« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »

2020年10月

2020年10月31日 (土)

№5195 お月見吟行

 お客様一行4人が那須インターチェンジに午前11陣着くというので、迎えに出た。若干予定よりも早かったが、無事出会うことができた。とりあえずは「あるるのいえ」に行こう。そこで一休みをした。この日の行動の確認をしたが、先生は任せるという。何より、夕ご飯の買い物をしてこよう。男性陣を留守番にして、3人で近くのスーパーに行ってきた。少し余分と思われるくらいの買い物だった。

 買ったものを冷蔵庫にしまい、さて出かけようか。Taeさんがロープウェーの半額券を持っているというので、茶臼岳への那須ゴンドラに乗ることにした。近くのセブンイレブンで昼食を買い、ゴンドラまで出かけた。ところがこの半額券は、このゴンドラのものではなく、マウントジーンズのロープウェーのものと分かった。茶臼はすでに紅葉の時期は過ぎていたので、マウントジーンズに行くことにした。車で20分くらいである。

Dscn2507  この選択が大成功だった。茶臼は風が強く紅葉も望めなかったが、500mほど低いマウントジーンズは、かろうじて紅葉に間に合った。ロープウェーから見える落葉松は、ちょうど黄葉の真っ盛りだった。林一面が黄色に染まっていた。頂上でお弁当を広げ、昼食を摂った。若干寒かったので、厳重に防寒をしての昼食だった。そういえば、昨日も筑波山頂上でコンビニ弁当だったな。

Dscn2502  頂上の展望台では、向かいに茶臼岳と朝日岳がくっきりと見えた。本当をいえば、マウンテンジーンズ頂上は6月上旬が最高である。300年以上というゴヨウツツジの群生が見られるし、山野草の多くも見ることができる。残念ながら、冬に向かういまの山にはそういうものは何もない。

Dscn2504  何もない山で、さっそく吟行に入った。皆さん、俳句手帳片手に思いをひねる。一番熱心に手帳に向かっていたのSenshuさんだった。Yamahiko先生も、スマホ片手に写真を撮っていた。 

Dscn2503  山の頂上では、ガンガンラジオが鳴っている。なぜラジオを鳴らしていたのかというと、熊除けのためだという。「熊出没注意」の看板が立っていた。ウ~~ム、これも句材になるね。木の葉はほとんど落ちていたが、ミズナラやブナの大木がある中に、枝のてっぺんが緑色の葉っぱに覆われているブナの木があった。「あれはヤドリキだね」という人がいた。あれも立派な句材だ。

Dscn2506  かれこれ句想を練りながら2時間も山の中をさまよったが、少々寒くなってきた。さて、またロープウェーで帰ろう。まあ、その前に皆で記念写真だ。近くを歩いている若い女性にシャッターを押してくれるようにお願いした。頂上には絵筆を持つ絵画グループが、盛んに絵を描いていた。「寒くありませんか」と声をかけた。

Dscn2508  ロープウェーを降りて、向かったのが「駒止めの滝」である。本当は紅葉見物の絶好ポイントのはずだが、少々遅かったようだ。それでも、Taeさんは感激していた。本来はこの下にある北温泉で入浴する予定だったが、少し時間が遅い。この日は、鹿の湯で我慢しよう。先生は、「俳句をやる人には格好の場所」として殺生石を指名した。ここには芭蕉の句碑がある。芭蕉が「奥の細道」で立ち寄った場所でもある。20分ほどで見学し、「鹿の湯」も忙しいがやはり20分だ。本当に1時間ほど温泉にゆっくり浸かっていたかったが、そうもいかない。夕飯がどんどん遅れてしまう。

Dscn2511

 予定通り、夜は鍋料理だ。具材をたっぷり入れ、お刺身も一緒に豪華な夕食ができた。やはり仲間に女性がいるのが強味だった。Yamahiko先生が、「前回は秦山の手料理だったが、こちらのほうが断然良い」と言っていたが、当たり前のことだ。料理が美味しかったので、アルコールも進んだ。この夜は、夕食後に「お月見吟行」と句会をするつもりだったが、肝心のYamahiko先生が珍しく潰れてしまった。これを喜んだのが、俳句の課題ができなかったYukoさんだ。いずれ、句会は明日だね。

 先生は眠ってしまったが、起きている4人でお月見をした。この晩は十三夜で、月が煌々と照っていた。帰ってきて、それぞれ遅くまで句作をしていた。

【10月29日の歩行距離】2,157歩 1.4㎞

【10月29日のアクセス数】127アクセス 訪問者77人

 

| | コメント (0)

2020年10月30日 (金)

№5194 お客様を迎える準備

 今年の春頃、俳句の山彦先生が「今年の秋のお月見吟行は那須でやりたいが、どうか」と問いかけてきた。那須での吟行は、4~5年前に一度やった。先生にはその記憶があったのだろう。「那須は良かったね」と何度か言っていた。その時の吟行は、先生とSenshuさんと私を含め、4人だった。コロナ禍、今年はお月見吟行をひっそりやりたいとのことだった。3人の那須合宿と思っていたら、伊奈桟雲の会のメンバー、TaeさんとYukoさんも参戦するという。

 Taeさんは一度那須に行きたいと思っていたらしく、大喜びだった。私はあらかじめ筑波山から那須に来ているのだが、Taeさんが埼玉から4人を乗せて車で来るという。先生がこの吟行をどう考えているかわからないが、どういう事態にも耐えられるようにしたい。一番重要なのは、食事をどうするかだ。一番簡単なのが鍋料理だ。買い物も、一行が到着した時点で考えよう。

Dscn2496  那須は秋が深まっている。繭の里の樹々は、すでに紅葉が始まっている。こういう様子なら、山の上はもう紅葉も終盤かな。本当は茶臼に登って最高の紅葉を見物したかったが、例年10月20日頃が紅葉の盛りなので、もう終わっているかもしれないね。Taeさんが、那須のロープウェーの半額乗車券を持っていた。これも皆の意見だが、よかったらロープウェーで茶臼岳に登ることも考えたい。

Dscn2500  家の前のもみじの紅葉が進んでいる。ただ、この「あるるのいえ」で一番鮮やかな紅葉である、満天星つつじはまだ色づくには時間がかかりそうだ。もう一週間くらいか。

Dscn2497  客を迎えるのに、布団を干しておこう。那須は湿気がすごい。布団部屋は、常時乾燥機を回しているから比較的湿気が少ない。とはいっても、布団を日に干しておくことにする。この家には、布団が8組に毛布や敷布など常時客を迎えられる体制にはある。幸い、この日は天気も良さそうだ。半日も日にさらしておくといいかな。

 合宿中はブログを書けないと思い、早めに書いた。どういう合宿・吟行になるかは、次回以降の記事である。

【10月29日の歩行記録】7028歩 4.7km

【10月29日のアクセス数】164アクセス 訪問者77人

| | コメント (0)

2020年10月29日 (木)

№5193 筑波山ハイキング

Dscn2475  東京シニア自然大学NEXTの講座で、筑波山ハイキングをしてきた。この講座はそもそも私が希望していたもので、ぜひにも参加したかった。この日はハイキングの後に那須に行く予定だったので、車で参加した。午前10時半集合とのことだったが、少し余裕を見て午前8時半に家を出た。途中までは圏央道だったので、快適なドライブだった。この講座には、あらかじめ世話人からシラバスが送信されている。

Dscn2478  シラバスを読んでいたつもりだったが、とんでもない間違いを起こした。筑波山神社下に午前10時に着いた。集合時間まで30分あるので、周りを散策した。そして集合場所と思っていたケーブルカー駅には集合10分前に着いた。ところがいつまでたっても仲間が来ない。どうしたのだろう。世話人のFujitaさんに電話を入れた。彼らもつつじが丘の駅に着いたばかりだという。私はケーブルカー駅で待っているというと、「エッ、ケーブルカー駅なの。集合場所はロープウェー駅なんだけど」という。筑波山にケーブルカーとロープウェーがあるのは知らなかった。

Dscn2479  とてもケーブルカー駅からロープウェー駅までは歩けないというので、せっかく駐車料金を払った駐車場を出て、ロープウェー駅に向かった。車で10分ほどあったので、とても歩ける距離ではなかった。この日は歩いて登るAコースと、ロープウェーで行くBコースに分かれていた。あらかじめAコースに申し込んでいたのだが、私が到着した時にはこの班はすでに出発していた。私はロープウェーコースで行くことにした。この班の人たちはまだ駅にいたので、私も往復運賃を払った。「おたつ石コース」の山登りが結構きついと言っていたので、これもいいか。

Dscn2482  ロープウェーは、6分ほどで女体山の下に着いた。筑波山は双耳峰で、女体山(877m)と男体山(871m)の二つのピークがある。最初に登った女体山は岩山で、ピークは狭かった。しかし、この山は近くの児童の遠足コースらしく、多くの子どもが山頂に見えた。私はくらくらするので、頂上に行くのは遠慮した。しばらく滞在したのだが、次の目標は男体山だという。女体山から30分で着くらしい。

Dscn2483  途中に「ガマ石」のパワースポットがあった。まるでカエルが口を開けているような岩だ。そういえば、筑波山はガマの油で有名だ。売店には、ガマ油も売っていた。このガマ石の口に石を投げ入れると金運があるというが、成功する人は少なかった。ただ、仲間の一人が一発で成功した。

Dscn2489  さて、男体山はなかなか厳しい登りだった。ところが、多くの幼稚園児が下りてきた。学校の遠足だけでなく、幼稚園児にとってもやはりハイキングコースなのに驚いた。Bコースに参加した9人で、登頂記念の写真を撮った。このコースに参加したのは9人だった。すでにお昼は過ぎていた。この男体山を降りて昼食を摂っているときに、Aコースの一行11人が御幸ヶ原(山頂の広場)に着いた。彼らもここで昼食を摂るという。

Dscn2495  その一行は、昼食後記念写真を撮って、男体山に登るという。帰りはケーブルカーで下山の予定だった。私はロープウェーの往復チケットを買ったので、一人でロープウェーまで戻ることにした。筑波山は紅葉にはまだ早かったが、薄紅葉という状態か。ロープウェーを降りて、一般道を通って那須に向かった。約2時間半ほどかかった。

【10月28日の歩行記録】7,849歩 5.3㎞

【10月28日のアクセス数】126アクセス 訪問者84人

 

| | コメント (0)

2020年10月28日 (水)

№5192 修理中の車が治ってきた

 トヨタの修理工場で、事故を起こした車の修理をしていた。自動車保険が降りるというので、この際と思い治した。2週間ほどトヨタの修理工場に入れていた。その車が治ってきた。さて、修理後の出来栄えはどうだろうか。

