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2020年6月22日 (月)

№5064 40年来の師弟関係

 もう4~5年前になるか、私のブログのコメント欄に「君がシンさんなら返事を、関係ないなら無視してください」というコメントが入った。名前を見ると、Ohno Kazumiとあった。その名前で思い出すのは、私の大学の先生だ。ブログにそのコメントを探してみたが、残念ながら見つからなかった。もちろん、コメントには先生の生徒であった返事をした。

 もう40年以上も前になる。私の勤務先は、二人だけの鶴ヶ島の倉庫であった。自宅からは車で通っていたので、帰りに酒を飲むわけにもいかなかった。夜は暇だった。この機会に何か勉強しようと、探した先が「埼玉大学経済短期学部」だ。夜だけの授業で、確か一学年5~60人の募集だった。3年制の大学だったが、私は学士入学で2年で卒業できるという。

 幸い、うまく入学できた。国立大学というので授業料も安かった。生徒には社会人も多かったが、もちろんこの学校に直接入学した若い人も多かった。私とは一回り近くも若かった。この学校を大いに楽しもうと、ワンダーフォーゲル部に入った。ほとんどの部員が、私より若かった。この部の顧問が、件のOhno Kazumi先生だった。

 Ohno先生は経済学を教える先生だったが、なんといっても思い出すのがゼミだ。そのゼミの内容は「資本論購読」だ。このゼミで資本論を最後まで読み通したが、内容はほとんど覚えていない。ゼミを受講していたのは、ワンゲル部員が多かった。私もそうだったが、受講生の多くの楽しみは、講座終了後の酒飲み会だった。時々は研究室を抜け出して、北浦和駅前の飲み屋に繰り出した。

  この経済短期大学部の授業で、今でも思い出すのが先生の授業のほかにドイツ語の授業だ。ドイツ語を受講したのは、私のほかにもう一人しかいなかった。毎授業ごとに一頁の翻訳が課された。ウンウン唸りながら課題をこなしていった。教材は「聖書」だった。そのきつさとともに、先生のキリスト教への真摯な思いを語ったことだ思い出される。

 ワンゲル部は数々の山行をした。先生と一緒に山に行った記憶はないが、スキーにはよく出かけた。私が好きでよく行ったのが戸隠高原だ。そこで行きつけのスキー小屋があった。先生を連れてその小屋に泊まったのだが、その後は私よりも先生が熱心に通ったようだ。卒業後は、先生とも仲間とも疎遠になっていった。

Photo_20200622100401  その先生からの突然のコメントはうれしかった。その後、年賀状も交し合った。先生はFacebookをやっている。この写真は、無断ではあるがそのFacebookからとったものだ。しょっちゅうではないが、記事更新を続けている。最近では、アベノマスクの話題を載せていた。

 洒脱な先生は、いつもきつい冗談で皆を笑わせていた。このFacebookで知ったのがが、先生は私より10歳年上だった。先生のFacebookに、「北浦和での飲み会を思い出します。楽しかったですね」とコメントを入れた。もう40年も前のことだが、SNSでこのように繋がるとは実に便利なツールである。

【6月21日の歩行記録】9,408歩 6.3km

【6月21日のアクセス数】151アクセス 訪問者86人

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