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2021年1月

2021年1月31日 (日)

№4787 薬漬け?

 われわれの世代は誰でもそうだろうが、多かれ少なかれ薬の厄介になっている。私も従来、毎朝3種類の薬を飲んでいる。

Photo_20210131090801  ところが、今回の胃のカメラ検査で逆流性胃炎がひどくなっていると判断され、薬を処方された。毎朝一錠を飲むといいという。今までも朝食後に3種類の薬を飲んできた。それに1種類加えるのには何の問題もない。

 ところが、東京の街を歩いて自宅に帰ってきたら、鼻がむずむずしてきた。花粉の影響かな。毎年1月末には、花粉症の対策薬を飲み始めていた。もうその時期なのだ。幸い、昨年の花粉症の薬が20錠ほど残っていた。次に医者に行くまではこれで間に合わそう。もう1種類もついでに飲んでおこう。

5  かくて、毎朝5種類の薬を飲むことにした。従来飲んでいた薬は、前立腺肥大の対策薬、糖尿病の対策薬、本体性振戦を弱める血圧薬の3種類である。これに2種類が加わり、毎朝5種類の薬を飲むことになる。まるで薬漬けのようだが、いずれも軽い薬なので、飲み合わせも問題ないだろう。

【1月30日の歩行数】12,983歩 8.7㎞

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2021年1月30日 (土)

№4786 ちょっと遅れて初詣

Photo_20210130084802  昨日の記事の続きになる。胃カメラ検査をやった健保診療所は、御茶ノ水駅から歩いて約5分ほどのところにある。いつもそうなのだが、この健保診療所からの帰りは、上野駅まで歩くのが通例だ。そうだ、まだ行っていない初詣をして帰ろう。この帰り道の途中にあるのが「神田明神」だ。診療所から歩いて15分ほどだ。

 いつ行ってもそうなのだが、この明神はきらびやかだ。ただ、いつにもまして赤が鮮やかである。最近塗り直したのだろうか。ただ、境内はガランとしていた。ここにもコロナの影響があるのだろうか。拝殿に額づき、今年の健康と平穏を祈念した。

 さて、朝食を抜いていたので、お腹が減った。どこかで朝食兼昼食を食べよう。これから行く湯島天神の前にちゃんぽんを食べさせてくれる店があるはずだ。神田明神から歩いて10分ほどだ。ところが、その店は休業中だった。その隣に、本格的な親子丼の店があった。初めてのことだが、入ってみた。厨房には職人が4~5人もいた。親子丼は1500円とちょっと高めだったが、美味しかった。

Photo_20210130090601  この店の目の前にあるのが「湯島天神」だ。平時は、いまの時期に受験の成功を願う参拝人で混んでいる時期だ。ところが、ここもガランとしていた。境内に並んでいる屋台も、半分は休業状態だった。受験の成功を願わない人はいないはずだ。ところが、それよりもコロナが怖いということか。私は周りには受験する人はいない。それでも、初詣と参拝してきた。

Photo_20210130091401  ここから上野駅までは下り坂だし、歩行数を上げるのには格好の道だ。この途中にあるのが「アメ横」だ。いつもは買い物客で込み合っているが、ここもやはりガランとしていた。最近はアメ横には外国人観光客が多いが、外国人はほとんど見えなかった。これも閑散としている理由なのかもしれない。それにしても、東京は相当「自粛」が徹底しているのだろうか。

 店をひやかしただけで、何も買わずに帰ってきた。女房にそのことを言ったら、「アメ横に行って、何も買わずに帰ってきたの。何か食べ物を買ってきたらよかったのに」とクレームがついた。

【1月29日の歩行数】10,697歩 7.2㎞

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2021年1月29日 (金)

№4785 胃カメラ検査

 朝目が覚めて、あれ今日は何か予定がなかったのかなと考えた。そういえば、健保での胃の検査はいつだったのだろうか。スケジュール表を見てみたら、この日に予約していたのだ。すっかり忘れていた。それでも、朝食前に気が付いてよかった。検査日は、朝食を抜くように言われていた。胃部検査というので、水一杯だけ飲んで、毎朝飲んでいる薬もこの日は飲むのをやめた。予約は朝10時だ。自宅をゆっくり出た。

 10年ほど前か、ピロリ菌が発生したのが分かった。それは、健保で胃のバリューム検査をして直ぐだった。バリューム検査では異常なしだったが、実はピロリ菌が成長していたのだ。検査では見逃していたのだ。それ以来、胃部検査はバリュームではなく胃カメラ検査に変更した。胃カメラを飲むようになって10年近くになる。ずいぶん慣れたつもりだ。

 検査の前に、スプレーで喉の麻酔をした。それを二回繰り返し、さらにカメラを飲む直前に、再度麻酔をした。そしてカメラを飲み始めるのだが、いつもそうなのだがものすごいゲップが起きる。喉を異物が通るのを拒否しようという生物的反応なのだろう。そこを通ると、すんなりカメラが入っていく。

 カメラに映った画像は、モニター画面で見ることができる。いつも思うのだが、人間の内臓というのはピンク色で意外ときれいなものだ。食道も胃も十二指腸もきれいに映った。検査技師が言うには、「ピロリ菌の後遺もなく、胃の中は年々きれいになっていますよ。問題は、毎年言っているが、食道と胃をつなぐ噴門にヘルニアが見えます。これが原因で、逆流性食道炎が見えます」という。要するに、噴門が緩くなったのだ。

 胃の中にある酸は強烈だ。胃の中にある間は問題ないが、それが食道に染み出したら痛み出すという。そういえば、最近胃部が痛み出すようになっていた。「胃の酸を少し弱める薬を処方しておきます。まあ、一週間も飲み続けると治ると思いますが、念のために1か月分を処方しておきます」と言っていた。

Photo_20210129100101  帰りに、カメラで撮った画像をいただいた。この検査も今年で終わりだね。今年の誕生日の後は、後期高齢者になり、健保会員の資格を失うからだ。この日は検査と薬の処方で、負担金は1800円だった。国保になったらどうなるのだろうか。

【1月28日の歩行数】11,496歩 7.7㎞

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2021年1月28日 (木)

№4784 仕事部屋のリニューアル

Dscn2733  女房からSOSが出た。彼女の仕事部屋にあるタンスを移動したいのだそうだ。わが家にある一番大きなタンスを一人で動かそうとしたが、ビクともしなかったようだ。いくら中味を出したからといって重くて、そりゃ一人で動かすのは無理だよ。

 このタンスは、南側の窓際にあって、障子半分を隠していた。それを壁側に移動したら、部屋が明るくなるのだという。こんな重いモノを動かすのは無理だから、息子を呼ぶように促した。とはいってもすぐに来れるわけがないので、タンスの下をもって少しづつ動かしていった。なんとかかんとか、女房の想定していた場所に移動できた。

Dscn2735  移動してみたら、とたんに部屋が明るくなった。このタンスは買ってから40年にもなるだろうか、一度も動かしたことがなかった。こんなに明るくなるのだったらもっと早く動かすべきだったと、女房はぼやいていた。移動したあとの場所には、さっそく植木鉢を飾っていた。部屋自体が和やかな感じがした。

Dscn2743  この仕事部屋は、女房が朝から晩まで閉じこもって仕事をしている。私は女房には干渉しないから、何の仕事をやっているのかはわからない。カーテンを作ってみたり、カーペットを作ってみたりしているようだ。部屋にはミシンが2台あり、そのうちの1台ロックミシンは「私の命」なのだそうだ。この部屋に閉じこもっている限り幸せなのだろう。

Dscn2741  タンスを動かしてみたら、がぜんこの部屋のリニューアルに燃えたようだ。この部屋には作り付けのタンスもあり、私の背広などが納められていた。ところがサラリーマンをやめたら、背広などには用事がなくなり、タンスの肥やしになっていた。「要らない背広は全部捨ててよ」というので、礼服を除いてタンスから引っ張りだした。ネクタイもほとんどいらない。全部捨てることにした。

Dscn2742  この隣には布団をしまっておく押し入れがある。この押し入れにも、緑色のカーテンを新たに取り付けていた。仕事部屋が見違えるように明るくなり、きれいになった。ウ~~ム、よかったね。ところで、わが家にはリビング+ダイニング+キチンを除いて4部屋あるのだが、私が使用しているのは1部屋のみで、他の3部屋は女房が占領している。家の中が平和なら、それでもいいかな。

【1月27日の歩行数】11,136歩 7.5㎞

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2021年1月27日 (水)

№4783 今年初めてのゴルフ

 那須に滞在していた時に、近所に住むOhashiさんから久し振りに電話があった。元気かどうかの電話であったが、「ところで来週の水曜日は空いていないか」という。ゴルフのメンバー一人が欠席して、一枠あるのだという。もちろん、私はOKした。ところが月曜日に再度電話があり、「水曜日は天気が悪そうだから、火曜日にしないか」というのだ。暇な私はもちろんOKだ。

 会場は、坂東ゴルフクラブだという。彼がゴルフ場にメンバーの連絡をしたら、私の名前が登録されているらしい。坂東ゴルフクラブなんて知らないね。このゴルフ場は、以前は新東京ゴルフクラブといっていたらしい。そうはいっても、プレーした記憶はない。

 Ohashiさんが、朝6時に迎えに来てくれた。ゴルフ場の所在地は圏央道の坂東ICから5分ほどのところにあるらしい。高速を使って、車で1時間ほどだった。車の中では、あの人やこの人と消息を尋ねあった。彼は取引先にいて、しょっちゅう酒飲みを繰り返していたし、那須のゴルフ合宿にも何度か参加している。今でも週二回、元いた職場に顧問として働いているという。

4_20210127111601  この日の坂東ゴルフクラブは、フラットで距離がないコースだという。飛距離のない私にはちょうどいい。同伴者は、Ohashiさんのほかは職場の同僚だという。二人とも私には初対面だった。幸いこの日は晴れていて、風もなかった。プレー日を変更して本当によかった。

Photo_20210127112201  プレーしていて分かったのだが、同伴者のSatohさんは山形の酒田出身のようだ。えらい酒飲みとかで、お酒を呑みながらのプレーだった。この日持ってきたお酒は「酔鯨」で、私もご相伴に与った。

