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2020年5月10日 (日)

№5022 50年前の玉手箱

Sdscn2148  本を探そうと思い押し入れの奥を覗いた。そしたら、奥の方から黒い箱が出てきた。あるゴルフ大会で優勝した時にもらった優勝カップが入っていた箱だ。久し振りに優勝カップを見てみようと思った。

Sdscn2150  そしたら、この箱の中に入っていたのが、優勝カップではなく大量の手紙だった。2~3見てみたら、50年以上も前の手紙であった。しかも、すでに亡くなった親父とおふくろの手紙が多かった。おふくろの手紙の一つを読んでいたら、姉にどうやら子どもが生まれそうだと書いてあった。今から考えると、長姉の子どもMaikoのことである。彼女も今では50歳を過ぎている。50年以上も前の手紙と分かった。

 面白いことに、あて先は様々だ。京都の下宿先だったり、東京の牛乳屋、代々木のアパート、三鷹の下宿先、常盤台のアパート、石神井公園のアパートなどだ。私が点々と引っ越した先に手紙が届いていた。

 最近よく思うことだが、私は何か親孝行をしたことがあっただろうか。心配ばかりかけて、何ら親孝行らしいことはしてきていなかったと汗顔の至りである。「孝行したいと思うときには親なはし」とはよくいったもので、ほとんど何もしてこなかった。

Sdscn2151  この手紙の中に、現金書留の封筒がたくさん入っていた。頻繁に親から仕送りがあったのだろう。中の手紙を見ると、10000円送ったとある。50数年前の10000円は、今よりも相当価値が高かったに違いない。それも、自宅の商売は左前だった。苦しい中の仕送りだったに違いない。それを当然にように受け取っていたのだろう。おふくろのある手紙を読むと、「苦しい中送った仕送りなので、ありがたく思い、大事に使うように」との但し書きが付いていた。私は、この親の思いの何百分の一も返していない。

Sdscn2152  両親からの手紙だけではなく、長姉や次姉、なかには12年前に亡くなった弟からの手紙も混じっていた。このような手紙はすっかり忘れていたのだが、どうやら高校生だった弟が私のことを心配してくれていたようだ。

 そのほかにも懐かしい手紙が散見された。高校時代に付き合っていた女性からも何通かあった。内容を読んでみると、旅行で上京するから会おうというのもあった。どうしたのだろうか、私は会ったという記憶はない。彼女とは、高校時代に交換日記を交わしていた。多分、10冊ほどあったのだろう。別れる時に半分づつに分けた。後に彼女に聞いてみたら、彼女の分は全部燃やしてしまったといっていた。私の分は、この家のどこかにあるはずだ。

 私は20歳代前半に盛んに山登りをしていた。その時に知り合ったのだろうか、諏訪の女性からの手紙も何通かあった。全然覚えていないのだが、どういう女性だったのだろう。大学の先生からの手紙も何通かあった。時間を見て、一通一通丁寧に読んでみたい。

【5月9日の歩行記録】11,057歩 7.4km

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