』、『波枕おりょう秘抄』、『建礼門院徳子』、『めぐり逢い 新島八重』などがあげられる。

 『漱石の妻』では天下の悪妻といわれた夏目鏡子をかばう立場だったし、『兄いもうと』では正岡子規の死の病床で懸命に看病するいもうとの話だった。『波枕おりょう秘抄』では、坂本龍馬の死後の彼女への追跡が印象に残る小説だった。『めぐり逢い』でも、新島八重の生き方に共感を覚えた。鳥越は、女性をかばう立場にいると感じた。

 今回の小説『秘恋』は、後世に悪女とされた足利幕府第八代将軍義正の正妻日野富子の恋の小説だった。古代や中世の小説はあまり資料が残っていないから、自由に発想を飛ばして書ける。小説としては面白かったが、本当にこういうことがあったのかどうかはわからない。

【3月9日の歩行記録】9,339歩 6.3km

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2020年3月 9日 (月)

№4460 新進ランナーの誕生

 新型コロナウィルスの影響で、スポーツイヴェントの中止か無観客試合が続いている。休日はスポーツ観戦を楽しみにしているものにとっては、寂しい限りである。そういう中で、昨日の「名古屋ウィメンズマラソン」は久し振りにに興奮したレースだった。先週の「東京マラソン」では、大迫傑が日本新記録で優勝したばかりである。

Photo_20200309092901  昨日の名古屋は小雨が降り、寒くてコンデションはあまり良くなかった。私は、そんなに期待してこのマラソンを見ていたわけではない。ところが尻上がりに興奮していった。私はあまり知らなかったのだが、興奮の要因は一山麻緒の快走である。特にすごかったのが、ペースメーカーがはずれた30㎞以降の走りだ。

 悪コンデションに、25㎞以降ペースメーカーもスピードが落ち込みがちだった。それにしてもすごいと思ったのは、ペースメーカーがそれまでは1㎞3分20秒のペースを確実に刻んでいったことだ。その正確さに驚いていたのだが、そこは人間、徐々にペースが落ちていって3分28秒までになった。その落ち込みに、満を持していた一山麻緒が30㎞手前でペースメーカーを追い越す勢いだった。

 ペースメーカーがはずれてから、一山のスピードはすごかった。それまでの3分24~5秒から10秒も早い3分14秒で走った。それがその時ばかりでなく、30㎞から35㎞まで続いた。そしてそのスピードは、ゴールまでほぼ落ちなかった。一山よりいいタイムを持っていた外国選手も、このスピードにはついて行けない。

 普通、マラソンは30㎞過ぎが疲れのピークで、徐々にスピードが落ちていくものだ。30㎞までの勢いをどこまで持続できるのが、勝利の条件だと思っていた。それが、昨日の一山の走りは違っていた。監督の永山がゴーの指令を出したら、それまでで押さえていたスピードが全開に解き放された。そのスピードは、外国の一流選手に負けないものだ。見ていても、気持ちの良い走りだった。腰の高い走り方も、美しいものだった。何より苦しい顔を一度も見なかったのは素晴らしい。

Photo_20200309093001  そして、日本国内で最高の2時間20分29秒で堂々優勝した。もしということはないのかもしれないが、コンデションがよければ2時間20分を切ったかもしれない走りだったね。関係者は大喜びだったが、MGCのプロジェクトリーダー瀬古利彦は一時「女子選手には期待していない」と言っていたが、さすが昨日の一山の走りには絶賛していた。

 そして、先週の大迫に続いて一山もオリンピック出場が内定した。世界の壁は高い。男子マラソンもそうだが、女子マラソンは、世界最高が2時間14分台である。ただ昨日の一山の走りを見ていたら、まだまだ記録が伸びる予感を感じさせた。とんでもない選手が出てきたものだ。

【3月8日の歩行記録】7,233歩 4.8㎞

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2020年3月 8日 (日)

