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2020年4月

2020年4月30日 (木)

№5012 手術の後遺症

 さて、手術してからの後遺症はなかったのだったろうか。それがあった。ただ、耐えられないほどのモノではなかった。頭がフラフラしていて、まっすぐ歩くことができない。歩くと壁にぶつかるか転んでしまう。先生に言わせると、この現象も想定の範囲内で、一週間もたつと、この現象もなくなるというのだ。ただ、このまま電車で自宅に帰るというわけにはいかない。

 再度、女房に病院まで迎えに来てもらうことにした。午前10時の退院予定だったが。退院手続きもあるので、11時ころに迎えに来てもらうようにお願いした。それが、午前10時15分頃には退院手続きもすべて終わった。

 退院当日は、最後の試験でMRI検査をした。MRIの機械に1時間ほど入った。これで、今回の事前検査や手術でMRI検査は何度になるだろうか。私にはよく分からないが、レントゲンの影響はないのだろうか。その不安がありながら、朝のMRI検査は1時間ほどかかった。検査後に朝食を摂り、退院した。本当にあっけないほどだった。ただ、歩行は相変わらず頼りなかった。

 入院・手術代は、思ったよりも安かった。カードで支払った。お金が戻ってくるかどうかは分からないが、生命保険の手続きもした。診断書ができるまで2~3週間かかるといっていたが、次の病院での診断が5月7日という。その日までに診断書を書いてもらうように強くお願いした。連休もあるのでと、窓口は渋っていたが、果たしてどうなるんだろう。

 この病院は工事中で、入口が分かりにくい。女房は近くのスーパーの駐車場で待っていていた。200mほどあったのだが、そこまで行き着くのに悪戦苦闘した。まっすぐ歩けないのだ。ようやくたどり着いて、車に乗った。女房は丸坊主の姿を見て、「気持ち悪い!!」と叫んでいた。

 1時間ほどで自宅に着いた。しばらくベッドに横になっていたのだが、そのうちに起き出して散歩に出た。ふらふらしながら1時間ほど歩いてきた。これも根性だね。おかげで、その晩は充分に眠れた。 

 さて、それで手術の結果はどうだったのだろうか。軽々には判断できないが、晩御飯に3日ぶりにビールを飲んだ。以前はジョッキを持つと、中に入っていたビールがこぼれれるほど震えることがあった。しかし、この晩はビールを持つジョッキが震えることはなかった。ただ、あいかわらず右手に力が入らない。回復までに時間がかかりそうだ。

【4月29日の歩行記録】10681 歩 7.2km

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2020年4月29日 (水)

№5011 手術当日

 私は、今まで「手術」というものを経験していない。不安はなかったが、それでも若干の興奮もあり夜は眠れなかった。まあ、手術中寝ていればいいのでと思い、不眠の不安はなかった。ところがとんでもなかった。手術当日は、朝食も昼食も摂ってはいけないとのことだった。お腹は空いたが、我慢するしかないね。手術は午後1時からだ。3時間ほどかかるという。

 昨日頭をきれいに剃り上げたが、この日は念入りにさらに髪を剃った。剃ってくれた看護師は、もとは美容師だったらしい。昨日の看護師と違って、髪剃りには慣れていた。「これだけきれいに剃っても、先生からダメ出しが出るんですよね」と言っていた。髪があることが手術の邪魔になるというのだ。案の定先生がやってきて、髪が残している場所を指摘してさらに剃るように指示していた。100%丸坊主になった。

Img202004271122291  手術前に、一つの試験をした。紙の上に曲線と直線を書くことだ。実はこの検査は、受診した最初にも行っていた。その時も今回も変わらなかったが、曲線や直線をまっすぐ書くことができなかった。上の写真は、真面目に書いたものだ。この図で、手術がうまくいっているかどうかの試験をしていた。手術中も何度かこの図を書かされた。

 さて、午後1時にMRI検査室に入った。すぐに頭に大きな注射を4本打った。痛みを防ぐための麻酔薬の注射というが、これがものすごく痛かった。悲鳴を上げたが、「ガマン、ガマン」と諌められた。手術に立ち会った医者は、なんと5人もいた。それほど大袈裟な手術なのだ。

 注射を打った後、頭に金属が巻きつけられた。その金属をギリギリ絞っていった。何の金属かは分からなかったが、物凄く痛かった。そして、その周りに水を流した。私にはわからなかったが、多分そうなのだろう。いろいろなところで水漏れがあったようで、その修正をしてようやく水が漏れなくなった。

 さて、いよいよ手術開始だ。固定された体が、MRIの機械に入れられていった。眼鏡のようなものがかけられ外は覗けたが、体は固定されている。MRI内で眠れるかなと思っていたが、とんでもないことだった。大きな異音が耳元でガンガンして、眠れるどころではなかった。原因基に超音波を照射しているようなのだが、もちろん私にはわからなかった。その照射温度は、50度から59度だと事前にい聞いていた。

 耐えられなくなったら押すようにと、緊急のボタンも渡された。ただ、そのボタンを押すほど耐えられないということもなかった。そして、手術途中にくだんの紙をわたされ、曲線と直線を書いていった。その紙を見ながら、手術の経緯をチェックしていた。三度ほど書いたのかな、「順調にいっている」というう声が聞こえた。その手術は、約1時間半で終った。時計を見たら、午後2時半だ。

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 頭に巻いていた器具を取り外し、再度MRI検査をした。病室に戻ってきたのは、午後3時半ころだ。一人で歩くことはできないので、人生初めて車椅子に乗った。病室で、再度曲線と直線を書いた。手術前と違って大分真っ直ぐになった。これを見ていた手術立ち会った先生は、「だいぶ良くなったね」と話していた。これで手術は終わりだ。

 朝食と昼食を抜いていたのでお腹が空いていた。看護師の了解を得て、デコポンを食べた。ものすごく美味しかった。夕食後にもう一個デコポンを食べた。病院食はまずかったが、デコポンだけは美味しかった。夕食後も、買ってきたカリントウを悪いと思いながら、一袋平らげてしまった。

【4月28日の歩行記録】8,797歩 5.9㎞

  

 

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2020年4月28日 (火)

№5010 病気の有用な情報を入手

 手術も済んで、無事退院してきた。そのことを含め、追々記事を書き続けたいと思う。

 夕方の病院食を終えてしばらくしたら、夜間担当の若い医師が病室にやってきた。私の症状の診察をするためだった。彼は東京女子医大の医師で、夜間のみこの病院に勤務するという若い男性だった。彼と、この本態性振戦の話をしていたら、今まで知らなかった新しい情報を教えてくれた。

 そもそも私の病気が「本態性振戦」と分かったのは、還暦を過ぎて都立大久保病院の医師の診断を仰いでからだ。その医師は女医だったが、脳神経外科では日本でも権威と折り紙付きの人だった。その先生は、最初に私の脳のMRIを撮った。その画像を見ながらの診断では、「あなたはパーキンソン病ではなく、本態性振戦ですね」と言っていた。本態性振戦とは初めて聞く病名だった。

 先生の説明では、原因は分からないが、時々交感神経の接続がうまくいかない病気のようだ。「日常生活に支障がないなら、病気とは思わずに自分の性格と思い、うまく付き合うことですね。治療法はありません」と言っていた。それから10数年たっている。

 東京女子医大の若い先生が言うには、「この病気の治療法が、ここ10年ほどで劇的に進化しました。大久保病院で診断を受けたときにはそういう言い方しかなかったのでしょうが、今では治療法が開発されたのです。海外で開発された治療方法ですが、日本に入ってきたのは2013年とまだ7年しかたっていません」ということだ。

 FUSという医療機器だが、イスラエルで開発され、現在日本には9台導入されている。さらに、今年はもう3台の導入が予定されているらしい。ただ残念ながら、新たな導入先は関東の病院ではないらしい。

 私の本態性振戦は、右手と左手の両方に出ている。特に左手の方が強い。ただ、今回は利き手の右だけを手術するつもりでいる。物を書くにも、食器などを握るにも震えがひどいのだ。この治療法が保険適用になったのが左右のどちらか一方で、昨年の6月だという。保険適用がなされないと、200万円ほどの費用が掛かるらしい。200万円かかる左手は諦めた。

 その話を東京女子医大の先生に話したら、「今年の6月頃に法が改正になって、両方の手に保険が適用されるようになりますよ。ただ、手術するには一方の施術が終わってから、1年以上待つ必要がありますが」ということだ。ということは左手も諦める必要はないんだと、その話を聞いて嬉しくなった。

 さらにその先生が言うには、「事前の診察では、あなたの頭は超音波が通りやすいことが分かりました。明日の手術は、きっとうまくいきますよ」と太鼓判を押してくれた。二重に嬉しい情報だった。

【4月26日の歩行】手術のため歩いていない

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2020年4月27日 (月)

№5009 入院初日は

 病院からの指定で、入院は午後1時半までに来るようにとのことだ。さらに、病院に車で来てはダメとのことで、女房に送ってもらうことにした。自宅から病院までは35㎞ほどで、私が運転して約1時間で着いた。「最後の晩餐」ではないが、一緒に昼食を摂り指定の1時半前に病院に入った。この日は日曜日ということもあり、普段は混雑する総合受付には誰もいなかった。

 病院に入院する前に、近くのスーパーでたくさんの食料を調達した。イチゴにデコポン、ドーナツにパンとお菓子など袋一杯詰め込んだ。普通病院の夕食は早い。お腹が空いては困ると思い、たくさん仕入れておいたのだ。

Img202004261334111  予約の手続きは、いろいろと書類に書くこともあり面倒だった。そのうち、担当の看護師が迎えに来てくれて、病室に案内された。以前に言われていたように個室で、6畳ほどの広々とした部屋だった。部屋も明るく綺麗だった。まるでホテルみたいねというと、「そう言ってくれる人はほとんどいません」と嬉しそうだった。