Photo_20201027160201

 リアバンパーを全部取り換えたのだが、後ろから見たらもう9年も経ってしまった車だが、新品同様に変身した。衝突の後は、全然わからなくなってしまった。

Photo_20201027160601  あらためて車の周囲を見てみたが、結構小さな傷がある。どうせ治すのだと思い、目立つ傷には色を塗ってもらった。とはいっても、よく見るとその傷がわかる。結構、最近荒い運転をしていたと反省した。

 修理も上がったし、明日からこの車で那須に行くとしよう。

【10月27日の歩行記録】8,561歩 5.7km

【10月27日のアクセス数】121アクセス 訪問者79人

| | コメント (0)

2020年10月27日 (火)

№5191 満開のコスモス畑

Photo_20201027083901  私がいつも散歩している道沿いにコスモス畑がある。休耕田にコスモスを植えたものだ。なぜコスモスを植えているのか不思議に思っていた。このコスモス畑の隣で稲刈りをしていた人に聞いてみた。コスモスはもしかしたら肥料になるのか。そしたらそのおじさんは、「別に意味はなく、楽しみで植えているんじゃないの。もともと稲を植えても赤字なので、採算を諦めたのかもしれない」と言っていた。

 そのおじさんの言うには、稲作は一反歩当たり10万円の収益があるが、労働力、機械代、肥料を考えるとまるきり赤字らしい。それでも農業を続けるのは、先祖からの農地を守るためだと言っていた。いざとなると一反歩1000万円くらいで売れるが、土地を売っている人を見ると、売った土地代はすぐになくなり、困窮している人を何人も見ているらしい。

Photo_20201027084001  稲を植えても赤字ならと、ほったらかしにしている休耕田を多く見る。その休耕田は草ぼうぼうになり、隣近所の農家に迷惑がかかる。それを避けるために植えたのがコスモスらしい。この散歩コース沿いには、5反歩もコスモスが植えられている。植えた当時はは誰にも見向きもされていなかったが、満開になったら立ち止まる人が多い。

Photo_20201027155701  私も立ち止まって、写真を撮り始めた。コスモスの一本一本はたいした花ではないが、群生で咲いているとこれは見事だ。しばらく、このコスモスを鑑賞した。何人かが、わざわざこの群生を見に来ていたね。

Photo_20201027155901  このコスモス畑の隅に、コスモスの花を売り即売所があった。1束500円を消して、300円で売っていた。えらい高いものだねと呆れてしまった。

【10月26日の歩行記録】10,241歩 6.9㎞

【10月26日のアクセス数】171アクセス 訪問者71人

| | コメント (0)

2020年10月26日 (月)

№5190 無敗の三冠馬が誕生するか

 私は競馬はしないし、ほとんど馬券も買ったことがない。唯一、仲間と浦和競馬場に行き、競馬見学の折に馬券を買ったのみだ。幸か不幸か、買った馬券は全部外れてしまった。初めての馬券が大当たりして、それ以来競馬にのめり込んだという人もいる。私にはそういうこともなかった。そもそも、私は籤運には恵まれていないのだ。博打にはとんと無縁だ。

Photo_20201026094301  そういう私でも、今回の菊花賞だけは関心を持った。コントレイルという馬が、三冠馬に挑戦するというのだ。菊花賞にも関心がなかったが、コントレイルが史上3頭目の「無敗三冠馬」になるかというので、競馬中継を見た。菊花賞が行われたのは京都競馬場で、3000mのレースだった。

 コントレイルは、ディープインパクトを父に持つ。競馬というのは、血が走らせるとよくいわれる。血統が大事だ。父のディープインパクトもやはり無敗の三冠馬で、2005年に7戦全勝だった。さらにもう一頭の無敗三冠馬は、1984年のシンボリルドルフだ。全勝とはいかなかったが三冠馬をとった馬は、これまで7頭だった。名前を見ると、私でも知っている歴史に名を遺した馬だ。

 このレースには、もう一頭ディープインパクトを父に持つ馬が出場していたが、ほとんど無名だった。ということは、血統が良いからといって必ずしも勝てるとは限らない。ただ、この三冠馬というのは、馬主にとっては賞金もそうなのだが、レース後の種付代の方が金になるという。事実、ディープインパクトが2006年に引退してからどのくらい稼いだかわからない。

 それはさておき、昨日の菊花賞レースである。やはり、コントレイルは圧倒的な人気だった。馬券の売り上げが、支持率69.7%と圧倒的だったし、払戻金が1.1倍だという。100円の馬券で110円しか戻ってこない。金利10%と良いようにも思えるが、一獲千金を狙う競馬ファンにとっては、これほど面白くない賞金もないだろう。

 コントレイルは、最後の追い込みがすごいという。三冠のうちさつき賞では1馬身差、ダービーでは3馬身差で勝った。これもビデオを見ていたら、最後の直線で圧倒的な力を発揮して勝利していた。

Photo_20201026100801  さて、今回の菊花賞はどうだったのだろうか。勝つには勝ったが、2位のアリストテレスとは首の差の僅差だった。圧倒的な勝利を期待していたものにとっては、少し残念だった。福永祐一騎手も、「今回のレースはあまりいいものではなかった。第三コーナーで、馬が行きたがるのを必死で食い止めた。コントレイルはエキサイトしていた」と語っていた。

 まあそれでも勝ったのだから、矢張りコントレイルは力があったというべきか。ちなみに、コントレイルの意味は「飛行機雲」だそうだ。

【10月25日の歩行記録】9,118歩 6.1㎞

【10月25日のアクセス数】151アクセス 訪問者74人

| | コメント (0)

2020年10月25日 (日)

№5189 自宅の改築工事始まる

 何度かブログ記事にしているが、いよいよ自宅の改築工事が始まった。今回の工事内容は、屋根の瓦を修築し、自宅を全面塗装するというものだ。この工事に私はある予算を立てていたが、思いのほか安く上がると分かった。それに、予定していなかったが、火災保険から20万円の補助金が降りると分かった。私の人生最後の大工事と考え、思い切って踏み切ることにした。

Dscn2474_20201025104001  工事をする業者も丁寧なものだ。隣近所に「屋根工事・外壁塗装工事のお知らせ」というチラシを配り、近所迷惑がかるが協力してもらいたいとお願いしていた。そのチラシには、工事日程も記されていた。それによると、10月24日(土)に足場設置をし、26日には自宅の高圧洗浄をするという。そして、27日から本格工事にかかり、期間は約1週間だという。

Dscn2471  早速、足場工事の職人がやってきた。車庫の波板をはずし、自宅に足場をかけ始めた。しばらく見ていたのだが、手際が良いものだ。話を伺うと、足場をかけるには、何か資格のようなものが必要とのことだ。家全体に足場をかけ、カーテンで覆っていた。その距離約170mくらいかなと言っていた。

Photo_20201025105101  朝9時くらいに始まった工事は、午後2時ころには終わった。自宅は、足場とカーテンで覆われてしまった。足場架け職人はここまでだ。次には瓦職人がやってきて、さらには塗装工がやってくるのだろう。

 自宅の塗装を何色にするのかは、まだ決めていない。私は上品なグレーがどうかと思っているのだが、女房は今のままの色でいいと言っていた。なんでも、自宅の環境はいまの色に合わせて調和がとれている、これをグレーにしたらおかしいだろうとのことだ。女房に頭の上がらない私としては、しようがないことだね。

【10月24日の歩行記録】8,525歩 5.7㎞

【10月24日のアクセス数】123アクセス 訪問者79人

| | コメント (0)

2020年10月24日 (土)

№5188 土曜日の朝一番は脳トレ

 毎週土曜日は、朝の新聞の別冊を楽しみにしている。そこにはクイズが載っているからだ。何よりの楽しみが「数独」である。この新聞に載っている数独は、★一つから★5個までの難易度が載っている。大体が3個から5個ではあるが。

Photo_20201024100301  さて、今朝も起きてすぐにこの別冊を取り出した。今日の難易度は★4個だった。概して、★3個より★5個の方が易しい。今日は4個かと思い、解き始めた。このクイズを解いていると夢中になり、朝ご飯も忘れる。毎回、女房に「ご飯はどうするの」と文句を言われる。それも無視して回答に夢中になってしまう。数独は本も売られているようだが、私がやるのはこの新聞だけだ。どうも、本まで買ってやるほどのこともない。

 数独を解いていると、枠に同じ数字が出てしまい、挫折することがある。この挫折するのは、むしろ★5つより★3つのことが多い。緊張感が足りないと、★3つの時は回答に緊張する。挫折してしまったら、そこで終わりにする。この日は、無事に解き終わった。ヤレヤレである。

Photo_20201024101801  ついでに、数独の上のクイズもやってみる。今日は「ネット漢字」というクイズだ。このクイズは意外と易しい。あっという間に解いてしまう。さらに詰碁も同じページにあり、それらのクイズを解くのが、土用の朝の日課だ。

【10月23日の歩行記録】8,536歩 5.7㎞

【10月23日のアクセス数】122アクセス 訪問者79人

| | コメント (0)

2020年10月23日 (金)

№5187 子規とベースボール

 俳句の会報「伊奈桟雲」には、会員が交代で作文を書いている。10人の会員がいるので、10ヶ月に一度はその順番が回ってくる。作文のテーマは、基本的に俳人レポートであるが、何を書いてもいい。ただ、ほとんどの会員は、俳人について書いている。今まで会員がどういう俳人を紹介しているのか見てみると、小林凜、小林一茶、飯島晴子、杉田久女、竹下しづの女、三橋鷹女などだ。

 そして、私に順番が回ってきた。 先生は、「俳句作りには文章を書くのも俳句上達には必要だ」と強調していた。もっとも、私のように毎日ブログで作文作りをしているが、なかなか上達しない人間もいる。ただ、私は毎日のようにブログを書いているので、作文を書くのはそんなに苦ではない。問題はどういうテーマで書くかだ。それさえ決まってしまうと、資料を読みながらサッと書き上げてしまう。

 9月に行われた大相撲秋場所を観戦していたら、ある日、アナウンサーが「子規と大相撲」の俳句を紹介していた。なぜこの日の紹介か考えてみたら、この日は「獺祭忌」(子規がなくなった日)だったことに気が付いた。このテーマで書いてみようかと思ったが、手ごろな資料がなかった。ところが子規とベースボールを書いた資料が見つかった。急遽、ベースボールをテーマに書いてみることにした。