№4459 「あなたの頭は電波が通りやすい」

 前にもお知らせしたが、本態性振戦の治療で熊谷総合病院に行ってきた。自宅から車で1時間ほどのところだった。この日は治療ではなく、様子を聞きたいと思って訪ねた。事前に予約もしていたし、紹介状も携えていた。そのせいかすんなり診察を受けられた。

 診察前に、脳のMRI検査をした。その結果がすぐに出たようで、その検査を前提に治療を受けた。 というのも、担当医は「MRI電波の通りが悪い人がいる。通りが悪い人は別途治療を考えなければならないが、あなたの頭がすこぶる電波の通りがいいですね」と、まるで頭がからっぽのような言い方をしていた。

 手術ができるということが確認できたので、手術をするかどうか問われた。私の本態性振戦は、左右両方だ。ところが一回の手術でできるのは、右か左の片一方という。保険も一回だけは効くらしい。両方を手術するとなると、保険が効かない側の手術は、200万円するといっていた。まあ、困っているのはどちらかというと、利き手の右だ。今後二回目の手術が出来るかどうかは、厚労省の決定次第だ。

 いずれMRIのような機械に入って、脳の奥側を超音波で60度くらいの温度で焼き切る手術のようだ。危険がないのか聞いてみたら、「どんな手術にも危険はつきものです。ただ、治った方には喜ばれていますよ」ということだ。それじゃ右側の手術をしようかな。その決断を告げたら、もうすぐに手術日が決定した。4月の下旬で、2泊3日の入院が必要だという。健康保険を使っても10万円くらいはかかるらしい。

 昨年の2月、女房が3週間ほど入院した。その時、健保組合に「限度額適用認定証」を申請した。その結果、入院治療代はほとんど返って来た。今回も申請したら、そんなにお金はかからないだろう。私の人生では初めてのことだが、入院して手術をすることに決めた。

 診察台で、本態性振戦がどれくらいのものなのか簡単な診察をした。もっぱら本態性振戦は、手の震えがどの程度のものなのかで診断がつくようだ。私の検査では、それほどひどいものではないらしい。ひどい人は、絶えず手の大きな震えがあるのだといっていた。

 このFUSの医療機器は、イスラエルで開発され、ヨーロッパやアメリカで定着していったらしい。この治療方法が日本で行われるようになったのは、わずか5年ほど前だという。この病院でFUSをやるようになったのは3年前だという。保険適用が決まったのが昨年の6月だったらしい。治療方法が新しいので、治療効果がどれくらいあるものなのか、また、再発するものなのかの検証はなされいていないとのことだ。

 ただ、保険適用になったということは、厚労省もその効果を認めたことだ。失敗したら取り返しがつかなくなるかもしれないが、まあ、ここは自分の決断に賭けることにした。

【3月7日の歩行記録】8,548歩 5.7km

 

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2020年3月 7日 (土)

№4458 パソコンの翻訳機能

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Photo_20200306095301  先日パソコン講座受講で、翻訳機能について学んだ。パソコン上部にある【…】をクリックすると、「拡張機能」がある。その欄にある「Translator For Microsoft Edge」をONにすると、お気に入りの欄にこのような文字が貼り付く。もちろん無料である。

Nytimes  試みに、アメリカのNew York Timesをこの機能を使って読んでみよう。上記画像は、ニューヨークタイムズの元版だ。これを記号をクリックして日本語版に翻訳すると以下の画像になる。

Photo_20200306100301  「翻訳する」をチェックすると、たちどころに日本語になる。これは英語だけでない。ドイツ語やトルコ語、タイ語などを翻訳してみた。日本語の翻訳版が出てくる。なるほど、こういう無料の機能があるのだ。

 これでタイの新聞を読んでみた。そしたら、タイのおすすめ観光地が出ていた。なるほどこういう使い道があるのだと分かった。

 私は海外旅行に出ると、もっぱらYahooの日本語版ニュースを見ている。テレビをみていても現地語がわからないので、めったに点けない。もちろん現地の新聞を読むこともない。今ではどこの国に行っても、インターネット接続ができる。私はパソコンを持っていくので、現地の情報にアクセスして情報は得ることができるのだ。ただ、現地語か英語なのでアクセスすることもなかった。