Img202004261444212  主治医が待機していて、若干の検査があった。また、看護師が熱や血圧、体重、身長などを計った。そして、入院初日にやる唯一の仕事は、頭の髪の毛をきれいに剃ることだった。髪の毛があると、手術に支障をきたすとのことだ。最初バリカンで刈り、その後は剃刀できれいに剃り上げた。髪の毛一本もなくなったが、これでも足りずに翌日の手術前に、再度徹底的に剃るのだそうだ。

 鬚はどうなるのだろうか。看護師が言うには、「そうですね。頭の手術なので、鬚は邪魔にはならないと思いますよ」と言っていた。やれやれ、せっかく伸びた鬚は無事のようだ。

 頭を剃っていただきながら、看護師とはいろいろな世間話をした。彼女は新婚ほやほやで、お腹の中には2か月になる胎児がいるのだそうだ。妊娠初期なので、まだ男女の区別はつかないと言っていた。旦那とは一緒の看護師仲間だという。結婚して、彼女だけがこの病院に転院してきたのだそうだ。

 旦那の実家はネギ農家で、深谷ネギを作っているのだそうだ。歳とったら農家を継ぐのか聞いたら、「いやいや、私には農家は無理です。農家は朝が早いが、私は朝が弱いのです」と言っていた。そして、たくさん食料を買ってきた話をしたら、「基本的に、病室では病院食以外はお断りしています。けど、今回は目をつむりますね」とあくまでも優しかった。

 初日の入院は、頭を剃ってシャワーを浴びるだけで終了だった。時間はあり余るほどあった。

【4月26日の歩行記録】5214歩3.5km

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2020年4月26日 (日)

№5008 入院準備

 以前、4月下旬に入院して手術を受ける報告をした。ブログ読者からは、「いつ入院するのですか」との問い合わせがあった。今日はその報告をしたい。

 このブログ記事がネットに載るのは、4月26日(日)午後7時である。アップ時点ではすでに入院している。医者からの指示で、26日午後1時半に入院し、27日午後1時から手術、そして翌日の28日には退院である。手術とはいっても軽いもので、全く心配していない。

 とはいっても、人生はじめての入院・手術である。少しワクワクしていないわけでもない。入院にはなにっを持っていくのか、リストアップしてみた。これは、病院からの「入院の手引き」を参考に作成した。20種類くらいのアイテムがリストアップできた。

 まず必要なのは下着だ。この際と思い、Uに行って新品の下着を買ってきた。下着など買うことはめったにない。他は自宅にあるもので間に合いそうだ。入院は個室ということで、静かに過ごせそうだ。なるべく厚い本を2冊持っていくことにした。その他タオル・バスタオル・着替えなどを詰めた。

Img202004250932331  そうだ、個室なのでパソコンも持参しよう。ただ、病院にはwi-fi設定がないようなので、スマホの電波は必須だ。電子手帳もカメラも持ちこもう。常備薬も歯ブラシも必要だ。マスクや靴下も詰め込んだ。そしたら、スーツケースの中は一杯になった。どうだろうか、おやつは持って行かなくてもいいかな。女房に相談したら「アルコールは持って行かないの?」だって。

Img202004250942331  かくて、スーツケースはパンパンになった。わずか2泊3日だけど、まるで海外旅行に行くようなものだね。入院中はブログの発信ができるかどうかはわからないが、とりあえずその準備だけはしておこう。

【4月25日の歩行記録】10,952歩 7.3km

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2020年4月25日 (土)

№5007 最近食卓に載る旬なもの

 私は買い物が好きで、大概女房に代わって買い物に出かける。必要な品物をメモ書きしてもらって出かけるが、私は絶えず冷蔵庫の中をチェックしているので、時々女房の書き漏らしたものも買ってくる。そして女房は絶対メモに書かないアルコールと酒の肴は必須だ。前日、女房から買い物を終えた私に電話があり、「卵とマーガリンも買ってきてね」といっていた。その時点で、すでに卵とマーガリンは買い物袋に入っていた。

Img202004231108251_20200424094201  春が深まるとともに、スーパーでは旬のものを多く売っている。今回見かけたのは筍の山である。そういえばこの春はまだ筍を食べていないと、一本買ってきた。親切なことに、店員は灰汁抜きの糠までつけてくれた。早速、筍の煮物と味噌汁が食卓に載った。さらにその翌日には、近所のおばさんが土のついた筍を2本差し入れてくれた。

 やはり、さっそく灰汁抜きをして煮た。灰汁抜きには一昼夜かかるのだそうだ。そして、その晩に出たのは筍ご飯だ。筍がいっぱい入っていた。それでも筍は大量に残った。早く食べないと悪くなると、今晩は蕗と一緒に煮るつもりのようだ。朝早くから蕗の皮むきを手伝った。

Img202004240754431  このところ、スーパーに行ってカブを買ってくるのが日課である。薄塩の漬物を漬けるためだ。漬物にはカブのほか、キュウリ、キャベツ、にんじん、セロリ、昆布、生姜などを入れて一昼夜漬ける。塩は薄味だ。どうやら漬物としてではなく、サラダ感覚で味わうのが狙いのようだ。程よい味がして、食事が進む。漬物樽一杯に漬けるのだが、3日もあると食べてしまう。なくなると、また買ってくることを繰り返している。

 今回は沢山漬けたので孫に持って行ってやろうかな、と話していた。

Img202004231119031  私は柑橘類が好きで、この時期は自宅に欠かすことがない。ミカンの時期はすでに終わった。ただ、店頭には様々な柑橘類が並んでいる。いろいろと開発されているらしく、聞き慣れない名前のものも多い。なかでも、最近味を占めたのがデコポンだ。大きな実で甘い。スーパーでは、2個入りパックで600円ほどしている。このデコポンを買ってくると、女房にしかめ顔される。高すぎて贅沢というのだろう。

 ところが、農協の直売所でこのデコポンが一個180円ほどで売られていた。市価の3分の二だ。試しに一個買って行ってみたら、これが甘く、高いデコポンと遜色がなかった。もう少し買おうと思って件の店に行ったが、残念ながら売り切れていた。店頭には、デコポンに似たしらぬひという柑橘が売っていた。初めてのことながら、4個買った。1個110円だという。

 自宅に持ち帰って味を見てみたのだが、デコポンとは似つかわなく、味はしょっぱかった。少し高くても、矢張りデコポンが良いね。

【4月24日の歩行記録】8,052歩 5.4km

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2020年4月24日 (金)

№5006 店頭にマスクが…

 コロナウィルス騒ぎで、医療用品の不足が深刻である。特にマスクが手に入りにくい。政府が各家庭にマスク2枚づつ配布を始めた。すでに届いている家も出てきたようだ。たたどうかと思うのは、この費用に400数十億円も掛けたという。洗って使えるマスクとはいうものの、これだけ掛けて、ただ2枚のみとは情けない。「アベノマスク」と揶揄される由縁である。

Img202004211200251  市中にもだんだんマスクが出回り始めたのかな。街を歩いていると、薬局の張り紙で「マスクあります」という案内が目についた。さらには、散歩途中のドラッグストアの店頭にはマスクが売っていた。3Dマスクで、一箱499円だった。

 ところが駅前の美容院の前だろうか、マスクが山のように積まれて売っていた。一箱3800円の表示だった。そのマスクの周りには大勢の警官が立っていた。その山を写真に撮ろうとしたら、「捜査中ですので写真は撮らないで下さい」と注意された。何の捜査か聞いても、返事はなかった。不当な値段で売っていたということなのだろうか。

Photo_20200423093801  この日のネットニュースにも面白い記事があった。全日空の上海―成田便のエコノミークラスの座席には、お客ではなくマスクの山が積まれていた。現在、中国に行く客も来る客もいないのだろう。お客さんはマスク、というのも面白い現象だ。この措置は、全日空だけではなく日航も考えているのだそうだ。

 国内でもマスクの大増産が始まっている、とニュースは伝えている。アイリスオーヤマは、この夏から月1.5億枚の生産をするというし、ほかの大手企業もマスク生産を手掛けたという話も伝わっている。

 マスクがこのように話題になることもめったにない。というのも、マスクの生産が中国に偏っていて、いざというときには大問題になるのだ。それにしても、医療現場ではマスクは大量に使うものだ、とこの話題で初めて知った。

【4月23日の歩行記録】14,453歩 9.7km

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2020年4月23日 (木)

№5005 4月に提出した俳句

 「伊奈桟雲の会」の3月と4月の定例俳句会は、この新型コロナウィルス騒ぎで中止になった。先生からの提案で、通信句会にしようと決めた。句会がない代わり、先生に俳句をお送りして添削していただく、という初の試みだ。3月の通信句会では、思わぬことだったが、先生から丁寧な添削と個人評が寄せられた。

 こんなに丁寧に見てくれていることに感激を覚えた。例えば私が送った3月の句(当該頁を読めます)に、以下のようなコメントが寄せられた。「素材が多彩で結構です。その素材をよく観察されている姿勢が伝わってきます。コメントも分かり易く助かりました」。私にとっては高得点で、提出した6句がすべて丸をもらえた。これに気をよくして、4月も句作りに励んだ。

 そして先生に送った通信俳句は、以下の通りである。本来は先生の添削を受けない句は載せてはいけないのだろうが、まあ、ここは勘弁していただく。俳句のあとにつけたのは、その句のコメントである。そして、4月の提出句にも山彦先生から丁寧なコメントが寄せられた。望外なことに、提出句はすべて〇がもらえた。今日は先生のコメント(青字)も紹介したい。