 私のゴルフは飛ばないし、ショットもパットも下手で、とうとう昨年は100を切ったことはなかった。それでもどうだろう、この日はドライバーが200ヤード近く飛んでいたし、パットも絶好調だった。この日はオリンピックゲームだけをやったのだが、きっかけはOUTの4番ショートホールだ。グリーンの外から直接カップインして、ノーズロパーで5点獲得だ。

 その後、矢張りOUTの6番では8mくらいのパットが決まり金賞、次の7番ホールでは銀賞を獲得した。そのほかのホールでも銅賞に鉄賞3個と、総数17個の大量のメダル獲得だった。あれだけパットに悩んでいたのにまるで嘘みたい。この日のラウンドでの総パット数は31と、まるで全盛期みたいだった。

Photo_20210127113401

 Ohashiさんは私と同じように、自己流のゴルフだ。体も鍛えていて体格は良いのだが、ドライバーが飛ばないのが悩みのようだ。以前はかわいそうになるくらい飛ばなかったが、この日は2発に1発はいい飛距離だった。彼は月に2~3度プレーをしているようだが、まあ、この歳になったらスコアアップよりも、楽しめたらいいのじゃないの。

 昨年は一度も100切りがなかった私だが、この日は90台で上がれた。本当に珍しいことだ。このゴルフ場は6000ヤードくらいだったので、飛ばない私にも楽にプレーできた。料金もリーズナブルだったし、こういうゴルフ場ならまたやってみたいね。

【1月26日の歩行数】11,994歩 8.0㎞

【1月26日のアクセス数】106アクセス 訪問者73人

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2021年1月26日 (火)

№4782 ビンテージジーパン?

Photo_20210125121801  女房が私の穿いているジーパンを見て、「ビンテージジーパンだね」といった。ビンテージとはいったものの、実はボロジーパンだ。このジーパンは2017年11月にに海外旅行に行ったとき、ジョージアのトビリシの駅前市場で買ってきたもので、捨てるに捨てられない。

 もともと私はどういうものか綿パンのみで、一切ジーパンは穿かなかった。女房から「ジーパンは楽でいいよ」と言われていたが、かたくなに拒否していた。ところが、トビリシの市場で何か買物がないか考えていたら、そうだと思って買ったのがジーパンと革ジャンだ。

Photo_20210125122601  革ジャンは今ではめったに着ることはないが、ジーパンは離せない。このジーパン一本ではと思い、もう一本をユニクロで買ってきた。それ以来、この2本のジーパンを交互に穿いている。そして、タンスに何本も眠っている綿パンは穿くことがない。このジーパンは、寒い時にも暑い時にも穿けるので、えらい便利なものだ。

Photo_20210125124901  かくして、今では私はほとんどがジーパン姿だ。今でこそジーパンの下にズボン下を穿いているので目立たないが、ビンテージとはいわれるものの、素肌が見えるようになると格好悪い。近いうちに、もう一本新しいジーパンを買ってこよう。

【1月25日の歩行記録】8,297歩 5.6㎞

【1月25日のアクセス数】152アクセス 訪問者74人

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2021年1月25日 (月)

№4781 大栄翔、初優勝

 いつの間にか知らないが、私は大相撲を楽しみにするようになった。夕方4時ころにはテレビをつけて、大相撲観戦をしている。これは好きな相撲取りができたせいかとも思う。誰かは後で言う。

Photo_20210125094701  それにしても、初場所での大栄翔は圧倒的に強かった。前頭筆頭にもかかわらず、役相撲をすべて破ってしまった。初日に朝乃山に勝って加速をつけたのかな。彼の強烈な押しに、対応できるものはいなかった。先場所でも10勝を挙げたのだが、役力士も好調だったので、上に上がれなかった。ただ、実力はすでに実証済みだったのではないのだろうか。

Photo_20210125094801  立ち上がりと同時に大栄翔の押しは、小気味がよかった。一直線の押しに、相手は土俵際に追い詰められた。そこから土俵を割らせるのも、引いて相手を転がすのも思いのままだ。役相撲力士を全部破って7連勝になり、残っているのは下の力士だけだった。あわや全勝優勝かと期待が高まったが、そうはいかなかった。それでも13勝2敗の優勝は立派な成績だ。優勝インタビューで「優勝カップが重かった」というのも新鮮でよかった。

 元朝青龍が言っていたが、「白鵬がいないと、皆弱いね」という感想には納得できた。白鵬がいたときには、前頭の優勝など考えられなかった。それほど白鵬の壁は厚かったのだ。まあ、前頭の優勝も、相撲を面白くさせるという意味ではいいものだが。

 大栄翔の優勝は初物ずくしでもあった。埼玉県出身者の初優勝、追手風部屋で初優勝だ。さらに、埼玉栄高出身者では、先場所の貴景勝に続いて2場所連続だ。なお、追手風部屋では、十両でも剣翔が優勝した。

 コロナ禍、出稽古に出れない力士が多い中、部屋にライバル力士がいるのが心強い。追手風部屋もそうだが、伊勢ケ浜部屋、常盤山部屋などそうだ。反対にライバルのいない部屋では、エンジンがかかるのに時間がかかる。カド番の朝乃山ど、6日目で3勝3敗だった。貴景勝は、隆の勝といういい稽古相手がいるにもかかわらず、コロコロ負けてはいたが。

 大栄翔が優勝したが、なんといっても強かったのが関脇照ノ富士だ。彼は型を持っていて、まわしを取ったら圧倒的に強い。彼の型は、圧倒的に多い稽古量に裏付けられている。反対に、稽古嫌いで名前があげられるのが御嶽海だ。実力があるにも関わらずあっさり負けてしまう。解説者もイライラしているようだ。

Photo_20210125094901  そこで登場するのが、私がにわかにファンになった朝乃山である。彼は力が強いし、均整のとれたいい相撲取りだ。顔も美男子でいい男だ。私が唯一不満なのが、勝負師の顔をしていないことだ。顔から闘志を感じられない。勝つときは圧倒的だが、負け方が悪い。あっさり負けてしまう。大栄翔との負けもそうだが、照ノ富士に負けたのも何ら工夫がないとガッカリした。

 解説者舞の海が言っていたが、次の横綱の最有力者が照ノ富士というのは納得できた。元琴風の尾車親方が、「正代は引き技を覚えて、楽に勝つことを考えながら相撲を取っている。このままだと大成は望めない」と言うのは納得できた。

 それにしても、大相撲は面白い。

【1月24日の歩行数】8,345歩 5.6㎞

【1月24日のアクセス数】107アクセス 訪問者72人

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2021年1月24日 (日)

№4780 予定を早めて帰宅

 今回の那須滞在は、4日か5日を予定していた。特に予定があるわけではないので、別に何日でもよかった。ところが天気予報では、日曜日は那須は大雪とのことだ。スタッドレスタイヤを履いているので運転の心配はないのだが、矢張り大雪は憂鬱だ。予定を早めて自宅に帰ることにした。

 今回は3泊4日の那須滞在だった。到着した日は寒くて、水道栓やトイレも凍ってしまい、水が出なかった。ところが2日目以降は寒さも緩んだのだろうか、むしろ暖かかった。暖房は石油ストーブと床暖房のみだったが、それで十分対応ができた。

 那須での食事は、外食ではなくいつも手作りだ。大体初日に作り置きをして、それを食べ繋いでいる。大体が鍋物かシチューかおでんだ。今回はおでんの種を買ってきた。何日持つか分からないが、おでんで食い繋ごう。買った種に大根を入れ、こんにゃくを入れ、茹で卵、肉、焼き豆腐などを入れた。それに副食2品と沢庵、それにアルコールがあると充分だ。結局、今回作ったおでんは3夜持った。

 朝はパンに野菜炒め、昼は麵もので外食の必要はなかった。自宅では女房が魚嫌いで、めったに魚が食卓には乗らない。私の実家は魚屋で、私はむしろ肉より魚が好きだ。那須に来た時には、なるべく魚を食べるようにしている。今回も秋刀魚を買ってきて、焼き魚にして食べた。大根も買ってきたので、大根おろしを添えた。ほとんど食事には困らない。

 今回那須での課題は俳句作りと申し上げたが、もう一つの課題があった。読書である。今月は少々遅れ気味だったので、那須で集中的に本を読もうと思って厚い本4冊持参した。結局早めに家に帰ることになって、2冊しか読めなかった。

Dscn2731  女房に買い物も頼まれていた。それは、白菜と玉葱だ。相対的に那須は物価が安い。特に野菜物は顕著だ。今回も大きな白菜3個を買ってきたのだが、1個98円だった。前回は4個買ってきて全部食べてしまった。白菜は便利な野菜で、特になべ物にいい。最近では、夕食がなべ物になるケースが多い。そこで白菜が活躍する。

 那須を出てくるときはどんより曇っていたが、途中から小雨になった。ただ、雪の気配はなかった。

【1月23日の歩行数】3,114歩 2.1㎞

【1月23日のアクセス数】122アクセス 訪問者75人

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2021年1月23日 (土)

№4779 厳寒の那須で俳句を

 今回の那須訪問のもう一つの目的は、先生から与えられた課題の俳句を作ることだ。先生からは、特別作品としての10句、とりあえず15句を2月中旬まで提出するように、とのことだった。普段でも俳句がすらすらできるわけでもない私に、15句提出は高いハードルである。

 さて、どうしよう。いざ困ったときに那須がある。那須は句材が豊富だ。那須でとりあえず20句を作ってみようと試みた。推敲は自宅に帰ってからやろうと、思いつくまま手帳に綴った。今はものみな枯れていて、植物や動物は期待できない。枯れた様子を俳句にするしかない。

 先日も話したように、俳句に写真もつけてみよう。初稿段階で紹介するのは心苦しいが、五句ほどをつけてみる。

Dscn2719_20210123093601 日陰には薄雪残る山墅かな

Dscn2730 人のない畑へ続く枯木道

Dscn2728 枯木立巣箱に鳥の姿なし

Dscn2729 清流の流れを覆ふ枯落葉

Dscn2721 白雪の空に浮かぶや那須の山

 等々でとりあえず15句作った。メモ程度の俳句も多いので、自宅に帰って相当磨き立てる必要がありそうだ。まあ、それでも目的の7割程度はできた。

【1月22日の歩行数】8,152歩 5.5㎞

【1月22日のアクセス数】132アクセス 訪問者79人

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2021年1月22日 (金)