 それが、この翻訳機能を使うと、どんな情報でもたちどころに日本語に翻訳してくれる。今まで使ったことがなかったが、今度海外旅行をするときにはこの翻訳機能を使ってみよう。

【3月6日の歩行記録】9,681歩 6.5km

 

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2020年3月 6日 (金)

№4457 朗報

 那須から帰るときにはラジオに耳を傾けている。聞いているラジオは、たいていがTBSラジオだ。ただ、矢板付近まで来ると、TBSラジオは雑音が入り聞きにくくなる。その時には栃木のFM放送、ラジオベリーに替えている。

 さて、那須の帰りにTBSラジオで聞いていたら、耳寄りな情報が流れていた。今年の春は早い。まだ3月上旬なのにも関わらず、スギ花粉は57%がすでに飛散しているという。残りの花粉の大半も、来週中には飛散するだろうという予測だった。

 花粉症はこれからと思っていた私にとっては朗報だ。これまでも目のしょぼしょぼ感、花のグズグズはあった。しかし、これまでのところたいしたことはない。例年、花粉症の最盛期の症状は、こんなものではないのだ。

 世の中は「新型コロナウィルス」のニュースに満たされている。インフルエンザはこれ以上なはずなのに、インフルエンザ情報も花粉情報も忘れられている。ただ、当事者にとって新型コロナウィルスも重要だが、今自分が抱えている症状の方が深刻だ。この時期私にとって、花粉症がどうなっているのかの方が重要な情報だ。

 ラジオの情報によると、どうやら今年のスギ花粉症は峠を越えたらしい。私にとっては、やれやれとホッとした情報だった。昨日は風が強かった。その風の中、自宅に帰ってから散歩に出た。さぞかしやスギ花粉をたっぷり浴びただろう。今朝起きてみたが、その影響は大したことがなかった。

【3月5日の歩行記録】8,311歩 5.6㎞

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2020年3月 5日 (木)

№4456 那須でゴルフ練習

 このところ晴と雨の日が交互に続いている。この日は朝からどんよりしていて、午後からは雨が降り始めた。このことを予測して、那須にゴルフクラブを持ってきた。今日は久し振りにゴルフの練習をしよう。

Dscn1987  周辺にはゴルフ場がたくさんあるが、ゴルフ練習場もたくさんある。しかも安い。埼玉の自宅の近くの練習場は、1球12円である。ところが那須の近くの練習場は、1球5円だった。1000円で200球打てる。普段は100球前後しか打っていないが、この日は1000円で200球のボールを買った。さて200球打てるかな。

 私は、練習場ではドライバーなど大きなクラブの練習はしない。アプローチ等の短いクラブの練習をしている。この日も最初にはじめたのが50ヤードのアプローチ練習だ。最初のうちはシャンクボールが出た。あれおかしいな。打ち方の修正をした。

 このところ、前は絶好調だったピッチングウェッジが最近はどうも上手く打てない。今日はピッチングの練習を重点にしよう。やはり最初は上手く当たらなかった。打ち方を若干の工夫した。そしたら、ほとんど真っ直ぐ飛ぶようになった。打ち方をINサイド⇒OUTにしてみたのだ。この打ち方が正しいのかどうかは分からないが、この日はほぼ真っ直ぐ飛んだ。

Dscn1990  どこの練習場にもゴルキチが集まっている。この日も5~6人が集まっていて、ゴルフ談議をしていた。隣の打席でこういう打ち方が良いと指導を受けている人がいたが、私が指導を受けることはない。一度教えを乞いたいと思うのだが、どうなのだろう。