 以下がその作文である。

 子規とベースボール             秦山 

 私は、よく大相撲を見ている。先日行われた大相撲秋場所だが、九月十九日の「獺祭忌」に子規の相撲俳句が紹介されていた。子規といえばベースボールで有名だが、相撲も好きだったのだとあらためて思い知らされた。子規の相撲の例句を上げてみよう。

 うつくしき秋を名乗るや角力取                               子規

 今回は相撲ではなく、子規とベースボールを取り上げてみたい。子規がベースボールに夢中だったのは、つとに有名な話だ。四国の松山では、河東碧梧桐や高浜虚子に手ずからべースボールの基本を教えていたようだ。

 記録によると、子規は好きだっただけではなく、ベースボールの名手だったともいう。ピッチャーをやったりキャッチャーをやったりと、万能だったらしい。明治二十年ころ、アメリカ軍と第一高等学校の練習試合をやり、三勝一敗で日本が勝ち越し、アメリカの選手を大いに悔しがらせた。その当時、ベースボールはアメリカの国技といわれていた。

 明治二十八年ころまでは、ベースボールをうまく日本語に当てはめる言葉はなかった。ただ、子規の本名「升(のぼる)」にちなんで、彼は雅号に「野球 (のぼーる)」をあてていたこともあった。ベースボールを野球と翻案したのは、第一高等学校の二年後輩中馬庚だという説がある。ただ、子規が作った野球の造語は、今でも使われている。それは、走者・打者・四球などである。

 子規には、様々な雅号があった。野球のほか、常規凡夫、獺祭魚夫、野暮流盗花、四国仙人など二十七にも及んだというが、なかには漱石という名前も使っていた。夏目漱石は、友人の子規から雅号の名前を拝借したのだろうか。明治二十九年、彼が寄稿する新聞「日本」に随筆『松蘿玉液』を書き、三回にわたってベースボールを詳しく解説している。

 晩年、残念ながら病に倒れた子規ではあるが、ベースボールに対する情熱だけは衰えなかったようだ。病床でも多くの和歌、俳句を残している。なお、松山の子規堂には二句の野球碑が立っている。

 和歌の例句はさて置くとして、ここでは野球の俳句を紹介してみたい。

 球うくる極秘は風の柳かな(明治二十三年作)  子規

 春風やまりを投げたき草の原(明治二十三年作)  子規

 草茂みベースボールの道白し(明治二十九年作)  子規

 生垣の外は枯野や球遊び(明治三十二年作)  子規

 夏草やベースボールの人通し(明治三十二年作)  子規

*参考文献

『子規とベースボール』           神田順治(ベースボールマガジン社)

『正岡子規と明治のベースボール』      岡野進(創文企画)

Photo_20201022111401

 (四国松山にある子規堂の「ベースボール碑」)

【10月22日の歩行記録】9,038歩 6.1㎞

【10月22日のアクセス数】140アクセス 訪問者97人

| | コメント (0)

2020年10月22日 (木)

№5186 家の固定電話が繋がらないよ

 家の固定電話が繋がらないと分かったのは、2~3日前のことだ。というのも、私も女房も普段もっぱら使っているのがスマホの電話だ。よほどのことがない限り固定電話は使わないし、固定電話にかかる用件もほとんどがセールスか迷惑電話である。従って、留守電にしていて取ることがなかった。繋がっていないことには気が付かなかった。

 それでも固定電話を使うこともある。昨日、新聞広告に出ていた商品を買おうと、スマホで電話をした。ところが、スマホは使えないと分かった。仕方がない、固定電話で注文しようと受話器を取ったのだが、ツーツーという音がしない。どうも固定電話が繋がらないよいうなのだ。

 自宅は、AUのひかり電話でネットも固定電話も繋いでいる。もう4~5年にもなるのだろうか、今まで支障はなかった。それが、固定電話が繋がらないと分かると不安なものだ。はたして寿命で、電話が壊れてしまったのかな。いずれ、AUの光電話の担当者に電話をしてみよう。AUの受付に電話をしてみた。そしたら、故障担当者の電話番号を紹介してくれた。

Photo_20201021105101  そこに電話をしてみたら担当者に繋がった。その人が遠隔操作で見る限り故障はないという。インターネットにも繋がっているので、別の要因があるはずだという。ルーターを点検してみてくれという。ルーターはパソコン机の下に転がっていて、ゴミだらけだ。ほとんど見ることもない。ただ、担当者の言うとおり、そのルーターを点検してみた。

Photo_20201021105401  ルーターには配線口がある。そこの電話の配線が「回線」に繋がっていた。担当者の指導では、その下にある「電話線」の口に繋いでみるようにとのことだ。担当者の言うように繋ぎなおしてみたら、無事に固定電話が使えるようになった。この回線は、AU光になってから動かした記憶はない。Auひかりと契約を交わしてから今まで不都合はなかったのに、なぜ急にこうなったのかは謎だ。まあ、それでも繋がったから良しとしようか。

【10月21日の歩行数】12,227歩 8.2㎞

【10月21日のアクセス数】141アクセス 訪問者92人

| | コメント (0)

2020年10月21日 (水)

№5185 句会は国語教室

 昨日第三火曜日は、定例の「伊奈桟雲の会」の句会があった。いつものことであるが、この句会は緊張に包まれた4時間である。山彦先生の講義を、私は久し振りに、国語の授業を受けているような感じで聞いている。皮肉ではなく、いつも話してくれる事柄は新鮮だ。このエピソードは、句会の句の紹介ごとになされているので、メモをとったり取らなかったりである。

 先生が標榜するのは「写生俳句」である。しかも徹底写生をするべきという。この系譜は、ホトトギスの流れを汲む。とはいっても「写生」はそんな簡単ではない。写生俳句を訴えたのは、高浜虚子である。

 今日話された中で、山彦先生の師系の話が出た。先生がどういう師匠につきながら今に至っているかということだ。先生の俳句は、あくまでも正岡子規から高浜虚子、福田蓼汀、岡田日郎に繋がる「ホトトギス」の流れを汲む。福田は昭和23年「山火」を立ち上げ、岡田がそれを引き継いだ。山彦先生は岡田の弟子で、句会の合間に時々岡田日郎の話を聞かせてくれる。

 岡田日郎は93歳で健在だ。ただ一時500人もの会員を集めていた「山火」は、いまや100人前後と影が薄くなっているという。岡田が認めているかどうかはわからないが、「山火」から唯一独立して「桟雲」を立ち上げたのが山彦先生である。山彦先生はいまや14の句会を主宰し、さらにその勢いを伸ばそうとしている。会員も200人近いか。先生は自慢しているわけではないが、時々他の句会の様子も話してくれる。

 そして、私の苦手な文法の話もする。俳句を作るのに、終止形や連体形などを知っているのは必要だ。文法を知らなくても俳句は作れるが、知っていると句の形が整うことが多い。

 この日話してくれた新しい言葉があった。「寄物陳思」ということだ。私は初めて聞いたと思うのだが、句会で何度も話しているという。要するに、物に寄り添いながら思いを述べるのが俳句の神髄という。簡単なようで、なかなか難しい。

 さらにこの日話してくれたのは、「表現の美」「素材の美」「言葉の美」の三つの美が、俳句には必要だという。受講の生徒は、そんなものかとうなずいていた。ただ、少し抽象過ぎて自分の中で消化するのは難しいね。難しいながらも、何度もこういう話を聞いているとだんだん身についてくる(ということを期待している)。

 月一回の句会は、会員のこの一ヶ月の俳句を紹介する場でもあるが、もう一つ山彦先生の講義を聞く場としても、私には貴重な句会である。ということで、この日は朝9時50分から午後5時まで埼玉県民活動総合センターで過ごした。

【10月20日の歩行記録】2,889歩 1.9㎞

【10月20日のアクセス数】151アクセス 訪問者93人

| | コメント (0)

2020年10月20日 (火)

№5184 アメリカ大統領選が最終盤に

 11月3日の投票日を前に、アメリカの大統領選挙が最終盤を迎えている。私もこの選挙には大いに興味を持っている。ここにきて、トランプとバイデンの差が10ポイントほどに開いている。本当は勝負ありというところだが、そうはいかないのがアメリカの大統領選の魔訶不思議なところである。

 このニュースを見ているのは、ネットのyahooニュースでだ。いろいろな情報がこのニュースに載っているので面白い。例えば、今現在どういう情報があるか羅列してみた。

・トランプ氏がついた「致命的に危険な嘘」

・大統領選の敗北で現実味を帯びるトランプ焦土作戦

・トランプ氏の感染、「全く驚きではない」 ファウチ所長

・トランプVSバイデン、22日最後の討論会

・トランプ氏「敗れたら米国を去るかも」と演説

・トランプ大統領コロナ感染で発覚「金髪美女多くない?」

・米大統領選、両候補が激戦州で集会

・米各地で反トランプデモ、最高裁判事の保守派指名に抗議

・トランプ派支持者、狙われた知事を「刑務所に入れろ!」

・米大統領選テレビ討論会の視聴者数 特に多かった回は?

・トランプ政権4年間の経済環境と政策を振り返る

 以上、ざっと項目のみを挙げてみたが、ことほど左様にアメリカの大統領戦は注目を集めている。しかも、項目のほとんどをトランプが占めている。ただ、トランプが良いから挙げたというよりも、トランプがこんなにひどいと挙げている項目が多い。ただ、バイデンがほとんど注目されていないのは寂しいことだ。

 今の勢いで行くと、トランプの勝ち目はほとんどないと思うのだが、どうだろうか。

【10月19日の歩行記録】7,976歩 5.3㎞

【10月19日のアクセス数】127アクセス 訪問者80人

| | コメント (0)

2020年10月19日 (月)

№5183 散歩が新アプリで楽しくなった

 先日、新しいアプリ「Googleレンズ」をインストールした報告をした。このアプリは、対象物を写真に撮り、検索する機能を持つ優れモノのアプリだ。早速、散歩時に見つけた花を検索してみた。いままで漠然と見ていた草花、名前が出てこない草花がたちどころに分かった。今日は、散歩で見つけた草花を紹介したい。

Photo_20201019092601  いつも歩くコースには、花を植えている人家が多い。わが家の庭にも植えているが、セージである。このアプリを見ると、メキシカンセージとある。

Photo_20201019092801  また別の民家に咲いていたのは、アベリアである。春の雪柳のようでいて、また違う。アベリアもこのアプリで名前を知った。

Photo_20201019093001  ヘンスからはみ出して咲いている花がある。検索してみると、ウキツリボクというのだそうだ。ホウズキのような形をしている。

Photo_20201019093301  ホウズキといえば、検索で「ホウズキ」と出ていたが、カラスウリである。遠くで写真を撮ると正確な名前が出てこないことがある。これもその例であろう。