№4778 沢庵はどうなっているのか

 今回那須に来た目的の一つは、昨年12月に漬けた沢庵の様子を見ることにある。12月20日頃に漬けた沢庵は、ちょうど一か月になる。

 前回、早く漬けた沢庵を自宅に持ち帰って食べた。全部で30本ほど漬けたのだが、そのうちの10本は干し終わった大根だった。早く漬け終わったので、自宅に持ち帰って食べていた。お正月中は、食卓にはこの沢庵が載った。少ししょっぱかったが、結局全部食べてしまった。今漬けている沢庵が必要になったので、今回は自宅に持ち帰ろうと思っている。

Dscn2724  前回漬けた沢庵は、重石を十分に乗せて漬けている。重石には、水がいっぱい入ったバケツの上に大きな石を乗せて十分に重い。バケツの水は凍っていた。今回初めてのことだが、沢庵を漬けるのに糠にザラメ砂糖を混ぜた。その効果がどうなのかにも興味がある。

Dscn2725  重石を上げてみた。全体に水が揚がっていた。この水が揚がるのが重要なのだ。12月に持ち帰った沢庵は、結局水が揚がらなかった。重石が足りなかったのだ。今回水が揚がっているのは、重石が十分ということだ。今回は期待が持てるかな。

Dscn2727  樽の蓋を開けてみた。どうやら、上手く漬かっているようだ。あとは早いか遅いかだ。大体、沢庵が漬かるのには1か月半ほどかかる。もしかしたら、まだちょっと早いのかもしれない。とりあえず試食用に一本取り上げた。

Dscn2723  試食をしてみた。まだ十分に漬かっていないらしく、大根の白さが残っていた。食感に若干大根の辛さがあったが、食べられないことはない。一番心配していたしょっぱさはほとんどなかった。これは、ザラメ砂糖の効果だと思う。ただ反省しているのは、柿の皮の味が残っていないのだ。柿の皮がたくさんあったが、少ししか入れなかったのだ。全部入れたらよかったのだ。

 女房にとって、しょっぱいのが一番の鬼門だ。ただ、このしょっぱさは合格かもしれないな。もう少しなので、漬物樽を自宅に持ち帰って、さらに漬けよう。いつもお裾分けをしている方にも、食べていただこう。

【1月21日の歩行数】8,840歩 5.9㎞

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2021年1月21日 (木)

№4777 厳寒の那須へ

 さて、今年初めての那須に行こう。相当寒いだろうなと覚悟はしている。天気予報を見ていても、晴れてはいるが気温が相当低いようだ。

Dscn2719  いつものように、一般道を通って那須に向かった。途中東北道を横切るのだが、東北道は火災のために交通止めになっていた。東北道から降りてくる車で、一般道も渋滞していた。しばらくのろのろ走っていたのだが、那須に着いてみたらいつもより30分ほど時間がかかった。那須の日陰は、うっすら雪が積もっていた。やはり寒い。着くとすぐに閉めていた水道栓を開けた。

Dscn2722  那須滞在のために、買い物をした。食料はいつもの「スーパーいけがみ」で買った。一般の買い物はそれでいいのだが、やはり那須での楽しみはパンである。大好きなバゲットを買うべく、いつものペニーレインに行った。そしたら、ペニーレインは2月7日まで休業するとの張り紙があった。ウ~~ム、残念。そのまま帰ろうとしたら店員が出てきた。「申し訳ありません」と袋をくれた。中を見てみると、この店の人気商品ブルーベリーパンが入っていた。ありがたくいただいたが、ところでバゲットはないか聞いてみた。もちろんなかった。

Dscn2720  ペニーレインの帰りに、灯油も補充しておいた。買い物が一段落したところで、那須の楽しみ、温泉に向かった。いつもの自在荘である。時節柄、温泉はがらんとしていた。温泉を独り占めして、じっくり体を温めてきた。夜は厳重に寒さ対策をして寝た。敷布団の上に毛布を敷き、さらに掛布団二枚と毛布二枚を掛けた。これで寒さは防げたが、それにしても重かったね。

 朝起きて水道栓を開けたが、凍っていて水が出ない。ここはいくら使っても水道代はかからない。念のために水道栓を開けて、水を出し続ける必要があるね。ストーブで温めておいた薬缶から水道栓にお湯を掛けたら、間もなく水が出るようになった。寒さ恐るべきである。

【1月20日の歩行数】3,200歩 2.1㎞

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2021年1月20日 (水)

№4776 前途多難なバイデン新大統領の船出

Photo_20210120092001  アメリカ大統領選挙はすったもんだがあったが、いよいよ今日20日(日本時間21日未明)に新大統領の4年任期の船出する。それにしても後味の悪いスタートだった。これは新大統領バイデンのせいというよりも、前大統領トランプの引き際の悪さに原因がある。異例のことであるが、トランプは新大統領の就任式には出席しないという。バイデンも「史上最悪の大統領には出席してもらわなくて結構」と言っているそうだ。

 トランプのお性格があまりにも強烈なせいか、どうもバイデン新大統領は影が薄い感じが否めない。これは今後の政権運営に深い影を落とすだろう。良し悪しは別として、それほどトランプの衝撃が大きかった。さらには、大統領選挙が接戦だったということも影響している。

 就任式は、厳戒態勢の中、首都ワシントンで行われる。オバマの就任式は国中がお祝いの中、ワシントンには200万人余りが集まった。4年前のトランプの就任式は、本人は史上最高の人出と入っていたが、閑散としたものだった。そして今回の就任式は、異例ではあるが厳戒態勢が敷かれるという。

 厳戒態勢は、1月6日のトランプ支持者による議事堂占拠の影響を受けて、今回も襲撃を恐れてのものらしい。お祝いの人を入れるのかどうかはわからないが、それでも無観客での就任式はあまりにも味気ないし寂しい。ここにもトランプの悪しき影響が出たともいえる。

 トランプの場合は「アメリカンファースト」の下、白人に偏ったスタッフ構成だったが、今回のバイデン政権は有色人種も女性もスタッフに加わった。主には、オバマ時代のスタッフが返り咲いたともいわれる構成のようだ。さらに、初の副大統領に女性がなったのも清新さを感じる。

 トランプが「アメリカンファースト」で非難された政策が、以下のようにたくさんある。例を挙げてみると①アメリカが提案したはずのTPPからの離脱、②地球温暖の枠組みを決めた「パリ協定」からの離脱、③イラン核合意からの離脱、④中国との関税報復合戦、⑤BLM(ブラック・ライブズ・マター)での黒人差別、⑥WHOからの脱退、⑦コロナウィルスの感染拡大、⑧トランプ支持者による議事堂占拠、⑨アメリカ大統領初の二度の弾劾訴追などである。しかし、よくもまあ4年間で世界をめちゃくちゃにしてくれたものだ。

 バイデン新大統領に課された課題は、これらめちゃくちゃにしてしまった枠組みの修復だ。課題が多いのに、心配はバイデンの年齢だ。彼は78歳で認知症も心配されている。果たして、過激な大統領職を4年間もこなせるものだろうか。失政や認知症が疑われると、すぐにも過激なトランプ党に攻撃されるだろう。

 新大統領の就任を歓迎したい側面、これからの4年間は心配でもあるね。

【1月19日の歩行数】11,184歩 7.5㎞

【1月19日のアクセス数】130アクセス 訪問者89人

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2021年1月19日 (火)

№4775 今月の句会は通信句会

 コロナ禍の中で、今月の定例句会は残念ながら通信句会になってしまった。世話人が各会員に通常句会か通信句会か意向を尋ねたら、希望は半々だった。ただ、先生は「今月は通信句会にしましょう」とのことだったらしい。私は通常句会を希望したが、この状況だからやむを得ないね。

108  私は、早々にメールで投句をした。と同時に、次号の会報の推敲もお願いした。新しい会報は、特集として「令和二年私のベスト五」を載せたので、20頁と通常号に比べて厚い小冊子になった。ありがたいことに、間もなく先生から推敲の返事が届いた。4か所ほどの訂正があった。それと2月の兼題も指定された。「蠟梅(ろうの字は月編)」だそうだ。毎月兼題を会報の表紙にしているので、これで解決した。

 ただ、私が投句した6句はこれからの推敲になるらしい。ところが投句してみて気になっていた句があった。投句後もどうしようか考えていたが、そうだと思って投句した後だが、先生に変更の依頼をした。その俳句は後に紹介したい。

 さらに先生から特別作品(10句)の寄稿依頼があった。仲冬から晩冬にかけての新作を提出するようにとのことである。私は毎月の課題俳句6句を作るのにも四苦八苦している。15句くらい作ってくださいとの依頼だが、今の私には相当な背伸びだ。とはいっても先生の依頼である。何とかしなければと思い、早々に句材の多い那須に行って挑戦してみようと思っている。

 先週の土曜日、新聞に「写真俳句」の記事が載っていた。小型カメラやスマホで沢山の写真を撮る。さらに日常の題材から俳句を作っていく。写真と俳句が相乗効果を発揮するのが理想だそうだ。特に、高齢者の運動不足に、筋量・筋肉、歩行速度、認知機能を高めるなど相乗効果があるという。まさに時々試みてはいるのだが、私にぴったりだ。

Photo_20210119095501  ということで、今年は「写真俳句」を目指そう。早速、今月投句した俳句に写真をつけてみる。作った俳句は以下の通りだ。

初茜湖面に映る逆さ富士

【1月18日の歩行数】8,670歩 5.8㎞

【1月18日のアクセス数】122アクセス 訪問者81人

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2021年1月18日 (月)

№4774 「ピンクの子象」の意味を考える

 昨日の記事の続きである。「ピンクの子象」の夢を見たので、何のことだろうか考えてみた。一番手っ取り早いのが、「ピンクの子象」で検索してみることだ。Googleの検索機能では、あらゆるものが引っかかってくるのがすごい。まさかというものでも、検索してみると出る。まさかと思いながら「ピンクの小象」を検索してみた。検索したらその項目が見つかった。こんなに検索機能が優れているなら、百科事典など必要がない。