 ピッチングでうまく打てた打ち方を他のクラブでも試みた。ほとんど真っ直ぐ飛んだ。ピッチングとともに私にとって問題のクラブは、8番アイアンだ。8番アイアンがうまく打てたら、グーンとスコア改善につながるだろうと思いながら、今まで練習場にはいかなかった。やはり、ピッチングの打ち方で8番アイアンを打ってみた。なんとうまく打てるじゃないか。

 いつの間にか、200球を打ってしまった。さて本番ではうまく打てるだろうか。ただ、練習場でうまく打てたからといって、本番でうまくいく保証はない。もっともっと練習をしなければならない、と痛感した。

Dscn1991  良い汗をかいた。温泉で汗を流そうと、いつもの自在荘に行った。顔馴染みの番頭さんが、暖かく迎えてくれた。

【3月4日の歩行記録】3,836歩 2.6㎞

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2020年3月 4日 (水)

№4485 手術の前の健診

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 前にもお話ししたが、4月下旬に「本態性振戦」の手術をする。手術の内容は、脳の深層に電磁波を照射し、60度の温度で患部を焼き切る手術だという。電磁波の照射なので、開頭することも直接脳をいじる手術でもないという。日本に9台しかないFUSという医療機器を使うのだそうだ。そもそも本態性振戦の患者は少ないし、手術もあまり聞きなれないかもしれない。ただ、調べてみると日本に300万人の患者はいるという。

 埼玉県でこのFUSという機器を持っている唯一の病院が「熊谷総合病院」だ。自宅から車で1時間ほどのところにある。最初に電話をしたときに電話口に出たのが、事務のKawasakiという男の人だった。診察の相談も彼を通して行った。そして、この日は手術前の健康診断だという。午前10時15分まで病院に来るようにとのことだった。

 私は、10時の10分ほど前に病院に着いた。受付で診察券を挿入していると、後ろで声がかかった。「お待ちしてました」と声をかけてきたのが、くだんのKawasaki氏だ。あれどうしてこの時間に来るのが分かったのだろうか。「このくらいに着くだろうと、あらかじめ予想して待っていました」というのだ。病院で事務の方が患者を待つというのも初の体験だ。しかも、この病院は大病院だ。

 この方が親切にも、この日は最初から最後まで付き合ってくれた。病院というのは不愛想、というのが相場だ。なぜこんなに親切に付き合ってくれるのだろうか、わからなかった。

 この日は10時30分にMRI検査があるので、それまで来るようにとの話だったはずだ。それが着いた早々に、担当医の診察が始まった。最初に聞いたのは「今日は何月何日ですか」という質問と、「ここはどこですか」という質問だった。多分、認知症検査だったのだろう。症状の状態も調べられた。ここでは簡単な診察で終った。

 その後は、いろいろな検査があった。血圧測定、血液検査、心電図検査、肺のレントゲン、そしてメインのMRI検査だ。そのすべての検査にKawasaki氏は立ち会っていて、一つの検査が終わると次の検査室に案内してくれた。こんな親切なのは何が原因なのだろうか、病院でこんな扱いを受けたことがないと変に勘ぐってしまう。

 すべての検査を終えて、最後にはリハビリ室で担当医が振戦の状態を調べる検査をした。文章を書くのと曲線を引く検査だ。日本語を書く状態はそんなに変なものではなかったが、直線・曲線を引くとなるとひどいものだった。線が大きく乱れた。右も左も検査したが、特に左の方の乱れがひどかった。ただ、今回の手術は右か左のどちらか一方だ。私は、利き手の右を手術することに決めた。

 最後に、担当医の診察があった。ここまで半日の検査だった。その半日間、ずーっと付き合ってくれた事務のKawasakiさんにその親切さに改めてお礼を言った。最後は、入院のガイダンスがあった。病室は個室とのことだ。入院は2泊3日だ。病院にはwi-fi電波はないが、パソコンの持ち込みは個室なのでOKだそうだ。私は入院・手術は初めてのことだ。すべてが目新しかった。