平成二年四月提出句                                

兼題「雲雀」

落ちひばり耕す傍の畝に消へ

雲雀の動きは早く、なかなかじっくり観察することはできない。畑仕事であれ雲雀と思った瞬間、消えていた。

評【いい視点。「落ちひばり」と「耕す」はともに季語で煩わしい。〇落ちひばりすでに失せたる畝の陰】

雑詠

大股でそつと飛び越す犬ふぐり

春の野原には紫色の小さな犬ふぐりの群生が見られる。その小さな花を踏まないように、そっと飛び越えた。

評【「そっと」は削る。情景が見えるように。〇大股に飛び越す叢の犬ふぐり

校庭は練習子なし桜散る

コロナウィルスの影響で、春休みなのにもかかわらず、広い校庭には練習する子供の姿は見えない。誰もいない校庭の隅の桜が、寂しそうに散っていた。

評【事実だけを詠む。〇校庭に子の姿なし桜散る

橋桁に流れ来積もる花筏

桜の花びらが用水の流れに乗って、どんどん橋桁に積もっていく。ピンクの花びらも、積もってみると決してきれいなものではない。

評【いい視点。「積もる」はどうか。〇橋桁に流れ来淀む花筏

春うらら気分一新鬚伸ばす

自粛ムードの中で、ストレスの発散する場所がない。そうだ、人生はじめてのことだが、鬚を伸ばしてみよう。

評【〇まとまっている。

花冷や再度灯油を買ひ求め

今年は異例に花の咲くのが早かった。ぽかぽかムードの中で、もうストーブはいらないかと思っていた。ただ、開花してから寒さが襲ってきた。もういいかと思っていた灯油を再度買い求めた。

評【いい素材。表現がやや報告調。〇再びの灯油を求め花の冷え

遊歩道鬚に感じる春疾風

鬚を伸ばして一ヶ月になる。そして鬚に当たる風を強く感じるようになった。この鬚に当たる春の強風も心地いい。

評【いい素材。「春疾風」はどうか。事実かもしれないが素材と合わないか。三段切れか。〇春風を鬚に感じて逍遥す

総合評【よく観察されている。実感を伴った素材の取り上げ方がいい。後は、その詩情を伝える仕立てにすること。 山彦

【4月22日の歩行記録】12,376歩 8.3km

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2020年4月22日 (水)

№5004 アメリカのコロナウィルス対策は失敗?

 新型コロナウィルスの世界的な感染は、とどまるところを知らない。4月21日現在、全世界の感染者は250万人弱、死者は17万人強である。その中でも突出して多いのがアメリカだ。アメリカの感染者は79万人弱、死者は4万人強だ。この現象を見て、トランプ大統領は「人口比で見ると、スペインやイタリアよりも少ない」と言っている。都合のいい数字しか見ないトランプだが、人口比をいうなら中国ヤインドに比べて圧倒的に多いのをどう弁解するのだろうか。

 この3年、トランプは自分の都合のいいことしか見てこなかったし、言ってこなかった。自分がよければ、アメリカがよければすべて良しというアメリカ・ファーストの姿勢が、アメリカ国内はもとより、世界に大きな亀裂を生んだ。どう見ても、今回のアメリカでの新型コロナウィルスの結果は、トランプの失政に帰するところが大きい。それを、「私の政策がいいから、この程度にとどまっている」と強弁している。

 とんでもないことだと思う。アメリカの感染者はまだまだ増加するだろう。それは、感染対策が甘いからだ。今回の新型コロナウィルスの感染力を甘く見ている。ここでまたトランプが強調しているのは、感染の拡大よりも経済優先である。その結果、感染が全土にばらまかれていくのを甘受しようという。今でも最も多い感染者が、さらに増えていくのは火をみるより明らかだ。こういうトップがいるアメリカ人は不幸だ。さらにいえば、世界にとっても迷惑この上もない。

 それにしてもアメリカ人の選択とはいえ、トップが交代すると不幸が増大するのをどうすればいいのだろうか。前大統領オバマの時代もパンデミックは起こった。「豚インフルエンザH1N1」、「エボラ出血熱」、「ジカウィルス」等である。オバマはいち早く対策を取り、将来起こるであろう「クリムゾン伝染病」にたいするシミュレーションまでおこなっていた。オバマがトランプに大統領を引き継ぐとき、パンデミック対策が重要であると強調している。

 トランプは、オバマの政策のことごとくを覆した。もちろんパンデミック対策も無視した。その結果起こったのが、今回のアメリカでのパンデミックである。この間、トランプが大統領になって唯一誇っていたのが、経済の好調と株価の値上がりだ。その経済も株価も、ここにきて大幅な下落傾向にある。それに焦ってだろうか、感染よりも経済優先を打ち出している。アメリカで感染がとまらない大きな原因である。

 トランプが交代しない限り、この流れは変わらないのだろうか。それにしても、民主党の唯一の大統領候補になったバイデンの影の薄さだ。強烈な印象を持つトランプに比べ、あまりにも脆弱な対立候補だ。トランプが再選のためになりふり構わないのに対し、バイデンは何をしているのだろうか。ほとんどニュースとして伝わってこない。バイデン(78歳)よりもトランプ(73歳)よりもオバマ(58歳)は圧倒的に若い。いっそ、オバマに再度登場してもらいたほどだ。

 もしトランプが再選ということになると、世界はさらに4年間の受難を享受する必要がある。恐ろしいことだし、憂鬱なことだ。

【4月21日の歩行記録】11,209歩 7.5㎞

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2020年4月21日 (火)

№5003 今年も庭隅に畑が出現

 先日はキュウリのグリーンカーテンの話をした。今日は、女房が昨年に引き続きやはり庭隅に野菜を植えた話をしたい。

Img202004191148542  昨年は柿の木を伐った後に出現した畑だったが、今年は女房が隣家との境界に棚を作った。棚の材料の支柱は、那須から引き揚げてきたものだ。私が畑をやめたので、那須には畑の材料が置きっぱなしになっている。それを少しづつ引き上げてきた。そういえば、先日那須に行ったときに枯葉の肥料も一袋持ってきた。さて、今年は何を植えるのだろうか。

Img202004191147021  まず植えたのが莢いんげん3本だ。すでに成長していた苗らしく、支柱に絡まって伸びていた。その隣には葱も植えていた。

Img202004191147081  さらに、家庭菜園の定番であるトマトだ。これも3本だった。昨年の経験でいうと、ミニトマトは成長が早い。トマトの種類は、桃太郎が2本と中玉のミニトマトだった。

Img202004191147331  トマトの隣に植えたのは、茄子2本だ。「茄子はスーパーで買えばいいか」とブツブツ言っていたが、矢張り苗を買ってきたのだ。

Img202004191147421  もう一種類はピーマンだった。ピーマンの苗は2本植えていた。。そして、植えた畑には、やはり那須から持ってきた枯葉を堆肥として土にしみこませていた。グリーンカーテン代わりに植えたキュウリとゴーヤを含めて、この夏のわが家の食卓は取れたての野菜が賑わしてくれるだろう。

【4月20日の歩行記録】10,484歩 7km

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2020年4月20日 (月)

№5002 ワラビたたきが食べたい

 このブログでも何度か書いてきたが、川崎の姉が昨年の暮から入院している。もう5か月にもなる。一時は生命も危ぶまれたが、現在は小康を得ている。子どもたちの一生懸命の看護が功を奏した感じだ。特に、娘のMaikoの活躍が出色だった。病院から退院を促されて、娘の知り合いの特養に一時入所している。この特養も一ヶ月で退院し、次の入所先も決まっているようである。

 その姉から突然電話があった。「入院して手術するんだって?」と心配しての電話だった。私の手術とはいっても軽いもので、何ら心配いらないよと返事をした。ところでどうよと聞いたら、「元気だよ」とのことだった。早く元に戻るようにと励ましておいた。その日は、それだけの電話だった。

Photo_20200419201201  ところが、翌日にまた電話があった。「ワラビたたきが食べたいね」という電話だった。一度、姉の家でワラビたたきパーテーをやった記憶がよみがえったらしい。横浜の姉ともその話をしたうえで、私にも電話をかけたものらしい。

 その2~3日前、女房とワラビの話をしていた。女房の実家の裏には、太いワラビが自生しているのだ。私も何度かそのワラビを収穫したことがある。実家から持ち帰ったそのお土産のワラビで、パーテーをしたのではなかったかな。秋田の実家では、ワラビはお浸しで食べるよりもワラビたたきで食べるのが一般的だ。アツアツのご飯に叩いたワラビを乗せると、ご飯は何杯も食べられた。

 ワラビたたきは、ワラビを煮てあく抜きをし、柔らかくして包丁でたたいて細かくする。細かくなったワラビを味噌で和え、味醂と砂糖を加え、山椒などを添えると出来上がる。

 そういえば、姉とは秋田の山野を探し回り、ワラビを採集したことがあった。もう何十年も前の事である。女房は、実家にワラビが成長したら送ってくれと依頼していた。いずれ、送ってくるのかな。

 姉との電話で、彼女が少しおかしいことに気がついた。今滞在しているところが分からない、というのだ。話していることにもずれを感じた。少しボケてきたのかな。姉に、元気になったら再度実家の墓参りに行こうと話したら、「いつ行く?5月か6月にする?」というのだ。5か月の入院で、リハビリなしには歩けないのにだ。姉が元気になった来年以降だねと話したら、がっかりしたようだった。

 まあ、それでも電話をかけてくるようになったので、元気になったのかな。

【4月19日の歩行記録】13,642歩 9.1㎞

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2020年4月19日 (日)

№5001 図鑑を携えて野草観察

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 私の机の上には、『散歩で見かける 草花・雑草図鑑』という本がある。それとなく眺めながら、その日見た野草の検索をしている。なんていうこともない、いつも見かける野草が載っている。そうだ、この図鑑を携えながら散歩をしてみよう。最近ではデジカメではなく、スマホのカメラで写真を撮っている。スマホは、歩行カウンターが付いているので一石二鳥である。

Img202004171328191  今どこでも見られるのが「カラスノエンドウ」だ。日当たりのいい草地や土手で見られる蔓性の草である。花は蝶形で葉の付け根についている。

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 以前にも習ったのはずだが、この野草は何だったけ。図鑑を調べてみたら「ヒメオドリコソウ」とある。そうかそうかと、またひとつ覚えた気になっている。ただ忘れるのも早い。何度も忘れてもいい、また覚えればいいのだ。