 以下、紹介したい。

Photo_20210118085301  英語表現に「ピンクの象が見える」で、どうしようもないほど酔っぱらっている状態を指すらしい。これは悪い表現だが、良い意味もあるようだ。タイでは「ピンクの象・ガネーシャ」は夢が叶うとされている。日本では、大分県の信用保証協会が「ピンクの象は幸せを運ぶ象という言い伝えがある」としてマスコットにしていたというし、イギリスのBBC放送では「アフリカのボツワナで珍しいピンクのアフリカ象が見つかった」と報じている。

 また、インドではピンクの象は幸せを運ぶ象として珍重がられていた、という言い伝えもあるようだ。風水では、象は「安定と信頼の象徴」、そして「自身のアイデンテティを表している」と言われているようだ。また、自分に自信を持てない時や自分が何をしたいのかよくわからない時に象の置物を置くと「自分の存在感が増してくる」と言われているそうだ。

 英語表現はさておき、ピンクの象の夢を見るというのは決して悪い方向に向かうということではないようだ。むしろ「幸せを運ぶ象徴」として、この夢は吉運を呼ぶに違いない。とはいっても、今の自分に吉運とは何だろうか、考えてしまった。ただ、ピンクの子象の夢は、決して悪い夢どころか初夢としては良かったのではないだろうか。

【1月17日の歩行数】7,761歩 5.2㎞

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2021年1月17日 (日)

№4773 ピンクの子象を飼う

 最近みる夢は、昔の同僚とのあれこれの出来事についてが多い。目が覚めたらほとんど忘れてしまうのだが、続けて見ていると何となく気になるものである。ただ、起きているときには昔のことはほとんど意識していないのだが…。

 初夢というと、「一富士二鷹三茄子」ということわざがある。いずれも縁起のいい夢の代名詞のようなものだ。ただ、そんな夢はほとんど見ない。ところが今朝目が覚めてみると、奇妙な夢を見ていたと分かった。

 バンコクの動物園(行ったことがない)での話だ。お母さん象に乗っていた。ところがその象が子供を出産した。かわいい象だったので、5万円で買うことにした。子象はピンク色だった。やがて大きくなった子象に乗って動物園の中を散歩していた。

 そのうち、バンコクからチェンマイに移動することになった。さて子象をどうしようか。どうやらチェンマイに連れて行くつもりのようだ。トラックがいるので動物園の係員に頼んだら、チェンマイまで1万5千円で運ぶという。さてどうしようか迷っているうちに目が覚めた。初夢ではないが、一体、何の夢だったのだろう。

 そういえば、昨年はコロナ騒ぎでとうとう海外旅行は断念した。そのことが深く心に残っていたのだが、それが夢に出てきたのだろうか。それにしてもピンクの子象とは、ロマンチックな夢だった。

【1月16日の歩行数】10,637歩 7.1㎞

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2021年1月16日 (土)

№4772 三寒四温

 このところ一日ごとに寒さと温かさを繰り返している。昨日は8度ほどだったが、今日は18度になるという。まるで春の陽気だ。ところが、明日日曜日はまた8度に逆戻りするらしい。

 木曜日は、着るものを5枚重ね着していた。ところが15度ほどに上がり、散歩していて汗をかいてしまった。翌日は1枚減らしたら、8度ほどでうすら寒い思いをした。こんな時に風邪をひくと大変なのだが、どうもざわざわし始めた。これはいけないと、午後8時半頃に早々にベッドに入った。

 朝起きてみたら、毛布が一枚はがれていた。内毛布一枚に外毛布一枚を掛けて寝ているのだが、昨晩は暑かったのだろうね。思わず毛布を一枚はがしていたようだ。おかげで、朝起きてみたらすっきりしていた。

Photo_20210116110701  それにしても、一日一日春に向かっているのがわかる。いつも通る散歩道の紅梅が、ちらほらと咲き始めていた。こういう光景を見ていると、どうしても俳句を考えてしまう。紅梅の陰には赤い鳥居がある。鳥居にかかっている注連縄が、だらっと下がっていた。いろいろと考えながら歩いていたのだが、残念ながらこれという句は浮かばなかった。

【1月15日の歩行記録】10,332歩 6.9㎞

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2021年1月15日 (金)

№4771 昨年は誰の本を多く読んだか

 自分でも呆れてしまうのだが、私のブログ記事は長文である。読む人などいないと思いながら書いているのだが、さすが書いている本人も飽きてしまうほどだ。本人が飽きるほどだから、読む人などいないだろう。今年はその反省の下、なるべく短文にしたい。急ぐ記事があるわけでもないので、長文になったら続きを翌日に回そう。そう思って今日の記事を書く。

 昨日の記事で昨年の読書総括をしたのだが、それでは一体誰の本をよく読んだのか記してみたい。前にも話したように、図書館が半年ほど休館して使えなかった。代わりに本棚にある蔵書を探して読んだ。これが大成功だった。なかでも、逢坂剛の再発見は、彼の文学的な意味も含めて大きかった。私は好きな作家を読んでいるのだが、彼のほかにも大沢在昌、伊東潤、楡周平、佐々木譲、馳星周などを再読した。

 昨年読んだ作家の上位10作家を並べて、コメントを付けてみたい。

①逢坂剛 40冊

 昨年は圧倒的に「逢坂剛の年」だった。6月から8月にかけては、ほとんど読んだ本が逢坂剛である。私の読書ノートには出てこない前史では、山本周五郎、池波正太郎、吉川英治などの多作な作家を読んでいたが、改めてリストを見ると逢坂剛の多作ぶりがうかがわれる。これだけ読んだのにもかかわらず、逢坂剛にはまだ手を染めていない時代小説がある。読んだ逢坂のシリーズ本を総括してみると、

Dscn2393_20210114101101 A百舌シリーズ 8冊 

B岡坂神策シリーズ9冊 神保町が舞台の探偵小説。

Cイベリアシリーズ 7冊 このシリーズが一番好きだ。

Ⅾ禿鷹シリーズ 5冊などがあった。

 今、この文庫は横浜の兄に貸し出されている。果たして読んでいるのだろうか。

②大沢在昌 6冊

 大沢在昌の本もほとんどが再読である。彼も長編を書く作家だが、『欧亜純白Ⅰ・Ⅱ』が、日本軍部のアヘン政策を描いて傑作であった。

③佐々木譲 5冊

 佐々木譲も多作な作家だ。北海道警察ものなど私は大好きでよく読む。残念ながらほとんど読んでしまっているのだが。彼は榎本武揚なども書いているのだが、なんといっても最高傑作が「第二次大戦三部作」ともいわれる『ベルリン発飛行指令』、『エトロフ発緊急電』、『ストックホルムの密使』である。この際再読しようと探してみたが、見つからなかった。家のどこかに埋もれているのだろう。

③近藤紘一 5冊

Dscn2421_20210114104101  近藤紘一は、サンケイ新聞のベトナム特派員だった。今回再読したのだが、彼が話題になっていたのは1980年代だ。ちょうど南ベトナムが崩壊する現場に立ち会った。彼はベトナムの女性と再婚したのだが、その女性も生き生きと描かれていた。彼の本はまだまだ沢山蔵書していたはずだが、見つからなかった。Amazonで探してみたが、ほとんど絶版だったのは惜しい。いま近藤紘一を読む人がいないのだろうか。ロフ発緊急⑤門井慶喜 4冊

 門井慶喜も手堅い歴史小説の書き手だ。もっと読みたい気もするのだが、残念ながら作品が少ない。もっと多くの作品をと願って彼の年齢を調べてみたら、50歳と油ののり頃だ。今後とも期待したい作家だ。

⑤伊東潤 4冊

 伊東潤も期待の歴史小説作家だ。とはいってももう60歳だ。彼の小説も、図書館の本棚にある限りでは全部読んでいる。最初に読んだ『鯨分限』がよかったかな。

⑤楡周平 4冊

 彼の本もほとんど読んでいるはずだが、昨年読んだ本は本棚にあったものの再読である。

⑤堂場瞬一 4冊

 堂場も多作な作家だ。図書館に堂場の本が二段も並んでいるが、借りてくると大概は前に読んでいる。何を読んで未読は何か整理しようと思っているのだが、まだできていない。

⑤梁石日 4冊 

 彼のテーマは一貫していて、済州島とお父さんの記憶である。『タクシードライバー』の名作もあるが。

 以下、3冊には柴田哲孝、久坂部羊、鳥越碧、浅田次郎、赤神諒があった。

【1月14日の歩行数】12,057歩 8.1㎞

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2021年1月14日 (木)

№4770 2020年の読書総括

 今年になって、このブログ記事で歩行記録にアクセス解析、一年間の記事検証とやってきた。そして最後に残ったのが「読書総括」だ。この記事も毎年書いていて、昨年は1月17日だった。何度も言うようで申し訳ないが、このブログの良いところは過去の検証が可能なことだ。紙の日記ではこうはいかない。特に、検索ができるのがいい。

Photo_20210113114401  一体、昨年は何冊の本を読んだのか。これも、新兵器EXCELのグラフで見てみたい。前にも申し上げたが、私の読書記録が正確に記録されるようになったのが2003年である。2006年までは年間100冊前後の本を読んでいたが、2007年からは数字が上がっている。要因は、2006年11月で定年退職したことである。それ以降は「読書生活」に入っている。そして、2012年からは大体年間160冊前後の読了冊数である。多いか少ないかは議論があるところだが、これが私の限界かな。

 短期的には頑張れるかもしれないが、ロングタームになると一歩一歩着実に読むのがいいのかな。昨年の総読了数は165冊であった。昨年はコロナ騒ぎで、いつも利用している市立図書館が長い間休館していた。私は90%以上を図書館に頼っていたのだが、さあ困った。そこで思いついたのが、家にある蔵書の再読である。

 30~40年前の本がほとんどだったが、これが新鮮だった。その当時読んだ本の内容は、ほとんど忘れていた。まるで新刊を読むようん気分だった。蔵書には連関がある。この本を読んだら、次はこの本という具合にだ。蔵書はあるはずなのに、探してみたが見つからなかった本が多かった。私は読んだら読みっぱなしで、ほとんど整理してこなかった。その報いである。