 最後に、入院に車で来てもいいか聞いたら、退院のときに正常な状態でないから車の運転はダメと言っていた。女房には付き合わなくてもいいよといったのだが、矢張り入院の時には病院に送ってきてもらう必要がありそうだ。

【4月2日の歩行記録】4,597歩 3.1㎞

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№4455 那須と乃木希典

 先日、ある本を読んでいたら、乃木希典と那須には深い関係があると知った。もう忘れられている軍人だが、乃木希典は明治の軍人だ。明治天皇が亡くなった際、乃木夫婦は大葬後殉職した。それに感動して、全国には4か所の【乃木神社】が建てられた。那須にその一つの神社がある。那須に行ったら、立ち寄ってみようと思っていた。

Dscn1968  この日は天気が良かったので、那須の【乃木神社】に行ってみた。カーナビで約30㎞ほどだった 車で40分ほどかかった。入口には、この神社の由緒が書かれていた。それによると、乃木将軍は明治23年親戚に土地を譲り受けた。面積は農地3ヘクタール、山林10ヘクタールの広大なものだった。

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 乃木は、この神社の後ろに当たる場所に住宅を建て住んだ。乃木希典は、従軍中4年ほど休職して、この地に住んでいたようだ。彼の理想は、「晴耕雨読」だった。48か月にわたって住んでいたようだが、彼を田舎に閉じ込めていられるほど、世の中は平穏ではなかった。日露戦争が始まったのだ。乃木は、明治天皇に絶大な信頼を得ていた。乃木へ参戦の命令が下った。

 乃木は、この那須から旅順に行ったようだ。そこで203高地の攻略の作戦の中心軍人になった。有名な203高地攻略で、日本の軍人は7万人弱の死傷者を出した。この戦略を口酸っぱく批判したのが、司馬遼太郎だ。何ら工夫がなく、ただ力押しをしてあたら日本軍の犠牲を山積みしていったことに、「乃木は無能の軍人」と指摘した。一体に司馬は、長州人には批判的だった。乃木も長州人だ。この攻略では、乃木の二人の息子も犠牲になった。ここでは、乃木の是非は問わない。

Dscn1972  神社の後ろ側には鬱蒼とした森が広がっていた。この森は、乃木ができるだけ手を入れないで自然のまま残すように指示していた。500本の原木があり、シラカシ・ケヤキ・スギ・椿など30種類ほどあるようだ。森の隅には、今でも清水が湧き出ていた。森林浴にも最適のようだ。この森を訪れる人が多いかどうかは知らないが、この日はひっそりしていた。

Dscn1983  那須には、もう一カ所乃木の遺品を展示している温泉がある。茶臼岳の麓にある大丸温泉だ。久し振りに温泉に浸かりがてら、行ってみよう。乃木の旧宅から40㎞近くあり、標高も1220mほどだ。乃木が愛した温泉のようだ。しかし旧宅からは遠い。どうやって来たのか宿の人にい聞いてみたら、その当時は馬に乗って来たという。

Dscn1984  ロビーの隅に乃木の遺品が飾られていた。乃木の手紙や着ていたものなどが飾ってあった。この温泉は美人の湯だ。ただ入湯料が1000円と高く、めったに来ることはない。しかし、ここに来たからには温泉に浸かって帰ろう。ここの温泉には、プールの広さほどの露天風呂がある。この露天風呂は混浴だ。3組のアベックが肩を寄せ合って入浴していた。混浴を楽しんでいたので、邪魔にならないように早々と退散した。

【3月3日の歩行記録】7,423歩 5.0㎞

 

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2020年3月 3日 (火)

№4454 那須に避難しよう

 いろいろな行事がすべてキャンセルになった。そうだ、那須に行こう。那須は、今の時期人も少ないし、ほとんど人に会うこともない。新型コロナウィルスは、人から人に感染するようだ。政府の指示で、学校も一斉休校になった。子どもたちには行き場がないようだが、私には避難場所として那須がある。