Img202004171322151  土手を白く染めているのは「チガヤ」だろうか。「花の時期には穂は紫色を帯びる」とある。たしかに紫色をしているね。

Img202004191616211  紫の花をつけているのは「ショカッサイ」だ。漢字では諸葛菜と書き、俳句のネタにもなる春の花だ。どうやら、江戸時代に鑑賞用として中国から導入されたもののようだ。

Img202004171326242  私は植物の知識は、主に東京シニア自然大学の講座で学んだ。これはサクラソウが群生する公園で見たノウルシかなと思ったが、違っていた。「トウダイグサ」というのだそうだ。「花は受け皿にような苞葉の中心にあり、黄緑色で壺形」とある。黄緑色が鮮やかだ。

Img202004191641341  野でよく見かける花に「シャガ」がある。それにしても名前が面白いね。漢字でどう書くか調べてみたら「射干」と書くのだそうだ。どういう意味があるのだろうか。この植物も原産は中国らしい。

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 やはりどこでも見られるのが「ハルジオン」だ。やや遅くに咲くヒメジョオンと紛らわしい。日本には大正時代に園芸種として入ってきたらしいが、今ではどこにも見られる。違いは、ハルジオンは花が下を向き、茎は空洞とのことだが、茎を折っては見なかった。

Img202004141430551  野原の片隅に咲く白い花は何だろうか。どうやら「ハナニラ」のようだ。葉はニラのような匂いがするというが、今回は嗅いでみなかった。野草を楽しむには、五感が必要だね。

Img202004171246591

 野原にぽつんと咲いているのは、紫が鮮やかな「スミレ」である。スミレの種類は多く、一般に見かけるのはタチツボスミレである。高尾山でスミレの勉強をしたのを思い出す。

Img202004171320281  この時季は「タンポポ」の黄色も目に付く。タンポポの種類も多い。主にはセイヨウタンポポ、カントウタンポポ、エゾタンポポだが、最近では在来種との雑種が増え、純粋のセイヨウタンポポは少なくなったという。

 まだまだ写真を撮ってきたのだが、今日はここまでにしたい。今の時期、本当に野草観察には適した時期だね。

【4月18日の歩行記録】8,151歩 5.5km

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2020年4月18日 (土)

№5000 ブログ記事5000号を迎えて

 この号で、《繭の里通信》のブログ記事は通算5000号を迎える。2008年1月22日に立ち上げたブログだが、計算してみると4500日弱だ。多分、一日に2回か3回書いた日もあったのだろう。それにしても、ずいぶん遠くまで来たものだという感慨を覚える。

 先日、5000号を迎えるにあたって、新型コロナウィルス騒ぎでスケジュールが白紙となり、ブログネタも尽き、そろそろやめ時かなと書いた。ところが嬉しいことに、読者からは「やめるな」という励ましのメールが届いた。見知らぬ方からのコメントもあった。「m.k」さんという人だ。しばらく誰かなと考えていたのだが、そうだあの人だろうと思い当たった。

 私のブログは、そんな大勢の人に知られているわけではない。ただ、そうだね3分の一くらいの読者には心当たりがある。そういう意味では、このブログはこじんまりとはしているが、居心地のいい空間と自分を納得させている。しかも大げさに言えば、退職後のわが人生の大半をこのブログにかけたな、という強い思いもある。

 読者が心配する以上に、このブログをやめることによって自分の今の生活が骨抜きになってしまうのじゃないか、と心配になる。よく考えてみると、ここでやめるわけにはいかないね。

 「やめるな」の声は、期せずしてブログ仲間からも上がった。昭JIJIのブログもサンちゃんのブログも、すでに一代目が終わり二代目に突入している。私のブログ『シンさんちの繭の里通信2』も、代替わりしたのが2014年1月1日だったから、もうすでに6年4か月を経過している。

 わが仲間に共通しているのだが、使っているブログはniftyのココログブログである。無料で使える容量は2000MBまでである。それ以上に使うとなると有料になってしまう。niftyの担当者も、「有料になるくらいなら、別のブログを立ち上げた方がいいですよ」とアドヴァイスを寄せてくれた。この『2』も、すでに80%を超える容量になった。それでも、限界まではまだ1年半くらいはあるかな。

 今のところ、『繭の里通信3』を立ち上げようなどという大それた考えはない。今ここでやめるというよりも、『2』の限界ギリギリまで続けてみようか。Taeさんからも、「毎晩、パソコンの締めはシンさんのブログを読むことです。楽しみを奪わないで~」という嬉しい声も寄せられた。

 ないネタでどう書くのか、今後とも腕の見せ所だね。つまらない記事が続くかもしれないが、気長に付き合ってください。

【4月17日の歩行記録】10,303歩 6.9km

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2020年4月17日 (金)

№4999 今年の花水木はおかしい

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 私は花水木が好きで、庭の樹木に欠かしたことはない。何度か枯れては植え替えている。今の花水木は、4代目か5代目になるアメリカベニハナミズキという種類だ。今年も楽しみにしていたのだが、今年の咲き方は変だ。花が咲く前に、すでに葉が伸びている。去年のちょうど今頃の記事を検索してみたら、やはり花が先に咲いていた。女房にそのことを言ったら、「別に気にしなくても良いじゃないの」だって。

Photo_20200417092801  散歩コースには、たくさんの花水木が咲いている。気になってスマホ写真で撮って歩いた。私のイメージする花水木は、丁度このような木だ。葉が出る前に花が満開だ。しかもこの赤い花が良いね。

Img202004161132181  赤だけではない。白い花水木もこれはこれでいい。どうやら目に付く花水木は、日当たりの良いところに植えられているものが大半だ。昨年も書いたが、わが家の庭の前に新築の家が建ち、花水木の日当たりが悪くなった。花が咲かずに葉が出たのは、これが影響したのだろうか。

Img202004161616511  花水木の花びらもかわいいね。

【4月16日の歩行記録】11,008歩 7.4km

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2020年4月16日 (木)

№4998 仲間のブログを訪問

 ほとんどのスケジュールがキャンセルになり、予定表は白紙だ。さて、ブログ仲間はこういう時期に何を書いているのだろうか、久し振りに訪問してみよう。ブログ名とURL(赤字をクリックする)を添付しているので、一緒に訪問してみたらいかがだろうか。

Naoko_20200416084501  何度も申し上げるようで申し訳ないが、このブログを開設したのは2008年1月22日だ。その開設の指導に当たったのが、Naoko先生である。もちろん、彼女も【ご一緒にお茶をどうぞ…】というブログを運営している。彼女のブログには、主にその時々のパソコン情報が載っている。私もこの情報で、しばしば再度勉強させていただいている。

 彼女のブログでほっこりさせられるのは、福岡に住むお父さんの話題だ。もう80歳をとうに過ぎているらしいが、絶えずパソコンの問題を彼女にぶつけてくるらしい。その都度丁寧に返事を返しているようだが、年に何度か帰郷した時には、まとめて普段の疑問に答えているようだ。前向きなお父さんを尊敬するが、こういう頼もしい娘もいいものだ。

Jiji  さて、私と一緒にブログを始めたのが第一期生の昭JIJIだ。彼が運営しているのは【昭JIJIのブラブラ歩きⅡ】だ。第一期生でブログ講座を受講した方は約30名いたが、今でもブログを定期更新しているのは昭JIJIと私のみだ。松ちゃんという有力なブロガーもいたが、彼は昨年の6月に記事の更新をあきらめたようだ。

 昭JIJIは何があっても毎日更新しているのだが、彼の何よりすごいのは、もう一つの島旅ブログも運営していることだ。あらためて彼のブログを訪問してみたが、その島旅ブログのURLは添付されていなかった。ブラブラ歩きのブログはアクセス数が少ないが、この【島旅ブログ】のアクセス数は250万以上もあるようだ。私のように日常のこまごまとした事を書くブログには人気がないが、ワンテーマブログは訪問者が多いのに驚く。

Photo_20200416090901  『男の料理教室』の仲間でもあったヒデさんとは、料理教室が終わってからはめっきり会う機会も少なくなった。久し振りに彼のブログ【ヒデの独り言next】を訪問してみた。私のように、こまごまとした日常を書くブログだが、週に2~3度の記事アップをしていた。ウ~~ム、頑張っているなとニヤリとした。彼は膝を痛めて、杖なしでは歩けない。だが、ブログを見る限り元気のようだ。

Photo_20200416091701  最近、頑張っているのがデコさんだ。携帯アドレスにメールが来たので、久し振りに訪問してみた。【ひでこの編みあみ!】というブログを運営している。4月に入って、毎日記事更新をしていた。あらためて3月以前のブログも訪問してみたが、ズーッと毎日更新しているようだ。彼女の主題は、籐編みだ。

 彼女からの応援メッセージは、「シンさん絶対ブログをやめないで下さいね。毎日書くことがなくても、シンさんのブログを楽しみにしている人がたくさんいますので、この時期を乗り越えましょう‼」という暖かいものだった。それにしてもデコさん、ブログタイトルがないよ。必要なら応援しますヨ。

Photo_20200416093101  最後に紹介したいのは、旅のプロ竹ちゃんの【竹ちゃんの旅日記のブログ】だ。彼のブログは毎日投稿しているわけではないので、しばしば見逃す。久し振りに訪問したら、インドネシア訪問の記事が投稿されていた。すごいのは、彼のブログのファンが多いことだ。何がなくても、最低日に200以上のアクセス数があるし、旅の最中には700~800もあるとのことだ。しばしば1000を超えることもあると話していた。圧倒的に彼のブログは、旅好きな人にはこたえられない。私も大好きなブログの一つだ。

 さて今どうしているのか覗いてみたら、2012年に半年かけてユーラシア大陸横断の旅をした記事を、12年経ってまとめているようだ。ブログにはこういう効能もあるんだよね。彼の凄いことは、どの外国にいても、私のブログを見に来てくれていることだ。有難いことだが、彼のまねはできないね。