 それに、本を収納すべく大きな本棚を買うのだが、すぐにいっぱいになってしまう。ある時から本棚を買うのをやめた。それが本の散逸の原因でもある。現役時代は、本を探すよりも買うほうが早い、という安易な方法を取った。同じ本が何冊もある原因でもある。

Photo_20210113120001  それでは、具体的に何頁読んだのか。それも上記と同じような表になっているので見てみたい。これもほぼ読了冊数の表とパラレルになっているが、それでも若干ではあるが右肩上がりだ。昨年は67,824頁の読了だったが、2018年が67,705頁だったので、私の中では新記録だ。しかし、これが限界なような気もする。

 私は薄い本を読んで冊数を稼ぐようなことはしない。本を読むときにはなるべく厚い本、出来ることなら400頁を超えるものを選んで読んでいる。それでも、中には300頁前後の本もあるが、そういう本はほとんど一日で読んでしまう。結果、昨年は月平均13.75冊、5,652頁の本を読んだことになる。

 長くなったので、続きは明日の記事にしたい。

【1月13日の歩行数】10,971歩 7.4㎞

【1月13日のアクセス数】140アクセス 訪問者85人

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2021年1月13日 (水)

№4769 春から縁起がいいね

 女房が「今年は運がいい。宝くじで12億円当たったらどうしようかしら。そうだ、冬のわが家が寒すぎるのでマンションを買おう」という。「あなたはどうするの」というから、まあ当たらない夢は見ないことにする、と答えておいた。

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 なぜ運がいいのか。いつも通っているゴルフ練習場で「新春くじ引き大会」が開かれたのだそうだ。2000本ほどのくじがある中で、なんと一等賞を引き当てたと言っていた。一等賞の商品は8本ほどあったのだそうだが、なかでも一番豪華なクラブヘッドカバーセット(4万円相当)をもらってきた。抽選券は6枚あったようだが、1等のほか4等も引き当てた、と言っていた。

Photo_20210113100401  ヘッドカバーってそんなに高いものだろうか。もらってきたカバーを見てみたら、それぞれに値段がついていた。上ののヘッドカバーは6500円もしていた。それぞれ値段が違うとのことで、ヘッドカバーは5個のセットだったので、4万円相当というのは本当だった。そのヘッドカバーは様々な工夫がなされ、例えば番手を変更できるダイヤルがついていた。なるほど、値段だけのことはあるね。

Photo_20210113100501  女房は籤運がいいのかどうかは知らないが、数年前にこういうこともあった。仲間でじゃんけん大会があったのだそうだ。次々と勝ち進み、とうとう優勝したと、賞品を持って帰っていた。じゃんけんが強いかというとそんなこともなく、その後はいくらやっても勝てないらしい。もらってきたヘッドカバーは、早速、クラブのセットにかぶせていた。今年もゴルフをやる気満々のようだ。私は3月まで計画がないのに…。

 翻って見ると、私はとんと籤運がない。結婚当初、公団住宅の申し込みをした。ある人は一発で当選したといっていたが、私は30数回申し込んだが、ことごとく外れてしまった。それ以来籤運が悪いと思い、一度も宝くじなど買ったことがない。ただ、当たる人は何度も当たるのだ。

【1月12日の歩行数】3,315歩 2.2㎞

【1月12日のアクセス数】142アクセス 訪問者101人

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2021年1月12日 (火)

№4768 山梨学園の劇的優勝

Photo_20210112091801  昨日行われた「サッカー高校選手権」で、山梨学園高校が青森山田高校を破り、劇的な勝利を飾った。この試合をテレビ観戦しての感想は、弱いチームは決して勝てないが、強いチームが必ずしも勝つとは限らないないね、ということだ。

 この決勝戦での下馬評では、圧倒的に青森山田が有利だった。試合経過を見ていても、青森山田がゲームを支配していた。だが、ボールのポゼッション率が圧倒しているからといって勝つとは限らないのがサッカーの難しいところである。先取点は、山梨学園に入った。サッカーで絶対的に有利なのは先取点だ。前半は1対0で終了した。

 さすがこのまま終わらないのが、絶対的な力を持つ青森山田高校である。後半早々に同点にした青森山田が、さらに追加点を挙げ、2対1で勝ち越した。さすが粘りの山梨学園は、一瞬のスキをついて同点に持ち込んだ。それでも、やはり青森山田が有利に試合を進めて行った。何度も決定機があったのだが、とうとう決めきれなかった。

Photo_20210112091901  山梨学園には、熊倉という絶対的なゴールキーパーがいた。これまでも2試合のPK戦に勝っていた。同点でPK戦に持ち込んだら、山梨学園には有利だ。別に消極的な試合をしていたわけではなかったが、狙い通りその後は点が動かず、PK戦になった。山梨学園はキッカーがことごとく成功したのだが、青森山田はエースの安斎を含め2人が外してしまった。

 第2打を打った安斎が外し、まだPK戦が続いていたのにもかかわらず、グランド上で大泣きしていた。これが後に蹴るキッカーに影響しないわけがない。 案の定、PK戦で2対4と負けてしまった。実力的には上の青森山田が、敗れた瞬間だ。

 数字的にも手も青森山田が圧倒した試合だったが。例えば、コーナーキックは13対1、フリーキックは16対10、シュートは24対7といずれも青森山田が上だった。それでも負けたのだから、同情するほかはない。ただ両チームの試合を見て思ったのだが、ロング・スローインの武器としての重さが。プロでもできない40mのスローインには驚いた。

Photo_20210112092301  今日、本当に言いたかったのは、山梨学園高校の長谷川大監督のことだ。彼は昨年山梨学園の監督に就いたようだが、2012年まではわが母校秋田商業の監督を6年間やっていたとのことだ。その時には、4年連続で母校を全国大会に導いた。野球もそうだが、サッカーも指導者の善し悪しがチームを勝たせる決定的要因だ。

 なぜか知らないが、長谷川監督は母校を去り、神奈川大学の監督をしたようだ。彼は中大出身だったが、なぜ神奈川大学なのかは知らない。神奈川大学では、伊東純也の才能を開花させた手腕を買われたらしい。山梨大にスカウトされ、昨年から高校の監督をしていた。「エッ、あの長谷川が山梨にいたんだ」と驚いていた同窓生も多かった。

 どうしても、活躍していた選手がクローズアップされるが、黒子でもある指導者こそが陰の功労者だ。今後とも長谷川監督は、高校サッカーの指導者として話題になるだろう。

【1月11日の歩行数】7,155歩 4.8㎞

【1月11日のアクセス数】147アクセス 訪問者93人

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2021年1月11日 (月)

№4767 ハイビスカス異例の開花

Sdscn2020_20210110103401  私の家のハイビスカスの話は、このブログで何度も話題に上っている。昨年の3月15日の記事でも「ハイビスカスは甦るか」という話題を載せた。ハイビスカスは南国の花である。花が咲いているときには大事にしているが、それ以外のときにはほったらかしだ。昨年もこの植木を寒い広縁に放っておいた。春には常緑樹の葉が枯れ落ちて、裸になってしまった。

Dscn2710  これでいけないと、女房は土を入れ替え、肥料をたっぷりあげた。そしたらようやく甦ったが、花は咲くには咲いたが、残念ながら例年のような元気は取り戻さなかった。これではいけないと、今年は鉢植えを居間の暖かいところに置いた。そしたら花が咲いたのだ。

Dscn2711  普通、ハイビスカスは5月下旬に咲き始め、10月まで咲き続ける息の長い花だ。ただ、冬のこんな時期に花をつけるのは初めてのことだ。大事にしておいたご褒美なのだろうか。この時期は、さすが庭にも花がない。一輪だけとはいえ、居間をポッと明るくしてくれている。

Dscn2712  これが、この花一輪だけではない。よく見ると、次に咲く蕾も赤らんでいる。さすがに大事にしている甲斐があった。

【1月10日の歩行数】10,138歩 6.8㎞

【1月10日のアクセス数】149アクセス 訪問者88人

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2021年1月10日 (日)

№4766 12月に読んだ本

 毎月、10日前後には前月読んだ本の報告をして、次月への反省材料にしている。さて、12月はどうだったのだろうか。

 いま私の生活は、読書を中心に回っているといっても過言ではない。それほど本を読むことに意識が行っている。ただ、もう一つ感じるのは、加齢とともに集中力が欠如していることだ。本を読んでいても長く続かず、すぐに他のことを考えてしまう。一日200頁は読もうと思っているのだが、実情は150頁がせいぜいである。

 本に集中力が注がれるのは、それが面白いと感じた時である。ところが、毎日読んでいると心躍るばかりではなく、忍耐を必要とする場合も多々ある。私は開いた本は必ず読むようにしているのだが、最近、忍耐で読んでいる本が多いのも事実だ。小説は100頁読んで物語が立ち上がらないと、それは失敗作だ。

 500頁以上もあるそんな本などとっとと捨てるか、読むのをやめればいいものの、そうもいかないのが私の性格だ。ある友だちに、「シンさんは本を読むというよりも頁を稼いでいるだけじゃないの」と痛いところをつかれるが、それが事実だけに反論ができない。まあ、それも読書の一つの形態、と居直っているのだが。

 さて、12月に読んだ本は13冊・5217頁であった。例月と違い、今月は何を読んだのか記し、ある本にまつわる私の記憶を書いてみたい。

鳥越碧『衣小夜がたり』220頁 NHK出版 2002年7月刊

諸田玲子『ともえ』293頁 平凡社 2013年9月刊

夢枕獏『大江戸火龍改』279頁 講談社 2020年7月刊

池澤夏樹『静かな大地』670頁 朝日新聞社 2007年6月刊

安部龍太郎『迷宮の月』413頁 新潮社 2020年4月刊

堂場瞬一『天空の祝宴』326頁 PHP研究所 2008年9月刊

佐々木譲『人質』293頁 角川春樹事務所 2012年12月刊

高村薫『我らが少女A』539頁 毎日新聞出版 2019年7月刊

加賀乙彦『ああ父よああ母よ』365頁 講談社 2013年3月刊

市川森一『幻日』388頁 講談社 2011年6月刊

門井慶喜『自由は死せず』557頁 双葉社 2019年11月刊

秋山香乃『龍が哭く』526頁 PHP研究所 2017年6月刊

堂場瞬一『絶望の歌を唄え』348頁 角川春樹事務所 2017年12月刊

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 この小説は、調布の野川公園での老女性画家の殺人事件であった。ところが539頁と大作にもかかわらず、物語のメリハリや山がなく、読むのに苦労した。大概の小説は、100頁を超えると物語にのめりこめる。ところが、何時まで経っても何が問題なのかわからなかった。こんな小説何度も投げ出そうかと思いながら、最後までで読んでしまった。