 女房もすべての予定がキャンセルになったようだが、今回も私一人で行くことにした。那須に行くのに、持って行くものはいつものことで慣れている。まずはパソコンである。スマホでもブログ発信はできるが、どうもスマホに文字を打ち込むのはいつまでたっても慣れない。勢い、どこに行くにもパソコンは必需品だ。テザリングのためにスマホも必須だ。

 那須では十分に時間がある。今回は4日の滞在のつもりだが、読む本を持って行く必要がある。まあ2冊も持って行くと十分なのだが、念のために厚めの本を3冊持って行こう。これだけは読めないだろうが、不測の事態に対応するためだ。常備薬も必要だ。ただ、着替えは那須には充分にある。着る物を持ち込む必要はない。

Dscn1964  女房が「持って行って」と渡したのが、マスク4枚だ。そのうちの1枚は手作りのマスクだった。そのマスクは後ろに紙を巻いていたので、掛けていると息苦しかった。とうとうマスクが底をつき、自家製のマスクが必要になった。

 さて、那須では時間があるだろうと、珍しくゴルフクラブも持ってきた。時間を見て、ゴルフの練習もしたいね。それやこれやもあって、車の荷台はまた一杯になった。途中、スーパーで食料もも必要以上に大量に買い込んだ。これも安心のためだ。

 この日の天気は雨だったが、午後にはあがるだろうという予報だった。ところが終日雨だった。那須に着いたら散歩に行こうと思ったが、雨で行きそびれてしまった。

【3月2日の歩行記録】2,942歩 2.0㎞

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2020年3月 2日 (月)

№4453 東京マラソン2020

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 昨日「東京マラソン2020」が開かれた。例年、このマラソンは、出場者が多いマンモスマラソンである。当初は38000人の出場予定者が出る予定だったが、新型コロナウィルスの影響で一般参加申し込み者は出場停止になってしまった。走ったのは、特別選抜選手の200人余りだけだった。

 東京マラソンは、一方では東京オリンピックマラソンの3人目の代表出場者を決める大会でもある。この大会にはビッグ3である大迫傑、設楽悠太、井上大仁の争いでも注目された。東京オリンピック出場の条件は、昨年のMGCで決まった二人のほか、日本人一番で日本新記録の2時間5分49秒以下で走ることだった。日本記録は大迫傑の出したもので、これ以上で走ることが必須だ。それ以下の場合は、MGCで第三位だった大迫に出場権が決まる。

 試合前には、いろいろな駆け引きがあった。ビッグマウスの設楽悠太は、「2時間4分台で走らなければ、たとえ勝ったとしてもオリンピック出場は辞退する」と話していた。井上大仁も、試合前の好調が伝えられていた。昨年秋のMGCで3位になり、惜しくもその大会でオリンピック出場を逃した大迫傑も、果たしてどういう走りをするのか注目された。

 風もなく、天気も良く、この日は絶好のマラソン日和だった。朝9時からのテレビ中継を、ワクワクする思いで観戦した。それにしても、試合展開はものすごくハイスピードで推移した。20㎞時点までは、ゴール予測が2時間2分台と、とんでもない記録で走っていた。トップ集団に入っていたのは、日本人では井上と大迫の二人だった。あのビッグマウス設楽は絶えず第2集団で、トップ集団に追いつくことは一度もなかった。

 ところが、22㎞付近で大迫が落ちていった。第一集団に残ったのは、日本人では井上一人だった。普通、マラソンでは一度トップ集団から落ちると、なかなか回復は難しい。大迫もだめかなと思いながら観戦していた。ところが、ずるずる下がっていった大迫が32㎞付近で後ろから追い上げてきた。そして、ついには井上を捉えた。その時点で井上はいっぱいいっぱいで、大迫について行く末脚はもうなかった。

