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2020年10月12日 (月)

№5176 ナゴルノ・カラバフの停戦

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 10日朝、ロシアのラブロフ外相の記者会見で、ナゴルノ・カラバフの停戦が発表された。ナゴルノ・カラバフといってもあまりピンとこない方も多いかもしれないが、アゼルバイジャンの一地方で、アルメニア人が多く住む場所だ。問題を複雑にしていたのは、アゼルバイジャンはイスラムの国で、アルメニアはキリスト教国であることだ。しかもナゴルノ・カラバフは、アゼルバイジャンの国の真ん中にあるアルメニア人が多く住む土地だ。現在は、アルメニアが実効支配している。

 ナゴルノ・カラバフは、独立ないしはアルメニアに帰属を訴えているが、そんな簡単なことではない。もともとソ連の一地方だったコーカサスが、ソ連崩壊とともに独立した。そして、そこにアゼルバイジャン・アルメニア・ジョージア(旧グルジア)の三ヵ国ができた。ただ、ナゴルノ・カラバフは独立する前から100年にもわたる紛争地だったらしい。ロシア、トルコ、アメリカなども入り、国際的にも難しくしている。

 なぜこの話題かというと、私は3年前の2017年にこの地を旅してきた。もちろん、その時も紛争地だったナゴルノ・カラバフ地方には、立ち入ることができなかった。さらに、アゼルバイジャンとアルメニアが対立していたために、アゼルバイジャンからアルメニアに行くのには大回りして、再度ジョージアに入国する必要があった。国境は封鎖されていたのだ。

 私のような日本人には、深刻な国の対立というのは実感がなかった。ただ、アゼルバイジャンではアルメニアは禁句、アルメニアではアゼルバイジャンの話題さえ話すことができなかった。世界中どこでもそうだが、宗教対立というのは根が深い。それに民族感情が絡まって、問題をより複雑にする。

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 アゼルバイジャンの首都バクーは、カスピ海に面した風光明媚な地だった。なによりも親日国だ。アゼルバイジャンへの入国はふつうビザが必要だが、日本人だけは免除されていた。その地に3泊4日滞在した。そして、フラフラと裏通りを歩いた記憶がある。どこに行っても安全な国だった。ただし、もちろん紛争地に足は入れられなかった。

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 アゼルバイジャンからジョージア経由でアルメニアに入った。アルメニアは、ものすごい山国だ。入国には、ジョージアからバスで何時間も乗り、しかも険しい峠越えをした。教会から見たアララト山は、薄曇りの中に見えた。3896mと富士山より100m以上も高い山は、アルメニア人の心のよりどころだ。しかし、この山はトルコに帰属している。何万人も犠牲になるオスマン帝国との戦争の末にだ。アルメニアはアゼルバイジャンと対立し、さらに隣国トルコともそれ以来の感情対立がある。

Photo_20201010114001  いま、わが家の居間に敷いている絨毯は、重い思いをして持ち帰ったアルメニアのお土産だ。観光客にとって危ないところに行かない限り国際紛争は関係ないが、それにしても訪れた国の平安を望まずにはいられない。ただ、この停戦はいつまで続くのか。トルコがこの停戦に介入する予想があって、危うい停戦だ。

【10月11日の歩行記録】7,779歩 5.2㎞

【10月11日のアクセス数】114アクセス 訪問者82人

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