【4月15日の歩行記録】7,777歩 5.2km

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2020年4月15日 (水)

№4997 今年のグリーンカーテンは

 わが家の居間は南向きで、夏になると強い日差しに晒される。女房が、「そろそろグリーンカーテンを考えなければ」とネット検索をしていた。「あれ、キュウリもグリーンカーテンになるんだ」と声を上げていた。考え付くと早い。すぐに実行に移した。

Sdscn2086  大型日用雑貨店でキュウリ2本とゴーヤ1本の苗を買ってきた。「キュウリは接ぎ木の苗で高かった」のだそうだ。早速作業にかかった。まずは庭に土台の網を深く差し、そこからベランダに紐をかけていった。土台の網がしっかりしていたので、相当強く紐を引っ張ってもびくともしなかった。

Sdscn2084  そして、土台の網の下にキュウリとゴーヤを植えた。昨年の夏は、このキュウリで自宅の需要を賄った。今年は、2本だけで大丈夫なのだろうか。実は女房は悩んでいたのだ。昨年と同じ場所にキュウリを植えたら、連作障害で実がならないのではないかと。この場所だとその心配はない。

Sdscn2088  自宅の居間からこの紐を見たら、まるで蜘蛛の糸のようだ。横紐を通すのに苦労をした、と話していた。さて、キュウリの蔓が伸びてグリーカーテンになるのはいつのことやら。

【4月14日の歩行記録】13,828歩 9.3km

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2020年4月14日 (火)

№4996 SNSで繋がる

 「三蜜」の影響で、俳句の定例句会が3月に続き、4月も中止になった。5月は吟行予定だったが、どうやらそれも中止になるという。先日Yukoさんがわが家を訪れて、3月号と4月号の会報を持ち帰った。手分けをして、10人の会員に配布するのだそうだ。ご苦労様です。

 いずれ2月の句会以来、会員が会う機会はなくなった。フラストレーションがたまるね。そこで会員のTaeさんが、「伊奈桟雲の会」のグループLINEを作ってくれた。そして会員に、グループに参加するように呼びかけがあった。私はその呼びかけにすぐ応じ、参加することにした。伊奈桟雲の会会員10人のうち参加呼びかけに応じたのは、結局6人だった。

 普段、私はSNSのLINEは使っていない。専ら使っているのはGmailである。どうやら、女房はLINEを便利に使っているようだ。メールにも使うし、若干音は良くないが無料電話としても利用しているようだ。写真も添付できるし、Twitterと違って字数制限もないのかな。姪とは長々と姉の様子の情報交換をしている。時々そのLINEを読んで、姉の元気を確認している。LINEは便利なSNSのツールというのは分かっていた。

 Taeさんからグループへの参加呼びかけにすぐに応じたのは、この便利さが分かっていたからだ。会員からも次々と参加の返事があった。このLINEグループで、すぐに分かった。

 今まで、伊奈桟雲の会のメンバーとは句会を通じての付き合いだけで、個人的な付き合いはほとんどなかった。それがLINEで繋がってみると、会員間が身近なものになった。皆さんが気軽に意見を交換している。Photo_20200414105001  私もこのLINEを発信してみようと、上図のように鬚の写真を添付しながら俳句を一句つけた。早速、この写真に対して反応があった。Taeさんは「オォー 伊奈桟雲のジェントルマン」という意見だったし、Yukoさんからは「こういうラインも楽しいね」とコメントが寄せられた。Ayanoさんからは「同じことを思っていました」とのグループメールだった。

 LINEはこういう仲間がいると楽しいね。連絡のためだけのグループではなく、楽しい話題を提供する場になればいいね。

【4月13日の歩行記録】625歩 418m(終日雨のため)

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2020年4月13日 (月)

№4995 このブログを続けるべきか、悩むところだ

 今日のブログ記事で私のブログ通巻は4995号になった。2008年1月22日から、ほぼ毎日書き続けてきたブログ記事である。もう8年3か月にもなる。そしてもう5号で、通算5000号を迎える。一応の目標を5000回続けることにおいていたが、これで達成だ。さて、その後はどうしたものだろうか。

 というのも、この新型コロナウィルス騒ぎで、スケジュールがほぼすべてキャンセルになってしまった。行事がないと、ブログネタに困ってしまう。実はこの1か月ほど、無理にネタを探してブログを書いてきた。ところが、そのネタもほぼつきつつある。皆さんに、「シンさんは行動的だね」といわれるのはこのブログのおかげだ。

 ところがこの騒ぎで、「三密禁止」とかで人に会うこともお酒を呑むことも控えるようにとのお達しだ。毎日コロナウィルスの記事を書いていてもしようがないとすると、いよいよ書くネタに行き詰ってしまう。5000号を機会に、ブログを中断しようか悩んでいる。

 しかし困ったことも起きている。今年になってからブログ読者が増えているのだ。特に4月に入って皆さん自宅にいる影響か、アクセス推移がまた伸びている。通常一日平均130アクセスくらいあるのだが、4月9日は別段変わった話題があったわけでもないのに、アクセス数が240余りと伸びた。4月は一日平均でも170アクセスと伸びている。訪問者数も、毎日コンスタントに80人ほどがいる。

 このブログを中断することによって、私のブログを毎日楽しみにしている方を裏切ってしまわないか、悩むところである。

 さらには、このブログを書くことによって私の日常生活にも芯が一本通っている。毎日の歩行記録もこのブログに報告することで張りがあるし、本を読むのも、このブログに毎月の読書報告をする要素がないわけではない。

 そういうことを含めて、この8年間は『繭の里通信』とともに生きて来たようなものだ。読者に迷惑がかかる以上に、私の生活がガタガタになってしまう恐れがないわけではない。このブログを続ける限界を感じながらも、一体どうしたものだろうか悩む日々である。公開するかどうかは別として、読者の皆様の意見を聞いてみたい。ぜひ、声を寄せていただきたい。

【4月12日の歩行記録】8,194歩 5.5㎞

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2020年4月12日 (日)

№4994 散歩の必需品

 糖尿病の警告を受けて、歩きはじめるようになってもう4か月になる。一ヶ月どのくらい歩いているのかの記録をとっている。記録をとるようになって分かったのだが、従来の倍歩いている。大体月175km・260,000歩の歩きである。一日に直すと8,000歩強、約5.5kmは歩いている。

 先日、東京シニア自然大学NEXTの講座で「高水三山ハイキング」の予定があった。三つの山をそれぞれ標高500mの登り下りがあった。健脚コースで、足に自信のない方は参加の見合わせを、と世話人から注意があった。私はこの4か月の歩きがどのようになっているのか試すための、絶好の山登りの企画だった。残念ながら、コロナウィルス騒ぎで、この講座は中止になってしまった。

 当初に比べて随分健脚になってきたと思っている。というのも、最初の頃は糖尿病特有の症状で、口が乾いてしようがなかった。今では口が乾くということもなくなったのが、進歩の証ではないかな。そして、歩かないと一日が何か物足りない。

Img202004111256141  自宅を出て、さて今日はどこを歩こうかと考える。4月に入り、暖かな日もある。バックには大きめのハンカチを入れて、汗拭きにしている。さらに忍び込ませているのが、スケジュール帳と読みかけの本とスマホは絶対だ。スマホには、歩いた記録をとるカウンターが付いている。

Img202004111338421  最近、歩きながら考えているのは「俳句」のことである。散歩道には句材が多い。特にあちこちの庭で花が咲いているこの時期は、その花をみては句想に耽る。桜もそろそろ葉桜になり、代わって躑躅が咲いている。ある家の庭の躑躅は、ほぼ満開だった。

Img202004111247281  ただ、俳句を思いついても、歩いているうちに忘れてしまう。先日も二句を思いついたが、自宅に帰ったら忘れていた。そうだ、散歩の必需品に『俳句手帳』と『電子手帳』を加えよう。思いついたら、あるいは中途半端でも季語だけ書いておくと、あとで肉付けができる。前日からバックにこの二品目も加えることにした。

 代表的な散歩コースとして、①本を100頁読むコースと②200頁読むコースがある。100頁は行きつけのカフェでの読書だし、200頁だと電車読書である。この日は目標に100頁程足りなかったので、電車コースを取った。自宅に帰ってきたら、ちょうど200頁読んでいた。毎日に何かしら目標を立てていると、その達成のために奮闘するのが良いね。

【4月11日の歩行記録】10,012歩 6.7km

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2020年4月11日 (土)

№4993 ひげを伸ばして一ヶ月

 以前のブログにも書いたが、ヒゲを伸ばして一ヶ月になる。今日はその報告をしたい。

Img202004031432312 Img202004110938101  さて、一ヶ月でどのくらい伸びたのだろうか。伸ばし始めた当時と現在を比較してみたい。左の画像は伸ばし始めて一週間、右の画像は一ヶ月である。だいぶヒゲの形がはっきりしてきた。ちなみに、このあごひげは、漢字で書くと「鬚」となるのだそうだ。他に口ひげは「髭」と書くし、ほおひげは「髯」と書くのだそうだ。鬚を伸ばして初めて知った。

 先日、友だちのYukoさんが自宅を訪ねてきた。鬚を見て、「まあ、格好いい」と褒めてくれた。ただ、褒めてくれたのは彼女一人で、女房は「まるで森繁久彌みたいね」といっている。まあ、あまり人には会っていないし、会ったとしても気が付いていないのかもしれない。

 もう1㎝ほどに延びているが、わが人生でもこれだけ伸ばしたのは初めてのことだ。鬚を伸ばして気が付いたのだが、風が吹くと微妙に鬚でその風を感じる。その都度鬚をなでてみる。気持ちのいいものである。