Photo_20201019093501  こんもりと紅色に咲いているのは、ホウキギだ。この名前もこのアプリで知った。

Photo_20201019093701  どうしても名前が出てこない花もある。前々から消化不良を起こしていたが、検索して思い出した。木槿である。花の名前は、覚えているようですぐに忘れてしまう。このアプリで、忘れた都度に検索しよう。

Photo_20201019094001  今のにはびこっているのはセイタカアワダチソウ、またの名はブタ草ともいう。このセイタカアワダチソウで、秋に花粉症を起こす人もいる。

 こうやって野の草が名の名前を検索しながら歩くのも、俳句づくりの一助になる。このアプリは、撮った写真の保存ができるのだろうが、やり方がわからない。今回撮った写真は、アプリで検索したうえで、Googleフォトで二重撮りをしている。こんな面倒なことが必要であるのだろうか。

【10月18日の歩行記録】10,594歩 7.1㎞

【10月18日のアクセス数】154アクセス 訪問者80人

| | コメント (0)

2020年10月18日 (日)

№5182 保険会社から不審な電話

 先日、事故で車の修理をすると報告した。無事に車をデーラーに納めてきた。担当の工場長が、「保険会社から連絡があって、明日事故の現状を見に来ると言ってましたよ」とのことだった。事故の経験がない私にとって、保険会社がいちいち見に来ることに若干の驚きを覚えた。そりゃそうだよね、金を払う立場にとってどのくらいの保険金を払うかは大事だ。

 そして車を確認したのだろう、保険会社から電話があった。「あなたはバックで相手の車にぶつけたとのことだが、ぶつかった場所を確認しましたか」というのだ。変なことを言うな、と思った。相手が運転側のドアとサイドミラーが壊れているというので、私はそうだと思っていた。サイドミラーが壊れたのを自分の目で確認したのか問われた。

 そういえば、相手の言うことを鵜呑みにして、自分ではサイドミラーが壊れたかどうかの確認はしなかった。保険会社が言うには。バックでぶつかってどうしてもサイドミラーには傷はつかないはずだ、と言っていた。ぶつかった場所とサイドミラーでは、高さが違うらしい。保険会社の認定では、別の事故で起きたサイドミラーをこの事故で直そうとしているのではないか、と言う。

 私にとっては、車のどこがぶつかったかは関係ない。保険金さえ下りればいいのだから、正直あまり関心がなかった。ところが、保険会社にとっては相手に保険金をいくら払うのか、事故の内容によっては大いに違うのだろう。私には関係のないことだから、どいう結果が出るのかは聞かないことにした。

 その後、デーラーの工場長から電話があり、「昨日保険会社が来て、事故現況を見ていきました。私が出した見積もりを大筋で認めていきましたよ。修理するんですよね」との確認だった。修理することを決めたので変更はない、と返事しておいた。修理には2週間かかるとのことで、車を預けてきた。代車を借りてきたのだが、この間、傷つけないように注意する必要がある。

【10月17日の歩行記録】7,875歩 5.3㎞

【10月17日のアクセス数】129アクセス 訪問者77人

| | コメント (0)

2020年10月17日 (土)

№5181 便利なアプリをインストール

Photo_20201017095401

 女房に、食卓に乗っている花の名前は知らないかと問われた。もちろん、私が知っているわけはない。そうだ、この日の東京シニア自然大学の講座の後、仲間から「花の名前を知るいいアプリがあるよ」と聞いたばかりである。

Photo_20201017095701  熱帯植物館を出たところに咲いている花の名前は何だろうかと聞いたら、さっそくそのアプリを開いていた。「アメリカフウロ」という名前らしい。それは便利なアプリだと、私はplayストアでインストールした。そのアプリの名前は、「googleレンズ」という。

 女房に食卓の花の名前を聞かれ、さっそくそのアプリを使ってみた。googleレンズをその花に近づけて写真を撮ると、いくつかの花の名前の候補が出てくる。その候補名を見て、女房は「どうも違うようね」と言っていた。それなら、自分でアプリをインストールして検索してみるように、とアドヴァイスをした。

 アプリのインストールの仕方がわからないというので、私が代わりにやってあげた。そして食卓の花だけではなく、庭に咲く花も検索してみた。たちどころに候補の花の名前が検索できる。女房も試していたが、「花にレンズの写真を接写しないと、正確な名前が出てこないようだ」という。

 私もインストールしたばかりだから、使い方がよくわかっていない。googleレンズをパソコンで検索してみた。「画像から情報を読み取り、状況に応じた操作をしてくれる機能」を持っており、「目の前にある被写体をライブで調べることができる」とのことだ。この機能は花の名前だけではなく、名刺のような文字情報や類似商品の検索、バーコードを読み取ることもできるらしい。

 このアプリの便利さはすぐにわかった。散歩をしていて、庭に咲いている花はそのまま見逃していた。ところが、この花は何だろうと早速アプリを開いてみた。「芙蓉」の花だとすぐにわかった。ところで食卓の花の名前だが、ネマタンサス科のコーレリアというのだそうだ。

 花に興味のある方は、このアプリをインストールしたらどうだろうか。

【10月16日の歩行記録】7,875歩 5.3㎞

【10月16日のアクセス数】138アクセス 訪問者89人

 

| | コメント (0)

2020年10月16日 (金)

№5180 手術半年後の検診

 4月下旬に「本態性振戦」の手術をして、もう半年になる。半年検診に行ってきた。実は、前日に病院の事務員から電話があり、「明日の検診は午前10時の予約でしたが、先生の都合で30分ほど遅らせてください」との連絡が入っていた。私もそのつもりで、午前9時ころに家を出た。

Photo_20201016082801  病院は以前にもお話したが、「熊谷総合病院」である。この病院はズーッと工事中だったが、ようやく完成したようだ。エントランスの受付は、きれいになっていた。私がとっている新聞でも、この改築完成が載っていた。ただ、以前とは様子が違っていて、若干戸惑った。

 10時半に到着のつもりで家を出たが、病院に着いたのは10時過ぎだった。1時間で着いた。まあ、30分待つつもりで受付完了をした。そしたら、待つことなくすぐに呼ばれた。あれ、昨日の電話は何だったのだろう。主治医の先生とお会いしたのは3か月ぶりだ。

 検診がすぐに始まったのだが、内容は1か月検診、3か月検診と同じだった。最初は日常の生活に変化はないか、体に変化はないかどうかの問診だ。手術をした右手にほとんど震えはなくなった。ただ、何もして処置していない左手は、相変わらず震えている。しかし、日常生活にほぼ右手で対応ができ、ほとんど支障がない。先生にそのことを伝えた。

 この手術例はだんだん増えてきているが、中には小さな震えが相変わらず止まらない人もいるそうだ。「今のところ、あなたの手術は成功例ですね」と話していた。とはいっても、日常生活で少し注意していることがある。手に力が入らず、飲み物をこぼすことが多いのだ。女房に、「ああ、またやってしまったネ」と呆れられることもある。

 問診に続いて、トレーニング室での身体検査があった。最初に握力検査をしたのだが、前回の右手の握力は36だったが、今回は43だった。「右手に力が戻ってきていますね」と、先生は満足していた。字を書く検査も水をコップで移す検査も、前回とほぼ同じだった。

 「今までの経過は順調に行っています。最後に1年後の検査を来年4月に行いましょう。その時には、再度MRI検査をします」ということで、今回の検診は終了した。検査に要した時間は40~50分ぐらいだったかな。最後に会計をした。なんと150円だった。なんだかあまりにも安くて、申し訳ないような気がした。

【10月15日の歩行記録】6,309歩 4.2㎞

【10月15日のアクセス数】135アクセス 訪問者85人

| | コメント (0)

2020年10月15日 (木)

№5179 東京ゲートブリッジを歩く

Dscn2450  東京湾に「東京ゲートブリッジ」という橋が架かっているのはご存じだろうか。私は、東京都が主催する「東京湾クルーズ」乗船で初めて知った。最近、東京湾には海外から大型クルーズ船がやってくるようになった。ところが、レインボーブリッジは低すぎて、この大型クルーズ船は通り抜けできないらしい。そこでできたのが、この東京ゲートブリッジだ。2012年に完成というから、もう8年にもなる。

Dscn2437  一度この橋を訪れたいと思っていたのだが、東京シニア自然大学NEXTの講座で、「東京ゲートブリッジと夢の島熱帯植物館」訪問の講座が開催された。是非にと思い、参加してきた。この日の参加者は17名だった。中止、中止で来ていた講座は、今年3回目だ。この橋には、新木場駅からバスで若洲キャンプ場まで行く必要があった。先ずこの橋に登る前に、主催者からこの橋の説明があった。

Dscn2436  高さ54.6mのこの橋は、恐竜が向かい合っている形から「恐竜橋」とも呼ばれている。なぜこういう形になったかというと、船舶の航行と羽田空港発着の飛行機の邪魔にならないように、とのことだ。また、湾岸を通る車の重要な道路にもなっているようだ。橋の向こうの埋め立て地は、今東京に残る唯一のごみの埋め立て場所で、埋め立てる余地はまだ40年分残っているとのことだ。

Dscn2441  さて、この橋に登るのにはエレベーターがあった。エレベーターは、8階建ての建物の高さだ。こもごもにこの橋の上を自由散策した。さすが橋の上は風が強く、帽子が飛ばされそうだった。この橋の上から海を覗くと、はるか下に釣り船の姿が見えた。

Dscn2448  また、橋の向こうには若洲ゴルフリンクスのゴルフ場も見え、上空を飛ぶ羽田からの飛行機ともども絶景だった。橋の長さは2618mとのことで、結構歩きでがある。私は橋の半分で戻ってきたが、仲間の中には橋の向こうまで歩く人もいた。橋上からはオリンピック施設も見え、ボート会場はすぐそばだったし、スカイツリーや水泳会場も望めた。

Dscn2449  この橋を降りて、昼食を摂った。ここはまた東京湾の釣り場に指定されているようで、平日の昼なのに大勢の太公望で賑わっていた。それぞれの釣果を見てみると、釣れている人はほとんどいなかった。この眺望の元に釣り竿を垂れるのがいいようだ。ここには、1時間100円のレンタル自転車があった。この自転車を借りて、ゴルフ場を一周してきた。海の向こうには、舞浜のデズニーランドのホテルも見えた。絶景だ。