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 一時元気がなかった大迫が、なんとなんと元気を取り戻してきた。そして第二集団を引っ張るようになった。これは、大迫自ら記録した日本記録を更新するの勢いだった。さすが最後は横腹が痛くなったのか、お腹を押さえての走りだったが、スピードは落ちなかった。そして、ついに日本記録を再更新して、2時間5分29秒で走った。見事な走りだった。

 大迫は、一度日本新記録を打ち立てて1億円を獲得している。そして、今回再度日本記録を更新して、もう一度1億円を獲得することになった。オリンピックに出場できるかどうかは、琵琶湖マラソンでこの記録を破る選手がいない限り決まりだ。多分、この日本記録は破れないだろう。ということは、三人目は多分大迫で決まりだ。

 一方、井上は前半のオーバーペースがたたったのか、最後は燃料切れになってしまった。トップ集団に付いていくだけの実力がなかったと言えようか。結果としてみたら、一度落ちた大迫の冷静な判断が光った大会だったのではなかったかな。ビッグマウス設楽は、記者から逃げてしまった。

 それにしても、東京マラソンでの大迫傑の走りは感動的だった。久々に興奮しながらマラソン観戦をした。

【3月1日の歩行記録】12,231歩 8.2㎞

 

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2020年3月 1日 (日)

№4452 唐突な「全国一斉休校」

 安倍首相から突然、小学校・中学校・高校・特別支援学校への休校要請が出された。前代未聞の事である。この要請が、社会に様々な波紋を呼んでいる。この要請には、事前の北海道の鈴木知事の「緊急事態宣言」があった。全国で北海道に新型コロナウイルス患者が一番多い。北海道知事の「潔さ」は、好感を持って迎えられた。その数時間後、安倍首相の今回の要請だった。

 北海道の事情は理解できる。しかし、これが全国一律となると疑問が残る。それぞれの地域にそれぞれの事情がある。例えば、私の棲む埼玉県には、患者が一人だけである。さらに、私の故郷秋田では一人も出ていない。愛媛県の中村知事が「唐突過ぎる」と批判したのは分かる。事実、群馬県の太田市のように、一斉休校はしないと宣言した街もある。

 学校現場にも混乱は広がっている。年度末でこれから一年の締めに入るという重要な時期に、唐突の休校である。学年末試験もまだの学校もあるだろうし、思い出に残る卒業式も突然の中止である。試験なしでどうやって通信簿をつけるのだろうか、疑問もある。

 どうも、新型ウィルスに対する政府の対応がちぐはぐなのだ。例えばウィルス検査である。検査をしたいという人を断っている報道がなされている。日本では、一日900人の新型ウィルス検査をしているという。ところが、韓国では一日2万人の検査ができている。日本の医療事情が、韓国に比べて著しく劣っているとは思えない。何が原因なのか、早急に対策が必要だ。

 必要な人に必要な医療をするのが、今の喫緊の課題ではないか。どうも、政府のこのウィルスに対する対応が、ちぐはぐなような気がする。今回のウィルスが集中的に出ているのは、むしろ子どもというよりも老人にである。学校の休校もいいが、重点的には老人に対する対策であると思う。

 今はほとんどの家庭が共働きである。一斉休校で、家庭にも動揺が広がっている。子どもを家庭に置いたまま、両親が働きに出る不安がある。子どもも外に遊びに出れないとなると、家の中でゲームに没頭するのが目に見えている。家庭で学習をといっても、両親のくびきがないところで自主学習をするとも思えない。

 勢い、どちらかが職場を休まざるを得ない。北海道の病院では、看護師の不足で患者の受け入れを制限せえざるを得ないという。有給休暇で休める人は良い。ただ、パートやアルバイトは出社しないと給料がもらえない。政府はその対策もするというが、具体案は出ていない。

 この不安の根本原因は、安倍首相への不信任ではないかという識者がいた。私もそう思う。「桜」の問題といい、検察官の定年延長といい、しっちゃかめっちゃかである。

【2月29日の歩行記録】10,910歩 7.3㎞

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