 この鬚は無精ひげと違うと、手入れも怠らない。とはいっても、余分な鬚を剃るだけなのだが。ただ、もっと伸びると本格的な手入れ方法が必要なのだろう。ある人が言っていたが、「ひげが伸びると肌が荒れて、ぶつぶつとデキモノができるんだよな」。私もその経験はしたことがある。だから鬚の手入れは欠かせない。まあ、あまり面倒なら剃ればいいんだ、と割り切っている。

 ひげを伸ばして、俳句を作った。ここで紹介したい。

春うらら気分一新鬚伸ばす

遊歩道鬚に感じる春疾風

【4月10日の歩行記録】8,344歩 5.6km

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2020年4月10日 (金)

№4992 3月に読んだ本

 すべてのスケジュールがキャンセルになり、人と会うことも制限されてみると、残るのは本を読むことだけだ。とはいっても、読書に慣れていないものに簡単に「本を読むように」促されても、そういうわけにはいかない。本当に「読書は習慣」である。私は本を読む習慣を身につけている。というよりも、本を読むことしかやることがないと、肯定的に現状を受け止めている。

 有り余る時間を読書に傾けるのは、まことに至福の時間だ。朝に読み、昼に読み、夜の寝る前、夜中に目が覚めては本を読んでいる。どうだろうか、時間に直すと1日4~5時間は読んでいるのではないか。それならもっと読めそうなものだが、長く読んでいると飽きてくるのはしようがない。1日200頁は読みたいという目標はおろしていない。しかし、1か月で均してみると、1日当たり170~180頁というのが実情だ。

 3月は本当に参った。私の読む本は、ほとんどが市の図書館で借りてくるものばかりだ。ところが3月上旬、何の予告もなく突然図書館が閉館した。新型コロナウィルスの影響だという。3月いっぱいの閉館というので、4月1日に図書館に行ってみた。そしたら延長して4月いっぱいは閉館だとのことだ。さて困ったね。

 このところほとんど見向きもしなかった本棚に眼をやった。数えたことはないが、わが家には5000~6000冊の本はあるはずだ。仕方がないので、これはという本を本棚から見繕って読んでいる始末だ。奥付の発行日をみると、1900年代後半から2000年代初頭にかけての本ばかりだ。ところが、もう20年以上前に読んだはずの本が、新鮮だった。このところ、本棚から引っ張り出した本ばかりを読んでいる。さて、3月は13冊・5,890頁の読了だった。例月に比べて500頁ほど余分に読んだことになる。

 それでは何を読んだのか報告し、2~3の本の感想を述べたい。

藤崎慎吾『鯨の王』476頁 文藝春秋 2007年5月刊

樋口明雄『天空の犬』356頁 徳間書店 2012年8月刊

ヒキタクニオ『アムステルダムの日本晴れ』395頁 新潮社 2005年5月刊

藤田宜永『異端の夏』466頁 講談社 2003年1月刊

湊かなえ『山女日記』292頁 幻冬舎 2014年7月刊

安部龍太郎『十三の海鳴り 蝦夷太平記』485頁 集英社 2019年10月刊

梁石日『魂の痕』270頁 河出書房新社 2020年1月刊

馳星周『不夜城』299頁 角川書店 1997年8月刊

佐々木譲『勇士は還らず』540頁 朝日新聞文庫 1997年11月刊

池澤夏樹『マシアス・ギリの失脚』535頁 新潮社 1993年6月刊

船戸与一『蝦夷地別件(上)(下)』(上)573頁(下)608頁 新潮社 1995年5月刊

帚木蓬生『薔薇窓』595頁 新潮社 2001年6月刊

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 私は不覚にして藤田宜永が亡くなったことは知らなかった。図書館で「藤田宜永を偲ぶ」コーナーができていて、はじめて藤田が亡くなったのを知った。私は藤田の本はずいぶん読んできた。彼は探偵小説も書いていたが、基本的には恋愛小説の作家だ。あらためて、今まで藤田の本を何冊読んできたのか検索してみた。なんと47冊も読んでいた。

 そして分かったのだが、『異端の夏』も今まで3回も読んでいた。2004年7月、2010年9月とこの2020年3月である。最近、同じ本は何度読んでもいいと割り切ることにしているが、それにしても読み終わるまで以前読んでいたことに気が付かなかった。

 藤田宜永は、1月30日に亡くなった。私より5歳も年下だ。私は藤田の小説も好きだったが、奥さんの小池真理子の小説も好きでよく読んでいる。藤田の小説も小池の小説もあらかた読んでしまった。藤田の新作を読むのを楽しみにしていたのだが、それも叶わないことになってしまった。藤田はものすごいヘビースモーカーだったらしい。肺には大きな穴が開いていたという。

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 船戸与一も亡くなって5年になる。私は彼の長編小説が大好きだった。今回の『蝦夷地別件』も2007年から8年にかけてすでに読んでいた。図書館閉館に伴い、再度読んでみようと本棚から引っ張り出した。この本も大作で上下合わせて1180頁あまりあった。しかも本文は2段組だったから、1段組の本に比べて2割方多かったのではないか。前回は10日間をかけて読んだが、今回も読了まで6日かかった。

 いつも大作を読むたびに思うのだが、作家が何年もかけて書いた小説をわずか4~5日で読んでしまい、申し訳なく思っている。そして、読者になっても小説家になどなるべきではないとつくづく思ってしまう。まあ、小説など書けないのだが、圧倒的に読者が有利だね。

 あらためて船戸の読んだ本をリストアップしてみた。42冊ほどを読んでいる。リストアップするたびに、2回3回と読んだ本が出てくるのは驚きだ。再読三読を情けなく思うわけではないが、読み終わってもそのことに気が付かないのが情けないね。

 『蝦夷地別件』を読んで改めて思ったのだが、アイヌの人たちがいかに和人(しゃも)に虐げられていたのか、悲惨なほどだった。よくぞここまで調べて書けたものと、船戸の筆力に感嘆した。

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 安部龍太郎は歴史小説家として大好きで、彼の新作を楽しみに待っている。『十三の海鳴り 蝦夷太平記』は昨年の10月に出た新刊である。安部は、ほとんどが歴史に名の売れた主人公を描く。信長、家康、等伯、宗麟、楠木正成などである。

 このタイトルを読んで、津軽の話だと分かった。十三湖は、昨年の津軽の旅で訪れた。今回の小説は、この地が舞台だった。時代は鎌倉末期から南北朝にかけての話だ。幕府と天皇方の権力闘争が、この津軽の地にも影響があった。親族が幕府と天皇方に分かれて争いが激化していた。

 この小説だけではないが、当時の日本の主要な交通路は陸路ではなく、日本海を中心とした海路で発達していたことがよくわかる。歴史小説には夢があるね。

【4月9日の歩行記録】654歩 438m

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2020年4月 9日 (木)

№4491 「緊急事態宣言」発令

 以前から懸念されていた「緊急事態宣言」がついに発令された。適用は7都府県というが、わが埼玉県もその範囲に含まれている。宣言発令といっても強制力があるわけではないので、何も変わっていない。ただ、宣言発令で心理的な効果は期待できるのではないか。

 この新型コロナウィルスは、今日現在で全世界150万人に感染し、87700人以上の死亡が確認されているという。とはいっても、調査ができているのは一部先進国のみで、アフリカやアジアの開発途上国にまでは調査が及んでいない。

 パンデミックは文明を破壊した歴史がある。14世紀、ヨーロッパを中心に発生した黒死病(ペスト)は、ヨーロッパの人口の3分の一の死者を出したという。その後も様々なパンデミックが起きている。近いところではインフルエンザだ。実際のところ、この冬のインフルエンザの犠牲者は、今の新型コロナウィルスよりも幅が広く大きい。

 それではなぜインフルエンザでこれほど大騒ぎしていないのに、新型コロナウィルスでは大問題になっているのか。大きな違いは、インフルエンザでは対応の薬が開発されているのに対して、今回のコロナウィルスにはまだ薬がないことだ。しかも、この薬が開発されるまでは、さらに1年や1年半はかかるという。有効な薬が開発されるまで、この騒ぎは収まらないだろう。

 ということは、まだ1年や1年半はこの騒ぎが続く。今回のコロナウィルスは極めて感染力が強い。今150万人の患者といっているが、有効薬が開発されるころには、地球上では信じられないほどの爆発的患者が発生しないとも限らない。1億人というのは低めの予想かな。全世界で60億人の人口というが、10億人単位の患者発生といわれても、驚かない。死者の確率が約5%とすると、地球上では死者の山だ。パンデミックというのはそれほど恐ろしい。

 日本の新型コロナウィルスの患者が、諸外国に比べて少ないようにみえる。これもアメリカにいわせると、患者数は調査が少なすぎて、日本は怖いという。世界一患者の多いアメリカが、日本からアメリカ人の退去を勧告するのも変な感じがする。なぜかしらないが、日本ではそれほどコロナウィルスの調査が遅れているということだろう。

 心配してもしようがないのだが、この間、世界の経済はズタズタになるだろう。新型コロナウィルスの恐怖から脱した世界は、果たしてどうなっているのだろうか。まったく別の景色になっているかもしれない。当面、海外旅行など考えられないね。それ以上に、この生活が維持できるのだろうか、心配だ。

【4月8日の歩行記録】9,485歩 6.4㎞

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2020年4月 8日 (水)

№4490 浦和ゴルフ倶楽部

 新型コロナウィルスの影響で4月のスケジュールはすべて中止となり、残ったのはこの日のゴルフだけだった。夏の「白河高原ゴルフ」の仲間のYumikoさんから、「ゴルフ合宿の前に一度浦和でゴルフをしませんか」とのお誘いがあった。私は翌日にNEXTの山登りの計画があり、どうしようか迷ったが、結局参加することにした。三組の予定で予約をとったとのことだったが、参加したのは5人だけで二組だった。