 それではなぜ取り上げるのか。この小説の舞台とわが青春が重なったからである。今までほとんど誰にも話してこなかったが、その青春の墓標について書いてみたい。直接には、この小説とは関係ない。

 この小説に出てきた野川公園は、私が住んでいたころはICUのゴルフ場だった。しかもこの公園を貫いて多磨霊園、小金井自動車試験場へと抜ける「東八道路」はまだ完成していなかった。いつ頃のことか考えてみたら、1966年ころではなかっただろうか。20歳で、上京して2年目であった。

 私は、アルバイトでアメリカ人のドライバーをしていた。主人のW氏は三鷹の大沢に住んでいて、まだ開通していない東八道路のすぐわきに家があった。私は三鷹の大沢から事務所のあった虎ノ門まで、朝晩の送り迎えをしていた。昼の間は暇なので、便利なボーイの役割だ。そのころは、すっかり大学進学をあきらめていたのだが、暇なので再度大学入試勉強をした。この事務所はアメリカの会計事務所の東京支店で、たくさんの公認会計士を抱えていた。そこで働く人々の姿をみて、私も会計士になろうという夢を持った。

 公認会計士になる一番の近道は、中央大学の商学部会計学科に入学することだった。ドライバーを始めたのは秋ごろで、その翌年の春の入学試験で、めでたく中大商学部会計学科に入学できた。公認会計士への道は開けた。

 ところがそのころの大学は、勉強するような雰囲気にはなかった。大学闘争の真っ最中で、しばしばストライキや大学封鎖が行われた。しかも中大・明治・日大・東大などがその中心で、お茶の水界隈は騒然としていた。中大商学部に入学しては見たものの、私はすぐに会計士になる道を断念した。ただ、ドライバーは2年ほど続けていた。

 私はW氏の家の近くの下宿に住んでいた。この下宿は、大半がICUの学生だった。朝食と夕食は、W氏のメイドさんが作ってくれたものを食べた。この家には、二人のメイドがいたのだ。W氏の食事の残りが供されたのだが、アメリカ人の食事が合わず、食べ残した。そのメイドに「私の料理が下手なので残すのでしょう」と嫌味を言われた。申し訳なかったので、出たものは全部食べる努力をした。例えば生野菜のニンジンやセロリなどだ。そのおかげで、好き嫌いは治った。

 旦那はアメリカ人で、奥さんはドイツ人だった。子どもは男の子2人、女の子が一人だった。アメリカ人がこういう生活を送っているんだと初めて知り、すべてが物珍しかった。50年以上も前の話なので、その後子どもたちがどうなったのかは知らない。

 この小説を読んでいながら、50数年前の当時のことを思い出したのだ。そういえば、高村薫もICUの卒業生だ。それ以降、この近くには行ったことがないね。

【1月8日の歩行数】8,707歩 5.8㎞

【1月8日のアクセス数】112アクセス 訪問者73人

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2021年1月 9日 (土)

№4765 アメリカ議会に暴徒の乱入

 1月6日は、アメリカ議会で次期大統領の確定選挙が行われる日だった。これははっきりしていて、トランプの負けが決まり、バイデンの勝利が決まる日だ。選挙は、これを追認する儀式のようなものだった。

Photo_20210109101601  ところが、トランプはまだ大統領選挙の負けを認めていなかった。選挙の結果を覆すための策動を試みている。そして、この日は大規模の抗議集会を行い、ここでトランプは、「抗議のために議会に行こう」と呼びかけた。集会に参加した人は、議会に向けてデモ行進をした。そして、その一部が窓を破って議会に乱入し、開会中の議会を占拠した。その中で5人の犠牲者も出た。

 普通、こういう場合は扇動者に原因があり、逮捕されるものじゃないのか。議会に行こうと煽った現役のトランプ大統領が、拘束されるべきものだ。任期が10日余りしかない現職大統領を、逮捕したり拘束したりということはないようだが、さすが弾劾や罷免の動きが議会の中にはあるようだ。

 なぜトランプがこれほど悪あがきをするのか、その後ろには大統領選挙でトランプに投票した7000万人の人々がいる。その人たちは、いまだに圧倒的にトランプ支持で固まっている。この支持があるから、トランプは選挙は不正だとか無効だとか、根拠のない主張を繰り返しているのだ。それにしても度を越している。議会乱入など、もってのほかのことだ。

 トランプが悪あがきをすればするほど、アメリカの分断・亀裂は深まる。これを修復しなければならない次期大統領バイデンにとっても、大きな痛手である。ただトランプの行動を見ているアメリカ人も、これには反発しているようである。共和党の地盤ジョージア州で行われた上院選挙で、2議席とも民主党が勝利した。当然、トランプはこの結果を不正だと断じた。自分の不利はことは、すべて彼にとっては不正なのだ。

 アメリカのこの行動を世界が見ている。トランプの同盟者とみられていたイギリスのジョンソン首相も、「恥ずべき光景」と断じている。まして、ドイツのメルケル首相なども強い憤りを示し、「ワシントンからの映像を見て怒りを感じたと同時に、悲しくなった」と話していた。また、フランスのマクロン大統領は、「国民の普遍権たる投票権が破壊された」と非難している。

 それにしても、トランプは恥ずべき行動が次々と明るみに出ている。1月20日は新大統領の就任式で、従来は前の大統領もこの席には参加していた。ところが、トランプはこの日はイギリスのスコットランドでゴルフの計画を立てていて、スコットランド当局に断られたという。トランプは、急速にその力を失っているように見える。ただ就任式には参加しないらしい。バイデン新大統領も「史上もっとも恥ずべき人物の不参加は大歓迎」と話しているという。

 今回の暴動の責任はトランプに帰せられるが、ここにきてまたぞろ在任中に自身の恩赦を画策しているようである。どこまでトランプは恥ずべき行為をするのか。ツイッターもフェイスブックも、トランプのアカウントを永久に凍結したというのではないか。彼は手足をもがれた。

【1月8日の歩行数】7,631歩 5.1㎞

【1月8日のアクセス数】150アクセス 訪問者103人

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2021年1月 8日 (金)

№4764 再び「緊急事態宣言」の発出

 ここにきてコロナ患者の爆発・増加が止まらない。東京では、ついに1日2000人を大幅に上回る感染者が出た。東京だけではなく、首都圏の三県を含め感染は全国に広がっている。感染が広がる原因ははっきりしている。コロナウィルスは、人から人へと伝染する。人の動きが活発であるのが、感染を広める最大要因である。特に、年末年始の人の動きがそれを増幅の要因になっている。

 12月に、政府や小池都知事が大事な時期として2週間の自粛を呼びかけた。ところが、この時期に再度感染が広がっていった。この呼びかけが空振りに終わったことがはっきりしていた。感染の主要な年代は、20代と30代である。どうもその年代のインタビューを見ていると、このコロナウィルスに対する危機感が欠如しているように思える。

 危機感を抱いた首都圏の4首長が、政府に緊急事態宣言の発出を要請した。政府も重い腰を上げて、ついに昨日緊急事態宣言を出した。なぜこのように後手、後手に回ってしまうのか。それは、経済に対するダメージを恐れているからである。本音は、「ウィルス対策」も「経済」もの両立を図りたいという考えがはっきりしている。

 ところが、日本だけではなく世界の状況を見ても、この両立が成り立たない。コロナウィルスを徹底的に封じ込め、その後に経済の再生を図るしかないだろう。GoToキャンペンのようにいつまでも両立を模索していると、感染が止まらないどころかさらに爆発するのを抑えられない。

 今回の緊急事態は、1ヵ月を限度に2月7日までだという。だが専門家の話を聞いていると、とてもじゃないが1ヵ月でこの感染爆発は止められないと言っている。少なくとも2ヵ月はかかるのじゃないかという予測を立てている人もいる。

 緊急事態の柱は4本あって、①外出の自粛、②飲食店等の営業時間の短縮、③出勤・通学などを控え、テレワークの推奨、④イベントの開催、施設利用の制限がその骨子である。

 ところが、飲食店を中心に各所から悲鳴が上がっている。政府のわずかばかりの補償金があっても、それだけでは家賃や人件費を賄えないというのだ。倒産もこれまで多かったが、この緊急事態宣言で倒産が輪をかけて多くなることだろう。自殺者が急速に増えるだろう、という観測もある。このままでいくと、オリンピックどころではない。倒産しても命まで奪われるわけではないから、苦しくてもここは力強く生きてもらいたい。

 そして、今回は一度徹底的に抑え込むしか方法はないだろう。それには、個々の人が感染にかからないように気を付けることだ。私も感染しないように気をつけたい。

 ところで、コロナ関連で聞き慣れない言葉がたくさん出た、例えば、今回の緊急事態宣言で「発出」という言葉は聞き慣れない。なぜ「発令」ではいけないのか。この発出というのは官僚語で、普段はほとんど聞き慣れない。そういう意味で、この一年聞き慣れない言葉を思いつくままに並べてみた。「ソーシャルでスタンス」、「アベノマスク」、「三密」、「オンライン飲み会」、「クラスター」、「アマビエ」、「ロックダウン」、「ステイホーム」、「自粛警察」、「PCR」、「あつ森」などである。

【1月7日の歩行数】8,019歩 5.4㎞

【1月7日のアクセス数】150アクセス 訪問者101人

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2021年1月 7日 (木)