Dscn2455  さて、午後は新木場駅の反対側にある「夢の島熱帯植物館」でこの館の植物鑑賞をした。この植物館はさして驚かなったが、その後に行った「第五福竜丸展示館」がよかった。前からこの館は知っていたのだが、入館したのは初めてのことだ。第五福竜丸が水爆実験の死の灰を浴びたのは昭和29年(1954)ということだから、もう66年にもなるね。結構忘れられているのかもしれない、と思った。

【10月14日の歩行記録】17,047歩 11.4㎞

【10月14日のアクセス数】113アクセス 訪問者70人

| | コメント (0)

2020年10月14日 (水)

№5178 4ヵ月ぶりに定例ゴルフ会

 ほぼ毎月、わがホームコース「オリムピックカントリークラブ レイクつぶらだ」コースで行われていた定例ゴルフ会だったが、6月に行われてしばらく休会していた。メンバーの一人Masaoちゃんが手術をするというので、彼が復帰するまで休会していたのだ。手術が終わって2か月、定例会を再開することにした。この日のゲストは、Eimeiさんだ。

Photo_20201013194501  この日は、小春日和でポカポカして暖かかった。あれ、グリーンに何かいるとよく見てみたら、カマキリが日向ぼっこをしていた。われわれがグリーンに乗っても動かない。10月中旬なのに、汗が止まらない。冷や汗もあったが、暑さが原因だろう。ほとんど風もなく、絶好のゴルフ日和だった。ゴルフ日和だからといって、スコアには関係ない。

 ゴルフに情熱をなくしている私は、ほとんど練習場にも行かない。ほとんどぶっつけ本番でコースに出るのが常である。それがいい結果をもたらさないのは当然のことだ。案の定、この日のオナーをとった私の第一打目は空振りだった。2打目もチョロで、先行きが思いやられた。とはいってもその後はまとめて、何とかトリプルボギーで上がれた。これに気をよくして、その後はまとまった。それでもその後に空振りがあったので、やはり練習不足が露呈していた。

Masao  病み上がりのMasaoちゃんだが、本人の弁では手術で筋力の衰えを痛感しているらしい。さらには、後半になると息が続かないと言っていた。とはいっても第三者から見ると、ほとんど手術前と変わらない。相変わらずの豪打だし。小回りも上手だ。それに何といっても上手なのがパターだ。時々息が上がる場面はあったが、全体でみると上手だね。ニアピン、オリンピックメダルと次々奪っていった。ほかの3人はお手上げだ。

Eimei  Eimeiさんは、われらが大先輩だ。とうに後期高齢を過ぎる年齢だが、スタートはそれほどでもなかったが、ラウンドが進むにしたがって正確なショットを打ってきた。ニアピンは取るし、簡単にパーも奪っていった。彼には負けたくないと思っていたが、尻上がりの好調さにだんだん後れを取っていった。

Photo_20201013202101  さて、まっきぃはどうだったのか。この写真のホールはInの14番ロングホール、458ヤードのパー5である。彼はものすごいドライバーを打った。それに対して、私は決して入れてはいけない右のガードバンカーに入れてしまった。無理に出そうとして、またバンカーに落としてしまった。まっきぃも言っていたが、このホールはこのゴルフ場の代表的なホールだ。いつもはいいスコアで上がるのだが、やはりバンカーに入ったのが命取りだ。私は、ここからガラガラ崩れてしまった。まっきぃは、パー・ボギーで無難にまとめていった。

 私のゴルフは、まだまだ暗闇の中だ。

【10月13日の歩行記録】12,599歩 8.4㎞

【10月13日のアクセス数】162アクセス 訪問者84人

 

| | コメント (0)

2020年10月13日 (火)

№5177 任意保険で車の修理

 8月中旬、那須のスーパーで駐車場から出ようと車をバックしていたら、前進してきた車と衝突してしまった。相手の車は運転席のサイドミラーが破損し、私の車はバックドアに傷が付いた。警察を呼んで事故証明をとった。いずれバックでの衝突だったので、そんな大ごとな事故ではなかったが、お互い車の任意保険で補償してもらうことにした。

 私が車の事故を起こしたのは、覚えていないくらい久し振りのことだ。任意保険も、この事故を起こした8月に保険会社を変更したばかりだった。保険会社の連絡先が分からない。ネットでその会社の連絡先を検索し、電話をしてみた。出てきた担当者に保険の手続きを聞いた。いずれ、事故処理については保険会社同士でやるらしい。修理の会社を保険会社が紹介するという。ただし、どこで修理しても、保険金は降りると話していた。

 埼玉の自宅に帰って、保険会社が紹介した会社に見積もりをお願いした。事故状況の写真を撮り、後日に見積書を送ってくるらしい。念のためと、トヨタのデーラーにも相見積もりをとった。結果は、保険会社紹介の会社が約14万円、トヨタのデーラーが22万円だった。5万円の免責があるので、いずれ私は5万円払う必要がある。そのほかの費用は保険会社が払うので、いつも慣れているトヨタに頼むことにした。

 ただ、その後保険会社から連絡がなかったので、電話をしてみた。そしたら、いつ修理工場で修理しても構いませんよ、というのだ。早く言ってくれればいいようなものだ。

 今回の主な修理は、リアバンパーを全面的に取り換え、バックドアのゆがみを直すというものだ。小さな傷のように見えたが、直すとなると大掛かりなものだ。リアバンパーには、以前にこすった傷が残っている。バンパーの取り換えで、この傷も消えるね。5万円はしょうがないか。ただ、問題は来年から保険料率が上がることだ。計算してみると、直しても補填できそうだ。

 ということで、私の車はトヨタにドックインすることにした。修理期間は2週間のことだ。その間、トヨタは無料で台車を貸してくれるという。ありがたいことだ。ちなみに、事故の相手はどうなっているのか保険会社に聞いてみた。相手は手続きが遅れているらしい。私が催促しようか聞いてみたら、「極力先方との連絡は、保険会社に任せてほしい。お互いは連絡しあわないほうがいい」と言っていた。そんなものかね。

【10月12日の歩行記録】10,151歩 6.8km

【10月12日のアクセス数】116アクセス 訪問者 69人

| | コメント (0)

2020年10月12日 (月)

№5176 ナゴルノ・カラバフの停戦

Photo_20201010115301

 10日朝、ロシアのラブロフ外相の記者会見で、ナゴルノ・カラバフの停戦が発表された。ナゴルノ・カラバフといってもあまりピンとこない方も多いかもしれないが、アゼルバイジャンの一地方で、アルメニア人が多く住む場所だ。問題を複雑にしていたのは、アゼルバイジャンはイスラムの国で、アルメニアはキリスト教国であることだ。しかもナゴルノ・カラバフは、アゼルバイジャンの国の真ん中にあるアルメニア人が多く住む土地だ。現在は、アルメニアが実効支配している。

 ナゴルノ・カラバフは、独立ないしはアルメニアに帰属を訴えているが、そんな簡単なことではない。もともとソ連の一地方だったコーカサスが、ソ連崩壊とともに独立した。そして、そこにアゼルバイジャン・アルメニア・ジョージア(旧グルジア)の三ヵ国ができた。ただ、ナゴルノ・カラバフは独立する前から100年にもわたる紛争地だったらしい。ロシア、トルコ、アメリカなども入り、国際的にも難しくしている。

 なぜこの話題かというと、私は3年前の2017年にこの地を旅してきた。もちろん、その時も紛争地だったナゴルノ・カラバフ地方には、立ち入ることができなかった。さらに、アゼルバイジャンとアルメニアが対立していたために、アゼルバイジャンからアルメニアに行くのには大回りして、再度ジョージアに入国する必要があった。国境は封鎖されていたのだ。

 私のような日本人には、深刻な国の対立というのは実感がなかった。ただ、アゼルバイジャンではアルメニアは禁句、アルメニアではアゼルバイジャンの話題さえ話すことができなかった。世界中どこでもそうだが、宗教対立というのは根が深い。それに民族感情が絡まって、問題をより複雑にする。

Photo_20201010114301

 アゼルバイジャンの首都バクーは、カスピ海に面した風光明媚な地だった。なによりも親日国だ。アゼルバイジャンへの入国はふつうビザが必要だが、日本人だけは免除されていた。その地に3泊4日滞在した。そして、フラフラと裏通りを歩いた記憶がある。どこに行っても安全な国だった。ただし、もちろん紛争地に足は入れられなかった。

Photo_20201010113001

 アゼルバイジャンからジョージア経由でアルメニアに入った。アルメニアは、ものすごい山国だ。入国には、ジョージアからバスで何時間も乗り、しかも険しい峠越えをした。教会から見たアララト山は、薄曇りの中に見えた。3896mと富士山より100m以上も高い山は、アルメニア人の心のよりどころだ。しかし、この山はトルコに帰属している。何万人も犠牲になるオスマン帝国との戦争の末にだ。アルメニアはアゼルバイジャンと対立し、さらに隣国トルコともそれ以来の感情対立がある。

Photo_20201010114001  いま、わが家の居間に敷いている絨毯は、重い思いをして持ち帰ったアルメニアのお土産だ。観光客にとって危ないところに行かない限り国際紛争は関係ないが、それにしても訪れた国の平安を望まずにはいられない。ただ、この停戦はいつまで続くのか。トルコがこの停戦に介入する予想があって、危うい停戦だ。

【10月11日の歩行記録】7,779歩 5.2㎞

【10月11日のアクセス数】114アクセス 訪問者82人

| | コメント (0)

2020年10月11日 (日)

№5175 雨の中の散歩

 毎日歩くことを日課にしている私にとって、雨だからといって中止するわけにはいかない。ところが、このところ雨が続いている。気が重いが出かけよう。問題は、わが家には長靴がないことだ。あるにはあったが、ボロになって捨ててしまった。それ以来、長靴のない生活が続いている。もちろん、那須にはあるのだが。

Photo_20201011103501  長靴がないので、ズック靴で出かけた。帰ってきたらズボンはびちょびちょだし、ズックも雨で濡れていた。女房にそのことを言ったら、「買ってきたらどうなのよ」の一言だった。仕方がない、近くの大型日用雑貨店に行き、待望の長靴を買ってきた。日用必需品なのでもっと早く買っておいたらいいようなものだが、いままではあまり必要としていなかった。

 さて長靴を手に入れたので、さっそく散歩に出た。この日も結構雨が降っていた。しかし、長靴は快適だった。私は足の長さは26㎝だが、この雑貨店でいろいろな種類を履いてみたが、ぴったりくるものと少し小さく窮屈な靴があった。そして今回買った靴は、少しつま先に遊びがあって、歩いている違和感はなかった。