Img202004070908001  この「浦和ゴルフ倶楽部」は自宅から20㎞弱と近いが、何しろ通勤時間帯で混んでいた。このゴルフ場は、荒川の河川敷にある。この日はゴルフ場には桜、土手には菜の花と、風もなく絶好のコンデションだった。ただ、昨年の台風でこのゴルフ場は陥没し、5mも水に浸かったという。その影響か、フェアウェーの芝はほとんどなく、グリーンの芝もほとんど剥がれていた。

Img202004070907292  私は、このゴルフ場では2年に一回ほどプレーしている。東京から近いせいか、値段は一流だが決していいゴルフ場ではないと思っている。ただ、この日は誕生日の特割料金でゴルフができるとのことだった。

Img202004070916301  時節柄、案の定ドタキャンなどもあり、参加者は5人と少なかったが、まあこれはこれでゆっくりゴルフができていい。ゴルフ場も人影はまばらだった。まあ5人揃ったのだから、朝の朝礼だけはしましょう。それも十分離れての会だった。1組目はご夫婦で回り、2組目はYumikoさんとOhtsukaさんと私の3人だった。

 やはり二人のラウンドは早い。われわれ3人のラウンドも決して遅いわけではなかったが、結局、1組目に追いつくことはなかった。それにしてもこの時期にゴルフをしている人などいないのかな。前を見ても後ろを見ても人っ子一人いなかった。ゆっくりラウンドしたつもりだったが、それでもハーフ1時間45分ほどで回ったから、結構早かったのではないかな。これだけ離れていると、三密もないしいい運動だったのではないか。

Img202004071311031  この日のグリーンは高麗芝だった。最近高麗グリーンでゴルフをしたことがない。グリーの芝がはがれているのと高麗で、えらくパットにてこずった。スタートホールでは、なんと5パットも打ってしまった。調子もいつも通りで、残念ながら決してここで公開できるようなスコアではなかった。

 それにしても、ドライバーを飛ばす人を見ているのは気持ちがいいものだ。同伴のOhtsukaさんは、フェアウェーの真ん中に立っている黄色の吹き流しを軽くオーバードライブする飛距離だった。黄色い吹き流しは、大体が230ヤードだ。それを軽く超えているのだから、250~260ヤードは飛ばしていたのではないか。あまりの飛距離に何歳になったか聞いたら、56歳だといっていた。私もあの半分も飛ぶと、ゴルフは楽になるだろうね。

【4月7日の歩行記録】14,266歩 9.6km

 

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2020年4月 7日 (火)

№4489 那須のお土産

 昼はポカパかだとはいっても、那須の夜はやはり寒い。那須は、関東と福島の天気に左右される。関東が晴という予報でも、昨晩の那須は雷交じりの大雨だった。さらに夜目が覚めると、足が冷たい。思わず靴下をはき直した。

 そして、朝は小雪が降っていた。寒暖計を見たら2度だった。寒いはずだね。まだまだストーブは手放せない。ところが、ポリタンクを見たら灯油はゼロだった。私は今日帰るつもりでいるのだが、女房はもう2~3日那須に滞在するらしい。灯油がないというわけにはいかないので、お店の開店時間を見計らって買いに行ってきた。

 今の石油ストーブは、意外と燃料の消費が少なくて済む。ポリタンク一個分の灯油があると、まあ、この春一杯は持つのではないかな。寒いといえば、夏の暑さにも備えなければならない。昨年の夏、那須では信じられないことだが、女房が熱中症でダウンしてしまった。その時は、女房は早々に埼玉に帰ったのだが、「クーラーがないと、もう那須の夏には耐えられない」といっていた。この山小屋を買った当時は、本当に那須の夏は涼しかった。どうしたものだろうか。

 昨年の最盛時、クーラーを求めてあちこちの電器屋を巡り歩いたが、無駄だった。今回那須にいる間に、クーラーの予約をしようと電器屋に行ってきた。さすがまだ夏の予約は入っていないらしく、すんなり予約ができた。次に那須に来るのは5月の連休頃だ。その時に設置してもらうことにした。

 那須滞在は、夏でもそんなに長くはない。上級機というよりも一番安いクーラーでいいだろう。それでも電源の設置、工事費等込みで見ると、意外と馬鹿にならないお金だった。

 さて、私の那須での用事は済んだ。私一人で帰ることにした。女房にお土産を頼まれた。孫のRukaに、昨日買ったバゲットをお土産に持って行ってほしいとのことだ。さらに、那須滞在中に安い苺を買ってきて、大量のジャムを作っていた。小瓶に小分けしたイチゴジャムもお土産だという。Rukaは、ペニーレーンのバゲットが大好きなのだそうだ。知らなかった。

 私は、翌日の朝家の前を通る。途中なので、届けることにしよう。自宅に帰って彼女に電話をしたら、大喜びだった。

【4月6日の歩行記録】2,183歩 1.5㎞

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2020年4月 6日 (月)

№4488 バゲットを買いに行こう

 那須に常連が揃った。いつもは、これだけ揃うと必ず「食事会」になる。前日には、「明日はAgeちゃんちで手打ちそばと天ぷらの会をするよ」と話していた。ところがいつまでたっても声がかからない。どうしたのか女房に聞いてみたら、「3蜜禁止で中止になった」のだそうだ。仕方がない、昼食にラーメンを作った。

 ラーメンを食べて、さて散歩に出よう。散歩の先は、なるべく魅力のある目的地が良い。今日はいつもの「ペニーレーン」まで歩いてみよう。那須で一番のパン屋さんには、いつも車で行く。車で5分ほどのところだが、歩いてどのくらいかかるだろうか。

Dscn2072  まず通るのが【那須サファリパーク】の前だ。さすが日曜日だ。自粛要請にもかかわらず、入口には車の列があった。自宅から車で2~3分のところだが、私はまだ入ったことがない。話に聞くと、ホワイトタイガーなどもいるらしいが、動物は皆歳をとっていてよぼよぼとのことだ。いつか入場してみたい。

Dscn2069  店に行く途中、さすが歩いている人はいなかった。ゴルフ場のショートコースがあるが、プレーをしている人はいなかった。そして那須連山が最も良く見える場所に差し掛かった。茶臼山は昨晩雪が降ったのだろうか、新雪に覆われていた。昼は暖かったが、夜は本当に寒かった。

Dscn2070  この場所から「ペニーレーン」はもうすぐだ。この店はいつもは満員だ。特に日曜日など店に入れないし、入ったとしてもパンを買うのに長蛇の列だ。さすがこの日は、店は閑散としていた。那須に来る観光客はやはり少ないのかもしれない。

Dscn2071  この店に来た目的は、バゲットを買うためだ。この店のバゲットが好きなのだ。店頭には、バゲットは一本しかなかった。2本欲しいと思い尋ねたら、店の奥からバゲットを出してきた。店の奥に仕舞っていたのだ。私にいわれて店頭に並べていた。店員の了解をえて、写真を撮っておいた。この店の往復の距離は、若干汗ばみ散歩にちょうど良かった。

 パンを持って自宅に帰ってきたら、女房も散歩から帰ってきた。なんと別のパン屋さんでバゲットを2本買ってきていた。私は明日帰るので、お土産と思って買ったのだそうだ。ペニーレーンまで歩いて行ってきたと話したら、驚いていた。

【4月5日の歩行記録】10,145歩 6.8㎞

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2020年4月 5日 (日)

№4487 「あるるのいえ」の小川の清掃

 このところスマホでブログ投稿していることで、様々な不慣れな事態が起きている。一昨日の投稿したはずの記事が、朝起きてみたら消えていた。急遽、書き終わった記事をアップした。そして、あらためて№4486号の記事を書きはじめたのだ。従って、記事の内容はあちこちに飛んでいるような印象を与えている。なぜ消えたのか考えると、記事のアップ日時が間違っていたのでスマホで直した。その際、アップした手続きが間違って消えてしまったのだろう。

 スマホはとても便利だ。ただ、今までこのブログはパソコンで投稿していた。スマホに切り替えようと試みた結果、とんでもない間違いが起きる。この記事は、矢張り慣れているパソコンで書いている。

Dscn2065  さて、昨日の那須は暖かかった。この周辺にはミズナラの木が多い。ミズナラの落葉は膨大だ。「あるるのいえ」の東側に小川が横切っている。約30mほどもあるだろうか。その流れの音が心を癒してくれる。ところが今の時期はこの小川は落葉で埋まっていて、水の流れが見えなくなって音も消えている。那須にやって来た時に、Ohnoのお父さんが掃除していたのを見た。さて、私も掃除をしようか。

 熊手とシャベルを使って小川に埋まっている枯葉を掬いあげた。空き地はいくらでもある。隣家は無人なので、そちら側の土手に救い上げた枯葉を捨てていった。結構な量だった。

Dscn2067  あっという間に流れが見えてきた。チョロチョロと流れる音が心地いい。

Dscn2066  掃除してわかったのだが、流れのそばにミズバショウが咲いていたことだ。向かいのOhnoのお父さんが新潟から移植してくれたものだ。お父さんにそのことをいうと、Ohno家のミズバショウはまだ咲いていないとのことだ。この小川のほとりには、今まではわさびやセリなどを移植していたが、いずれも根付かなかった。さて、このミズバショウはどうなるものだろうか。

【4月4日の歩行記録】4,809歩 3.2㎞

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2020年4月 4日 (土)

№4486  手術前の健康診断

Img20200402130326_20200403074501 消えた記事を思い出す限り再現してみたい。

 書いたのは「手術前の健康診断」だ。以前にお話ししていたが、4月末に「本態性振戦」の手術をすることになった。この日は、手術前の健康診断で病院に行ってきた。罹っているのは「熊谷総合病院」で、自宅から車で1時間ほどのところにある。
 
 予約時、この日は10時30分からMRI検査があるので、10時15分頃には病院に来るようにとの話だった。私が病院に着いたのは、午前10時から10分ほど前だ。診察券を入れて受付をしていたら、「お待ちしていました」と声がかかってきた。事務のKawasaki氏だ。彼は、この病院に電話をしたら最初に受け付けてくれた、それ以来面倒を見てくれている。それにしても、待ってくれていたのには若干驚いた。大体が、病院というのは不愛想なものだ。