№4763 昨年1年間何を書いたのか

 前号で通巻№の間違いを書いたが、本来は昨年1年間の記事を検証するつもりであった。歩行記録の検証をし、アクセス数の検証、そしてブログ記事の検証だ。この後に昨年読んだ本の検証をし、一連の検証記事にしたいと思っている。

 このブログの良いところが、いつでも以前の号を振り返って検証できることだ。前号でも書いたが、昨年は366本のブログ記事投稿をした。さらに便利なのが、カテゴリー検索ができることだ。あまり注目はされていないかもしれないが、私が記事を書く時には何のカテゴリーに属しているのかを考える。それによって、ブログの性格がわかってくる。

 さて、昨年は一体何を書いてきたのか、上位10カテゴリーを挙げて書いた本数を記し、その代表記事を添付したい。それによって、大体の足跡が辿れるのがいい。

①那須「あるるのいえ」 56本

Dscn2687_20210107100601  そもそもこのブログを書くようになった動機が、2007年4月に開設した那須の家「あるるのいえ」での生活を紹介しようというものだった。那須の家もすでに15年目に入った。中古で買った家だったが、リフォームや増設を重ね、とっても住み易くなった。退職後にこの那須の「あるるのいえ」がどのくらい生活に役に立ったのかを考えるに、今から見ても大成功だった。

 開設当初は年に100日も通っていたが、昨年は上記数字でも示すように56日だった。この「あるるのいえ」では様々なイベントも行ったが、今ではそれにも疲れ、積極的に声をかけることもない。何といっても大きかったのが「那須ゴルフ合宿」だ。10年も続いたかな。昨年行われた唯一のイベントが、「那須吟行合宿」だった。この吟行に初めて参加してくれたTaeさんもYukoさんも喜んでくれたのが印象に残る。

②健康 47本

 このカテゴリーには、コロナウィルス関連も含まれる。それにしても、2020年はコロナウィルスの年として記憶に残るのかもしれない。そのために東京オリンピックも延期を余儀なくされた。そのコロナウィルスは、まだまだ猖獗を極めている。本当に、今年は東京オリンピックの開催が可能なのだろうか。

 そういう中で、このジャンルで記憶に残ったのが、昨年4月末の本態性振戦の手術だ。私が生きてきた73年間、入院はおろか手術など一度も受けたことがなかった。2泊3日での手術だった。右にも左にも震えはあるが、とりあえず行ったのが右手の手術だった。右手の震えは劇的に解消し、その後遺症もない。本当に手術を受けてよかった。

③パソコン・インターネット 28本

 私の今の生活は、パソコンなしには考えられない。一日の相当な時間が、パソコンとともにある。ところがこのパソコンが厄介で、ときどき私の手に負えないトラブルを起こす。それでもだいぶそのトラブルへの対処法を身につけてきたが、手に負えないことも多い。最後に頼りになるのがNaoko先生である。これは重要なことで、トラブルに対処できなくてパソコンをやめた人も多いのだ。

 昨年は、新しいパソコンも手に入れた。今では3台のパソコンが身の回りにある。一台はデスクトップパソコンだし、二台目は昨年買ったノートパソコン、そして三台目がスマートフォンだ。スマホもよくパソコンの役目をこなしてくれる。そして、ノートパソコンはいつでも私の身の回りにある。今では居間のソファにあり、いつでも開ける状態だ。スマホでは、暇があるとYAHOOニュースを見ている。良いパソコン環境にある今の生活はいい。

④俳句 23本

Dscn2507_20210107163001  パソコンの記録によると、私が俳句を始めたのは2011年であるから、もう11年になる。高校の俳句同好会の人からの誘いによるものだった。せっかく俳句をやるからには上手になろうと、埼玉県民活動総合センターの「俳句講座」に通った。この講座から派生したのが「伊奈桟雲の会」である。事情があって高校の同窓俳句の会は脱退したが、相変わらず続いているのがYamahiko先生が主宰する会である。

 この会では様々な出合いがあったが、何より驚いたのが高校同窓の俳句会の選者Senshuさんとの出合いである。私はSenshuさんの名前は知っていたが、会うのは伊奈桟雲の会が初めてであった。Senshuさんは、Yamahiko先生の有力な支援者でもあったのだ。

 俳句はなかなか上達しないが、俳句を作る楽しみだけは覚えた。今では、頭の半分に「どのように俳句を作ろうかな」という考えが占めている。YukoさんやTaeさんという俳句仲間もできた。そういえば、Taeさんが先生の運営する「日記俳句を楽しむ」ブログに私の昨年のベスト5を載せてくれていた。有難いことである。

④日記・コラム・つぶやき 23本

 このカテゴリーは、どういうジャンルにも属さない記事を便宜的に載せるものだ。仲間のブログを見ると、ジャンルをこれに固定している人もいる。固定していると、こういうジャンルでの分析ができないのでもったいないとも思うのだが、それはブログ運営者個々の考え方だから、私からとやかく言うことはない。

 さて、私はこのジャンルにどういう記事を収めたのか見てみたい。一つは自動車関連の記事だし、年賀状についてのあれこれもこのジャンルに納めている。そのほかにちょっとした話題を収めている。昨年は久しぶりに自動車事故を起こし、車の修理をした。保険適用の結果、自分が負担したお金はゼロだったのはありがたかった。

⑥経済・政治・国際 20本

 私は、基本的にはこのブログ記事に政治向き・宗教向きの話しは書かないことにしている。しかし、あまりにも頭にくる話しは書かざるを得ない。このジャンルで書いたのは、ほとんどがアメリカのトランプや大統領選の話だった。ただ、かっかして書くには書いたが、所詮他国の話しでいくら書いても、隔靴掻痒の感はまぬかれない。とはいっても、トランプはもうゲームセットかな。

⑦読書日誌 19本

 相変わらず、私の今の生活は読書とともにある。読書欲は旺盛であるものの、とはいっても老齢による衰えも感じる。この項は、また別の日に論じたい。

⑦園芸 19本

 ここで書いているのは、ほとんどがわが庭での出来事だ。内情を打ち明けると、書く記事に詰まった時に庭に目を向けている。庭の話を書く時には、話題に行き詰っていると考えてもらって差し支えない。

⑦スポーツ 19本

 私はいろんなスポーツが好きで、よくテレビ観戦をしている。このジャンルで書いたスポーツの本数を見ると、野球が4本、相撲が3本、他はフィギュアスケート、競馬、テニス、オリンピック関連他が各1本だった。本来は、オリンピックの記事が埋めるはずだったのにね。

⑩街歩きの楽しみ 17本

 このジャンル記事の大半は、散歩にまつわる話だ。散歩の話は、前の歩行記録の項で書いたので省略したい。

 その下にあるのが「ウェブ・ココログ関連」、「ゴルフ」、「東京シニア自然大学」の各14本であった。

【1月6日の歩行記録】8,377歩 5.6㎞

【1月6日のアクセス数】192アクセス 訪問者93人

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2021年1月 6日 (水)

№4762 通巻ナンバーが500号も間違えているよ

 私のブログ記事には、タイトルに通巻№が記されている。このブログが始まって以来、何回目の記事が投稿されたのかを表すいい目印だ。この№を頼りに、昨年何回投稿したのかを数えてみた。昨年の1月1日が№4391号で、12月31日が№5256号になっていた。私は、基本的に一日一記事を投稿することにしている。ところが、数えてみると865回の投稿になっている。

 どこかで間違えたんだな。昨年の記事をさかのぼって調べてみた。そしたら4月9日の記事は№4491号で、4月10日の記事が4992号になっているのが分かった。ここで500号も番号が飛んでいたのだ。気が付いていた方もいたかもしれないが、誰からの指摘もなかった。

 以前もそういうことがあった。通巻№が飛んでいたことがあった。その時には、私のブログのヘビーユーザーだったみっちぃが指摘してくれた。彼女の指摘で直した記憶がる。そのみっちぃも亡くなったのが2014年である。ということは、ヘビーなブログウォッチャーがいなくなったということでもあった。

 正確には、2020年1月1日が№4391号で、12月31日が№4757号である。昨年がうるう年だったから、差し引くと366号で毎日一投稿とぴったり合う。調べてみると、昨年4月18日には通巻5000号を記念した記事(クリックするとその記事を読むことができる)も書いていた。それも間違いであった。

 長くブログを続けているので、間違っていたなら誤りを正すべきだ。約8か月半の記事の修正は大変である。4月から6月にかけての記事の修正をしてみた。一号一号を呼び出しては修正していく。約2か月やってみたが、時間がかかりすぎるのであきらめた。とりあえずは、今年の記事だけ修正しておこう。

 ということで、12月31日が№5256号で、1月1日が№4757号になっている。一挙に修正とはいかないが、徐々に修正していこうと思う。さて、全部直すまでにはどのくらいかかるのだろうか。

【1月5日の歩行数】10,466歩 7.0㎞

【1月5日のアクセス数】150アクセス 訪問者100人

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2021年1月 5日 (火)

№4761 ブログアクセス数の分析

 先日は、昨年一年間の歩行数の分析をした。今日は、昨年一年間のブログアクセスの解析をしたい。

 ブログを始めて今年で14年目になる。記事そのものはマンネリ感をぬぐえないが、これも私の生活そのものがマンネリなのでやむを得ない。有難いことに感謝しているのは、何の変化もない私のブログを訪問してくれる読者にだ。こういうマンネリが続くと、読者は尻すぼみになりがちだ。それが、嬉しいことにアクセスは増え続けているのだ。

 何度も申し上げているが、私のブログの宣伝はほとんどしていない。誰かと会っても「ブログを見にきて」と言ったことはほとんどない。唯一、年賀状でお知らせしている。それにもかかわらず増え続けているのは、口コミの影響が大きいのだろう。私自身にとっても、このブログを通じて皆さんとつながり続けていると思うと、生きる励みになっている。しかも決して少なくない読者と繋がっていると思うと、心強い。

2020_20210104104501  さて、昨年一年間はどうだったのだろうか、これをグラフで見てみたい。アクセス数の月ごとの推移は、上のグラフのとおりである。昨年の4~6月は結構高かったが、何が原因だったのだろうか。昨年一年間の月平均は、4697.42であった。そんな極端に増えることもないが、減っていないことに安心した。