Photo_20201011103701  いつも歩く散歩道には川や用水がある。綾瀬川の水は増水していて、いつもの二倍ほどある。こんな増水した綾瀬川を見るのは久しぶりだ。おや、こんな雨の中でも釣りをしている人がいる。いつも、この綾瀬川には太公望が多い。鯉やヘラブナが多いのだ。自分の釣り場を作っている人もいる。しかし、こんな雨の中釣りをしているのは驚きだ。普通、水が多いと魚は出てこないのかな。

 そういえば、この散歩道に橋がある。いつもは、餌を求めて10匹ほどの鯉が集まってくる。橋の上で餌をやっている人も見かける。人影を見て、餌にありつけると鯉も知っている。ただ、増水したこの日は鯉はいないだろうと、川を覗いてみた。私の姿を見て、1mほどの一匹の鯉が寄ってきた。

Kamo  さらに増水に備えて、見沼代用水の水が半分ほどに減っていた。この用水は、利根川を源としている。いつものことだが、増水すると利根川の源の栓を閉めているようだ。ゆるやかに流れる見沼代用水に、鴨が悠々と浮かんでいた。流れが緩やかなので安心しているのだろう。

 長靴をはいていたのでズボンは濡れなかったが、それでも上着は濡れていた。

【10月10日の歩行記録】8,800歩 5.9km

【10月10日のアクセス数】158アクセス 訪問者83人

| | コメント (0)

2020年10月10日 (土)

№5174 県別ブログ訪問者に変化が

Photo_20201009111501  何度かこのブログでも取り上げているが、今までは私のブログへの秋田県の訪問者の割合が多かった。それが、上図の地図でもわかるように、微妙に変化してきている。今までほとんど赤く塗られていた秋田県が、今では上から3番目の黄色になっている。ほとんど知り合いの居ない福島県にも抜かれた。秋田の読者にどういう変化があったのだろうか。

 これも何度も取り上げているが、どういう読者がブログを訪問してくれているのかは、運営者の私にも全然わからない。ただ推測するのみである。私は秋田県出身だけに、知り合いも多い。親族や同級生たちが訪問しているのだろうということは分る。現に、秋田に住む甥っ子の嫁さんが、「毎日ブログを読むのを楽しみにしている」と言っていたのを記憶する。

 同級会の集まりで秋田を訪ねても、「ブログを読むのを楽しみにしているよ」という声を聞く。私もそういう人たちに支えられてこのブログが続いていると思っているのだが、その熱い岩盤層はどうなったのだろうか。

 それに比して、埼玉県が赤に変わっている。この色分けはパソコンは普及台数に比例しているから、埼玉はパソコン台数が多いはずだ。埼玉の割合は40.4%である。埼玉が赤なのに、東京は青である。ところが東京の訪問者あの割合も多く、30.1%である。やはり、東京はパソコンの数が圧倒的に多い。

 その割合で見てみると、秋田が2.4%なのに比べ福島が5.4%である。最近、福島の割合が多いのはなぜだろうか。知り合いがいるわけでもないのにだ。栃木県が4.4%と比較的高いのは、那須で『繭の里』を検索する人が多いせいだろう。私は意識的にも、だんだん秋田離れが進んでいる。このブログで秋田が話題になることはほとんどない。そういうことが、微妙に訪問者に影を落としている。

 地縁も人的関係も全然ない山口県の割合が0.6%もあるのは、また不思議なことだ。関西・四国方面はほとんど全滅なのにだ。こういう分析も、ブログ運営者の楽しみではある。

【10月9日の歩行記録】7,419歩 5.0㎞

【10月9日のアクセス数】95アクセス 訪問者72人

| | コメント (0)

2020年10月 9日 (金)

№5173 台風の名前

14

 台風14号が襲来しつつある。ただ、最新情報では、今日から明日にかけて関東に最接近するが、中心は上陸しないようだ。台風の強さも「強い」という表示で、どうやら被害は最小限度に抑えられるだろう。

 台風はいいが、それにしても寒いね。長袖は当然としても、昨日はその上にジャンバーを羽織っていた。女房は電気ストーブを取り出して、点けはじめた。もうそういう時期になったのだと、つい先日まで暑さにフーフー言っていた身としては、季節の移り変わりの早さを感じる。

 ところで、台風に名前がついているというのは知っているだろうか。アメリカのハリケーンは、ジェーンとかナナとかいう女性名が付けられているが、日本ではよほど大きくない限り数で表示される。今回も「台風14号」である。

 この台風を検索して、この台風がアジア名『チャンホン』という名前であることが分かった。チャンホンというのは、ラオスの木の名前だそうだ。どういうシステムでのその名前が付けられたのだろう。

 2000年から、台風にはアジア名がつくことになったようだ。これはアジア14か国の台風委員会でそれぞれ10個の候補名が用意し、140個の名前が繰り返し使われるとのことだ。ちなみに日本で用意した10個の名前は、『コイヌ』『ヤギ』『ウサギ』『カジキ』『カンムリ』『クジラ』『コグマ』『コンパス』『トカゲ』『ヤマイヌ』だという。なぜこの名前になったのかは謎だ。

 しかし、アジア名がある台風の名前は、日本では定着していない。昨年千葉に大被害をもたらした台風は、『令和元年房総半島台風』『令和元年東日本台風』という名前が付けられた。

 その二つの台風名はあまり一般的には知られていないが、それ以上に知られていないのがアジア名だ。今回の台風14号は『チャンホン』というらしいが、そもそもラオスに台風など襲来するのだろうか。

【10月8日の歩行記録】6,383歩 4.3㎞

【10月8日のアクセス数】129アクセス 訪問者67人

| | コメント (0)

2020年10月 8日 (木)

№5172 9月に読んだ本

 毎月の月初めには、前月読んだ本の報告をし、2~3冊の感想を述べている。この頁はブログ始まって以来からだから、13年10か月で166回以上になるだろうか。私にとって、この報告はブログを続けている大きな要因でもある。

 さて、3月から自宅の本棚にある本を再読しているが、「近藤紘一」の文庫本が見つかった。もう30年も前に読んだ本だろうか。近藤紘一さんは、サンケイ新聞社の記者で、1886年にお亡くなりになった。亡くなった当時は話題になり、その時に読んでいたのだろうか。彼はサンケイのベトナム特派員だったが、何より話題になったのが、現地でベトナムの女性と結婚したことである。

 私は4度ほどベトナム旅行をしているが、彼の本に触発されたことが多分にある。本棚で見つけたので全部読もうと思っていたが、肝心の一番読みたい『サイゴンから来た妻と娘』、『サイゴンの一番長い日』が見当たらない。Amazonの古本でも図書館でも見つからなかった。しようがないね、この9月はある本全部を読んだ。文庫本と軽く考えていたのだが、これが意外と時間がかかった。

 結果として、今年一番読書が進まずに、12冊・4554頁の読了に終わった。それにしても読書に波はあるもので、年に一回は必ず低調な月がある。文庫本もそうだったのだが、9月は読書に飽きた感じもあった。10月は、これはいけないと心を入れ替えている。それでは何を読んだのか報告し、その内の2~3の本の感想を述べたい。

檀一雄『火宅の人』458頁 新潮社 1975年11月刊

近藤紘一『戦火と混迷の日々』285頁 文春文庫 1987年2月刊

近藤紘一『パリへ行った妻と娘』318頁 文春文庫 1988年7月刊

近藤紘一『目撃者』474頁 文春文庫 1991年2月刊

近藤紘一『したたかな敗者たち』318頁 文春文庫 1998年2月刊

赤神諒『計策師』356頁 朝日新聞出版 2019年10月刊

真保裕一『アンダルシア』330頁 講談社 2011年6月刊

内田春菊『シングル・マザー』261頁 講談社 2018年11月刊

坂崎重盛『神保町「二階世界」巡り及び其の他』380頁 平凡社 2009年10月刊

逢坂剛『果てしなき追跡』588頁 中央公論新社 2017年1月刊

逢坂剛『最果ての決闘者』503頁 中央公論新社 2019年10月刊

Dscn2421 前段でも話したが、本棚の中から久し振りに近藤紘一の本を取り出した。前にもお話ししたが、彼はサンケイ新聞のベトナム特派員で、南ベトナムが崩壊したのを間近に見ている。その崩壊現場は生々しく、読んでいるものにその悲惨さが伺われた。ただべと並人はその悲惨さを嘆いているだけでなく、混沌の中での再生が力強かった。いまから見たら、遠い昔のことだ。

 もう一つの話題が、特派員時代に結婚したベトナム人ナウさんだ。ナウさんには前の旦那との間に娘ユンがいたが、近藤はこの二人が大好きだった。ユンは実の娘のように育った。南ベトナムの愁嘆の話にも感動を受けたが、何よりもこの家族の話にほっこりした。彼は若くしてガンで亡くなったが、もう一人のサンケイ新聞の偉大な記者司馬遼太郎が、彼の柩の前に献辞を捧げたのが印象的だ。

 当時まだ若かった沢木耕太郎が、一度も会ったことがなかった近藤紘一のために、彼の遺著をまとめてくれたのも印象に残った。そういえば、沢木のこの本も30年以上前に読んでいる。残念ながら、「読書ノート」にその記録はないが。

Dscn2413_20201007113201 久し振りに図書館に行って、見つけたのが逢坂剛の新刊2冊だった。2冊あわせて1100頁弱だったが、あっという間に読んだ。逢坂剛は筋のしっかりした本も書いているが、お遊びの本も結構多い。この本も、どちらかというとお遊びの本に属する。彼の著作リストでは「西部劇」とあった。まあ、西部劇ではないがそれに近いものだ。

 とんでもないと思うが、函館戦争で中心になって戦った土方歳三が、ひょんなことからアメリカの商船に乗って、アメリカに密航した。土方はその函館戦争で頭に負傷を負い、記憶をなくしていた。船で密航したのを知った同乗の警察官が、彼をアメリカ国内に追った。また、日本からやってきた商社員も、土方のトレイルを辿った。行ってみれば、ドタバタ劇のようにも思える話だったが、これが結構読ませた。逢坂剛は、現存の偉大なストーリー・テラーだ。

Dscn2416_20201007114501 もう一冊、面白かったのが『神保町「二階世界」巡り及び其の他』である。私はサラリーマン時代を神保町で過ごした。そして、何よりこの神保町を愛していたのが逢坂剛である。神保町のトレビアルをそのまま逢坂は小説舞台にしているが、坂崎のこの本は私の知らない神保町だった。

 いわずと知れた、神保町は古本の街である。私もちょくちょく古本屋を覗いていたが、この本で描かれている古本屋の二階は、一階とは違った趣があるという。それは知らなかった。