 診察券で受付が終わったら、早速診察だという。主治医の先生が待ち受けていた。先生は、「今日は何日ですか」と「ここはどこですか」という質問をしてきた。どうやら認知症検査だろう。そして症状の簡単な検査を行った。主治医の診察を終えてから様々な検査が待っていた。最初は血圧検査だ。その後、血液検査、レントゲン撮影、心電図、MRI検査、リハビリ検査と続いた。なんとその検査すべてに、Kasawaki氏が懇切丁寧にも付き合ってくれた。そして検査室に案内してくれた。

 私もいろいろな病院を受診しているが、これほど親切な病院というのは初めてのことだ。個人の小さな病院はいざ知らず、この病院は結構大きな病院だ。話を伺ってみると、病院開設して7年ほどたっているようだ。病院のあちこちはまだ工事中だった。そもそもこの病院を受診することになったのは、本態性振戦の治療するFUSという医療機器がある埼玉県の唯一の病院だったからだ。しかし、なぜ事務の方が付き添ってくれたのかはわからない。

 検査をすべて終えて、最後に主治医の検査結果の報告があった。心臓はやや肥大だが問題ないようだ。MRIでの脳の検査では、脳にこぶのようなものも見たらないし、梗塞の様子はなかったという。ただ、年齢相応というか、前頭葉に若干の萎縮ら見られたという。その画像を見せられたが、脳に隙間があった。血液検査で糖尿病の様子もわかった。数値で見る限り、そんなに重篤な状態ではなかった。

 当日の手術の様子も話してくれた。手術前日入院して2泊3日の滞在だ。入院日に髪を短く剃るのだそうだ。髪があると映像がうまく写らない恐れがあるという。頭に釜のようなものをかぶせて、患部に約60度の電磁波を照射するのだそうだ。3~4時間ほどの手術だという。開頭をするわけでも脳を直接いじるわけでもないので、痛くもかゆくもない手術だという。

 ただ、今回の検査で右と左両方に振戦が見られたが、健康保険の対象になるのはどちらか一方だ。検査をしてみたら、左の方の振戦が激しいようだ。両方を手術するには、保険がきかないのでさらに200万円かかるという。そんなに金は掛けられないので、今回は利き手の右側だけの手術をお願いした。手術は不測の事態が起こりうるので、それを了解する承諾書も書かされた。ここまで半日ほど、Kawasaki氏はずーっと付き合ってくれた。

 最後に、入院のガイダンスがあった。病室は個室とのことで、差額ベッド代がかかる。病室にはwi-fi電波がないので、インターネットには繋がらない。ただ個室なので、パソコンやスマホを持ち込むのは自由だという。私にとって入院も手術も初めてのことなので、見るもの聞くことすべて目新しいことだった。

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2020年4月 3日 (金)

№4485 三蜜を避けて那須へ

 新型コロナウィルス騒ぎの中で、聞きなれないないしは今まで使われてきてないいろいろな言葉が生まれている。「三蜜」もその一つか。「不要不急」を避けて、週末は自宅に閉じこもるような呼びかけがなされている。それにしても、このウィルスの感染力は凄い。

 女房もいろいろなスケジュールがキャンセルなったようで、「那須に行こう」と声をかけてきた。私も当面予定はない。那須に行こうか。女房は金曜の午後は予定があるとのことで、私が先に那須に行くことにした。最近、那須に行くときは、私の車と女房の車は別々だ。

 ラジオを聴きながら走っていたのだが、途中の宇都宮が桜満開だと言っていた。那須は宇都宮から40㎞弱だ。高度も影響があるのかもしれないが、那須はまだ桜は咲いていなかった。ただ、暖かかった。那須でも桜が咲くのはもう間近だろう。

Dscn2057  山荘への導入路には、春リンドウが咲いていた。春一番に咲く。非常に小さな花で、よく見てみないと分からない。写真にドングリが写っているので、その花の大きさが分かる。

Dscn2056  山荘の周りには、水仙が植えてある。さて水仙は咲いているだろうか。20~30株ほど植えているのだが、わずか一株だけが花をつけていた。最盛期はまだまだ先のようだ。

Dscn2059  春一番に咲くもう一つの代表的な草花はカタクリだ。山荘のすぐ近くに群生地がある。群生地に行ってみたら、咲いてはいたが群生地というにはほど遠く、チョボチョボだった。毎年、群生地が段々痩せて行っているような気がする。

 向かいに車が停まっていたので、Ohnoのお父さんに久し振りに挨拶に行った。奥さんのKayoさんがひょっこり顔を出した。あれ、いつの間に那須へ来たのだろうか。聞いてみたら、今朝Ageちゃんと一緒に来たのだそうだ。

 お父さんは、小川の枯葉掃除をしていた。うちの脇を流れる小川も枯葉の山だった。今回那須にいる間、私も小川の掃除をしよう。

【4月3日の歩行記録】8,142歩 5.5㎞

 

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2020年4月 2日 (木)

№4484 先生にまたまた「SOS」

 パソコンには頼りになる先生がいるのは、本当にありがたい。ちょっとしたことなのだが、そこで引っかかってしまうと前に進めない。最近、なるべく頼らないようにしているのだが、それでも最後に頼るのがNaoko先生だ。

 1月から2月にかけて、「Windows10で学ぶ上級者パソコン教室」を受講した報告をこのブログでした。そこで教えていただいたはずのやり方をすっかり忘れてしまった。

Photo_20200401135501  というのも、画面に「A」とか「あ」という表示が出る。snippingツールで切り取りをしようと思うのだが、えらく邪魔になる。そうだ、先日のパソコン教室で、この表示を消す方法を学んだはずだ。実はこの講座では、このツールを使うことはないだろうと思い、右から左に流して聞いたのだ。その結果、いざ使うとなると分からなくなる。

Img202004011340571  あらためてそのテキストを探し出した。今まで学んだたくさんのテキストを本棚から取り出し、当該テキストを探した。そのテキストは、いくら探しても見つからない。あれ、おかしいなと思い、机の周りを探したら投げ出していた。整理整頓が悪いので、探したら見つからないことがよくある。このテキストも書類の山の隅に積んでいた。こういう時にいつも、整理は普段からやらなければと痛感するのだ。

 このテキストのどこかに「A」を消す方法が書かれているはずと思い、探してみたが見つからない。私の探し方が悪かったのかと思い、先生にどこに書いているのか聞こうと思ってSOSのメールを打った。いつも驚嘆するのだが、先生からすぐに返事が来た。「特別料金を頂かないとね!テキストには掲載していませんが、HPの『講座の部屋』に書いていますよ」とのことだ。どうりでテキストを探しても見つからないはずだよね。

 先生のメールには、懇切丁寧にその消す方法が書かれていた。ここでも、先生から教示されたそのやり方を書いておきたい。

「設定」⇒「時刻と言語」⇒「言語」⇒「日本語 クリックでオプション」⇒「Microsoft IME」⇒offで、無事表示が消えた。もちろん、すぐに先生に次のようにお礼のメールは送っておいた。

「ありがとうございます。 
不良生徒でしたが、
無事できました。
本当に頼りにしています。」
【4月1日の歩行記録】6,103歩 4.1㎞

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2020年4月 1日 (水)

№4483 句会会報の作成に取り掛かろう

 「コロナウィルス騒ぎ」で、ほぼすべてのスケジュールがキャンセルになっている。本来、今日は東京シニア自然大学の開講講座があるはずだったが、「不要不急のお出かけ自粛」の影響でキャンセルになってしまった。まあ、老人が多い団体なのでキャンセルもやむを得なかったかな。

 さて、それでは俳句の会報印刷に取り掛かろうか。すでにお知らせしたが、3月の句会が中止となり、4月も通信句会にするという。中止になったことで印刷しないままになっていた会報だが、会員から会報だけは手元に欲しいという声が寄せられているようだ。とりあえず3月分の第97号会報は印刷した。世話人が会員の家に配り歩くから、次の号第98号の印刷もという要望もあった。

Photo_20200401105001  さっそく第98号の作成に取り掛かった。4月の兼題は「雲雀」である。もうこの会報作りも、始めてから8年が過ぎた。自画自賛するわけではないが、レイアウトや印刷も随分上手になったのではないかな。なによりも読みやすくなったとは思う。

 いろいろな工夫も凝らしている。まずは頁づくりにWordのレイアウトタブで、余白タブの印刷形式を「袋とじ」にした。この印刷形式は、自動的に頁つくりをしてくれる。さらに、右左の余白を微妙に調整している。俳句を載せる時には、その俳句を「均等割り付け」で見栄えをよくした。さらに、「行と段落の間隔」調整をしている。

 新しい第98号では、会員のエセー割り付けの行間隔を1.5に調整してみた。そしたらちょうど5ページに収まった。添付写真の調整もしている。多分、こういう工夫は会員には見えていないだろうけども。初校が出来上がり、先生に添付ファイルで送り、添削をお願いした。先生にメールを送ると、時を置かずに返答が返って来る。今回も以下のような返事だった。

お世話になっております。今回は校正個所はありません。 結構でした。  山彦
 どうしても打ち間違いがある。それが、全18頁に訂正箇所が一ヵ所もなかったといわれると嬉しいものだ。最後の編集作業は、【編集後記】を書くことだ。せいぜい60字くらいのコメントだが、その時々の印象を記している。実は、この会報作りが私にとっては俳句を作るよりも楽しい。そして、第98号を印刷中にこの記事を書いている。
 
 印刷手数料として、会から毎月1500円頂いている。昨日も印刷用紙やインクがなくなったので、近くの電器屋で買い求めてきた。合計12000円余りだった。経費を合わせたら頂いた手数料ではあわないのだが、そこは私の楽しみ代でもある。
【3月31日の歩行記録】11,217歩 7.5km

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