2020_20210104105101  それでは、訪問者の推移はどうか。ご覧のように漸増傾向にある。特に、11月・12月と訪問者が増えた。これも、特に目立った記事があったからではない。結構、私のブログを読むのが日課、という人の塊があることが要因ではなかろうか。

 結果として、昨年一年間の総アクセス数は56,369アクセス、総訪問者数は31,215人であった。これを多いとみるか少ないとみるかは人によって違うかもしれないが、14年目に突入するわがブログにとっては、結構頑張っているんじゃないかと自己満足している。

 分析はこれで終わらない。「シンさんちの《繭の里通信》2」が始まったのは、2014年1月1日である。【1】の2008年1月22日から2013年12月31日までの分析はないが、【2】は年ごとに分析がある。それを見てみたい。

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 ご覧になって分かるように、アクセス数も訪問者数も増えて、2020年はこの7年間では最高を記録した。もっとも【1】のときには色々な工夫もし、アクセス数の増える努力をした。【2】になって、あまりそんな工夫はしてこなかった。それでも昨年は、アクセス数も訪問者数も最高を記録した。嬉しい限りである。この数字も、私がいかに努力してもどうなるものでもない。ひとえに読者の訪問を待つのみである。

【1月4日の歩行数】9,669歩 6.5㎞

【1月4日のアクセス数】212アクセス 125人

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2021年1月 4日 (月)

№4760 箱根駅伝を観戦

 お正月の三が日は、スポーツファンにとってのゴールデンタイムでもある。1月1日の朝一番に行われた「全日本実業団対抗駅伝」、その日の午後に行われた「天皇杯サッカー決勝戦」、さらに2日は大学ラグビーの準決勝2戦、そして2日から3日に懸けて行われた「箱根駅伝」とビッグイベントが続いた。3日間は根が生えたように、テレビに釘付けだった。

 なかでも面白かったのが「箱根駅伝」だ。毎年、この駅伝を楽しみに観戦している。大手町から箱根芦ノ湖湖畔まで、往復10区間200km以上のタスキつなぎに様々なドラマがある。今年は強力と思われた大学が崩れ、ダークホースがするすると出てきた。ただ、10人の選手がタスキをつなぎ続ける困難も見てきた。

 往路優勝の創価大学は、下馬評ではあまり話題になっていなかった。しかし、派手さはなかったというものの、着実に箱根へと歩を進めていた。箱根駅伝では、創価大学は今までほとんど実績のない新鋭校だ。それがほとんどブレーキもなく、しかも山登りも強く、勝つべくして勝った。往路は、見ていて安心できた。

 それに比して有力校はどうだったのか。特に、優勝候補の筆頭とみられていた青山学院大だ。ところが3区でブレーキを起こし、山登りの5区の選手もフラフラだった。試合の直前に、絶対的エース神林がケガでリタイアしたようだ。その区間に出した選手のブレーキで、まさかの12位に沈んだ。とはいっても絶対的に力のある青学は、復路優勝を果たした。だが、往路の差を覆すまではいかなかった。

 ほかに注目した学校は、法政大学だ。この大学の先輩に、高校の仲間がいる。彼は現役時代に箱根駅伝を走り、卒業後もずーっと法政大学をサポートし続けている。彼が言うには「大学がどれだけ選手に金を使うかが、箱根駅伝には決定的だ」とのことだ。競馬じゃないけど、走るのに血統が決定的だ。高校で走れる選手をスカウトできるかどうかは、金の使い方次第だ。有力選手を獲得すると、半分くらいは成功である。彼が言うには「法政は金を使わなすぎる」と残念そうに話していた。それでも法政は、第1区の区間賞を取った。これはと思ったが、結果は1区の鎌田のみだった。

 私が箱根駅伝に夢中になるのは、母校の中央大学の活躍に期待するからだ。今年こそシード権確保どころか優勝に絡むのではないかと密かに思っていた。1年生ではあるが、スーパールーキーの吉居への期待が大きかった。彼は補欠だったが、3区を走った。そのスーパールーキーがブレーキになった。さらに山登りの5区で19位に沈んだ。復路でシード権を取り戻すのに困難な差だ。これは選手の差というより、監督の差とがっかりした。

 復路も、9区までは創価大学が圧倒的に強かった。10区のアンカーにタスキを渡した時点で、2位との差は3分19秒、1㎞近い差があった。誰が見ても創価大学の優勝を疑わなかった。ところが、これが箱根駅伝の面白さだ。創価大学のアンカーが、残り10㎞くらいから前に進んでいかない。解説者が、「脱水症状で、水分が欠けたのではないか」と話していた。かわいそうだったね。

Photo_20210104101901  後ろから創価大学を追いかけていた駒沢大学が、あれよあれよという間に追いつき、抜き返していった。駒澤大学は、どんでん返しの優勝だった。駒澤にはとびぬけた選手はいなかったが、それぞれが平均的にそこそこ走れた。箱根駅伝は、10人がタスキをつないでいく。一人でもブレーキを起こすと、取り返すのには困難を伴う。そういう意味では、その大学の総合力が勝つための絶対条件だ。駒沢大は、総合力で創価大を上回ったのだ。

Photo_20210104102001  わが母校は、昨年の11位に引き続き、今年も12位とシード権には届かなかった。こうなったら純血主義で行くのではなく、有力な留学生をスカウトするという方法はないだろうか。そういえば年賀状と一緒に母校から「駅伝チームを強くするための募金を」の要請はがきが来ていた。今年の結果が良ければ募金しようかなとも考えたが、こんな体たらくじゃだめだね。

【1月3日の歩行数】10,307歩 6.9㎞

【1月3日のアクセス数】145アクセス 訪問者106人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年1月 3日 (日)

№4759 昨年の歩行記録を繙く

 毎日の生活には、ある目標があると張りがあって、生きる目標になる。私には一つは毎日の歩行だし、二つ目はブログの記事を書くことだ。そして最も大切な目標が、日々の読書だ。記録マニアの私は、それぞれをパソコンデータとして残している。今日は、昨年の歩行記録の紹介をしたい。一体、一年間にどのくらい歩いているものだろうか、興味のあるところだ。

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 私のスマホには「ステップトラッカー」というアプリが入っている。一日に何歩、何km歩いているのか、自動的にカウントされる。昨年、医者に糖尿病の警告をされ、それから意識して歩くようになった。決してジョッギングではなく、ひたすら歩いている。一日10,000歩目標だが、なかなかそうもいかないね。医者には一日7,000歩を勧められているが、8,000~9,000歩は歩きたいものだ。

 それが、ブログ記事の末尾に【前日の歩行数】を記すようになって、読者に笑われないようにと歩いている。これがいい結果をもたらし、今では歩くのが苦になくなった。というより、歩くのが楽しみになった。目標の血糖値を下げるまではいかないが、現状維持は確保できている。

Photo_20210103105601  さて、昨年一年間の歩行記録を表にしてみた。上記表は、月ごとの歩行数である。8月は極端に少なかったが、暑すぎて歩行に困難だったせいだ。これではいけないと、9月に入ってまた歩き始めた。そして12月には、初めてのことだが、30万歩を刻んだ。9月以降、徐々に月ごとの歩行数が伸びているのもいいね。今年はこれが基本になる。

Photo_20210103110101  また、歩行距離も上記の表グラフにあらわされる。もちろん歩行数に比例しているのだが、12月には202.7㎞と、これも初めて月200㎞を超えた。こういう数字を見ると励みが増える。

 結局、2020年は総歩行数が2,959,471歩、総歩行距離が1983.1㎞であった。ということは、2021年の目標ができた。総歩行数で300万歩、歩行距離2000km、これは、昨年8月のサボったのを今年は勤勉に歩くことで解消できそうだ。本当はもっと高い目標を設定した方がいいのかもしれないが、先ずは現実的なところからいこう。

 ただ、これは日々の積み重ねだから、毎日を大事にしなければならないのは言うまでもない。

【1月2日の歩行数】7,161歩 4.8㎞

【1月2日のアクセス数】216アクセス 訪問者130人

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2021年1月 2日 (土)

№4758 静かなお正月

 いよいよ年が明けたが、どこもそうなのだろうが、わが家は子どもも孫も訪れない老夫婦だけの静かなお正月である。毎年誰か彼かが来ていたのに、今年はその訪問もない。まあ、政府がいう「自粛した正月」になっている。

 それを見越したのか、お正月らしいことは何もやっていない。玄関の門松も今年は省略だし、お正月らしいお節料理も用意していない。食事も普段通りだった。朝食はおじやだし、昼食は年越し用に買ってきたおそばを食べた。そして、夜は年末に買ったオーブントースターでピザを焼いた。一切、お正月らしい料理は食卓に並ばなかった。まあ、これが2021年の幕開けかな。

 ただ、矢張りお正月らしいといえば年賀状の到来だ。今年も従来通りの年賀状到来にほっとする。私は以前にもお話ししたが、「筆王データ」で住所録管理をしている。昨年の暮に誰に年賀状を出したのかは、このデータをみると一目瞭然だ。従来通りとはいっても、出しそびれた方が何人かいた。

 郵便局はお正月は開いている。女房もやはりきた年賀状には返事を出したいらしい。40枚ほど年賀状を買ってきた。私は出しそびれた人に、「早々の賀状有難うございます」のコメントを添えてすぐに出した。

Photo_20210102100101  ところが、女房はあくまでも手作りにこだわった。年賀状に自分がスマホで撮った写真を入れたいらしい。ところがその写真をスマホから取り出して印刷するのは私の役割だ。そんなたいしたことがないので手伝ってあげた。写真は4枚ほどあったので5枚づつ別々に印刷した。その年賀はがきに手作りで挨拶を書いていた。私が30分ほどでできた追加の年賀状に対して、女房は一日がかりだった。まあ、貰う方はその方がいいのだろうが。

【1月1日の歩行数】8,418歩

【1月1日のアクセス数】155アクセス 訪問者103人

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2021年1月 1日 (金)

№4757 明けましておめでとうございます

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ダブルダイヤモンド富士

【12月31日の歩行数】8,587歩 5.8㎞

【12がい31日のアクセス数】152アクセス 訪問者96人

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