 この本のかなで紹介された文学者、半村良・正岡容・吉田健一・安藤鶴夫・池波正太郎・山田風太郎・植草甚一・草森紳一・野田宇太郎の中で、もちろん名前は知っているが、親しく読んだのは池波のみというのも面白かった。奥には奥があるね。

【10月7日の歩行記録】9,322歩 6.2㎞

【10月7日のアクセス数】147アクセス 訪問者84人

| | コメント (0)

2020年10月 7日 (水)

№5171 意外と毎日が充実

 退職して14年になる。以前甥のYusukeに、「おじさん、毎日何やっているの。暇で退屈でしょうね」と言われたことがあった。それが、意外と暇でも退屈でもないよ、と答えたことがあった。ジーッとその実相を考えていた。

 充実している最低の条件は、経済的に確立していることだ。サラリーマン時代に比べ、収入は半分くらいに減っている。ところが、不思議なことに、サラリーマン時代に比べて豊かになった。当たり前のことだが、入るものは少ないが、出るものはもっと少ない。サラリーマン時代は、1日1万円くらいは使っていたのじゃないか。いま、財布に1万円入っていてもほとんど減らない。豊かになるわけだ。

 そのうえで、毎日充実している要因を考えたら、毎日やるべきことが最低3つはあることじゃないかな。一つは読書で、1日200ページ読むことを目標にしている。それには最低3時間以上はかかる。二つ目は、1日10,000歩を目標に歩いている。少なくとも2時間以上かかっている。そして、最後はこのブログだ。毎日ブログ投稿していることが、1日の張りを与える大きな要因だ。一つ一つ見ていきたい。

 1日200ページが読書目標だが、めったに達成できない。ただ、高い目標を目指すには、大きな努力が必要だ。読めるかどうかは、よく考えてみたら、読んでいる本が面白いかどうかにかかっている。面白くないとなかなか進まないが、心躍る内容だとどんどん読んでしまう。時間に制約がないから、夜中まで読んでしまうことだある。昨日も、読み終わって眠くなったのが夜中の2時だった。

 夜中の2時に寝たからといって、朝寝ができない。これも習慣のせいか、朝7時には目が覚めてしまう。さて再度寝ようかとするが、一度目が覚めてしまうと、二度寝ができないのが悲しいね。寝不足のまま一日を過ごすと、夜は早く寝てしまう。最近は外で飲むこともないから、酔っぱらうこともほとんどない。体に酔いが残るのも少なくなった。

 歩くのも習慣になると、これもまた楽しい。スマホに歩行計が付いているので、それを睨みながら歩いている。最近では、どこを歩くと大体何歩かわかってきた。いつも歩いている遊歩道には、前にも言ったが、㎞の距離表示が付いている。ちなみに、1㎞を何歩で歩くのか数えてみた。1㎞約1,700歩だ。5㎞で8,500歩とすると、6㎞は歩く必要はないが、最低5㎞は歩きたい。

 散歩に出るのは、大概午後だ。一歩家を出ると、さて、今日はどのコースを歩こうかと考える。面白いことに、同じ距離でも歩いていて近く感じるコースと、なかなか目標に達しないコースがある。最近では、近く感じる同じコースを歩くことが多くなった。午後2時ころ家を出ると、帰ってくるのが4時半ころだ。これで一日の目標達成と、充実した気分になる。

 最後が、このブログだ。さて今日は何を書こうか、変化のない毎日で考える。これが意外と難問だ。このブログ記事を考えているのが、充実のまた一端である。ブログ記事を何にしようかか考えることが、脳の活性化につながっているのだと思う。テーマが決まると、書くのは意外と早い。約30~40分で一日の記事が出来上がる。

Photo_20201007094201  いつ、この記事を書いているのか。毎日午後7時に新記事をアップしているが、この記事が出来上がっているのは意外と早い。朝食後、居間のソファーに寝そべり、テレビを見ながら書いている。大体が、朝9時半ころにはアップが済む。それならもっと早い時間にアップしたらいいかと思う人もいるかもしれないが、その間、何度か記事をチェックする時間が欲しい。

 ということで、毎日が意外と充実しているのである。

【10月6日の歩行記録】10,978歩 7.4㎞

【10月6日のアクセス数】167アクセス 訪問者106人

| | コメント (0)

2020年10月 6日 (火)

№5170 秋は果物の季節

 10月に入り、秋たけなわである。私が大好きな果物が、店頭を賑わしている。私の朝食に果物が欠かせない。そういう意味でも、秋は大好きだ。

Photo_20201004104601  そういう中、女房の実家から栗が送られてきた。栗が送られてきたのが、9月上旬に続き2回目だ。1回目の栗がまだ残っていた。すごくいい栗で、粒が大きく、しかもほとんど虫食いがない。前回送られてきた栗は、栗ご飯で食べた。今回、女房は一人で那須に行った。送られてくる栗は冷蔵庫で冷やしておくように、申し送りをされていた。

Photo_20201006083501  冷蔵庫に入れたが、入りきらないほど多かった。そうだ、栗を煮てみよう。ネット検索をしたら、一昼夜水に漬けておくのがいい、と書いてあった。ボウルに入れて水に漬けた。朝、その栗を煮た。30~40分ほど煮るといいそうだ。ネット検索通りにやってみたら、うまくできた。早速食卓にあげ、試食をしてみた。ホカホカして美味しかった。

Photo_20201006083901  栗もそうだが、近くの農協直売所で果物を買ってきた。梨と柿、枝豆だ。枝豆は果物ではないかもしれないが、夕食の食卓には欠かせない。ほぼ毎日枝豆を買ってきて、食卓に載せた。ただ、残念ながら枝豆は旬を過ぎた。いつも行くスーパーでは枝豆は売っていない。唯一、この直売所だけで売っている。この夏を惜しみつつ、枝豆の味見をしている。

 なんといっても、私が一番好きな果物は柿だ。いの一番に買い物籠に入れる。今回買った柿は、やや柔らかかった。本当は固い柿が好きだ。少し熟しすぎていたのかな。

 この周辺には梨畑が多い。以前は、この直売所でたくさん売られていた。ところが最近は少なくなっている。聞くところによると、梨栽培は重労働で実入りが少ないらしい。梨畑をどんどんやめているのも目に付く。さらに、値段の高い梨だけが売られているので、やはり商品価値のないものは淘汰されて行っているのか。寂しい話である。

 そういえば、葡萄もやたら目に付くのがシャインマスカットである。一房1000円近くする。やはり、この近辺の畑で栽培されていたのは巨峰である。巨峰農家もそれをやめ、商品価値の高いシャインマスカットに切り替えているのだろうか。そう簡単に切り替えが効くものかどうか、私にはわからない。葡萄も好きなのだが、いかにもシャインマスカットは高すぎる。買うのをあきらめた。

 それでも、まだしばらくは果物を楽しめそうだ。

【10月5日の歩行記録】5,299歩 3.6㎞

【10月5日のアクセス数】111アクセス 訪問者74人

| | コメント (0)

2020年10月 5日 (月)

№5169 女子ゴルファー、黄金世代の活躍

 土曜日、日曜日と朝からゴルフ中継を楽しんだ。「日本女子オープンゴルフ」が、福岡県のザ・クラッシックGCで開かれていた。男子に負けない、距離のあるロングコースだった。その中継が、NHKのBSと地上波放送であった。さすがNHKの放送だ。土曜日、日曜日とも1番ホールからの完全放送だった。民放のゴルフ中継が後半だけのプレーだけだと思うと、ぜいたくだ。

 しかも、両日とも最終組の原英莉花と小祝さくらのプレーを、余すことなく見学できた。あらためてみると、日本の女子ゴルファーは、若くて美人が多い。女子ゴルファーで1998年生まれの22歳世代を「黄金世代」というのだそうだ。期せずして、最終組を回った二人も黄金世代だった。なぜなのか、その世代はほとんどが美人だ。

 それにしても、女子も男子に負けずにドライバーの飛距離がすごい。原は約270ヤードを飛ばしていたし、小祝もそれに負けていない。250ヤード付近にガードバンカーを設けたコースが多かったが、そのバンカーを軽々と越していた。私のドライバーが180ヤード前後だと思うにつけても、なぜ非力な女史があんなに飛ぶのだろうか。そのコツを知るべく、一生懸命観察した。

 二人を見ていると、ドライバーが飛ぶだけでない。2打目以降もきわめて正確だった。ミドルアイアンでも、パーオンすることが多かった。パーオンしなくても、確実にグリーン周りに寄せていた。しかもアプローチショットが絶妙だった。なんでそんなに上手だったのだろう、羨ましかった。。多分、彼女たちは5~6歳ころからゴルフをやっていたのだろう。体で覚えているのが分かった。

Photo_20201005095201  それととくに原の場合だが、ものすごくパターが上手だった。特に土曜日のプレーは、4~5メートルのパットをことごとく入れていた。この2日間を見る限り、原に隙はなかった。実は、原もパターに悩んでいたのだそうだ。それに対して、小祝もやはり上手だった。ただ小祝の場合、ツキがなかったね。フェアウェーバンカーにつかまり、しかも打ちにくいバンカーに止まってしまった。そこでボギー、ダブルボギーを打ち、原との差が広がっていった。

Photo_20201005095301  とはいっても、手に汗握る熱戦だった。テレビ観戦で、ゴルフの楽しさを十分に堪能できた。日曜日の決勝戦で、小祝の追い上げも厳しかった。しかしそれ以上に、原の緊張して集中したプレーが印象的だった。結果として、4打差で原が優勝した。ちなみに原は、ジャンボ尾崎の弟子だという。

 今朝だが、アメリカでも黄金世代の畑岡奈紗が4位に食い込んだ。畑岡は、第2日目にはトップに立っていた。さらに、同じ世代の渋野日向子も活躍して27位タイに入っていた。

 男子ゴルフで女子のような新人がなかなか出てこないを見ると、女子ゴルフ界が活性化しているのもうなずける。ちなみに、黄金世代の1歳下を「プラチナ世代」、もう一つ下の世代を「新世紀世代」というのだそうだ。それぞれの世代で優勝者を出している。

 若い人だけではない。頑張っていたのは、ベテランの上田桃子だ。彼女の気迫に圧倒された。とはいっても、上田桃子はまだ34歳だ。私が応援している渡邉彩香は一時7アンダーまで行ったが、残念ながら後半はボギーをたたき、崩れてしまった。やはり集中力の差だね。

【10月4日の歩行記録】7,899歩 5.3㎞

【10月5日のアクセス数】196アクセス 訪問者89人

| | コメント (0)

