« №4704 坂本勇人2000本安打達成 | トップページ | №4706 わが家の修築工事完了 »

2020年11月10日 (火)

№4705 10月に読んだ本

 既に報告したように、9月の読書は4455頁の読了と今年最低で、月最低5000頁にしている目標に達しなかった。今までの経験でも、前月悪かった翌月は頑張っている。10月は、15冊・5461頁と何とか目標に達した。考えてみればおかしなもので、毎月、目標に達するために本を読んでいるようなものだ。問題は、内容がおろそかになっていることだ。

 現に10月の読了リストを眺めているのだが、書名を見てもその内容が思い浮かばない。私は現在読書を図書館に依存しているので、もう一度内容を確認したくても、その本は手元にはない。内容を思い出そうとするときには、ネット検索をしている。検索してみると、必ず誰か彼かが読書記録を公開している。その内容を見て、ああそうか思い出している。

 まあ私の読書は、内容はさておき読むことのみに焦点を置いている。これもひとつの読書形態であると、無理に自分を納得させている。それもこれも、このブログ記事に恥となる報告はできないと思っているからである。それでは10月は具体的に何を読んだのかを記し、2~3点の感想を述べたい。

神田順治『子規とベースボール』133頁 ベースボールマガジン社 1992年12月刊

赤神諒『空貝 村上水軍の神姫』314頁 講談社 2020年1月刊

逢坂剛『大迷走』333頁 集英社 2013年3月刊

笹本稜平『公安狼』411頁 徳間書店 2020年3月刊

岸恵子『わりなき恋』322頁 幻冬舎 2013年3月刊

久坂部羊『介護士K』365頁 角川書店 2018年11月刊

伊東潤『塩待ちの宿』312頁 2019年10月刊

梓沢要『捨ててこそ空也』394頁 新潮社 2013年8月刊

堂場瞬一『ルール』363頁 実業之日本社 2014年12月刊

鳥越碧『陶炎 古萩李勺光秘聞』257頁 講談社 2015年11月刊

出久根達郎『かわうその祭り』325頁 朝日新聞社 2005年3月刊

大沢在昌『帰去来』546頁 朝日新聞出版 2019年1月刊

伊東潤『茶聖』519頁 幻冬舎 2020年2月刊

阿刀田高『怪しくて妖しくて』400頁 集英社 2018年6月刊

岩井三四二『天命』467頁 光文社

Dscn2459

 私は、鳥越碧さんの本を読むと心がほっこり温かくなる。いつの間にか、彼女のファンになってしまった。基本的に彼女は時代小説の書き手で、歴史上に残っている女性を取り上げている。その女性は、和泉式部・一葉・漱石の妻・兄いもうと(子規の妹)・花筏(谷崎の奥さん松子)・おりょう(坂本龍馬の妻)・新島八重・日野富子などだ。

 私は、彼女の本を見つけると好んで読むようにしている。今日紹介する『陶炎 古萩李勺光秘聞』も、矢張り主人公は女性だった。李勺光は、朝鮮半島の陶工で、名人といわれた。その李が、秀吉の朝鮮半島侵略で日本に連れてこられた。その当時茶道が盛んな日本では、朝鮮の高麗茶碗がもてはやされていた。李はその高麗茶碗を焼く陶工であった。

 この物語は李が主人公ではなく、それに従った志絵が主人公の物語だ。志絵は朝鮮から連れてこられた李勺光の身の回りを世話する役として、毛利藩から遣わされた。志絵は前夫を朝鮮戦争で亡くし、寡婦だった。遺児を置いて婚家から追い出されて、独り者だった。毛利藩はそれに眼をつけたのだ。裏には、捕虜である李勺光の夜伽役を期待されていたのだ。

 いやいやながらその役に付いたのだが、いつの間にか李勺光の妻の座についていた。李勺光は萩焼の元祖と目されるが、その焼き物が確立されるまでの苦労を、脇で見ていた。その後、彼女も積極的に協力するようになったという。隠された歴史物語であった。

Dscn2456

 私は、伊東潤の時代小説をよく読んでいる。ちなみに、今まで読んだ伊東潤をリストアップすると25冊に及んだ。伊東潤リストをプリントアウトしてみると、初期の作品はさておき、2012年からの小説はほとんど読んでいるようだ。彼の小説の最初に読んだのは、今でも思い出すが『鯨分限』である。記録を見ると、2016年5月に読んでいる。それから4年余り、25冊読んだのでその集中力はすごい。

 『茶聖』は伊東潤の最新作であるが、彼の小説で『天下人の茶』(2015年)がある。やはり利休の侘茶の世界が舞台だった。内容は今回読んだ本と同じだが、『天下人の茶』は信長から秀吉の時代を描いていた。そして今回の『茶聖』は、利休が秀吉とどのように対応したかが中心の小説だった。

 当時の三大茶人といわれていたのは、今井宗久、津田宗及、それに千利休だった。秀吉に危機を抱いた宗久、宗及は早々に秀吉のもとを去って行った。ただ利休は、命の危険を感じながらも秀吉の茶人として仕えた。秀吉は、徐々に人のいうことを聞かずに独裁制を強めていった。秀吉の弟秀長が亡くなり、彼の周りには彼の横暴を諫めるのは利休しかいなくなった。そこに利休の悲劇があった。

 秀吉は、利休が頭を下げてくるなら許してやろうという意思があったが、彼は頑としてはねのけた。そして、泰然自若として自刃していった。利休がいなくなってみて、ますます秀吉の孤立は深まっていった。朝鮮侵攻を諫める人は、周りにいなくなった。

【11月9日の歩行記録】10,347歩 6.9㎞

【11月9日のアクセス数】158アクセス 訪問者108人

|

« №4704 坂本勇人2000本安打達成 | トップページ | №4706 わが家の修築工事完了 »

読書日誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« №4704 坂本勇人2000本安打達成 | トップページ | №4706 わが家の修築工事完了 »