2020年10月 4日 (日)

№5168 トランプまでがコロナウィルスに

Photo_20201004102501  アメリカのトランプ大統領が、コロナウィルスに罹って入院した。やはりというか、当然というか、トランプよお前もかという感じだ。

 この間、トランプのコロナウィルスに対する対処の仕方が物議を醸していた。この春には、「暖かくなるとコロナは消える」と言ってみたり、「消毒薬を体に入れるとコロナは治る」などトンデモ発言を繰り返していた。春先は軽微だったアメリカのコロナ患者は、いまでは圧倒的に世界で最大の患者を抱える。死者も20万人超と、これも世界最大である。

 世界の傾向を見ると、政権のこのウィルスへの対処の仕方で、国の患者の数が大いに違っているのは驚くべきことだ。アメリカは言うには及ばず、ブラジルといい、フィリピンといい、はっきりしている。フィリピンは、近隣のベトナムやタイ、台湾が患者を抑え込んでいるのに対し、患者数が32万人弱と、インドネシアとともに東南アジアで圧倒的だ。

 このように、その時の政権の対応がどう対応しているかが、コロナの患者を増やすか抑え込むか、決定的な影響を持っている。明らかにアメリカのコロナウィルスに対する対応は誤っていた。その責任は、トランプに帰するものだ。ただ、トランプはそのことを認めようとはせずに、公的な場では相変わらずマスク抜きだった。

 おかしなことに、マスクをつけているのはリベラル派、マスクをつけないのがトランプ支持の保守派と色付けされている。その結果、トランプはコロナに罹ったし、ホワイトハウスにクラスターが発生した。トランプは軍の病院に入院したが、病院でツウィッターを発信し、当然のことに軽く見せようとしている。大統領選挙に決定的な影響があるからだ。

 大統領選挙といえば、9月29日にバイデン候補との第一回の討論会が行われた。そして、その醜悪さが全世界に発信された。討論会というより、むしろ罵り合いに終始した。バイデンの発言にトランプが妨害発言を繰り返して、討論にならなかった。バイデンも挑発に応じたのは良くなかったが、圧倒的にトランプにその原因があった。こういう人物がアメリカ大統領ということに、驚き呆れる。

 さて、トランプがコロナウィルに罹ったことが、大統領選挙にどう影響するのか。いままでも大統領選挙直前に“オクトーバー・サプライズ”が起こってきた。主に、権力を持っている側が、逆転のために戦争を仕掛けたり、有権者の関心を買うための反則活動をすることだ。今回も何が起こるか冷や冷やしていたが、当の本人がコロナウィルスに罹った“オクトーバー・サプライズ”は皮肉というしかない。

 世界の人々がアメリカを冷ややかに見ている中、一体アメリカ国民は何を考えているのだろうか。その決断が、自らの命にかかわっているのにだ。

【10月3日の歩行記録】8,744歩 5,9㎞

【10月3日のアクセス数】138アクセス 訪問者91人

| | コメント (0)

2020年10月 3日 (土)

№5167 散歩は俳句作りの源泉

 月が改まると、また俳句のことを考え始める。コロナウィルスの影響か、最近はどこに出かけることもない。勢い、俳句の句材は日常生活に採るしかない。あまり変化はないが、仕方がないね。

 「散歩」が私の日常だ。前にもお話したが、散歩しながら考えているのは、「俳句」の句作である。いろいろな景色を見ながら、これを俳句にしたらどんな表現になるだろうか、それを考えながら歩いている。

 そう思っていると、いくらでも俳句が浮かぶ。田んぼでは稲刈りが盛んにおこなわれている。稲刈機で穂の垂れている稲を次々と刈り取っていくのを見て、これは俳句にできないか。さらに、この稲刈りを見ているのが白鷺だ。数えてみたら、10羽以上いる。刈り取った稲の落穂拾いを狙っているのだろう。これも句材だ。

Photo_20201003180001  刈り取った田んぼでは、籾殻を焼く煙が夕暮れに棚引いている。これも一つの詩情だ。さて、どうやったら俳句に表せるか。田んぼの畔には、いま、彼岸花が満開である。観察してみると、彼岸花はどこにも咲いている。彼岸花はこんなに一般的な花だった、とまた驚いてしまう。

 散歩道には、道路に黄色い銀杏の実が落ちていた。道路が黄色に汚れている。よく見てみると脇に大きな公孫樹の樹があり、枝には銀杏がたわわに実っている。これも一つの句材だね。いつものカフェに行き、手帳を取り出して、歩きながら浮かんだ俳句を書き留めた。毎月提出するのが5句だが、たちどころに浮かんだ。

 私の悪いところは、それで良しとしてしまうことだ。提出しても、会員の共鳴を得られない。先生の手が入って、ようやく俳句の態をなす始末だ。一日でたちどころに5句ができるのだから、これに立ち止まらずにさらに俳句作りを重ねるといいのだろう。月に30句くらいを作り、その中でよかった俳句を提出する必要がある。

 この日作った一句を紹介したい。まずはこれを初作として、これに手を入れていきたい。

籾殻焼く煙のなびく夕間暮

【10月2日の歩行記録】10,399歩 7.0㎞

【10月2日のアクセス数】107アクセス 訪問者74人

| | コメント (0)

2020年10月 2日 (金)

№5166 月初めはデータの更新

 私のパソコンのデスクトップには【日常の記録】というアイコンがある。このアイコンはしょっちゅう更新している。特に月初めには、これをチェックして前月の私の行動の反省にしている。どういう項目があるかというと、【読書ノート】【読書記録】【健康診断】【ブログアクセス数】【歩行記録】【平成の海外旅行史】【ゴルフの記録】【年賀状図案】などである。

 私は記録魔というか、パソコンがあるので、すべてのデータを数値化するのが習わしである。そして、時々のこのアイコンを開いては、自分の行動の分析をする。もう何年になるのだろうか、データ入力は私の習慣になっている。今日はこの中から3つの項目を紹介したい。

①ブログアクセス数

Photo_20201002090801

 毎日の記事の末尾にも記しているのだが、ブログ訪問者を月ごと・年ごとに表にしている。これは、「シンさんちの《繭の里通信》」の2が始まった2014年からの記録になっている。この表を見て訪問者の傾向を知る。

 さて、9月はどうだったのかというと、アクセス数は3992、訪問者数は2473人だった。2020年1月からの総計は、アクセス数が41896、訪問者数が22293人だった。年末までを推計すると、アクセス数が約54000、訪問者数が28000人くらいになるだろうか。この数字は、この7年間で最高である。もちろん少ないより多いに越したことはない。

②歩行記録

 もう一つブログ記事の末尾に報告しているのが、その日ごとの歩行記録である。読者の皆さんには関係ないかもしれないが、この記録があることによって大いに励みになっている。というのも、あまり恥ずかしい記録は載せられないと思うからである。一日最低7000歩、出来れば10000歩は歩きたいと思う。雨の日も暑い日もあって、なかなか実現しない。

 さて、9月はどうだったのか。1か月で歩いたのは、歩行数で240403歩、距離で161.1㎞であった。一日に直すと約8000歩、距離で5km歩いた計算になる。辛うじて合格かな。ちなみに、ほとんど運動しなかった8月は、81585歩、54.7㎞だけだった。9月は8月の3倍ほど歩いた。8月の怠慢がたたったのか、先日の血糖値検査はピーンと跳ね上がった。体は嘘をつかないね。

③読書記録

 そもそもこの【日常の記録】を始めたきっかけは、この読書を詳細に記録しようというところにあった。

Photo_20201002093601  一番大事なのは【読書ノート】である。この記録は、断片的ではあるが1991年からつけ始めた。もう30年になる。そして、きちんとした記録が残ったのは1997年である。この記録に残っている冊数は、3589冊だ。この記録に残っていない前史もある。今まで5000~6000冊の本は読んでいるだろうか。

Photo_20201002094301  さらに【読書記録】もつけられている。この記録が残っているのは2003年からである。ずいぶん読む量が増えと思うのは、2003年が年間読書量が99冊・40361頁だったのに対し、2019年が163冊・63355頁だった。6割前後の伸びである。

Photo_20201002094901  それが年間読書量の表にも残っている。今年の読書量は、2018年とはいかないが昨年は超えそうだ。

 【健康診断】の記録もあるが、これは毎年の定期健診の報告書に基づいて記される。その他、ここには記さないが、【財産目録】などの資料もあり、このアイコンはとっても便利に使っている。これがなくならないように、外付けハードディスクにも保存している。

【10月1日の歩行記録】10,340歩 6.9㎞

【10月1日のアクセス数】134アクセス 訪問者77人

 

| | コメント (0)

2020年10月 1日 (木)

№5165 図書館通いを再開

 あれだけ定期的に通っていた市立図書館だったが、コロナウィルスの影響で閉館が続き、すっかりご無沙汰している。最後に図書館に行ったのが3月初めだったので、もう7ヵ月になる。この間、家の本棚にある本の再読をしていたのだが、これはこれでまた貴重な時間だった。

 9月10日頃のこと、図書館に行ったきっかけは、ある探し物があったからである。30数年前の本だが、Amazonの古本でも見つからなかった。古い本なので、当然、版元では品切れになっている。もしかしたら図書館にはないかと出かけてみた。やはりないものはない。ましてや、図書館にそんな古い本を探すのは、ないものねだりかもしれない。

Photo_20201001093201  その時、探書のついでに図書館で本を借りてきた。いつものように借りたのは10冊だ。返済期日が9月25日だったが、読み終わったのは9月30日だ。少々期日が過ぎたが、図書館に返済に行ってきた。意外とこの返済期日が、読書促進の要因になっている。期日に返すまでに急いで読まなければならないのだ。今回借りた10冊のうち3冊はダブっており、残りの7冊を読んだ。

Photo_20201001093501  久し振りの図書館で、本棚を見て歩いていてまだ読んでいない新刊書が多いのに気が付いた。借りる10冊の本を選ぶ苦労はなかった。この騒ぎで図書館の利用者は減ったのか、ガランとしていた。やはり図書館は静かなのがいいね。

Photo_20201001093901  前回借りた10冊を返し、今回もまた10冊借りた。選書の苦労はなかった。いつものように自宅に持ち帰り、「読書ノート」に登録した。残念ながら、10冊のうち2冊は既読だった。返済期限が10月14日なので、なるべくそれまでには読みたいものだ。

【9月30日の歩行記録】11,590歩 7.8㎞

【9月30日のアクセス数】139アクセス 訪問者77人

| | コメント (0)

« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »